ビギニング

2011/08/14up

 

「いいか、顕花が終わったらハンドレットパワーで全力疾走するぞ」
 小雨の中の葬儀で、牧師が鎮魂の章を読み上げてすぐに、虎徹はバーナビーに囁く。
 虎徹の囁きは、目にハンカチを当てて、故人、サマンサ・テイラーを悼んでいるバーナビーには届かなかった。
 バーナビーの両親が生きていた頃の、家のメイドだった彼女は、多忙なバーナビーの両親を、完璧にサポートしてくれた。
 成人しても尚、バーナビーを自分の子供のように可愛がり、稀薄になりがちな縁は、彼女の優しさで強固になっていた。
 そんな彼女が、事件に巻き込まれて死んだ。
 しかも、バーナビーの関係する事件で。
 憎むべきは犯人、マーベリックであり、それ以外の何物でもないのだが、そのマーベリックが既にこの世にいないとなれば、どこに憤りをぶつければいいのか。
 真に一人になってしまった感覚に苦しんでいるバーナビーに、虎徹は段取りだけを囁き、他の人に習って、彼女の棺の上に花を投げた。
 虎徹は一度だけ、しかも電話越しという稀薄な関係だったが、サマンサと面識があり、今は守るべき人もいる。
 普段はそんな必要はない。
 彼女も優秀なヒーローで、いくらでもやりようはある。
 だが今回は別だった。
 葬式が終わる瞬間を、報道陣が待ち構えている。
 それに対処できるような、精神状態ではないのだ。
 両親を殺したマーベリックは、面倒な教育を孤児院に押し付けて、成人したあと、更にバーナビーの記憶を改ざんして、この2年、影からバーナビーを操り続けた。
 マーベリックのNEXT能力は、あまりにも非人道的なものであったので、司法局で保管し、外部に漏れないように細工がしてある。
 故に今、バーナビーが人の輪に入れるようになるまで、マスコミは待機しているのだ。
 記憶の改ざんという手段で親しくしていた事を、伏せなければならない。
 今、紙面を飾っているのは、史上最大のペテン師と名付けられたマーベリックだ。
 マーベリックとの関係が知れ渡っているバーナビーが、このままこの場所で住み続けるのは、無理な話なのだ。
 テイラー家の男性人が、棺おけが納められている穴に土をかけ、その後、残った知人などが土をかける。
 虎徹や彼女と面識のある面々が土をかけ、スムーズに式は終わろうとしていた。
「彼女の魂が、神の御許にて安らかであらん事を」
 牧師が〆の言葉を言った瞬間、一斉に報道陣が動き出した。
 狙っているのはバーナビーだ。
 発表されていた虚偽が、どの程度のものなのか。
何歳からマーベリックに後見人の関係になったのか。
 最後のアンドロイド事件に、どの程度関わっていたのか。
 など等、バーナビーが忘れたがっているい事を、大声で矢継ぎ早に叫ぶ。
 親族のように付き合ってきた女性が亡くなったバーナビーには、今は答えようもないことを、大手の新聞社やパパラッチが叫ぶのだ。
 親族は静かな葬儀を踏みにじられ、それでも彼女の親族は、皆優しかった。
「虎徹君、教会裏から逃げるといい」
 サマンサの兄だという男性に促されて、泣き崩れんばかりのバーナビーを抱えて、虎徹は教会に向かった。


 中に入れば、親族が呆然とした顔で、ドアから入ってきた虎徹とバーナビーを見つめる。
 虎徹の胸にすがって泣き続けているバーナビーの代わりに、虎徹は小さく頭を下げた。
 急な訃報に呆然と教会のいすに腰掛けていた親族の中から、一人のハニーブロンドの女性が歩み寄ってくる。
「お嬢様、私も後から追いかけますので、鏑木様にご連絡する事をお許しいただけますか?」
 問われて、それでも声も出ないほど泣き崩れているバーナビーは、小さく頷くだけで了承の合図を送る。
 彼女はマーベリックに殺害されたサマンサの娘だった。
 代々ブルックス家を守っているらしいテイラー女史に、虎徹は自分の電話番号を手渡し、親族の男性が示してくれたように裏口へとバーナビーを抱えて向かえば、更に教会の牧師が虎徹の行く手を阻む。
「裏口はもう無理です。こちらの私の自宅の出入り口から出てください」
 虎徹が窓から外を見れば、マスコミが押し合いへし合い教会の中を覗いている。
 牧師の言葉は有り難いが、結局どこから出ても同じだと判断して、教会の裏口へと向かった。
 ドアの前で深呼吸し、最近また発動時間の短くなったハンドレッドパワーを発動させ、扉を開けた瞬間に、バーナビーの十八番のお姫様抱っこでバーナビーを抱えてジャンプした。
 何度かジャンプを繰り返して、ビルの陰に止めて置いた虎徹の車にバーナビーを投げ込んだ。
「兄貴、わりぃ!」
「構わない。早くシートベルトをしろ」
「あいよ! バニーちゃん、ちょっとゴメンよ」
 泣きすぎて脱力しているバーナビーの体にシートベルトを巻きつけて、虎徹も素早く着用する。
「頼んだ! 市街地ぬけたら、運転交代すっから!」
「お前は運転以外にする事があるだろう。構わずお仲間に連絡を取れ」
 マーベリックの一連の事件以降、ヒーローは交代性でバーナビーの身辺を守っていた。
 そして極秘に引越し作業をしていたのだ。
 マーベリックの痕跡の濃いシュテルンビルトからの脱出だった。
 親睦が深かった事と、最後に記憶を操作されて最後の最後までマーベリックがバーナビーの後見をしていた所為で、ヒーローTVの派手なマーベリック事件の幕引きは成功したが、こちらに不都合が出てしまった。
 もう返却してしまったPDAはなく、自分の携帯電話を慌ててポケットから取り出して、アントニオに繋ぐ。
「今走り出した! 偽装工作よろしくな!」
『任せとけって。バーナビーは大丈夫か?』
「相変わらずだ。家に帰ったらまた連絡を入れる。他のやつらにも伝えてくれ」
『わかった。運転気をつけろよ』
「了―解。兄貴に伝えておくよ」
 なるべく何事もないように会話を終わらせて、バーナビーに振り返れば、彼女はやっと涙が止まったらしく、呆然と窓の外を眺めていた。





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