Twinkle Night Act,2

2004.12.26UP




「それで、どういう経緯なんですか?」
 いつもの店とは違うカウンターに、久しぶりに二人並んで座っていた。
「……経緯も何も、ただ単に振られただけだよ」
 そう。ただ単に、振られただけ。
 急な理由なんかじゃない。
 今までの蓄積が、この結果を招いただけ。
 石塚の手の中のグラスが、からんと音を立てる。
「……所詮は彼も、只の高校生だったって事ですかね」
 声色は、少し苛ついた感じだった。
 現在の立場や職種の中で珍しく年の近い俺たちは、時々二人でこうやって話をしている。
 それは多分、普通の友達よりも少し固い関係だろうが、それでも職場での、数少ない友人だと俺は思っている。
 そして、彼もそう思っていてくれた事がこの言葉で感じられた。
 それでも。いや、だからこそ俺は彼の言葉を否定する。
「そうじゃないよ」
 グラスを視線の高さに近づけて、氷の立てる音に耳を傾ける。
「俺が『大人の事情』って奴を押し付けすぎただけなのさ」
 12月の頭、徐々に賑やかさを増していく町並みを二人で眺めながら『今年は二人だから』と微笑み合った。
 俺は単純に一緒にいられる事が嬉しかっただけだったが、きっと啓太の笑顔の意味は別の所にあったんだ。
「だって、仕方がないじゃないですか。実際に『大人』なんですから」
 そう。仕方がない。
 よく聞く言葉だ。
 別れ際に啓太は「頑張って付き合ってもらうは嫌だ」と言っていたが、実際に頑張らないで関係を続ける事は大人には難しい。
 それが駄目だと言うなら、やはり付き合えないのだろうか。
「別れた原因は、やはり『時間』ですか?」
「……どうなんだろうな。『時間』と言えば『時間』かもしれないし、そうじゃないと言えばそうじゃない気もする。『頑張って付き合ってもらうのは嫌』だって言われたよ」
 自重気味に笑いながら、グラスに口を付けようとした。
 だが、唇にはグラスの固い感触は訪れない。
「……なんだよ」
 ある筈のグラスの所在を追って石塚へと視線を向けると、彼は厳しい顔をして俺のグラスを取り上げていた。
「行って差し上げて下さい」
 行くって……どうして。
 石塚は、理解していない俺に対して口調を少しキツくする。
「あのですね。正直に申しますと、私には同性に対して恋愛感情を持つあなた方の気持ちは解りませんよ?でも、その彼の言った言葉はよく解る気がしますよ」
 取り上げたグラスを俺の手元に戻して、石塚は自分の空いたグラスの交換をバーテンダーに要求した。
「やはり、どちらかが逆の性の役割になるんでしょうかね。私もよく妻に言われますよ。『休日まで頑張らないでよ』ってね。私は男として、ただ自分の気の済む様に行動しているだけなんですけどね」
 バーテンダーが、石塚の前に静かにグラスを置く。
「それで、君はその行動についてどう答えているんだ?」
「何も」
 目の前に置かれたグラスを改めて傾けながら、静かに口を開いた。
「『何も』?それで奥さんは納得しているのか?」
「いいえ。それだけでは納得はしてくれませんね」
 彼の一言一言は、自分たちの状況とこれでもかという程リンクしている。
 だが、彼らは男女で、自分たちは男同士だ。啓太に女性らしい所を見いだした事は無いし、また、自分も女性に近い部分を持ち合わせているとも思えない。だから彼の言った「どちらかが逆の性の役割」という言葉にはピントこないが、事の大本は同じものであるとは思う。
 不思議な気持ちで、彼の言葉に耳を傾けた。
「それじゃ、どうやってうまくやっているんだ?」
「そうですね。どう答えて良いか解らないので、逆に聞く事にしています。『自分はこれをやりたいと思っているが、お前は自分がこれをやるのが嫌なのか?』ってね」
 その状況を思い出したのだろうか。彼はくすっと小さく笑った。

 『聞く』と、彼は簡単に言った。
 だが、それが一番難しいと思う。

「俺は、聞けなかったな」
 何か言われても「大丈夫だよ」と答えるだけで。
 聞かなくてもきっと解ってくれると、どこかで思っていた。
「『なかった』じゃ無いですよ。だから、今から聞きに行ってきて下さいって言ってるんですよ。彼の事、この先忘れられるんですか?」
「……どうだろうな。さっきは普段通り仕事をしていれば、そのうち忘れるかとも思ったけどね……」
 知らずに流した涙は、きっと自分自身の答え。
「『普段通り』の仕事なんて、出来ないでしょう?今日だって、何人の方のお名前間違えました?」
 考えもしなかった様なミスを、してやったり顔の石塚に突きつけられ思わずむせ返り、再び涙が込み上げる。
「……間違えてた?」
 流している涙の種類は、ここに入った時とは変わっているのが自分でも解る。
「ええ。そりゃもう思いっきり。しかも気がつかずにいる事に、皆さん驚いてましたね」
「……一人じゃ駄目ってことかな」
「そりゃ、そうでしょう。誰だって一人じゃ駄目ですよ。……それを、きちんと彼に伝えてあげて下さい」
 コートを突きつけられて、席をせかす様に立たされる。
「……そんな事言って、石塚は奥さんに言ったのか?」
 そんな俺の問いに、石塚はにやりと笑った。
「言いましたよ。プロポーズの言葉が、それでしたから」
 秘書も体力と時間が必要な職種だ。
 それこそ、上でふんぞり返っている俺よりも、彼の方がよっぽど時間はない筈なのだ。
 それでも彼は、長年付き合った彼女がいて、その人と結婚をしていて。
「お前、いい男だな」
 素直な感想が口をつく。
 自分からそれに気がついて伝える事が出来なかった俺は、彼の足下にも及ばない。
 コートを羽織り、手近にいたバーテンに何枚かの札を握らせて「これで彼のチェックをしておいてくれ」と頼んで足早に店を出ようとした時、背後から声が届く。
「所長も、十分いい男ですよ」
「今日のは授業料だからな。次からは普通に友人として割り勘だ」
「了解です。ご健闘を」
 答えを聞いて店のドアを開けた時、何となく違和感を覚えてもう一度振り返る。
「あと、次からはオフの時は敬語はやめてくれ。それと、そこにいる奥さんには又の機会にゆっくり話をさせてくれ」
 少し離れた席に座っていた女性が、驚いた様に振り返ったのを確認して店を出た。

 

 

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