Begin The Night 2

2011/07/08up

 

 状況を纏め上げて振り向けば、子供が部屋から姿を消していた。
「……ティエリア」
 見ていただろう彼に問えば、ティエリアは悪戯っぽく笑う。
 昔の彼では考えられない仕草に、彼の中にも夫は生きているのだと思えて、刹那はなんとなく嬉しくなった。
「ニーナは今、ブリッジだ。クルーのオモチャになっているぞ」
「ああ……遊んでもらっているのか。悪いな」
 父親の生きていた証の濃い場所で、そして自分が育った場所で。
 彼女は何を思うだろうと、一瞬考えたが、もう時間も無かった。
 纏めた情報を項目別にファイリングして、データスティックにコピーしている間に、刹那はティエリアに提言した。
「ティエリア、ライル・ディランディだが、身柄を確保した後、デュナメスの後継機に乗せる事は可能だろうか」
 刹那の言葉に、ティエリアは眼鏡の奥の瞳を見開いた。
 彼の安全を確保したいのだとばかり思っていたのに、その彼を最前線に送り出すという彼女の意思を、視線で問いかける。
 二重スパイに誘うのだろうと、その為に、整備やエージェントとしてスカウトするのだろうとばかり思っていたのだ。
「マイスターにするのか?」
「ああ。多分それが、一番効率が良いと思う」
「効率……」
 スカウトの理由として、彼がカタロンに属しているのなら、確かに一番魅力はあるだろう。
 最前線の戦力を確認できて、情報を流せる。
 刹那との繋がりを考えれば、必要以上にCBの行動に支障が出る流し方もしないだろう。
 だが、それで良いのか。
 更に彼に、それだけの戦闘技術があるのか。
 ティエリアが質問を整理している最中に、刹那は口を開いた。
「彼は、幼い頃から英才教育で射撃を嗜んでいる。二回ほど共に射撃場に行ったが、クレーの命中率は、平均96%。クイックドローは94%。アレルヤよりも、数値は上だった」
「それは凄いな」
「ああ。そして頭の回転も悪くない。出身大学はオックスフォード。主席の卒業生だ。だから多分、急場しのぎでの知識の詰め込みでも、他の候補生よりも使えると思う」
「……会社の成績は?」
「問題ない。営業課で常にトップ争いだ。俺が所属していた会社は、コロニー公社に下ろすシールドの研究開発だったが、その会社と彼の会社で営業提携があった。その担当がライル・ディランディだった。打ち合わせの研究の内容も、当たり前のように把握出来ていた」
 並べられる彼の経歴に、ティエリアも刹那の意図を理解してしまう。
 確かに、他の候補生から呼び出して訓練するよりも、手っ取り早いと。
 予定ではラッセが乗る事になっていたが、射撃型という特性を考えれば、ラッセよりも優れている命中率に、ティエリアも魅力を感じた。
 後は、どれだけ素早くMSに慣れてくれるかだ。
 プトレマイオスの守備を今まで通りにラッセに任せられれば、また戦術も変わってくる。
 アレルヤの機体の後継機は、彼の特性を生かしたもので、誰にも操作できない。
 いまだに訓練生の中でも、適材がいなかった。
 そして戦死したロックオンの後釜も、また彼ほどの能力を持てる人間は、5年訓練しても現れなかった。
 聞いている限りでは、候補生の中の誰よりも適材だ。
 それでも、と、ティエリアは刹那を見つめる。
「……お前はそれでいいのか?」
 この刹那が慌てたほど、彼女は彼に執着がある。
 そんな人間を、また最前線に送り出してもいいのか。
 死別した彼女の夫を思えば、ティエリアは魅力を感じても、すぐに飛びつく事もできなかった。
 だが刹那は、ティエリアの言葉に力強く頷く。
「問題ない。カタロンに置いておいても、いずれあの戦闘技術は目を付けられる。……いや、もしかしたらもう訓練を受けているかもしれない。だとしたら、あんな旧式のMSに乗るよりも、ガンダムの方が安全だ」
「理には適っているが」
「それに彼は多分、その理由以外では頷かないだろう。ある意味、ロックオンよりも頑固で扱い辛い男だ」
 彼を知り尽くしている刹那に、ティエリアは瞳を閉じる。
 どうしてこう、単純な割には扱い辛い男にばかり惚れるのかと。
 それでも刹那の同意さえ得られれば、ティエリアにも反対する理由は無かった。
「わかった。ライル・ディランディをマイスターとして登録する準備をしておこう。その代わり」
 刹那の意見に沿う代わりという、ティエリアの条件付けに、刹那は首を傾げた。
 見かけは大きく変わったが、根本的な仕草等は変わらない刹那に、ティエリアはうっすらと笑ってしまう。
 それでもすぐにその笑みを治めて、真顔で刹那に提言した。
「コードネームを、『ロックオン・ストラトス』にするんだ」
「……ッ」
 ティエリアの言葉に、刹那は目を見開く。
 死んだ夫と同じ名前。
 何故、と、一瞬思ったが、ティエリアの考えはすぐに理解した。
「……そうだな。それが一番安全だ。ヴェーダに無い情報だからな」
「そういうことだ」
 ロックオンが効き目を負傷した戦闘の時に奪われたヴェーダは、いまだに取り戻せていない。
 故に、ロックオン・ストラトスは、いまだに情報の中では生きているのだ。
 そしてそのコードネームは、『ニール・ディランディ』に与えられたものである。
 同じDNAをもつ『ライル・ディランディ』には、一番安全な名前だった。
「ライル・ディランディの所属は、表向きのシステムには別のものを用意する。ヴェーダが取り戻せるまで、彼はマイスターの身分証では無いが、問題ないな?」
「実質マイスターなら、問題ないだろう。そのあたりは俺が説明する」
「わかった。クルーには僕から説明しよう」
 話し合いを終えるタイミングで、データスティックが作戦用に用意したデータを全て携えて、カシャンと音を立てて端末から吐き出された。
 その音で、刹那は視線をティエリアから逸らし、スティックを手に椅子から立ち上がった。
 そしてティエリアが教えた情報どおりに、ブリッジに向かうべく、歩き出す。
 ティエリアは彼女の背中に、決意と、そして哀愁を見て、もう一度目を閉じた。
 どんなに哀れんでも、刹那も覚悟を持って飛び込んできた世界だ。
 それでも愛した男を次々と戦場に送りださなければならない彼女の悲しみも、彼女の死別した夫に、その感情を教えられた。
 故に、辛い。
 以前のように、彼らを自分とは違う『人間』だと認識できていれば、刹那の提言に何も思わずに頷いただろう。
 それでももう、ティエリアにはそれは出来なかった。
 そして刹那と共に、胸を痛めようと、そう思った。




 刹那はティエリアの情報どおりにブリッジに赴いた。
 懐かしい扉を開ければ、そこには初対面の女の子と、見慣れた面子で埋め尽くされていた。
「あ、セイエイさん! 初めましてですぅ! ミレイナ・バスティですぅ!」
「……バスティ?」
 見慣れない女の子から発せられた、聞きなれた姓に首を傾げれば、着艦した直後、凄い勢いで寄って来て抱きしめてくれた、昔、刹那を自分の子供のように可愛がってくれていたイアンが、胸を張って告げる。
「ああ、俺の娘だ。この通り一丁前にでっかくなって、お前さんのフォローをしてくれる」
「……そうか」
 刹那とフェルトに向ける視線の意味を、ここで刹那は理解した。
 そして、刹那がロックオン……ニールと結婚しようとした時の、涙の意味も。
 ずっとこの子と重ねられていたのかと、小さく笑った。
「ま、俺の中では刹那、お前さんが長女で、フェルトが次女、コイツは三女だがな」
 思ったとおりの彼の言葉に、刹那は更に笑う。
「有難う。俺もイアンを父親のように思っている」
「だろう、だろう?」
「と言うことで、この子は紹介が遅れたが、イアンの孫になる、ニーナだ。ロックオンが逝く前に仕込んでくれた」
 刹那の言葉に、イアンはヒクリと頬を引き攣らせた。
「孫……いや、間違っちゃいないが、早いなぁ。しかもアイツ、仕込んで逝きやがったのか」
 ロックオンを思って、ブリッジが微妙な笑いに包まれる。
 ニーナはわかっていないだろうが、そのあたりは父親の血なのか、それとも父親の温かさを教えてくれたライルのお陰なのか、その笑いを笑顔で受け止めていた。
「でも本当に、肌の色とか髪の毛の色以外は、ロックオンにそっくりだね」
 フェルトが少し悲しそうな瞳で、それでも笑顔で子供を見つめる。
 彼が欲しがっていた、家族だ。
 兄弟のいなかったフェルトにとって、ロックオンは恋心よりは遠く、兄よりは近い存在だった。
 そんな彼の残した遺伝子に、感謝した。
 誰もが同じような感想を持つブリッジで、ティエリアが先を急がせる。
「刹那、育児機関と軌道エレベーターまで送ろう」
「……ああ、頼む」
 子供を抱えての小型艇の操縦は、少し不安があった刹那は、素直にティエリアに甘えた。
「帰りは自分でした方がいいな?」
「そうだな。人数も増えるし」
 二人の会話に、ブリッジは仕事モードへと切り替わる。
 フェルトだけが、最後にお母さんの部屋を見ておこうと、ニーナを誘っていた。
 その言葉に甘えて、刹那はエクシアに積んでおいた子供の荷物を運び出し、小型艇へ乗せ変えた。
 手伝ってくれたラッセは、刹那に小さく語りかける。
「大丈夫だ。あの子もキチンと面倒を見てもらえる」
「ああ、分かっている。俺もあの機関の出身だからな」
 子供の頃を思い出し、教育と心理学に長けた、子育てのプロフェッショナル達を思い起こす。
 3家族に一人の割合で配備される教育官は、誰もが信頼の置ける人物たちだった。
 刹那の頃の教育官が残っているのかはこの時点では分からなかったが、それでも今日顔を合わせたミレイナも、明るくいい子だった。彼女と同じように育てばいいと、刹那の願いはそれだけだった。
 万が一、今回の動乱で、夫の後を追いかけることになってしまっても、安心だ、と。
 プラス、ニーナをこの艦のクルーに合わせたのだから、彼女はもう大丈夫だろうと、そう思えた。
 刹那の夫を知る人物達と、自分を可愛がってくれる人達を、信じていた。






 ティエリアに送られて、懐かしい育児機関の門を潜れば、事前にフェルトが連絡しておいてくれたお陰で、刹那が昔世話になった教育官がすぐに対応してくれた。
 年は取っていたが、彼女はまだ残ってくれていた。
 そして大きくなったと、刹那を子供の頃と同じように扱ってくれる。
 家族の温かさを知らない子供達が多いが故に、この場所の教育官は、このような対応もしてくれていた。
 そして迅速に用意してくれた、子供部屋に案内してくれる。
 そこは刹那も記憶のある部屋だった。
「親子ですもの。同じ部屋がいいでしょう? 家族の絆も、生き残るためには必要よ」
 女性のその教育官は、刹那に子供の存在を強調する。
 何人ものマイスターが、命を落としてきた。
 当然、この場所に居る教育官たちは、その都度子供に対するケアを施してくれているのだ。
 プトレマイオス2を出る際に、フェルトが話してくれた事を心に刻む。
 両親がマイスターだった彼女は、幼くして両親と死に別れた。
 その時の対応も完璧だったから大丈夫と、この場の優秀さを強調してくれた。
 それでも同じ道は決して辿るまいと、もう一度心を戒めさせてもらった。
 頭を下げた刹那に、彼女は微笑んで、そして娘の担当教育官を紹介してくれた。
 刹那よりも年上の雰囲気の女性で、母親の暖かさを教えてくれそうな、そんな優しい笑顔の人物だった。
「彼女もこの機関の出身なのよ。あなたたちとは研究方向を変えて、こちらの道に進んでくれたの」
 CBは、誰に諭されなくとも、親と同じ道を望む子供が多い。
 進んだ研究を求める者、世界の治安を真に望む者、そしてそんな人々をサポートできる技術を求める者。
 外部からのスカウトも当然あるが、根底を支えているのは、実は二世、三世が多いのだ。
 それでも刹那は希望を伝える。
「この子の父親は、普通の家庭を望んでいました。戦場に戻る自分が言えた事ではありませんが、出来るだけ、世間の楽しみを追わせてやってください」
 もう一度、今度は新しく紹介された教育官に頭を下げて願えば、彼女は笑った。
「ロックオン・ストラトス氏の遺言も、こちらに伝わっています。刹那・F・セイエイ程の能力は無い私ですが、精一杯、あなたが戦場で戦果を残せるよう、心配の無いように、頑張らせてもらいます」
 彼女の言葉に、刹那は驚いて顔を上げた。
 彼は、この子の存在も知らなかったのに、と。
 刹那の表情に、教育官は笑った。
「あなたが選んだ人は、あなたが思っている以上に、あなたや家族を愛していたのよ。結婚の書類に添えられていたの。もし万が一、自分に何かがあり、その際に子供がいた場合、よろしく頼むって。自分が与えられない温かさを子供に与えて欲しいと、文章が回って来ていたわ」
 懐かしい彼の話に、刹那は子供の前で、初めて涙を流した。
 まだ少女だった刹那が考えられなかった事を、考えていた彼に、改めて愛情を感じた。
「マム、どこか痛い?」
 別れの時間が近い娘を離せなくて、抱いていた所為で近い位置にあった母親の頬に流れる水滴を、ニーナは必死に拭う。
 そんな愛しい娘を、刹那は抱きしめた。
「すまない。俺が思想を捨てられないから、お前に寂しい思いをさせる」
 育児機関にまで文章を回している程、家族を、刹那を、そして未来に出来るかもしれないと夢見ていた子供を愛していた男の言葉に添えず、ここに置き去りにする子供に謝罪すれば、ニーナは母親に抱きつき返した。
「大丈夫だよ。マムが作る世界、楽しみにしてる。そこでマムとライルと、またご飯食べるの」
「……ああ、きっと掴んでみせる。お前とライルと、一緒に過ごせる未来の為に」
「二人で、守ろうって約束、忘れないでね」
「ああ、忘れない。だからお前も、ここで、ダディがお前の為に用意してくれていた事で楽しんで待っていてくれ」
 愛しい我が子に、一頻りキスを贈る刹那を、半歩下がった場所からティエリアは見つめた。
 イオリア計画の為に、人工的に作り出されたティエリアが、初めて目にする親子の愛情だった。
 それを目にして、再びティエリアも、己の目的をもう一度認識する。
 彼らが憂いなく暮らせる世の中を作るのだと。


 一頻り愛しい娘にキスを贈り、それでも時間に追われている刹那は、娘が押し出してくれる手に甘えて我が子と離れた。
 その後、育児機関の事務室で、子供を預ける旨をしたためた書類に、懐かしい自分の組員番号とコードネームをサインした。
 そして、有事の際の、彼女の親権の譲渡書類。
 記入する際に、一瞬だけ手が止まった。
 これで別れるのかもしれないと。
 止まった刹那の手を、刹那を担当してくれていた育児官が、そっと包んでくれた。
 そしてティエリアに背中を撫でられて、再び瞳に力を混めて、サインを記入する。
 そうしてしまえば、もうニーナの身柄の安全は約束された。
 成人まで、キチンと面倒を見てもらえるのだ。
 ニールと共に望んでいた、彼女の将来は手放す事になってしまったが、それでも命の保障はされる。
 この形の意味に彼女が気がついた時、せめて罵ってくれる事を、刹那は期待してしまった。
 自分の子供を、自分の夢の為に捨てたのだと、無責任な母親だと罵って欲しかった。
 刹那は自分の辛い心を、自分の中でそう表現した。


 育児機関の本部を後にして、ティエリアが操縦する小型艇の中で、刹那は久しぶりに地上から離れた宇宙を眺める。
 ニールが戦死した場所は、もっと地上に近い場所だったが、彼の体が流れるであろう、慣性の法則を考えれば、今頃ニールはアステロイドベルトのあたりを漂っているのだろうと計算していた。
 故に、暗い宇宙に、ニールを思う。
 彼にもまた、罵って欲しかった。
 あの頃、あんなに子供に対して慎重だった彼の気持ちが、今になって理解できたのだ。
 彼と共にいた頃の自分は、やはり子供だったと、苦い笑みが漏れる。
 愛の形だけの話ではすまない、子供の存在。
 自分達が体温を与えて愛せない、その意味。
 また、子供の感情。
 親になり、そして成人して、更にこの状況に追い込まれて、刹那もようやく理解したのだ。
 洗脳されていたとしても、自らの手で殺害したという罪の意識の上での孤児であった刹那は、理解できていなかった。
 本当の意味での、親と子の別れを。
 そして、親としての感情を。


 じっと目の前の宇宙空間に視線を止めていると、視界の端にティエリアがハンカチを差し出してくれていた。
「今のうちに、思いっきり泣いておいた方がいい。室内の酸素濃度は問題ない」
 言葉を発したティエリアに刹那が視線を向ければ、変わらずにティエリアも前方を見つめていて、刹那を視界に入れていないとアピールしてくれている。
 言葉は素直に有り難かった。
 気持ちを理解してくれている。
 それでも刹那には、それは出来なかった。
「……俺が泣ける理由など、ない」
 自らが手放したのだ。
 それでも拳に力が入ってしまうのを止められない。
 握り締めた刹那の手を、ティエリアは小さくトンッと叩いて、再び操縦桿を握った。
「気持ちに理由など無いだろう。お前は今悲しい。悲しい時には泣くものだと、ロックオンも言っていた。だから普通の事だ」
 無重力の空間に、少しの力を加えて刹那の方向にハンカチを漂わせたティエリアは、それ以降、何も言わなかった。
 優しい沈黙が、刹那を包む。
 だからだろうか。
 温かい空気をもたらされて、刹那の瞳から水滴が中に撒き散らされる。
 玉になって浮かぶ水が、計器にかかっては大変だと、刹那はバイザーを下ろした。
 それでも涙は止まらずに、結局最初から、ティエリアが渡してくれたハンカチを使えばよかったと、軌道ステーションに到着する少し前に、刹那は小さく笑った。





 地上に降りて、久しぶりのアイルランドの地に足を下ろした。
 これからの話し合いは、彼の激昂を買うだろう。
 それでも現状は見過ごせる状態ではない。
 このままでは確実に、彼も命を落としてしまう。
 娘との約束も、守れなくなってしまう。
 街中に立っている、刹那の過去の罪を記した追悼碑を眺めて、彼らの両親に謝罪した。
 自分が関わったばかりに、あなた達の当たり前の幸せを壊すのだと。
 ニールはまた別かもしれないが、確実にライルは、ソランの手によって、世間から追われる立場になる。
 誇らしかっただろう息子の人生を変えてしまう事を、瞳を閉じて謝った。


 一年ぶりに再会して、いまだに愛を囁いてくれた彼は、刹那が思っていたよりもすんなりと、身柄の確保に応じてくれた。
 条件はついたが、それでも刹那の希望を叶え、自身の身の安全を優先してくれたのだ。
 そして関係の続行を希望してくれた。
 勝手に消えた自分に、まだ愛情をもってくれている事に感謝して、そして刹那は動く。
 空港まで、以前のように車で送ってくれると言うライルに、刹那は甘えた。
 車の中の雰囲気は、話し合いの内容とは裏腹に、以前と同じ空気で刹那を優しく包む。
 それでもやるべき事を目の前に見据えた刹那に、ライルは小さく笑って、赤信号の間に頬にキスをしてくれた。
「難しく考えるなよ。俺にとっても得な話だったんだからな」
「得など……」
 カタロンの戦場に投入される前に、CBの戦場に投入するだけだ。
 何の違いが有ると言うのか。
 そんな刹那の気持ちを汲み取ってくれる男は、空港の駐車場に車をつけた後、改めて唇を刹那と合わせた。
「お前と居られる事が、俺にとっては何よりも得な事なんだよ。だから迷うな。俺たちが求める世界の為に」
 この先の予定を予測して、ライルは刹那の……いや、ソランの気持ちを和らげた。
 何を踏み台にしても、絶対に掴もう。
 そう囁いてくれる男に、ソランは頷いた。
 そしてスメラギの現在地の情報を手に、彼女の安寧もまた奪った。
 子供を捨て、愛した男の人生を変えさせて、更に旧友の望みを絶つ。
 罪深い女には、うってつけの任務だと、軌道エレベーターの中で苦しんでいるスメラギを見つめる。
 訪れた部屋には、男性がいた。
 落ち着いた雰囲気の、優しそうな人だった。
 彼がスメラギを心から愛しているのだと、刹那にもすぐにわかった。
 だが今、自分達にはやらなければならない事がある。
 始めてしまった事を、途中放棄は出来ないのだと、スメラギに突きつけた。
 そして乗り込んだシャトルで、スメラギは以前よりもアルコールに傾倒しているのだと知った。
 前回の大戦で、一番苦しんだのは彼女だったのかもしれない。
 刹那も夫を失い、仲間を失った。
 だがスメラギの苦悩は、それ以上だったのだ。
 立てた作戦に、昔から異常に責任を負っているのだと、まだ少女だった刹那にもわかっていた。
 だから、何人ものクルーを死なせた事実が、彼女の精神を苦しめているのだと理解する。
 それでもまだ、事は終わっていない。
 行動を起こす時の作戦は、終結していないのだ。
 スメラギの手元の、空いてしまっているボトルを受け取ってやろうと近寄ったところで、スメラギから言葉が漏れる。
「……あなたは今まで、どうしてた?」
 最終戦闘後、行方を報告しなかった刹那には、当然ぶつけられる質問だった。
 それに刹那は、正直に答えた。
「子供を産んでいた。ロックオンが最後に俺に与えてくれていた」
「こ……ども?」
 想定外だったのか、スメラギが刹那を始めてまともに視界に納めてくれる。
「ああ。あの戦闘後、俺も今のあんたと同じように、世界などどうでもいいような気持を持った。だが、地上に降りて直に、妊娠している事が発覚したんだ」
「なんて事……」
 自身も辛いだろうに、スメラギは刹那の心情を予測して、顔を顰めてくれている。
 そんなスメラギに、刹那は久しぶりの再会後、初めてうっすらと笑った。
「俺は有り難かった。妊娠がわかったときは、本当に嬉しかった。だからこの5年、生存報告をしなかった。彼が望んでいた「普通の家庭」を、子供に与えたかったから、一般人の生活を営んでいた。彼の子供との生活も楽しかったが、一般の社会人と言う経験も楽しかった」
「あなたが、会社に勤めていたの?」
「そうだ。一般家庭では、企業に所属してサラリーを貰って生活するのがスタイルだとネットに書いてあったからな」
 普通の生活を語る刹那に、スメラギはまた顔を俯かせる。
「そんなに幸せを掴んでいたのに……何故あなたはまた戦えるの」
 苦しみから逃れられないスメラギに、刹那は歯に衣着せずに告白した。
「守りたい人間がいる。そして夫が命を差し出してまで渇望した世界を築き上げる」
 凛とした刹那の声に、スメラギは一瞬だけ考える素振りをしたが、それでもまた彼女の視界から刹那は消えた。
「……子供は、育児機関に?」
「ああ」
「強いわね、刹那は。私はあなたの様に、強くなれない」
 そう呟いて、スメラギは瞳を伏せた。
 彼女の心の傷は、刹那が考えているよりも深いのだろうと、これ以上そこに触れないように、刹那は別の話題を口に上らせた。
「……上で待ち合わせている人物は、多分、あんたの酒に付き合える。それにラッセも待っているぞ。飲み仲間が戻ってくるのを」
 昔の付き合いを指せば、スメラギは小さく鼻をすすって、やはり口を閉ざした。


 そして引き合わされた人間に、スメラギは心底驚かされる。
「ロック……オン? 生きて……ッ!」
 刹那に向かって手を上げている男を見て、スメラギは自分の希望を口に乗せてしまった。
 それでも人の心を読むことに長けている男は、そんなスメラギに小さく笑って、首を横に振る。
「期待させる顔で悪いけど、俺は弟だ。俺たち、一卵性の双子だったんだ」
「弟……」
 力んでいた肩が落ちる様子を見届けて、刹那は更に口を開く。
「ああ、彼はニールの弟で、ライル・ディラ」
「こーら!」
 紹介した刹那に、ライルは言葉を遮ってストップを入れた。
「俺は「ロックオン・ストラトス」なんだろ? 「刹那」?」
 殊更名前を強調した男に、スメラギは目を見開く。
「あなたたち……」
 元来の優れた観察眼で、一目で二人の関係を悟る。
 彼女の前の夫と、同じ顔の男。
 そんな人物と恋仲など、スメラギの感覚では理解できなかった。
 それでも時間も許されていない状況ゆえに、簡潔にロックオンを名乗ったライルは刹那に強請る。
「で、俺には紹介してくれねぇの?」
「ああ、悪かった。彼女はスメラギ・李・ノリエガ。以前の大戦のときからの仲間で、俺の旧友だ」
 まだ心の準備の整っていない彼女を、刹那がそう紹介すれば、ライルは営業用の笑顔でスメラギの手を取る。
「これからよろしく。俺たちの経緯については、追々ってことで」
 時間はあるのだとライルも強調して、刹那の先導に合わせてスメラギをエスコートした。


 だが、ランデブーポイントに到着早々、戦闘が開始されてしまった。
 今はセラフィム一機しかいない状況に、刹那は即座にイアンと連絡を繋ぐ。
「イアン、ダブルオーは」
「まだダメだ! 起動安定数値にならん!」
「それでも動かす」
「動かすって……刹那、お前さんどうするつも」
「限界時間まで粘るまでだ。それ以外、俺たちが生き残れる道はない。カタパルトに移動させてくれ。カタパルトで俺が乗り込む!」
 一方的に通信を切り、同乗者の二人に宇宙服の密閉を要求する。
「ロックオン、このまま小型艇でプトレマイオスに飛び込め」
 前方二席に設置されている操舵システムを、ソランは慣れた調子でタッチパネルを叩いてライルに譲渡するが、目の前の装置が光った事に、ライルはあせる。
「ちょっと! 俺、小型艇なんて操縦した事ねぇぞ!」
「ブリッジが教えてくれる。後はパネルの指示に従え」
 端的に言葉を発して、本当にソランは宇宙空間に単身で躍り出てしまう。
 そんな彼女の体を見て、尚ライルは慌てた。
「バカヤロウ! ミサイルぶっ飛んでる中突っ込むなんてッ!」
 危ないと叫んだ時には、既に小型艇のハッチは閉じられていて、軽やかにスラスターを操りながら、彼女の体が先に母艦に到着する。
「んだよッ! 危ないのは運転だけじゃねぇのかよッ」
 以前、彼女の娘と三人のドライブで、散々命が削れる思いをしたが、コレはその比ではない。
 ソランも気になったが、それでも略自動化されているとはいえ、目の前のパネルが示す危険信号に従って、ライルは初めての宇宙空間ドライブを経験する事になってしまった。
「スメラギさん! コレ武装とかねぇのか!」
 叫んだライルに、スメラギは顔を俯かせながらも、小さく首を横に振る。
 それでも目の前の光景は、彼女は見慣れているのだろう。
 ライルほどの動揺も無い。
 何だこの面子、と、心の中で文句を言って、それでも彼女が何かを思いついたらしく、後部座席からライルの隣りに移動した。
「代わってくれるのか!」
 藁にも縋る思いで問えば、それにはスメラギは返答すらしなかった。
 代わりに、自分の端末と操舵席のコネクタを連結させる。
 ピピっと軽い音を立てて、その作業を終了させた。
「ロックオン、ルート27に指定後20%減速30秒。その後、フルスロットルよ」
「にじゅ……え、あ、ここか?」
 速度表示のパネルを叩いて、スメラギの指示に従えば、パネルの危険信号の点滅が止まった。
 そしてカウントされていく画面を見入り、その後の指示の通りに、速度表示のタッチパネルを全て叩けば、あっという間に母艦に接近した。
『タッチダウンレーザーセンサー同調完了ですぅ! カウントダウン入ります! 5,4,3,2,1、車庫いれ完璧ですぅ!』
 緊張感のないスピーカーから流れる声に、それでもライルはヘルメットの中で冷や汗を垂らしまくっていた。
 彼女の元に来る。
 そう決めた。
 そして更に、理想の世界のために、二重スパイも覚悟を決めていた。
 だがこれは、いくらなんでも初っ端からハードルが高すぎる。
 溜息をついて、それでも外の様子が心配になり、着艦してシステムが連結されたプトレマイオスの外部カメラの映像でソランを追いかければ、鮮やかに踊るMSが画面に映った。
 軍隊を軽く交わして、更に撃墜する様子を見て、表面上だけでは理解していた彼女を、ライルは重く受け止めた。
 あれが、彼女の本来の姿なのだ、と。
「すげぇな……俺、振られっかも」
 どう考えても、追いつける気がしない。
 元々、彼女には何も敵わないと思っていたが、足手まといになる気がしてくる。
 溜息をついたライルに、スメラギが小さく言葉を吐く。
「……追いかけてきただけでも、凄いわ。彼女の経歴を知っているのなら、尚更……」
 色々な意味をこめたスメラギの言葉に、ライルは小さく笑って、肩をすくめた。
「あんな美女、そうそう手放せないだろ?」
 ウィンク付きでふざければ、スメラギはやはり視線を落として唇をかみ締めた。
「……まあ、知り合ったばかりのあんたに言うのもなんだけどさ。人って、然るべき道を通って、それで魅力を得るものだと俺は思ってる。あんた、元々それだけ美人なんだから、ゆっくり出来たら笑ってくれよ。俺の視界の保養のために」
 彼女だけでは足りないと請えば、やっとスメラギはうっすらと笑った。


 戦闘後、MSが着艦して、やっとライルとスメラギは小型艇から外に出た。
 近付いて来たソランに、ライルは手を上げる。
「先にブリッジに行っていればよかった」
「そりゃ難しいだろ。スメラギ女史は知り合いだから良いけど、俺はお前しかラインが無いんだよ。しっかりこの顔の説明してくれよ」
「……わかった」
 短い会話で、三人で格納庫を後にした。





next


ライル合流です。勧誘の場所は本に書いたので、さっくり飛ばさせていただきました。
育児機関に回っていたの兄さんの文面は、CB内の婚姻請求書の中の遺書に含まれていたと言う、裏設定です。
遺産相続とかに必要な書類に紛れてあったわけです。ちなみにせっさんも当時書いてますが、ダーリンの事しか頭になかったラブっぷり。
そしてティエさんはせっさんのお父さんに進化しました。
だぶるお起動のシーンは、ライル目線なので飛ばしです。後から起動の理由の「俺がいる」を聞いて、突っ込みいれますこのシリーズのライルはw
で、ライルの出身大学は適当に頭良さそうな名前を書いただけです。寧ろ私の頭が可哀想なことを露呈した!。゚(゚´ω`゚)゚。