Begin The Night 11

2011/09/24up

 

 そのまま次の作戦に移行する予定だったが、予定は未定だった。
 ケルディムとアリオスが母艦に帰投してすぐ、今出てきたばかりのカタロンの基地の危機を知らされる。
 マイスターはパイロットスーツを脱ぐ暇も無く、各機体で待機になった。
 何故、と、ライルは眉を寄せる。
 砂漠の中の基地は、年単位で見つからなかった。
 なのに、今になって何故見つかったのか。
 刹那がしくじるとも思えない。
 また自分達が見つかっていたとも思えない。
 トレミーの進路はアザディスタンに向かう途中で止まっていて、推察される事も無かったはずだ。
 ぐるぐると思考をめぐらせながらも、それでも救援の指示を出してくれたスメラギに感謝しながら、その時を待った。




 結局救援は間に合わず、基地は壊滅状態だった。
 視認出来る範囲の敵は撃破したライルだったが、やりきれない気持ちを抱える。
 何故、どうして。
 そんな言葉が頭の中を廻る。
 それでも現実は変えられず、生き残った仲間を別の基地に移送する手伝いをする破目になった。
 その行動中、一旦カタロンに保護された沙慈が、またCBに戻ってきている様子を見て、更に彼の顔色を見て、なんとなく事情を悟る。
 彼が密通者だったとは思えない。
 それでもきっと、彼が加担している。
 カタロンの基地移送の戦術は、何故か急に倒れてしまったスメラギに頼る事もできずに、ラッセが指示を出し始めた。
 母艦を操舵するのはラッセである。
 更に古参メンバーの中で、一番年長者であるのも。
 緊急事態に、当たり前のようにラッセの指示に従った。
 それでもやはり、スメラギのようにはいかない。
 各機体の発進シークエンスが行われる前に、ライルは準備しておいた独自のターゲットオンシステムの起動をハロに命じた。
 生き残らなければいけない。
 更に、生かさなければいけない。
 肩に重く圧し掛かる責任に、ライルは自然と機体の中で一人で笑みを浮かべていた。
 この条件が欲しかった、と。
 自分の信じる道を追い求める、自分の大切な人たちを守れる技術力。
 即ち、力。
 手の中にある、組んだプログラムが正常に稼動して、次々と敵機を撃墜できる自分の条件に、今までに感じたことも無い充実感を覚えて、笑った。
 だが、別々の部隊の撃破を担っていた、刹那の機体の反応が変わる。
「あいつ……! 馬鹿か!」
 ケルディムの中で拾った情報は、刹那が動作を保障されていないトランザムを使用していると言うものだった。
 自分たちは絶対に生き残らなければならないのに。
 なのに、生存確率の低いそのシステムを起動させた女に、舌打ちをする。
 慌ててライルは自分の担当の部隊を撃破して、彼女の元に向かった。
 その判断に誤りは無く、案の定、ダブルオーは外部モニターが望遠モードから近接モードに切り替わる前に、太陽炉から煙を出して海に落ちる。
 それでも相対していた敵機は、何故か止めを刺さずに去っていった。
 その様を、首を傾げてみてしまう。
「なんだ……あのパイロット」
 理解不可能な敵機の動きに、それでも助かったと、胸を撫で下ろしながらティエリアと援護を続けた。
 威嚇射撃を数分続けたところで、待ちかねたスメラギの指示が出る。
 彼女の無事もまた確認できて、更に的確な指示に、ライルは安堵の溜息をついて、ダブルオーを海から拾い上げた。
 機体同士の接触で出来るようになった直接通信で、コクピットの中を確認すれば、刹那は気まずそうな顔をしている。
 自分の行動を理解している彼女に、コクピットの中を映しているウィンドウに向かって溜息をついた。
「……人の話は聞こうって、子供の頃に習っただろ」
 ふざけてイアンの言葉を諭せば、そんなライルに刹那はソランの顔で、視線をそらせた。
『俺は学校には通った事は無い』
「ふざけた事言うと、帰ったら即格納庫で犯すぞ」
『ふざけていない。学校には……』
「そういう事言ってるんじゃないんだよ。馬鹿が」
 彼女に向かって初めての言葉を投げて、もっと冷静に現状を把握しろと諭した。
 そんな会話の合間に、緊急事態が報告される。
 アレルヤの機体が、補足出来ないと。
 もう一人馬鹿がいたと、ライルはスメラギの、ダブルオーのトレミー収容後のアリオスの捜索を、「了解」との短い言葉で受け取った。
 そうして探してみれば、暫くの時間で再び敵機に遭遇する。
 アロウズのものではないが、正規軍の機体に、ライルは咄嗟にトリガーに指をかけた。
 だがその機体も、理解不能な行動に出る。
 攻撃の意思が無い事をジェスチャーして、更にケルディムに、古典的な光通信という方法で暗号文を送って来たのだ。
 何事かとハロに解析させれば、それはアリオスと、アロウズの最新MSの位置を示す地図で、あわやアレルヤの危機かと駆けつければ、やはりアレルヤもライルの認識の「馬鹿」であった。
 望遠で捉えれば、なんとアロウズのパイロットスーツの女と、キスを交わしている。
「……おいおい、なんだこりゃ」
 必死になっている自分が馬鹿みたいだと、濃厚なラブシーンを見せ付けられて、ヘルメット越しに額を押さえる。
 どう報告していいものかと悩んだが、ココまで手をかけさせられれば、少しの悪戯は許されるだろうと、直接スメラギにではなく、更にフェルトでもなく、一番面白おかしく話してくれるであろうミレイナに通信を繋いだ。
「こちらケルディム。アリオスとアレルヤ発見。ついでにアレルヤの女も発見。女も纏めて回収して帰投する」
『りょ、了解ですぅ! 彼女さんも一緒ですね!』
「そうそう。スメラギさんだけじゃなくて、皆に伝えておいてくれよ」
『はいですぅ!』
 望んだ回答を得て、ライルは笑ってケルディムを降下させた。




 トレミーにアリオスを運んでケルディムから降りれば、案の定、艦の中は大騒ぎになっていた。
 クルーがオペレーター一人を残して、全て格納庫に集合している風景など、初めて見る。
 ライルは狭い人間関係の緩慢さに笑って、態と煽るように、アレルヤから紹介されたマリー・パーファシーという女性に手を差し出す。
 アロウズのパイロットスーツを着ているが、アレルヤから説明されるまでも無く、彼女からは殺気を感じられない。
「どうぞ、お嬢さん」
 それでも説明された、アレルヤと同じ、元人革連の超人機関の出身の超兵であると言う説明に、こんなエスコートなど必要が無い事は理解している。
 だが、アピールが必要だった。
 彼女がこの場に居るために。
 アレルヤとはまだそんなに長い時間を共に過ごしているわけではない。
 それでも求める女の存在に、自分も人の事は言えないと考えて、笑って受け入れたのだ。
 ライルの手に、マリーは笑って手を合わせてくれる。
 だがそれに、二つの鋭い視線が突き刺さった。
 マリーを不安定なコクピットの入り口から抱いて下ろして振り返れば、当然一つは自分の彼女の視線。
 最近嫉妬を露にしてくれる刹那に、ニヤリと口端をあげた。
 だがもう一つに首を傾げてしまう。
 アレルヤだ。
 自分の彼女が世話になったと言うのに、何故睨まれるのか、ライルには理解出来なかったのだ。
 それは偏に、ライルがアレルヤと接触している時間の短さの所為だった。
 この艦の人間はみんな感が鋭いと、思い込んでいたのだ。
 誰もが最低ラインでミレイナの観察眼があると思っていた故に、アレルヤの天然さを感じる事が出来なかったのだ。
「マリー、こっちに」
 珍しく固い声のアレルヤに、マリーですら瞬きをして、アレルヤの指示に従う。
 それでも柔らかく、彼女はライルの手を離した。
「有難う。あの……」
 名前を求める彼女に、ウィンクを投げて仮の名前を告げる。
「ロックオン。ロックオン・ストラトスだ」
「有難うございます。ミスターロックオン」
 見る限り、とても戦ってきた女とも思えない口調と仕草に、ライルは首を傾げつつも笑顔で答えた。
 その後、スメラギにアレルヤの身の上を問うた。
 人革連の超人機関。
 アレルヤの口から聞くまで、聞いた事も無いその施設がどういうものか、解らなかったからだ。
 普段のアレルヤもだが、マリーも、戦闘を数多く経験してきた人物像と結びつかない。
 スメラギの休憩時間に合わせてコッソリ彼女の部屋を訪れたライルは、その答えを得て、目を見張る。
「人体……改造?」
 実験的に行われていたとの情報も合わせて聞き、その非道さに言葉もおざなりになってしまう。
「本当は守秘義務なんだけど、彼女を説明する上で、もう裂けて通れない場所ね。彼女は確かに人革連の出身で、アロウズに所属していたけれど、多分、今の人格とは違う性格と行動でしょうね」
「なら、アレルヤも、か?」
「5年前まではね。フォーリンエンジェルスで頭部を負傷して、脳量子波を失ったらしいわ」
 脳に直接施術をすると言う人格移植手術は、些細な切欠で失われてしまうと言う説明に、更にライルは眉を寄せた。
 そこまでして、人を変えて何になる。
 穏やかなアレルヤの顔と過去が重ならずに、ライルはスメラギに礼を告げて、部屋を出た。
 そこでタイミングよく、アレルヤに出くわしてしまう。
 見れば丁度メディカルルームの前で、着艦直後から浮き足立っただけではなかったクルーに、身体検査を施されると、マリーが篭った部屋だった。
 一瞬、今まで通りに話していいのか悩んだが、それはアレルヤの鋭い視線で会話の突破口を得た。
「おいおい、何で俺、睨まれんの」
 あまりの態度の変化に、ライルは慌ててアレルヤの様子を見守る。
 スメラギの説明によると、アレルヤの穏やかな性格は、5年前は一瞬消えていたのだと言う。
 代わりに凶暴な男が現れて、口調すらも変わると聞かされていたので、彼女との再会に、その男が戻ってきたのかと様子を伺い見た。
 だが、アレルヤからは相変わらずのんびりとした口調が零れる。
「確かにマリーは美人だけど、僕の大切な人だ。ロックオンには渡さない」
「……はい?」
 何の事だと、ライルは首を傾げてしまう。
 いつ自分が彼女にアプローチをかけたと。
「独身のロックオンが狙っても仕方が無いけど、でも、マリーは……ッ」
「いやいやいや! まて!」
 確かにライルは独身だ。
 だがココにいる意味が他のメンバーとは違うのだ。
 ただ手を貸しただけでこうなるのは納得がいかないが、更に納得できない。
 確かにマリーは美人である。
 だがライルには、もう特定の相手がいるのだ。
 自分からリークしなくとも理解されていた今まで故に、どう説明したらいいのかと頬をかいた。
「……あのですね……多分、気がついてないの、お前さんだけだから」
「何をですか」
「何をって……はぁ」
 相変わらず固いアレルヤの声に、メディカルルームのミレイナに、外部から通信を入れた。
「ミレイナさん、マリーさんのチェックって、あとどのくらいかかるんですかね?」
 ライルの問いに、医療器具を取り扱っていたミレイナが、その時間を示してくれる。
『えっとですね、あとチェック項目が30あるので、ざっと5時間って所ですぅ』
「じゃあ、アレルヤは休憩してても問題ないな?」
『はいですぅ! アリオスもパパが修復中ですから、問題ないですぅ! あ、ストラトスさんも休憩取ってください! ケルディムもメンテナンスが入りますぅ!』
「サンキュ。じゃあちょっと席外すから、何かあったらアレルヤの端末に連絡入れてくれ」
『了解ですぅ!』
 ライルは口実をキチンと手に入れて、指でアレルヤを自室に呼び寄せた。


 ライルの部屋に入った途端、アレルヤは首を傾げた。
「なんだ?」
「いえ……これ、何の匂いですか?」
 他の部屋と違う匂いに、ライルはデスクから愛飲の煙草を取り出した。
「コレ。イアンさんと銘柄違うから、匂い随分違うだろ。きついか?」
「ああ、煙草か。吸うんですね」
「超ヘヴィ。ついこの間、刹那と一悶着した。一服しても良いか?」
「どうぞ」
 穏やかな促しに、礼を告げて休息を取る。
 一口大きく吸ってはいて、ベッドに促したアレルヤに向かった。
「……で、俺ココでキチンと説明するの初めてなんだけどさ。俺は独身だけど、相手がいるんだ」
 先程のマリーの誤解を解かなければと言葉を紡げば、アレルヤはぱちりと大きく瞬きをした。
「……そうなんですか?」
 疑問系に、ココまで言っても通じない彼に、乾いた笑いが零れてしまう。
 MSの操縦は天下一品。射撃も何もかもが、マイスターの中で平均値が一番高い男とも思えないぼんやりしているアレルヤに、普通にライルは「ああ、コイツは天才なんだ」と理解した。
 ライルの認識する天才は、その道はプロであるが、それ以外が常人以下という、失礼な認識である。
 その構築は、多聞に兄のニールとソランの影響だ。
 煙草の一件で一悶着する間柄だと口にしているのに、アレルヤはまったく気がつかない。
 天才は……と、ライルは溜息をついてデスクの付属の椅子に腰掛けた。
「この間話しかけて、ティエリアに止められた俺の個人情報だけどさ。俺が兄さんじゃないって事は理解してるよな?」
 確認で問えば、アレルヤは首を傾げつつも頷く。
 そして更に一言ついた。
「確かに顔はそっくりだけど、前のロックオンは、自分から自分の部屋に誰かを入れることなんてしなかったし、あなたみたいに半歩下がって何かを出来る人でもなかった。僕から見て、貴方たちは別人だ」
「サンキュ」
 成績などの外面要素ではなく、キチンと人を見ていると主張してくれたアレルヤに、礼を告げる。
 双子として生まれて、他人は大抵外面要素で区別していた。
 それが無いと主張してくれた彼に、笑みが浮かぶ。
 温かい人物像に、世界最強のテロ組織という肩書きが重ならずに、更に笑ってしまった。
 この中に入っていたのなら、兄の最後はおそらくライルが想像していたよりも穏やかだっただろうと、そんな感想が頭を掠める。
 アレルヤの回答を踏まえて、ライルは口を開こうとした。
 だが、改めて言わなければならないと言うのは、なんとも気恥ずかしい。
 煙草に頼って沈黙すれば、アレルヤは視線でライルに促した。
「いや……改めて言うってのは恥ずかしいなと」
「何がですか」
 重ねられる問いに、何故ココだけ鈍感なのかと、アレルヤと言う男の不思議を笑う。
 それでも解かなければならない誤解に、ライルはやけになって口を開いた。
「だーからぁ、俺は兄さんとは別人だけど、今は俺が刹那と付き合ってるの。ちなみに今、ブランク込みで3年目だ」
「……は?」
 心底理解していないと訴えるアレルヤに、更にライルは肩をすくめて説明を施した。
「出会ったのは当然兄さん経由じゃない。俺はココに来るまで会社員を生業にしてて、世間に身を潜めてたアイツに偶然出会って一目ぼれしたの。その結果、ココにいるって訳。だからマリーさんは狙わないから安心しろって言いたいだけだ」
 恥ずかしい事実を早口で告げて、ライルは再び煙草に逃げた。
 本気で恥ずかしいのだ。
 頬が熱くなっている感覚を、ライルは覚える。
 どこの学生の青春談義だと思うような内容に、二十代もすぐに終わるというこの時には、本気で恥ずかしい思いをする。
 それでもアレルヤは、一頻り固まって、その後、その辺の学生のような反応を見せた。
「え……ええええぇええ!」
 大絶叫するアレルヤに、ライルは思わず机に伏してしまう。
 その反応も恥ずかしい。
 そして男の感が告げる。
 コイツ、略童貞だと。
「え、ええ! だって、刹那の過去、知ってますよね?」
「はいはい、知ってます。義理のお姉さんです。ちゃんと愛の結晶とのふれあいもしてます」
「愛の結晶って何!? え、僕知らない!」
「あれ? 聞いてないのか? アイツ、兄さんとの子供産んでるぜ? 今育児機関にいるんだ」
「えええぇええ! ロックオン、何ちゃっかり子供作って……! しかも、え、だってあの時まだ刹那16歳だったよ!」
「そうだよ。産んだのは17歳。今娘は5歳だ。もうすぐ誕生日だけどな」
「ええぇ! じゃ、じゃあ当然死ぬ前に仕込んでた訳だから……? え? 僕がしくじった戦闘の時にはお腹にいたって事ぉ!?」
「そうなんだろうな。……って、俺、アレルヤがどこでしくじったか知らないけど」
 どうやらかなり混乱している様子のアレルヤに、ライルはさり気なく問えば、アレルヤは余計な事も含めて全て話してくれた。
「いや、僕、ロックオンが死んだ後の、2日後の戦闘でしくじって、慌てて電源が通っている間に太陽炉外してトレミーに飛ばしたんだけど、その時ハレルヤも居なくなっちゃって、でも僕が確認した時にはちゃんとエクシアの反応はあってッ」
「エクシアねぇ。他は?」
「エクシアだけはあって、でもティエリアのヴァーチェの反応は無くなってて、でもハレルヤがティエリアは生きてるって脳量子波で感知してて」
「ハレルヤってのが、もう一つの人格?」
「ああ、そうそう。僕超兵で、脳量子波施行手術受けて二重人格になってて、フォーリンエンジェルスで頭部を負傷したらショックでハレルヤの人格が消えちゃって、でもその時ハレルヤ刹那に関しては何にも言ってなかったのに身重だったのぉ!?」
 超兵の情報も手に入れて、更にスメラギが必死にマイスターの捜索をしていた情報を得る。
 機体がダメになっていたティエリアが生きているという事は、当然捜索の任を請け負っていたのはスメラギだ。
 つまり彼女はマイスターを生かす事に専念していたのだ。
 その気配は、当然今も見えている。
 自軍の優勢を保つには、先ず前線の人間の確保だ。
 ココは危ない、ココはいける。
 その判断を、人の性格や敵の予測で細かに伝えてくれるのだ。
 そこから推察するに、おそらく兄、ニールはスメラギの提言を聞かなかったのだろう。
 結果、スメラギの汚点になったと言うことで。
 まったくあの馬鹿兄と、灰皿に灰を落としながら頭を抱えてしまった。
 それでも現状は、兄が生きていれば無かっただろう。
 受け継いだ力には、純粋に感謝している。
 愛しい女に、愛しい子供。
 それでも家族の愛情が無いかと言われれば、それはNOだった。
 争う事になったかもしれないが、生きていて欲しかったと思う。
 少し感傷に浸りながら、それでも機会を逃さなかった。
 テレビでは、フォーリンエンジェルスの概要は放送されたが、当然詳しい状況など伝えられない。
 どの位の期間、フォーリンエンジェルスが続いていたのか。
 また、CBの行動の根幹を担っていたというヴェーダが、いつどこで、誰に奪取されたのか、情報が欲しかったのだ。
 何気ない言葉を装って、ライルはアレルヤに話を振る。
「アレルヤが知らなかったって事は、兄さんいつ仕込んだんだろう」
 フォーリンエンジェルスで戦死したニールが子供を作っていたのだ。
 その事を知らなかったアレルヤに、会話で期間を探ろうと問えば、混乱しているアレルヤは、更なる情報をライルに流してくれる。
「ええぇ……そうだなぁ……ロックオンが怪我した時の二日前の身体検査では問題なかったはずだから……その後?」
「怪我?」
 知らない情報に軽く問えば、相変わらず混乱しているアレルヤは、ペラペラと話してくれた。
「うん。ロックオン、死ぬ2週間前に右目を潰したんだよ。基本的にガンダムは、ヴェーダっていうCBが持ってた量子型演算システムで動いていたんだけど、突然誰かに奪われちゃったみたいで、戦闘中にシステムダウンしちゃってさ。ああでも、なんかスメラギさんは予測ついてたみたいで、何分もかからずに他のシステムで起動させられたんだけど、ティエリアの機体だけがそのシステムで動かなくて、危うく撃破されるところだったんだ。ロックオンはティエリアを庇って、デュナメス大破させちゃってさ。その時に……って、怪我して仕込んだって事?」
 どうやら余程子供の事が気になっているらしいアレルヤに、ライルは思わず笑ってしまう。
 素直に噴出したライルに、アレルヤはハッと気がついて我に帰った。
「……ゴメン」
 頬を染めて謝罪するアレルヤに、ライルは手を振った。
「いやいや、面白い話いっぱい聞けて有り難い。5年前かぁ……そういや俺、一時期凄い右目痛かったなぁ。病院行ったけど原因不明で、過労だって言われたけど、もしかしたら子供の頃のヤツだったのか」
「子供の頃?」
 アレルヤは再び首をかしげてライルに問う。
 コレは隠す事でもないし、世間では有名な話なので、普通にライルは説明した。
「双子の神秘ってヤツ。片方が怪我すると、怪我してない方も何故か痛くなるんだよ。大人になると共に、結構な割合でそういう症状は出なくなるんだけど、大怪我とか大病とかは、別みたいでさ。統計もあるし」
 痛みを感じていた部分を指で指して示せば、どうやら場所が同じだったらしく、アレルヤは感心したように「うわぁ」と相槌を打ってくれる。
「じゃあロックオンも大変だったんだ」
「いや、大変って程じゃなかったけどな。日の光が痛かったり、パソコンが見辛かったりしただけだから。その頃は外回りが忙しい時期だったから、ソコまで問題にも思わなかった。すぐに治ったし……」
 自分で言葉にして、ライルは気がつく。
 原因不明の痛みが治まった理由。
 それはニールが痛みを感じなくなったからだ。
 即ち、その時に彼は死んでいたのだ。
 思い出した事柄に、鈍感な自分が嫌になった。
 原因不明なら、何故行方不明の兄を先ず思わなかったのか。
 それでも、もし当時思えていたとしても、こんな秘密結社にいたのなら、解らなかっただろうが。
 沈んだ思考に行きかけた時、アレルヤが救いの手を差し伸べてくれる。
 わざとではなく、天然で。
「外回りって、なに?」
 純粋な疑問に、そして自然と救ってくれた彼に、ライルは笑った。
 人を傷つけるような言い方ではなく、更に意図的でもないアレルヤの行動は、この殺伐とした状況の救いだと、心底思えた。
「ああ、外回りってのは、営業。俺、営業だったんだ」
「えいぎょう……?」
「あー、そうか。普通の会社知らないか」
「うん。僕、超人機関の後、ココに拾われてるから、全然世間って知らなくて」
 言葉の端々に、暗い影が見えたが、ライルはアレルヤとは違い、態と話題をそらせた。
 感謝という名前の男に、心の底から感謝を述べながら。
「会社員って一口で言っても、いろんな職業があるわけよ。ここだってそうだろ? 俺たちみたいなマイスターがいて、戦術予報士がいて、研究機関に育児機関。まあ例えるなら、営業はマイスターみたいなものかな」
 会社の最前線に立ち、仕事を確保する。
 他の部署の働きが無ければ出来ない仕事だが、表に立つのは営業職の人間だ。
 そうアレルヤに説明すれば、彼は素直に納得してくれた。
「凄いなぁ」
「凄くねぇよ。俺から見れば、アレルヤの操縦技術は人間の域を越してるぜ」
「それは僕が超兵で、ずっと戦闘訓練を受けていたから……」
「俺だって同じ。ずっと学校に通って勉強して、社会構造の中に入る訓練受けてたから、その仕事だったんだよ」
 同じだと笑えば、アレルヤもやっと、混乱も嫉妬も無い視線でライルに笑いかけてくれた。
 穏やかな関係に戻ったのを確認して、ライルはアレルヤに、引き出しの中にしまっていたブツを取り出して投げた。
「……何?」
 反射的に受け取ったアレルヤは、箱を見て首を傾げる。
 想像通りの反応に、ライルは笑った。
「それが世間で売られている、コンドームというものです。いや、刹那が最初知らなかったからさ、溶け込めなかった場合の一般人的なネタ振りで持ち込んでたんだ。今夜は頑張れよ」
 ニヤリと笑って事実を突きつけてやれば、アレルヤは耳まで赤く染め上げた。
「ろ、ロックオン! 露骨だよ!」
「馬鹿。男同士に露骨もクソもあるか。俺は見ちゃってるんだぜ? お前さんたちの濃厚なキスシーン。当然その先なんて、男同士同じ思考だろ。今夜はちゃんと俺たちは自粛するから、交代制でセックスの日決めようぜ」
 仕事と恋の両立を共に計ろうと誘えば、アレルヤは赤い顔のまま、楽しそうに笑った。
「……ココでこんな話が出来る日が来るなんて、思わなかった」
 テロ組織に属して、世界を敵に回した男は、こんな下らない恋の話で幸せそうに笑う。
 ライルは彼の今までの過酷な人生を思った。
 そして更に、彼の仲間である、愛しい女を。
 ニールと婚姻関係にあったと聞いているが、恋の話をおおっぴらに出来る状況でもなく、そして真の愛し合う幸せも知らなかったのだ。
 出会った頃の、彼女の男女の機微の疎さを思い出す。
 この環境に幼い頃からいれば、そんなモノは身につかない。
 更にKPSAに属していたと言う数ヶ月前の告白を思い、彼らが何故世界を変えようとしているのか、理解出来てしまった。
 誰もが幸せな世界がある事を、知らないから。
 そしてカタロンの基地を後にして以来、ライルの前に姿を見せなくなった沙慈を思った。
 刹那かティエリアに止められているのだろう。
 だからこそ、今度ライルは沙慈の部屋を訪れなければと思った。
 一般的な人なら、当たり前の考え。
 思考。
 自分は関係が無いのに、何故こんな危険な場所に身を置かなければならない。
 その思考の末、カタロン基地から脱出を試みて、失敗したのだろうと想像がつく。
 周辺にはアロウズか正規軍の捜索隊もいただろう。
 逃げる術を知らない一般人が、どうなるかなど、聞かなくとも解る。
 今回の事件は、カタロンにも沙慈にも苦い記憶になった。
 ただ唯一の救いが、目の前のアレルヤだ。
 想い人と共に過ごせる条件を手に入れられた彼に、ライルは冷蔵庫からビールを取り出して、アレルヤに手渡した。
「とりあえず、乾杯しようぜ」
 ライルの申し出に、アレルヤは首を傾げる。
 何に、と物語る視線に、ウィンクを投げた。
「お互い、守るべき女を手元に置けた、幸運に」
「ああ、そうだね」
 アレルヤは柔らかく笑って、ビールのキャップを開けた。
「じゃあ、お互い仕事と女の両立を目指して、乾杯」
 ぺこんと、宇宙用に作られている容器をアレルヤの手元の同じ容器に当てて、ライルは笑う。
 そしてアレルヤも笑った。
 二人で容器からアルコールを煽れば、更に空気は柔らかくなる。
 個室は完全なプライベート空間として保障されていて、CBのシステムにも、当然奪取されているヴェーダからも情報が伝わらないようになっていて、二人で今までの笑い話を繰り広げた。
 アレルヤが5年前の、ニールに受けた仕打ちや、ライルがソランに受けた仕打ちなど。
 鈍感で、それでも自分の信念を曲げる事を知らない二人の話題で盛り上がり、更にライルの部屋を、アレルヤもソランと同じように「片付いている」と絶賛した。
 CBに入り、ライルは初めて真に寛げる仲間に出会えて、感謝する。
 更にアルコールで凪いだ空気にシモネタを混ぜれば、普通の男同士の友人になれた。
 一応経験はあると告白したアレルヤに、それでも一般の青春を謳歌したライルは、女のあれこれをジョークで告げれば、興味津々なアレルヤの瞳に笑えた。
 瓶をお互いに三本開けたところで、ライルの部屋のインターフォンが鳴る。
 リモコンで確認するまでも無く、この時間ならソランだろうとライルが思っていれば、同じタイミングでアレルヤの端末が鳴った。
 ライルは部屋を開けて刹那を通し、アレルヤは端末でマリーのチェックが済んだ事をミレイナに伝えられる。
 お互いの相手に、部屋に入ってきた刹那が、ライルの部屋にいるアレルヤに「珍しい」と呟いたのと同時に、目を合わせて笑った。
 気を使って、すぐに部屋を出ようとしたアレルヤに、ライルはストップを入れる。
「彼女、パイロットスーツ以外、持ってるのか?」
 マリーの機体は、偽装工作に使うためにおいて来ている為、手ぶらでココに来た彼女を問えば、アレルヤは改めて気がついたらしく、口元を押さえた。
 戦闘に参加させる意思が無い事と、更に一般人として側にいてもらうと言う事情を聞いたあとで、ライルもまさかCBの制服は着せられないだろうと問えば、想像通りだった。
 そんなアレルヤに、ライルはクローゼットを漁って、伸縮性に富んだ黄色い厚手のシャツと、同じ素材の黒のシャツをアレルヤに手渡した。更に男物だが、ライルがブーツ用に持っていた丈が短めのワークパンツを渡してやる。
「急場しのぎだから、それで我慢してもらえ。ああ、あと刹那、お前、この間コロニーで買って来た下着、まだ新品か? ブラはサイズわかんないけど、パンツは渡してやれ。パイロットスーツでココに来たんだから、普通の下着も持ってないだろ」
 パイロットスーツの下は、長時間の戦闘を想定して、大抵は普通の下着ではなく、オムツなのだ。
 オムツと言っても赤子用のものとは当然違う。
 普通の下着のように見えるが、使い捨ての吸水素材の紙製なのだ。
 ライルの指示に、刹那はぱちりと瞬きをして、それでも返答をくれる。
「ブラジャーなら、スポーツタイプのものなら新品であるが、それでも大丈夫だろうか」
「次の補給まで凌げる物資が欲しいだけだ。……な?」
 アレルヤに相槌を求めれば、ココに来てようやく状況を理解したらしいアレルヤは、慌てて首を縦に振る。
 他の男の服と言うのは嫌かもしれないが、アレルヤ自身がつい最近救出されたのだ。まだ彼は補給に遭遇していない。
 故に普段着も無いのだ。
 アレルヤのときも、艦内の男の新品を掻き集めた。
 多少の緊急物資として艦内にも下着は保管されていて、更に制服にまつわるアンダーや手袋などは予備があるが、個人的なものは個人で調達するのだ。
 ライルの指示に、刹那はアレルヤに「少しココで待っていてくれ」と言い残して、もう一度部屋を出た。
「……ロックオン、有難う。僕、気がつかなかった」
「別にイイって。お前の時も、みんな気がつかなかったんだよ。新参者の俺が言い出すのも何かなって思ってたら、いつまで経っても話が出ないから、刹那に回してもらったんだ。半年近くココにいて、ようやく俺もココのやつらの癖がわかってきたからさ」
 専門以外は、みんな意識を向ける事が無い。
 故に専門は、他の追随を許さない。
 だがそれでいいと、ライルは最近思うようになった。
 世界に向き合うための力は、こうして出来上がるのだと、理解したからだ。
 足りない部分を、一般人のライル自身が補助すればいい。
 元々射撃もMSの操縦も、ニールに敵わないのはわかっていた。
 ただ必要なのは、慣れ親しんだ顔と、「ロックオン・ストラトス」という名前。
 4人のマイスターがいれば、それでいいのだ。
 ニールほどの能力は無いが、それ以外で自分の存在意義を持てばいい。
 自分の役割に小さく笑って、それでも満足出来る。
 ソランの……刹那の行く道の手助けが出来るのだから。
 彼女の周りが落ち着けば、当然それは刹那に還る。
 ライルはそれで満足だった。
 戻ってきた刹那は、相変わらず少し配慮に欠けていて、下着を何も隠さず持ってきた。
 アレルヤが顔を真っ赤にするのを苦笑で謝り、素早く下着を手近な紙袋に詰めた。
 更に洋服も一式袋に詰めて、手渡す。
「他の男の服とか、嫉妬すんなよ」
 手渡す際に、最初に勘違いで睨んできた事を冗談に交えて訂正すれば、アレルヤはまた頬を染める。
「ゴメン。僕、鈍感だから」
「いや、その鈍感さは俺には救いだけどな。どっかの女は変なところが鋭いくせに、肝心なところは抜けてるから、変な問い詰められ方するし、他の面子は俺たちの様子見てニヤニヤ笑ってるしさ」
「おい、『どっかの女』と言うのは俺か?」
「さぁてな。……ほら、アレルヤ。マリーさん裸にしておくつもりかよ。行った行った」
 あとは二人の話だと振って、アレルヤを部屋から追い出した。
「本当に有難う。ロックオンっていう名前に感謝できる日が来るなんて、生きてみるものだった」
 そう言ってアレルヤは笑って、部屋を後にした。
 酒の席で兄のアホさ加減を腹を抱えて笑ったが、本当にアレルヤが一番の被害者だったのだろうと、他の面子からは聞けない感謝の言葉に、更に笑ってしまった。





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一人づつ落としてく男、ライルです。
でも基本的に女の子大好きなので、確実に3サイズチェックは怠らないww
更にCBに偏見を持っていました。
一般人理解してもらえるのか不安だったww
そんでとりあえず男の友情を固めようと、持ち込んだのが市販のコンドームとか、感覚が若いですライルww
そしてマリーの私服を造呈。男物っぽなと思ったので、でも艦内にあんな服持ってるのなんて、ライルくらいじゃないの? と言うことです。
ちなみに沙慈の着替えは、最初はラッセのものでした。でも支給されたのは一ヵ月後で、下着以外は着替えなかった可哀想な設定。