再び乱暴に唇を塞がれて、同意ではない愛撫を受ける。
愛した男とも思えない、まるで別人のような愛撫に、ソランは首を振った。
逃げるソランの唇に苛立ったニールは、一旦唇を離して、ソランの手を拘束していない空いている方の手を遠慮なくソランの頬に叩きつける。
「逃げるんじゃねぇよ。約束だろ? 今更ナシはないだろ?」
冷淡に笑いながら、ソランの切れた唇に浮き上がる血を舐めとる。
「それに何時も生でしろって言ってるのはお前だろ。俺が求めたらダメって、ありえないよな?」
「だが……ッ」
「反論なんざきかねぇ。お前は今日、正真正銘俺の女になって、俺の子供を孕むんだよ。命差し出そうとしたくらいだ、そのくらい簡単だろ?」
確実に正気を失っている男に、ソランは叫ぶ。
「ロックオン!」
愛する呼びなれた名前を叫べば、再び怒号が返って来た。
「だからニールだって言ってるだろ! お前の夫は『ニール』なんだよ!」
叫ぶなり、準備も整っていないソランの胎内に、怒張した男を突き入れた。
「い…………!」
濡れていないソコが、これほど痛いものだとは思わなかった。
あまりの痛みに、ソランの瞳に涙が浮かぶ。
更には愛されていない状況のセックスに、心が悲鳴を上げた。
「やめろ! やだ、いやだぁ!!」
体の中心に楔を打ち込まれながらも、必死に逃れようとソランは足をばたつかせた。
そんな拒否に、ニールは舌打ちをして、暴れるソランの足を押さえつける。
「うるせぇよ! 抵抗すんじゃねぇ! お前のご要望どおり、種付けしてやるって言ってるんだ!」
「いやぁ! やめろぉお!」
叫ぶソランを無視して、ニールは律動を開始する。
初めは痛みを伴っていたが、それでも慣れた熱に、ソランの中は従順に反応して男を迎える。
「いや……や、やぁあ!」
「イヤなんて、よく言うぜッ、濡れて来てんじゃねぇかッ! ほら、何時もみたいに感じろよッ、ほら、ほらッ!」
嫌がるソランを拘束して、ひたすらに腰を打ち付ける。
お互いになれた場所で、普段の理性も無くしたニールは、心地いい胎内に恍惚とした声を上げる。
「あ、ソラン、すげぇ気持ちいい……もう、逃げられない、絶対、一生俺と、こうしてるんだッ」
「ひ、あ、あッ、いやッ」
「あー、今日はもたねぇわ。まあいいか、子作りだしな……ッ、出すぜッ」
「おねがいだ! やめて……、やめてくれ!」
「イク、イク、ソラン、そらん……!」
女の本当の名前を呼びながら、ニールは普段は自分から戒めていた膣内射精を、荒い息をつきながら思いっきり腰を叩きつけて果たした。
「ひぃ……!」
その熱に、ソランの体が硬直する。
ニールは更に奥に精子を送り込むように、何度もソランの子供の宮に自身を擦りつけた。
「あ……はぁ……きもちい……」
ソランの絶望と共に、ニールの恍惚とした気持ちが声になる。
二人っきりの逃れられない空間にソランが絶望しかけた時、その音は鳴り響いた。
部屋の扉に金属が当たる音。
更には夕方に島に響いた音が、直ぐ近くで鳴り響いた。
だが、その音の顔を向けたのは、ソランだけだった。
ニールは変わらずに、ソランに体を預けている。
そんな二人の前に、スライド式の自動ドアをこじ開けて入ってきたのは、二人を心配して行動を共にしてくれていたティエリアだった。
目の前の光景に、ティエリアは目を見開いて、慌ててニールを突き飛ばす。
男の手からソランを救い出して、その体を男から遠ざけるように腕に抱いて部屋のもう一つ設置されているベッドに移す。
「……アフターピルはあるな?」
冷静に問うティエリアに、ソランは虚ろな瞳で頷く。
だがティエリアの背後から、場違いな笑い声が響いた。
「あはは、なんだよティエリア、出刃亀かよ。俺たちのセックスでいいなら、いくらでも見せてやるぜ?」
下半身を晒したまま、殊更愉快そうに口を動かすニールに、ティエリアは眉を寄せる。
「許したんじゃ、なかったんですか」
夕方の様子を訴えれば、ニール……ロックオンは悪辣な笑みでティエリアに向かう。
「許す? 何を? 元々ソランの所為じゃない。コイツは何も悪くない」
「悪くないといいながら、強姦か?」
「強姦じゃねぇよ。夫婦の営みだ」
「愛していたんじゃ無かったのか?」
今までの関係を突きつければ、ロックオンは悪辣でさえ浮かべていた笑顔を消した。
「ああ、愛してるぜ。……殺したいくらいになッ」
射殺しそうなほどの鋭い視線のロックオンに、ティエリアは自分が持っていた銃を突きつけた。
鈍い銀色の鉄の塊に、ロックオンはじりっと後ずさる。
その態度を見ながら、ティエリアは冷徹に訴える。
「なら、殺してやるといい。そのほうが余程刹那の為だ。刹那もそれを望んでいただろう」
どの場所の簡易施設も壁は薄い。
以前とは別の場所の無人島であるこの場所に設置された簡易施設も、他の場所と変わらなかった。
故に、全ての遣り取りはティエリアの耳に届いていた。
不穏な空気を感じてティエリアは部屋に入ろうとしたが、刹那の覚悟が見えるように、二人の部屋は内側からロックがかかっていて、入るのに手間取ってしまったのだ。
最終的にロックを破壊して入ってきたが、少し遅かったと舌打ちをしたのだ。
ティエリアの提案に、ロックオンは顔を俯かせる。
そして今まで人の前で晒した事が無い、地の雰囲気で口を開いた。
「……お前さん、子供だな。失う事の怖さがわかってねぇ」
地を這うような低い声で、小馬鹿にした様な小さな笑まで含ませる。
地獄を見たのだ。
暖かい家族の姿。
当たり前にあった愛情が、一瞬で吹き飛んだ。
そして探して、探して、やっと得た愛を持った女は、実は追い求めていた敵だった。
こんな地獄があるだろうか。
殺したいほど憎んでいた敵が、将来を約束した女。
そして夢を見た。
昔持っていた幸せな家族を、この女と作るのだと。
父や母が当たり前に営んだ家庭を、この女と作るのだと。
自分の子供たちが、過去の自分たち兄弟のように遊び、喧嘩し、父と母になったニールと彼女に甘える。
その様子を、笑って手をつないで、一緒に見ようと。
殺したい。
一瞬はそう思った。
それでも、それは一緒に夢も殺すことになるのだ。
日頃無愛想な女が、たまに見せる心からの笑顔。
自分の為に嬉しそうに動く姿。
セックスの時の幸せそうな顔。
それら全てを、一緒に失う。
今まで失う事ばかりだったロックオンにとって、それは恐怖以外の何物でもなかった。
もう、何を選んでいいのか、ロックオンにはわからなかった。
それでも混乱した頭の中で追い求めたのは、やはり『夢』の方で。
家族が欲しい。
白い思考の中で思ったのが、それだった。
だから犯した。
自分の子供を産めと、強制した。
どんなに罪を抱えていても、この女に自分の子供を産ませたかった。
自分を殺せと訴えてくる女に。
お前の心の為に殺せと、全てを投げ出してきた女に。
低く笑い続けるロックオンに、ティエリアも黙った。
失う事の恐怖など、口を出せる事ではない。
彼が彼女を愛していたのだと、それは解っていた事だ。
そして彼が何のためにマイスターに、自分の身を危険に晒す任を引き受けたのかも知った。
それでも仲間として認識している二人が、これ以上傷つくのも見ていられない。
男の為に命を投げ出そうとしている刹那の気持ちは、正直理解しかねる部分もある。
殺せと訴えてくる女を犯したロックオンの方が、まだ理解できる。
根底にある愛情が、そういう形で出てしまったのだと、人間的な理論を組み合わせれば理解できた。
決して楽しくない笑い声が続く部屋の中で、硬直した空気を刹那は壊す。
ティエリアが差し出していた銃を手に取り、ロックオンの前に跪いた。
「……お前が殺せないなら、俺が殺す。お前の因縁を断ち切ってやる」
だからもう、苦しまないでくれ。
自分を強姦した男の頬に、人前だというのに刹那は唇を寄せた。
そして、銃を構える。
短い銃身を自分の口の中に突っ込んだ。
確実な自殺の方法。
少し部屋が汚れる事が気になったが、それでもどうしても愛した男の目の前で、自分で断ち切ったのだと思わせたく、この場所を選ぶ。
「刹那!」
叫ぶティエリアに一瞬視線を送って、微笑む。
これが一番の方法だと。
それでもティエリアよりも先に反応したのは、刹那に苦しめられているはずのロックオンだった。
ベッドに手を軸にして体を跳ね上げて、刹那の手に力が込められる前に、銃倉を蹴りで弾き飛ばす。
恵まれた体格故に、出来た事だった。
予想外の場所からの攻撃に、刹那も防御する事はできなかった。
蹴りの反動で軽く飛んだ刹那の前に立ちはだかって、再び同じ言葉を繰り返す。
「死ぬのは許さないって、言っただろ」
「だが!」
それ以外にどう償えばいいのか。
過去の自分がしたことは嘘ではない。
そう訴えようとした刹那の体を、ロックオンはもう一度抱きしめる。
「……言っただろ。お前がどんな過去を持っていても、愛してるんだよ。もう、離れられないんだよ。これ以上もう、俺に辛い思いをさせてくれるなよ」
「だが俺は……どうしたらッ」
償える。
そう続けたかった刹那は、ロックオンに折れそうなほど強く抱きすくめられて、言葉を失った。
「俺……お前に惚れた理由が、やっとわかった」
「え……」
場違いにも聞こえる言葉に、刹那は体から力を抜いて、すがり付いてくる男に手を向ける。
それでも触れることは出来ずに、中で動きを止めた。
「お前は強いよ。自分の罪から目を逸らさないで、どんな事しても愛してくれた俺の事守ろうとしてくれてる。女だって気がつかないでセクハラしても、自分の気持ちに気がつかないでお前に無茶な要求しても……強姦しても。全部受け入れてくれる。その強さに、俺は惚れてる」
一旦言葉を切り、少しだけ腕の力を弱めて続ける。
「俺に無い、その強さが、俺には眩しいんだ」
独白のような言葉に、刹那は放心してしまう。
まだ愛しているという、愛した男の言葉に。
過去の罪を背負った自分を、過去に犯した罪の所為で、歪んでしまった人生を持つ男が。
「お前は、自分の過去の罪を認めて、それで俺に殺されようとまでしてくれた。でも俺には絶対にそんな事出来ない。自分の境遇を可哀想だと考えて、生きるためにどうしたらいいのかを考えた時、選んだ職業はスナイパーだ。俺には双子の弟がいて、残った家族のアイツだけは守ろうと、俺とは違う明るい、普通の道を歩ませたいって思って、養うだけの金額を稼ぐために、人を殺した。それを『仕方のないこと』だって自己弁護してた。誘われてCBに入って、理想の、テロのない世界を作れるって、その努力が出来る喜びもあったけど……前にも言ったけど、そろそろ足がつきそうな頃だった。何もかもが丁度よくて、どうせ死ぬならこの道がいいって、マイスターを受け入れた。お前とは違いすぎる」
普段なら、極秘事項だと憤るティエリアも、黙ってロックオンの言葉を聞いていた。
二人には必要な儀式だと、そう判断した。
「お前は俺に愛される資格がないみたいなこと言ったけど、それは俺の方なんだよ。お前に愛してもらえる資格なんてない。自分の罪も認めずに、自己弁護ばかりだ。挙句に俺の事を大事にしてくれてるお前に甘えて、強姦だ。愛想つかされたってあたりまえなんだ。でも……」
「そんなこと、ない」
苦しい言葉を続ける男を助けたく、刹那は言葉を遮る様に、普段から不自由な口を開く。
それでも男は告白をやめない。
「これからはなんでもする。もうお前が過去に悩まなくていいように、俺もお前を守るから。だから、見捨てないでくれ。……これからも、守って、俺の事。それがお前の償い。こんな男と添い遂げなきゃいけなくなった、それが罰だ」
「……ロックオン」
第三者の介入で、穏やかになった空気にティエリアは自分のやるべき事は終わったと、抱き合う二人を置いて静かに退室した。
もう、大丈夫だろうと。
自分を見失っていた男は相変わらず女に縋って、自分を取り戻した。
ティエリアから見れば、刹那に女としての魅力など感じない。
それでも彼女がいいと、彼女の強さに甘えているのなら、それでもきっと、彼女は支えるとそう思い、自分の部屋に戻った。
「人間……か」
一人の部屋でそう呟いて、己の存在を思う。
自分を見失うほどの憎悪も、愛情には敵わない。
愛があればと、情報でも見聞きしていたが、理解には及ばなかった。
だが目の前で繰り広げられて、漸く理解する。
人工的に作られた自分と、彼らの違いを。
全てが理屈で構成されているティエリアと、長い時間をかけて構成した感情という名の理念で動く彼ら。
とても効率的だとは思えない。
それでも彼らの存在は、ティエリアにとって愛おしいものになっていた。
触れ合った時間で、そう思えるようになった。
今日、ロックオンの暗い部分を初めて見たが、刹那に驚いている節は見当たらなかった。
彼女は気がついていた、という事だ。
その上で男を愛していた。
女性としての魅力に欠けると思われる女に執着する男と、男としての内面的魅力に欠けると思われる男を愛する女。
「……お似合いじゃないか」
なにか、比喩的な言葉があった気がするが、咄嗟には思いつけず、隣りに聞こえないように小さく笑った。
感情が高ぶって、二人は暫く言葉を発する事もできずに、部屋の中で只抱き合った。
ロックオンが眺めていた月が、窓の枠の逆側に移動した頃、漸く力を抜く事が出来る。
「……痛く、ないか?」
無理をさせた体を思い出して問えば、刹那は首を横に振る。
実際には少し違和感はあったが、気にしてもらうことでもないと、そう結論付けた。
だが普段から無理をする刹那を理解していたロックオンは、まださらけ出されたままの刹那の足の間に、性的な意味合いを持たずに指を伸ばす。
流れ出る血が無いか、確認するためだった。
指先には濡れた感覚は感じられずに、ほっと安堵のため息をつく。
そして自分のしてしまった事の後始末を考えて、いつでも携帯しているアフターピルを一錠封を切り、昔のように唇に乗せて刹那にあたえた。
何時もは嫌がる刹那も、今日は素直にそれを受け入れる。
こんな状況で出来る子供は可哀想だと、そう思ったからだった。
唇を離して暫く見つめあい、そこでロックオンは気がつく。
差し出されたエンゲージは、どこに行ったのか。
返されたと思った瞬間に、理性が切れた。
外されたエンゲージを見るまでは、もう何も無かったかのように過ごそうと思っていたのだ。
変わらずに愛し合って、約束を果たそうと。
果たしてもらおうと。
なのに、裏切られるのかと。
更なる裏切り行為に、ロックオンは理性を手放してしまった。
今では後悔する他に無い。
とにかくエンゲージを刹那に身に着けてもらいたくて、ロックオンはもう一度立ち上がった。
「……ろっくお……」
名前を呼びかけて、戸惑う刹那の声に気がつく。
何故……と思いかけて、先ほど自分が強要したことを思い出す。
「……名前、どっちでもいいよ。お前が呼びやすい方で」
ロックオンとして出会ったのだから、その名前が定着している事も理解している。
先ほどはロックオンも感情的になっていたから、他の仲間が知らない刹那の本名を連呼した。
全てが自分のものだと主張したくて。
でも落ち着いた今は、どちらでもいいと思える。
いや、どちらかといえば、罪の意識の強い『ソラン』という名前は、自分は封印した方がいいのかもしれないと、そこまで考えられた。
動けない刹那に気がついて、乱れていないベッドに抱き上げて移動させる。
何時でも何があっても平然と動いているように見えていた刹那が動けない状況に、どれだけ自分が彼女を傷つけたのかを感じて、謝罪のキスを額に落とす。
そしてエンゲージを探しに、ナイフが突き刺さったままのベッドを見回した。
ベッドの上には見当たらず、ぐしゃぐしゃに乱れているシーツも捲って探してみたが、見当たらない。
更にはベッドの下も覗き込んで、約束の物を探す。
ロックオンの動きに、刹那は彼が何をしているのかを悟り、必死に足を動かした。
正直、緊張の後の安堵で、体が自由に動かない。
それでもこれからも愛し合い続けられるのならば、刹那にも大切なものだった。
のろのろと床を這いずって、ベッドの脇まで行けば、それは簡単に見つかった。
「ロックオン、そこだ」
「え? どこ?」
「ベッドヘッドとナイフを繋いでいる」
指摘されて視線を送れば、気まずくて視界に入れられなかった場所に、約束の鎖は存在を示して光っていた。
だがその構図に、苦笑してしまう。
ロックオンがベッドにナイフを振り下ろした時、本当は刹那を怯えさせるために、顔に少しだけ傷をつけるつもりだった。
それが狙いが外れた。
外した時は力みすぎたと思ったのだが、どうやら鎖が邪魔をしていたらしい。
枕に深々と刺さった刃先に、そんなに長さも無いチェーンが刹那を守るように絡み付いていた。
その先にベッドヘッドボードの引き出しの取っ手が引っかかっている。
ロックオンの行動を、まるで誰かが止めたような構図に、零してしまった。
「あーあ、俺、まだ親離れ出来てないんだな」
「……親?」
肩をすくめてため息をつきながらの言葉に、刹那は首を傾げる。
先ほど両親は刹那がいた組織の自爆テロで亡くなったと聞いたのにと。
「……おれさ、幽霊とか信じる方なの。今までも絶対やっちゃいけないこととかをしようとするとさ、必ずこうやって、変な妨害があるわけ。スナイパーやってるときも、手を出しちゃいけない相手の依頼とかうっかり受けちゃった時とか、殺したらいけない相手を標的にしちゃったときとかは、絶対に失敗するように、思いもよらない妨害が入るんだ」
神を信じていた刹那には、なんとも馴染みのある奇跡体験に聞こえて、ふんふんと頷きながら続きを促す。
「あるときなんか凄かったぜ? 20階建てのビルの上から狙撃しようとしたらさ、その日は晴れてて風も無いって予報で、空見て天候図ってた俺も絶好の日だと思ったんだ。なのに、劇鉄起こしたとたんに凄い強風吹いてさ。危うく20階から転落さ」
そんな危険な目にあわせるのが親なのか? と、刹那は首を傾げる。
その仕草に、ロックオンは笑いながら続きを話してくれた。
「落ちたのはライフルだけ。俺はジャケットのベルトがフェンスに引っかかって助かった。普段ならベルトなんてしてなかったんだけど、その日はたまたまなんとなーくしてったんだよな。アレはもう、親父とお袋の差し金だって、そう思えた」
成る程、と首を縦に振る。
きっと助けたに違いない。
奇跡というものを信じる刹那にも、頷ける話だった。
「他にもあるんだよ。ちょっと許せないマフィアの暗殺依頼が来てさ、頭に血が上って引き受けちまった。でも当然バックがマフィアだから、手を出そうものなら地獄の果てまで追いかけられて、絶対に消される。でも俺は許せなくて引き受けた。その時はホテルの部屋を取って、部屋の中から狙撃しようとしたんだ。そうしたらどうなったと思う?」
問われて、想像がつかずに首を横に振る。
するとまたもやロックオンは笑いながら肩をすくめた。
「狙撃時間2分前に警報が鳴り響いて、火事だとさ。火の回り加減では仕事してから出ようと思ったけど、扉開けてみたらもう煙が充満してて、とても仕事どころじゃなくて撤退。しかも警察のお世話になってだ。あんとき「大丈夫でしたか? お怪我は?」なんて聞かれて、俺がしようとしてた事知ったら、そんな言葉聞けないのにって、笑うの必死に堪えた」
次々と重なるロックオンの奇跡に、刹那はつい先ほどまでお互いの間にあった事が悪い夢のように感じた。
変わらないばかげた話。
それでも思うのは、確かにこの男は守られていたんだ、という事だった。
それと同列に扱われて刹那の命が今あるのだとしたら、刹那はロックオンの為に生かされたと、そう解釈できるような気がして、嬉しさに自然と顔が綻ぶ。
笑顔を見せてくれた刹那に、ロックオンも柔らかく笑った。
「こんなありえない鎖の絡み方見てさ、お前が俺にとって何よりも必要だって、そう教えてくれたって、俺も思うよ」
そういって笑って、ロックオンは絡んでいるチェーンを外して、刹那の前に座り込んだ。
そしてもう一度ネックレスを翳して、懇願する。
「もう一度、付け直させてくれ。お前が俺のもだって、誰にでもわかるように」
刹那は素直に頷いて、少し顔を上げて首を晒した。
細い首に、ロックオンは数ヶ月前と同じように、鎖をかける。
二度と逃れられないように。
付け終って視線を絡めれば、自然と口は開いた。
「……愛してる。お前の過去がどんなものでも、俺にはお前が最高の女だよ」
「おれ……も、愛している。俺の全てはお前のものだ」
もう一度見つめあい、以前の通りに軽く唇を合わせる愛情を交わす。
一瞬の触れ合いの後、床に座り込んでいる刹那を気にして、ロックオンはもう一度整えられたベッドに運んで、騒動で疲れた自分の体も一緒に横たえた。
抱き寄せて目を瞑り、心の中で両親と妹に話しかける。
ありがとう、守ってくれて。
俺の愛する人を、俺から守ってやってくれ。
一番害があるのは自分だと自覚して祈った。
だが、眠る直前にふと疑問が過ぎる。
当たり前のように「少年兵」として戦ってきたと受け止めたが、刹那の出身国の宗教理念的に、女は外に出られないものなのではないかと思ったのだ。
今では職も得られるが、数世紀前までは、読み書きさえ禁じられていたと学校で習ったのを思い出す。
何故戦場にいたのか。
疑問を感じれば、問わずにはいられない。
「あのさ……蒸し返すようで悪いんだけど、何でお前、少年兵出来たんだ?」
女だろう。
そう意味を込めて問えば、刹那は「ああ」と頷いて、事のあらましを説明してくれた。
「殉教者だと名乗ったアリー・アル・サーシェスは、今の時代、女も世界を守るために銃を手にするべきだと、子供たちが集まる場所で説法の真似事をしたんだ。それで集められたのは少女ばかりだった。後からその理由を考えてみたんだが、多分女の子の方が家の中の金品の場所を知っているだろうという事と、基本的に男に従うように教育されるのが風習だったから、使いやすかったんだろう」
親の殺害にも、女の方が危機意識が低くなるだろうとの予測も加えて話す。
「……は、反吐が出るな」
「でもそのおかげで俺は戦闘技術を得て、お前に会えた。罪は犯したが、お前へと続く運命だったと思えれば、今までよりも意味を感じられる」
眉をひそめたロックオンに、ポツリと刹那は返す。
あくまでもロックオンという男が主体になっている少女に、再びロックオンは深い愛情を感じた。
「……祖父さん婆さんになった時にはさ、もっと面白かった話し、しような」
誰にも言えない、罪だらけの人生。
それでも出会えた事への感謝を込めて、笑い話をさせてもらおう。
そう言い聞かせて、二人で朝まで抱きしめあった。
シリアスシーンの後書きとしてはどうかと思いますが一言。
いい台詞言いながら、ずっと兄さんぽろry(汗)
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