Begin The Night 1

2011/07/02up

 

「……刹那・F・セイエイ?」
「沙慈・クロスロード……」
 アロウズの収容所で、5年ぶりに二人は再会した。

 二人の付き合いは、日本で隣同士の部屋に居住したところから始まる。
 その後、刹那は世界情勢に流されて、半年ほどでその部屋には帰る事が出来なくなり、引越しも人任せになった。
 実はコッソリ、10ヶ月後には帰っていたのだが、その時には彼に会えなかったのだ。

 だが再会した今は、感傷に浸っている場合ではなかった。
 二人が再会した場所は、現在世界を戦乱に陥れている、地球連邦の独立治安部隊アロウズの強制収容所で、そこは今まさに、襲撃を受けている最中だったのだ。
 刹那は独自にその情報を手に入れて、アロウズの調査をしていた。
 それが彼女の思想だったからだ。

 世界から、紛争を根絶する。

 そう誓いを立てて、幼い日に戦いに身を投じた。
 今もまだ、戦い続けているのだ。
 そんな事情を知らない沙慈は、思わぬ場所での再会に驚き続けている。
 彼の様子に、刹那は更なるアロウズの実情を悟った。
 一般人を巻き込んでいるという噂は、本当だったのだと。
「……行くぞ。次期にココにもオートマトンが来る」
「おーとまとん?」
「さっき、お前の同僚が殺されただろう。あのロボットの事だ」
 生体反応を感知して、無差別に攻撃を仕掛けるロボットを説明してやれば、沙慈は顔を青くした。
 そんな彼を連れて、刹那は脱出口に走る。
 エアロックの前まで来て、沙慈に宇宙服の密閉を指示した。

 淡々と事を進める彼女に、沙慈は呆然としてしまう。
 隣人であった時、彼女は日本に留学してきた留学生で、年も若く結婚していた。夫と幸せそうに微笑んでいたのを覚えている。
 いつの間にか引っ越してしまったのも、彼女が操る言語の多さに、おそらく研究が忙しくなったのだろうと、そう思っていた。
 だが今、慣れた様子で殺戮兵器に小型プラスチック爆弾を投げつけて破壊して、退路を確保する。
 どうみても戦いなれているその仕草に、呆然とするしかない。
 だが沙慈の命を助けてくれているのは間違いが無かったので、ついて行くしかないのだ。
 そうして辿り着いたエアロックで指示を受けて、元々作業服として着込んでいた宇宙服の密閉をした。
 ヘルメット一体型のそれを、ボタン一つで密閉させれば、その様子を伺ってくれていた刹那が、やはり慣れた調子で、コロニーの管理をしている人間にしか分からない筈のパスワードを打ち込んで、宇宙に出る準備をする。
 違和感が頂点に達して、沙慈は刹那に向かって手を差し出した。
「君は、一体……」
「今は説明している時間は無い。沙慈・クロスロード、お前はここに残るか? それとも俺と行動を共にするか?」
「え?」
 突然問われて、更に驚く。
 今までも、短時間ではあるが、行動を共にしてきた。
 なのに今更何をと首を傾げれば、その答えが刹那から漏れ出した。
「プライオリティを刹那・F・セイエイへ。ニーナ・S・セイエイ、応答しろ」
 ヘルメットを被っても、オープン回線になっているのだろう通信が、沙慈の耳にも届く。
 刹那の言葉に、沙慈が聞いた事が無い幼い声が返って来た。
『了解! 譲渡の為のシステムを開放します!』
 その通信を受けて、刹那はエアロックの最終解除ボタンに指をかけた。
「どうする。ここなら多分安全だが、絶対とは言い切れない。オートマトンを全て処理していないから。だが俺と来ても、危険は付きまとう」
 どちらがマシかと選択を迫る刹那に、沙慈は昔と変わらず、おずおずと声を出した。
「な……なら、連れて行って貰えるかな」
 返答を受けて、更に刹那は通信回線に向かって声を出す。
「ニーナ。もう一人乗る。背後の為のベルトの準備をしてくれ。多分直にMSが追撃に来る」
『了解! えーと……』
 通信の向こうの幼い声が、刹那の言葉に従う様子に、彼女の状態を思い浮かべて沙慈は問う。
「もしかして……お子さん?」
 刹那は結婚しているのだ。彼女の夫とも面識がある。故に幼い声をそう捉えて問えば、その返事を貰う前に、刹那から沙慈に質問が飛んだ。
「エアチェックは問題ないか? 今からロックを開放する」
「あ、うん。大丈夫」
 腕に施されている生命維持装置の確認ボタンを押して問題が無い事を確認して答えれば、刹那は最終の扉である、宇宙空間につながる扉を開放した。
 扉の前に浮かぶMSに、沙慈は放心してしまう。
 ソコにはかつて世間を賑わせ、更には現在の沙慈の状況を作り上げた一端の存在が浮かんでいたのだ。
 当たり前の顔で、刹那がそれに向かって沙慈の腕を掴んで飛ぶ。
「ニーナ、エアロックを開放する。生命維持装置のチェックをしろ」
『準備万端! 了解です! ロック、開放します!』
 呆然とする沙慈の腕を引っ張って、刹那は開いていくコクピットに飛び込んだ。

 無重力を利用して、刹那は沙慈をコクピットの操縦席の後ろに投げ込み、予め娘に準備してもらっていたベルトを指示した。
「それを体に縛り付けておけ。相当揺れるぞ」
 沙慈を気遣う言葉に、沙慈は返せなかった。
 彼女がこの機体を操るという事は、過去に当然彼女はコレに乗り、沙慈が苦しんだ状況を作り出した一人のはずだったから。
 それでも幼子が気になり、声の通りに小さい人物をコクピット内で確認した沙慈は、ちらりと視線だけで子供を見た。
 女の子らしい彼女は、可愛い子供用の宇宙服を身に纏って、刹那の前面に張り付いている。
 おんぶ紐を変形させたような状態のベルトで、刹那の体に前向きに固定されていた。
「来た! 二人とも、覚悟はいいな!」
「いいよ! マム!」
 二人の会話に、沙慈は入れない。
 覚悟も何も、沙慈に残されていた選択は、コレしかなかったのだから。


 5年前は世界最新兵器だったそれは、時の流れに逆らう事も出来ずに、現在の最新兵器に追い詰められた。
 沙慈は恐怖に目を瞑る事しかできず、刹那の繰り返される舌打ちに恐怖しながらも、それでも小さな子供の存在が気になって操縦席をチラ見すれば、その小さな子供が必死に二つのボタンを操っている様を認めてしまう。
 この子は何をしているのかと思い、モニターを確認すれば、どこかに取り付けられているのだろう機関銃を発射している事が分かった。
 驚く事に、その命中率が凄まじい。
 モニターに表示されているその数値に、沙慈は目を見開いた。
 そして思う。
 過去、あんな事件を巻き起こし、更に今、こんな小さな子供を戦場に巻き込んでいる。
 昔は自分の彼女とは違う方面で可愛いと認識していた刹那の存在が、沙慈の心の中で立ち位置を変えていっていた。
「機体重量が……ッ」
 その刹那の呟きと共に、決定的に敵機に与えられたダメージが、コクピットにアラートを響かせる。
 赤い光の点滅と共に鳴り響くそれが、危険ではないなどとは、戦闘に素人である沙慈にも思えなかった。
 ああ、自分の人生もコレまでかと、沙慈は思う。
 人生を翻弄されたガンダムの中で死ぬのも、また運命かと諦めそうになった時、画面に閃光が走った。
 それに撃墜されて行く敵機に、あっけに取られる。
 撤退を始めた敵機を確認した後、モニターに見覚えの無い顔が現れた。
『来ると思っていた』
 そんな言葉を刹那に告げる男の声に、沙慈は彼が仲間なのだと悟る。
「……助かった」
 だが、彼に返した刹那の声が、どこか諦めたような感じがしたのは、気のせいでは無かった。





 ガンダムを格納して、稀代のテロリストの本拠地に招かれてしまった沙慈は、コクピットで刹那に問うた。
「これが、君の本当の姿なんだね」
「……ああ。でも結婚は嘘ではない。この子はあの後産んだ」
 自分のヘルメットを脱いで、子供のヘルメットを脱がせてやる刹那に問えば、思ったとおりの刹那の答えが返って来た。
 ヘルメットを脱いだ子供は、刹那の子供だと直に分かる容貌をしていた。
 くすんだ肌に、黒髪。
 それでも目の色は、沙慈が見知っていた彼女の夫のものだった。
 そして自然と、彼の事も理解する。
 初めて会った時の身体能力も、当たり前だと思えた。
 次の言葉を沙慈が刹那に告げる前に、刹那はコクピットハッチを開いて、母艦に降り立ってしまった。
 その後の彼女の仲間との会話を、ベルトを外しながら耳にする。

 一方、キャットウォークに降り立った刹那の容貌に、ティエリアは唖然とした。
 コクピットから降りた刹那の前面に、何かが取り付けられている。
 いや、それが普通に子供だとは認識できたが。
 しかし、普通子供を前面に取り付けるときは、子供と向き合っているものではないのか。
 その程度の知識はティエリアにもある。
 だが子供は、刹那と同じ方向に、刹那の体に取り付けられていた。
 それでも出た言葉は、流石に年月と言ったところなのか。
「……増えたな」
「ああ。お前は何も変わりないな」
 ティエリアの言葉に、刹那は淡々と子供を自分の体にくくりつけている紐を解きながら答える。
「僕は子供は産めないからな。この子は彼の子か?」
「この容貌で、他に誰の子だ」
 ずいっとティエリアの前に突き出された子供は、怯えもせずにティエリアを眺める。
 その視線を理解して、ティエリアは溜息をついた。
「身を隠していたのは……この子を産むためか」
「産んだ後に、彼が望んだ家庭を、この子に与えたかったからだ」
 普通の家庭を望んでいた夫を思い出させれば、ティエリアは再び溜息をついた。
「事情は分かった。だが相談はして欲しかった」
 太陽炉の残骸も見つからず、エクシアもろとも行方不明とされていた事が心配だったと告げるティエリアに、刹那は少し視線を揺らせて、それでも謝った。
「悪かった。だが普通の家庭に出来ない様な気がして……」
「その気持ちも分かっている。それを捨ててまで戻ってきたお前の気持ちもな」
 長年付き合ってきたティエリアは、刹那の思想も当然理解していて、更なる要望も理解した。
 二人の会話を、母親の足にしがみついて聞いている小さな女の子に、ティエリアは膝を折った。
「初めまして、レディ。僕は君のお母さんとお父さんと志を同じくする、ティエリア・アーデだ。これからよろしく」
 もみじの手を優しく取り、その手に宇宙服の上からキスを贈れば、幼子は母親からやっと離れた。
「初めまして。えーと……」
 言いよどんで、母親を見上げれば、刹那は子供にしっかりと頷いた。
「ニーナ・S・セイエイです。よろしくお願いします」
 躾けの通り、本当の姓だけを隠した名前を告げれば、その事を理解しているティエリアは微笑む。
 そんな会話に、我慢できなくなった人物が横槍を入れる。
「よくそんなに穏やかにしてられるね。君たちは、自分達がした事を理解していないのか?」
 コクピットの方向に、三人が視線を向ければ、ここに来て初めて沙慈の鋭い視線が刹那に向けられている事に気がついた。
「姉さんも、ルイスも、君達に関わったばかりに、酷い運命を辿る事になった! しかも刹那、君は子供まで戦場に連れ出すのか!? 当たり前の平和を、君達が行動を起す前の世界をッ、僕に返せ!」
 刹那の銃を奪った沙慈が、安全装置も外さずに刹那に銃口を向ける。
 その仕草に、ニーナは咄嗟に母親をかばった。
 子供の行動を、刹那は静かに抑えて、ティエリアに任せる。
「……絹江は、どうした」
「死んだよ。CBの取材中に! 誰かに殺された!」
「……そうか。ルイスは?」
「僕と連絡を絶った。ガンダムの無差別攻撃に合って、左手を無くしてね!」
 知人の消息に、刹那は目を閉じる。
 そして沙慈に告げた。
「……憎ければ、撃てばいい」
「マム!」
 叫んだ娘に、刹那は冷静に答えた。
「世界を変えるということは、痛みも伴う。俺とダディは、人の痛みを知りながらも、それを追った。お前ももう、一人じゃない。俺がいなくとも、お前は生きていける状況を得たんだ。……守るんだろう?」
 二人にしか分からない会話に、ティエリアでさえ首を傾げる。
 それでも沙慈は、結局撃たなかった。
 子供の存在が大きかったのかもしれない。
 その場で号泣し、それでも刹那を撃たなかった。





 沙慈を営倉に匿い、ティエリアは刹那と娘を食堂に誘った。
 直にフェルトを呼び、部屋の用意を頼んだのだ。
 丁度補給の後で、フェルトが好きなオレンジジュースが食堂にあり、それを子供に与えた。
 宇宙用に作られている容器に、ニーナは慣れない食器から必死に飲み物を飲んでいた。
「……で、誰を守るんだ」
 先程の会話をティエリアが問えば、刹那は瞳を揺るがせたが、その隣りの子供が元気に「ライル!」と叫ぶ。
 その名前に、ティエリアが眉をひそめた。
「ライル……とは、まさかライル・ディランディか?」
 彼女の元夫の弟。
 その名前を知る事など、ヴェーダとのリンクが出来ていたティエリアには造作もなかったのだ。
 刹那が知る前から、彼の存在を知っていた。
 さらには、経歴も。
 ティエリアを人として扱い、人としての感情を教えてくれた、恩人の弟だ。
 あまりのことに目を見開けば、逆に刹那は目を閉じた。
 そして経緯を語る。
「……一年前まで、接触していた。勿論、こちらの意志ではない。偶然だった。普通の家庭を作るために得た職業で知り合ってしまったんだ。その後……」
 言葉を濁し、年齢の割には落ち着いて椅子に座り、ティエリアと対峙している娘に視線を送る。
 その意味を、ティエリアは理解する。
 言いたい事は当然あった。
 だがそれは、態々ティエリアが言わずとも、刹那なら理解しているのだろうと、口を閉ざす。
 更には「守る」と娘に言い聞かせていた理由も悟った。
 ティエリアは運命の皮肉さに、ため息をつく。
 子供が懐き、刹那の雰囲気から察するに、彼は刹那に愛を囁いたのだろう、と。
 二人の状況を愛したのだろうと、彼の弟ならやりそうだと、その時の刹那の葛藤を思った。
 死んだ夫と同じ顔の、恋人。
 それでも惹かれてしまったのだろう、彼女。
 再会した刹那は、以前のような子供っぽさなどかけらもない。
 ティエリアからみても「美女」という言葉があっていると、そう思えた。
 市販のパイロットスーツを脱ぎ、CBの制服を着た刹那は、以前の彼女の面影は無い。
 大きく張り出した胸に、引き締まったヒップ。
 折れそうなウェストに、細く長い手足。
 世の中の女性が欲している物を、刹那は手に入れていた。
 彼と付き合っていた頃には考えられない女性の条件に、ティエリアでさえも小さく笑ってしまった。
 顔を合わせたフェルトも驚き、刹那を子供のように可愛がっていたイアンなど、口から泡を吹きそうな程驚いていた。
 更に、子供の存在に。
 ラッセだけが、想像通りだったと感想を漏らした。
 そんな女を口説かないなど、昔のロックオンを思えば、彼の血筋だと考えればあり得ないだろうと、そう理解するには容易かった。
 だがティエリアは、彼らの親近者の身辺調査を、ヴェーダとのアクセス権が切れた後も続けていた。
 彼らを守らなければいけないと、その一心で、
 故に今のライル・ディランディの状況も知っていた。
 守ると言って離れたのならば、なんと言う事かと。
 即座に彼の身柄の確保をしなければならないと、算段する。
 刹那と関係がなかったのなら、逆にCBとつながりを持つことは、彼のためにならない。
 それでも子供に言い聞かせた「守る」という事を遂行したいのなら、刹那は覚悟を決めるべきなのだ。
 お茶を一口口に含んで、ティエリアは刹那に告げた。
「……なら、すぐにライル・ディランディの身柄を確保して来い」
 ティエリアの言葉に、刹那は首を傾げる。
 彼女が彼の行動を疑っていなかったと言う証拠だと、彼女の夫の行動の時と変わらない彼女に、苦い笑みを漏らしてしまう。
 彼女の夫は、彼女が幸せを与えたと実感出来ていたのに、結局過去のしがらみから抜け出せず、命を落とした。
 彼の弟もまた、ティエリアには同じように見えた。
 首を傾げる刹那に、ティエリアは現状を伝える。
「彼は今、カタロンに所属している」
「な……ッ!」
 勢いよく立ち上がった母親に、子供が不思議そうな顔を向けた。
 慌てる母親など、珍しいのだろう。
 刹那の雰囲気を思えば、子供の反応もティエリアには納得できた。
 不安そうな子供に、ティエリアは笑いかけて、大丈夫だからとアピールする。
 ティエリアの意思が汲み取れる位は、子供の感情も大人なのだと、母親と行動を共にした彼女にティエリアは理解していた。
 驚いている刹那に、補足的に説明を施す。
「理由はわからない。もうヴェーダが手元に無いからな。だが彼は、一年ほど前から、カタロンのエージェントとして活動している。コードネームは『ジーン・1』。双子として笑えるな」
 遺伝子という名前をコードネームに使った彼に、ティエリアは苦く笑う。
 そして兄が死んだ事を知っているのだと、今理解する。
 残った片割れの自分の存在を、ナンバーに込めたのだと。
 彼の中で繰り上げられた兄の座に、笑った。
「ティエリア、お前の端末を借りたいッ」
 昔と変わらない彼女の言葉に、ティエリアは黙って椅子を立った。





 場所をティエリアの部屋に移して、刹那は必死にキーボードに指を走らせていた。
 その癖は、昔と変わらず、きちんとした指使いでは無かった。
 それでもスピードは昔よりもアップしていて、彼女の今までの個人での活動を知る。
 一人で必死に子供を守りながら、思想を捨てきれなかったのだろう。
 昔、彼女の夫と三人で話し合われた、彼女の過去を思う。
 悲惨な体験は、そう簡単に捨てられないのだろう、と。
 子供に一体与えられたハロは、キチンと子守をしてくれていた。
 そして彼女に父親の映像を見せてくれていた。
 動く父親の姿に、娘は「ライルとおんなじ」と繰り返している。
 彼女の葛藤もまた、ティエリアには見えた。
 だからこそ、子供をこの場にとどめておく事も出来ないと悟る。
 一頻り調べた刹那は、脱力する様に椅子にもたれた。
「……勤務先の会社は変わっていないな。ただ会社の傾向が変わっているのは分かる。お前の影響か?」
「……」
 ティエリアの言葉に、刹那は無言で返した。
 ライルの会社は、以前とは違い、軍事路線に経営方向を変えていた。
 更に辿ったものは、刹那が以前勤めていた会社だ。
 あの会社に席を置いたのは、純粋に人々の生活を向上させようとしている意識が見えたからだ。
 故に刹那は、誘われていた会社の中から、あの会社を選んだ。
 そして刹那の思いは正しく会社に伝わっていて、結局かの会社は軍事路線に反発し、廃業に追い込まれていた。
 戻るべきところは、もうない。
 元々戻れるとも思っていなかったが、それでも思い出の一つが消えた事に、少なからずショックを受けた。
 一旦椅子に体を預けて、更に刹那はキーボードに指を走らせる。
 この先の、彼の安全がどの程度保障されているのかを。
 だがその希望は見えなかった。
 活動も公になり、活発になったカタロンは、エージェントも戦場に投入している。
 それでなくとも、ライルは一般の人など足元にも及ばない、戦闘技術を持っているのだ。
 一緒に行った射撃場で、見せ付けられている。
 数値は以前のアレルヤと、大して変わりは無かった。
 その技術に目をつけられるのは、時間の問題だ。
「……ティエリア。こちらの情報を、どの程度あちらに流せるだろうか」
 刹那の問いに、ティエリアは刹那の考えを読み取り、実質現在のCBの実働部隊の長として、思考をめぐらす。
「そうだな……ガンダムの性能は流せないが、こちらの戦力は、プトレマイオスと戦術予報士の実績は流しても構わないだろう」
「だがスメラギは今居ないと……」
「連れてきて欲しい」
 自分では出来なかったが、彼女と交流の深かった刹那になら出来ると、ティエリアはその任を刹那に託した。
「そしてその前に、彼女を育児機関へ」
 ティエリアの部屋でハロと遊んでいる子供を指して、この場の危険を諭す。
 刹那にも、それは分かっていた。
 こうなるだろうと。
 娘は年の割には優秀な頭脳で、二人の会話を聞いて、更にティエリアに質問した。
「いくじきかんは、マムから聞いていました。そこって、ちゃんと世間の学歴を取得できるの?」
 先を見越している幼い子供に、ティエリアは笑って頷いた。
「ああ、できる。どの地域の就学スタイルにするかも選べるから、不便は無いはずだ。通信は、戦闘時以外は繋ぎ放題だから、寂しくなったら連絡を」
「有難う。……ハロ、暫く会えなくなるけど、また遊んでね」
 世の中の大人よりも、余程自分の立場を理解している子供に、ティエリアは笑った。
 この理解が、彼女の父親にあれば。
 おそらく彼は今、生きていたのだろう。
 少し感傷に浸ってしまったが、そんな猶予は無い。
 ティエリアの中にも、この5年で一つの目標が生まれていたからだ。
 彼女を守る。
 彼の代わりに。
 彼女を取り巻く色々なもの、全てから。
 それが彼女を残して逝ってしまった彼に対する、唯一の恩返しだと思えていた。
 想像よりも大きく身辺が変わっていたが、それでも思いは変わらない。
 彼女が子供と彼を守りたいと言うのなら、それにも当然沿うのだ。
 モニターに表示させていたCBの情報を選別して、刹那に了承を求め、彼女の端末にコピーしていく。
 彼女が今愛する彼の気持ちを傷つけず、確保するために。
 作業が終わったところで、ティエリアはベッドに振り返った。
「ハロもだが、僕にもまた会って欲しいな」
 彼の子供にそう微笑めば、彼女もまた笑ってくれた。
 その笑顔は、ティエリアがよく見知っている彼に、そっくりだった。
「……刹那、産んでくれて、有難う」
「何を、言っている」
 彼の血筋を残してくれた事に感謝を述べれば、相変わらず刹那は一途で、その為に参加が遅くなったのだと、眉を顰める。
 そしてギリギリまで捨てられなかった、彼の言葉。
 普通の家庭。
 本来なら、そんなものを求められる立場では無いと、刹那も分かっていた。
 世界を敵に回し、多くの人の命の犠牲を出した自分達の行動を、先程の沙慈の言葉を、痛いほどよくわかっている。
 それでも与えたかったのだ。
 普通の家庭を。
 更に過去、自らの手で葬り去った、母親の愛情を。
 彼女が自分にかけたかった物も合わせて、自分の娘に与えたかった。
 そして彼女を残して散った、愛情の深かった父親の分も。

 刹那は端的に答えて、早速荷物を纏め始めた。
 彼の現状を探り、そしてこの場に彼が来るように説得するための材料を。
 今までの彼の言葉から考えれば、兄のイメージの強いこの場所には、素直には来ないだろうと理解していた。
 刹那には兄弟がいなかった所為もあるだろうが、彼らの確執は理解できない。
 それでも彼が嫌がることは、極力避けたかった。
 だがもう、そんな事は言っていられない。
 なんだかんだ言いつつ、結局兄と同じ道を辿った彼に、小さく舌打ちをした。





next


「Sunny Shiny Morning」バージョン(つまりパラレル)本編軸話序章です。ライルの素行がせっさんにばれるまでですw
心の中ではせっさん超お怒り。ばっきゃろーってな感じです。
ちなみに、エクシアに娘用の機関銃が取り付けられてます。理由は自力で何とかしてダメなら一緒に死のうというスパルタ。しかも自分よりも命中率のいい娘にちょっとお母さんションボリですw
そして沙慈は二期の主役なので、外せませんでした。