愛しのチェリーボーイ

働くチェリーボーイ

2007.7.18UP




「おーい啓太、お前んとこはどうだー?」
「あー、全然足りないですよう!」
「どっちが足りねーんだよ」
「えー…ち×こが足りないですー!王様の下さいよー」
「ばかやろう!俺の方だってちん×足りねーんだよ!お前のヨコセ!」
「やですよ!ま×こなら渡しますよ!」
「いらねえよ!こっちだってまん×なら余ってんだよ!」
「…お前達。そういう呼び方はやめろ」
 他の用事を済ませて戻って来た早々、室内はおろか、長期休暇中で人気は少ないとは言え、校舎中に響き渡るそのハレンチ極まりない二人の会話に、中嶋と和希は頭を抱えた。

 時は残暑も厳しい8月の半ば。
 その日はクラブ活動等で帰省出来ない学生と、同敷地内に併設されている研究所の職員家族に対して、企業主催の納涼大会が予定されていた。そして、業者に依頼したにも関わらず、なぜか人手不足に陥っている企画部は、端から見れば呑気そうに見える学生に白羽の矢を立てた。
 結果、学生会室では、夜の納涼大会開催に向けての準備に追われ、腕まくりをして装飾の準備に取りかかる丹羽と啓太の姿があった筈なのである。
 が。
 冒頭の会話では、そんな二人の奮闘を微塵も伝えることは出来ず、あまつさえカップリングを疑わせるものになっている。だが、これはれっきとした中嶋×丹羽のお話である。間違えても丹羽×啓太ではないし、ましてや啓太×丹羽などでは断じてない。
 そう。
 二人は別に性行為における役割の話をしているわけでも、Y談を繰り広げている訳ではない。(後者は微妙だが)
「だってそのまんまじゃないですか」
 啓太が無邪気にそう言って手に捧げた物は……延長コードのメスソケットとオスソケット。
 その名称が、二人の会話に出てきた男女の性器の名称からとられている事は誰でも知っている。というより、それこそ『そのまんま』と言う奴である。だが、それをソフトタッチにごまかした製作サイドの思惑を、ここまで木っ端微塵にしなくてもとは、誰しもが思う事である。そして、その『誰しも』には、当然そこに居合わせてしまった不幸な当事者以外の二人も含まれた。
「…なんだか最近、王様に似て来たな。啓太…」
 転校生だった啓太を、少しでも早くこの学園に慣れ親しめようと、影になり日向になり(影の部分がかなり多いが)その行動をサポートしてきた和希は、誰よりも学園の、と言うよりは男子校に馴染んでいる啓太を認識して、少し遠い目をしながらぽつりとこぼす。
「そんなことないよ。俺はあそこまで自分を捨ててないよっ」
 その啓太の言葉に、和希と中嶋は『十分だ』と心の中で突っ込みを入れ、丹羽の力技が言葉のお返しとばかりに啓太の頭を襲った。
「いったいじゃないですか!しかもてっぺん叩くなんてっ!身長縮んだらどうしてくれるんですかぁ!王様酷い!」
 打たれた頭頂を押さえながら、少し涙目で啓太は丹羽に抗議をする。
「お前の言葉の方がよっぽどヒデエじゃねえか!俺の繊細な心はズタズタだ!」
 丹羽の中での「繊細」の語彙が、どのようなものなのかが、気になるところである。
「ちょっとホントの事言っただけじゃないですかぁ。いたいけな後輩をもう少し労ってくださぁい」

 がこばきっ

 二人の(あまりにもあほらしい)応酬に、いらつきの頂点を極めた中嶋は、得意の回し蹴りを二人に向かって炸裂させた。
「で、さっきの話だが。何が足りないって?今から俺が取りに行ってやる」
 中嶋の回し蹴りからさり気なく逃げおおせる事に成功していた幸運の細胞を持つ少年・啓太は、何事も無かったように話を続ける。
 だが…
「だから、ちん×ですよ。中嶋さん。あと最低でも10は必要なんです」
 さらりと啓太は騒動の発端の再度言葉を口にする。
 啓太は、幸運の細胞を持っていても、なにげにそれを使いこなす事の出来ない迂闊な奴2号である。もちろん1号の栄光に輝いているのは、学園の代表生徒たる学生会会長、丹羽哲也であるのだが…。
 とにもかくにも、一度治まりかけていた、どんよりとして、人を脱力させる空気は、啓太によって見事に復活を遂げた。
 だが、それに対して青筋を立てたのは、いつでもこの『迂闊君』の名を欲しいままにしている二人に囲まれて切れまくっている中嶋ではなく、それまで静観を決めていた和希であった。
「…啓太。お兄ちゃん、ちょっと君に話があるよ。顔貸してくれるかな?」
 声を荒げない分、その言葉には迫力があり、啓太は顔を引きつらせながら退場を余儀なくされた。
 そして扉の閉まる音と共に、学生会室には部屋の主のいつもの二人が残る。
(この忙しい時に人手を減らすとは…)
 論争の発端となった言動を振り回す人物でも、猫の手よりは断然ましな力仕事可能な男手の損失に、中嶋はため息をつく。
 ふと、その場の空気がなんとも穏やかなものに変化している事に気が付き、丹羽に対していつもの警戒態勢を構えた。
 だが、中嶋の予想に反して、丹羽は黙々と自分に割り当てられた作業をこなしていく。
 いつもならここで必ず「休憩(はあとマークつきで)」と、タイミングよろしく逃げようとする、丹羽が丹羽である証拠とも言う行動パターンは、待てど暮らせど(いつも待っているわけではないのだが)一向に起こる気配はない。
 いつになく、いや、中嶋にとっては初めて見る真面目な態度に、不信感のこもった視線をおくりつつ、中嶋は訪ねた。
「…珍しいな。お前が休憩を要求しないなんて」
「だってよお、今日は外部の人たちも来るんだろ?」
 よく考えれば失礼な中嶋の質問に、丹羽は上機嫌で答える。
「それは、研究所の所員の家族も呼んでるからな」
 鼻歌まじりに黙々と作業を進めながら、丹羽の確認してきた事項に、あくまでも表面上は事務的に、中嶋は事実を述べた。
「ってことはよ。日々男に塗れているせいで、この完璧な容姿、頭脳、性格をもってしても縁のなかった俺が、女と触れあう機会ができるって事じゃねえか。これが気合いが入らないってことはないだろ!」
 なら外でナンパを決行して、必ず成功するのかとの突っ込みをしたいところであるが、それ以前に目の前に肉体関係もある恋人候補をおいて、楽しそうに語る事ではない。だが、元来「隠す」「ごまかす」といった事を、必要以外では嫌う丹羽は、素直に自分の奮闘理由を語って聞かせてしまっていた。
「お前…まだあきらめてなかったのか」
 堂々と浮気の計画を話された中嶋は、表面上はあきれたような口調で、こちらもかなり素直な感想を述べる。
「あきらめラレッか!これは俺の男としてのプライドの問題だ!お前に対しての恋愛感情とかの問題じゃねえ!」
 いや、それはそこに恋愛感情を持ち込むから良いのであって、その感情抜きの行為はかなり別の次元の問題になる。
「ということは、これでかわいい彼女がゲット出来たら、お前は俺との事は忘れるつもりなのか?」
 事の核心。
 中嶋とて、その容貌、身に付けた雰囲気がどうであれ、まだ18歳の少年である。しかも、中嶋は2年半もの間、丹羽に片思いを続けて来た上での現在の立場なのである。この言葉を自分の口から出すのに、勇気が要らなかった訳ではない。だが、2年半もの間我慢して来れたのは、見かけによらない相手限定の優しさに依る所であり、今回の勇気も、丹羽に対しての思いから来るものであった。
「う〜ん、その場になんねぇとワカンネエ。でも、お前となら恋愛抜きでも一緒にいられんじゃん?」
 中嶋の男心の精いっぱいの言葉に対して、いとも簡単に返って来た丹羽の言葉は、二人の関係をものすごく軽く見ているような、逆に何にも崩されない強い絆と信じているのか分からない理屈理論であった。
 だが、はっきりとした拒絶ではなく、中途半端でも二人の関係を曖昧に続ける事を希望した丹羽の言葉に、少し胸を撫で下ろしつつ中嶋はそれ以上の追求をやめた。
「…で、話の腰が折れまくったが、何メートルのが何本欲しいって?あと、足りないのはそれだけなのか?」
 気を取り直して、忙しい現状を打破すべく、中嶋は出入り口に向かいつつ話の大本の確認をする。話を逸らしたかったという気持ちも、もちろん有るのではあるが、基本的に人に弱みを見せるのが嫌いな人種に属する中嶋は、何事も無いように装い続けようとしていた。だが、予想は見事に覆される。
「あ〜、まだ啓太が持ってた方のはチェックしてねえけど、とりあえずち×こが足りねえのは確かだな」
「…だから、その呼び方はやめろ」
 人手が減った理由である言葉を、性懲りも無く使い続ける丹羽に対して、先ほどの浮気計画と併せた青筋が、中嶋の額を走る。
「あ?なんでだ?いつもの事じゃねえか」
「いつもの事なのが問題だと、お前は気が付いていないのか?」
 確かに『いつもの事』なのである。
 異性の目のない特殊な環境下では、男も女も恥と言う言葉を辞書から自動的に削除してしまうものである。その為、この手の会話は日常茶飯事であり、また、それを特別どうとは思いはしない。
 だが、今日は環境が違う。
 丹羽のいつに無い奮闘は、そのためなのである。
「…なんだよ、いいじゃねえか。それとも何か?『そんな事大声で言うなんて恥ずかし〜v』とか、乙女みたいな事言うんじゃねえだろうな?」
 大きな骨張った手を胸の前であわせ握り、身長が190センチに限りなく近い大男が腰をくねらせるその様は、無気味と言う以外何者でもない。
 それは恋愛感情というフィルターをかけたとしても、拭いきれるものではなかった。

 ぶつっ

 にやにやと揶揄を含んだ目線に、中嶋は室内に耳には聞こえない擬音をたてた。
「俺が『やめろ』と言っているのはな。もう研究所の所員の家族の人はちらほら来ているからだ。その人たちや、お前の期待しているイケテル女たちのこの学園に対するイメージを、学生会会長自ら打ち壊すのは、この先どうだと意見をしているのだが、お前は分かっていないようだな?」
 ドアに向かっていた足を再び室内に向け、熱気とホコリを逃がす為に開け放たれていた窓を閉めながら、世間一般の説明をする。
 確かに、普段の自分の会話が、中嶋自身も上品なものをしているとの認識は無い。
 だが、世間には常識人として通している中嶋は、自分のいるスペースがそういったものであると認識されるのは我慢がならない、心の狭い人物であった。
 前述した通り、中嶋の心の広さは個人限定で、しかもある種の感情(つまりは恋愛感情)限定の話なのである。
「あははは、男子校なんてこんなもんだろ?そんな楽しいイメージをもって帰ってもらった方が、この先楽だぜ〜!だから、とりあえずちんこの補充、よろしくたのむぜ」
「…そうか。そんなに欲しいのか、お前は」
 納涼大会開催場所になっているグラウンドに面した窓の、最後の一つにかちりと鍵を掛けながら、中嶋は不穏な声色でぽつりと呟いた。
「あ?だって足りねえもん」
 その声の変化に相変わらず気が付かない丹羽は、ごく普通に返答する。
 だが、この『普通の返答』が、その後の自分の運命をいつも決定している事に、未だに気が付いてはいなかった。
「それは気が付かなかった。お前の相方として失格だったな」
 殊勝な言葉とは裏腹に、振り向いた中嶋の顔には、口の端だけを上げたシニカルな笑顔が張り付いている。
「いや、そこまで言ってもらわなくても…て」
 中嶋の中でこれからの行動が決定した頃、ようやっと丹羽はその不穏さに気が付く。
 そしてこの後は、今日の丹羽とは正反対のいつものパターン。中嶋の独壇場と化す。
 目の据わった中嶋は、いつもの5倍のスピードで丹羽に近付き、一気にそのシャツを丹羽の体から奪い取った。
「!なっ何すんだてめえ!」
「足りないんだろ?お前が溜まってた事に気が付かなくて悪かったな。この後すっきり仕事に精が出せるよう、お前に俺のオスソケットを補充してやるよ」
 丹羽の言葉を逆手に取り、わざわざ商品名で言う当たり、中嶋も対外におやじ臭いとは思うが、そこに丹羽が気が付いて突っ込む余裕は、既にこの時点では無くなっている。
「いっいらねえよ!別に溜まってもいねえ!」
「遠慮するな。これならいつでもくれてやる」
「だからっ!そっちは十分足りてるって!」
「いや、さっきのお前の口振りでは、到底足りているようには聞こえなかったぞ?」
 会話の最中も、もちろん中嶋の手が休む事はなく。
「わっわっっわわっ……」




 …かっちりv(イン・サートッ!)




 夏の夕暮れの中、少し赤い顔をした精悍な顔つきの少年が、黙々と立ち働く姿を、普段その場に居合わせる事の無い乙女たちが遠巻きに見物していた。
 が、決して誰も近寄ろうとはしなかった。
 何故か。
 それは、乙女たちは夢のBL学園に侵入出来る数少ない機会を無駄にせず、まだ日の高い、入場許可時間のPM12時から勢い込んで来ていたのである。
 そして聞いてしまった数々の会話と声。
 そして乙女心を刺激した喘ぎ声の持ち主と、乙女心を引かせた会話の主が、同一人物である事を認識していたのである。
 その上、それが誰なのかも…。
 故に、遠巻きに見物(観察ともいう)されても、丹羽に声をかける乙女はいなかった。
 だが、当の丹羽がその事実を知るわけもなく。
 近寄れば逃げる波のような乙女たちを、遠目で眺める事しか出来なかった。
 そして、夢の「脱・童貞」は、さらに見果てぬ夢と化した。

 

 

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