愛しのチェリーボーイ

さよならチェリーボーイ

2007.7.18UP




 手紙の文頭が春の挨拶に変わった頃、全寮制のこの学園に別れの季節がやって来た。
 3年生の丹羽哲也と中嶋英明は、3年間慣れ親しんだこの学園から、本日、卒業と言う巣立ちの時を迎えている。
「いつまでもメソメソ泣くなよ」
「だって…」
 閉鎖された全寮制の学園の生徒の中心たる学生会室でも、世間と同じ様な光景が繰り広げられている。
 去り行く人を惜しみ、真珠の涙をこぼす。
 だが。
「野郎に泣かれても、どう対処していいか解んねえだろうが」
 去り行く人を惜しんで泣いているのは、涙の似合う『乙女』ではない。
 大きな瞳からぽろぽろと真珠の涙を流しているのは、輝かしいBL学園の男子生徒、一年生伊藤啓太で。
「ほら啓太、会おうと思えばいつだって会えるんだから」
 その啓太の涙を優しく拭っているのは、やはり同じ一年に在籍しているエセ学生遠藤和希(仮名)で。
「和希はっ…寂しくないのかよっ」
「あ…まあ…」
 泣きはらした目でキッと睨みつけても、迫力のかけらも見出せない。
 それよりも何よりも、遠藤が言い淀んだ理由は…
「寂しいも何も、寮と系列が変わるだけだろうが。下手をすれば毎日顔を突き合わせる事になるじゃないか」
 そう。
 全寮制男子高校ベルリバティスクールには、大学部も付いている(マイ設定)。ただ、こちらは普通の私立大学だというだけの違いだ。そしてその立地は、高等部と同じ敷地内だったりする。
 しかもこの二人。学園と実家が遠い為、更に同じ敷地内に建設されている寮に入る事が決まっているのだ。
 そしてこの寮は、高等部の寮の隣に建っている。
「テツ、そろそろ時間だ」
「おう。啓太も行くぞ。お前も卒業式進行だろ?」
 丹羽の言葉に、散々泣いていた啓太は遠藤が自分の頬に当てていたハンカチをひったくる様に奪い、びーっと思いっきり鼻をかんで顔を上げる。
「はい。ちゃんと王様達の思い出に残る様な立派な式にしますね」
 胸に卒業生の証である花をつけて、二人は高校生活の半分を過ごした学生会室に背を向けた。


 厳かに、そして時々賑やかに式は進行し、在校生送辞を現会計部部長である西園寺が読み上げ、卒業生答辞を前生徒会長である丹羽が読み上げると、別れはいよいよ目の前に迫った。
 会場となっていた講堂から、ぞろぞろと出てくる卒業生達に、在校生が各々が関わりの深かった先輩に群がる。
 その中でも、生徒会の主人達であった丹羽と中嶋には、ことさらに多くの在校生が、二人のまわりに集まった。
 別れを惜しむ者。
 自分達とは別の世界に羽ばたく事を祝うもの。
 二人は花と祝いの品に埋め尽くされた。
 その中には、二人と深く関わりのあった在校生、啓太の姿もあった。
「コレ、俺が懸賞で当てた○○ホテルのスウィートの宿泊券です。よかったら卒業のお祝いとして受け取って下さい」
 再び大粒の涙をこぼしながら、高校生が先輩に『卒業記念』として送る品にしては、素っ頓狂な物を渡しつつ、更に再び和希の胸に抱かれた。


 食堂での追い出しパーティーも終わり、明日には旅立つ夜の寮の自室のベランダで、これ又最後になる親友…とは少し逸脱した二人は、のんびりと会話を楽しんでいた。
「あ〜あ。とうとう高校で童貞捨てられなかったな〜」
 丹羽の悲願であった『脱・童貞』は、ありとあらゆる経緯によって、別な物に変えられてしまっている。だが、根本である『恋人を作る』という大願は概ね成就されている訳で、複雑な思いひとしおであった。
 そのとき、ふと中嶋の口から思いもかけない一言が飛び出した。
「…いや、諦める事も無いぞ。」
「あ?」
「俺がその下らない夢を達成させてやる。丁度啓太から良い物ももらったしな」
「マジかよっ!!」
 丹羽は嬉々として身を乗り出して、中嶋に問いかけた。
「ああ。それじゃあお前は先にここに行って待っててくれ」
 中嶋から手渡された(厳密には啓太から渡された)封筒を胸に、丹羽は明日を思うのであった。




 啓太から渡された○○ホテルのスウィートは、世間でも名の知れたホテルの特別室だけあり、その内装は見事な物であった。
「おーっ!コレなら中嶋が連れてくる女ってのも満足するかもな」
 胸をドキドキさせながら、一夜の女になるかもしれないその女を、身だしなみのチェックをしつつ、丹羽は待ちかねていた。
 ホテルのチャイムが鳴り、エントランスの部分だけ絨毯の退かれていない大理石に靴音が響く。
 そして、待望の扉が開くと……
 現れたのは中嶋一人だった。
「おい。連れは?」
「誰が女を連れてくると言った」
「だってよぉ…」
 中嶋は、確かに丹羽の夢を実現させてくれると断言していた。
「俺も初めてなんでな。少々広げるのに時間がかかった」
「あ?」
「お前の夢は『脱・童貞』なんだろ?それなら女でなくても問題はあるまい」
「……あぁ?」
 シュルリとネクタイを引き抜きながら、中嶋はいつもの笑みで丹羽に近付いて行く。
「ちょとまて、ヒデ。俺、お前の言っている意味がちょっとわからな…」
 丹羽が全ての言葉を言い終える前に、中嶋はキングサイズのベッドに丹羽を押し倒した。
「『童貞』を捨てたいんだろ?協力してやる」
「いや、だから女いねえじゃん」
「女に突っ込むか男に突っ込むかなんて、たいした問題じゃないだろう」
「大した問題だとおもうぞ。俺は!」
「大雑把の名を欲しいままにしたお前が、いちいち細かいぞ」
「細かくないっ…わっわっわ!」




 祝★脱童貞!




 丹羽の宿願は叶った。
 只これが、丹羽の思っていた通りの叶い方だったかは本人のみぞ知る…

 

 

END

 


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