君が見ていた空 Act,4

2006.6.30UP




「で、この後ってどうするか決めてるのか?それともまたナイショ?」
「いや、内緒にしたいのは山々なんだけど・・・実は何にも決めてない。ホテルだけは確保してあるんだけどさ。『七夕のミルキーウェイ一望のお部屋。天窓付き』ってやつ。だからきっと、ホテルっていうよりペンションって感じのところだと思うけど・・・それでもいい?」
「上場」
 ぶっちゃけて言ってしまえば、和希にとってはやることさえやれてしまえば、ベッドの善し悪しなど関係がない。そう心の中でつぶやいたとき、隣から聞こえてきた啓太の声はとてつもなく冷ややかだった。
「・・・さっきの話、覚えてるよね?」
「え・・・」
「顔、にやけてるぞ」
「う・・・」
 この日の啓太の言葉には容赦がなかった。
 何時もであれば、和希の性的な言動、行動に、別段口を挟むでもなく、その場の雰囲気で了否を伝えていたのであるが、何故か徹底的にそう言った事柄を否定して行く。
 その事に、和希も違和感を感じていたが、口に出す事は控えた。
 こういった啓太の行動には、何かしらの思惑があるのが何時もの事だからである。




 啓太の予約していたホテルは、いわゆるリゾートホテルで、かなり豪華な作りになっていた。
「これ、啓太のポケットマネー?」
 高校生が出せる金額の部屋とも思えなかったので、浅ましいとは思いながらもつい口にしてみる。
「まあ、ポケットマネーっていうか・・・やっぱり懸賞です。取り柄はフル活用」
 少しバツが悪いのか、啓太は頭をかきながら頬を染めて和希から視線を反らせた。
 バルコニーからは、山の頂上に向かってミルキーウェイがかかり、天涯付きのベッドであろうものは、この日に限っては取り外されていて、寝ながら星空を堪能出来る様になっている。
「世の乙女達は喜びそうだろ?」
 ウィンクを寄越しながら嬉々として部屋の中の探索をする啓太に、やはり複雑な思いが過る。
(この子はいつか、やはり自分の手から離れて、普通の幸せを手に入れるのだろうか)
 そんな、いつでも消えない不安が過る。
 彼は、こんなにも人の事を考えて行動出来る人間。
 高校生離れしているとも思う。
 こんな彼を、世の女性達が放っておく訳が無い。
(啓太は人の女関係心配してるけど、俺の方が心配だよ)
 彼の幸せを考えれば、今、自分と付き合っているのは、マイナスにしかならないのはわかっている。
 それでも。
(離せないよなぁ)
 和希は一つ、溜め息をついた。
「あんまり気に入らない?」
 いつの間にか側に来ていた啓太に突然声をかけられ、和希はびくりと体を揺らした。
「ちょっと乙女過ぎたかな」
「いや、そんな事ないよ。ここまで計画してくれた事にびっくりしてるだけだから」
 本心は伝えられない。
 和希は取り繕う様に笑顔を作り、啓太に向き直った。
「・・・嘘だ」
 振り向いた和希の顔を啓太は目をすがめて眺め、その頬を両側にむにっと引っ張る。
「いひゃひゃっ・・・はひふるんはっ・・・へいはっ!」
 不自由な口で話そうとする和希の口を、ちゅっと軽く唇を当てて啓太は塞いだ。
「・・・俺の事、騙そうとする和希が悪い」
 最後におまけとばかりに思いっきり頬を引っ張って、ぱちんと軽く叩いて啓太は手を離した。
「別に、騙そうなんて思ってないよ」
 じんじんと感覚が残る頬をさすりながら、和希は涙目で啓太を見つめる。
 そんな和希に啓太はふんっと顔をそらせて、部屋の隅に設置されている冷蔵庫へと向かった。
「和希はなに飲む?」
 その声は至極普通の物で、和希は少しばかり安堵の息を吐いた。
「啓太と同じ物でいいよ」
「・・・じゃあ、ビールで」
「却下」
 躊躇なく意見を却下された啓太は「えー」と不満を露にしたが、何故か笑顔で缶を二つもって和希の側に戻ってくる。
 その手には、巷でよく見る銘柄の、和希に却下されたもの。
「・・・だから、酒はダメだっていってるだろ?」
「平気平気。ほら、これは『発酵麦水炭酸入り』だから」
 言い方を変えればいいという物ではない。
 和希とて、教育者の端くれ。青少年保護法に引っかかる行為はしていても、未成年の飲酒を目の前で許す事は出来ない。
「何が平気だよ・・・俺には全然平気じゃ・・・あーーーっ!」
 和希がお説教まがいの言葉を啓太にかけている最中に、啓太はその言葉を無視して缶をぱしゅっと開けて、あっさりと口を付けてしまった。
「お前・・・俺の事なめてるな」
 恨みがましく啓太を睨み、わざと大きくため息をつく。
「なめてないよ〜。ほら、社会に出ていきなり慣れてない物を口にすると、節度が分らないって言うじゃないか。だから俺は、保護者の前で勉強するんだよ」
「俺はお父さんか!」
 それまで自らとっていた保護者の態度をあっさりと崩し、大声で抗議をする。
 立場的に和希は啓太の保護者になる訳だが、そこはそれ。二人の間柄は恋人である訳で。
 啓太の口から『保護者』と言われれば、やっぱり反抗してしまう。
「『お父さん』じゃないよ〜。か・ず・に・い」
 和希のお説教も抗議も何のその。
 啓太はのらりくらりと言い交わして、結局缶を一本空けてしまった。
「お前な〜、少しは俺の立場とか俺たちの関係とか考えてくれよ」
 額を片手で抑えつつ、和希は啓太に訴えた。
 だが、訴えに対して何かの返答が貰えるとは思っていなかった。
 いつも笑ってやり過ごされるか、さらっと無視されるかのどちらかで、啓太がまともに和希の言う事を聞くのは勉強の事だけなのである。
 それが、今回は違った。
「俺は、考えてるよ?和希の立場とか、俺たちの関係とか」
 和希は驚いて顔をあげる。
 その視線の先には、空に視線を固定して、穏やかに微笑んでいる啓太がいた。
「理事長の恋人なんだから、あんまり馬鹿じゃいけないなとか、来年はもう、同じ学校には通えないなとか」
 啓太の言葉は、それまでの行動を物語っている物で。
 入学当初、全ての授業がレギュラークラスだったのが、今では受けている授業の殆どがアルティメットクラスの物であったり。二人の関係についても、以前は甘える一方であった啓太が、今回のこの企画のように、啓太自身も和希を喜ばせる算段をする様になった。
 過ぎてきた月日を思って、和希は今日何度目かのため息をつく。
「・・・和希、ため息多過ぎ。幸せが逃げるぞ」
 啓太の笑いを含んだ言葉に、和希は思わず息を吸い込む。
 その和希の行動に、啓太はあからさまに笑う。その笑いにつられて、和希もまた笑い出した。
 二人で暫く笑い合い、ふっと途切れた時、啓太は話を続けた。
「俺さ、この3年色々考えたんだ。自分の将来とか、和希に対しての感情とか」
「・・・うん」
 それは、和希も同じ事で。
 自分の将来については既に決まっている事で、思い悩む事もなかったが、啓太への感情についてはかなり考えてきた。だが、それについての結論は、いまだに出ていない。
「将来はさ。これからの努力次第だと思ってるんだよ。だけど、和希に関しては、それだけじゃどうにもならない」
「・・・そうだな」
 和希が、今日一日で考えた事、思った事。
 今日だけではなく、以前から考えていた事。
 離れる事を恐れ、また、離れる瞬間を夢見ていた。
 この感情さえなければ。
 そうすれば、啓太に害を与える事もない。
 だがその反面、この感情のおかげで、どれだけの物を手に入れられたか。
 今更手放せる訳がない。
「それでさ・・・実は俺、両親に相談したんだ」
「・・・は!?」
 啓太の言葉に、和希は未だかつて誰にも見せた事のない、いや、自分でも想像もした事のない程の間抜けな顔をした。

 

 

NEXT

 


TITL TOP