砂漠の華

2010/05/01up

 


 二週間前に勃発した中東小国の内紛に、ユニオンは戦力を派遣した。
 その中の一人、グラハムは町並みを眺める。
 何処に行っても戦地は乾いていて、何かを生み出すとは思えなかった。

 その日グラハムは、外地捜査を終えて町中にいた。
 略スラムと化した荒れた町に、眉をひそめる。
 車の中から眺めて、決意を新たにした。
 治安維持。
 軍の仕事として認識している。
 大仰に最新兵器を振りかざすのも仕事だが、何の為にソレを振りかざすのかを何時でも確認するように、割り当てられてもいない場所にふらりと姿を現すのは、もはや癖だった。
「酷いねぇ」
 技術士官が、壊れた建物を見聞して、戻ってくる。
 ソコにある残された痕跡を調べに、彼は来た。
 先日来世間を賑わせている存在の欠片が有るか否か。
 車を二台連ねてやって来たのは、その調査の為の機材を運ぶ為の物と、彼をこの場所に連れてくる目的。
 本来なら、尉官であるグラハムが運転手代わりなどする必要は無いのだが、何時でもこうして二人で連れ立ってくる。
 そして彼は軍で与えられている仕事をして、グラハムは己の認識を確かめるのだ。
 ため息をつきながら助手席に乗り込んで来た彼に、視線も合わせずに相槌を打つ。
「だが、先日の事と絡めれば、ガンダムの痕跡は無かったのだろう?」
 今回の内紛は、近隣のアザディスタンからの飛び火である。
 上層部は現代の最高技術を求めて、それでもあからさまな行動を示さないように、時を置かずに勃発したこの紛争に、帰り間際の兵を投入したのだ。
 最終的に非武装で現れて去って行った彼らが、この地に留まっているとも思えずに問えば、やはり頷かれた。
「まあね。検出出来た化学反応物は、至って旧世代の技術だけ。コレはやっぱり普通にゲリラの犯行と見ていいと思う」
「そうか」
 ソレならば、尚痛ましいと思う。
 同じ国の国民の中で、反目し合いながら国を崩壊に追い込む。
 端から見れば喜劇の様な行動でも、本人達は足掻いている。
 それが判るが故に、痛ましいと目を瞑った。
 車内に彼が操るキーボードの音が響いて視線を向ければ、そのタイミングで不自然に窓のガラスが音を立てた。
 グラハムが視線を向ければ、窓に張り付く、まだ年端も行かない様な少女がいた。
 視線があって尚、彼女は窓をノックする。
 姿を見れば、手には土地特有の籠が握られていて、だが中身は殆ど無い。
 物資不足に喘ぐ子供が、何かを強請りに来たのかと思ったが、それにしては視線が生きていて、ふと興味を持って窓を開けてしまった。
「ちょ、やめなよ……」
 隣りから注意が入るが、何となくそのまま窓を全開にして、少女の言葉を聞きたいと思ってしまった。
 車内を覗き込む顔に己の顔を近づけて、少女を見聞する。
「……何かな、お嬢さん」
 肌は土地に馴染んだ小麦色。
 髪も平均的な漆黒で、それでも周りを歩いている人達よりもまともな手入れをしているのだろう、艶やかな物。
 そして石けんの香り。
 プラス、人工的な甘い香り。
 赤い瞳が、グラハムの言葉に悪戯に眇められた。
「ねぇ軍人さん、楽しまない? 一時間50ドルでいいよ。そっちのお兄さんも合わせて三人なら、80ドル。擦って舐めるだけなら一回20ドルでいいよ」
 不埒な誘いにグラハムも肩をすくめたが、助手席の固い男はあからさまに眉間に皺をよせる。
 ずっと片思いの女性に操を立てているのを知っていたので、それはそれでグラハムは笑ってしまうのだが、目の前の少女はにこやかに、それでいて一線を踏み越えない場所で返答を待っていた。
 隙のないその動きに、違和感を覚える。
「私達は不自由しているように見えるのかな?」
「見えないよ。だけど恋人は戦地には連れてこられないでしょ? どうせなら気持ちよく楽しもうよって話」
 街の人間はしっかりと肌を隠しているのに、その少女は襟ぐりの大きく開いた、本国でも見かける様な普通のワンピースで、下に視線を下ろせば丈も短い。
 ふと後ろの車にバックミラーで視線を投げれば、同じ様な少女が後ろの車にも何人か集まっていた。
 ただ、目の前の少女とは少し違う。
 あからさまに慈善事業者が送って来た様な、時代遅れの形の服装で、周りの人達同様に、スカートの長さはそれなりに保たれている。
 この少女だけが特別なのか、または別口なのか。
 そう考えたとき、ふと思い出した。
 先日、荒野で出会った少年を。
 彼の視線と少女の視線は、グラハムの頭の中でぴったりと一致する。
 当然性別が違うので、同一人物だとは思わないが、同じ志を持った者かと想像する。
 目の前の少女は、背後の少女達の様な必死さは醸し出していなかった。
 そして決定的なのは、その露にした肌の艶。
 物資の足りない筈のこの地域なのに、とても栄養が足りないとは思えない。
 何が目的か判らないが、それでも足掻いているのであれば、多少は手助けをしてやってもいいかと、目を眇める。
 そして手助けとは反対に、こちら側にも情報を流してくれればと、多少の計算も含めて、少女に後部座席を促した。
 そんなグラハムを、当然助手席の片桐は責めたが、いつものように流して終った。
 黙って車を発進させれば、後部座席の少女は驚いた顔をする。
「あれ? ココじゃないの?」
「まさか。レディにお相手してもらうのに、車の中なんてナンセンスだ。とは言っても、仮設の施設だから、大していいベッドでもないがね」
「え……」
 バックミラーで彼女を見れば、ミラー越しにグラハムを睨むように見つめている。
 そしてちらりと視線が揺れる先を探れば、開いている隣りの技術者の端末だと気が付いた。
 無言で片桐のノート型の端末を畳んで、ミラー越しに笑ってやる。
 グラハムの視線に気が付いた彼女は、先程までの艶やかな笑みを消して、無表情に近い物で窓の外を眺め始めた。
 お互いの意思が通い合った証拠だった。




 基地に連れ帰れば、案の定小さな騒ぎになった。
 周囲から「ヤバいですよ」や「上には秘密にします」やらの言葉が飛び交う。
 少女は終止グラハムに媚びる姿勢を崩さなかったので、彼女の真の目的が周りに知られる事も無く、グラハムは与えられた尉官の個室に彼女を通す。
 簡易のベッドに、簡易の机。そして簡易ではあるが設えられていたソファに促して、給湯器に手をかける。
「コーヒーでいいかな」
 そう問えば、少女は部屋の中をじっと見回して、返事をする事は無かった。
 あからさまな態度の変化に、苦笑を禁じ得ない。
 無言の少女の前にコーヒーカップを置いて、自分に入れたコーヒーにグラハムは口を付けた。
「……名前は?」
 基本的な情報を問えば、それには渋々と言う風情で、それでもあからさまに偽の物だと判る名前を口にする。
「マリリン」
「はっ……、渋いな。続く性は『モンロー』か。確かに私達ユニオンの男達の憧れの女性だよ。君の纏っているシャネルの五番に引っ掛けた訳かな?」
 何世紀も前から受け継がれている伝統の香り。
 高級なそれを、下品にならないように身に纏っている事を指摘すれば、少女は顔を歪めた。
「娼婦、と言うには可憐で上品過ぎるな。もう少し世間を勉強したまえ」
 言い放ち、マグカップを机の上に置いて、引き出しにしまっておいた紙面を引き出す。
 少女に向かって書類を振り、その存在を示した。
「さて、時間もない事だし、本題に入ろう。君が私から引き出せる情報はコレだ。今の所上がって来ている物だけだがね。それ以上は私の権限では渡せない」
 ちらりと動く視線が若さを強調していて、グラハムは笑ってしまう。
 正直に行動出来るその若さが、少し羨ましいとも思ってしまった。
 ガンダムのパイロットといい目の前の少女といい、荒野で出会った少年といい、最近は何か若者に縁があると、動きを観察しながら感心してしまう。
 若い子供は嫌いじゃない。
 その純粋さが、嘗ての自分を思い出させてくれるから。
 少女の視線が書類に固定されたのを確認して言葉を続ける。
「で、君の方の情報も貰うじゃないか。引き換えだ」
「情報なんて、持っていない」
「一方的なのは卑怯だとは思わないか? こちらも今回の件ではかなり予算を出している。それに見合うだけの物でなければ、当然渡せない」
 書類を机の上の見える場所に投げて問えば、少女は立上がって服を脱ぎ出した。
 意図は判るが、笑ってしまう。
「この情報は、50ドルでは買えないな。それとも本当の君の価値は、そんな物じゃないのかな?」
「……試してみればいい」
 ワンピースの下から出て来た姿態は、鍛え抜かれたスレンダーな物で、確かに50ドルではないとグラハムは目を眇める。
 確実に、訓練を行っている筋肉のつき方だった。
 下着姿で歩み寄ってくる身体を見れば、華奢な身体が揺れる度に、鍛えられた筋肉が動きを見せる。
 踵を下ろす時に盛り上がるふくらはぎに、腕を少し振るだけで浮き上がる上腕二頭筋。
 自分と同じだと、少女の身体に確信を持った。
 そしてすり寄られれば、髪の毛から微かに香る硝煙の香り。
 座席がむき出しの旧式な物に乗っているのか、それとも射撃を行う人物が親しい間柄でいるのか。
 色々な背景を想像していると、するりと股間を撫で上げられる。
 悪戯なようでいて的確に刺激してくるその手管は、娼婦と言ってもいいかもしれない。
 勃ち上がってしまった股間を笑うように、少女は目を眇めてグラハムの下半身にしゃがみ込んだ。
 そちらがそのつもりならと、グラハムは少女の細い腕を掴む。
「なら、私も試してもらおうかな。君の情報を買おうじゃないか」
 ベッドの中の作法には、少し自信があると笑えば、少女は表情を強ばらせた。
 それでも引く気はないのか、尚もグラハムに戯れる。
 健気な覚悟に内心で笑いながらも、少女の身体をシーツに沈めた。