和希と制服

4話 制服試着


2006.7.19UP




 理事長室に、学園の制服が一式届けられた。
 理事会での討議の結果、俺は何とか真実を誤摩化して学園への入学を勝ち取ったのだ。
 真実をあの場所で言うには、敵が多すぎる。
 その上、きっとあの俺に対してイジメをしている奴らの中に、犯人がいると思うのだ。
 だがこれで、捜索も大分進む事だろう。
 何とかこれ以上の情報の流出は避けたい。
 だが、一点不満が残った。
 それは…啓太の入学が許可されなかったのだ。
 俺が書いた入学許可理由に、オヤジどもは一同に「こんなふざけた推薦をしたのはどなたですか!」と眉を吊り上げた。
 何がいけなかったんだろう。
 素直に「可愛い」と書いたのが、どうしていけないんだ?
 「ふざけるな」というのなら、啓太より可愛い子を俺の前に連れてきてみろって言うんだ。
 あんなに殺人的に可愛いのに。
 あの可愛さは、十分人並みはずれた才能だろう!
 憤りを感じながら、俺はその場で名乗りを上げずにシカトを決め込んだ。
 また、何か突かれそうだったし。
 こんなに全員で反対されてると、俺が何を言っても無駄そうだしな。
 俺は取りあえず制服を取り出してみた。
 うん。
 流石は母さん。
 いいデザインだ。
 きっと啓太にも似合ったに違いないのに勿体ないな。
 啓太の事を考えると涙が出そうになるので、気を取り直して制服に袖を通してみる事にした。
 実際、制服を着たからと言ってちゃんと高校生に見えるのかが心配だった。
 スーツを脱いで、並べた制服を順に袖を通す。
 ズボン。
 おお、結構生地も柔らかいし、履き心地いい。
 スーツのズボンよりこっちの方が動きやすいし。
 これなら走りやすいな。
 俺、結構移動の時に走る事が多いいんだよね。
 だって、ちんたら歩くより、その方が時間的にも勿体なくないし、健康面でもいいだろ?
 普段がデスクワークだからさ。
 理事長室まで登ってくるのも、滅多にエレベーターなんて使わない。
 大抵階段を駆け上がっているのだ。
 次にYシャツ。
 これはあまりいつもの物と変わらない。
 ちょっと袖の部分がごわつく気がするけど、手首を動かすのに問題がある程じゃない。
 ネクタイ。
 そうか、一年生は緑だっけ。
 俺は青の方が好きだな。
 まあ、学年が進めばそうなるんだろうけど、啓太がいない学園に、3年も在籍するとは思えないので諦めよう。
 そのうち、自分用に新しいネクタイでも新調して我慢しよう。
 ベスト。
 これも別に問題なし。
 だけど、Yシャツにベストだけだと、シャツの淵の金が結構目立つな。
 でも、下品な訳じゃない。
 なんか、大人っぽくなる気がする。
 俺がこの格好だと、年相応に見えてしまいそうなので気をつけよう。
 最後にジャケット。
 …おお!着心地いい!!
 袖も広く取ってあるし、ポケットの位置もいい感じ!
 それに、この色は若く見えるかも!


 俺は、すっかり着終えた姿を確認しようと、控え室の全身の姿見鏡の前に進んだ。
 …………。
 いけてる!
 俺、高校生に見えるぞ!!
 いや、俺的に思うだけなのか?
 いやいや、これなら絶対高校生に見えるって!
 でも、高校一年にしては、ちょっと身長がでか過ぎるかな…。
 でも、確か今年はバレーボールの選手を入学させるから、そんなに目立たないかな。
 あの子、確か既に身長が180超してたと思うし。
 それにサッカーの子も、同じ位の身長があったと思うし。
 うん、大丈夫だ。
 ………あれ?今なんか部屋の方で音がした?
 耳をすますと、どうやら石塚が俺を捜している様だ。
 俺は制服姿のまま理事長室へと戻った。
 「あ、和希様、そちらにいらし…………」
 石塚は、また目を見開いて固まった。
 その反応は、ちょっと気にかかる。
 似合ってない?
 俺的には似合ってると思ったんだけど。
「…どうだ?高校生に見えるか?」
 人の意見は大切だよな。
 固まっている石塚に、俺は笑顔で問いかけてみた。
「………はっ、はい。問題なく高校生に見えるかと存じます」
 なんだ。
 あんまりにも似合ってたからびっくりして固まったのか。
 石塚、可愛いヤツめ。
 俺に惚れるなよ?
 お前に惚れられるのは迷惑だからな?
 啓太にならいくらでも惚れられたいけどな。
 まあ、俺にそんな性癖はないけど。
 啓太なら特別だ。
 まったく、あんなに可愛いのに………。
「それで、何の用だったんだ?」
 気を取り直して、石塚に来室の理由を促した。
「あ、そうでございました。…和希様、先日来の情報流出に新たな動きがございました」
「そうか。それで、今度は何処の部分が流れたんだ?」
「それなのですが、今回はかなり問題で………」
  なに!?
「それは、本当なのか?」
「はい。今現在で確認のとれている事項は、研究が凍結された極秘事項のウィルス3件です」
 それは…かなりまずい。
 俺の記憶が正しければ、そこにはおそらく啓太のデーターが記載されていた筈。
 俺は急いで石塚が持ってきたファイルを再調査した。
 すると、案の定、啓太の情報が流出している。
 ただでさえあんなに可愛いから誘拐の恐れがあるというのに、その上これでは………。
 これは、何としても近いうちに俺の元に呼び寄せなければ。
「………石塚」
「はい」
「至急、この伊藤啓太の学業成績、交友関係、その他を調査してくれ」
 俺の言葉に、石塚は明らかにその顔を顰めた。
「………あの、もしかしてその方は………」
 啓太を呼ぶ。
 これはもう昔の約束とかの生易しい段階ではないのだ。
「一度、選考に漏れているからな。今度はあのオヤジどもがぐうの音も出ない理由を突きつけなければ」
 俺は、「可愛い」だけで十分だと思うけど、審美眼のない人間どもを説き伏せなければいけないからな。
「ですが、この情報だけでしたら、彼に危害が及ぶ可能性は低いのでは…」
「彼には、この件での研究の成果が投与されている。その件が万が一にも流出すると危害が及ぶ危険性がある。調査と平行して、直ちに極秘で身辺警護をつけてくれ」
 追加された俺の言葉に、石塚はきりっと顔を引き締めて頭を下げた。
「かしこまりました。直ちに調査と警護の手配をさせて頂きます」
「それと、万が一の為のマスコミ対策や伊藤家に対する対応のマニュアルの作成も頼む」
「はい」
 石塚の能力を持ってしても、おそらく最低でも2、3ヶ月はかかるだろう。
 転校生か…。
 ちょっと目立つな。
 あれだけ可愛いから只でさえ目立つだろうに、その上転校生。
 学内でもちゃんと目を光らせてないと、変な虫がつきそうだ。
 まあ、俺的に許可出来る人間だけ近寄る事を許せば何とかなるかな。
 それ以前に、学内での警護をどうするか。
 啓太が来るまでに、しっかりこちらも作を練らないと。
 俺は、制服を着たままだと言う事を忘れて、書類と格闘し続けた。
 ………その後、入室してきたあのおっさんに笑われてしまったのは言うまでもない。
 久我沼め。
 お前にも着せてやろうか。
 きっと俺よりも笑いをとれるぞ。
 でも、確実に視界の暴力になる事請け合いなので、想像するのもやめてみた。
 とにもかくにも、来年度からは大忙しだ。
 だけど、啓太との事は不幸中の幸い。
 昔の約束通り、一緒の学校に通おうな。
 そしてこれからは、ずっと俺が守ってあげるから…………。

 

 

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