君が見ていた空 Act,2

2005.7.14UP




 学園島を出発して暫く。車は目的のプラネタリウムへと到着した。
「和希、悪いんだけど、俺先に降りてていい?」
「ん?いいけど・・・どうした?」
 腕時計と窓の外を交互にそわそわと見る啓太に、和希の芽程度だった不審は大きく育つ。
「そろそろ待ち合わせ時間だから」
「・・・待ち合わせ?」
「うん・・・あ、いた」
 信号待ちで止まっているのをいい事に、啓太の視線の先を探ると・・・。
「あれ?朋子ちゃん?」
 そこには、なんと啓太の妹の姿。それも、誰かとしきりに楽しそうに話をしているのである。
「うん。実は、朋子がクラスの男子と付き合う事になって、今日は七夕デートしたいって相談もらってさ。でも、中学生がどこか遠くに二人で出かける事なんて出来ないだろ?それで、この間雑誌で見たココのプラネタリウムの七夕プログラムの事を進めたんだ。まあ、ココも中学生にしたら遠出の域に入るんだけど、そこは俺がいるからって事で父さんに許可貰ったんだ。」
「で、その承諾の連絡が今日来たと」
「うん。事後承諾で悪いかな〜とは思ったんだけど、どうしても叶えてやりたくてさ。日頃離れてて、あんまり兄貴らしい事もしてやれないし」
 申し訳無いと、体全体で表現している啓太に、これまた和希が「嫌だ」と言える訳も無く。
「・・・うん。わかった。いいよ。入り口で待ってて。ちょっと駐車場が遠いから、時間かかるかもしれない」
「わかった。サンキュ」
 素早く車を降りて、妹へ駆け寄る啓太の背中を、和希は少し落胆しながら見送る。
(でもまあ、去年よりはマシか)
 信号が青に変わり、気持ちを切り替える様にクラッチから足を離し、アクセルを踏んだ。




「お兄ちゃん、今日は有り難う。すっごく楽しかった」
 プラネタリウムの上映が終わり、妹とその彼氏を連れての食事も終わり、時刻はすっかり夜になっていた。
「でも、ホントにいいのか?送らなくて。父さんに怒られない?」
「うん。大丈夫だよ。あ、でも一本家に連絡を入れておいてくれると助かるんだけど」
「それは、かけとくけど・・・もう暗いし。・・・やっぱりお兄ちゃん達が家まで送るよ」
 仲の良い兄と妹の押し問答は、尚も最寄りの駅で続いている。
 それを見守る和希と妹の彼氏は、視線を合わせながら苦笑するしかない。
「このくらいの時間、いつも塾から帰ってる時間より早いよ。それに彼もいるから平気」
 ”彼”と、視線を送られたまだ幼い男の子は、照れながら「ちゃんと送りますから」と啓太に伝えるが、それでも啓太の表情が晴れる事は無い。
 その様子に、和希はいつも啓太が自分に言っている言葉を思い出し、小さく笑った。
「・・・なんだよ」
「いや、啓太。俺の事言えない」
「何が?」
「”過干渉”だ。彼氏だっているんだから、好きにさせれやれよ」
「でも・・・こんな暗くなってから女の子が歩くなんて・・・」
 不服そうに頬を膨らませた啓太に、和希は小さく耳打ちをする。
「・・・悟れよ。二人っきりの時間が欲しいんだよ。朋子ちゃんは」
 ”あ”と、啓太は小さく声を上げる。
 いい加減、啓太も和希と付き合っているのに、いまだに恋の機微を理解しない啓太に、和希は再び笑いがこみ上げた。
(これも啓太の良い所なんだけどな)
 それでも、啓太と恋をしている和希的には、少し寂しくもある。
 和希の耳打ちで、やっと事を察した啓太は、それでも少し不安そうに妹の背中を押した。
「じゃあココで見送るけど、なんかあったら、すぐにお兄ちゃんの所でも家でも電話するんだぞ?」
「わかった・・・といっても、別に無いと思うけどね」
「家に着いたら、電話くれよ?気になるから」
「はいはい・・・でも、電話していいんだ?」
 ちらりと、啓太と同じ青い瞳で和希の方に視線を送る。
 その仕草に、啓太は慌てふためいて妹の頭を小突いた。
「おませっ」
「イタっ。じゃあ、またね。夏休みは帰って来るんだよね?」
「うん。盆には帰るよ」
 啓太の返答に心底嬉しそうに破顔し、朋子は彼氏を伴ってホームに向かって歩き出した。
「カズニイも遊びに来てねー」
 昔、啓太が自分を呼んでいた愛称をそのまま引き継いだ朋子の言葉に、和希は笑顔で手を振る。
 幼さの残る二つの背中が人ごみに消えるまで、啓太はじっとその背中を見つめていた。
 やがて、大きく一つため息をつく。
「どうした?」
 実際の所、ため息をつきたいのは和希の方だったりするのだが、そこはそれ。去年よりも少しは恋人らしい時間を過ごした事によって、心の広さを確保出来た。
「いや、さ。なんか中学に上がったら急に色気づいたなって思って」
 その、まるで父親の様な言葉に、和希は盛大に吹き出した。
「なんだよ。そんなにおかしいか?」
「何処のパパだよっ。まだそんな感想を持つには早いだろ」
 自分の言った言葉がどう聞こえるものだったのか理解した啓太は、困った様に少し眉を寄せて、笑う和希に構う事無く話を続ける。
「だってさ。まだ離れて2年だけど、俺が家を出たときは、あいつまだ小学生だっただろ?俺たち結構仲良かったから、俺が行く所には必ず一緒に行きたがってさ。今日、まさかココで別れるなんて言われるとは思ってなかった」
 少し寂しそうな声色に、和希は笑いを止めて啓太を見た。
 その表情は、声色と同じ様に少し寂しそうな笑顔で。
「お兄ちゃんとしては、可愛い妹を取られた気がしてるんだ?」
「いや、そこまでは思わないけど。俺だって和希と付き合ってる訳だし。それは、うん。彼もいい子だったし、問題ない」
 視線を合わせて話し始めた事によって、啓太の表情は普段の明るさを取り戻す。
 それでも、寂しげな声色が消える事はなかった。
「・・・俺だけじゃ、啓太には物足りない?」
 おどけた様に啓太の顔を覗き込む和希に、啓太は苦笑を浮かべる。
「和希の存在とは別次元だよ。・・・理屈じゃわかってるんだけどさ」
 言い終えた啓太は、再び大きくため息をつく。
 寂しさを取り除く事の出来ない啓太に、和希はかける言葉が無かった。
 兄弟と言う存在を持たない和希にとって、啓太の心境は、未知の領域である。
 兄として妹を思う気持ち。
 それは自分が幼い頃、啓太に対して抱いていた気持ちの様なものなのか。
 それとも、やはり血のつながりや、一緒に過ごして来た時間の長さに比例して、もっと複雑なものなのか。
 それすらも、検討が付かない。
 しかも、性別の違う相手。
 恋心は抱かないであろうが、感覚としては近いものがあるのであろうか。
 よく、父親にとって娘は永遠の恋人だと例えられる。
 兄にとっても妹と言う存在は、同じ様なものなのだろうか。
 そう考えると、和希は少し、朋子に対して嫉妬の感情が湧いた。
 そんな感情を抱いても、どうしようも無い事は解っている。
 だが、決して自分が立ち入れない啓太の心の領域を目の当たりにして、そんな愚かな感情を止める事も出来なかった。
 黙り込んだ和希の表情に、少しの苦痛が現れた時。
 啓太は和希の腕に自分の腕を絡めて歩を促した。
「ごめん。折角これからは二人の時間なのにさ」
 少し照れた様に、啓太は笑みを零す。
「いや、いいよ。・・・で、どこに行く?」
 今までの空気を流す様に、明るくかけた和希の問いに、啓太は無言で和希のポケットの中から車の鍵を取る。
「着いてからのお楽しみってのは、ダメ?」
 18歳になり、車の免許を取得していた啓太は、鮮やかな笑顔で答えた。
「いいけど。啓太が連れて行ってくれるのか」
 去年までとは違うパターンに、和希は少し複雑になった。
 啓太はもう、子供ではない。
 それが寂しくもあり、また、嬉しくもある。
 その複雑な感情が心を占めた時、『ああ』と理解した。
 先程の啓太のため息。
 それは、この感情か、と。

 

 

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