LIAER Act,1

2009.11.28UP






「ふられてしまいました」

 校舎からの帰り道、「好きなんです」と、彼はいつもよりも幸せそうな笑顔で俺に告げた。
 でもそれは俺に向かって言った台詞じゃなくて、彼がいつも宝石の様に大切にしている親友に対しての言葉だった。
 それでもそれに対して俺は不思議に思わなかったし、その台詞を言った彼の笑顔にも嘘なんて見当たらなかった。
 何よりも、普段の行動が彼の彼への気持ちを表現している物だと理解していた。
 男同士じゃんとか、不毛だとか、そんな感想を持つ事さえおかしいと感じられる、普段の二人。
 だから違和感なんて持たなかったし、心から応援しようと、彼を励まして、幸せを期待して走って行く彼の背中を嬉しく見送ったんだ。
 なのに夜の帳が降りた今、彼は同じ様に幸せそうな笑顔で、悲しい結果を伝えに俺の部屋にいる。
 あまりにも意外な展開に呆然としてしまう。
「…ちゃんと、言ったんですよね?」
「ええ。きちんと『愛している』と伝えました。でも相手にしてもらえなかったんです」
「…相手にも?」
「ええ。…ところで、もうタメ語はいいんですか? さっきから伊藤君、僕に対して敬語になってますけど」
 シリアスな話から、本当にどうでもいい事に持って行かれてしまって、思わず力が抜けてしまう。
「いいんです! だって七条さんは友達でも俺の先輩だもん! 俺は敬語使ってもおかしくないけど、七条さんはダメ!」
「でもこれが僕の通常語なんですよね。伊藤君の言う『タメ語』は使い辛いですよ」
 失恋を報告しにきたというのに、どっちかって言うとそこで七条さんは悩んでいる。
 元々不思議な人だと思っていたけど、ここまで来ると本当に思考回路が解らない。
 それでも俺の常識内の事を提案してみる。
「泣きます? 泣くならタオル用意しますけど」
「いえ…廊下で泣くのはちょっと…」
 言われて初めて、まだ部屋のドアを開けているだけの状態だった事を思い出す。
 あまりにも衝撃的だったから、部屋の中に招き入れる事すら忘れていた。
 俺は慌てて七条さんを部屋の中に引っ張り込んで、実家から送ってもらった状態で放置してしまった、まだ梱包されたままの座布団を後悔しながら、ベッドに座らせた。
 クローゼットからタオルを取り出して、七条さんに突きつける。
 繊細な動きなんか、俺に期待しないで欲しい。
 特にこんな状況、本当にどうしたらいいのか解らなくて、とにかく胸を貸す事くらいしか思いつかないんだ。
 だけど七条さんは、俺から受け取ったタオルを横に置いてしまって、代わりに俺の腕を引き寄せてベッドに座らせる。
「ちょっと…甘えてもいいでしょうか」
「? はい…?」
 どういう意味か解らなかったけど返事をした俺に、七条さんは縋る様に抱きついてきた。
 ああ、そう言えばこの人、純粋な日本人じゃなかったな、なんて、そんな馬鹿な感想を俺に抱かせる。
 柔らかいベッドの上で大きな体に縋り付かれて体重をかけられて、なんだか座りが悪くなってくる。
 俺はバランスを取ろうと、七条さんの頭を抱き込んだ。
 腕の中で七条さんが、ふう、と、大きく息を吐く。
「…伊藤君の匂い、落ち着きます」
 その言葉で、大きな体の七条さんが、なんだか酷く小さな子供の様に感じられる。
 まるで、お母さんに縋り付くって感じ。
 七条さんの特殊な家庭環境も聞いているし、もしかしたら彼はこんな事も初めてなんじゃないかと思った。
「俺の腕で良ければ、いくらでも貸しますよ。友達なんだから」
 小さい頃に親にしてもらったみたいに、殊更強く七条さんの頭を抱き込んでみる。
 そうすると、腕の中から小さな笑い声が聞こえてきて、なんだかホッとした。
「……そうですね。伊藤君が友達になってくれて、僕、嬉しいです」
 腕の中で身動いた七条さんに気が付いて腕の力を緩めてあげると、七条さんは俺の肩に手を置いて、俺の頬に小さくキスをしてから離れた。
 俺の習慣じゃこんな事って無いから、ちょっと驚いてしまった。
 でも海外ではよく親愛の情を示すのにキスは使われるって聞いてるから、ああ、本当にこの人って国際的なんだ、とか、またまた馬鹿な感想を持ってしまう。
「今日はもう帰ります。そろそろ点呼の時間ですし」
 来た時と同じ笑顔で七条さんは言う。
「……大丈夫ですか? 点呼が終わったら俺、七条さんの部屋、行きましょうか?」
「大丈夫ですよ。有り難うございます」
 今度はさっきと逆の頬にキスをして、七条さんは立上がる。
 俺はそれを追いかけて、部屋のドアの所まで行った。
 ドアノブを捻る時に、七条さんは初めて思い詰めた様な声を出す。
「……明日、会計室に来てくれます?」
 まあ、今日の明日じゃ二人っきりなんて気まずいだろうって言うのも解るし、二つ返事で俺は頷いた。
「放課後、必ず行きます。なんならお昼も行きます」
「お昼はいいですよ。伊藤君もゆっくり昼食を食べたいでしょ? …ああ、それだったら昼よりも朝をご一緒して下さると嬉しいんですけど」
 何となく違和感はあったけど、それでも俺に出来る事なら何でもしてあげたいと思って、素直に頷いた。
 それに七条さんは笑って、「では、明日の朝」と言って部屋のドアを閉じた。

 一人きりになった部屋の中で、本当に今起こった事は夢幻なんじゃないかと思い返す。
 あんなに仲が良い二人が、恋人にならなかったなんて。
 二人のお互いへの執着は、誰が見ても明らかなのに。
 鈍感な俺ですら、解る想いなのに。
「………難しいな」
 七条さんにとっては恋愛だけど、西園寺さんにはそうじゃ無いという事なんだろうか。
 それとも、いきなり言われた事に西園寺さんが戸惑っているって言う事なんだろうか。
 今までの関係に、ただ言葉が加わったっていうだけだと思うんだけど。
 それとも……。
「………友情と恋愛の境目って、どこなんだろう」
 俺には七条さんと西園寺さん程の繋がりを持った友人なんていないから、はっきり言って想像がつかない。
 だからこそ、あれが『恋愛』と分類されるって言われても納得出来た。
 七条さんも解らないけど、西園寺さんも解らない。
 どっちかって言うと、七条さんの気持ちの方が理解出来る。
 あれだけ親密な関係が恋愛じゃないって言うのなら、恋愛ってなんなんだろうって思う。

 そんな事を、また点呼に間に合わなかった和希が廊下で篠宮さんに怒られているのをBGMに、考え続けた。



 翌朝、早い時間に部屋にノックが響いた。
 俺はやっと起き上がった時間だったから、また和希が起こしにきてくれたのかと思って、いつもの様に「ふあーい」と気の抜けた返事をした。
 まったく過保護だなと和希を考えていたら、入ってきたのが七条さんで本気で驚いて目が覚める。
「おや、どうしました? 今朝はご一緒にと約束していたと思うんですけど」
「あ、そうなんですけど…。いや俺、また和希だと思ってたから驚いちゃっただけです」
 俺の言葉に七条さんは、ぴくりと笑顔を凍り付かせた。
「…遠藤くんは、いつもこんな早くに来るんですか」
「あー、そうですね。毎日じゃないですけど、俺が寝坊しがちだから起きてるか確認しに来るんです。初日にやっちゃってから、俺、信用無いんで」
 あはは、と笑って誤摩化しながら、自己管理も満足に出来ない実情がばれて、何となく気まずい。
 七条さんは、俺と一緒に笑ってくれながらも、表情が何か恐ろしい。
 こう、中嶋さんと対決してる時みたいな…。
 俺が自分で起きられないのが気に入らないのかな?
 そう思って舌を出したら、七条さんの雰囲気が柔らかくなる。
 なんだかよく解らない。
 まあいいやと流して、取りあえずあんまり待たせるのも悪いと思って、早速着替えをした。
 そこで漸く、昨日の違和感に気が付く。
「あれ? そういえば七条さんって、朝ご飯食べてましたっけ?」
 前に、西園寺さんに合わせてるから、あんまり食べないって聞いてた気がするんだけど…。
 単純な疑問だったんだけど、言った後にそこは触れちゃいけない所だって気が付いてしまった。
 そうだよ。西園寺さんなんだから…。
 言ってしまった言葉に、背中にいやな汗が流れる。
 それでもそんな俺の質問に、七条さんは笑って答えてくれる。
「もう、離れないといけないですからね。どうせなら伊藤君にあわせようかと思って」
 それが良い流れなのか解らないけど、取りあえずの心の応急処置になるのなら、それでいいかと思ってしまった。
 友達だと思ってくれてるのなら、一緒に居て楽しい筈。
 俺だけが楽しいんじゃないんだろうって思う事にして、俺はいつもの様に鞄を持って、いつもとは違う相手と食堂に向かった。

 朝食タイムの食堂は相変わらず賑やかで、昨日の事が本当に夢に思える。
 いつもの様に『ハニー』と声をかけてくる成瀬さん。
 朝からカツ丼食べてる王様。
 バランスの良い食事を岩井さんに指導している篠宮さん。
 あんまりにもいつもと変わらない光景に、七条さんと西園寺さんもいつもの通りなのかと錯覚してしまう。
 それでも二人には、もう今までの日常は無いんだ。
 俺の隣で皆の話に合わせてる七条さんの気持ちを考えると、なんだか俺が泣きそうになってくる。
 俺が泣いても仕方が無いのは解ってるんだけど、なんだか遣る瀬ない。
 それでも七条さんが笑っている隣で俺が泣く事なんて、当たり前だけど出来ない。
 何とか朝食をお腹の中に詰め込んで、いつもよりも早く校舎に向かって歩き出した。



 放課後になって、約束通り会計室の前まで来た。
 何となく、今までと違うんだと思うと、ドアをノックする手が止まってしまう。
 それでも七条さんを一人にする訳にもいかないから、勇気を出してノックをした。
「どうぞ」
 いつもの様に七条さんの声が中から響いて、俺はドアを開ける。
 どんな険悪な状態が広がっているのか恐る恐る覗いてみると、そこはあっけない程いつも通りの空間だった。
 窓際の席で西園寺さんが書類に目を通していて、七条さんがパソコンに向かっている。
 そして西園寺さんが入ってきた俺に、ふわりと綺麗に笑ってくれた。
「ああ来たか。今日はお前が来ると臣が言っていたから、楽しみにしていたぞ」
 その言葉に、この二人が今日会話をしていた事を知る。
 凄いなぁって思う。
 どっちにって、どっちに対しても。
 二人はきっちり二人の間にあった事を二人の間だけで片付けて、他の人には見せないんだと思った。
 それでも知ってる俺としては、違和感が無いのが逆に違和感。
 どうしても笑い方がぎこちなくなってしまった俺を、西園寺さんは更に柔らかく笑ってくれた。
 そして手元の書類の何枚かにサインと判子を押して、七条さんを呼ぶ。
「臣、これを学生会に。…だが行く前に、お茶を入れてくれ」
「酷いですねぇ。僕は飲んじゃダメなんですか?」
「茶が冷める前に帰ってくれば良い。お前が中嶋と遊ばなければ済む話だ」
 七条さんは肩をすくめて、俺に一つウィンクを送って席を立つ。
 その仕草も本当にいつも通りで、この部屋に来るまでの俺の覚悟はなんだったんだろうとか考えてしまう。
 呆然と七条さんを見送っていた俺に、西園寺さんはソファを進めてくれた。
「親戚から和菓子が送られてきているんだ。私は勿論、臣も和菓子は食べないから、啓太が来てくれるのを待っていた」
 西園寺さんが出してくれたお菓子は、ものすごく綺麗な上生だった。
「でも、生菓子なら七条さん、食べませんでしたっけ?」
「中にあんこが入っている物があるらしい。牛皮なら良いらしいが、それだけ選ばれて食べられるのも良い気がしない」
 一々お菓子を割って確認している七条さんを想像してしまって、俺は思わず笑ってしまった。
 そんな俺を見て、西園寺さんは更に笑顔を深くする。
 そこで漸く、俺は逆に気を使わせているんだと気が付いてしまった。
 どうしたらいいんだろうと考えていると、お茶をいれ終えた七条さんが、簡易キッチンから戻ってくる。
「また郁は、そんな事言って。『親戚が送ってきた』んじゃなくて、伊藤君の為に送ってもらったんでしょう? 素直になった方が良いですよ」
 くすくすと笑いながら七条さんがツッコミを入れて、それに西園寺さんが眉間に皺を寄せる。
「お前だって余計な事しか言わないだろう。肝心な事は言えない癖に、人にツッコミを入れるな」
 本当に何一つ変わらない。
 俺は二人が俺に気を使って普通に見せているのかと思ってたけど、ここに来て、二人にはそんな無理は生じていないと確信する。
 普通、振られた相手と(まあ、振った相手でもいいけど)ここまで自然になれる物なんだろうか。
 訳が分からないと首を傾げてしまう。
 そんな俺の前にお茶を出してくれた七条さんは、書類を手に場を去ろうとする。
「伊藤君、僕が帰って来る前にいなくなっちゃ嫌ですよ?」
「どんな風みたいなヤツですか、俺は。いさせてもらいますよ」
「啓太、軽々しく言うな。中嶋と遊び出したらコイツは一時間くらいは帰ってこないのだから」
 相変わらずの西園寺さんの言葉を背に、七条さんはもう一度肩をすくめて部屋を出て行った。
 二人きりになった空間で、俺の葛藤を解っている西園寺さんは笑う。
「いいぞ、言いたい事があるなら何でも言え」
「えっと…じゃあ…」
 促してくれた事に感謝しながら、昨日の事を確認する。
 するとあっけない程に西園寺さんは肯定した。
「なんで…って、理由、聞いても良いですか?」
「どれに付いてだ? 臣の言葉を受け入れなかった理由か? それとも今普通にしている事の理由か?」
「出来れば、両方…」
 俺にとってはどっちも同じ位理解出来ないから、素直にお願いする。
 西園寺さんは「啓太は素直だな」と小さく笑って、話してくれた。
「先ず、啓太が思っている臣の私に対する恋愛感情だが、あれはあいつの嘘だ」
「………は?」
 嘘って…それはあんまりにも酷いんじゃないか?
 普段を見てれば誰だって解る事が、西園寺さんは本当に相手にもしていない事が解った。
 あんまりの言葉に間抜け面をしてしまった俺を、西園寺さんは再び笑う。
「啓太も見ている通り、私と臣は親友だ。…いや、それ以上だとも思っている。だからこそ、臣は何かあると直ぐに私に逃げる癖があるんだ」
「逃げ…ですか?」
 親しい人に想いを告げる事は、決して逃げではないと思う。
 寧ろ、とてつもなく自分を追いつめる行為だと思う。
 なんだか話がよく解らなくて、西園寺さんを見つめてしまう。
 俺の視線を正しく理解してくれた西園寺さんは、また綺麗に笑って説明をしてくれた。
「私は臣の全てを受け入れたいと思っている。だから臣がそんな馬鹿な事しても構わない。別に私に告白したいならすれば良いし、それで心の安定が図れるなら問題ない。けれど、真実の恋愛じゃない物を、私とて受け入れる事は出来ないだろう? それは臣にとって不幸を招くだけだ。あとはどうフォローするかだけだ」
「真実の恋愛って…本人が言ってるのに、信じて上げないんですか?」
 俺の言葉に、西園寺さんは殊更楽しそうにくすくす笑う。
「本当に啓太は素直だな。だから……いや、いいか」
 何か解らない自己完結をされてしまって、何となく置き去り気分。
 というか、七条さんの気持ちはどうなるんだろう。
 思いっきり不満そうな顔をしてしまった俺に、西園寺さんは顔を近づけて、二人っきりだというのに内緒話をする様に囁く。
「そんな啓太に一つアドバイスだ。…臣の調子にあまり乗せられるなよ。振り回されて疲れるだけだ」
 その言葉に、少しだけカチンと来てしまう。
「…七条さんが、演技してるって言うんですか?」
 俺は七条さんの気持ちは信じているし、俺に言った西園寺さんへの気持ちの時のあの笑顔も、昨日のため息も嘘だなんて感じられない。
 ムッとした俺に、西園寺さんはまた楽しそうに笑う。
「別に臣が演技していると言っている訳ではない。ただアレは嘘つきだと言っているだけだ」
「……どう違うんですか」
「『嘘』というのは他人に対して言う言葉だけを指す訳じゃない。自分の心に対しても臣は嘘をつく。自分が気が付かない場所でな。そうやって『自分は強い』と思い込もうとしている。まあ、そんな事をしている時点で、私から見れば弱いんだがな」
 という事は、西園寺さんが好きだという事を、七条さんが自己暗示で思い込んでしまっていると言いたいんだろうか。
 そして、その背後には別の思いがあるってことなんだろうか。
 あんまりにも難しい事を投げかけられて、思わず腕を組んで考えてしまう。
「……で、啓太はどうしてそこまで臣を気にする?」
 考え込んでいる俺に、西園寺さんは解り切った事を問いかけてきた。
「……友達ですもん、気になりますよ」
「友達……な。都合のいい言葉だ」
 意味深な言葉に西園寺さんに視線を向ければ、やっぱり何か思っている様な笑い方をされた。
 何が言いたいのか問いかけようとしたら、ドアの開く音が部屋の中に響いて、この話の終了の合図になった。
 入ってきたのが七条さんだったから、余計にこれ以上は話せない。
 モヤモヤと疑問が残ったけれど、俺から見れば七条さんは本気だから、これ以上目の前で傷は掘り下げたくないと思って口を閉ざす。
 そんな俺に、西園寺さんは七条さんに聞こえない様に耳打ちをしてくる。
「私の臣に対する気持ちが知りたいなら、遠藤に聞くと良い。多分、同じ思いを持っている」
「……和希が?」
 七条さんと何かあるんだろうか。
 眉間にシワを寄せた俺に、西園寺さんは更に楽しそうに笑った。
「臣と何かある訳じゃない。遠藤が啓太を思う気持ちと変わらないと言っているだけだ」
 和希がここの理事長だって言う事とか、昔近所にいたお兄ちゃんだった事は、MVP戦の後に全部聞いた。
 西園寺さんと七条さんみたいに『幼なじみ』って言われればそうだけど、俺たちはこんなにべったりずっと一緒の時間は過ごしていない。
 まあそれでも西園寺さんがそう言うなら、七条さんの事を助けられる何かになるかもしれないと思って、取りあえず和希に聞いてみようと思った。
 二人でコソコソしゃべってたら、七条さんが不満そうな声を出す。
「内緒話なんて、随分と二人は親しくなったんですねぇ」
 思わず二人の世界を作ってしまった事に、俺はばつが悪くなった。
 だって、七条さんの思い人と二人の世界を目の前で作るなんて、七条さんに悪いじゃないか。
 嫉妬させて悪かったなぁなんて思ったら、西園寺さんは殊更楽しそうな顔になる。
「なんだ、嫉妬か?」
 うわっ、ズバリ言ったよ。
 っていうか、自分に対する事をここまで言える西園寺さんて、ホントに無敵。
 更に西園寺さんは俺の肩に手を回してきてしっかり包容して、親密な構図を作る。
 …ちょっとやめて欲しいと思うのは、こういう状況なら俺だけじゃない筈だ。
 怖くて七条さんの目を見れない…。
 俺がアワアワしていたら、七条さんは小さく笑いながら助け舟を出してくれた。
「郁、伊藤君で遊ばないで下さい」
 折角七条さんが出してくれた助け舟は、西園寺さんによって打ち砕かれる。
「遊びじゃないと言ったら、どうする?」
 場が凍るって、こういう事を言うんだなと、体感してしまった。
 思いっきり固まった七条さんの空気に、あまりの怖さに俺は西園寺さんの胸から顔を上げる事さえ出来ない。
 多分数秒だと思うけど、俺にとっては一週間くらいの時間に感じられた凍った時間は、ふっと七条さんが息を吐く音で動き出す。
 その事で、西園寺さんがまた楽しそうに笑い始めた。
「お前のその顔が、私は好きなんだ」
「本当に…趣味が悪いです、郁」
 俺も七条さんの意見に全力で大賛成。
 いやもう、ホントにこういうのには俺は巻き込まないでって心底思うよ…。

 俺はあんまりにも気まずくて、その時は結局二人に視線を送る事が出来なかった。
 だから、二人が意味ありげな視線で会話していたなんて、当然気が付かなかった。

 

 

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