君が見ていた空 Act,3

2005.8.20UP




 啓太の操る車は、初心者の危なさも無くスムーズに和希を運ぶ。
 市街地から山間に続く道に入った時、和希は覚えのある名前の看板に目を見張った。
「啓太・・・もしかしてこの先の山の上に行こうとしてる?」
 それは、和希が去年予定していたデートの場所で。
「あれ?和希、行った事あるのか?」
 それなりに標高のあるその山は、この地域では天体観測で有名な場所。
 梅雨のこの時期でも、かなりの確率で星空が見える、七夕には絶好の場所。
「いや、行った事はないけど・・・去年、来ようとして道調べてたから」
 和希の告白に、啓太はケラケラと笑った。
「じゃあ、和希にとっては面白くない思い出だな。ゴメン」
「全然悪いと思ってる様には見えないけど?」
「だって、思ってないもん」
 悪びれる事も無く啓太は言い放ち、その様子に和希は失笑する。
「去年のアノ飲み会の時にさ、梅雨の時期でも星の見える山があるって王様に聞いたんだ。その時に、今年は和希と来ようって決めてた。高校生活も最後だし、記念に二人で七夕の天の川見たいなって思ってさ。でも、免許は間に合ったけど、納車が間に合わなかったのがちょっと残念」
 極自然に啓太の口から出た言葉に、和希は驚きを隠せなかった。
「啓太、もしかしてこの為に免許取ったのか?」
 和希の言葉に啓太は、はにかみながら「うん」と短く頷く。
「車買う為に金も貯めてたんだけどさ。流石に1年の間に車校と車の両方の分は貯められなかったから、車の懸賞も出しててさ。なかなか当たらなかったけど、この間当たったんだ。でも、納車が来月でさぁ。結局和希の車で来る事になっちゃった」
 啓太はチロリと舌を出して照れ隠しをする。
「そんな事、啓太がしなくても、運転なら俺が出来るし、車だってあるんだから、言ってくれればよかったのに」
「いや、去年は流石に悪かったなーって反省したから、今年はその汚名挽回しないとってね。でも、俺も受験だし、和希もいつ仕事が忙しくなるか解んなかったら、今日まで秘密にしてました。予定外の事も追加されちゃったけど」
 まるで、手品の種明かしをする様に楽しそうに話す啓太に、和希は大きく一つ、ため息をついた。
「・・・和希?」
 視線を前方に固定しながらも、啓太はため息をついた和希を伺う。
「やっぱり、嫌?去年の和希が考えたコースなんて、行きたくない?」
 心配そうな啓太の声に、和希は滅多に乗る事の無い助手席のシートに体を沈めて、ぽつりと呟く様に話しだした。
「いや、さ。さっきの啓太のため息が理解出来るなって」
「さっき?」
「朋子ちゃんを送った時に付いた、アノため息の事」
 「ああ」と、啓太は小さく相づちを打つ。
「こうやっていつの間にか、啓太も俺が啓太にしようとしてる事と同じ様に、俺の事を扱ってくれる様になったのは、嬉しいんだけどね。やっぱりなんか寂しいなって思ってさ」
「俺がこんな事するの、和希はイヤ?」
「だから、それは嬉しいんだよ。だけどその分、俺が啓太にしてあげられる事が減っていくだろ?なんか、自分がどんどん必要じゃ無くなっていくみたいでちょっと寂しいだけだ」
 このシチュエーションの時には握っていたハンドルの代わりに、和希は胸元から煙草を取り出して火をつけた。そして、一つ大きく煙を吐き出して、言葉を続ける。
「解ってるんだけどな。そんな事は無いって。啓太が俺の事をそんな風に考える訳じゃないって。さっき、啓太が言ってた様に、理屈では解ってるんだけどな」
 車に付いているアッシュトレイに灰を落とし、和希は小さく笑った。
「そうだよな〜。和希にとって、俺って恋人って以外に「弟」ってのもあるもんな」
 和希の笑いにつられる様に、啓太も小さく笑う。
「でもさ。俺も和希と同じ様に、さっきの朋子の気持ちがわかった気がする」
「へえ・・・」
 高速道路のインターに差し掛かり、二人の会話は一旦切れる。
 料金所を抜けて、峠に続く一般道に入った所で会話は再開された。
「自分では、普通に成長してるだけだからさ。どうしていいのか分からなくなるなって思う」
 眉根を少し寄せて、啓太は前方から視線を動かすことなく呟いた。
 確かに、その通りなのだ。
 彼等は普通に成長しているだけ。
 なにも、成長とともに何かを捨てて行っているわけではない。
 今までの自分という地盤があり、それに多くのものを付属させて行っていてるだけのこと。
 そんな生徒を、自分だって数多く見送ってきたではないか。
 入学から卒業まで。
 何もかわらなかった生徒などいない。
 なのに、近しい自分物だというだけで、この心の揺らぎはなんなのだろうか。
 堂々回りになりつつある思考を止めるために、和希は努めて明るく啓太に声をかけた。
「啓太はそのままでいいよ。どんな啓太でも俺は愛してるからさ」
 いつものその一言に、啓太はいつものように頬を染めて、左手をハンドルから離して、和希の腿を軽く叩く。
 そうこうしているうちに、車は山頂付近の展望台に到着した。
「ほんとだ!雲が下に広がってて、ちゃんと星がみえるね〜!」
 まるで子供のように、啓太は夜空に向かって手のひらをかざしてはしゃいだ。
 さっきまで、その手に車のハンドルを握っていたというのに、今ではその影はない。
 そんな様子に、少しの安心感を得た自分に和希は苦笑しながら、魅惑的な腰に手を回した。
 ひとしきり夜空を堪能した啓太は、楽しそうにくるりと和希に向き、話しかけた。
「ねえ。昔和希が俺に教えてくれた「七夕伝説」って覚えてる?」
「いや、ちゃんとは覚えてない。だってあの頃の啓太は、質問大王だったからな」
 あれは何?これはどうして?など、とにかく一日のうちの会話のほとんどは、啓太が和希にする質問で占められていたといっても過言ではないほど、啓太の知識欲は凄まじいものがあった。
「『織り姫とひこ星は、お互いがとっても好きでね。いつでも手をつないでいないと悲しくなるほどだったんだ。だから、お互いのお仕事も出来なくなっちゃって、天の神様に、川をはさまれちゃったんだ。ちゃんとお仕事できるようにってね。だから、啓太と俺も、ちゃんと自分のやらなきゃいけない事をやらないと、離ればなれにされちゃうよ?』」
 当時の和希の口調なのだろう。
 幼い子供に言い聞かせるような口調で、啓太は話した。
「いや、いいお話ですよ。和兄。つまりはですね。セックスばっかりしていると、本来の目的は失われるってことなんですな」
「・・・何がいいたいんだよ」
「・・・和希は星、堪能した?」
「・・・」
 それを言われると、無言で返すほかはない。
 なぜなら、ここに到着してから啓太以外のものを視界に入れた記憶がないからなのである。
 その上、一度触れてしまえば、それが当たり前のように箇所に向かって動いていく手。
「・・・すみませんでした」
「はい。よろしい」
 促されるままに、和希は視線を夜空へと向けた。
 そこには、都会の喧噪も、排気ガスにも邪魔をされない、美しい天の川が流れていた。
 遠い昔の記憶とともに、それは、とてもとても綺麗に和希の瞳に映った。

 

 

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