何が何でもソランと次の約束を取り付けたいとライルが練った策は、夜が駄目なら昼はどうだと、休日の昼間に営業している人気の店を探した。実際に足を運んでみて味を試し、雰囲気共に確認をする程に綿密に計画を立てた。
だが、それすらもソランの気は惹けなかった。
『休日は、家族と過ごすことになってるんです』
2週間後の待ちに待った電話での連絡で、ソランはあっさりとライルの誘いを断った。
流石にここまで誘いを断られると、自分には全く可能性が無いのかとため息が出る。
「俺と会うの、嫌ですか?」
今までの人生で兄には引けは取っていたが、それでもライルもソコソコは女性に興味を抱かせる対象として生きて来た為、ここまで徹底して避けられる事は初めてだった。
何か彼女の気に障る事をしての結果とあれば、ライルとて引き下がれる。だが、初対面以降ソランとは会っていないし、電話すら長くて5分だ。その間に何かあったとは考え辛い。結局は第一印象以上の物をお互い持っていない訳で、せめて一度のデートは果たしたいとライルは唸った。
明らかに不満を滲ませたライルの言葉に、ソランは同じ調子で返す。
『いえ、会うのが嫌な訳じゃないんです。ただ、タイミングが合わないだけです』
タイミングとは、社会人になれば『合う』物ではなく『合わせる』物だと思うのだが、彼女にそれは通じないようだった。
頑張って練った計画もおじゃんにされたライルは、電話を切った直後に決意した。
(会社の前で待ち伏せしてやるっ)
何度電話で誘ってみても駄目なら、足で稼ぐしかない。
とにかく会って、話す機会を増やさない事には、進展は望めないのだ。
外回りから直帰の日、ライルは午後5時の終業時間にソランの会社の前に立った。
大きな正面玄関が見渡せる場所のガードレールに腰掛けて、目当ての人が出てくるのを待つ。
5時10分を過ぎたあたりからちらほらと人が出てき始めて、ライルは目を凝らして人波を見つめた。
(あ…)
同僚なのだろうか。同じ年くらいの女性とともに、目当てのソランは姿を現した。
女性と並ぶと、ソランはかなり背が高い。
初対面の時に並んで歩いた時、そう言えば彼女は身長が180を超している自分の肩のラインに頭があったなと、今更ながらに思い出した。
友人に話しかけられているソランは、前に見た張り付いた笑顔は無く、いっそ無表情に見える顔で相槌を打っているようだ。
その内視線に気が付いたのか、ソランの視線とライルの視線が絡む。
「あ…」
「こんにちは」
驚きに声を上げたソランに、ライルは軽く手を挙げて挨拶した。
「知り合い?」
友人の女性がソランに声をかける。
ソランは少し戸惑った後、女性に「ああ」と簡潔に返答をした。
隣にいる女性には悪いかなとは思ったが、ライルは己の行動を止めなかった。
「今日は、お時間ありますか?」
恋いこがれていた姿を目の前にして、ライルの笑顔は普段の数倍甘くなる。
元々の甘いマスクに、更に甘い笑顔を浮かべたライルに、ソランの隣の女性は自分に向けられていないと分っていてもぽっと頬を赤く染めた。
「今日は…」
ソランはあからさまに困った顔をして、ライルの顔と腕時計を交互に眺める。
その様子を隣で見ていた女性は、ソランを助ける様に提案する。
「預かってようか?」
ライルはその言葉に「何を預かるんだ?」とは思ったが、二人の会話に口を挟める程親しくもないので、会話が終わるのを待つ。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「でも…」
ちらりとライルに視線を送る彼女に、ソランは言葉を重ねる。
「今日は6時で申請してるから、大丈夫なんだ。ありがとう」
「そう?無理だったら遠慮なく言ってね?お互い様なんだから」
「ああ、そうさせてもらう」
彼女との遣り取りを見ていて先ずライルが思ったのが、ライルに対する話し方と彼女に対するソランの話し方の違いだった。普段はあんなに素っ気ない話し方をするのかと。素っ気ないというか、男っぽいというか。だが、それはそれでソランに似合っているとも思った。
彼女が手を振って去った後、残されたソランとライルはやっと顔を合わせる事が出来た。
「会社までくるとは思いませんでした」
ソランはため息混じりにライルを見る。
「このままじゃ、友達にすらなれないと思ったんでね。今日は外回りで直帰だったから寄らせてもらったんだ」
呆れ顔のソランにめげる素振りも見せずに全開の笑顔で、ライルは前回顔を合わせた時と同じ様に誘った。
「この近くに紅茶の美味しい店があるって聞いたんだ。これからどうですか?」
ライルの笑顔にため息をつきつつも、ソランは「30分だけ」と条件を付けてライルの誘いを受けた。
同じ会社の女子社員に聞いた店にライルはソランを伴って訪れた。
女性が気に入っていると言った言葉通り、そこはカントリー風の可愛らしい店作りをしていて、出されたダージリンは芳香も申し分無かった。
ライルがダージリンを飲む目の前で、ソランはミルクティーを飲む。
「どう?俺も人から聞いた話しだけだったからちょっと不安だったんだけど」
初対面のときの笑顔が無く、もう取り繕う気もないのか、ソランは会社から出て来た時と同じ無表情でカップに口を付けていた。
「…美味しいです」
「そう、よかった」
やっと溢れた言葉に、ライルは嬉しさを隠す事もせずに微笑んだ。
「あの…ディランディさん」
「ディランディさんなんて柄じゃないよ。ライルって呼んで」
初めてソランから話しかけられて、ライルは更に笑みを深くする。
やはり会って話すというのは大切な事だったんだと自分の考えを肯定した。
だが、ソランの言葉はライルの望んでいる物では無かった。
「単刀直入に言わせてもらいます。私との交際を望んでいるなら、諦めて下さい」
真剣にライルを見つめる瞳に、ライルはソランの本気を読み取った。
だがここで「はい、そうですか」と引き下がれるのならば、ここまで追いかけたりはしない。
「何故?もう付き合ってるヤツがいるのか?」
ライルが一瞬で恋に落ちた程の美女だ。当然そう言う可能性だってあるだろうとは思うが、初対面の時にソランは何も言わなかった。
だが、次にソランの口から出た言葉は、ライルの想像を軽く凌駕していた。
「子供がいるんです」
「…は?」
「子供がいるので、男性とお付き合いしている暇はないんです」
真剣なソランの顔に向かって、ライルはこれでもかという程間抜けな顔を晒した。
子供がいる?
「だって、まだ20だって聞いたぞ!?」
この間、同僚が言っていた言葉を思い出す。
あの時はライルは自分が年が離れ過ぎているから、ソランの対象にならないのかと考えた。
だが、既に子持ちだとは。しかもそれが理由で付き合えないと言われるとは思いもしなかった。
「17で生んだんです」
ライルの混乱を他所に、ソランは淡々と話しを進める。
「いや、えっと、子供がいるのはいいとして…いや、いいのか?や、いい」
もはやライルは自分が何を口走っているのか分っていない。
「付き合ってるヤツがどうのって言うより、結婚してるってこと?」
未婚で子供を産んでいる女性は沢山いるが、目の前のソランの固そうな性格から考えて、その可能性は低い様に思えて、混乱しつつ質問する。
だが、ここでもソランはライルの予想を裏切った。
「いや…結婚はしてないです」
ソランの言葉とともに、彼女の細い左手の薬指に視線を送ると、彼女の言葉通りそこには何も無かった。
意外だと思いつつも、完全に希望が絶たれた訳ではなかったと、ライルは胸を撫で下ろした。
「なら問題ない。俺、子供好きだぜ?」
実際にはあまり子供の相手をした事は無かったが、それでも彼女の子供ならいいと瞬間的に思った。
その事で、ライルは本当にソランが好きなのだと改めて実感した。
話しをしたのもほんの少しで、顔を合わせるのもまだ2回目だというのに、こののめり込みようは何だと自嘲してしまう。
「こちらには問題があります。今日はその事をお話ししたかったんです」
まっすぐにライルに向けていた視線を緩くカップに落として、ソランは言葉を続けようとした。
「だから…」
「でも、諦められない」
ライルには嫌という程『だから』の後の言葉がはっきりと分っていた。
それでも諦められない物は諦められない。
いい加減、うるさい男だと思われている事だろう。それでもこの出会いに終わりをつけたくなかった。
「子供がいる事は分った。夜早く寝るのも、休日に出かけられない理由も分った。別に俺を子供より優先しろなんて言わない。それでも、これからもチャンスが欲しいんだ」
彼女の状況が分った今、前より格段にアプローチの仕方だって分るという物だ。
これからなのだとライルが思った瞬間、ソランははっきりと言った。
「無理です」
これ以上無い断りの言葉だったが、それでもその理由が知りたかった。
「何故?子供がいたって恋愛は出来るだろう?」
離婚しているにしても、未婚で子供を産んでいるにしても、パートナーと呼べる相手がいないのであればライルにだってチャンスは巡ってくるかもしれないのだ。
ライルがそう食い下がると、ソランは今日何度目になるか分らないため息を吐き出して、再び瞳に力を込めた。
「申し訳ないが、貴方とだけはありえない」
今までの様に対外的な丁寧語を使う事無く、ソランは言い放った。
「ありえないって…酷いな。どうして?まだ殆ど話しもしてないのに、会ってもいないのに、どうしてそこまで俺を否定する?」
自分が一目惚れしたからって相手に一目惚れされるとは、当然ライルも思っていない。
故に、聡明である彼女が、ライルの人柄を知りもしないでそこまで否定する事が意外だった。
何とか会話を続けようとするライルを振り切る様に、ソランは腕時計に視線を落として席を立つ準備をする。
「もう託児所の迎えの時間なので失礼する」
「だから、どうして…」
ソランの言葉が嘘だとライルは分っていた。彼女は会社の玄関で、友人に「6時退社」だと託児所に伝えたと言っていたのだ。まだ時計は5時40分を差している。
どうしてここまで拒否されるのか、ライルはその理由を知りたかった。
なにか、容姿とか言動以外に理由があるような気がしてならなかったのだ。
荷物をまとめ終わったソランは、伝票を持って席を立つ。
「どうしてもだ。申し訳ないが今日は失礼する」
結局何も理由を告げずに、ソランはライルに背を向けた。
hitokoto
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