Begin The Night 3

2011/07/16up

 

 ブリッジにライルが姿を現せば、当然どよめきが起こった。
 ライルも想像の範囲内だったが、歓迎できる事柄ではなかったので、肩をすくめる。
 そして刹那は再び同じ説明をする。
 以前のソランの部屋で見た兄の姿を思い出せば、仕方のない反応だと、おふざけで流す事も出来た。
 一通りの挨拶の後、当然の事ながら、ライルの身体能力のテストが開始される。
 プトレマイオスは一度ドッグに戻り、基地内でその測定は行われた。
 ジャッジはティエリアの役で、一通りの数値に目を通して、眉間に皺を寄せる。
「……射撃は流石といわざるを得ない。だが兄よりは下か」
「まあ、そりゃね。申し訳ないけど、俺、一週間前まで普通のサラリーマンだったから」
「普通の、な」
 含みを持たせたティエリアの言葉に、ライルは肩をすくめる。
 ばれているのかと。
 それでも実戦経験は殆どない。
 精々実働で動いたのは、潜入捜査の時の、撤退時に起こった銃撃戦だけだ。
 アレでもライルにはかなりの衝撃的な場面だったが、これから先は、そんな物ではない事は理解している。
「……で、俺は何から訓練すればいい?」
 教官役のティエリアに問えば、ティエリアは暫く思案したあと、ライルを指で呼び寄せた。
「MSの整備の知識を得てもらうのと、先ずなんと言っても体力をつけろ」
「へ? 体力?」
 ソランと出会ってから、確かに彼女には劣ると思っていた場所だが、それでも遠距離射撃型のMSの操縦のみだと思っていたライルには、驚く内容だった。
「ちなみに、これが現在の僕の体力数値だ。そして5年前のロックオンの数値がこちらだ。ガンダムを操ると言うことは、最低でもこのラインは維持してもらいたい」
 言葉と共に示された二つの画面に、ライルは目が飛び出るかと思うほど驚かされた。
 筋力、持久力、肺活量、など等、何の運動選手ですかと問いたくなるような数値だ。
 MSの操縦桿はそんなに重いのかと、思わず思ってしまう。
 兄の生前の数値は、握力片手92Kg、背筋力280Kg、肺活量7000cc。そして三時間のランニングの平均脈拍数は52。
 ティエリアの数値は、多少筋力がニールに劣っているが、ランニングでの持久力の数値は、ニールを上回っていた。
「……あんたら、どこのオリンピック選手だよ」
 思わずポロリと零してしまう。
 そんなライルの感想に、ティエリアは涼しい顔で答えた。
「たった四機で作戦行動を実行するんだ。当然一回の戦闘時間は長くなる。ちなみに僕達が経験した戦闘の最長時間は16時間だった。更にその時間に、撤退と配置の時間が加わる。生半可な体力では戦力にならない」
「……ソレって当然、トイレ休憩とかランチとか無し……だよな?」
「当たり前だろう」
 3日徹夜をしたことはある。
 だがデスクワークだ。
 あまりの世界の違いに、ライルは早々に、CBに来た事を後悔した。
 それでも愛した女が必要としてくれるのならと、頬を叩いて気合を入れる。
「……やってやろうじゃないか」
 今の自分の数値と、目標数値を、到着した日に渡された端末に、5分で計算式を投入した表を組み上げて、必要な事柄を現在の管理データから呼び出した。
「うっげ」
 最短の時間で達成されるとの予測で組み上げられたそのメニューに、ライルは頬を引き攣らせる。
 一日の走りこみが、3時間ワンセットで2セット。
 筋力トレーニングは、徐々に負荷を高くする設定だが、それでも一項目30回ワンセットで、こちらは一日3セット。ちなみに項目は5つあった。更に食事のメニューもあまり好まないタイプの食べ物が並べられ、地獄の日々を目の当たりにした。
「……短時間でその表組みを作れるのは、流石だな。経済統計の応用か」
「あれ、やっぱり俺の経歴駄々漏れ?」
「当然だ。特にあなたはニールの弟なのだから」
「親族まで調べられるのかよ」
「親族は、素性がばれた時にはターゲットになりやすい。だから僕が独断で、クルーの親族は追っていた」
 守るためだったと言われれば、ライルは冷たい印象の顔の教官に、愛着を覚えた。
「それはそれは、今までお手数おかけいたしました」
 素直に感謝を述べれば、ティエリアは素気無くライルの端末を取り上げて、更なるトレーニングメニューを追加した。
「これからが一番手数がかかる。もう身近にいるのだから、早く僕の仕事に専念できるように、一日も早く及第点を取ってくれ」
 言葉と共に渡されたトレーニングメニューに、ライルは更に頬を引き攣らせた。
 体力面の強化だけで手一杯のスケジュールに、容赦なく機械工学の基礎知識習得が入っていた。
 鬼だ。
 コイツ、鬼。
 綺麗な顔をしているくせに、容赦がない。
 引き攣ったライルに、更にティエリアは追い討ちをかけた。
「これがクリア出来ないのなら、刹那とは共にいられないぞ」
 そんなティエリアの言葉に、ソコまで知られているのかと思い、それでも大元の目的の為だと言われれば、ライルは更に気合を入れることしか出来なかった。
「了解しました! ケルディムが搬入されるまでに、死ぬ気でいかせて頂きます!」
 やけになって叫べば、ティエリアは初めておかしそうにライルに笑った。
「本当に死なれては困るがな。……ああ、君のやる気を維持させるために、刹那の数値も見るか?」
 恋人よりも劣りたくなければやれと、そう告げるティエリアに、ライルは乾いた笑いで拒否した。
「ソレ見たら、多分俺、インポになるわ」
 これ以上、自信喪失は免れたい。
 とにかくやるしかないと、メニュー画面をにらみつけた。


 そうして始まったライルの体力増強合宿(一人参加)だったが、画面で見るよりも実際のトレーニングは想像を越していた。
 毎日走りこんで、トレーニングマシンで筋力を増強し、更に夜はMSの基礎理論の勉強。
 一応カタロンでも齧ったが、世界最新兵器ともなれば、レベルが違いすぎた。
 先ず基礎のプログラミングからして、理解不能な言葉の数々で、疲れた体にムチを打ってあらゆる文面と顔を付き合わせた。
 ニールが乗っていた「デュナメス」のプログラミングも手本として渡されたが、はっきり言って、どこの言語がどこに作用しているのかがわからない。
 それでもまだ救われたのは、一時期ソランと共に研究の話題をしていたお陰だった。
 仕事上で交わされる光粒子理論は、そのままビームライフルの出力とターゲット補足のプログラムに転用できる。
 あの時のソランの仕事の流れが、ここに来て判明した。
 コレを習得していたのなら、あの仕事など簡単だっただろう。
 それでも研究職ではなかったライルには、本当に今は必死だった。
 二週間後、やっとトレーニングルームに姿を見せてくれたソランに、筋肉トレーニングをしながらも早速キスを強請った。
 そんなライルに、ソランは……いや、刹那は素っ気無かった。
「馬鹿か。だがそれだけ余裕なら、問題なさそうだな」
「余裕ねえぇえ! ホントに、くじけそう、だから! だからせめてチュウ!」
 彼女に「あなた、がんばって!」等という可愛い言葉は期待していなかったが、それでも愛情の補給をさせてくれと強請る。
 その為に頑張っているのだから。
 バーベルを持ち上げながら、刹那の顔を見上げれば、少し困ったように眉を下げて、ちらりと部屋の隅に視線を送る。
「あそこに監視カメラがある事を知っているか?」
「しって、る! かんけい、ねぇ! ついでに、関係、リークしちまう!」
 本当に辛いのだろうと、初めて聞くライルの泣き言に、刹那はソランに戻って、溜息を吐きながらも、汗に光る額に唇をおとした。
 それは当然、ライルの文句を爆発させた。
「なんでデコ! ふつうッ! 唇ッ、だろ!」
「俺には人前でそんな事は出来ない。……ああ、悪い。もう実験の時間だ」
 刹那がエクシアの太陽炉と共に戻ってから、ずっとツインドライブの性能実験がされている。
 更に、今まで起動しなかったものが、どうして起動出来たのかの検証もあった。
 故に刹那も忙しい。
 少しだけ空いた時間に、ロックオンとなる為にライルが課せられているスケジュールを知っていたので、心配になって足を向けただけなのだ。
 ライルがずっと渇望していた、ソランと一つ屋根の下と言う状況なのに、まったく接点がない。
 それぞれ活動をしているのだから当然なのだが、それでも社内恋愛を想像してみれば、トイレのタイミングを合わせてキスを交わしたり、図々しいやつらはその場で一戦かましていたりするのだ。
 社内ではないが、似たような状況に、ライルは夢を見ていたのだが、この組織はそんな余裕は作ってくれない。
 艦に到着して、初日に交わされた契約書のサラリーの欄の金額に度肝を抜かされたが、それが素直に返って来ている状況に、涙するしかない。
 前の給料で良いから、もっと彼女と愛を深めたい。
 心の中で血の涙を流しながら文句を言うが、なんと言っても相手が付き合ってくれなければ、どうしようもないのだ。
 そして刹那は付き合ってくれない。
 言葉通り、時計に視線を落としながら、彼女は頑張っているライルを置いて、トレーニングルームを出て行ってしまった。
「っくしょー! そのうち覚えてろ!」
 今は夜の時間も縛られている所為で、本当にまったく会えないが、夜の時間が確保できるようになったら、足腰立たなくなるほどセックスしてやると、ライルは一人で吼えていた。
 それが活力になったのか、その後のトレーニングは、今までで一番の成果を残してくれたのだった。
 だが当然、この時点ではまだまだ刹那には追いついていない。
 この事をライルが知るには、体力強化合宿が終わって、更に数ヶ月の時間を要した。





 ケルディムとアリオスという二機のガンダムが搬入され、格納庫のフックはキチンと全て使われるようになった。
 ライルは体力値と機械工学基礎理論の知識を、一応及第点を貰い、自機になると言うケルディムを見上げた。
 映像の中で見ていた、射撃型ガンダムの後継機だと、説明されなくともわかる。
 兄の代役。
 当然そんな事は解っていたし、一応、シミュレーションでも命中率は、今のところマイスターでトップだ。
 心の中で、うっかり両親に謝ってしまう。
 間違えた方向に、英才教育を使ってごめんなさい、と。
 それでも、実践で鍛え抜いていたらしいニールに敵うわけもなく、ライルは与えられる実機を前にして、方向性を構築した。
「……やはり、嫌か?」
 背後から響いた声は、ライルが求めて止まない人物だった。
「いや、嫌じゃねぇよ。なんで?」
「難しい顔をしていた」
「んー、まあ、ちょっとな。やっぱり兄さんの数値にはどうやったって敵わないから、慣れるまでどう誤魔化すシステムにするか、悩んでた」
「そうか」
 事務的な会話を交わして、二人で深緑のカラーに身を包んでいる機体を見上げる。
 ふと、ライルは真新しいその機体に、彼女が何を思っているのか気になって視線を向けた。
 刹那はじっと、世代交代された機体を見つめている。
 必要以上に力んでいるように見える視線に、ライルは肩をすくめた。
「……悲しかったら、泣けよ」
「……何の事だ」
 思い出のあるカラーだからこそ、ライルにもソランの気持ちくらい理解できる。
 愛した男が乗っていた機体の、後継機。
 それは彼の痕跡が消えると言うことだ。
 この場所で愛を育んだのだろう二人を思って、普通の人の心の動きを諭す。
 今はライルと恋仲だ。
 だがこうなるまでに、彼女の中では様々な葛藤があったのだろう事は、当然理解している。
 更に、今も彼女は彼を愛している。
 そんな一途な女だからこそ、ライルは惚れた。
 刹那の見つめる先を邪魔しないように、彼女の前に回りこんで、色違いの同じ制服の体を抱きしめた。
「ほら、人が来る前に、気持ち吐き出しちまえ」
「だか、ら」
「しっかり泣いて、踏ん切りつけて、今度はコレと一緒にミッションこなすんだ」
 どんなに渇望しても、もう時間は戻らないのだ。
 だからこそ、過去に心を残してはいけない。
 気持ちを切り替えるために必要な事だと、ライルはソランに囁いた。
「……ッ」
 その言葉が決定打になった。
 ソランの瞳から、涙が零れ、ライルの機体と同じカラーの深緑の制服を濡らした。
 初めてライルに縋って泣くソランを、ライルは小さく背中を叩きながら、艶やかな黒髪にキスを落として愛した。

 そんな様子を、格納庫の入り口で、じっとフェルトは見つめた。





「ロックオン、ちょっといい?」
 実機での訓練の後、ヘルメットとハロを抱えて自室に戻ろうとしていたライルを、ピンクの髪の毛の女性が呼び止める。
「えーっと、フェルト……で良かったよな?」
「うん」
 まだ全員の名前がはっきりとは覚えられない。
 合流して一ヶ月以上経っていたが、ティエリアと刹那とイアン以外、まともに会話を交わせない状況だからだ。
 それでも元来の人の名前と顔の覚えの良さで、彼女がファーストネームで呼び捨てで構わないと伝えてくれていた事が記憶に残っていて、確認で問えば、フェルトは素直に頷いてくれた。
「あのね、刹那の事なんだけど……」
「ああ、なに?」
 ここのクルーは、ライルの想像以上に皆感がよかった。
 自分達でリーク等必要なかった。
 一目で皆に関係を見抜かれた。
 態々言葉にする人はいないが、それでも肌にひしひしと伝わってくるものがある。
 とうとう何か言われるのかと身構えれば、フェルトはそんなライルに柔らかく笑って否定をして、更に口を開く。
「最近ちょっと、不安定に見えるの。昔からMSの事になると見境ないんだけど、今は必要以上に頑張ってるみたいに見える。たぶん、ニーナちゃんが心配なんだと思うの。相談に乗ってあげてくれないかな」
 言われた内容にも驚いたが、更に気になる人物の名前が出て、思わずライルはフェルトに身を乗り出す。
「ニーナ、知ってるのか?」
「え? あ、うん。知ってるよ。刹那が合流した時、一緒にここに来たの。育児機関に連絡取ったのも私だし」
「育児機関?」
 知らない情報を耳にして、素直に首を傾げてしまう。
 しかも、この組織を考えれば、そんなものがある事など想像もつかなかった。
 私設武装組織なのだ、ここは。
 だがフェルトの説明に、誰もが己の仕事に邁進できる理由を悟る。
「CBってね、すごく古い組織なの。組織内で結婚する人も少なくないし、当然子供も沢山いる。私の両親もマイスターだった。ニーナちゃんと同じ境遇なの。だから、私たちみたいな子供を、親の代わりに面倒見てくれる機関もちゃんとあるんだよ」
「……すげぇな」
「あ、知らなかったんだ。連絡とる?」
 フェルトが当たり前のように端末を取り出す姿を、首をかしげて見てしまった。
 そんなに簡単に取れるのかと。
「ずっとニーナちゃん、お父さんの映像見ながら「ライルとおんなじ」って繰り返してたから、可愛がってくれていたんでしょ? 多分よろこぶよ」
「あー、確かに俺の嫁さん候補だけどな。だけど、連絡って?」
 ライルの言葉に、フェルトはおかしそうに笑った。
「戦闘中以外は、いつでも繋げるの。生活スケジュールとコールナンバー教えるから、良かったら連絡してあげて」
 かして、と、フェルトがライルに端末を出させ、データの送信をしてくれる。
 送られて来たデータを見れば、食事の時間やお昼寝、就寝時間など、子供の生活スケジュールが記載されていた。
 更に、組員番号と共に子供との関係を伝えれば、連絡の取りたい子供には、いつでも通信がつなげるというシステムが書かれていて、そのデータが、育児機関の概要だという事が知れた。
 感心するのと同時に、己の役割を頭の中で計算する。
 研究機関と、立ち寄ったドッグの数。更に育児機関という組織の規模の大きさに、コレは簡単に落とせる相手ではないと、共闘を望んでいるカタロンに報告する事柄を整理した。
 それでもこの戦力は魅力だった。
 育児機関のデータを見ている視線の下で、ライルが考えている事を理解しているのかいないのか、フェルトはライルに続けて話しかける。
「それと、謝っておく。ごめんね」
「……ん?」
 何に対する謝罪だと首を傾げれば、フェルトは悲しそうな瞳で、ライルを見た。
「どうしても、ロックオンを思い出しちゃって、嫌な思いさせてると思う。頭ではわかってるの。あなたはニールじゃないって。でも、ニールは私のこと、凄く可愛がってくれていたから」
「ああ、まあそりゃ仕方がないだろ。おんなじ顔なんだから。……にしても、兄さん、ロリコン過ぎるだろ」
 5年前を考えれば、今19歳だというフェルトは14歳だ。ソランも犯罪だと思ったが、フェルトは既に変質者の域に達する。
 引き攣ってしまった頬に、フェルトは笑った。
「お兄さんっていうより、お父さんに近かったけどね。でも大好きだったの。刹那はお姉さんだったけど、刹那と夫婦だったのに、ロックオンはお父さんだった」
「お、とうさ、ん」
 同じ年齢のライルには、何とも複雑な言葉である。
 子供の頃を考えれば、エイミーに対しての過保護さは異常だったが、それでも妹だから許された。
 だが、血のつながらない少女には、それが父親に見えたのだろう。
 そして面影を重ねられている自分も当然……。
 笑顔を貼り付けて、思う存分心の中で叫んだ。

 ニールのばっきゃろー!

 兄の所為で、自分までもが父親扱いされるのだと、まだ二十代のライルは眩暈を覚える。
 ニーナには仕方がない。
 ソレこそ父親と同じ年なのだ。
 だが19歳の女性に父親扱いされるのは納得がいかない。
 ソレもこれも、勝手に敵を追いかけて、勝手に死んだお前の所為だと、久しぶりに兄に対する罵倒を心の中で叫ぶのだった。





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やっとライル目線でスタートです。
そして既に、ライルがこの後どういう扱いになるのかが、予想がついたかと思います(´ω`;)
全て兄さんの生前の行いの所為ですww
元々ニル刹♀なので、フェルトも兄さんに恋心は抱いていなかったので、「その気があるなら後で部屋に」とかは無いのですww
ビンタも食らいません。
このシリーズのライルは地道です。じっくりねっとりちゃんと周りを抑えます。
スパイが出来る人はそんな感じと、勝手に思い込んでいる私の寂しい脳みそです。
そして有言実行。ちゃんと君の過去ごと愛してます、なのです。