Begin The Night 19

2012/03/23up

 

 かなりの損傷をこうむったが、プトレマイオスは死者を出す事無く、何とか地上に不時着できた。
 否、生存不明な「刹那」以外の死者を出さなかった。
 トレミーの復旧は昼夜を違わず行われていて、システムが扱える人間は、交代制で仮眠を取っての作業になっていた。
 それでもそちらのチームの方がましだった。
 イアンはオーライザーの調整の為にいた格納庫で、ラグランジュ3を出航して直に傷をおい、医療カプセルに入り、本日めでたくカプセルの治療が終わったが、変わり果てたプトレマイオスのブリッジに駆け込んできた。
 整備班のトップが地上に不時着してすぐに復帰したが、それでも本調子ではない人間をこき使えるわけもなく、結局沙慈が3日目の完徹に突入した。
 日も暮れて、物資の確認をしながら、ライルも自機の調整に追われる。
 それでも溜息が止まらなかった。
 3日、連絡が付かない。
 普通に考えればたった3日だが、今は戦場だ。
 何があってもおかしくない時間に、ただ心が苦しくなるだけだった。
 当然夜も眠る事など出来ない。
 ベッドに横になるが、それでも端末に二人の写真を表示させて、煙草をふかす。
 普段の倍の喫煙量に、気が付く事もできなかった。
 癖になっているため息を吐き出せば、思いもかけずに部屋のチャイムが鳴る。
 何事かと足を運んで扉を開ければ、そこにはアニューが佇んでいた。
「……どうした」
「いえ……あの……」
 言いよどむアニューに、ライルが視線で問えば、アニューはライルの部屋の中に視線を送った。
 その仕草に、ライルは肩をすくめて忠告を入れる。
「入るのは構わないけど、煙草臭いぜ。俺は誰に何を言われてもやめねぇからな」
 ココまで来れば、もう意地だった。
 人前で本性が出せない、塞ぎこんでいるのにおどける本来のライルに、アニューは小さく笑って、それでも頷いてくれた。
 部屋の中に彼女が入り、中を見回す。
「男の人の部屋って、もっと散らかっているのかと思っていました」
「偏見だよ。それに別にこの部屋だって綺麗じゃない。清掃ロボットに任せっきりだ」
 手の込んだ掃除などしていないと告げれば、アニューはまた笑う。
 その上で、ライルにピルケースを差し出した。
「ライル、最近眠れていないでしょう? 睡眠薬はマイスターには処方できないから、安定剤ですけど」
 アニューの言葉に、思わずライルは目の下を押さえてしまう。
 今朝鏡を見たときにも、浮き出ていた隈に、年齢を感じてしまった。
 差し出してくれたピルケースを受け取って、アニューに椅子を勧める。
「サンキュ。なさけないよなぁ、この程度で」
「そんなこと、ないです。私だって心配ですから、ライルはもっと……」
 彼女との関係を理解しているアニューの言葉に、ライルは今度は素直に笑えた。
 優しいと、思えたからだ。
 だが次の彼女の行動は、その域を出ていた。
「……なに、してんの?」
「え、眠れない時はこうするのがいいと、刹那さんがしてくれたので」
 アニューの取った行動は、制服のボレロを脱いで、ライルのベッドに入る事だった。
 男女では、恋人、または夫婦以外ではありえない構図だ。
 あまりの事に、目が点になってしまう。
 そんなライルを、アニューは笑顔で招き寄せた。
「私はまだ未熟者なので、刹那さんほどの技量があるとも思えませんが、代わりくらいは果たせます。さあ、どうぞ」
 何が「どうぞ」なのか。
 そしてどの技量なのか。
 あまりの事に、ライルはピクリとも動けない。
 アニューはライルと刹那の関係を知っている。
 なのにベッドを共にすると言う。
 更にそれを刹那が教えたと言うのだ。
 衝撃的な目の前の光景を、普段の100倍の時間をかけて理解して、ライルはため息を付いた。
「アニュー、君、どういう育ち方したんだよ」
 まるで子供だ。
 ソランと同じような年令見にえる女性が、まるで男女の機微を理解していないのだ。
 今、アニューがライルのベッドに横になっている理由は、添い寝なのだろう。
 そうでなけれ、アニューは全ての着衣を脱いでいるだろう。
 ラグランジュ3を出航した後、緊張で眠れなかったアニューを報告されている。
 その対処法として、夜の時間を彼女に捧げると刹那に言われていた。
 ライルが頼んだ母親代わりを、忠実にこなしてくれる刹那に、ライルは苦く笑いながらも了承を伝えた。
 そして今、アニューは刹那に教えてもらって知ったという雰囲気の言葉でライルに伝える。
 知識だけ持っている子供なのだ、彼女は。
 ライルが問えば、アニューは一度横たえた身体を、ベッドの上に起した。
「私……6年前から以前の記憶がないんです」
「だろうな。お前さんの行動は、どう見ても大人じゃない。精神の後退もあったんだな?」
「おそらく。言語は理解出来ましたし、知識の欠落は見られません。ただ、生活の記憶が無いんです」
 記憶障害。
 何が原因かは、こんな秘密組織ではわからない。
 もし実験中に起きた事故でも、本人にも伝わらないだろう。
 アニューの記憶障害の度数がどの程度かは、医者でもないのでライルにはわからないが、生活の記憶、そして自分を形成した記憶がない状態で、その障害にかかった人のケースにも寄るが、単なる思い出の損失だけではすまない場合がある事をライルは知っていた。
精神まで後退してしまい、成人していても乳幼児まで意識が後退してしまうこともある。
 アニューの羞恥心の無さは、まさにそれに該当すると思われた。
「了解。納得した」
 今までのアニューの奇異な行動の説明を受けて、ライルはため息を再び零す。
 そしてアニューの内通の疑惑は、この時点でライルの中から消えた。
 情報を流すのであれば、今のアニューでは無理な話だ。
 精神が成長していなくとも、知識を得られる人物を知っているが故に、更にライルはアニューに納得したのだ。
 記憶を失ってからも、知識の欠落がなかったのなら、研究は続けられただろう。
 ぼんやりした見かけによらず、やはりCBの一員である条件の彼女に、ライルは笑った。
 もらった安定剤を飲み込んで、有り難くアニューの隣りに身体を滑り込ませる。
 人肌が安定をもたらす事は、当然知っている。
 その役割を買って出てくれたアニューに、ライルは寝しなに礼を告げた。
「サンキュ。だけど一言忠告させてもらえば、他の男じゃこうは行かないからな。普通に愛の交換だ」
 セックス無しなどありえないと告げれば、やはりアニューは瞬きをする。
「そうなんですか?」
「そうですよ。アニューはこれだけのナイスバディなんだから、普通に男の劣情を誘う。俺だって、おっかない彼女が居なかったらわからないぜ」
 刹那を指して笑えば、アニューも笑う。
「刹那さん、怖くないですよ。私が男性用のシャワーブースに乱入した事を言っても、逆にライルに責任を取ってもらえと言ってくれました」
「ソレはアイツの習慣。ちゃんと自分は第二夫人の座を考えているんだよ」
「ああ、そうですか……一夫多妻なんですね」
「そうそう。俺には想像の範囲外の風習だ」
 一頻り、思いを馳せている彼女の話題を繰り広げれば、久しぶりにライルに眠気が訪れる。
「……お休み。俺が寝たらアニューも休息とっていいからな」
 自由に出て行けと告げれば、アニューはゆったりと笑った。
「お休みなさい。私も少し、ここで休ませていただきます」
「ご自由に」
 この言葉をライルが発した時には、もうライルは温かい人の温もりにソランを重ねて、眠りに誘われていた。





 外装修復中に、結局アロウズに居所を突き止められた。
 第二戦闘配備中に着込んでいたパイロットスーツで、ライルはケルディムに乗り込む。
「あちらさんの戦力、察知できるか?」
 オペレーターのフェルトに問いかければ、画面の中のフェルトが困った顔をして、首を横に振る。
『まだセンサーが完全には復帰してないので、無理です』
「だよなぁ……」
 完徹4日目の朝日に、沙慈が零していた。
 太陽が黄色い、と。
 それでもこんな巨大な宇宙戦艦を略一人で修復しているのだ。
 ライルは素直に沙慈を賞賛する。
 まあ、ライルが同じ立場なら、やらなければならない事だとは思ったが、ソレはこの組織に入った後の話で、保護されているだけの一般人の協力に感謝する。
 ケルディムのコクピットの中で、いいように扱われている沙慈に、十字を切る。
(有難う、東洋人の義理堅さよ)
 ライルは今まで深く付き合った東洋人はいなかった。精々ソランが地方ギリギリのラインである。
 故に、実しやかに囁かれている噂を鵜呑みにして、沙慈に感謝を述べるのだった。




 刹那と合流できないまま、アロウズの攻撃回数が15回を数えたところで、ライルは一旦恋人……ソランの存在を忘れる事にした。
 落ち込んでなどいられない波状攻撃に、周りが信じているように彼女が生き残っていたのならば、ココで自分達が失敗して、帰る場所を奪うわけにはいかないのだ。
 一回目からの砲撃方位、各戦闘の時間。その情報をためて推論を重ねれば、この攻撃に刹那がいない事を悟られている事はわかる。
 受けた攻撃は、戦術がスメラギの方が優位で、毎回適度なダメージで空域を離脱する事に成功していた、
 その反面、地上で動いてしまい、ソランの伝が無くなった。
 カタロンの各支部も捜索に協力してくれているが、悪いと思いつつ、ライルはその予報を信じなかった。
 それだけではなく、統計を取りつつMSの整備をし、更に船体の修理が続いている現在、落ち込んでいる場合ではない。
 そしてライルには、もう一つの仕事があった。
 交代制の睡眠の中、必ずライルの部屋を訪れる彼女の世話だ。
 案の定、規定の時間にライルの部屋のチャイムは鳴り、来訪を告げる。
 リモコン操作で扉を開ければ、睡眠の為に暗くしている室内と反対に、常に明かりを絶やさない廊下に、逆光で暗くなっているとはいえ、これだけの回数を重ねれば理解できる。
「……アニュー?」
「……はい」
「今日もまた、か?」
「……はい」
 相手はアニュー・リターナ女史だ。
「今日は、MS戦でした。私が操縦していて、ここを狙っているんです。目が覚めたとき、本当に怖くて……」
 アニューが毎夜ライルの元を訪れるようになったのは、衛星破壊ミッションの後だ。
 怖い夢を見たと、当時は展望室で眠れない時間を過ごしていたのだが、たまたま喫煙休憩に重なったライルに、その事実を知られた。
 ライルは今までの体験上、大人になりきれていない彼女をベッドに誘い、ニーナと同じように寝かしつけるようになったのだ。
 父親になったことはなくとも、ニーナで慣れているライルには、アニューの扱いは簡単だった。
 アニューをベッドに残し、適度に砂糖とブランデーを加えた牛乳を、マグカップでアニューに与えれば、彼女は一口飲んだ後、安堵のため息を零した。
「うまいか?」
「はい。ライルの味です」
 無邪気な笑顔で返されて、ライルも笑う。
「刹那さんのは、何かスパイスが入っているらしくて、この味にはなりませんでした」
「ほーお。何入れてるのかねぇ。地方のものだと思うけど」
 最近、アニューの口から刹那の事がよく零れるなと思いつつ振り替えれば、アニューは頬を濡らしていた。
「……せつなさんに、あいたい」
 宇宙ではぐれて、一週間以上経とうとしている。
 母親を求めるように泣くアニューに、ライルはため息を殺してアニューを抱きしめた。
「刹那だって、そう思っているさ」
 胸に抱いて、背中を叩いてやっていれば、段々アニューの呼吸が温かくなる。
 睡眠のサインに、ライルはアニューを抱きしめて、ベッドに横になった。
「全部、おわったらさ。刹那と相談して、一緒に暮らそうか」
 寝物語的に問えば、アニューはパチパチと瞬きを繰り返す。
「チョーっと無理があるけどさ。俺たちは家族みたいに今は思いあっているだろ? 刹那が母親で、俺が父親。アニューは長女だ」
 現状を諭せば、気が付かなかったのか、アニューは小さく噴出した。
「そ……うですね。私、お二人の子供みたい」
「年令は無理があるけどさ。間違いなくアニューは俺たちの長女だな」
 刹那との結婚も果たせない現状では、何もかもが「そういう雰囲気」としか言えないが、それでも当てはまる現状に、二人で笑う。
 子供のように和ませてくれるアニューに、ライルは額にキスを送った。
「ほらほら、子供は寝る時間だぜ。お休み」
「おやすみなさい」
 ライルの懐に潜り込んで、アニューは心地良さそうな寝息をつきはじめた。
「……父親だと思ってないと、この密着は男には酷だぜ」
 見えない布団の中の、アニューの柔らかい胸の感触に、ライルは天井に向けてため息を付いた。





 慣れてきたのか、段々アニューが夜中にライルの部屋に訪問しなくなった頃、アロウズの攻撃が激しさをました。
 しかもトレミーの場所をトレースするように、ピンポイントで攻撃を仕掛けてくる。
 誰もが内通者の疑惑を持ち始めた。
 クルーは誰もが一人に疑問を持ち始め、ティエリアだけが自分なのではないかと悩み始めた。
 そんな時、カタロンから伝えられ、スメラギに報告した事件が勃発する。
「アフリカタワーでテロだと?」
 端末に緊急招集がかけられて、慌ててブリッジに駆け込んだライルは、その情報に目を見開く。
 カタロンから正規軍がクーデターを企てていると聞いていたし、スメラギにも報告しておいた。
 だが時間も場所も、直接会話を交わしているカタロンすらわからなかった。
 状況的に、信頼はしていても、他者に情報を漏らす危険性を語り、伝達者は去っていったと言う。
 その理由はわかった。
 あやふやな情報の中で、ライルはなんとなく目星をつけていた。
 そんな場所を占拠できるテロリストなど、五本の指も要らないくらいの情報だ。
 正規軍である。
 反連邦勢力以外が、その場を仕切る事など出来ないと踏んだライルの読みは当たっていた。
 スメラギから伝えられる、正規軍のクーデター情報に、ライルは顎に手を当てて考えた。
(と言うことは、正規軍は地球連邦の軍の中で、使えないと判断された人だけか?)
 新規開発された機体は全てアロウズに流れると言う情報を持っていたライルは思考を構築する。
 情報の大きさから、いまだにはぐれているダブルオーはそこに合流するだろうとの目星は全会一致で、プトレマイオスの進路は決まった。
 ライルはそれ以外の算段を打つべく、ケルディムのコクピットで調整を進めながら、カタロンのクラウスに連絡を入れた。
「……宇宙艦隊はどの程度被害を受けた?」
 実質の数字を求めれば、一瞬電話の向こうは静まり返り、ライルが眉を寄せる情報がクラウスから流された。
『……巡洋艦が6隻に、MS28機が跡形もなく消された。巡洋艦4機とMS12機は、修復は可能だが……』
「そんな大規模な改修なんて、まさか思ってないよな?」
『わかっている。所詮俺たちが出来るのは、アンダーグラウンドの活動だけだ』
「いや、ソコまで酷くはないと思うけど……」
 浅はかだったミッションに、心底落ち込んでいるクラウスに、思わずフォローを入れてしまう。
 そこで終わりだと思っていた通信は、クラウスの『あ』の一言から始まった。
『あまりの動乱で忘れていた。お前のお探しの女神は、二日ほど前に第二支部立ち寄った』
「なんだってぇ!?」
 ライルにとって一番重要な事柄に、言葉遣いも乱暴になる。
「何でもっと早く知らせてくれなかったんだよ!」
 ライルが今までの人生を捨てるほどの女神に、情報が遅いカタロンにも文句を零してしまう。
『すまない。プトレマイオスの補給場所は伝えておいたから、彼女の頭なら推察してくれるだろう』
「それ以前の生死を俺は知りたかったんだよ!」
『そ、そうだな。本当にすまない』
 謝罪の言葉を重ねて告げられて、ライルは馴れたコックピットで、安堵の溜息を零す。
『この通信網では安全は確保されないから話せないが、あまり楽観視はしないほうがいいかもしれない。出来れば早くの合流を』
 言葉の端で、刹那が負傷している事を悟り、ライルの眉間に皺や寄る。
「もうタワーに向かってる。いつでも世界情勢をチェックしてるあいつなら、もうそろそろ着くかもしれない……っと」
 クラウスと話をしていれば、艦内にエマージェンシーコールが流れる。
『ダブルオーを補足しました! アロウズの新型一機と交戦中です!』
 待ち焦がれていたアナウンスに、ライルは自堕落に体を預けていたシートから跳ね起きた。
「情報サンキュー! クラウス! 愛してるぜ!」
『君からの愛は遠慮しておくよ。早く行きたまえ』
「了解!」
 年甲斐もなく元気よく返事をして、ライルは電話を切った。
 だが合流した刹那は、腕に銃倉をつけていた。
 話しの内容を聞けば、確かに生身にならざるを得ないだろう。
 それでも女一人に何が出来ると、ライルは鎮静剤の聞いている刹那の後頭部を軽く叩いた。


 その日の夜は、クルーが気を利かせてくれたのか、睡眠時間が重なった。
 刹那は久しぶりのライルの自室を見回して、その後、両手を広げたライルの胸に飛び込んだ。
「こんにゃろ。心配させやがって」
「すまない」
 傷に障らないように、そっと抱きしめれば、刹那からも抱擁を返された。
「……アニュー・リターナの匂いがする」
 ライルの腕の中で、大したことでもないように、うっとりと刹那は呟いた。
「おいおい、もうちょっと嫉妬してくれよ」
 他の女の残り香に、無反応な刹那に請えば、刹那は楽しそうに笑った。
「添い寝だろう? あの子は俺が言った事を正確に守る。薬が効かない体質なのだから、民間療法に縋るしかない。それでもニーナよりも楽だ」
 傷があるので愛の交換は出来ないが、それでもシングルベッドに二人で横になってする会話に色気がないと、ライルは思わず笑ってしまいそうになる。
 だが最後の刹那の言葉に、その浮かんだ笑みも引っ込んだ。
「薬が、効かない?」
 医学も進歩している今、それでも新薬を心待ちにしている人もいる。
 だがアニューは健康体で、そもそも体調に気を配らなければならない、もしくは何かしらの病気(特殊体質も含む)は、宇宙航行は出来ない。
 補給基地やラグランジュ3のような、宇宙空間を移動しない事を前提に働いている人間しか、CBには入れないだろう。
 ライルはアニューの経歴を聞いて、イアンと共に問題はないだろうと判断していたが、これはどう考えても無謀である。
「……その事、アニューと話した後、誰かに話したか?」
 刹那は、戦闘や学問には精通しているが、こういう所は抜けている。
 不安に駆られて問いかけてみれば、やはり刹那は首を横に振る。
 それでも今回は、瞳に力を込めてライルの言葉を否定した。
「アニューは安全だ。もし本当に俺たちが予測するイノベイターでも、ティエリアの件もある」
 ティエリアも人用に開発された薬は利かない。
 イノベイターがどういう製造方法で開発されたのかはわからないが、それでも普段のおっとりとしたアニューからは、ライルも想像できなかった。
「……だよ、な」
 過去の記憶がないと言ったアニューに、ライルもこの先の動向を想像できない。
 更に、愛すべきキャラクターである彼女を、これ以上疑いたくなかった。
 それは刹那も同じらしく、迷った返答のライルに、そっとしがみついた。
 その時、ライルの部屋のチャイムが鳴る。
 休憩のクルーを思い浮かべて、更に時間を見れば、いつものサイクルだった。
 ライルはリモコンで扉を開けて、刹那はライルのベッドを降りて、ズボンを手に取った。
「今日はどんな夢だったんだ?」
 刹那が身支度をしている間にライルが問えば、アニューは眉を寄せて、自分の枕に顔を埋めるような仕草をする。
「映像は覚えていません。ただ起きた時に猛烈に怖くなっていました。もう、どうしたらいいのか……」
 涙ぐんで話すアニューに、身支度をしながら、一瞬目の前のアニューに視線を移す。
 何のサインかわからないライルは、二人を見つめることしか出来なかった。
 そのうち刹那の用意が整い、部屋を移動するためにアニューに近づく。
「一人にして悪かった。今日はお詫びに論文の検証と実地について寝物語をしてやる」
「げッ」
 あまりにも夢がなく、それでもライルがその寝物語をされれば、30秒で眠れるとの感想を持つ。
「ロックオン、寝坊するなよ」
 同じ生活サイクルの刹那に言われて、それでも子供に言い聞かせるような雰囲気に、ライルは肩をすくめて「はいはい」と流した。
 子供が目の前にいると、刹那は途端に母親の顔になる。
 アニューに対しても同じなのかと、ライルの部屋のドアが静かに閉まったのを合図に、一人で笑い転げてしまう。
 30も過ぎた男に使う言葉でもないだろうと。
 ましてやセックスも無しだ。
 有り余るだろう明日の体力の持って行き方を考えながら、ライルも瞳を閉じた。





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イノベイドの設定をいじりましたすみません。
Willの時から、イノベイドは知識と理論で構成されているけれど、結局生きた年数に色々なものが付随するのだと書いてきました。アニューも同じ流れで書いてます。
そんでおこちゃまなので、クルーが気を効かせて二人の時間を作ってくれたのに、普通にぶっ壊します。子供が親の営みに気がつかないのと同じです。
女王様アニューもいいですが、おこちゃまアニューも大好きです。
「言ってくれなきゃわかりません。鈍いんですから」
くはー!その場でいてこましてまえライルと思いましたが、このお話のライルはせっさん命なので、それはないのです。