will~オーダーメイド7

10/03/14up

 


 夜の突然のロックオンの訪問に、スメラギは驚きもせず、部屋に招き入れた。
 そしてロックオンの訴えにも、何も驚かなかった。
 だがそれに対して返された言葉に、ロックオンは驚く。
「あなた達の事は、何となく察してるわ。だけどロックオン、今は同室は解除出来ないわ」
「何故……」
 問い返したロックオンに、スメラギはロックオン自身が刹那と別に寝る様になった最初の日に感じた己の問題を突きつけた。
「もう、あなたも何故あなたが刹那の面倒を見る様に言われたか、解るでしょう。刹那はもう、半年前からあなたと同室で居る理由は無いの。医療チームとあなたからの報告を総合して判断した、私の意見よ。だけどあなたは違う。あなたは逃げようとしているわ。自分の心から」
 戦術予報士として参加している女性だとは理解していたが、ここまで人の心を読む事に長けているのかと、ロックオンは自嘲めいた笑みを唇に載せる。
「ああ、逃げてるよ。だって、それ以外方法が無いじゃないか。あんな子供に対して、それ以外どうしろって言うんだよ」
「それで問題が解決するなら、一つの良策なんでしょうね。でもコレからの事を考えれば、今あなたが逃げ出すのは良策とは思えない。別の部屋で生活を始めても、何が変わると言うの? マイスター同士、接触する機会は減る事は無い。それにあなたの性格からして、この先刹那に他の相手が出来た時、黙っていられるとは思えないわ」
 今まで口にはしていても、なるべく想像しない様にしていた事を突きつけられて、ロックオンは唇を噛み締める。
「だけど……アイツ、俺の気持ちなんかわかっちゃいないんだ。アイツの頭の中にあるのは、ミッションの成功だけ。別に俺とどうにかなろうとか考えてる訳じゃねぇ」
 苦々しく言い放ったロックオンに、スメラギはため息を零した。
「……あなた、幾つよ。男はずっと少年だって聞いてはいたけど、ちょっと酷すぎない?」
「は?」
 あからさまに呆れられた口調に、ロックオンは自分の何がいけないのか解らずに、首を傾げる。
「あなた、さっき自分で言ったわよね。刹那は子供だって。同レベルになってどうするのよ」
 刹那と同レベルと言われても、ロックオンには思い当たる節が無かった。
 生活は自分が刹那に教えた事であるし、精神問題も然り。
 勉強も一から見直して、刹那をここまで育てたのだ。
 ロックオンが眉をしかめると、スメラギは本格的に呆れたと言わんばかりにワインのボトルのコルクを抜いて、グラスに注ぎ出した。
 二つ用意した片方を、ロックオンに差し出す。
 戸惑いながらも、ロックオンはそれを受け取った。
「あのねぇ、私は戦術予報士であって、あなた達の監督官じゃないのよね。だからこの先は有料よ」
「……有料って、何」
「欲しいコニャックがあるのよね。今度地上に行った時に買って来て」
 にっこり微笑まれて、取りあえずと言った風情でロックオンは頷いた。
 その頷きを確認してから、スメラギは口を開いた。
「んじゃまあ、お姉さんが教えてあげましょう。先ずあなたが思っている刹那のミッションね」
 何度も刹那自身から繰り返されている言葉に、ロックオンは再び眉を顰めた。
 そんなロックオンを、スメラギは笑う。
「ふっつーに考えてみてね? 刹那の肌の色から推察して、あの子はどの辺りの出身だと思う?」
「……中近東?」
 顎に指を当てながらロックオンが答えれば、スメラギはそれを確認してグラスに口を付けた。
「ん、多分ね。守秘義務とかで私にも詳しくは解らないけど、刹那の生活習慣から考えれば、多分その辺だと思うわ。…んじゃ、その辺の主流の宗教ってなーんだ?」
「……イスラム系?」
 その辺の詳しい事情はロックオンも知らないが、一般的なイメージで答えれば、スメラギは一口を飲み下してにっこりと笑った。
「あの徹底的なまでの肌の隠し方からして、その可能性が強いと私も思うわ。では次。その宗教理念的に、女はどうするのでしょうか?」
「いや……俺、詳しくないけど、確か一人の男に操を捧げる的な物があった気がするけど……」
「そうよね。私もそう記憶してるわ。……と言う事は、解らない? 刹那はミッションとは言ってても、一生をあなたに捧げる気が満万だって事」
 スメラギの言葉に、ぴくりとロックオンは反応する。
 想像通りの風土をまだ刹那が引き摺っているのならば、スメラギの言葉が真実になるのだろう。
 つまりは刹那にとっては、ロックオンとミッションとは言え性交渉をすると言う事即ち、気持ち的にはロックオンと結婚をする、とまで考えていると言う事で。
 だがそれにしては、『性欲処理』という言葉を出した事に疑問を感じる。
 やはり解らないとロックオンが首を傾げると、スメラギはワインのグラスを空にかざして、その色を眺めながら再び口を開いた。
「そして更に問題。あの辺りの国の一般的な夫婦制度よ。刹那は別に自分を卑下している訳じゃないわ。あなたに執着が無い訳でもない。ただ単に、周りの習慣が根付いているだけね」
 肝心な所を抜かしたスメラギの言葉に、ロックオンは更に首を傾げた。
 本当に、その辺りの事情はロックオンは詳しくないのだ。
 スメラギはもう一口飲み込んで、その芳香を楽しみながら言葉を付け足してくれる。
「あの辺、確か、一夫多妻制よ。イスラム原理主義では、4人まで……だったかしら。妻を娶れるのは。それから考えれば、男の愛を得る為に、女は必至になれって言うのが風潮だと思うけどね」
「あ……」
 言われて初めて、ロックオンは刹那の行動に一貫性を見出せた。
 そして初めて騒動が起こった日に刹那の言った言葉を思い出す。
 まるで宗教テロの様な思想に、頭を抱えたのはロックオン自身だ。
 理解した途端、喜色の混じった声を上げたロックオンに、スメラギは笑う。
 だが、理解はしたが、やはりロックオンには解らない事があった。
「だけどアイツ、もうここに来て何年だよ。いい加減、コレだけ多種多様な民族が入り乱れてる場所にいれば、理解すると思わないか? 頭悪い訳じゃないし……」
「それは、刹那が自分の風潮と恋心に折り合いをつけたのがそこだったってだけの話じゃないの? だからあなたに『結婚しろ』とは一言も言ってないでしょ」
「まあ……そうだけど……」
 逆にそれが辛いのだと、ロックオンは思う。
 その言葉さえ言ってもらえれば、きちんと断る事が出来るのだ。
 モヤモヤした気分を飲み込む様に、スメラギに貰ったグラスを煽る。
 その様は、本当に恋をした男そのもので、スメラギは吹き出しそうになるのを堪えるのに必至になった。
「だから、問題は刹那じゃなくて、あなたなの。なんとなーく考えてる事は解る気はするけど、どうしようもないんじゃないの? 好きになっちゃったんだから」
 軽く言われた言葉に、ロックオンは再び眉間に皺を寄せた。
「……それだけじゃ、すまないだろ。俺はこれ以上、アイツに辛い思いなんかさせたくない」
 本心を吐露したロックオンに、スメラギは笑いながらため息を零した。
「まったく、素直じゃないんだから。あれだけ熱烈に所望されてるのよ? 相思相愛なんだから、行っちゃえばいいのに。このまま拒み続けても、刹那にはまた別に辛い事だと思うけどね。結局はどっちがマシかってだけの話じゃない? 私は当然あなた達が安全にいられる方法を考えてるけど、申し訳ないけど私も神じゃないわ。絶対を約束する事なんて出来ない。だから、万が一の時、このまま恋心を抱かせたまま別れるか、それとも幸せを突き詰めて別れるかの話になると思うのよね。刹那は素直で頑固だから、自分の心を偽る事はせずに、ずっとあなたを思い続けると思うわ」
 考え込んでいるロックオンを前に、スメラギは自分のグラスを煽り、赤い液体を飲み干した。
「それに、幸せって、誰にでも追う権利はあると思うわ。当然、あなたにもね。寧ろこれから他の人を引っ張ってもらう為には、進んで幸せを手にして欲しいわね」
 スメラギの言葉に、ロックオンは手の中の空のグラスから、スメラギの賞賛される美貌の横顔に視線を移す。
 自分の空のグラスを見つめるスメラギの瞳に、暗い影を見た。
「自分が幸せじゃないと、人は幸せには出来ない、と、私は思ってる。それに幸せな人じゃないと、生に執着出来ない。あなたは特に前線に出るんだから、生きる事に執着してもらわないと困るのよ。誰が欠けても、私のミッションプランは成功率が下がるわ」
 最後は少し真面目に言葉を選んだが、スメラギは終止戯けた風を崩さなかった。
 それが彼女の身を守る術だと、この時ロックオンは悟った。
 おそらくロックオンが恐れている事を、もうスメラギは体験しているのだろうと。
 探る様なロックオンの視線に、スメラギは笑う。
 人の事はこれだけ見えると言うのに、自分の事はからっきしダメな男に、笑いしか浮かばない。
 ワインのボトルを手に取って、自分の空のグラスに再度注ぐ。
「はーい、答えは出たかな? 取りあえず、きちんと向き合って来てちょうだい。今の所、部屋割りに関しては変更無し。変更するとすれば、マイスター4人全員相部屋。お互い親睦をふかめましょー!」
 自分のなみなみとワインが注がれたグラスを、空のロックオンのグラスと合わせて、健闘を祈った。
 おそらく二人は幸せになるのだろう。
 戦術予報士としての勘ではなく、スメラギの女としての勘だった。

「あ、買って来て欲しいのはコレね」
 話は終わりとばかりに、スメラギはピコピコと端末に打ち込んで、ロックオンに送信する。
 着信を確認したロックオンは、目玉が飛び出るかと思う程驚いた。
「ちょ、ちょっと! コレは高過ぎるだろ!」
「おやー、流石に知ってるわね。でも私の貴重な時間を、あなたのアホな悩みに捧げたのよ。コレくらい私に捧げてよ」
「アホって……! ぼったくりだぁ!」
「ボッてないわよ、失礼ね。深夜にレディの部屋に殴り込んで来た慰謝料も含めてよ。男でしょ」
「こんな事に男も女もねぇよ!」
「嫁入り前の私に、あなたなんかと変な噂が流れたらどうしてくれるのよぉ。確実にお嫁にいけないわぁ」
「もう行き遅れ気味のくせに……」
 最後のロックオンの言葉に、スメラギの秀麗な眉がぴくりと上がる。
「……部屋割り、変更しようかしらね。それからあなたがロリコンな事を、誰に言ってやろうかしら」
「ロリコンじゃないです……。部屋割りも今のままがいいです……。失言でした、すみません。喜んでプレゼントさせて頂きます」
 スメラギに口で勝とうなど、思った自分が浅はかだったと、ロックオンは項垂れてスメラギの意見を涙と共にまるまる飲むのだった。





 スメラギの部屋を出て、行きとは違う気持ちで廊下を歩く。
 刹那の気持ちをスメラギに諭されて、ロックオンは気持ちを落ち着けた。
 ミッションなんて言い訳しやがってと、心の中で少し悪態をつく。
 それでも年頃にありがちな照れだと言われれば、納得するしかない。
 アレが刹那の愛情表現だったのだ。
 そしてスメラギに言われた事を考える。
 幸せを追えと。
 それが戦場を生き抜くコツだと言われてしまえば、そうかもしれないと納得してしまう。
 今までは死ぬ事ばかり考えていた。
 だが一緒に生きたいと言う希望を持てば、何か変わるのかもしれない。

 先ずは、先程手を上げてしまった事を謝ろうと、ロックオンは心に決めた。



 だが、戻った部屋に刹那の姿はなかった。
 ゴミ箱に、自棄の様に捨てられたベビードールがロックオンの目に映る。
 心から悪い事をしたと、ベビードールをゴミ箱から救出して、刹那を探しに部屋を出た。


 食堂や談話室など、人の多い所に刹那は好んでは行かない。
 一人きりに慣れる場所……と思い浮かべて、格納庫へと脚を向けた。
 刹那は人一倍、ガンダムにのめり込んでいる。
 訓練だけではなく、整備士並みに知識を詰め込もうと、空いた時間はかなりの確率で格納庫に行き、整備主任のイアンにまとわりついて享受願っていた。
 今はおそらく誰もいないであろう事も視野に入れて、格納庫に入る為のカード認証と網膜パターン認証、そしてパスワードを打ち込んだ。

 エクシアの下まで辿り着いて、コックピットを見上げる。
 だがそこは閉まっていた。
 その上、ロープもきちんと降りていて、人が入った形跡はない。
 この場にいない事が確認されてしまって、はて、とロックオンは考える。
 最近の刹那の行動パターンを考えて、まさかに行き着いた。

 隣りの部屋。
 と言うよりも、ティエリアの端末。
 マイスターの中では、格闘と言うよりも頭脳戦に長けたティエリアは、システム部並の整備を自分の端末に施している。
 そしてそれを刹那が頼るかもしれない……と思った。
 理由は当然、ロックオン自身のより好みの女になる為の調査。
 ベビードールの失敗を挽回しようと考えても、刹那の性格なら不思議ではないと思った。

 そして道を戻って自室の隣りの部屋のドアを叩こうとした所で、中からティエリアの怒号が響き渡って来た。
『刹那・F・セイエイ! 何だその指使いは! キーボードはこう叩け! こんな事も出来ないなんて、やっぱり貴様はマイスターに相応しくない!』
 いつもの遣り取りを耳にして、思わず笑ってしまう。
 キーボードの癖など人それぞれだと言う事は、潔癖性のティエリアには通じないようだ。
 取りあえず、刹那と話をしなければと、インターフォンを押す。
 程なくして扉は開き、困り果てたアレルヤが顔を覗かせた。

 だが、ロックオンの顔を見た瞬間に、アレルヤの顔が強ばる。
 なんだと首を傾げたが、その答えはすぐに得られた。
「……刹那の頬、冷やしましたよ。刹那は相手は言わなかったけど、女の子の顔に手を挙げるのはどうかと思いますけどね」
 ぼんやりしていて空気を読まない様に見えるアレルヤだが、察しはいい。
 刹那を返すつもりは無い様に、視線を鋭くして、扉に体を預けてロックオンに対峙した。
「……悪い。俺だし、全面的に俺が悪い」
「解ってますよ。刹那が部屋に戻るまで、僕は一緒にいたんです。それが次に部屋から出て来たらああなってたって事は、あなた以外いないでしょう。それに、今刹那が殴られる様な事をするとは思えない。……で、この部屋には何の御用ですか?」
 性別が解る前から、アレルヤは刹那に優しかった。
 子供らしい外見も合わせて、庇護欲を誘っているようだった。
 今も静かに守る様にロックオンの姿を隠して、扉を自分の体で塞ぐ。
 そんなアレルヤに対して、眉を下げる以外ロックオンには出来なかった。
「悪かったと思ってる。だから刹那と話をさせてもらえないかな」
「……本当に話ですか? またこんな事になる事はないんですね?」
「ならない。ちゃんと大切にする」
 今までにない言い切る様なロックオンの言葉に、軽くアレルヤは目を見張った。
 一体何が隣りで起きていたのかと、少し興味が出たが、それでも今必至になっている刹那を考えて、アレルヤは扉から体を離した。
 そして優しく刹那に話しかける。
「刹那、ロックオンが迎えに来たよ」
 アレルヤの言葉に、部屋の中をうかがったロックオンは、ぴくりと刹那の肩が揺れるのを見た。
 可哀想な事をしたと、肩が下がる。
「今日はもう遅いから、明日またティエリアに教えてもらいなよ。僕も明日の方が時間があるから、刹那が納得するまで一緒に調べるから」
 アレルヤが刹那の肩に手を触れると、それまでとはあからさまに違う震えを刹那はする。
 人に触れられるのは相変わらず苦手で、以前程拒絶反応が無くなったと言うだけだと言う事を、改めてロックオンは見せつけられた。
 そんな刹那がセックスをしたいと言って来たと言う事は、やはりスメラギの言った通り、自分達は相思相愛なのだと、更に理解した。

 刹那はアレルヤに促されて、ティエリアの端末の前の椅子から立ち上がり、顔を俯かせたままドアのロックオンの前まで来る。
 視線は一切絡まなかった。
 アレルヤから刹那を受け取り、ロックオンは肩を抱いて促す。
「……話、したい。部屋に戻ろう」
 ロックオンの言葉に、刹那は小さく頷いた。

 僅か10歩の距離を、ロックオンと刹那は寄り添って歩いた。

 ロックオンが刹那の肩に手を回した時、刹那はいつもの様な震えを表す事なく、それをアレルヤは微笑ましく見守った。





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刹那の台詞が一個もなくてスミマセン……。
やっとちょっとだけ進展しました。
……しましたよね?(汗)
永遠の少年、ニール・ディランディです。
そして白人のくせに、婚姻年齢の意識が微妙に早いのは、きっと家族の所為だと……言う事にして下さい(汗)
この時点で、スメラギさん、まだ25とか……行き遅れてないから……!