だが事件は、ライルと刹那の想像以上に早く起こった。
アフリカタワーのブレイクピラー事件の後、再びアニューの不眠が始まったのだ。
ライルと刹那は、悩むアニューを再び添い寝で助ける事になった。
睡眠不足で操舵されて、何かあっては問題だ。
それ以上に、二人は子供の存在を無意識に求めていた。
地上に降りてから、育児機関に連絡が取れなくなった。
理由は、アロウズの的確な波状攻撃で、常に第二種戦闘配置の状態だからだ。
それと時間を同じくして、アレルヤが連れてきたマリーも問題を起す。
目の前で恩人が殺され、元来の人格が水面下に潜り、超兵としての人格が前面に押し出されたのだ。
結果、一般人として乗船していた彼女は、再び戦場に出ることを望んだのだ。
アレルヤがマリーを必死に説得して一週間で、ライルは重い腰を上げた。
彼女の気持ちが、痛いほどわかるから。
刹那はおそらく、ライルの心の動きを最初から察知して、この状況を与えてくれたのだと思う。
アーチャーアリオスのシミュレーションがしたいと言う彼女に、ライルは頷いて彼女をドッグへと誘った。
「マリー!」
後から追いかけてきたアレルヤは、悲壮な顔で彼女を呼び止める。
そんなアレルヤに、マリーは冷たい視線を投げかけた。
複雑な二人に、また色々な経緯を聞いていたライルは、一旦マリーから離れて、アレルヤの元に足を向けた。
「気持ちはわかるが、今は好きにさせてやれよ」
「だけどッ、僕はスミルノフ大佐と約束したんだ。彼女を戦闘に加わらせないと!」
数回聞いた覚えのある名前に、ライルはそれでも心を閉ざすほど苦しんでいるマリーを擁護した。
「自分の意思だけ押し付けるな。彼女はお前のお人形さんじゃないんだ。何かに頼らなきゃ自己を確立できないほどのショックを受けてるのはわかるだろう? 彼女の不運は、超兵だったことだ。その縋る場所を戦場に求めてしまったってことだ。暫くはそっとしておいてやれ」
ライルの言葉に、アレルヤは俯いて拳を握り締める。
色々なことを悟っているのだろうと、ライルはアレルヤの不運に同情する。
タイミングよく配置されたアーチャーアリオス。
超兵用にカスタマイズされていたシミュレーター。
全てがマリーを戦場へと引き戻す。
抗って、抗って、それでも本人がほかに頼る術を見つけられず、結局アレルヤは彼女の助けになれなかった。
悔しさと、心苦しさで、力の入れ方を変えたアレルヤのグローブが音を立てる。
そんなアレルヤに、ライルも気持ちを吐露する。
「俺だって、可能なら刹那を戦場から引き離したい。育児機関から刹那の娘を引き取って、三人でひっそりと暮らせるならって、何度も思ってる。だけど俺たちが捕まえた女は、それが出来ない人物だった。お互いの不運に、後で慰めあおうぜ」
最後はジョークを混ぜて、アレルヤの肩をポンッと軽く叩いて、マリー……ソーマ・ピーリスの待つシミュレーターへとライルは向かった。
その日は刹那が深夜の操舵で、二人で面倒を見ているアニューは、ライルとの共寝の日だった。
「じゃあお休み、アニュー」
「お休みなさい、ライル」
挨拶のキスをライルが額に落として、そっと顔を離せば、普段は笑顔と共にベッドにもぐりこむアニューが、その気配を見せない。
「……アニュー、どうし……ッ」
あまりの現象に、ライルの言葉は途切れる。
普段は赤いアニューの瞳が、金色に輝き、光彩を放っていたのだ。
視点も定まっておらず、只事ではない事をライルに伝えた。
「アニュー! アニュー! アニュー・リターナ!」
何度も声をかけ、更に肩をゆすれば、数秒でアニューの目の色素が元に戻った。
それでも尋常ではない彼女の身が心配で、ライルはすぐに制服を身に纏った。
「……ライル?」
その行動の意味がわからないと言ったアニューの疑問は、すぐに解決される。
「医務室、行くぞ」
「え?」
「俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、何もしないよりはいい。お前の体の変化を調べるんだ」
「変化って……」
何を言っても理解しないアニューに、あの瞳が光彩を放っていた時間、彼女の意識がここに無かった事をライルに伝える。
それでも見逃せない現象に、ライルはアニューに制服を投げた。
「何かあってからじゃ遅いんだ。早く服を着な」
「は、はい」
理解していなくとも、アニューはライルの指示に従った。
だが、そんな時間すら、アロウズの的確な攻撃でなくなってしまう。
誰もが疑問を持った。
何故、こうも正確に、プトレマイオスの位置をつかめるのか。
考えはするが、それ以外どうしようもない。
攻撃の合間を縫って、フェルトはヴェーダに内情がもれないシステムを強化して、それでも波状で繰り返される攻撃は止まない。
当然、アニューの検査の時間は無い。
アニューの意味不明で、生活面で身体的に問題がない検査の時間は取れないが、怪我をして帰ってきたソラン……刹那の治療は続いていた。
擬似GN粒子の光弾でつけられた銃倉は、ソランの体に悪影響を与えていた。
普通の銃倉なら、細胞活性装置で2日あれば完治する。
それが擬似GN粒子を人体に浴びると、元の細胞がその傷を伝って、全身に異常を起す。
その情報が気になって仕方がない。
度々医務室を訪れるライルに、アニューは夜とは代わって、ライルを元気付けた。
「確かに細胞異常は起こってますけど、ラッセさんとは違うみたいなんです」
「違う?」
フォーリンエンジェルスの時に、擬似GN粒子を浴びて負傷したラッセも、現在苦しんでいる。
だがソランは、最初の頃こそ痛みや違和感を訴えていたが、最近ではそれも無くなり、アニューが深夜の操舵の時は、愛し合うことさえ出来るようになっているのだ。
故に、ラッセの症状とは違う事は理解できていたが、それ以上は医学の知識のないライルには分からないことだった。
「細胞異常は、皮下の一部で起こっています。でも、増殖が緩やかなんです。なにか抑止力的なものがあるのか、または刹那さんが特異体質なのか、ここのシステムでは解析できませんが、多分、悪いことでは無いとおも……」
「なるほ……ッ」
アニューの説明に頷きかけたライルは、再びアニューの瞳が金色に輝いているところを見てしまう。
「アニュー!」
尋常ではないその輝きに、そしてライルの呼びかけに答えない状況を再びライルは突きつけられて、場所も丁度良いとばかりに、アニューを肩に担ぎ上げて医療ベッドに寝かせた。
人体スキャンの方法は、緊急時のマニュアルに載っていたので、記憶を手繰り寄せてセッティングし、スタートボタンを押そうとした瞬間、艦内に警報が轟く。
その音に、ドームの蓋が開いていたアニューが反応して飛び起きる。
ライルは舌打ちをして、それでも簡潔にアニューに「いつもの症状が起こっていた」と説明して、ロッカールームに飛び込んだ。
「遅いぞ、ロックオン」
「すまん!」
既にパイロットスーツを着込んだティエリアが、まだ制服姿のライルの肩を、軽くタッチして、怒っている訳ではないと意思表示をしてくれる。
ライルの医務室通いは、艦内で知らないものはいない。
目当ての人物との関係も。
ライルの心痛を、誰もが心配していた。
刹那はもう普通に動く事は出来るが、皮下の細胞異常が広がっていないわけではない。
ただでさえ4機しかないMSが一機使えないという事で、戦術はかなり厳しいものになっていた。
それでも淡々とこなす二人に、ライルは口笛を吹く。
ライルが情報でしか知らないヴェーダの存在が、異常に大きく感じた。
だがそれはライルだけではなく、クルーも考えていた事だった。
アニューとライルが休息を取っている間に、話は進む。
二人はヴェーダ奪還の作戦を立てる旨を、スメラギから聞き、意識を前に持った。
だがこの時、概略だけが語られていたのは、二人以外は理解していた。
普段の彼女からは考えづらいが、やはり不安が残る、ヴェーダに情報を流している疑いが晴れない。
実際に、彼女が合流してから、攻撃の回数が激増したのだ。
疑うな、と言うほうがムリである。
それでもライルは信じたかった。
天然で、さして年も違わないライルと刹那に、両親像を求めている彼女を。
だが、そんな夢は跡形も無く散った。
宇宙に戻って、メメントモリ二号機を撃破した後、ヴェーダ奪還作戦は本始動になった。
戦闘のたびに、イノベイターの機体を探し、鹵獲しようと健闘した。
その甲斐あって、三回の戦闘で、一人のイノベイターを鹵獲した。
機体から下ろし、先ずは話を聞くために、会議室に連行した。
イノベイターが席に着いた後、ヘルメットを脱がせる。
ヘルメットの下から出てきた顔に、ライルは心底驚いた。
アニューと同じ顔なのだ。
6年前までしか記憶の無いアニューと、鹵獲したイノベイターの存在が重なる。
ティエリアの例があるからだ。
彼は自分と同属が居たことを、つい最近知ったのだという。
情報にロックをかけることは容易いのだろう。
そしてアニューがここに送り込まれた理由を悟る。
波状攻撃は、やはりアニューを通して場所をトレースされていたのだ。
マイスターとスメラギが揃った部屋で、ライルは自分の意見を構築し、判断をスメラギに委ねようと、じっと彼の動きを見つめていた。
だがそんなチャンスも、恐れていた事とプラスでなくなってしまう。
スメラギにブリッジからフェルトの通信が入る。
『リターナさんが、自分はイノベイターだと言って、ラッセを撃って、ミレイナを人質に逃走しました!』
「アニューが!?」
『はい!』
恐れていた最悪の事態に、ライルは舌打ちをした。
捕獲したアニューと同タイプだというイノベイターは、アニューの行動を見届けて、脱出を図る。
ティエリアは、その言葉を聞き、視線鋭く別型のイノベイターを睨むが、人質がいる以上、どうにも出来ない状況に、背中を見送った。
その途端、艦内システムがダウンする。
非常時の明かりだけを頼りに、自動スライドドアをアレルヤと二人でこじ開けて、ライルと刹那、アレルヤとティエリアに分かれて、アニューの探索に無重力の中で飛ぶ。
スメラギはすぐさまブリッジへと向かった。
「ロックオン、こっちだ」
壁を蹴って方向転換をしながら、確信があるような口調でライルを扇動する刹那に、頭の片隅で疑問を持ちながらも、指示に従って進めば、先にマリーがアニューと、人質にされたミレイナと向き合っていた。
「アニュー! やめろ!」
ライルの訴えに、アニューは今まで見たことも無い程悪辣な笑みを浮かべる。
「ライル、刹那、あなたたちも来る? 新しい世界が見えるかもしれないわよ?」
今までの関係を忘れていない証拠のように、アニューはライルと刹那に対して執着を見せる。
アニューの言葉に、刹那とライルは視線を合わせた。
「俺はいけない。アニュー、お前が戻って来い」
刹那の呼びかけに、アニューは肩をすくめた。
「私の戻るところはココじゃないわ。……で、ライルはどうするの?」
更なる問いかけに、もう一度ライルと刹那は視線を絡めて、ライルは大仰に肩をすくめた。
「そうだなぁ。給料次第かな?」
「世界を動かす資金を交渉してあげる」
「なら決まったな。刹那、愛してたぜ」
ウィンクを刹那に投げて、軽く床を蹴れば、すぐにアニューに手が届く場所まで移動できた。
「ああ、俺も愛している、ロックオン」
返答と共に、刹那の銃が激しく鳴り響いた。
音の大きさに、ライルと刹那以外は驚いて、アニューもうっかりミレイナを手放してしまった。
その隙をついて、ライルはミレイナをアニューから救助する。
「ストラトスさん……ッ」
安堵からか、ミレイナは目に涙を溜めてライルに縋った。
「よしよし、よく頑張ったな」
ミレイナの頭を撫でて、もう一度ライルはアニューの説得に入ろうと振り向けば、流石はイノベイターだけはある行動認識力で、既にアニューは進路を変えて逃走していた。
今までの彼女との違いに、ライルの眉間に皺が寄る。
演技だったとは思えない。
その証拠に、最後の最後まで、アニューはライルと刹那を欲していた。
ため息をついて、パイロットスーツの肩口を見れば、銃弾が当たった跡があり、周囲がこげていた。
「お前! マジで俺を撃つなよ!」
刹那の射撃の数値から、よく今自分は生きていると、冷や汗が流れる。
「お前の位置からだと、少し遠かった。速度を矯正しただけだ」
ライルの言葉に、刹那は少し頬を赤らめながら、それでも必要事項だったと主張する。
コレでプロテクター以外の場所に当たっていたらどうしたのだろうと、ライルは頬を引き攣らせた。
アニューがプトレマイオスに与えた打撃は凄まじく、復旧の困難に皆で頭を抱えた。
一旦奪取されたオーライザーも、手傷は負ったが取り戻せた。
ダブルオーが受けた攻撃で、小型艇で逃げた二人を追うことは出来なかったが、誰もが考えていた内通者は特定出来、沈んでしまう。
ブリッジに集合して、コレからを思う。
そして仲間だと思っていたアニューを失った喪失感に、誰もが口を閉ざした。
それでも進めなければいけない作戦に、スメラギは淡々と戦術を組み、クルーに伝達する。
己の役割を聞いた直後に、一足先にライルはブリッジを後にした。
どうしても納得がいかなかったのだ。
夜に怯え、母親であるかのように刹那の存在を求め、ライルに抱かれて深い眠りにつく。
幼子の行動と、何が違ったのか。
イノベイターとはいっても、結局一般の人と何が変わるのかわからなかった。
目の前にティエリアがいる所為も多分にある。
それでも理不尽なこの状況に、パネルに拳をたたきつけた。
「もしもの時は、俺が撃つ」
暗い格納庫の操作室で、一人だと思い込んでいた空間に響いた声に、ライルは眉を寄せる。
「……射撃は俺の担当だ。お前の命中率じゃ、かする程度が限界だろう」
ライルを思う刹那の声が、薄闇の中に響く。
「お前は撃てない」
「撃てるさ。相手はイノベイターで、俺たちの敵だ」
「なら何故、小型艇を撃てなかった。だから答えはもう出ている」
二機で追いかけ、オーライザーを取り返した後、狙撃の時間は十分にあったのだが、ライルは撃てなかったのだ。
家族のように付き合っていたアニューが、どうしても撃てなかった。
刹那の提言に、ライルは口を閉じる。
それでも必要な事柄に、視線に力を込めた。
「……お前こそ、撃てるのかよ」
アニューを我が子のように可愛がっていた刹那に問えば、即答された。
「撃てる。俺はお前よりもこの世界でのキャリアは長い。必要な事なら、娘も殺す」
固い決心に、ライルは視線を逸らせた。
刹那……ソランが強がっているのが手に取るようにわかる。
そんな愛しい人を見て、ライルは一つの賭けを心の中で思い描いた。
イノベイターも人間だ。
ティエリアもアニューも、笑って泣いて、悩んで。
普通の人間と何が違うのかは、この時点でライルには分からなかったが、二人とも、ライルから見れば普通の人間だ。
話し合いで何かがつかめるかもしれない。
おそらく直に攻撃に来るだろうアニューを思って、ライルは薄暗い部屋で刹那を抱きしめて、これからを算段した。
誰もが予測していた攻撃は、スメラギの計算通りに来訪し、ライルは顔を引き締めてケルディムに乗り込んだ。
ダブルオーは、アニューと同タイプのイノベイターが残してくれた、嬉しくないお土産の所為で、緊急出撃が敵わなかった。
ライルはその幸運を思う。
彼女の目の前で、二人で面倒を見ていたアニューとの話し合いの結果、撃つことになっても、現場を見ずに済む。
二人で、アニューを愛した。
夜、不眠症を抱えていたアニューを、交代で面倒を見て、刹那は戦闘の合間に、昼間時間が作れた時は、アニューと共に昼食を作り、アニューも楽しそうに笑っていた。
そして、刹那もアニューに対峙すると、雰囲気が柔らかくなった。
ニーナに見せる表情と似通っていて、刹那にとってアニューの存在の大きさを見ていた。
アニューはライルと刹那にとって、娘のように愛おしく、また失いたくない家族になっていたのだ。
そんな存在であるアニューを、手放せるはずも無い。
撃てるはずがない。
気持ちは同じはずだと、まだ艦内設備が終わっていない格納庫から、カタパルトデッキに自力で移動して、ハッチーをこじ開ける。
いつもの5倍の時間をかけて宇宙空間に浮かんで、アリオスとセラヴィを待てば、直に三機で迎撃の態勢を取る事が出来た。
イノベイター用の機体の中に、モビルアーマーがいて、その存在を気にしながらも、ライルは直にアニューの操る機体と接触する事に成功した。
「戻れ! アニュー・リターナ!」
「興奮しないでライル! いい男が台無しよ!」
「興奮してるのはお前だろ! いい子だから戻って来い!」
普段の口調で問いかければ、それは鼻で笑われた。
「いい子ってなによ。私はイノベイターよ! 人間なんかと一緒にしないで!」
差別発言を叫んで、アニューはケルディムに向かってファングを飛ばした。
攻撃を避けながらも、ライルは更に言葉を構築する。
「一緒だろう! お前はトイレに行って、食事もして、話して、笑って、夜が怖いと泣いて! 子供と同じだ!」
「それは記憶にブロックがかけられていた所為よ! あなたたちと私は違うわ!」
「記憶があろうが無かろうが、人の動作や感覚はかわらねぇんだ! 今すぐコックピットから出て戻って来い!」
説得しながらも、ひとつ、また一つとアニューの機体から出てきたファングを打ち落とし、身動きが取れないように、それでも命には別状の無い場所を、破壊していく。
そしてトランザムの使用規定時間内に、アニューの機体をシールドビットとケルディム本体でロックをかけた。
その状態で、ライルはケルディムのマグナムの装着を放棄して、アニューの機体のコックピットの外装をはいだ。
「ラ……イル?」
行動の意味がわからない風情のアニューの声と問いかけに、ライルは答えた。
「もう一度、三人でお茶を楽しむんだ。お前はもう、俺たちの家族なんだ。家族は一緒に暮らすのが当然だろう?」
三人で過ごした、苦しくも楽しい日々を語れば、アニューは呆然としながらも、ヘルメットの中に水滴を浮かばせた。
「私……イノベイターなのに……」
「そんな事は関係ない。今まで俺たちが過ごしてきた時間が嘘じゃないなら、俺たちは家族だ」
コックピットハッチをもぎ取って、アニューをイノベイター専用機から下ろそうとライルが手を差し伸べれば、アニューは少し体をうかせた。
説得が届いたと、ライルは思った。
だが、体をうかせた段階で、アニューの体の動きが止まる。
「アニュー?」
戸惑っている雰囲気でも、ライルの元に来る雰囲気でもないアニューに、ライルは更なる言葉を紡げば、開いていた通信回線越しに、イノベイターに覚醒してからも、その前からも聞いた事のない雰囲気で、アニューは話し始めた。
「……愚かな人間だ。イノベイターは人類を導く者。そう、上位種であり、絶対者だ。人間と対等に見られるのは我慢ならないな。力の違いを見せ付けてあげるよ」
差別の言葉と共に、アニューはボロボロの機体でケルディムに立ち向かってきた。
「アニュー!!」
話し合いで分かり合えたと思っていたライルは、一瞬守備に入るのが遅れ、その隙をアニューは見逃さず、ケルディムを圧倒した。
腕が煙を吹き、足が吹き飛び、ライルは己の運命の覚悟を決めた。
その時、白い閃光がアニューの機体を貫く。
時が、止まった。
ライルはその瞬間、そう感じた。
呆然とその光景を見ていれば、再び以前感じた異空間に連れ去られる。
気がつけば、アニューを抱きしめていた。
「……ねえ、ライル」
以前のアニューと同じ声音で問いかけられて、ライルはアニューの体をきつく抱きしめた。
「私ね、イノベイターでよかったって思ってるの」
思いもしなかった言葉に、ライルはアニューの顔を覗きこむ。
「ライルがパパで、刹那がママ。こんな素敵な両親には、イノベイターじゃなきゃ巡り会えなかった」
「俺たちじゃなくても、素敵な両親は沢山いる。普通の人間の方がいいじゃねぇか」
ライルの返答に、アニューは儚く笑った。
「私みたいな我侭娘、あなた達じゃなきゃ相手に出来ないわ」
儚く笑いながら、楽しかった日々を語る。
その後、少し悲しそうに、それでも確かめたかった事をアニューはライルに問う。
「……ねえ、私とライルと刹那、愛し合えていたよね?」
心を問う、少し苦しそうなアニューに、ライルは笑って額に口づけた。
「ああ。勿論だ」
「よかった……」
心底嬉しそうに笑って、アニューは異空間から姿を消す。
ライルの意識がコックピットに戻ったときには、アニューはケルディムを自機から遠ざけていた。
目の前で起こる爆発に、ライルは思わずアニューの名前を叫んだが、段々沈静化していく爆発に、結局拳を握り締めたまま、俯いた。
宙域にダブルオーがいることを確認して、アニューの最後を思う。
彼女が撃たなければ、ライルは残っていた火気官制でアニューを撃てたかもしれない。
だがリミッターが外れたかのようなアニューの猛攻に、耐えられたとは断言出来ない。
その為に、刹那はあの空間でアニューと話し合うことも出来なかった。
二人で自分たちの娘のように愛していた。
今は遠く離れているニーナを思い、彼女にかけられない愛情をアニューに注いでいたのだ。
たまに不思議そうな顔をするアニューは、おそらく気がついていた。
この組織ではよくある話であるし、それでもニーナの件を取り除いても、彼女の愛らしい部分に、逆らえなかった。
アニューを前にすると母親の顔になる刹那が、アニューを撃ち、あの不思議な空間で最後の会話をすることも叶わなかったのだ。
ダブルオー出撃がいつだったのか、ライルは知らない。
それでも出撃前の状況を思い起こせば、フルスピードで戦闘空域に飛び込んできたはずだとライルは思う。
無重力空間では、スピードを出す事よりも、落とす方が難しい。
だからこそ、刹那がフルスピードで飛び込んできて、あの空間を作るだけつくり、アニューの最後を思ったと理解できる。
元の愛らしい彼女を思い、ライルとの別れをさせたのだ。
自身も可愛がっていて、愛していたアニューの最後を、自分の幸せを投げ打って、ライルに託した。
母艦に帰投して、刹那がスタンバイルームに入った瞬間、ライルは思いっきり刹那を平手で殴った。
「自分ひとりで背負うんじゃねぇッ! 俺はお前にとって、そんなに信用ならない人間か!」
「……すまない」
刹那の謝罪を聞いて、更に彼女の目に光る水滴を確認して、ライルは刹那を人目も気にせずに抱きしめた。
「どうしてお前は……ッ、自分が辛い事ばかり……ッ」
無重力にういたヘルメットが、空気の移動で二人の周りを泳ぐように漂う。
ライルの温かさに、刹那は堰が切れて、男の体に縋って泣いた。
「大丈夫だとッ、思いたかったッ。アニューなら、何があってもおれたちの所に、戻ってくれる、とッ」
ライルも自分よりも一回り小さい女に縋って、愛した存在との別れに泣き、三人の関係を知っていたクルーは、その光景にそっとスタンバイルームを後にした。
その夜、休息時間が重なったライルとソランは、久しぶりに二人の時間をベッドの中で過ごした。
それでも性行為に及ぶ気力もなく、間にいたはずの存在に、瞳を閉じる。
そして再び決意する。
こんな思いをせずに済む世界を作り上げるのだと。
ライ刹♀なので、フルボッコはありませんでしたww
でも自己犠牲の精神を捨てないせっさんには体罰です。
ライルはせっさんも守りたいのです。
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