『今世紀最大のビッグカップルの誕生の瞬間です!』
アナウンサーが、そんなあおり文句を付けてくれる。
式場の前には人が群がり、テレビカメラも報道陣も、揉みくちゃにするほどの熱狂振りだった。
そんな外の様子を、控え室で虎徹は苦く笑ってテレビ画面で見つめていた。
初めての顔合わせは、仕事で窮地に陥った虎徹を彼女が救ってくれたところだった。
体格がよく、身長もヒーロースーツを着てしまえば、重心を前に置くためにヒールの仕様になっているスーツを身に纏っている彼女は、虎徹よりも身長が高かった。
故に、初紹介で女性だと知ったとき、心底驚いた。
その後、少し精神的に弱い部分を持つ彼女に心を配れば、そんな虎徹にバーナビーは心をよせて、今までに合った事も無い程の猛烈なアタックを受けた。
それでもその時は、虎徹は死別した妻を忘れられず、何度も彼女にその事を告げた。
その度に、バーナビーは少し悲しそうな顔をして、それでも虎徹を見捨てなかった。
その姿勢が、ずっと虎徹を支えてくれていた妻の友恵と重なり、更にバーナビーの個人的な魅力が加われば、もう虎徹に抗う術などなく。
そして今日、虎徹は二度目の結婚式を挙げるのだ。
娘や母親に告げたとき、母親は嬉しそうにしてくれたが、やはり娘は複雑そうだった。
そんな虎徹の娘の楓にも、バーナビーは頭を下げて、心を砕き、そして理解を得た。
今、虎徹が一人きりで控え室にいる理由は、家族が花嫁であるバーナビーの元に行ってしまっているからだ。
両親と早くに死に別れ、頼るべき親族もいない彼女は相談できる相手もいず、結局女同士という事で、虎徹の母親と娘の楓が、彼女の世話に行っている。
二人で選んだウェディングドレスは、豪華だった。
まだ世間に公開されていないソレに、メディアは色々な憶測をして、楽しんでいる。
更には列席者も報道され、ヒーロー仲間は最下位の者まで注目を浴び、困惑していた。
虎徹はヒーローを引退していても、ずっとヒーローで所属していたアポロンメディアに勤め続けていて、他のヒーローのメンタル面のケアを仕事としている。
故に引退後も虎徹にメディアは注目して、結局すっかり世間から姿を消す事も出来なかった。
更にバーナビーは、いまだに現役のヒーローで、そんな二人の熱愛報道は、婚約を発表してから世間を賑わせ続けていた。
虎徹の過去や、バーナビーの過去。
実は二人が背負っていた悲しい過去を、メディアが面白おかしく、または必要以上に悲哀を駆り立てるように編集して、虎徹の死別した妻さえも、今では有名人だ。
彼女の墓にはひっきりなしに人が訪れるようになったと、虎徹は兄から非難をあびた。
静かに眠らせてやれないのかと、穏やかな虎徹の兄、村正は、電話越しに弟に説教をしたのだ。
だがもう、引き返せない。
相手が悪かったから、諦めてくれ。
そう虎徹は謝った。
それでもそのお陰で虎徹の地元は観光地になり、地元産業は活性化し、地元の村長からは感謝と祝辞を述べられた。
複雑な経緯に、虎徹は二人の馴れ初めを勝手に作った映像を画面で眺めながら、まだ左手に光っている、前の妻とのマリッジリングを眺める。
「……おかしいよな、世間って。お前との結婚の時は、こんなんじゃ無かったのにさ」
ヒーローとして駆け出しの時に結婚した友恵とは、大して騒がれなかった。
個人情報としていた事もあるが、それでもこんなフィーバーも無く、取材で左手の薬指に結婚指輪をはめていた虎徹に、何も質問は飛ばなかった。
なのに今、絶頂のヒーローとの結婚と言うだけで、まるで国王の結婚のように報道されている。
テレビ画面では、まだ二人でコンビを組んでいた頃の活躍も流されて、久しぶりのその映像を、懐かしく眺めた。
虎徹が持っていたハンドレットパワーというネクストの減退を理由に引退し、更にネクストの研究に協力し、長年ヒーローとして活躍してきた虎徹は、今の職業に就き直し、以前は田舎の母親に預けっぱなしだった娘を市内に呼び寄せた。
二人での生活の中、自然とバーナビーが加わり、今はもう、三人で暮らしている。
住まいは一人暮らしだった頃のブロンズステージからゴールドステージに一気にレベルアップさせて、娘の安全と、新しい相手であるバーナビーの生活に合わせる形になった。
別に不満は無い。
それでも心のどこかで、いまだに拭えない友恵への罪悪感を常に覚えていた。
一人きりになった今、誰に気兼ねなく、もういない彼女に語りかける。
「今度の俺の相手、お嬢様だぜ。市内生れの市内育ち。俺たちの馴れ初めなんて、田舎のこじんまりした学校の、部活の部屋だったのにさ。木造校舎でのお前との高校生活、忘れてないぜ」
新しい相手が出来ようとも、彼女への愛は変わらない。
そうマリッジリングに語りかける。
当然、それを口外するつもりは無いが。
式に向けて時間が迫り、神前式で前のマリッジリングをはめている事も出来ずに、左手の薬指から、彼女の名残を外す。
長年指輪をはめ続けていた左手の薬指の根元は、指輪のサイズに合わせて少し他の場所よりも細くなっていた。
もうすぐ新しい指輪が、ココにはまる。
それでも捨てきれない思いに、虎徹は古いマリッジリングを、白いタキシードのポケットに滑り込ませた。
「凄い! バーナビーさん綺麗!」
一方、花嫁の控え室では、虎徹の母と楓が、バーナビーのウェディングドレスの着付けを見守ってくれていた。
着付けが終わったバーナビーに、楓が手を叩いて喜んでくれている。
これから家族になる二人に、バーナビーは笑う。
化粧も終わり、ベール越しに、バーナビーは楓に告げた。
「もう、『バーナビーさん』は卒業して下さい。これからは『バニー』って呼んで下さい」
彼が言い始めた頃、そのあだ名に反感を覚えたが、それでも今では愛しい呼び名だ。
楓に母と呼べなど、言えない。
彼女には自分とは違う母親がいて、その事を忘れて欲しくない。
バーナビーにとって、その事実も愛しい彼の一部だからだ。
その事を、虎徹が気にし続けている事は知っている。
自分に対して罪悪感を持ち、更に過去の妻に罪悪感を持っていることも。
だがバーナビーは、その事にあえて触れなかった。
そしてあらゆる手段で誘惑して、彼を手に入れた。
もうすぐ、虎徹の全てを手に入れる。
彼の人生を手に入れるのだ。
もう、二度と離さない。
罪悪感すら、バーナビーにとっては虎徹を縛る為の一つの要素だった。
そうやって自分を思い続けていればいい。
常に心におけばいい。
苦しんでいる彼すら利用してでも、それでも手に入れたかった。
虎徹の温かさを。
こんな執念深い自分を愛してしまった虎徹に、少しだけバーナビーは同情した。
自分の事であるが、それでも捕まえた男に、苦く笑ってしまう。
そんなバーナビーに、虎徹の母は柔らかく笑った。
「息子を、よろしくね」
声にバーナビーが顔を上げれば、色々な事を悟っていると表現している義母の顔に、バーナビーは艶やかに笑う。
「……はい」
返答は、少し間が空いてしまった。
それはバーナビーが感じている罪悪感からだ。
そんなバーナビーを理解している虎徹の母は、この後の予定を確認する。
「お父様とお母様の写真はちゃんと準備できた? 影膳の前に置くやつ」
披露宴の話に飛んで、バーナビーは頷いた。
「はい。ホテルの人に渡しました。式の最中は、サマンサおばさんが手に持ってくださるそうです」
両親と住んでいた頃の家政婦の女性を指せば、虎徹の母は頷いた。
「そう。本当は父親役で、バージンロードの介添えを誰かにして欲しかったんだけどねぇ」
「……そうですね」
もうバーナビーには、真に親近者はいない。
虎徹以外、誰もいないのだ。
だから式の話が出たときに、普通に虎徹はバーナビーと共に歩くと提言し、バーナビーもそれに従った。
それ以外の方法は無いのだから、当然であるが。
現在ではありがちな事でもあるし、元々虎徹の家は日本式を貫いている家だ。
本来なら、白無垢が落ち着くのだろう所を、バーナビーの白人種の外見に合わせて、教会にしてもらったのだ。
結局どうでもいいのだ。
バーナビーも別に熱心に宗教活動をしている訳でもなく、虎徹とのセレモニーが出来れば問題は無い。
会話を繰り広げていれば、式場のスタッフが控え室をノックする。
「お時間です」
その言葉に三人で立ち上がり、教会の介添人が、バーナビーのドレスを持ち上げて、ブーケと共に持たせる。
体勢が整ったところで、虎徹の母と楓は先に部屋を出て、式場に向かった。
その後を追うように、バーナビーも人生の晴れ舞台に向かうのだった。
バーナビーが介添人に連れられて式の行われる部屋の前にたどり着けば、ソコには既に虎徹がいた。
バーナビーの姿に、虎徹は笑う。
「綺麗じゃねぇか」
「あなたこそ、カッコいいですよ」
お互いの、普段にない姿に笑いあって、腕を組む。
準備を整えれば、部屋の中からパイプオルガンがなり始めた。
「では、扉を開きます」
スタッフが伝えてくれた言葉に二人で頷いて、儀式を行う部屋の内部が二人の視界に映った。
300人を超える列席者たちが、一斉に自分たちを見つめる。
テレビのカメラに笑う事は慣れている二人だったが、実際にコレだけの人に見つめられるのは初めてで、素直に緊張してしまった。
それでも予行練習どおり、二人でゆっくりバージンロードを歩いて、牧師の前にたどり着く。
その間、バーナビーは虎徹のポケットに堅い感触がある事に気がつき、虎徹はバーナビーの緊張を思いやっていた。
お互いの胸の中で、別々の事を考えながら、それでも絆になるセレモニーを行う。
祭壇の前に到着した二人に、牧師が神の言葉を読み上げて、これからの二人を祝福してくれる。
病める時も健やかなる時も、お互いを愛し、ともに歩み、助け合う事を誓いますか?
結婚式のお約束の言葉が流れ、それに虎徹は「I do」と返答する。
この場に来て覆されるとは思っていなかったが、その言葉にバーナビーは安堵のため息を零した。
そして同じ言葉が新婦であるバーナビーにも投げられ、バーナビーも同じように「I do」と返答した。
その後、結婚指輪の交換に入り、前の結婚では銀の指輪であった虎徹は、新しい金の指輪を手に取り、バーナビーの左手の薬指にはめる。
同じようにバーナビーも、牧師から指輪を受け取って、虎徹の左手の薬指の、前の指輪の跡が残っている場所に、自分の痕跡をはめ込んだ。
そして、誓いのキス。
虎徹がベールに覆われていたバーナビーの顔をベールを捲って晒せば、今までに見せた事の無い程、バーナビーは幸せそうに笑っていた。
キスを交わすために、バーナビーは少し顔を上げ、虎徹はその顔に屈みこむ。
虎徹は元来、平均よりも身長も高く、以前の結婚式の時には言われなかったが、今回はバーナビーの身長が略虎徹と同じと言うことで、花嫁の身長に合わせるようにと、ヒールのある靴を履いていた。
その所為で、普段のキスとは少し感覚が違うものになった。
普段は軽くいつでも、同じ高さで交わされるキスが、バーナビーの上から虎徹の唇が降りる。
作られた感じが満載だったが、それでもセレモニーとしては丁度良いと、それはお互いに心の中で同じ事を呟いた。
軽くキスを交わして、結婚証明書にサインをすれば、もう公然では二人は無事に夫婦になる事が出来た。
そして再び、お互いに別のことを心の中で呟きながら、笑顔をかわす。
虎徹はバーナビーに、忘れられない前の妻を謝罪して。
バーナビーは、虎徹の罪悪感を利用している事を謝罪して。
そんな無言の遣り取りで、二人は生涯を誓った。
全ての儀式が終わり、華やかな結婚行進曲が流れる中、二人は笑顔で参列してくれた大勢の人に向かって手を振る。
バージンロードを歩き、控え室に入った瞬間、虎徹は普段の雰囲気で椅子に座り込んだ。
「あー、こういうの疲れる」
堅い雰囲気を嫌う虎徹に、ベールを上げた顔のまま、バーナビーは笑った。
「二回目でしょう? 緊張も新鮮さも無かったんじゃないですか?」
「バカヤロウ。こんなん、何回やったって馴れるか」
今日は特別に後ろに撫で付けた髪の毛の所為で、掻き毟る事もできずに虎徹は頭を抱えた。
そして、大きくためいきをつく。
まだ罪悪感を抱いているのかと、バーナビーは彼の誠実さに小さく笑ってしまった。
そして自分の執念にも。
控え室の窓から見える青空に、彼の亡くなった前の妻を思った。
あなたの事、彼はまだ愛していますよ。
そう心の中で呟いて、それでも自分のものになった虎徹に、そっと寄り添った。
落ち込んでいるのだろう虎徹に、少しの笑を提供する。
「ブーケトス、ハンドレットパワーで全力で投げましょうか」
次の花嫁を決めると言われている、迷信を含んだ余興をそう告げれば、虎徹は笑った。
「自分の次は出さないつもりかよ」
誰にも受け取れないと、そう言って笑う虎徹に、バーナビーも満足する。
「普通に投げて、楓ちゃんが取っちゃったらどうします?」
愛娘が次の花嫁になったらと脅せば、虎徹は頬を引き攣らせた。
父親として、複雑だろう。
それでもいつかは、彼女も結婚する。
虎徹の性格を考えて、その時は大騒動だろうと想像して、バーナビーは笑った。
「よし、許す。能力全開で、しかもお得意の蹴りで行け」
「しませんよ」
自分で言った言葉を撤回すれば、自然と二人で笑えた。
笑いあって、スタッフが呼びに来るまで楽しんでいれば、列席者が外に並ぶ時間など、あっという間に過ぎた。
こうやってきっと、年老いて、どちらかがこの世を去るまで生きていくのだと、バーナビーは思う。
虎徹の初めの結婚は、あまりにもその時間が短かった。
だからこそ、自分は長生きをして、彼を見送ろうと、そう心に決めた。
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後略
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合同誌の自分の部分の試し読みです。再婚に夢を見ております…! next
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