愛しのチェリーボーイ

チェリーボーイ in Snow Country

2005.3.14UP




「トンネルを抜けると、そこは雪国だった…」
 丹羽哲也18歳は、横殴りに降りしきる雪を眺めながら呟いた。
「ナニそんな悠長に川端康成ってるんですか!ちょっとは手伝って下さいっ!」
 その丹羽の足下で愛車にチェーンを巻く作業をしていた遠藤和希年齢不詳は、今この男が自分の背後で悠長にしているのを納得せず、最後の力技を丹羽に頼もうと叫ぶ。
 そんな遠藤の声に、車の中から遠藤の可愛い恋人伊藤啓太16歳は、心配そうに窓から顔を出して声をかける。
「和希、俺が手伝おうか?」
「いや、啓太はいいんだよ。外は寒いからハンドルだけ固定しててくれればいいからv」
「…なんか、ものすっごく差別してないか?」
 遠藤のがらりと変わった声色に、叫ばれた本人丹羽は、思いっきり不本意だと主張をした。
「何言ってるんですか。啓太みたいに華奢で小さい子が、こんな雪の中で作業なんかしたら風邪引くじゃないですか。その上、可愛い手に傷でも付いたらどうするんです?」
 ココでハッキリ言おう。遠藤の恋人、伊藤啓太は決して華奢な訳でも小さい訳でもない。
 現在、共に行動しているのはいつもの4人。学生会会長丹羽哲也、その副会長中嶋英明、そして車の持ち主の遠藤和希、その恋人であり、先の二人の後輩伊藤啓太である。
 確かにこの4人の平均身長の大凡180センチからすれば、啓太は小さいと言えるだろう。実際にこの4人の中では一番小さい。だが、それでも16歳で身長が170センチあるのであれば、それは決して小さくも華奢でもないのだ。
 …つまりは、遠藤の腐れた目が問題なのである。
「じゃあ、なんでヒデは車の中で、俺が手伝わなきゃならねえんだよっ!」
 そんな丹羽の言葉にやり玉に上がった中嶋英明18歳は、少し口角を上げて車内で悠長に紫煙を燻らせた。(煙草は20になってからです)
「ジャンケンで負けたのは王様でしょ。そんな事俺に言わないで下さい」
 体の大きな男が4人、何故道ばたでチェーンを巻く作業を押し付け合っているかと言うと。
 現在、この4人で遠藤の所持しているスキー場近くの別荘に移動中なのである。
 事の発端は、いつもの啓太の余計な一言。
『次の連休は、和希がスキーに連れて行ってくれるんです〜v』
 高校生活もラストに近付いて、丹羽と中嶋は転校して来てから何かと行動を共にしていた啓太に、卒業旅行には少し早いがと、感謝の意を込めて遊びに誘ったのだ。
 その時の返事が、コレである。
 元々体を動かす事が好きな3人。その上、移動手段は人の車(しかも、学園の理事長である和希の高級と思われる車)。そして更に、宿泊費はタダ。
 こんな美味しい条件を見逃す丹羽と中嶋ではなかった。
 あれよあれよと啓太を言い含め、反対する遠藤を(啓太を使って)宥めすかして、この旅行は決行されているのである。
「だいたい、なんであんた達が一緒にいて、俺がチェーン巻いてるんですかっ!労働力くらい、少しは提供して下さいよっ!」
 啓太を『小さい』と称するのであれば、遠藤だって決して大きくはないのだが、一番働いているのは何故かその遠藤で…。
「だって俺ら、まだ初心者マークだもーん。知らないチェーンなんてまけねえよ〜」
 と、そのでかい図体をくねらせながら意味不明な事を可愛く言われても、言われた遠藤の戦意を喪失させるくらいしか威力はない。
「というより、タイヤくらいスタッドレスに変えておけ」
 車の中から悠長に窓を開けて、中嶋が止めの一言呟いた。
 啓太と恋人になってからわざわざ購入した『パジェロロング・スーパーエクシード』のタイヤにすがりついて、遠藤はそっと涙をこぼした。
(なんでっ…今回の連休を啓太と二人で過ごすために、俺がどれだけ努力したとっ!)
 少しとぼけた恋人を持ってしまった遠藤の不運は、きっとこの先も続くのであろう。
 そんな遠藤の努力の結果、一行はなんとかゲレンデに到達したのである。
「わーっ!すごーいっ!!」
 白銀のゲレンデを前に、各々の思いなど何一つ解さない啓太は一人無邪気にはしゃいだ。
「おう、啓太はどのくらい滑れるんだ?」
「えー、ボーゲンでなんとかってくらいですよ。王様は…聞かなくても凄そうですよね」
 そんな啓太の言葉に、白い歯をニッと見せて丹羽は笑う。
「まあな〜。一応インストラクター出来るくらいは滑れるぜ。でも実際には競争するとヒデには負けるんだよな〜」
「お前は力技のみだからな。スピードを競うのにも、ある程度計算がいるだろ」
「ふーん、二人とも凄いんですねえ」
 自分の背後で何くれと無く世話をし続けている恋人の事は、この時点では啓太は目に入っていない。
「じゃあ、お二人は上の方の上級者用のゲレンデに行っちゃうんですねえ〜。寂しいなあ」
「…啓太、俺の事忘れてない?」
「あ、そうか。和希も居たんだ」
「…」
 その『和希』がココに連れて来てくれたという事実に、漸く気が付いただけでも誉めてやる事にしよう。
「…いや、今日は上には行かねえ」
 丹羽の一言に、中嶋と遠藤は少し驚いた。
 今4人が居るのは、ファミリー向けの初心者コースだ。こんな所で上級者の滑りが楽しめる訳が無いのに…
「じゃあ王様っ!俺に教えて下さいっ!!」
 丹羽の言葉に喜んだのは、勿論啓太一人。
「啓太、教えて欲しいなら俺が教えてやるから、二人を上に行かせてやれよ」
 横から出た和希の言葉は、決して丹羽と中嶋の為に紡がれた言葉ではない。
 暗に『ココまで連れて来てやったんだからとっとと何処かに行きやがれ』と言っているのだ。
「だって〜、和希には来年も教われるけど、王様と中嶋さんには今年だけじゃないか」
 いや、情報さえ流せば、きっとこの二人は来年も一緒に行動しているであろう。
「お前ら馬鹿か!?」
 本来の目的である『スキー』に付いて遠藤と啓太が相談していると、丹羽があきれた様にその会話を止めた。
「スキー場に来てのんきにスキーする奴がどこに居る!!」
「……」
「……」
「……」
 いや、スキーをしにくる所だからスキー場なのだと、その場に居る3人は心の中で思った。
「…王様は、スキー場に来たらナニするんですか?」
「あっ、馬鹿っ!!」
 啓太の相変わらずの失言に遠藤が慌てるも、時既に遅し。
 丹羽は目を輝かせて啓太の肩をつかんでその体の距離を縮めつつ、目の前の情景を説明し始めた。
「いいか、啓太。今俺たちは、あの暗く、少し臭いそうな男の園から解放されて、輝かしい世界に居る」
「…『暗く臭いそう』で悪かったですね」
 その場所の総責任者たる遠藤は、不服そうに呟いた。だが、勿論丹羽の耳に届く事はない。
「こんな輝かしい場所に来て、一番にする事があるだろ?」
「…する事…」
 ある意味純粋な啓太は、丹羽の言葉を反芻させて一生懸命考えている。
「…わかんねえか?」
 こくこくと、素直に啓太は頷いた。
「じゃあ、教えてやろう。それはな…」
 耳元で、仰々しく囁く丹羽の言葉に啓太が耳を済ませた時…
「女ナンパしねえで何すんだよ!お前の幸運に託したっ!!!」
 勢いよく丹羽は言い放って、スキーを装着した啓太の背中を勢いよく蹴り飛ばした。
「ぎゃーーーーーっ!!」
「啓太っ!!!!」
 ボーゲンがやっとだと言う言葉が決して謙遜ではなかったと証言しているその姿は、叫び声とともにゲレンデの下方へ向かって進み続ける。
 慌てて追いかけようとする遠藤の肩を丹羽はガッシと掴んで、横に並んだ中嶋と共にその様子を観察させる。
「ナニするんですか!啓太を助けないとっ!!」
 遠藤は必死の形相でその肩をつかまれた腕を振り払おうとするも、色々な武道で鍛えた丹羽の握力から逃れるのは、雪の上と言う悪条件では容易ではない。
「まあまて。…丹羽、あの作戦なのか?」
「おうよっ!」
 悠長に話をする二人を、遠藤はきっと睨みつける。
「作戦てなんですかっ!」
 苛ついた遠藤の声に、丹羽はにやりと不適な笑みを零す。
「よく聞いてくれた!という訳で、遠藤は語りな」
「…語り?」
 どう聞いても説明不足の丹羽の言葉に、中嶋はため息と共に言葉を付け足した。
「…つまりは、だ。今蹴飛ばされた啓太が餌。あいつの可愛い顔を餌に、第一印象で女を釣る。で、その後お前がその釣れた女を語りでキャッチすると言った下らない作戦な訳だ」
 狡猾…とは言いがたいその作戦に、遠藤は開いた口が塞がらない。
「あの…つまりあんた達は、俺たちの二人っきりの週末を邪魔した挙げ句、ナンパまで付き合わせようと言う…事?」
「言っておくが、俺はナンパ何ぞしたくはない。お前だって気が付いてはいるんだろ?」
 『気が付く』とは、当然丹羽と中嶋の友達を超した関係の事で。
 普段は聡い遠藤が、勿論気が付いていない訳も無い。
「…中嶋さん、それでいいんですか?」
 額に手を当てながら、沈痛な面持ちで問いかける。
「仕方が無いだろう。何を言っても、何を実行しても、あいつはあの下らない夢を捨てないんだからな」
 更に中嶋の言う丹羽の『くだらない夢』とは…当然『脱・童貞』の事だ。
「…と、言う事は、王様がネコなんだ…」
 想像したくもないと言った感じで、遠藤は眉間に皺を寄せながら呟いた。
「俺はどっちでもいいんだがな。あいつにはセックスの知識が殆どない訳だから、こうなるだろう。お前の所だってそうだろ?」
「…まあ、そうですけどね」
 中嶋と遠藤。二人で真面目な顔をして話しているが、それをこの状況で語っていてもいいのであろうか。
 特に、恋人を蹴り転がされた遠藤は…。
「まあ、そんな訳だから今日は付き合ってやってくれ。一日でダメだったら、あの我慢の効かない丹羽の事だ。すぐに諦めるだろう」
 寛容な中嶋の言葉に、遠藤はため息を付きつつ承諾をした。
 そんなこんなで話していると、下方に姿を小さくした啓太がこてっと倒れ込むのが確認出来た。
 そこには丹羽の目論見通り、女性の姿が数人確認される。
「…俺一人より、中嶋さんのその顔もあった方がいいんじゃないですか?」
 眉目秀麗とうたわれる中嶋の顔をちらっと見て、遠藤は行動を促す。
「おうっ!ヒデも行ってこい!俺はお前らが成功したらスタートするぜっ!」
 この場で一人、意気揚々と丹羽は下を眺めながら指図した。
 その丹羽の様子に、二人がため息をこらえられなかったのは仕方のない事だと思う。
 遠藤にしてみても、このまま女性の間でおろおろする啓太を放っておく訳にもいかず、持ち前の営業スマイルを全開にして突入するしか道は残されていなかったりする。
「…行きますか」
「…だな」
 二人が雪煙をあげて滑り降りて行くのを、丹羽は心からの笑顔で見送った。
「えー、どこから来たのお?」
「えっと…どこからって言われても…」
「真っ赤になってるー。かわいー」
 今日日のお姉様方に囲まれて、信頼していた人に突き飛ばされたショックとこけたショックで、啓太はもはや自分が何を口走っているのかも確認出来ない程慌てふためいていた。
(王様のばかーっ!)
 と、心の中で叫んでみても、現状が打破される訳も無く。
 只一心に、現状からの脱出を願っていた。
「大丈夫か?啓太っ」
 そこに現れた遠藤の姿は、啓太にとってはまさに助けに来てくれた王子様状態で。
「和希ぃ」
 回りも気にせず思わず縋ってしまったその姿に、今日日のお姉様方は黄色い歓声を上げた。
「…すみません。こいつまだ初心者なんで」
 啓太の手を取りつつ、ココは一発で釣らないと後が大変とばかりに、遠藤は黄色い歓声におびえつつも笑顔で応対する。
「そちらはお怪我はありませんでしたか?」
「いーえ、大丈夫ですぅ」
 ちょっと頭の足りない話し方の女性のグループだとは思ったが、美人という物を見慣れた遠藤の目からしても、彼女達は十分に及第点な容姿を持っていた。
(…流石は啓太。こんな所でも外さないな)
 背後で見守る(だけの)中嶋も、特に何かを示す訳でもない事に、遠藤はこのまま話を進めていいと判断した。
「ご迷惑をおかけしたんで、よかったら後でお茶でもごちそうしますけど…いかがですか?」
 背後の中嶋にちらりと視線を送りつつ、爽やか(そう)な笑顔と共にありきたりな台詞を告げる。
 いわゆる、一般的なナンパ。
 何か特別な趣向を凝らしている訳ではない。
 コレを普通の、その辺にいて埋没する様な男がするのであれば、一笑に伏されて終わりだ。
 だがそこは、今まで相手に不自由してこなかった二人。
 己の世間的に見ての男としての力量をわきまえている。
「ほんとですかー?いいんですかーっ!?」
 黄色い声は尚も高くなり、いまだにスタート地点から動かない丹羽にまで響く。
(おおっ!サっすが彼奴ら♪一緒に来てよかった〜♪)
 事の成就を見届けて、丹羽は軽快に滑り出した……。


「ホントにベルリバティの生徒さんたちなの?」
「…約一名、微妙だがな」
「うるさいですよ、中嶋さん」
 お茶から流れ流れて、お約束のカラオケボックス。
 啓太の運のよさは、相手の容姿だけではなく人数までぴたりと治めてくれていた。
 相手もこちらも4人づつ。
 4人もいれば、一人くらいは丹羽がお持ち帰りをした所で問題は無いし、丁度人数もぴったりの合コン状態。
 だが丹羽以外、お持ち帰りを希望している者はいなかったのだが…。
「でもさあ、ホントに4人ともかっこいいよね〜」
「ベルリバティって、入るのに顔の審査もあるのぉ?」
「それは無いと思いますよ。ぶっちゃけすっごいのもいますしね。それよりも皆さん、同じ会社の方なんですよね?そちらの会社こそ、女性が入るのに顔の審査とかスタイルの審査とかあるんじゃないですか?」
 『口八丁』
 とは、中嶋と啓太の心の中で呟かれた言葉だ。
 4人グループとなれば、必ず一人はいる…いわゆる容姿の劣った仲間。
 女とは、いかに自分をよく見せるかを心得た生物なのである。
 その人物を認めた後でも変わらない遠藤のこの台詞と態度。
(こいつがこの年で成功している理由がわかった…)
 丹羽はこっそり心の中で遠藤を尊敬してみたりする。
 優しげな顔立ちで微笑を浮かべながら言われた賛辞の言葉を、不快と受け取る女性は少ないだろう。
 そしてそれは女性の自信に繋がり、そこから自分の目当ての人物へのアタックが開始される。
 和希の目論見通り、まとまって話をしていたのはそこまでで、釣った女性達は各々目的の人物への質問を開始した。
 そして、宴もたけなわ。
 仕事の後に遊んでいるお姉様達にはまだ宵の口だが、日頃かなり健康的な生活を送っている啓太にとっては深夜を指す時刻にならんとして来た頃、啓太は眠気に襲われてうたた寝を始めた。
 それを合図に、遠藤は中嶋に耳打ちをする。
「…ココまですれば、お役御免ですよね?」
「…ああ、コレでダメなら丹羽も諦めるだろう。ご苦労だったな」
「じゃあ、後は頼みますよ…コレ、一応合鍵」
 中嶋に別荘の鍵を渡して、遠藤は席を立った。
「いやー、伊藤君寝ちゃってるv」
「可愛いーvv」
 喜声をあげる女性陣の間に入り、遠藤は寝てしまった啓太の体を抱き上げた。すると、遠藤と啓太に張り付いていた二人が意味ありげな視線を仲間に送り、わざとらしくも全部荷物を持って「トイレ」に立つ。
「じゃあスミマセンが、先にこいつを寝かしてきますね」
 いかにもな台詞とともに、遠藤は部屋を出て行った。
 一気に半分になった人数は、そこはかとなく静けさを呼ぶ。
「ね、ねえ、なんか歌う?」
 残った女性陣の一人が、場を盛り上げようとマイクをとった。
「中嶋君、なんか歌わない?」
「いや、俺は結構」
 元々愛想を振りまく事など念頭にない中嶋は、淡々とグラスを空ける事に終始している。
「丹羽君、声いいよね〜。なんか歌わない?」
 きっと彼女は、仲間内でもこういう役割なのだろう。笑顔で場の雰囲気を取り繕おうと必死である。
 何と言っても、残った二人の容姿は抜群。遠藤には多少口で劣るが、丹羽も中嶋も容姿では遠藤を遥かに凌駕しており、連れて歩いて自慢になる『男』である。ココで落とさなくてどこで落とすっ!との気迫は十分だ。
「俺?」
 目の前の美人に気後れしつつも現状を望んでいた丹羽は、意気揚々と差し出されたマイクを手に取る。
 マイクを受け取ってもらえた女性は、心底嬉しそうに丹羽に寄り添った。
 だがそれが、丹羽に対しての好印象の終である事を彼女は知らない。
「じゃあ…」
「何歌うの?洋楽?邦楽?●ルノ・グラフティとか河●隆一とか?」
 コードの本をその細い足の上に開いて丹羽の言葉を待っていると…
「美空ひ●りの『川の●れの様に』」
「……」
「……」
 場の空気は暖房が効いているにもかかわらず、スキー場に相応しい寒さになった。
「テツ、そっちよりいつも風呂で歌っている『お祭り●ンボ』の方がいいんじゃないか?」
「おっ、そうかな」
 丹羽の口から出た歌手にも驚いたが、中嶋の口から出た『いつも風呂で』の台詞は、彼女達に更なるダメージを与える。
 目の前のイケメンは、いつも風呂で美空ひば●を歌っているのである。
 ドコゾの親父が人の迷惑も顧みずにやっている事を、このイケメンはやっているのである。
 万が一ココで自分と出来上がってしまったら、このイケメンは自慢する為に会わせる自分の友達の前で、『美●ひばり』を…。
 丹羽の友達である中嶋も、もしかしたら『●空ひばり』を…
 彼女達の戦意は、急速に萎んでいった。
「…あ〜っと、ゴメーン。もうホテルの門限ギリギリだ〜」
「あっ、ホントだ〜」
 わざとらしく時計を確認して、あたふたと荷物をまとめ始める。
「じゃあ楽しかった、ありがとーっ!」
「じゃあね〜っ!」
 嵐の様に、彼女達は部屋から出て行った。
 残されたのは、場所が変わってもいつもの二人。
「…なんでだ?」
 ぼそりと呟かれた丹羽の言葉に、中嶋は肩を震わせる。
「お前…くっ」
「あ?なんだよヒデ」
 ひとしきり笑って、中嶋は声を落ち着ける為に残りのグラスを煽った。
「…ここまで来ると、俺にはお前が女に飢えているとは思えないんだが」
「飢えてるんだよっ」
 原因は解らずとも、己の失策は理解している丹羽は憮然と答える。
「いや、飢えてないだろう。本当に飢えている男の行動はもっと違うと思う。…まあ、体も心も満足させてやっている自信はあるがな」
「…お前から受ける好意とこれは別物だって前にも言ったよな」
「ああ、聞いたな」
 中嶋の普段通りの淡々とした口調で話を流され、丹羽は苛つきを抑えられなかった。
 …俗に言う『墓穴』を自ら掘ってしまったのである。
「お前、もしかして邪魔してたか?」
「…邪魔?」
 中嶋の秀麗な眉がぴくりと上がる。
「啓太と遠藤はちゃんと俺を持ち上げてくれていたのに、一番俺の気持ちがわかってるお前は一人で淡々と酒飲んでるだけだったしな〜」
 この時点で『俺の気持ちを一番解っている』中嶋の気持ちを、また自分が一番解っているという事は丹羽の頭から完全に抜け落ちている。
 その事実に、中嶋の眉が更に角度を上げた。
「そいつは悪かったな。俺は頭の軽い女と話すのは苦手なんだ。だが…」
 一旦言葉を切り、彼女達の抜けた御陰で空いた丹羽と自分との距離を詰める為に、中嶋は丹羽の隣に移動した。
「お前の言葉にも一理あるな」
 この言葉に驚いたのは丹羽である。普段から、こういった会話を素直に受け入れる中嶋ではない事は、それこそ丹羽が一番知っている。
「何を驚いている?今までお前の事を持ち上げてこなかったのは確かだ。お前がそれを望んでいるとは思っていなかったがな」
「…思ってなかったのか?」
 あれだけ協力を求めて来たというのに、聡い中嶋がそれを考えていなかったとは丹羽は思っていなかった。
「ああ、思ってもみなかったな。お前は行為自体、流されてしているだけだと思っていたからな」
 予想外の言葉で返された問いに、丹羽は場の空気が自分の望む形と変わって来た事を悟る。
 ここに来て、やっと丹羽にも勉学以外の学習能力が芽生え始めている様だ。
「…あ?何の行為だ?つか、何の話をしてるんだ?」
 だが、所詮は芽生え始め。
 空気が変わった事に気が付いても、その後の中嶋の行動を阻止出来る程の機転は備わる筈も無い。
「何の話か、だと?自分で振っておいて何を言っている」
(…多分、俺が振った話じゃないところだよな)
 (作者の愛する)丹羽の為にもここではっきりと記述をする。
 丹羽は決して頭が悪い訳でも、状況把握能力が欠落している訳でもない。世の中の平均からすれば、その頭脳は一介の高校生の域では無いのだ。だが、上には上がいるものであり、丹羽の言う『暗く、少し臭いそうな男の園』はそう言った優秀なものの集う場所な訳で…。故に、目の前にいる丹羽の親友…を少しばかり超越した関係にある中嶋は、こういった『口』を使う策略に置いて、丹羽を遥かに超越した技能の持ち主なのであった。
 沈黙を続ける丹羽に、中嶋は口元のみの笑顔で丹羽のセーターに手をかける。
「…あの、ヒデアキさん」
 その中嶋の手が何を意図するものなのかは、男の証を本来の目的で使用した事の無い丹羽にも既に理解出来る事象となっている。
 それは、(丹羽が望んでいるかは置いておいて)中嶋の教育の賜物である。
「なんだ?テツヤさん」
 いつもの通り淡々と言葉を返しつつ手早く丹羽の体を覆う洋服を取り除こうとする中嶋に、丹羽は一喝する。
「なんだじゃねえ!こんな場所で何考えてんだ!!!」
 カラオケボックスとは一見閉鎖空間に見えて、その実かなりオープンな作りだったりする。その辺は日頃からカラオケボックスを愛用している丹羽のほうが詳しかった。
 だが、そこが解放空間だろうが閉鎖空間だろうが中嶋にはたいした問題ではない事を、丹羽はいまだに理解していない。
「ほお。『こんな場所』が嫌なのか」
 何時もは行為そのものに文句を言う丹羽が場所に限定した文句を言った事に、中嶋は少なからず驚いた。
「まあっ、場所だけじゃねえけどっ…俺は人に自分が敷かれているのをみられる趣味はねえっ!」
「そうか。さっきからお前が言っている事は解った」
 またもやさらりと中嶋は自分の非を認める発言をする。
(こいつ…なんかヘンなモンでも食ったんじゃねえか?)
 丹羽の心配を他所に、中嶋は一旦丹羽の洋服から手を離すと丹羽の襟首を掴んで自分の上に引き倒した。
「おわっ!?」
 突然の、想像していた方向とは違う重力に、丹羽は慌てふためいた。
「お望み通り、お前が上でしてやるよ」
「…上?」
 それは…
「お前がケツ貸すってことか?」
「誰がそんな事を言った」
「あ?」
「今日はお前の望み通り持ち上げてやるさ。それも頂上までな」
 中嶋の言葉を丹羽が理解するまでにかかった時間は3分。
「お前…それってさ〜」
 『オヤジ』という中嶋の見た目からは相当不適当な言葉が丹羽の頭の中を駆け巡る。
 だが、素でいつも『美空●ばり』を歌う人間が誰かにその発言をする権利があるとも思えないのだが…。
「なあ、ヒデ。俺はお前とこういう事をするのは最近嫌じゃねえ。だけどよ。人前でこんな事する趣味はネエンだよ」
「それは嬉しい事を言ってくれるな。だが、俺には場所は関係ない」
「だっからさ〜。女に逃げられた鬱憤は、健康的にナイターにでも出て体動かして発散しようぜ?ここは本来運動する為にある施設なんだからさ…」
 昼間啓太に力説した事は、丹羽にとっては自身の身の危険の前には覆す事も難しい事ではない様だ。
「その運動の種類が多少違っていても、誰も何も思わないさ」
「いや、思うだろう」
 流石にこの中嶋の言葉には、即突っ込みを入れる。
「なら、隣の部屋をのぞいて来てみろ。俺たちと同じ光景が繰り広げられているさ」
「…あ?」
(隣の部屋?)
 防音効果のある部屋の隣の様子など、普通なら耳をすましても中々探れるものではない。
 中嶋の言葉通り丹羽は部屋を出ると、通りすがりを装ってそっと中を伺った。
 すると中には見知った二人の影。
「!?!?」
 先程帰った筈の二人が、仲睦まじくいちゃついていたのである。
 それも啓太が遠藤の膝の上に乗って(膝と言うか腹というか…)、何故か小刻みに揺れている。
「わかったか?」
 いつの間にか背後に立っていた中嶋に、肩を叩かれつつ確認をとられる。
「わっ…わかったっていうか…」
「ちなみに、さっきから部屋の中にいても何をしているのか解る状況になって来てるぞ」
「なっ!!!」
 思わず大声を出しそうになった丹羽は、自らの口を塞いであわてて部屋に飛び込んだ。
 そこに流れて来た…明らかに歌とは違う声。
『あ…ああんっ…ダメェ』
『…じゃ、聞こえ…よ』
『ってぇ…ひゃあああん…いっちゃう…いっちゃうよお』
『…が……だ?』
『い……ああああんっ!すごいのぉっ!!奥まで来るのぉっ!上っいいよぉっ!!』
 それは、AV顔負けの聞き覚えのある声の喘ぎ。
 その声は、丹羽に何をどうしていいのか判断出来る思考能力を根底から奪い去った。
「な?わかったか?」
 面白そうに、中嶋は丹羽に同意を求める。
「我らが愛すべき学び舎の理事長様自ら、こうしてお前に説いて下さっているんだ。問題ないだろ?」
「いや…あの…その………」




 リフト・アップ(スキー場なので)




 ここまで来ると、なんだか自分は一生童貞な気がして来た丹羽だった…。

 

 

NEXT→さよならチェリーボーイ

 


TITL TOP