will~オーダーメイド8

10/03/17up

 


 部屋に戻った後、刹那と共に刹那のベッドに座り、対面する様に体を向ける。
「……取りあえず、さっきは叩いて悪かった。カッとしちまった。まだ痛むか?」
 見た所、アレルヤに冷やしてもらった御陰か腫れもなく普通に見えたが、ロックオンは自分の力を解っていたので聞いてみる。
 刹那は黙って首を横に振った。
 それに安心して、更にロックオンは謝った。
「お前の言葉の表面だけに捕われて、全然お前の心を理解しようとしなかった。ホントに悪い。こんなに年上なのに、情けないな」
 独白の様なロックオンの言葉を、刹那はじっとロックオンの薄い唇に視線を合わせて聞く。
 今までとは雰囲気が違った。
 ロックオンが何かを決意した事が、刹那にも伝わった。
 刹那は口を挟む事をせず、ロックオンの甘い声に耳を傾ける。
「俺さ、外見でも想像付くと思うけど、出身はAEUなんだ。お前はちゃんと周りに目を向けて、自分の風習が当たり前の事じゃないって理解して、対面するその人の風習を感じ取ろうとしてたのに、俺はそんな事思いも付かなかった。都市部に住んでいた所為もあるのかもしんねぇけど、どこかで自分の考えが『当たり前の事』だと思い込んでた。だからお前が言っている事が正直理解出来なかった」
 隣りの部屋に行く為にいつもの服装になった刹那のターバンに触れながら、ロックオンは話し続ける。
 指にあたる、柔らかいが他者との境界線の様に固く刹那の肌を守る布に、先程のベビードールの姿が重ならず、小さい笑いを挟む。
「……お前、これから俺じゃなくてラッセと同室になれって言われて、ミッション遂行するか?」
 刹那はロックオンと同室になったのはそう言う意味だと理解していると言っていた。
 その事で誤解し続けていた質問をぶつければ、刹那はあっけなく首を横に振る。
「じゃあ、アレルヤは?」
 これにも当然、刹那は首を横に振った。
 そして漸く口を開く。
「俺はお前が相手だから受け入れた。お前以外の男なら、俺はミッションを放棄する」
 この台詞をティエリアが聞いていたら、卒倒する位怒りを露にしただろうと、ロックオンは笑ってしまう。
 だが、刹那の考えはやはりスメラギの考えであっていたと確認出来て、ロックオンは笑いながら息を吐いた。
「それが、恋って感情だ。好きなんだよ、お前は。普通に俺の事をな」
「……好き……?」
 言い慣れない言葉を舌先で転がしながら、理解出来ていない刹那は小さく首を傾げる。
 その様子は年頃の少女らしく愛らしく、ロックオンは何故自分がこの少女にハマってしまったのかを改めて疑問に思ってしまった。
 自分の好みは愛らしい女性ではなく、色っぽい女性だったのにと。
 それでももう遅いのだ。
 ロックオン自身、刹那無しの生活など考えられない程、この少女はロックオンの中に入り込んでしまっていた。
 躊躇していた殻をスメラギに破ってもらえた今は、素直に言える。
「だけど、これから言う事とお前の感情とは、関係ない」
 一旦釘を刺しておいて、言葉を用意する。
 今まで散々みっともない姿を晒してしまったが故の、こびりついたロックオンの男としての襟持ちだった。
「俺と、付き合って。当然、お前の風習を考えて、結婚を前提としてだ」
「付き合う……とは、どこにだ」
 何となく言われる様な気がしていたが、本当に刹那の小さな唇から溢れた言葉に、場面的には不謹慎だったが、思わずロックオンは笑ってしまう。
「どこにじゃなくて、俺と恋人になってって言ってるんだ。『付き合う』っていうのは、そう言う意味も含まれる言葉なんだよ」
「恋人……」
 おそらく脳内で言葉を噛み砕いているであろう刹那を、ロックオンは黙って待った。
 暫し沈黙が落ちた部屋に、刹那の身じろぐ衣擦れの音が響き、安寧の時間は終わりを迎える。
「いや……そこまでしてくれなくてもいい。俺はお前の子供さえ産めれば、お前まで縛る事はしない」
 あくまでもロックオンの自由を主張する刹那は、その言葉が本気である事を伝える様に、瞳に力を込めてロックオンを見上げた。
 刹那にとっては、おそらく最大限の愛情表現だと思われる台詞に、ロックオンはため息をつく。
「だからぁ、俺は欧州人だって言ってるだろ。お前の観念的にそれが愛情表現だとしても、俺にはそれは受け入れられない」
「何故だ」
 当然の様な質問に、ロックオンは刹那の小さな体を胸に抱き寄せて、己の愛情を表現した。
「だって、俺だってお前の事好きだから」
「…………」
 ぴしりとロックオンの腕の中で固まった刹那に、ロックオンは己の考えを告げる。
「別に神様なんざ信じちゃいないけどさ。でも風習的に、やっぱり俺は一夫一婦じゃないと落ち着かない。それに……まあ知られてるから言えるけど、確かに俺はお前で抜いてたよ。だけどそれって、好きな女だから出来る事で、実際のお前を性欲処理に使えるかって言われれば、やっぱり好きだからそんな扱いは出来ないんだ」
 固まっていた刹那は、ロックオンの腕の中で、体の中から響いてくる甘いテノールに溶かされる様に、体の力が抜ける。
「お前が婚姻年齢に達したら婚姻届出して、二人で温かい家庭作ろう。全部終わったら、緑の多い田舎に家買って、庭には犬でも飼ってさ。その周りを俺達の子供が、沢山こけつまろびつ遊ぶんだ」
「……沢山、なのか?」
「そう。お父さんにお母さん、それに子供が沢山、こけつまろびつ。これが家族の基本だろ」
 腕の中の刹那に見せる様に、ロックオンは条件を一つずつ指を立てて示す。
 幸せな情景が刹那の頭の中にも伝わって来て、そんな事が実現出来るのかと疑問は持ったが、それでも夢のようだと思えた。

 刹那はロックオンの好みと共に、世界各国の男の事情を調べていた。
 故に、恋愛感情のない男と女の間にも、セックスは成立する物だと知っていた。
 ロックオンの好みの女になり、彼の子供を設ける。
 それだけで幸せだと、勘違いだとはロックオンに諭されて今は理解していても、やはり自分の血を受け継ぐ子供は多い方がロックオンには有益なのではないかと考えて、刹那はロックオンに操を捧げる決意をしたのだ。
 そして刹那の感覚的に、一度操を捧げた相手以外に、相見える事はない。
 それでもいいと思っていた。
 自分が愛される対象になるなど、考えてみた事はなかった。
 だからロックオンの口から刹那に対する感情が出て来て、心底驚いたのだ。
 まさかと思うと同時に、胸に広がる甘く痺れる感覚に戸惑う。
 それでも今までロックオンは刹那に対して嘘はいった事はない。
 軽口は叩いても、いつでも大切にされて来ていた事は、刹那は感じていた。
 そんなロックオンだったからこそ、刹那は操を捧げてもいいと思ったのだ。

 そして更にロックオンの風習を教えてもらえて、それに従って彼が行動したいと言うのなら、刹那に抗う気はない。
 ロックオンは刹那の風習も視野に入れてくれた。
 やはりこの男以外は自分にはいないと、刹那は再確認した。
「……ロックオンが、俺を貰ってくれるのか?」
 子供の頃は、親が結婚相手を決める物だと思っていた。
 だがこの組織に入って、それが因習であると理解した。
 相手を自由に選べる権利があると、クルジスから救出された後に連れられていった育児施設で、自分はもう結婚出来ないのだと思っていた刹那は、教育官にそう諭された。
 そしてロックオンに出会い、こんな男と結婚出来たらと思う様になったのだ。
 それが、叶う。
 夢心地な心とは裏腹に、ハスキーな刹那の声は、酷く冷静に周囲に響く。
 それでもその声色を聞き分けてくれるロックオンは、これが現実であると刹那に伝える為に、刹那を抱く腕に力を込めた。
「ああ、刹那がくれるって言うなら、俺が貰う。貰ってもいいか?」
 今まで聞いた事もない様なロックオンの甘い声に、刹那はロックオンの胸に頭を擦り付けて、何度も頷いた。





 一頻り刹那が頷くと、ロックオンは刹那を腕の中から出して、顔を近づける。
 その行動は刹那には理解出来なくて、瞳を瞬かせていると、数センチの距離まで近付いたロックオンは、囁く様に刹那に諭す。
「こういうときは、目を瞑るんだよ」
 そこまで言われても刹那は理解出来なかったのだが、取りあえず言われた通りに目を瞑れば、唇にロックオンの唇の感触が触れる。
 咄嗟に刹那は体を強ばらせた。
 それはいつも、薬を飲まされる体勢だったからだ。

 ロックオンの顔を、刹那は押しのける。
 甘い雰囲気だったのに、いきなり豹変した刹那に、ロックオンは目を瞬かせた。
「……なんだよ、キスさせろよ」
 ロックオン的には当たり前の流れだったのだが、それまでの行動が徒になった事にこの時痛感させられる。
「お、俺は今は元気だっ。薬なんて飲まないっ」
「………は?」
 口元を抑えてブルブルと頭を振る刹那に、目が点になる。
 暫く二人でにらみ合い(睨んでいたのは刹那だけだが)、刹那の瞳に色がない事をロックオンは気が付いて、そこで思い当たった。
「……や、だから、アレはキスじゃなかったんだって」
 偶然(?)目撃されてしまった刹那に薬を飲ませている所で、ラッセが言った言葉で刹那が勘違いした事を思い出して、乾いた笑いが出てしまう。
 薬を子供に飲ませる手段をキスとするなら、ロックオンのファーストキスの相手は、自分の母親と言う何とも不毛なことになってしまう訳で。
 ついでに父親ともキスをしていると言う、大変に不毛なことになってしまう。
 この子供にどう説明したらいい物かとロックオンは思案したが、はたと思い当たる。
 今は相思相愛で、たった今結婚の約束までしたのだ。
 何も遠慮をする事はない。
 ニヤリと不適な笑みを浮かべて、ロックオンは少し力強く刹那の口元を覆っている手を剥ぎ取った。
「違い、教えてやるよ」
「……何のだ?」
 訓練の時の様な真剣な視線だが、どこか違うロックオンの視線に、刹那は戸惑う。
 言葉の意味も理解出来なければ、この後の事など想像もつかない。
 刹那の頭の中にある性交渉は、女性器に男性器を挿入するという局面だけだった。

 戸惑う刹那を、座っていたベッドに押し倒して、ロックオンは再び顔を近づけた。
「キス、教えてやるって言ってるんだよ」
「だから……」
 それは既に経験済みだと刹那が言おうとした所で、ロックオンは刹那の言葉を遮る様に唇を塞ぐ。
 そのまま普段薬を飲ませるときと同じ様に、刹那の口腔に舌を差し込む。
 ここまでは刹那も想像通りだったが、その後のロックオンの舌の動きにびくりと体を震わせて驚きを表した。
「……ふっ……?」
 舌の付け根をぐるぐると動き回る生き物に、赤褐色の瞳が見開かれる。
 少しざらついた表面や、つるりとした付け根を擦り付けられて、未知の感覚に幼い体は無意識のうちに逃れようと、ベッドを這い上がる。
 それを追う様にロックオンも完全に刹那のベッドの上に乗り上げて、細い体を押さえ込む様に体を擦り付けた。
「んっ……、ろっ……っ!」
 何とか行動を止めてもらおうと言葉を発するが、それも全て絡めとる様に、ロックオンは口付けを止めない。
 刹那の小さな頭を抱え込んで、自分の物だと主張する様に、黒髪をかき混ぜながら角度を変えて、何度も刹那の唇を犯した。
 暫くすると、刹那の口腔を蠢く舌の動きが変わる。
 するりと刹那の舌の裏側を撫で上げて、そのまま強く吸引された。
「んふっ……」
 鼻から抜ける様な刹那の声に、ゆるりとロックオンは瞼を上げる。
 目を閉じる事も出来ない刹那と至近距離で視線が絡んで、やっとロックオンは唇を少し離した。
「……だから、目、閉じろよ」
 掠れたいつもよりも低い声と、鋭い翡翠の瞳に、反射的に刹那は目を閉じる。
 同時にぺろりと唇をなめられて、再びねっとりと塞がれた。
 前戯的にもう一度刹那の口腔を全て舐め回して、またロックオンは刹那の舌を吸引する。
 その誘導に従って、刹那は初めてロックオンの口腔を感じた。

 あつい。

 刹那の第一の感想はそれだった。
 クールに見える翡翠の瞳からは想像がつかない程、ロックオンの中は熱があった。
 それが人の体温だと思えない程あつい口腔に、刹那の気持ちは高揚する。
 新たなロックオンの一面が見られた様な気がしたのだ。
 だが、それと同時に思いもよらない場所が疼く。
 刹那は下腹部に熱が溜まる感覚を、初めて知った。
 尿を催す時に似てはいるが、違うと解る。
 じんじんと疼くのに、その感覚は決して不快ではなかったからだ。

 自然と下半身をロックオンに擦り付けて、その感覚を追う。
 刹那の動きに気が付いたロックオンは、ちゅるりと音を立てて刹那から舌を引き抜いた。
「……感じちゃったのか?」
 見た事もない程獰猛なロックオンの笑みに、刹那は頬に熱が溜まる。
 恥ずかしい、と、初めて思った。
 視線を彷徨わせた刹那に、ロックオンは更に獰猛に笑う。
「ははっ……刹那が照れてる。可愛い……」
 体から放つ凶暴な雄のオーラとは真逆に、ロックオンは優しく刹那の頬に唇を落とした。
「違い、解っただろ? これがキス」
 甘く囁けば、薬を飲まされる時には感じなかった感覚に、刹那は小さく頷いた。
 その様も可愛らしく、ロックオンは刹那の顔中に唇を落とす。

 戯れる様に何度か繰り返した後、それまでの甘い空気が嘘の様に、急にロックオンは真顔になった。
「……俺から申し込んでおいてなんだけど、一つ、約束してくれないか?」
「………約束?」
「そう……とても重要な約束だ」
 珍しいロックオンの真正面の真剣な瞳に、刹那は小さく息をのんだ。
 彼がこういう表情をする時には、これまでの経緯で何となく理解していたが、大抵刹那にとってよくない事を考えている証拠だ。
 それでも、聞かなければならない事は、刹那には理解出来た。
 トイレから呼ばれても今まで刹那自身に手を出さなかった、ロックオンの真意だと悟った所為だ。
 ロックオンは緊張している刹那に対して、意識して柔らかく目を細めながら、癖の強い黒髪に指を絡ませ口を開く。
 そして案の定、ロックオンの口からは不穏な言葉が飛び出した。
「俺たちは……いつ死ぬか解らないだろう?」
 それは刹那もいつでも感じていた事だ。
 多数のMSに囲まれて撃墜されるか、もしくは暗殺されるか。
 はたまた敵の手中に落ちて、機密を迫られた時には自殺するか。
 とにかく、二人の側には常に死の影がつきまとう。
 ロックオンの言葉に力強く頷いて、刹那は続きを求めた。
「俺が先かもしれないし、お前が先に死ぬかもしれない。二人同時ならそれはそれで問題ないかもしれないが………」
 一旦言葉を切って、刹那のシーツに流れた髪の毛に視線を落としていたロックオンは、意を決した様に再びしっかりと刹那の瞳に向き合った。
「もし、どちらかが生き残っちまったら、必ず次の相手を捜すんだ」
 思いもしなかった言葉に、刹那は眼を視張った。
 刹那には当然ロックオン以外の男など考えられなかったし、生涯を誓う相手は一人だと思っている。
 だから、素直にその言葉に反論した。
「それは出来ない。俺にはお前が最初で最後の男だ。アンタ以外の男なんて、この世にはいない」
 一途な刹那の言葉に、ロックオンの内心は喜びに満ちた。
 それでも、お互いの幸せを考えるなら、それを諾としてもらわなければならない。
 人は、一人では生きられないのだから。
 ロックオンが好みでもない小娘に熱を上げてしまったのも、刹那が自分を『女』と意識する前からロックオンを求めていたのも、簡単に言えば『恋』という感情だったのだろうが、根本には『番』という、人間の基本的な欲求に逆らえなかったと言う事だけなのだから。
 刹那のきつくなった視線を治める様に、幼さの残る丸い頬を指の背で撫でながら、更に言葉を紡ぐ。
「お前さんが俺を愛してくれているのはよくわかってる。俺だってお前を愛してる。だからこそ、お互いの為にお互いが幸せにならなきゃいけないと思うんだ。刹那は、刹那が俺を残して死んだ後、俺にお前の事だけを考えて、他者を排除して生きて欲しいか? お前は俺を縛る為に一緒にいる事を望む訳じゃないだろう? 俺だって同じだ。二人で幸せになる為に、一緒にいる事を望んだ。だから、どちらが残っても、ずっと幸せを求める事を止めないでいたい」
 刹那は、ロックオンの言葉を卑怯だと思った。
 こんな事を言いながら、絶対にロックオンは次の相手を捜そうとは思っていないのが明白なのだ。
 ある意味、刹那よりも感情的にはロックオンが一途な事を、刹那は理解していた。
 明るい表情の中に時折見せる、懐古を纏った視線の暗い顔。
 こだわる過去がある事が、そこから推察されていた。
 そんな男が、もし刹那が先に逝った場合、次の相手を捜すとは思えない。
 だからこれは、刹那にだけさせる約束で。
 確実に自分が先に死ぬと思い込んでいる証拠で。
 刹那が再び拒絶の言葉を紡ごうとした唇を、ロックオンは指でそっと押さえる。
「これだけは、俺の習慣に従ってくれ。そうじゃないと、俺は安心してお前と一緒にいられない」
 また、卑怯な事を言うと、刹那は頬を膨らませる。
 頬を膨らませて視線を逸らせた刹那に、ロックオンは苦笑を漏らす。
「……受け入れられないか?」
 その声は、少し気弱に刹那には聞こえた。
 まるで、懇願する様な声。
 遥かに年上の筈の男が、この時初めて刹那は可愛く思えた。
 正直、ロックオンの言葉に納得はできなかったが、それでもこれを諾としなければ、目の前の外身と中身が正反対の男は、本当に不安になるのだろう。
 それに……と、ロックオンの好みだと言っていた『ヤマトナデシコ』を調べた時に載っていた情報を思い出す。
 女は男に付いていくもの。
 その辺の感覚は、元来刹那が考えていた風習と似通っていて、直ぐに納得出来てしまった。
 これがその延長かと問われれば首を傾げるが、それでもロックオンの、夫婦になると言っている男の言葉なのだ。
 従わないわけにはいかなかった。
 モヤモヤする気持ちを言葉にする術も知らず、刹那は頷く。
 納得出来ない様な表情でも、頷いてくれた事にロックオンは心底安心した。
 臆病であると、自覚はしている。
 それでも、そこまでの布石を打つ程、ロックオンには刹那が大切だった。
 性別も年齢も、なにも関係がない。
 そんな事で抑えられる程、簡単な気持ちではなかった。


 流れてしまったシリアスな雰囲気を壊す様に、ロックオンはもう一度優しく刹那の頬を撫でる。
 そして戯けて言葉を付け足した。
「だけど、この約束はリミット付きだ」
「……リミット?」
 限りのある事だと示されて、刹那の顔に少し喜色が現れる。
「お互い……そうだなぁ、……80歳過ぎたら、無効。そんな歳じゃもう勃たねぇし、お前も上がってるしな」
 方目を瞑って口元に笑みを乗せるロックオンに、一瞬期待した『次を探さなくてもいい』という言葉が聞けなかった刹那は、思いっきり呆れたため息をついた。
「……と言う事は、もしお前と死に別れたら、79歳までは色恋沙汰に身をやつせと言うのか」
「おいおい、恋は人生の華だぜ? 無くなったら寂しいだろ」
「よく言う。お前のそんな華な噂は、俺は聞いた事がない。この場所にはお前が好みだと言ったおしとやかなDカップの女性だっているのに、お前は追いかけていなかっただろう」
 鋭い刹那の指摘に、思わずロックオンは視線を逸らす。
 だが、根本的な問題として、ロックオンよりも後に合流した刹那が、過去を知る訳がないのだ。
「んー、刹那が思ってる人かどうかは解んないけど、お前が来るまではちゃんと遊んでたぜ?」
 本当に一晩の相手を、目の前の少女を納得させる為に誇張してロックオンは話す。
「それに俺はお前の年頃には、彼女だっていたしな。お前みたいにその歳で将来とか、考えられなかったけど」
 その時のおままごとの様な恋心を思い出して、ロックオンは笑う。
 丁度テロ事件の前後で、年上の彼女は心底ロックオンを心配してくれた。
 だがそんな彼女をいともあっさりと捨てて、ロックオンは裏の世界に入った。
 もしあの時、本当に人の心を理解しようとしていて、更に刹那の様に意志が強ければ、おそらく自分はココにはいないだろうとロックオンは思う。
 それでも、ここで刹那に出会った。
 これが運命だったのだと、今までの暗い過去を振り返る。
 幼い刹那の顔を間近に見て、感じた事のない幸福感を得た。
 これだけで、今まで生きて来た価値があるとまで思える自分に、ロックオンは笑う。
 スメラギの呆れた笑いを思い出し、つい一時間前までの頑だった自分に、無駄な抵抗だったと、スメラギと同じ様に呆れてしまう。
 柔らかくなったロックオンの雰囲気につられる様に、刹那も表情を崩す。
 滅多に見られる事のないリラックスした表情の刹那は、年相応に愛らしかった。
 お互いに確かめ合った想いに、ロックオンの体が反応する。
 裸を見ても勃たなかったのに、笑顔で勃つとはと、ロックオンは自分の体に苦笑してしまう。
 どこの思春期のガキだと。
 スメラギに言われた『同レベル』という言葉を思い出して、更に苦笑を深くした。





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やっとくっ付きました!
……と思ったら、もう結婚の約束してます(汗)。
ま、まあ、最初からこの流れは決めてたんですが、乙女的にどうなんだろうと……(汗)
先にこの後のお話を書いてしまっているから言えますが、刹那はライルが想像出来る様な玉ではありませんっ!
お兄ちゃんは苦労したんです!(笑)