LIAER Act,2

2009.11.28UP





 その夜、久しぶりに夜の時間が空いた和希に、勉強を見てもらっていた。
 この学校は前の学校より授業ペースが早いし、レギュラークラスなんて言っても、結構スパルタだ。
 置いて行かれたら容赦なく単位は貰えない。
 基本的に何かに長けている人って、根本的に頭の造りが違うみたいで、運動系の人とかも平気で付いて行くんだけど、何もかも平凡で、一身上の都合でこの学園に入学した俺としては必死。
 和希以外も、先輩達がこぞって勉強は教えてくれるんだけど、俺の思考の癖を逸早く見抜いてくれて、それにそって説明してくれる和希の教え方が、実は一番俺にとってありがたかったりする。
 正体を聞いた時に思った、俺も童顔だけど顔だけなら俺と同じ年か、更に下に見られそうな反則的超童顔の和希の顔が、今ではお釈迦様の様に輝いて見えるから俺って現金。
 ついつい『お兄様』と呼ばせて頂いてしまった位、和希は勉強を教えるのが巧いんだ。
 理事長なんてやってないで、自分で教鞭取れば良いのにって心底思う。
 色々事情があるのは聞いてるけど、それってなにも生徒じゃなくても良いんじゃないのとか思う訳で。
 おまけの様に言われた『一緒の学校に通う』って言う子供の頃の約束も、別に生徒同士じゃなくても構わないと思うんだ。
 まあ、生徒同士だから出来る、寮の隣同士の部屋で、窓からの出入りが出来るって言うのは俺にとっては有り難いけどさ。
 夕食後から見てもらっていた勉強に、和希が時間を計って休憩を入れてくれる。
 人間の頭の回転は、長くて一時間しかベストの状態で動いてくれないんだって。
 俺の場合はそのちょっと手前の45分間隔で休ませてあげるのがいいらしい。
 これで慣れていくと、もうちょっと長く頭は動く様なるらしいけど、成長期の思考時間がどうとか、人間のサイクルがどうとか難しいことを言われて、俺は『取りあえず、言う通りにしておこう』って完結させてしまった。
 多分、言う通りにしていれば、そのうち理解出来るんじゃないかと淡い期待を抱きつつ。
 そんな休憩時間の三回目に、俺の為に取り寄せてくれたって言ってるホットチョコレートを美味しく頂きながら、昼間の事を言ってみようと思って口を開いた。
「ねえ、和兄」
「………『和希』って呼んでくれなきゃ、返事しない」
 俺としては幼なじみを強調したかったから言っただけなんだけど、実は和希は昔みたいにこう呼ばれるのを嫌がっている。
 理由は実に馬鹿馬鹿しい事で。
 前に聞いたら、『16にもなった子にお兄ちゃんなんて呼ばれたくない。年取った気になる』と言う事らしい。
 別に顔は時を止めてるんだから良いんじゃないかって俺は思うんだけど、何でも気の持ち方が変わるらしい。
 やれやれとため息をつきつつ、本題に入った。
「和希は、俺が和希の事愛してるって、付き合ってって言ったら、どうする?」
 和希は俺の質問に、思いっきり俺の部屋にホットチョコレートをまき散らしてくれた。
 素晴らしく綺麗に霧状になった液体に、思わず顔を顰めてしまう。
「……自分で片付けろよ」
「うぇっ……げほっ……んぁ、ぅんっ」
 何やら鼻にまで逆流しているみたいで、口元と一緒に鼻まで抑えている和希は、何とか必死に俺に首を振って返事をしてくれる。
 いやまあ、確かに突拍子も無い事言ったけどさ。
 何とか落ち着いてきた和希を見計らって、その突拍子も無い事を説明してみる。
「だってさぁ、ちっちゃい頃から可愛がってくれてて、今も俺の身辺の安全を守ってくれてて、勉強まで教えてくれるし、美味しい物も食べさせてくれるし、手作りの洋服くれたりさ。俺が和希に惚れてもおかしくないと思わない?」
「ぇふっ……まあ、状況だけ言われればな。でもそれは啓太の心の受け取り方次第だろ」
 ごもっともな事を返されて、俺は手に持っていたマグカップを、汚れていない部分の机の上に置く。
「でもさ、和希のやってる事って、一般的には常規を逸してるだろ? それに対して俺が何も思わないって考える?」
 和希はティッシュをざくざく引き出して、散ったホットチョコレートを拭きつつちょっと考える素振りを見せた。
「あー、まあ、そうだな。言うなればあれか。女の子的には白馬に乗った王子様的にも見えるって事か」
「付き合うならね、そうだと思うんだよ。…で、和希は受け入れる?」
 テーブルを拭く手を止めて、和希は暫くじっと俺の顔を見つめる。
 その後、ふっと笑って頭を撫でてくれた。
「啓太が真剣に、本当に俺の事を愛してくれたんなら、俺は付き合うね。そらもう、遠慮なく。それが啓太にとって本当に幸せになる事なら、俺はそれがいい。遠慮せずに独占させて頂きます。今は俺にとっては啓太の事が一番大切だもん」
「親に反対されても? 仕事無くなってもそう言う事言える?」
「言えます。まあ、啓太の事を守れなくなるっていう事を考えたら、そりゃちょっとは悩むだろうけどさ。そこもやっぱり啓太の意思次第かな」
 あまりの即答に、俺の方が呆気にとられてしまう。
「うわー、俺って愛されてるんだ」
「そうだよー。それじゃなきゃ、こんな事しないって」
 確かに、和希が年間俺にかける手間ひまとか、計算したくもない金銭的な事とか考えれば、ちょっとやそっとじゃ出来る事じゃない。
 それだけ愛されてるって勿論俺だって解ってる。
 でも言葉にされると、本気で実感する。
 だからこそ、言える。
「……となると、やっぱり西園寺さんと一緒か」
「………はぁ?」
 出てきた名前に、和希は思いっきり眉を寄せた。
「今日の昼、西園寺さんが言ってたんだよ。七条さんの全てを受け入れたいってさ。…いやまあ、その前に説明しなきゃいけない事もあるんだけど…」
 俺はここで、俺の突拍子も無い話の全容を和希に話した。
 そうしたら和希は、何故かぷっと吹き出した。
 受ける要素がどこにあるのか解らない俺は、笑う和希を眺める。
 和希は笑いで肩を揺らしながら、聞き捨てならないことをいう。
「くくっ…流石に七条さんも煮詰まったか。うわー、俺、明日七条さん眺めに行こう」
「見せ物じゃないんですけどぉー。そういうのって七条さんの傷を抉るからやめろよ」
 なにこの人達。
 西園寺さんが和希と自分が同じ立場だって言ってたけど、反応まで似てて、俺的にはなんだかカチンと来る。
 人の苦しみを楽しむなんて、ホントに悪趣味だ。
 俺があからさまにムッとしたら、和希はやっぱり笑った。
 ホントに何が楽しいのやら。
「……で、啓太はなんでそこまで七条さんの事気にするんだ?」
 質問まで同じで、俺の中のムカムカが止まらない。
「友達だもん! 気にするだろ!」
 それに対しての返事も、西園寺さんと一緒。
「友達……ね。便利な言葉だなぁ」
「便利って、なんだよ。ホントの事だろ」
「別に嘘だなんて言ってないだろ。ただ……まあ、いいか」
 また和希にも中途半端な所で言葉を切られて、俺的には納得がいかない。
 でも和希だから言えてしまう恐ろしさ。
「じゃあ、和希は俺に対してどうなんだよ。ここまで愛してくれてて、友達以上の関係って望まないのかよ」
 俺の質問に、和希は驚いた様に目を見開いた。
「それ、聞いちゃうんだ」
「聞いちゃうね」
 だってそれがきっと、西園寺さんの七条さんに対する気持ちの答えだろうから。
 もしここで和希が何を言っても、多分俺たちは変わらないって信じられるから聞けるんだけどさ。
 和希はゆっくり思案して、答えを教えてくれた。
「これ以上の関係を望むかって言われると、あんまりそうは思わないかな。だって今だって啓太は俺の気持ちを受け取ってくれてる。俺がするおせっかいも、勝手に押し付ける愛情も受け入れてくれてるだろ? 俺はそれで満足してる。だからそれ以上ってなると体の関係って話になるんだろうけど…まあ、そう言う雰囲気になれば勃つとは思うけど、今の段階で啓太をオカズに抜けるかって言われると、それは出来ないかなぁ」
「なんで?」
「子供の頃、お前がキックしてくれた股間の痛みを思い出しちゃって……」
 態とらしく股間を抑える和希に、思わず白い視線を送ってしまう。
 真面目に話してるのに、アホな事にすり替えないで欲しい。
 そんな空気を読み取ってなのか、和希は急に真面目な顔になった。
「だから、そう言う事」
「……解んないんだけど」
「だからぁ、お互い毛の生えていない頃の事知ってて、それを更に発展させるって言うのは難しいって事だよ。愛してるけど、恋愛かと問われれば疑問系になる。そう言う曖昧なラインってこと。大体お前だってそうだろ? ここで俺が啓太の事抱きたいって言ったらどう答えるんだよ」
 思いもしなかった質問に、今度は俺がびっくりしてしまった。
 だって俺と和希がそうなるって、本当に考えた事無い。
 さっきのはあくまでも西園寺さんと七条さんに置き換えたから出た言葉で。
 …でも、改めて考えると、凄く深い事かもしれない。
 和希の事は大好きだけど、和希は俺に恋はしていない。
 俺だって和希に恋はしていない。
 これはハッキリしている事だから余計にちゃんと考えられるけど、恋いはしていないけど、お互いに『愛している』っていえば、そうなる。
 ずっと一緒にいたいって思う。
 だけどなし崩しでそんな関係になったら、それこそこの先一緒にいられないかもしれない。
 そんなに軽くは考えられる相手じゃない。
 それに、俺と関係を持った後に本当の恋愛相手に出会っちゃって、もしその時俺との関係が続いてたら、絶対和希も俺も後悔するに決まってる。
 だから。
「……断る」
「だろ? でもそれで今の俺たちが変わると思う?」
「…思わない」
「そう言う事です。多分あの二人も似た様な事だと思うけどな」
 和希はいかにも『説明し切った』という晴れやかな顔で、再びマグカップを手にする。
 だけど、根本が違うと思うんだ。
「でも、七条さんは西園寺さんが好きだって言ってるんだよ?」
 話の大本はソコで、つまりは今和希が俺に言った『抱きたい』って事なんだと思う。
 まあ、雰囲気が変わらなかったのは、自分たちに置き換えてみてよく解ったけど、それでも和希は俺が望めばソウイウ関係にもなれるって言ってる。
 つまりは西園寺さんと七条さんもソウイウ事だと思うんだけど、結果は違う。
 西園寺さんは断ったんだ。
 全てを受け入れたいって言ってるのに、結局受け入れて無いじゃないか。
 増々悩みが深くなってしまった俺に、和希はまた頭を撫でてくれる。
「そこは、西園寺さんが言った事が真実だと思うよ。多分、俺たちよりも親密に二人の時間を過ごしてきただけあって、その時間の優しさを知っているだけ、七条さんはそれを無くすのを恐れている。だからこそ、西園寺さんとの関係を恋愛だと思い込もうとしてしまった…って事だと思うけどな」
「じゃあ、やっぱり七条さんは別の人に恋してるってこと?」
 俺の質問に、和希は何故か乾いた笑いをした。
 なんだかこの辺の話になると、和希も西園寺さんも変な笑い方をする。
 二人は七条さんが誰に恋をしているのか解ってる感じ。
 のけ者気分ってやつをもの凄く感じてしまう。
 俺の頭が悪すぎるって言われてる気分にもなってしまって、思わず和希に背を向けていじけてしまった。
 そりゃ、和希や西園寺さんは頭いいけどさ。
 俺は比べる対象にもならないけどさっ。
「あーもう、ホントに啓太は可愛いなぁ。いつまでもこのまんまでいてくれ」
 背中から抱きつかれて、頭ごとかいぐりされて、子供じゃないって気持ちと、落ち着くって気持ちが交差する。
 和希の側は、やっぱり落ち着くんだ。
 和希は俺の事を抱っこするみたいな姿勢のまま、説明を続けてくれた。
「俺が考えると、恋愛よりも今の関係の方が、お互いの結びつきって強いと思う訳。っていうか、これは多分一般論だな。だって恋愛は崩れたら中々修復出来ないだろ? 壊れる事の無いこの関係って、無敵だと思わないか?」
「でも、どうしたって恋ってしちゃうじゃないか。それが誰になるかは解んないけどさ」
「それが怖いんだよ、七条さんは。今で満足してるからこそ、恋心が怖い。出来れば思いは閉じ込めて、『友達』でいたいとまでの極論に達してしまったって事。頭良いのも大変な訳さ」
 結局、七条さんは他人との関係のベストな状態を知っているからこそ、不安定な『恋愛関係』って言うのを恐れたんだと言うのは解った。
 それでその気持ちを西園寺さんに置き換えて、今までの自分を守ってもらおうと思ったって言うのも何となく解る。
 怖い事があったら、多分俺も和希に助けを求めるから、その辺は理解出来る気がする。
「結局は切っ掛けなんだよなぁ。俺だって何の切っ掛けで啓太の事を恋愛対象として見る様になるか解らないし、それは啓太もだろ。でもこういう関係って、特別な『何か』がない限り、そう言う事にはならないと思うんだよな」
 確かに、普段通り過ごしてて、いきなり和希に対して『好き』って思う事って無いと思う。
 というか、恋愛対象として成り立たない。
 それは性別とか年齢とかは関係がない気がする。
 こういう考え、成瀬さんに毒されてるのかなぁ。
 俺のお腹に回されている和希の指を弄りながら、何となく考えてしまう。
 考えてみれば、七条さんと西園寺さんに、そういう『何か』があった気配はない。
 そしておそらく、七条さんは『何か』を感じる相手に会ってしまった。
 西園寺さん以外の、『誰か』に。
 その事で、西園寺さんと離れる事になっちゃうんじゃないかって言う恐怖と、西園寺さんとの関係以上の物をその『誰か』と築けるかを不安に感じて……。
 と、ここで漸く俺は今日一日はぐらかされてきてる、七条さんの相手が気になり始めた。
 西園寺さんも和希も、その話になると変な笑いをして別の話にしてしまうから、深く考えなかったけど、そう言えば誰なんだろうって。
 …ホントに今更だけど。
 だけど、あの七条さんがソコまで関係を恐れる相手って、想像がつかない。
 あの中嶋さんと喧嘩出来る人だし。
 王様にだってズバズバもの言うし。
 普通に付き合っていける友達だって、俺から見れば普通にいる。
 それ以外ってなると…学園以外の誰かってことかな。
 っていうか、普通に考えればソッチが可能性的に高いよな。
 だってこの学校、男子校だし。
 最初に言われたのが西園寺さんだったから、なんとなーく普通に学校の中で考えちゃったけど、外だよ、外。
 休日に遊びにいった時の、オカルトショップのお姉さんとか…。
 …いや、申し訳ないけどそれは無さそう。
 西園寺さんを見慣れてる七条さんは、絶対にあの程度じゃ満足する分けない。
 あとは、誘われてるケーキのお店のお姉さんとか…。
 あとあと、地元の人とか…。
 あ、地元は無いのか。
 なんか合わないって言ってたし…。
「えーっ! わかんない!」
 いきなり大声で叫んだら、背後の和希がびくっとした。
「な、なんだよ。何がわかんないんだよ」
「だからぁ、七条さんの相手! 和希教えて! わかってるんだろ!?」
 あの乾いた笑いは絶対にわかっている筈!
 そう思って、和希の緩い拘束から抜け出して詰め寄れば、また和希は視線を逸らせて笑い始めた。
「だーもうっ、そんな変な笑い方してないで、教えろ!」
「いや…こういうのは、本人から聞くのが礼儀だろ…」
「だって俺、七条さんの学校以外の交友関係知らないもん! 和希は知ってるんだろ?」
 俺の言葉に和希はきょとんとして、更に変な笑い方をし始めた。
 そのうち、「あー」とか「うー」とか変な声を出したかと思ったら、いきなり俺の肩を掴んでくる。
「だからさ…啓太はなんでそんなに七条さんを気にするんだよ」
 同じ質問をぶつけられて、思いっきり眉間に皺を寄せてしまう。
 そのシワを和希は指先でのばしながら、ため息をついた。
「『友達だから』っていうだけじゃ、普通ソコまで執心しないって。そう思わないか?」
 …………そうかな?
 でもそれじゃあ、俺の友情は異常だって事?
 でもでも七条さんも普通にしてるし。
 恋バナって、普通にするじゃん。
 俺が首を傾げたら、和希はまたため息をつく。
「家の事情から始まって、友人関係、恋愛事情、果てはその相手まで探りたいって、ちょっと異常だろ」
 そう並べられると、確かにそうかもしれない。
 でも……。
「だって、気になるんだもん」
 としか、言えない。
 そんな俺の顔を和希は覗き込んできて、更に質問。
「さて、どうしてソコまで気になるんでしょうか?」
 そう言われれば、やっぱり答えは一つしか無い様な気がする…。
「『友達』……だから?」
 七条さん相手に、それ以外って思いつかないだろ。
 でも、何となく普通以上の興味を抱いているのは指摘されてわかったけど。
 俺に返事に、和希はがっくり肩を落とした。
「いや……まあ、いいよ。啓太がそう思いたいなら思ってて。…いや寧ろ、そのままでいて。俺も出来ればもうちょっと性格がいい方がいいから」
「?」
 俺が更に首を傾げていると、時計を見た和希は勉強の再開を促してくる。
 今までの思考を取り払う様に態とらしく「最後のワンクールですよー」と言って、俺の教科書を開き始めた。
 昼間の西園寺さんの言葉は理解出来たけど、結局肝心な所がわからなくて、更にもう一つ疑問を投げかけられた様な気がして、俺は思考の切り替えが出来ずに、和希に丸めたノートで三回程頭を殴られた。

 

 

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