花のある家 Act,4

2007.5.2UP




 漸く涙が止まったのは、時計がもう深夜を指している頃だった。
 泣いた事は恥ずかしいけど、なんだか感覚が麻痺しちゃったのかな。普通に和希の顔を見る事が出来た。
「シャツ、濡らしちゃった。ごめんね?」
 和希のTシャツは、俺が顔を当てていた所だけ色が変わってた。
「そんなの気にしなくていいよ。それより喉乾いてない?」
「……乾いてるかも」
 あれだけ水分を出してしまったんだから、乾いて当然。
「じゃあ、水分補給と糖分補給に行こうか」
「行くって…何処に?」
 もう真夜中なんだから、行く所なんてない筈。
 お店に入るにしてももう閉まってるだろうし、それに絶対俺、泣き腫らした顔してるから、あんまり明るい所には行きたくない。
「この近所に知ってる店があるんだ。明け方までやってるし、店内はちょっと暗いから大丈夫だよ」
 ……それって、高校生が入っていい店なのか?
 俺が顔を顰めたら、和希は笑って「保護者同伴だから平気」と言って、俺の腕を引っ張った。




 連れて行かれたのはホテルのバーみたいな所だった。
 薄暗いって言えば薄暗いけど、すごい大人の雰囲気な場所で、俺はそっちの方が気になった。
 和希は店の一番隅のテーブル席に俺を座らせた。
「啓太はジュースね」
「うん。俺、お酒って飲んだ事ないからジュースがいい」
「ホントに全然ない?」
「全然って事はないケド…」
 父さんが俺が中学生の頃からちょっとだけビールを飲ませてくれていた。父さんが飲むコップから一口二口だけど。でも俺、あんまり好きな味じゃなかったんだよね。なんか苦いんだもん。
「…好きじゃないんだ」
 和希が何か含んだ様な顔で笑う。
 そりゃぁ、3ヶ月も一緒に暮らしてるんだし、学校でも一緒にいる訳だから、俺の味の好みくらいわかってるんだろうけどさ。
「…どうせお子様味覚だよ」
 友達で煙草吸ってるヤツもいる。そいつの家に遊びに行った時に興味本位で一口吸わせてもらったけど、あまりの不味さに顔を顰めてしまった。咽せるとかは無かったんだけど、あの舌がピリピリする様な味と、煙のくせにドロッとした感じが最悪だと思うんだ。しかもあれ一箱で300円とか言ってた。俺だったら300円あるならショートケーキ食べたい。あ、チョコレートでもいいな。
 そんな事考えてたらお店の人がテーブルまで来ていて、和希が何か頼んでる。そして、その店員さんは当たり前の様に和希に灰皿を出した。
「あ、今日はいいよ」
 …今日は?
 店員さんは俺をチラッと見て、柔らかい笑顔を残して去って行った。
「和希、ここよく来るのか?」
 店員さんの慣れた対応と、和希のくだけた口調に俺はそう思って疑問を口にしてみた。
「んー、まあ結構ね。このホテルよく使うから」
「へー…で、煙草とか吸っちゃうんだ」
「チェーンしてる訳じゃないよ。ただお酒入るとね、吸いたくなるんだ」
 そう言うものなのか。
 家で吸ってるの見た事ないし、部屋にも煙草の匂いとか殆どしてないから気が付かなかった。
「なんか大人みたいな事言ってる」
「だって大人だもん」
「高校生のくせに」
「高校生は趣味でやってるんだもん」
 あー、さいですか。
 まあホントに大人だしね。
 今日一日で、コレでもかって程大人な所を見せつけられた。
 今までの和希に感じてたものが崩れていく。

 ねぇ、どっちが本当の和希?
 クラスで一緒に騒いでるのが本当の姿?
 それともさっきみたいに車運転して、こんな店に平然と入る今の 姿が本当なの?

 まるで印象の違う二人の同一人物に俺の思考は占められた。


 暫くして、さっきテーブルに来た店員さんが二つグラスを運んで来た。
 俺には黄色い飲み物の入ったカクテルグラス。
「……これ、ジュース?」
「うん。ジュース」
 なんだかちょっとお酒っぽい気がするんだけど…。
 俺は想像していた飲み物との違いに戸惑って、もう一度和希の顔を見た。
「ホントにジューズだって。大体俺が啓太に酒のませる訳ないだろ?」
 そんな事はわかるものか。
 前に藤田の家で騙されて飲まされた事がある俺的には、こういう言葉は信じない。
 その時は藤田のお父さんもいたんだけど、なんかお父さんが「高校入学祝い!」とかなんとか言って、藤田と俺のコップに意気揚々と焼酎を注いだんだよね。藤田は飲み慣れてるみたいで当たり前の様にグラスを煽ったんだけど、俺は「飲めません」って断ったんだ。まあその時は「そうか」ってなったんだけど…その後に出てきたオレンジジュースにしっかり入っていた。一口飲んで気が付いた俺に「アルコール検査薬!」とか訳のわからない名前付けて、藤田家は大盛り上がりだったのだ。いや、確かにオロナ●ンCに入ってるアルコール成分もわかるけどさ。
 そんな嫌な思い出と共にまたじーっと和希を見ていたら、和希は苦笑して「コレ」と、俺にオーダーしてくれた飲み物をメニューから教えてくれた。そこにはちゃんと「ノンアルコール」の文字が書かれてて、取りあえず安心した。
 だけど次に、和希の前に置かれた『どう見てもそれ酒だろ』って感じのウィスキーグラスが気になった。
「…今日、車じゃないか」
 それなのに酒なんて飲んでいいのか?
 たまに父さんも車で外出した時にビール飲んで、母さんと軽く言い合いしてた。
 父さん曰く「ビールは酒じゃない」らしく、母さん曰く「つかまったら幾ら取られると思ってるのよ」だった。
 なんか根本的に違う事で言い合ってた気がするよ。
 和希は俺の前に置かれてるグラスに軽く自分のをあわせてから俺の言葉にちゃんと返事をしてくれた。
「今日はここに泊まろう?」
「泊まるって…予約も無しに泊まれるの?」
「年間キープしてる部屋があるんだ。だから大丈夫」
 年間キープってなんだろう。
 まさか一年中借りるって事じゃ…。
 ホテルの部屋って確か、一泊でも1万とかするんだよな?
 それが365日なんてある訳ないよ…な?
 ぐるぐる考えてたら、和希はクスクス笑い出した。
「何そんな考え込んでるんだよ」
「だって…キープって…」
「うちはお金だけはありますから」
 ……そうだった。
 いや、忘れてた訳じゃないんだけど、どうしても庶民の感覚しか無い俺には想像がつかなかった。
 精々「コイツってば金持ち!」とか思う瞬間は、スーパーで1パック800円のイチゴを当たり前の様にかごに入れた時位だ。
 いやいやそもそも!俺の給料はここから出てるんじゃん!
 なんかもう、あまりの高待遇にすっかり忘れる所だった。
 俺の給料とここのキープでって思わず計算しそうになったけど、3秒でやめたね。すぐに途方も無い金額だってわかっちゃったから。
「今度、朋子ちゃんも連れて来てあげような」
「…そんな、気を使わなくていいよ」
 女の子なら喜びそうだけどな。
 きっと朋子も喜ぶんだろう。
 …あ、今気が付いた。
「なんか大人のデートコースみたいだね。食事して、公園行って、こんな所に入るなんてさ」
 落ち着いて店内を見回してみると、すごくシックでカッコいい。
 カウンターがあって、ストゥールが置いてあって、カウンターの中でバーテンダーさんがシ ャカシャカシェイカーを振ってる。
 テレビとかでよくあるよな。ドラマの中で、繰り広げられている様な光景。
 絵空事だと思って見てたから面白かったけど、実際に自分が体験出来るなんて思ってもみなかった。
「うん、そう。今日は啓太とデートのつもりだったから」
「よく言うよ。俺なんか相手に『デート』だなんて言って何が楽しいんだよ」
 普通は綺麗な女の人とだよな。
 こんなガキな上に男相手にそんな事言わない。っていうか、楽しくないだろ。
「楽しいよ。啓太、面白いもん」
「それって誉めてない」
 どうせ『面白い』と形容されちゃう人種だよ、俺ってば。
 でもどうせなら…
「俺相手に『デート』って言うなら、ゲーセンと映画とファミレスで十分だよ。こんな大人な雰囲気には合わないもん。めちゃくちゃ浮いてるよ、俺」
 格好だって普通のジーンズとTシャツだ。ここの雰囲気に合う様なカッコいい服なんて持ってないし、着たいとも思わない。
「じゃあ、次はそういうデートにしようか」
「和希はこういうデートが好きなんだろ?だったらそれに合う様な人を見つけなきゃ」
(………あれ?)
 一瞬、胸の奥にズンッと衝撃を感じた。
 普通の会話のつもりで出した言葉。
 なのに…自分でそれを言ったら、なんだか胸に痛みが走った気がした。
(痛い…?なんで?)
 公園での痛みとは違う種類の痛みだっていうのはわかる。
 だけど、それだけしかわからない。
 何が切っ掛けなんだろう。
 何で痛くなってるんだろう。
「啓太だって似合うよ。全然浮いてなんてない」
 痛んだ胸元を押さえながら動く和希の口を見ていたら、不思議な程すっと痛みは引いた。
 なんだったんだろう?

 喉元過ぎればなんとやらじゃないけど、痛みなんて感じなくなっちゃえば考える事も無い。
 俺は目の前にある飲み物に手を伸ばした。
 それは、すごく甘くて美味しかった。
 さっきレストランで食欲が無いなんて思った事が嘘みたいに、それがとても美味しくて、あっという間に一杯飲んでしまった。




 フロントで鍵を受け取って、和希に連れてこられた部屋はすごく綺麗な部屋だった。
 なんか、今まで泊まってたホテルの部屋と違う気がする。
 だって普通、扉を開けたら部屋って一つだろ?
 でもここには部屋が2つなんだ。
 リビングみたいになってるのと、ベッドとドレッサーが置いてある所と別れてる。
 コレって所謂…
「スイート?」
 ってやつ?
 泊まった事無かったからわからないけど…。
「え?スイートなんかじゃないよ?ちゃんとJrがつくよ」
 ……何が付くって?
 ああもう、俺にはわからない単語だらけだ。
 でもまあいいや。人様のお家の事に口は出すまい。
「…あっ!」
 和希がベッドルームの方でいきなり奇声を上げた。
 なになに?なんか問題?
 どんな部屋なのか興味もあったので、俺は和希を追ってそこに入った。
「忘れてた…ダブル一つしか入れてなかった…」
 ベッドを見て和希は困った顔をしている。
 でもそのベッド。ホントにおっきいんだ。
 和希の家のベッドも大きいけど、そんなのより全然大きい。
 コレなら二人で余裕で寝られると思うんだけど…。
「一緒に寝るのが嫌なら、俺、あっちのソファで寝るよ?和希はここで寝たら?」
「いや、嫌とかじゃなく て…」
「でも俺、寝相悪いし」
「だからそんな事じゃなくて…」
 和希は頬を赤らめて困った顔をしている。
 友達の家に泊まりにいく時には当たり前の様に一緒のベッドで寝てた俺にはわからない感覚だ。
 大人になるとそういうもんなのかな?
「…恥ずかしいの?」
「えぇ!?」
 だから、何でそんなに驚くんだ?
「俺、友達の家に泊まりに行くと、大体いつも同じベッドで寝てたよ?和希はそんな事しなかったのか?」
「……一緒のベッドで、寝てた?」
「うん。普通でしょ?」
 和希はまた俺には謎な表情をした。
 こう、何かを考えてる様な、嫌な事を聞いた時みたいな、そんな顔。
「だって普通の家じゃ、そんなに布団なんてないよ。精々あって、お客様用3組が限度だよ。たかだか友達にお客様用の布団なんか出さないって」
「……へぇ。そういうものなんだ」
「うん。そういうもの」
 言葉では納得したみたいだけど、どうも心から納得したって訳じゃないみたい。
 では一つ。
「それじゃあ、今日和希は初体験だ」
「……初っ!?」
「だって、友達と同じ布団で寝た事ないんだろ?初体験じゃん」
「……ああ、そういう、意味」
 他にどんな意味があるんだ?
 なんかもう、和希は俺の知らない言葉いっぱい知ってるんだな。
 まあ、そりゃそうか。ちょこっと聞いただけだけど、外国語も話せるみたいだし。この間家の電話で話してたのは、あれは絶対英語じゃない。
 でもこんな事を知らないなんて、ちょっと面白い。
 育った環境が違うと、こうなのかな。
 うちじゃメイドを雇うなんて感覚はまるでなかったしな。
 勿論ホテルだって旅行の時にしか使った事ないし。
「あー、でも!ホテルに来るならコンビニ寄ってくればよかったね」
「コンビニ?なんで?」
「だって、ジュースとかお菓子とか買って来た方が楽しいじゃん。修学旅行みたいでさ」
 中学の修学旅行の時、夜中にみんなでジュースとお菓子を持ち込んで騒いだのは楽しかった。
 友達の家でもやってたけど、やっぱりホテルでって言うのが楽しそうだと思ったんだ。
 汚い俺の部屋とか、汚い友達の部屋よりもさ。やっぱり綺麗なホテルの部屋でやるから楽しいと思わない?
 ちょっとこの部屋は広いし綺麗過ぎるから場違いな気がしなくもないけど、ここには俺と和希しかいない訳で。そうなったらやりたい放題でしょ!
「コンビニ行かなくても、ジュースなら冷蔵庫に入ってるし、お菓子なら持って来てもらえるよ?」
「そんな高級なのはいらないの。お菓子って言ったらチョコレートとポテチがお約束でしょ。あ、ポッキーも捨てがたい!この間藤田が教室で食べてたカールもいい!ジュースはドクター●ッパーが俺は好き!」
 俺の勢い込んだ説明に、和希は声を立てて笑った。
 そんなにオカシイかな?
 でもそんな事より、この楽しさを知らない和希は可哀相だと思う!
 折角趣味で『普通の高校生』をやってるんだったら、やっぱりこの辺は外せないでしょ。
 俺は和希に雇われてるメイドだけど、友達の一人だとも自負してる。
 だって、和希だって俺の事をそう扱ってくれるから。
「この近くにコンビニある?俺、買い出し行ってくるよ!」
 今日はご飯食べに行くって思ったから、財布の中には3千円入ってる。ご飯は和希に奢ってもらっちゃったから、ここは俺が奢ってあげよう。
 そう思って財布を鞄の中から漁ってたら、和希が笑いを治めて話し出した。
「よかった。動く気になって」
「……え?」
 窓際でポケットに手を突っ込んだ姿勢のまま、和希は俺の事を眺める。
 その視線はすごく優しい。
 いつでも柔らかい笑い方をするヤツだけど、何時もよりもずっと…。
「ずっと心配してたんだよ。俺も、朋子ちゃんも」
 ………朋子も?
「啓太、ご両親が亡くなってから一度も泣いてないって朋子ちゃん言ってた。いつもちょっと何かあるとすぐに泣いてた啓太が、全然泣かないって」
 確かに両親が死んでから泣いたのは今日が初めてだ。でもそれは単に今まで泣いてる暇がなかったってだけで……。
「俺はさ、啓太より年上だけど啓太程ショックな事にあった事がないから、正直啓太の心がどうなってるのかは解ってないと思う。でも、泣けない程辛いっていうのは何となく解ってた」
 和希がそんな事考えてくれてたなんて……。
「でも俺、そんなに辛くないよ?親は死んじゃったけど朋子がいるし、今は和希だっている。職にも恵まれて、学校だって通えてて…」
「辛くない訳ないだろ。立場は一変したし、なれない仕事して、オマケに帰る家には他人の俺がいる。普通に考えたって辛いんだよ。感情が豊かだった啓太が何も解らなくなるくらい、今お前は辛いんだ。それを自覚しなきゃ、近いうちにお前壊れる」
 壊れるって、何が?
 和希の言葉は難しくてよくわからない。
「啓太は今この状況を必至に頑張ってるけど、自分の望む事をわかってないだろ。一生懸命働いて妹を養おうとしてる。でも、それは今だけの事なんだ。妹がいなくなったらどうする?啓太が生きている意味を見つけられる?妹に縋って生きるのも今のうちはいい。朋子ちゃんだってそれを理解して、今は啓太の傍にいてくれる。でも朋子ちゃんだってそのうちいなくなるんだ。死ぬとかだけじゃなくて、あの子にだってお前とは別の人生がある。そのうち好きな人が出来て、結婚するだろ」
 ……俺が、朋子に縋ってる?
「そ、そんな事ないよ。確かに朋子は可愛いし、出来た妹だと思うけど、俺だってあいつがそのうちいなくなるなんて事わかって…」
「わかってないよ。朋子ちゃんがいたからお前は飯を食えてたし、眠る事も出来てた。泣けない事に気が付かないでいられたんだ。だけどそんなんじゃダメだろ?まだ小学生の妹に、そこまで負担をかけちゃいけないだろ」
「負担……」
「あの子は全部わかってるよ。啓太の状態も…俺の気持ちも。だから今日まで啓太から離れずにいたんだ」
 俺が、朋子がいないと何も出来ないって?
 食べる事も、寝る事も出来ない……。
「た…確かに最初はそうだった。俺もそれは認める。朋子がいてくれたから、あの時立っていられた。今のこの状況までもってくる事が出来た。でも今はそんな事ないよ。たまたま今日は食欲がなかっただけで、明日になれば食べられる。今だってお菓子食べたいって思ってたよ?」
「それじゃあ、今眠いか?今何時だと思ってる?もう2時半だぞ?何時もの啓太ならとっくに寝てる時間だ。それなのにお前は目を擦りもしない。あれだけ泣いたっていうのに、疲れを感じてないじゃないか。それに多分、今目の前に啓太が食べたいって思ったもの出しても、きっとお前は食べられないよ」
「そんな事……」
 ない、とは言いきれない。
 今だってお菓子を買いに行こうって思ったのは、和希に食べさせたかったからだ。
 俺が、食べたいんじゃない。
「ちゃんと辛いって感じて、もっと泣け。食べられないなら食べられないって言っていいんだ。ここはお前の職場じゃない。今一緒にいるのはお前の雇い主じゃない。啓太の事をエスコートして来たヤツなんだから。妹に縋るなら、俺に縋れ」
 和希が言いたい事は何となくわかる。
 だけどそんな事をしてもらう理由がない。
「友達にそこまで迷惑かけられないよ」
 ここまで一生懸命考えてくれただけで十分だ。
 こんな素敵な友達、絶対に二度と得られない。
 だからこそ、離れて行かないでいてもらう為にもそこまで甘える事は出来ないと思う。

 和希はポケットから手を出してゆっくり歩き始めた。
 何処に行くんだろうって思ったら俺の前で止まった。
「…友達だから、甘えられないのか?」
 俺より少しだけ背が高いって思ってた和希だけど、5センチ傍まで寄られると見上げる形になってしまう。
 そして和希は、俺の事を真剣な目で見下ろした。
「じゃあ、友達以上ならいいのか?」
「……え?何?」
 友達以上って、どういう事?
 疑問符を投げかけた俺に、和希は手を伸ばして来た。
 そのまま俺の顔を両手で覆う。
 至近距離で見る和希は、俺が思ってたよりも綺麗な顔をしていた。
 深いブルーの瞳。
 整った眉。
 一本筋が通った様な鼻梁。
 厚すぎず、薄すぎない唇は、少し赤みがかってる。
 目の前にサラリと亜麻色の髪がかかったと思ったら、唇に湿った感触がした。
(………え?)
 それは覚えのある感触だった。
 あの夜。和希を待って寝てしまった時に、夢現で感じた柔らかいもの…。
 ちゅっと音を立てて啄まれて、俺が口を開く前に再び塞がれる。
 二回目の触れ合いは、一回目とは全然違うものだった。
「……っん!」
 食べられちゃうかと思うくらい唇を食まれて、薄く開いた唇に舌をねじ込まれた。
 ねじ込まれた舌は、俺の口の中をぬるぬると動き回る。何かを探している様な素振りは、俺の舌を捉える為のものだった。絡めとるように俺の舌の付け根をぐるぐると動き回って、そのうちキツく吸い上げられる。
「……んっ……んんっ」
 口の中からくちゅくちゅと湿った音が響いてきて、そこで漸く俺は何をされているのか理解した。

 キス、されてる。
 和希に。

 あまりの事に、とっさに何かに縋りたくて目の前のシャツを掴んだ。
 和希の体がぴくっと反応して、ちゅるりと舌を抜かれる。
「……目、閉じて」
 熱っぽく口元で囁いたと思ったら後頭部を掴まれて、再びキスされた。
 何でこんな事してるのかわからなかったけど、それでも言われた通りに俺は目を閉じる。
 程なくして和希の手が腰に回されて、体を引き寄せられて密着する。

 気持ちいい。

 純粋にそう思った。
 服越しの体温とか、耳の後ろをゆっくり撫でる指の感触とか、程よい加減で吸い上げられる舌の感触とか。
 さっき公園で髪の毛にキスされてたときも気持ちいいって思ったけど、ちゃんと自覚してする唇を合わせるキスがこんなに気持ちがいいなんて思わなかった。
 あまりの気持ちよさに頭がボーッとしてきて、足に力が入らなくなる。
 シャツを掴む手に力を入れたら、体が浮いた。
「……んっ?」
 口は塞がれたままだったから『何?』っていう疑問符を投げかける事も出来なくて、体の不安定さを宥める為に和希にしがみつく。掴んでいたシャツから手を離して、頸に腕を絡めた。自然と自分から引き寄せる形になったけれど、それはあんまり気にならなかった。だって本当に気持ちがいいんだ。それに、すごく落ち着く。昨日までは食後のケーキタイムが一番のリラックス効果があるって思ってたけど、和希のキスに比べたらまだまだ序の口だったと思う。
 そして、さっき和希が言った事が理解出来た。
 俺、辛かったんだ。
 辛いって事がわからなくなるくらい、辛かったんだ。
 和希の舌が俺の口の中を愛撫する度に心が解れてきて、体の芯が暖かくなる。最初は施されているキスだったのが、いつの間にか自分で貪欲に求めていた。離れていこうとする唇を追いかけて自分からも唇を合わせる。和希はちょっと驚いて、それでもまたキスをくれた。
 何回かそういう事を繰り返して、3回目に和希が唇を離した所で「ちょっと待って」と耳元で言われてしまった。
 もっと欲しい。
 深く考えないでそう思ってた。
 でも、体に振動が伝わって天井が動き始めて…和希が俺の体を抱えて移動した先は。
「……恐くないから」
 ベッドルームだった。
 柔らかいベッドに俺の体を降ろしながら、和希はそう囁いた。

 

 

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