will~オーダーメイド4

09/11/03up

 

 次の日の朝、ロックオンの目覚めはいつもと違っていた。
 いつもは腕の中にいる刹那がいなかったのだ。
 はて、と思い部屋の中を見回すと、いつもは雑然としている男の部屋が(刹那を女だと気が付かなかったのは、ここにも原因はある)、綺麗さっぱりと整っていた。
 その様子も不思議に思ったが、同室の子供が視界に映らない事が気になった。
 起き抜けも手伝って、暫くぼーっと室内を見回していると、部屋のドアが軽い音を立てて開く。
 入って来たのは刹那だった。
「んだよ、お前…朝っぱらからどこ行ってたんだ?」
 いつもならロックオンに軽く頭を叩かれるまで起きない刹那が、ロックオンよりも早く起きて行動していた事を問いかけると、刹那はその言葉に対して返す事もせず、静かにベッドの脇に膝をついた。
 そのまま、両手の指を床に着けて頭を下げる。
「………?」
 常ならない刹那の行動に、ロックオンがクエスチョンマークを頭に浮かべると、漸く刹那が口を開いた。
「お早う。朝食の支度が出来ている。着替えを手伝おう」
「…………はぁ?」
 見慣れない刹那の行動に視線が釘付けになる。
 ふと、その刹那の膝の上に、見慣れた洋服が抱えられているのに気が付いた。
 それは、ロックオンの日常着だった。
「洗濯もアイロンも済ませてある。着るのに問題は無い」
「………はあ」
「早く洗面を済ますといい。朝食が冷める」
「えっと………うん、まあ、顔洗ってくるわ」
 違和感だらけの刹那にどう言葉をかけていいのか解らずに、ロックオンは刹那の促しのまま、洗面所に入った。
 なにかいきなり人格が変わった様な刹那を気にしつつ、冷水で顔を洗い、歯を磨き、シェービングフォームを顔に塗りたくってヒゲを剃った。
 いつもは使ったらそのまま置き去りにして、次に使う時に洗っているカミソリが、既に綺麗になっているのにも違和感を覚える。
 何もかも、至れり尽くせりという感じで、ロックオンの身の回りは整えられていた。
 そして、刹那の先程の行動を考えると、おそらくそれは刹那の仕業なのだろう。
 今までは何も手を出してこなかったロックオンの生活習慣に、いきなり手を出して来た刹那に更に疑問が深まる。
 それでも何とか身なりを整え、更に下半身がきちんと通常の状態に戻っているのを確認してから、刹那の待つ部屋へと戻る。
 そこには使った後のベッドのシーツを取り替えて、ベッドメイクをしている刹那の姿があった。
 今まで見た事も無い様な刹那の姿に、とうとう我慢出来ずにロックオンは訪ねる。
「お前……なんかあったのか?」
「何の話だ」
「だってお前、いきなり俺の世話をしようとしたり、朝は変な挨拶して来たり、どう考えてもおかしいだろう」
 ロックオンが眉を顰めて問いかけると、刹那は平然とした顔で答えた。
「これが普通なのだろう。今までの俺が間違えていた。迷惑をかけていて悪かった」
 迷惑、と、ロックオンは思った事は無い。
 確かにミッションの一つだと言う認識はあったが、別にそれだからといって刹那と行動を共にするのに我慢は必要がなかったのだ。
 訳のわからない謝罪を受け、考え込んでしまったロックオンの寝間着に、刹那は手をかける。
 その段階で、夕べの事を思い出してしまってロックオンは慌てて身を引いた。
「いやっ、着替えは自分でする!」
 朝っぱらから押し倒されるのは勘弁して欲しいと思っての行動だったが、案外刹那はあっさりと引いた。
「そうか。それなら早く着替えてくれ。俺は先に食堂に行っている」
 そう言い終えて、刹那は部屋から出て行ってしまった。
「………なんだ、あれ?」
 いつもなら食堂に誘うのはロックオンだった。
 初めて刹那に食事を共にとる姿勢をとられて、ロックオンは更に困惑する。
 それでも朝食は一日の活動の基本だと思っているロックオンは、素直に刹那が用意した着替えを手に取って身につけ、部屋を出た。


 食堂にたどり着く少し前から、いつもと違う食事の匂いがする事に気が付いた。
 入ってみると、一カ所だけやけに豪華な食事が並んでいる。
 それも、滅多に見る事の出来ない和食のメニューだった。
 ロックオンが食堂の入り口に立っているのをキッチンから出て来た刹那が見つけ、視線でロックオンを呼び寄せる。
 首を傾げつつ、その視線に逆らう事無く刹那の側に行くと、その豪華な朝食の前に座らされた。
「あの……刹那?」
 これは一体なんだと問いかけるが、その事に対して刹那は口を開かない。
「俺はまだ、レシピを見ながらしか作れないから、口に合わないかもしれないが、食べてくれ」
 目の前には、メインのアジのグリルと、卵焼き、ほうれん草だろうものが湯がかれているのと、その上には鰹節が乗っている。その横には種類は変わっているがピクルスの様なものが並べられていて、更には和食の王道、みそスープがあった。そしてパンではなく、白米が並んでいた。
 一応知識としてあったから半分くらいの料理は解ったが、実はロックオンは、和食はスシと天ぷらと蕎しか食べた事が無かった。
 他のメンツも同じものを食べているのかと回りに視線を送ってみたが、他の人は食堂が用意したプレートを手にしている。
 何故自分だけこんなメニューなのか気になったが、ロックオンを席に座らせた後、その側に立ち続けている刹那が期待を込めた視線をロックオンの口元に注いでいるのを見て、手をつけない訳にはいかないと悟った。
 恐る恐る、あまり使い慣れない箸を手に取り、卵焼きを口に運ぶ。
「………お、これ美味い」
 ロックオンは出来れば卵はフライドエッグが好きだったのだが、まあこれはこれで美味しいと思えたので、素直に口にした。
 だが、情報でしか知らなかったみそスープを口に運ぼうとしたとき、慣れない匂いに思わず眉間に皺を寄せて、口もつけずに遠ざける。
 その様子を見ていた刹那は、心配そうな顔をした。
「口に、合わなかっただろうか」
「いや…ちょっとこれは慣れないからムリってだけ。食べる前に匂いで辛い」
「そうか。では明日からはそれは出さない様に注意する」
 その言葉に、この行動が今日限りの事ではない事をロックオンは悟った。
 理由を問い質そうとしたとき、背後からアレルヤののんきな言葉が聞こえてくる。
「わー、刹那って、案外献身的なんだねぇ。なんか、日本の古い時代の女性みたい」
「そんな事は無い。俺はまだ未熟だ。もっと精進しなければ、ロックオンに嫌われてしまう」
「えー? ロックオンって、結構亭主関白なんだ。意外だなぁ」
 二人の会話に、ロックオンは固まった。
 そして、夕べ気力が削がれた時につい口にしてしまった、己の「勃つ条件」を、ここに来て漸く思い出した。
 あの時、ロックオンは刹那に「ヤマトナデシコ」という、今では殆どお目にかかれない女性のタイプを口にしていたのだ。
 まさか……とは思ったが、今朝からの一連の刹那の行動を見ていると、それがあたりな様な気がして、背中に嫌な汗が流れる。
 何か言わなければと思うのだが、今いる場所は食堂で、まさか『勃つ』『勃たない』の台詞を口にする訳にもいかない。
 静かに箸を置いて、大きくため息をついてロックオンは嗜めた。
「刹那……こんな事すんなよ」
 一旦言葉を区切って、刹那が質問してくるのを待つ。
 それがいつものパターンだったからだ。
 だが、刹那の口からはロックオンが想像だにしていなかった言葉が飛び出して来た。
「……差し出がましかったか。不快な思いをさせたのなら、申し訳ない」
 誰の言葉だとロックオンが声の出所を辿って視線を向けると、深々と頭を下げて謝罪している刹那がいた。
 あまりの光景に、ロックオンは再び開いた口が塞がらない。
 二人の遣り取りは、丁度夜番と朝番の交代の時間もあってにぎわっている食堂内の、全ての人の視線を釘付けにした。
 だがそんな事も気にせず、刹那は手に持っていたお盆をキッチンに置くと、そのままロックオンを置いて、シンと静まり返っている食堂を出て行ってしまった。
 その顔が少し歪んでいた事に、回りの反応は当然ロックオンへと向く。
「ちょっと! 折角刹那がやってくれてるのに、その態度は無いんじゃないの!?」
 先ずは、すぐ側で他の人と同じ様にプレートの朝食をとっていたシステム部のクリスティナが、ロックオンの言葉に食いついた。
「これだけ作るのは、大変だろうな。和食が嫌いでも、せめてその礼は言うのが礼儀じゃないか?」
 食後のコーヒーを飲んでいた、同じパイロット仲間のラッセも口を開く。
「そうっすよー。きっといつものロックオンに対して、刹那なりの感謝だったんじゃないっすか? ちょっと可哀想っすよ」
 それに乗じて、クリスティナと同じシステム部のリヒテンダールが口を挟んだ。
 三人とも、基地内の最年少グループを可愛がっている面子である。
 だが、三人の言葉はあくまでも最年少の「少年」に対する言葉だった。
 あくまでも刹那を『男』として認識していたからこそ、この程度の言葉で済んでいたのだ。
 それも、アレルヤの一言で崩壊することになる。

「………付き合ってる『彼女』に対して、あれは無いと思いますよ」

「「「………は?」」」
 ここで驚き固まったのは、先の三人だけでは無かった。
 それはもう、今までは視線を逸らせながら意識だけをロックオンに向けていたものまで、あからさまにロックオンに視線を送った。
 あまりにも大勢の視線を一気に送られて、ロックオンは慌てて立上がる。
「ち、違う! 俺は手ぇ出してねぇぞ!」
 混乱の中、何とか自身を弁明したが、回りの反応は冷ややかだった。
 ロックオンの言葉は刹那を女と断定し、そしてその言葉の綴り方は、いかにも『やましい事してます』と言う時の男のいい訳にしか聞こえなかった。
「いや…まあ、言われてみれば女の子だよね、刹那。なのに、同衾させてたんだ…」
 こういう事は女の方が立ち直りが早いらしく、ここでもいの一番にクリスティナが口を開いた。
 それに続いて、リヒテンダールが口を開く。
「まあ、顔は可愛いですよね。あれ、子供だからじゃなくて、女の子だからか。彼氏に料理作ってあげるなんて、結構女の子らしいんだ…」
 更にラッセが続く。
「あのトレーニングメニューでの、あの筋肉の付き方に納得がいったぜ」
 筋肉マニアは目の付けどころが違うらしいと、ロックオンは思った。
 それぞれの開口一番の言葉に、先のロックオンに対しての事が無かった事に少し胸を撫で下ろしたが、当然そのままで済む筈も無く。

「「「それなのに、あの台詞かよ」」」

 口を揃えて、三人が同じ事を言った。
 だが口を揃えていたのは、三人だけではない。
 食堂にいた誰もが、心の中では同じ言葉を呟いていた。
 とてつもなく冷たい視線に晒されて、本気でロックオンは焦った。
 昔、仕事に失敗しかけた時に流した冷や汗など比べ物にならない程の量の冷たい汗を背中にたらす。

 確かに、夕べの遣り取りを知らない回りから聞けば、ロックオンの言葉は冷たいものに取られるだろう。
 だが、事はそんなに柔な問題ではない。
 搾り取られるか取られないかの瀬戸際なのだ。
 このままでは回りは全て刹那の味方になってしまうと危惧したロックオンは、何とか自分の味方を作ろうと躍起になって口を開いた。
「だ、だから、刹那とは別に付き合ってるとかじゃねぇし、あいつだって別に俺の事を好きって訳じゃないと…」
 ロックオン自身、かなり言い訳くさい言葉だとは思ったが、それ以上に言える事は無く。
 案の定、クリスティナがため息をつく。
「好きでもない男と、同衾なんて出来る分けないじゃない。特にあんな年頃なら。気持ち悪がるのが普通だよ」
「だっから、それは今の話だろ? 大本はそう言う事じゃなかったんだから、仕方ないだろっ。しかも、刹那が女だなんて気が付いたの最近だし…」
「うわー、ロックオンって結構鈍感っすね。あれだけ接触してれば、普通、気が付かないっすかね? つか、本能にかけてるんすかね?」
「リヒティ! てめぇ、言うに事欠いて…!」
「俺が朝の走り込みを終えてここに来た時には、もう刹那は料理をしていたな。何時からやっていたんだろうな」
 ラッセの言葉が決定打となり、三人はまた口を揃える。
「「「愛、だねぇ」」」
 冷たい視線と共に、更に三人はロックオンを責める。
 先程の言い訳めいた言葉が、更に三人の感情を悪化させていた。
 言葉を重ねれば重ねる程、回りの視線は温度を下げていき、我慢限界に達したロックオンは席を立上がって反論した。
「だからぁ! 刹那は別に俺の事をどうこう思ってる訳じゃねえって! 刹那が欲しがってるのは俺の『愛』じゃ無くて、俺の……っ」
 思いっきり朝に相応しくない言葉が飛び出しそうになって、慌てて口を抑える。
 流石に、言えない。
 この三人とコソコソ話すだけならまだしも、食堂中の視線が集まるこの場所で言える事ではなかった。
 まさか、ロックオンの精子が目的だなどと。
「『俺の』、なによ」
 突っ込んで欲しくない所にクリスティナにツッコミを入れられて、とにかく落ち着かなければとロックオンは円周率を唱えた。
 その後、コホンと一つ咳払いをして、何とか説明をしようと口を開く。
「いや…まあ、とにかく、俺が悪いっちゃ悪いんだけどよ。今までの指導方法がミスってた事に今更気が付いちまってよ。それで夕べ、ちょっと言い争いになっちまって…刹那がこんな事をし始めたのは、その時の俺の言葉故な訳よ。だから『やめろ』って言ったんだ」
 何とかヤバい部分は隠しながら経緯を説明すると、話は恋愛ものじゃないと伝わった食堂の大半の人々は、急激にロックオンへの興味を失い、それぞれの動きに戻っていった。
 騒がしさを取り戻した食堂で、それでも刹那を可愛がる三人は、ロックオンへ更なる説明を求めた。
 どっちにしろ、刹那が何かショックを受けて、こんな事をし始めたのではないかと気になった所為だ。
「で、言い争いって具体的にはどんな物よ」
 クリスティナが代表して口にするが、朝の食堂では説明出来ないロックオンがごにょごにょと口ごもると、埒があかないと悟ったクリスティナはロックオンの肩を叩く。
「まあ、取りあえず朝食食べちゃおう。私とリヒティは夜勤だったから今日は暇だし、食べ終わったらリヒティの部屋でゆっくり聞こうじゃないの」
「ええ!? 俺の部屋っすか!?」
「なによ、あんた一人部屋じゃない。問題ないでしょ」
「クリスさんだって一人部屋じゃないっすか!」
「レディの部屋に上がり込もうっていうの? さいってー。あ、ロックオンが食べないなら、みそ汁私もーらい。好きなんだー!」
 何か強引に話を進められたが、それでもロックオン一人では万策尽きている事もあって、大人しく付いていこうとロックオンは決めた。
 女のことは女に聞くに限る。
 そう言う所では、ロックオンは素直な人物だった。
 一度置いた箸を再び手に取って、ロックオンは刹那の作った呪いの料理を食べる事にした。
 それでもそれは、思いの外美味しく感じられた。





「なる程、ミッションねぇ」
 リヒテンダールの雑然とした部屋に、大人四人が顔を揃えて腕を組んでいた。
 あらかた夕べの事を説明すると、三人は納得を見せて、更に刹那の事を一緒に考えてくれるとロックオンに救いの手を差し伸べる様な事を言ってくれた。
 だが、ロックオンから見れば、『お前ら結構面白がってるだろう!』という風に見える。
 そしてそれはあながち間違いではなかった。
 クリスティナが考える素振りを見せつつ、携帯していた小型のパソコンを取り出す。
 そして何やらパチパチと操作をし始めた。
「……なにやってんだ?」
 話し合いの最中だというのにと、ロックオンは行動の説明を求める。
「…ん? 刹那の端末の検索ログをちょっと…」
 普通に返答を得られたが、それはあまりにもプライバシーの侵害である。
 まさか自分たちもやられていないだろうなと他の三人が『うっ』と唸って引くのにも関わらず、クリスティナは嬉々として結果を告げた。
「おおー、凄い調べてる。…『ヤマトナデシコ』だけで30ページくらい見てるわね。なになに? …『俺より後に起きてはいけない』? 『メシは美味く作れ』? 『いつも綺麗でいろ』? …ってナニこれ。…ああ、昔の歌の一節なんだ。『カンパクセンゲン』だって。すっごいむかつくー」
 クリスティナの報告で、今朝の刹那の行動の説明がついた。
 これに基づいて動いていたという訳だ。
 現在顔を突き合わせている男は、基本、欧米の考え方を持っているが、それでも身の回りを自分の言いなりに動いてくれる女に憧れない訳ではない。
 多少助けたいと思う部分もあるが、それでも男として、自分の色に染まってくれる女というのは願望としてある。
 男三人が興味津々でクリスティナの言葉の続きを待っていると、あからさまにクリスティナは眉を顰めた。
「……ちょっと、ロックオン」
「なんだ?」
「あなた、刹那に体型の事言った?」
 ロックオンがした説明は、刹那がいきなり襲いかかってきたという事と、関係は持てないと断った事と、刹那が諦めないという事だった。
 その『諦めない』理由が、刹那が『ミッション』だと誤認している所だとも説明をした。
 だが、それ以外は言わなかった。
 …というより、あまり詳しく覚えていないのだ。
 刹那のあまりにも突飛な行動に混乱させられていて、何とか説明をしたという事実しか覚えていない。
 なんと言っても根こそぎ気力を奪われた後の言葉なんて、『ヤマトナデシコ』すら薄らと覚えている程度だったのだ。
 クリスティナの言葉にもう一度夕べの事を思い返して、『…あ』と漏らす。
「そう言えば…売り言葉に買い言葉で、俺と刹那の違いなんてナニがあるか無いかだけだって言っちまった気がする…」
 ロックオンの言葉にクリスティナは首を傾げて唸った。
「うーん…ちょっとそれとは違うわね。もっと具体的な事だわ。なんか、胸が大きくなる方法を検索してるわ」
「「「胸?」」」
 男三人が声を揃えて問いかけると、クリスティナは更に指を動かして情報を集める。
「……えっと、『目指せDカップ』…だって」
「「「D?」」」
 はて? とロックオンは考え込んだ。
 この辺はもう、ロックオンの記憶には残っていなかった。
 なんか言った様な程度の記憶では、こんな細かい所までは覚えていられない。
 故に、理由も当然わからなかった。
 それでもクリスティナが画面を見つつ、更に眉間に皺を寄せたのを見て、続きの言葉を待つ。
「あー…、暫く刹那の回りに、大量の牛乳は置かない様にしといて。絶対お腹壊すから」
「牛乳って…なんでだ?」
「ここに書いてあるの。『一日ミルクを2ガロン』って」
 単位の大きさにロックオンだけではなく、その場にいた全員が驚いた。
 だが、楽観的にリヒテンダールは笑いながら否定する。
「まさか。流石に刹那だってそこまでしないでしょ」
 その言葉に、クリスティナとラッセは苦い顔をした。
「いや…今日の朝、牛乳売り切れていたぞ」
「うん…私も飲もうと思ったんだけど、無かったんだよね…」
 リヒテンダールはあまり牛乳を好まなく、ロックオンは今日は和食という事もあって、考えもしなかった。
 二人は残りの二人の言葉に固まった。
 そして、ロックオン以外の面子の視線が、ロックオンに集中する。
 その視線を受けて、ロックオンは記憶を掘り返そうと必至になった。
(言ったのか? 俺、言ったのか!?)
 それでも人の記憶とは、そう簡単に思い通りにはならない。
 ただ時間が過ぎていく部屋の中で、はっと気が付いたラッセが珍しく少し大きな声で指示を出した。
「今すぐ部屋に戻れ! 刹那を止めろ!」
 食堂内に牛乳が無かったとなれば、あるのは部屋の中。
 そもそも朝食を作りながらそこまで大量の牛乳を飲める筈も無い。
 となれば、今刹那は牛乳をがぶ飲みしている可能性が強いという事だ。
 一日に基地に運び込まれる購入可能な牛乳の量を考えて、誰もが青ざめた。
 ロックオンは助言を貰う暇も無く、リヒテンダールの部屋を飛び出す羽目になった。

 流石マイスターと思える程の身のこなしで、素早い動きを見せたロックオンを見送った三人は、ため息とともに各々の考えを言う。
「いくらミッションだと思ってるからって…刹那、死に急いでないっすかね?」
 リヒテンダールの言葉にラッセも頷いたが、クリスティナはため息とともにその事を否定する。
「男って馬鹿ねぇ。刹那の言うミッションの意味が分かってない」
 クリスティナの言葉に、残りの二人は意味が分からないと視線を合わせる。
 やれやれと言った感じで、クリスティナは説明を施した。
「刹那がここに来て、どのくらい経ってると思ってるのよ。あの子だって、ここの事は理解してると思うよ? それでもいいなんて思えるってことは、普通にロックオンの事が好きだってことに決まってるじゃない。それに、普通ここまで出来る? 慣れない料理して、牛乳買い占めて、そこまでして相手の好みになろうとする努力なんて、ホントに好きじゃないと出来ないわよ。つまり刹那の言う『ミッション』は、己の意思を貫くって意味になる訳」
 両手を広げて肩をすくめたクリスティナに、なる程、と、残りの二人の男は頷く。
 そう考えると、刹那が成長した後にどの位いい女になるかが、二人の興味を惹いた。
 顔はいい。
 おそらく、体は成長不良なだけで、ソコソコ筋肉も付く体質を考えれば、想像するだけで涎が出そうなナイスバディになる可能性が高い。
 その上、尽くしてくれるのだ。
 しかも自分の好みに合わせてくれる。
 女だと知ったのはついさっきだというのに、思わず男二人は刹那へのアプローチを考えてしまった。
 今から粉をかけておくのも悪くない。
 そんな二人を、クリスティナは白い目で見た。
「こら、そこの二人。脂下がった顔しない。女を惚れさせるだけの技量があれば、刹那じゃなくてもそうなるわよ。危ない路線に走らない様に!」
 それに…と、クリスティナは心の中で付け加える。
(なんだかんだ言ってるけど、とっくにあの二人、ラブラブじゃない)
 ロックオンの言う通りに動く刹那も、いくらリーダーで任されているとは言っても尋常じゃない世話を焼くロックオンも、とっくにお互いの心の中にお互いを住まわせている証拠だと思うのだ。
 刹那は他の人の言う事は聞かない。
 ロックオンとて、他の人の世話はそこまでしない。
 二人がいつ自分の心に気が付くのかを、思わず賭けたい気分になったクリスティナだった。





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刹那さん頑張る序章の巻。
当人達以外は、女性陣は大体二人の心は解ってます。
ちなみに文中の歌は、当然さだ●さしの名曲。牛乳ネタはその昔出た漫画の「巨乳●ンター」より。