穏やかな夜を過ごして、指定の時間に合わせるように、二人でシャトルに乗り込んだ。
個室の静かな空間に、ゆったりと二人で寄り添う。
宇宙に上がってしまえばもうこんな時間も取れなくなるだろう。
戦況は過酷の一途を辿っている。
それでも、もう直ぐ。
多分世界は一つになる。
スメラギはそう予測を出した。
ガンダムという共通の目的を持ち、世界の軍事運動が統合されつつある現状を、スメラギは見出したのだ。
マイスターたちに「もう少し頑張って」と声をかけて、その後の休みを話し合わせる。
合同軍事演習の後は、おそらく合同攻撃だろう。
その凄まじさは、想像しがたいものがある。
それでもやるのだ。
世界が統一されるのは、第一段階目の変革に過ぎない。
統一された世界の安定は、相変わらず見守らなければならないだろう。
それでも今のように、大規模に武力介入をすることは少なくなる。
もう少し、人並みの生活が送れるようになる。
それを希望に、クルーは一丸となった。
ロックオンと刹那が合流し、クルーが母艦に終結する。
ブリーフィングルームで行動を観察したトリニティに対して、どう出るか。
その相談の最中、他の問題が勃発する。
再び攻撃が始まったのだ。
トレミーの場所はトレースされていて、逃げることも敵わなかった。
そして出撃したマイスターを待ち構えていたのは、トリニティと同じ擬似太陽路を積んだMSの編隊。
今までとは比べ物にならない性能に、誰もが苦戦を強いられ、更には。
「ヴェーダからのバックアップが切れました!」
オペレーターのクリスティナが叫ぶ。
すなわちガンダムが動かなくなるという事。
だがそれには対処済みだった。
ティエリアからの報告で、ティエリアの操るはずのトライアルシステムが強制解除を受けた事によって、何者かのハッキング、または行動の根幹のヴェーダを奪われる事をスメラギは予測していた。
クリスティナとフェルトが不眠不休で行ったシステム構築で、その問題は回避できると思い込んでいた面々に、思わぬアクシデントが起こる。
ティエリアの機体が、新システムを受け付けなかったのだ。
繰り返される攻撃と、制御不能のティエリアの機体に、当然のように襲い掛かる擬似太陽炉型MS。
ブリッジは一瞬全員が目を瞑った。
誰もがティエリアを救えなかったのだと思った。
だが更なる予測不能な事態に陥る。
戦場で戦うマイスターが慌てた時、一番近くの宙域で戦闘を行ってたロックオンは飛び込んだ。
もう誰も傷つけたくない。
瞬時にそう思った。
「デュナメス大破!」
ブリッジにフェルトの悲痛な声が響く。
通信からその情報を得た刹那は、目の前が真っ赤に染まる。
「うわあぁあ!」
いち早く駆けつけたい思いの一心で、目の前の新型を次々と叩き切った。
刹那の攻撃で、大破の機体が増えた陣営は、引き上げの合図を出す。
離れていく新型のMSを追う事無く、刹那は機体を加速して、夫の下へと飛んだ。
収容されたデュナメスのコクピットハッチを開ければ、焼け焦げた匂いと、無重力に球になって浮かぶ血液が充満していて、決して状態がよくないことを知らせる。
急いで医務室に運ばれたが、医者のモレノが下した診断は、ロックオンのマイスター生命の危機だった。
「右目が完全に潰れている。再生治療で治らなくも無いが、完全な治療の保証は出来ない。命があっただけめっけもんだ」
下された診断結果に、スメラギは問う。
「再生治療はどのくらい?」
「最低三週間ってところだな」
状況的に苦しくとも、ロックオンを失う事は出来ないと判断したスメラギは、直ぐにモレノに要請する。
「直ぐに手配を」
無菌室のベッドで最低限の治療を受けながらその話を聞いて、ロックオンは思う。
ああ、自分は終わったんだ、と。
それでも悔いはない。
ずっと命を奪い続けてきた自分が、一人でも救えたのなら。
そう思えた。
今までに無い自分の考えに、刹那を思う。
むちゃくちゃなこの思考は、あの女に植え付けられたものだと。
小さく笑って、それでも状況を判断すれば、ロックオンが言う事など一つしかなかった。
『俺、出るぜ』
スピーカー越しに無菌室の外の二人に伝えれば、スメラギとモレノは弾かれるようにガラスの中のロックオンに振り返る。
「無茶よ! 聞いたでしょ! 生きてただけラッキーたっだのよ!」
『右目はダメだが、まだ見えてる。それに俺が寝てたら気にするやつもいるだろ』
砲撃くらいは出来ると肩をすくめて、何時もの軽薄さを装った。
『新型が出てきた今、悠長に治療なんかしてたら、寝てるうちに俺まで死んじまう。俺は再生ポットの中でなんか死にたくないね』
どちらを選ぶかとスメラギに視線で問いかければ、スメラギは悲しそうな目でロックオンを見返した。
そして、最終決断を委ねる。
「……刹那と、決めて頂戴」
彼女なら止めてくれるかもしれない。
一縷の望みをかけて、そう願ってロックオンを二人の部屋に返す準備をモレノに頼んだ。
準備が整ったと刹那に連絡が入ったのは、帰還してから4時間も経った頃だった。
慌てて男の洋服を手にして部屋を出る。
医務室で寝ていると思っていた男は、既に起き上がっていて、妻に向かって『よ、ありがとさん』と、何時ものように挨拶を投げた。
刹那の迎えで無菌室から出て、持ってきてもらった着替えに袖を通す。
右目以外の怪我は、右肩の脱臼と、数箇所の火傷。それと全身打撲という、衝撃によるものだけだった。
背後で俯く刹那に、ロックオンはわざとらしくオーバーアクションでおどけて言う。
「いやぁ、ヒヤッとしたぜ。右目やられてるって気がついたとき、真っ先に頭に手当てちまった。この年で禿げたら泣き崩れるぜ」
眼帯のかかる右側頭部の健在だった頭髪に指を絡ませて、「お前もはげ男は嫌だろ?」と笑う。
馬鹿な言葉に、刹那は頬を膨らませた。
それでも生きていてよかったと、心の底から安堵する。
着替え終わった男に、背後から縋りついた。
「……はげててもいい。お前が生きていてくれれば、何でもいい」
縋った体は、何時もの香りはせずに、消毒薬の香りに満たされていた。
それでも温かい体に、スピーカー越しに聞いた「大破」という言葉で凍りついた心が溶ける。
覚悟はしていたつもりだった。
それでも後方射撃が主な男より、自分の方が死ぬ確率が高いと思っていた。
故に、置いていかれる事を現実問題としてとらえる事が出来なかった。
怖かったのだ。
心から。
口が苦手な刹那は、すがり付いて男に伝える。
そんな刹那に、男は砕けた口調を捨てて、謝罪する。
「……悪かった。咄嗟に体が動いちまった」
危険を冒したことを謝れば、刹那は首を振る。
「いや、俺がお前の場所にいたら、きっと同じ事をした。だから謝る必要は無い」
射撃をメインで設計されている装甲の厚いデュナメスだったから、きっとこの程度で済んだのだろうと刹那もわかる。
エクシアで同じ事をしていれば、装甲の厚さを考えれば、おそらく大破ではすまなかっただろう。
「ま、そうだよな。俺の今回のヤツは、お前の無鉄砲さがうつった所為だよな」
「……開き直りすぎるな」
縋ったまま、ぱちんと背中を叩けば、小さく「いて」と言葉が返る。
体の中から響く変わらない声に、やっと小さく笑えた。
何時ものジャケットを手渡して、多分探すであろう人物の情報を伝える。
「ティエリアなら、展望室だ」
「……なんで?」
何の脈絡も無い刹那の言葉に、ロックオンは驚く。
どうしてわかったのだろう。
そう首を傾げれば、刹那は平然と「何時もの事だ」と呟いて、ロックオンを置いて医務室を出てしまった。
その背中を視線で追いかけながら、宇宙に上がる前のショップの店員の言葉を思い出す。
自然な夫婦。
そう見えたと言われた意味を、悟ってしまった。
「あうんの呼吸ってやつかねぇ」
刹那と行動をともして、もう3年以上経つ。
更に深い付き合いをしてからでも1年以上経っていた。
時は早いな、などと年寄りくさい事を考えながら、貰った情報に甘えて、真っ直ぐ展望室に向かった。
展望室に入れば、ティエリアが今までに無い様子で外を眺めていた。
「くよくよすんなよ」
声をかければ、あからさまに震える肩。
完ぺき主義のこの男が、落ち込んでいる事など想像に安かった。
ドアのところから声をかけて、反応した肩に誘われて室内に踏み入れる。
足音を止めるように、ティエリアは口を開いた。
「僕の所為だ。僕がヴェーダのシステムに固執したばかりに……」
一人称まで変わっていて、このショックは相当だな、と、肩をすくめる。
「失敗なんて、誰にでもあることだろ。人間なら当然だ。咄嗟の選択なんて、傍で考えるほど簡単じゃねぇって、皆わかってる。当然俺もな」
「だがそれで貴方は怪我をした!」
「死んじゃいねぇよ。もんだいねぇ」
「刹那も怖がらせた」
「俺に比べればたいしたこと無い。強姦したんだぜ? 俺なんて。それにお前さんのおかげで、俺たちは前より確かに繋がれた。お前さんがそんなに気にするなら、まあお礼としては粗末だが、今回のはそういう事にしないか?」
効き目に眼帯をしながら笑う男に、ティエリアはなんとなく刹那の気持ちを理解した。
ずっと、仲間としては、マイスターとしては優秀な彼を認めていた。
だが人間的に見て魅力を感じたかと問われれば、わからなかった。
合流した当時、誰にも心を開かなかった刹那が、人と触れ合えるようになった理由。
この男のこういう優しさが、彼女の心を溶かしたのだと、そう理解できた。
「人間……なんて、僕は……」
失敗が当たり前だといった言葉に、彼らの絆を見た後の今、自分も言わなければと衝動的に口を開いてしまう。
だがそれを、ロックオンは止めた。
「人間だ。お前さんは人間だよ。怒って、ないて、そうやって落ち込んで。普通に人間だろ」
言葉を止めた意味に、ティエリアは目を見開く。
当然誰にも伝えていない。
秘匿事項を一介のマイスターである彼が、調べられるはずも無い。
なのに……と、呆然とすれば、ロックオンは笑った。
「ま、一応年長者だからな。なんとなくわかるさ。詳しい事なんて知りたいとは思わないが、お前さんがそれで落ち込む事は無いって言いたいだけだよ」
簡潔に言葉を並べて、頬に涙の軌跡が耐えないティエリアに、ポケットに入っていたハンカチを渡す。
受け取る事に戸惑ったティエリアに、ハッと気がついてロックオンは忠告を入れた。
「俺が持ってたからって汚くねぇぞ! ちゃんと毎日刹那が洗濯して変えてくれてるからな!」
潔癖症のきらいのあるティエリアに慌てて言えば、初めてティエリアが可笑しそうに笑った。
その顔は創られた者とは思えない、人間臭い綺麗な顔で、思わずロックオンは見とれてしまう。
受け取ったハンカチで涙を拭ったティエリアは、己の顔を見続けるロックオンを伺った。
「……なにか?」
「あ……ああ、いや……」
素直に言葉にすれば、誤解を招く。
以前アレルヤにふざけて求婚したのを、本気にとらえた刹那を思って、頬を染めつつも口を閉じる。
不振なロックオンの行動に、暫くティエリアは考えて、ふっと笑った。
「……刹那には秘密にしておきますよ」
「……頼むわ」
見抜かれて、思わず頭をかいてしまう。
ふざけた求婚を本気で取る女だ。もし万が一見惚れたなどと知られたら……想像するだけで身の毛がよだつ。
どんなに美しくても、ティエリアも男なのだ。
同じ一物がついている相手は勘弁願いたい。
使い終わったハンカチを握るティエリアに手を差し出せば、普段どおりに顔を顰められた。
「使ったハンカチをそのまま返せるわけがないでしょう。洗ってお返しします」
「別にいいのに」
「貴方はよくても、整えるのは刹那だ。僕の世話までさせるつもりはありませんよ」
暗に手がかかる男はあなただけで十分だと言ういつもの調子を取り戻したティエリアに、ロックオンは笑って展望室を後にした。
少し話しただけなのに、体に痛みが走り始める。
移動バーを握る手に力が入ってしまい、手袋の中の手が冷や汗をかいているのを感じる。
(思ったよりもやべぇかも)
医務室で施された痛み止めが強力なものだとは気がついていた。
傷を塞ぐための右目の擁護材は、確実に肌に縫い付けられている。
普通に考えて、かなりの出血だったのだろう。
なんと言っても眼球が潰れているのだ。
それでも繋がる神経が全て死ぬなんて事はありえない話で、つまりは眼球を再生させるか、眼球周辺の神経が全て死ぬまで、痛みが続くという事に他ならない。
痛み止めを飲んでの出撃はなるべく避けたいと思い、とりあえず部屋で寝ようと居住区に急ぐ。
薬は判断を鈍らせる。
そんなことは常識的にわかっている。
精密射撃が出来ないにしても、代わりに大量の照準を合わせるために、指先の感覚だけは保持しなければならなかった。
額に汗をかきながら、誰にも見つからない事を祈りつつ廊下を進めば、居住区の入り口に小さな影が見える。
見つかるか、と、天井を仰いだが、影が近づいてきて手を伸ばしてきた。
なれた香りに、人物を知る。
「……刹那」
「早く休め。ベッドは整っている」
何時もどおり簡潔な言葉を紡いで、微重力を利用して大男の体を支える。
当たり前の顔で部屋に運ぶ幼い妻に、思わず笑ってしまった。
体に伝わる振動に、刹那が首を傾げる。
「……何が可笑しい」
「いやぁ、お前に隠し事は出来ないなって思ってさ」
「当たり前だ。俺はお前の妻だ。侮るな」
「おー怖。悪い事しないように気を引き締めよう……ッ」
もっとくだらない会話を楽しみたいと口を開けば、息を吐くだけで体に痛みが走る。
痛みに体を丸めたロックオンに、刹那はため息をついた。
「もう黙っていろ」
刹那の言葉に、もうロックオンは返事をすることも出来なかった。
住居区画には他の場所よりも強く重力が働くように設定されているのだが、予め刹那が準備したのか、刹那がロックオンを運ぶのに苦の無い微重力になっていた。
すんなりとベッドに下ろしてもらい、刹那は医務室から貰ってきたのだろう、免許が無くとも皮下に打ち込めるタイプの痛み止めの筒を手にして、ロックオンの首筋に押し当てる。
プシュッと勢いよく射出される音を聞いて、ロックオンはため息をつく。
即効性の痛み止めは、打たれた場所から徐々に範囲を広げて、ロックオンの苦しみを取り除いてくれた。
その後刹那は直ぐにブリッジに連絡を入れ、住居区画の重力設定を戻してもらう。
そうすれば、難なくロックオンはシーツに包まれた。
「……至れり尽くせり」
「無駄口を叩くな。また痛みが出るぞ」
「大丈夫だよ。お前がいてくれるから」
作った甘い笑顔を向ければ、刹那は顔を顰めて洗面所へと姿を消してしまう。
大抵の女は喜ぶ甘い笑顔と甘い言葉は、失敗に終わった。
まあ、刹那相手に成功したことは無いのだが。
ココまで自分の経験を無駄にされると、いっそ潔い。
疲れた体を誤魔化さずに、思いっきりため息をついた。
そのタイミングで、刹那が再び姿を見せる。
手には濡らしたタオルが握られていた。
「痛みは脂汗をかくからな。それでなくとも今回は戦闘後に風呂に入れていないんだ。体を拭く」
「……俺、臭い?」
「そうならないように、予防だ。フェルトに嫌われたくないだろう」
艦内最年少の少女は、刹那と同じように表情を出す事が苦手で、それでも刹那よりも女の子らしい思考を持っていて、ロックオンに昔無くした妹を思い出させる。
そう思えると、必要以上に構い倒していた。
刹那も自分よりも唯一年下のフェルトが気になるらしく、二人はなんだかんだと仲がいい。
そして刹那がこうして用意してくれるという事は、この後フェルトが見舞いにでも来てくれるのだろう。
優しい子供たちに、ロックオンは笑みを浮かべる。
こんな生死の狭間で出会えた人たちの、なんと素晴らしい事か。
感動を覚えながら、体の世話を刹那に任せる。
刹那が整えて来てくれた纏った服は、何時ものTシャツではなく、背中にファスナーのついているタイプで、着るのはいつも通りの手軽さだったが、刹那は脱がせる事も考えてくれたのだとわかる。
ロックオンの体に跨って、大きな体の男に小さな手を必死に伸ばしてくれる。
的確なのだが、どうも動きが小動物を思わせる。
目の前にひょこひょこ動く短い黒髪や、見えない体の下を探る時の、彷徨う視線など。
あまりの愛らしさについ悪戯心が出てしまい、目の前の刹那の顔に唇を突き出した。
「……なんだ」
「キスして」
「寝言は寝て言え」
「ひでぇな。いいだろ、キスくらい。夫婦なんだから」
強請り続けるロックオンに、刹那は一つため息をついて、軽く唇を重ねる。
だが、直に離そうとした刹那の意図はロックオンに読まれていて、唇を重ねた瞬間に体を拘束された。
「ん……!」
いくら地上よりも重力は弱いといっても、普通に生活できる程度の重力なのだ。
48キロの刹那でも、おそらく30キロ程度の荷重をかけてしまっていると想像できる。
体の負担を考えて、慌てて刹那は体を離そうともがいた。
「……こら、暴れんなって。痛みが出たらどうすんだよ」
「なら、こんな事するなッ」
「そういうわけにはいかないでしょ。愛してるんだから」
「今の状況を……ッ」
言いかけで、いきなり刹那は顔を真っ赤にして止まる。
何事かと顔を伺えば、刹那の視線が揺らいでいた。
「……刹那?」
理由がわからずに問えば、刹那は恥ずかしそうに腰を浮かせる。
「お前……こんな時に何を興奮している」
「え?」
言われた事が理解できず、視線を下に向ければ、自分でも気が付かない内に下半身が盛り上がりを見せていた。
そんなに性的な興奮を覚えていたわけではない。
更に言えば、戦闘から帰還して、もう随分と時間が経っている。
戦闘直後は、独特の緊張と興奮で、男の体はそうなるように出来ている。
今の理由がわからずに、ロックオンは自分の体のことなのに首を傾げてしまった。
「あれー、いつの間に」
「いつの間にじゃ、ないッ」
「刹那の匂いに反応しちまったのかな」
「そんな事俺に聞くな!」
モゾモゾと動き続ける刹那が可愛くて、かわいそうなので手を離してあげなければと思う反面、ずっと見ていたくて手が離せない。
愛しさが加速する。
過去を知って、乗り越えて、更に今、自分の無事を心から喜んでくれる女に、愛しさを感じずにはいられない。
嬉しくて、笑ってしまう。
ニヤニヤ笑い続けるロックオンに、刹那は我慢限界とばかりに、手に持っていた濡れタオルを顔に投げつけた。
「ちょ! マジ痛いって! 目、今回目!」
ヒットした場所は頬だったが、顔に直接縫い付けられている擁護材が引きつり、小さな痛みを産んだ。
悲鳴を上げたロックオンに、刹那はハッと気がついて、慌ててタオルを取り上げる。
「すまなかった、つい……痛むか?」
「あー……いや、とりあえず無事」
大きな怪我だったと忘れさせるロックオンの明るい言葉に、つい流されたと謝る刹那に、ロックオンは「あ」と思いつく。
己の下半身が反応している理由を。
「そうか……成る程な」
一人で納得しているロックオンに、刹那は首を傾げた。
疑問を投げかける視線に、ロックオンは苦笑しつつも己が元気な理由を教える。
「俺の体、生命の危機を感じたんだよ、きっと。だから息子さんが元気なんだ」
「……どういうことだ?」
「んー、つまりは動物の本能。なんかで読んだんだけどさ、動物の雄って、命の危機を感じると、なんとしてでも自分の子孫を残そうとして勃起するんだと。だから自然界で死んでる動物の雄は、全部チンコ出てるんだとさ」
「……本当か?」
訝しげな刹那に、ロックオンは笑う。
「しらねぇよ。実物見たわけじゃねぇもん。でも俺が今元気なのって、そういうことかなってさ」
ばかだねぇ、俺の体。
そう続けて、続きの世話を刹那に託そうと口を閉じる。
ロックオンは、キスをもらえて満足だった。
宇宙に上がってもう4日経つが、刹那の記憶が薄れる事はないようで、一緒のベッドに入れば一瞬だけピクリと体が揺れる。
暫くは我慢しようと思っていたが、キスなどの触れ合いだけはどうしても我慢できずに求めていた。
それでも刹那からしてくれたのは、あの夜の自殺未遂間際が最後だった。
普段でも、しつこく強請らなければしてもらえない。
それが、怪我をしているからだとは思うが、少し強請っただけで簡単にキスをもらえたのだ。
満足しないわけがない。
女神からのキスをもらえて、後はもう体を治す事に専念しようと、口を閉じて世話を待つ。
だがいつまで経ってもロックオンの体に触れる手はない。
首をかしげて目を開けてみれば、真剣にロックオンの顔を覗き込んでいる刹那がいた。
「……なに?」
余りにも真剣な目に、ふざけた事も言えずに只問う。
刹那は答えなかった。
無視されるのは常としても、視線を合わせて答えない事は珍しい。
どうしたのだともう一度問おうとしたロックオンの唇は、珍しい事に塞がれた。
一日に二度も刹那からキスがもらえる日が来るなど、生きてみるものだ。
怪我の功名。
あまりの嬉しさに、色々頭の中で言葉を並べ立てて、そして更に反応しそうになる下半身を誤魔化す。
出来ない。
怖がらせたくない。
もう少し落ち着いたら、ないて許しを請うほど愛し合おう。
今は只、刹那からの愛を感じられればいい。
そう思っていたロックオンは、冷やりとする外気がふれる下半身に驚く。
絡めていた舌を解いて、痛みも気にする事が出来ずに飛び起きた。
「ちょ、刹那ぁ!?」
体を拭いてくれるとは言っていたが、流石に反応した下半身を任せられるほど羞恥心がないわけではない。
常の空気の中で晒される頑張っている息子は、見ているだけで虚しくなるほどの頑張り具合だった。
それが更にいたたまれない。
「や……あの、体拭いてくれるのはありがたいけど、ソコは流石にいいから」
「何故だ。俺はお前の妻だ。ココの世話も当然する」
「あーあの、ありがたい覚悟なんだけど、俺が流石に恥ずかしいんだわ」
前髪をかき上げて、混乱を落ち着けようと努力をする。
そして必死に頭の中で念じた。
静まれ! マイサン!
冗談交じりに唱えても、ロックオンのソコは期待して震え続ける。
心底困ったと、乾いた笑を零してしまう。
だがその誤魔化しの笑いも、刹那の行動に止まった。
真剣な顔でロックオンの勃起したペニスを見つめた後、刹那のとった行動。
それは、自分の服を脱ぐ事だった。
「せ……つな」
言葉もなく見守って、丁寧に全ての衣類を脱ぎ捨てる刹那を見つめる。
一緒にベッドを共にするだけで、震えていたのに。
なのに、多分、刹那の頭の中にあるのは。
ずっと刹那は献身的だ。
何もかもをロックオンに捧げる。
身も、心も、自分の風習も、命さえ。
どんなに恐怖を感じても、おそらくロックオンの説明に思ったのだろう。
この勃起が、ただの男の反応ではない事だと。
実際に命は無事だったが、それでも緊張が取れなければ、収まらないだろう事を。
それを収める術は、それこそ一つだ。
刹那はずっと、マイスターとして戦場を渡り歩きながらも、何かしらの勉強を続けていた。
その分野は多岐にわたり、機械工学から生物化学、語学に医学。
武力介入を始めてから、刹那の知能を確認する場所はなくなってしまったが、おそらく彼女は今のロックオンと同じ程度には知識がある。
理解力と記憶力が凄い事は、訓練時代に見せ付けられている。
それら全ての知識で考えて、最善の策を夫であるロックオンに捧げようとしてくれていると気がついて、ロックオンは顔をそらせた。
「……刹那、そんな事しなくていい」
まだ日が浅い今、これ以上彼女に辛い記憶を思い出させたくなかった。
それは自分がした行いに対しての、ロックオンの戒めでもある。
大切にすると誓った。
守れる男になるのだと願ったのだ。
「そんな事ではない。夫婦の営みだ」
「だってお前……」
怖いだろう。
そう言いかけたロックオンの唇を、再び刹那は柔らかく塞ぐ。
「何をためらう? 夫のお前が俺を欲してくれるなら、これほど嬉しい事はない」
「けど……」
言い淀むロックオンに、刹那は顔を伏せる。
そしてロックオンが思いもよらない言葉を口にした。
「……それとも、やはり俺ではダメだろうか」
あまりの言葉に、逸らせていた顔を跳ね上げる。
「そんな事あるはず無いだろ! 俺はお前じゃなきゃダメだって……ッ」
思わずあげてしまった大声が、まだ痛み止めが効ききらない場所に響いて、顔を顰めてしまう。
大きな声に一瞬身をすくませた刹那は、それでも途切れたロックオンの声に素早く顔を近づける。
「変な事を言って悪かった。興奮しないでくれ。傷に触る」
「興奮するなって……」
この状況で、と、裸体の刹那を眺める。
種類が違うだけで、どの道大興奮の状態だ。
やはり刹那はどこかおかしい。
状況分析と想像力がある割りに、人に対してはピントのずれた事しかしない。
男の前で、更には何度も寝ている間柄の男に、裸体でのしかかっておいて「興奮するな」はないだろう。
あまりの事に、痛みが治まれば笑ってしまう。
それでも不安を感じている刹那を、もう置き去りにすることはロックオンはしなかった。
「お前、ココ何日かセックスしなかったの、そういう意味だって思ってたのか?」
「…………」
頬を染めて俯いたのは、おそらく肯定なのだろう。
馬鹿だ。
心の底から思って、笑ってしまう。
笑うロックオンを、刹那は頬を膨らませて睨んだ。
「笑うな。お前が一緒にベッドに入って、あの日まで一日だってセックスをしなかった事などない」
「いや……そうだけどさ。俺もまだヤンチャだし。でもお前、怖がってただろう? だからしなかったんだけど」
震えていた体を指せば、刹那は再び顔を伏せる。
「……怖かった。もうお前にしてもらえないのかと、愛してもらえなくなったのかと、そう思って」
「……なんだ、そっちだったのか」
過去を知った自分たちが、これからも同じように愛し合えるのかとの不安の表れだったと聞いて、ロックオンは笑う。
やはり自分はタイミングが悪い。
そして刹那の事はいえないくらい、ピントがずれている。
時間を過ごして、お互いの考えがより感じられるように努力しなければと、そう思った。
「俺はお前が……俺が無理やりしたから、セックスが怖くなったのかと思ってたよ」
ロックオンの言葉に、今度は刹那が驚いて顔を上げる番だった。
二人の思いやりの行き違いに、思わず声を上げて笑ってしまう。
それでも今度は話し合えて、心を通わせられた。
もう、怖いものなどない。
ロックオンは刹那に請う。
「……させて、くれるか?」
「……抱いてくれ」
微笑みあって、刹那はロックオンに改めて被さった。
せっちゃんは何でもお見通し。特に兄貴のあほさ加減は!
体痛くなるだろうなと思いつつ、それでも男のやることに口を挟むなんてと、ヤマトナデシコです(笑)。
さらには下のお世話もいたします!
そしてティエリアに感謝も感じてたり。
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