地上に降りるなり、刹那は自分が求めるものの一端と出会えた。
思いもよらない機体に乗っていた相手は、殉教者を名乗ったアリー・アル・サーシェス。
刹那の人生の大半を占める戦場に、常に影を見せる彼に機体越しに問う。
「お前の神はどこにいる! 何故戦う!」
神のための戦いでないのだとすれば何故だと問いながらも、擬似太陽炉型ガンダムを駆るサーシェスは無類の力を誇示する。
追い詰められていく刹那に、先に撃墜されていたトリニティチームの残りのネーナが目を瞑る。
敵わないのが一目瞭然だった。
それでも地上に降下する前のロックオンの言葉通り、タイミングは刹那に味方した。
いきなり立ち上がった新システムに目を見張った。
それでもそのシステムのおかげで、言葉としての答えは得られなかったが、戦場に立つ意味はえられたような気がした。
守るため。
それは人だけではなく、己の心も含まれるのだろう。
それでも戦うだけでは得られない物も知った。
故国の皇女の言葉が、刹那の心に響く。
奪い合い、傷つけあうだけでは世界は幸せな道に辿り着く事はできない。
理想論ではあるが、真実であるとも思う。
そして刹那は実行する。
排除対象となっていた残ったスローネに対して、撤退を勧めた。
行き先はわからない。
それでも生きろと訴えた。
きっとその先に、意味があるのだと信じて。
突如起動した新システム『トランザム』に関する物を含めた報告書を、ラッセが大気圏突破の最終チェックをしている間に打つ。
スローネの一機が敵の手に落ちた事。
奪った男はアリー・アル・サーシェスであること。
擬似太陽路にはトランザムシステムが稼動している気配はなかった事。
簡潔に打ち終えて送信し、コクピットから外に出る。
外には既にラッセが出ていて、携帯食の夕飯を並べていてくれた。
夜の冷え込む空気の中、二人で黙々と栄養補給に勤しむ。
元々二人ともおしゃべりなタイプではないし、そして知り合って長い二人は、その沈黙にも慣れていて、心地よさも感じる。
それでも食べ終わった後、固形燃料で起した火にかけたヤカンが湯気を立てたのを見て、刹那は何時ものようにラッセにコーヒーを勧めた。
「おお、ありがとよ」
手渡して、自分も口につける。
普段刹那が淹れている豆からのコーヒーでは当然無かったので、香りはいまいちだったが、それでも温かい飲み物に心が救われる。
漠然とではあるが戦う意味を悟った後の今、コーヒーの温かさすら、守る事の結果のような、そんな気がした。
自然と浮かべてしまった笑みに、突然会話が生まれる。
「お前、大きくなったよな」
言われた言葉に、何事かと顔を上げれば、ラッセは何故か複雑な感情を抱えているような苦笑を浮かべていた。
「基地に合流したときはただの子供だったのに、今はもう立派に女の顔してるぜ」
「……元々女だが」
意味がわからずに首を傾げれば、ラッセは更に笑った。
「そういうところは、まだ子供か。ロックオンも良い趣味してるぜ」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまさ」
刹那には理解できない言葉の数々に、益々首が傾いてしまう。
それでもラッセの笑いの意味は悪いものには感じられずに、会話を流して再びコーヒーに視線を落とす。
漠然と悟った「守る」という事に対して、考えを深める。
マイスターとして参加する時に考えたのは、只単に、戦争がなくなれば良いと、それだけだった。
自分と同じ境遇の子供は作りたくない。
それでも武力介入で大規模化していく戦場に、疑問を持った。
力を見せ付けるだけではダメなのだと。
その根源が、凄惨な戦場の表面ではなく、奥にあるものが知りたくなった。
武力を行使するという、その意味を。
守るという事が簡単な事ではない事を刹那は知っている。
ある日突然、自分の意思ではない場所で始まる悲劇。
そんなものからどうやって人を救えば良いのか。
考えろ。
時間を与えてもらったのだから。
そう思って、コーヒーを見つめ続けた。
見かけによらず学者肌の刹那に、ラッセは目を細める。
突き詰めるその姿勢は、何があっても手を差し伸べてやりたいと思える必死さがあると思う。
ロックオンが悩み続けて、それでも関係を結び、愛を感じた場所がココなのだろうと、そう思える。
女という括りだけではなく、人間として、愛すべき存在だと感じられた。
食事の間に、GNアームズは大気圏離脱のためのシークエンスを終える。
ラッセがそうセッティングした。
予定で組まれた日数は、たったの3日。
地上に降りるだけでも略一日使うのだから、帰りを考えれば余裕はない。
戦闘もこなしたエクシアの整備も考えれば、猶予はなかった。
十分に回ったエネルギーを、機体は二人に知らせた。
「ほら、そろそろ帰ろうぜ。足は準備万端だ」
端末にセットしたアラームを示せば、刹那は黙って従った。
固形燃料の火を消して、軽く掘った地面に、有機性のパックである携帯食料のからと、コーヒーカップを埋める。
30時間後には土に返るそれらに、再び思考を向けて、その科学を思う。
どんなに争っていても、人間は自分たちの暮らす場所を愛していると。
そう考えて、視線を空へと向けた。
歪みを正して、守るべきものを、そこに見ていた。
晴れ渡った空は、満点の星を刹那に見せ付ける。
その光の中の一つが、愛する男が生きている場所。
彼もあの光のどこかからか、大地を見下ろして自分を見ているのだろうかと考えて、淡く笑う。
ありがとう。
もう、迷わないから。
彼のものとに帰ったら言おうと思う言葉を心の中で呟いて、再び視線に力を込める。
「刹那」
先に歩き出していたラッセが呼ぶ声に、素直にこたえる。
「ああ、今いく」
全てのものを守るために、帰る。
刹那はそう心にして、再びエクシアのコクピットに体を収めた。
そしてふと思いつき、再び暗号通信を打つ。
送信を確認して、小さく笑った。
その頃、トレミーで刹那の暗号通信を受け取った面々は、その内容に顔を顰めていた。
更には新システム『トランザム』の報告に、すぐさまその性能の計算が行われた。
一定時間スペックの何倍もの機能を使える反面、使用後のスペックの減退。
使用方法に問題を見せるそのシステムに、スメラギは新たな戦術を計算する。
トランザム使用可能時間を視野に入れた新しいフォーメーションと、その可能性。
マイスターと共に検討を繰り広げている時に、新たに届いた暗号通信に、その場にいた面々は厳しい顔を緩めた。
『行動を家<ホーム>への帰還に移す。当方は全員無事。異常があれば連絡を請う。
夫の世話を頼む。迷惑をかけてすまない』
今までの彼女では考えられない文面に、スメラギもアレルヤも、ティエリアでさえ笑みを浮かべた。
「……頼むって、言われてるわよ」
「僕はゴメンだ」
「あ、ゴメン、僕も」
「つめてぇなお前ら!」
次々と刹那の頼みを辞退する仲間に、ロックオンは吼える。
それでもその顔は幸せな笑顔に満たされていた。
「あーあ、いやだねぇ。独り身は心が狭くてさ」
優越感に浸りつつ、表面上は冷たい態度の仲間に告げれば、つかの間の団欒に自然と移行できた。
「イアンくらい自分の事がしっかり出来る男なら、私は頼まれてもよかったんだけどね」
スメラギが同じ妻帯者の仲間を指せば、他の二人も賛同するように頷く。
「ロックオンは酷すぎる。僕は今、あなたの部屋は覗きたくない」
「あはは……想像するのもイヤだね」
基地での惨状は仲間に知れ渡っていて、ロックオンはやれやれと肩をすくめる。
「皆さん潔癖症でいらっしゃる事で。埃で死ぬわけじゃないだろ」
ロックオンの言葉に、他の三人は視線を逸らせる。
「埃……だけじゃないからイヤなのよ」
「何かを踏まないように気をつけながら歩くのは、僕もいやだな」
「僕は雑然としている状況だけで、身の毛がよだつ」
各々己の考えを口にした後、タイミングを合わせたように口を開いた。
「「「刹那、早く帰ってこい(きて)」」」
艦内の清潔の為に。
その感想に、自然とブリーフィングルームは笑いに包まれた。
だが、その直後に警報アラームが艦内に響き渡る。
スメラギが即座に反応して、ブリッジに通信をつないだ。
「どうしたの!?」
『新型を含めた艦隊が接近してます! 総数20機! 巡洋艦3隻です!』
「早い……!! 所属は!?」
『艦影はAEUですが、ユニオンの機体も含まれています! それとスローネツヴァイと思われる機体も確認できます!』
「……国連軍……!」
先手を打てなかったことに、スメラギは舌打ちする。
スメラギが状況を確認している間に、三人のマイスターはブリーフィングルームを飛び出す。
状況対応と戦術を数分で組み上げた優秀な戦術予報士が下した作戦を、ブリッジに移動したスメラギは館内放送を開いて通達した。
『ガンダムは緊急出撃。GNミサイルをありったけ稼働状況にセッティング。イアンは砲台に移動して。とにかく新型を一機でも稼動不能にして頂戴! 尚、デュナメスは艦内待機。ロックオンはトレミーのブリッジからの砲撃を担当して!』
通達された内容に、既にパイロットスーツに身を包んでいたロックオンは、音声の発生場所である天井を仰いで、目を瞬かせた。
「いや、そりゃないだろ!」
何の為に刹那と行動を別にしたと思っている。
それに、先ほどのブリッジからの報告の、ツヴァイの存在。
もしパイロットが代わっていないのなら、そこにはロックオンの敵の総称とも言える人間が乗っているはずなのだ。
出撃しないという選択肢は、ロックオンの中には無かった。
指示を無視して、自機に乗り込もうと、既に目の前に到着していたエアロックにパスワードを打ち込む。
だが、扉が開かれる事はなかった。
何故と考えた末に、こんな事を瞬時に出来る人物が浮かび上がる。
「ティエリアかッ!」
誰も皆、道を塞ぐようにロックオンを引き止める。
気持ちは嬉しいとは思えた。
心配してくれている。
万全ではない人間は、戦場の足かせになるかもしれない。
それでも、少しでも可能性のあるほうに賭けようと、ロックオンは一旦ヘルメットを脱いだ。
そして傍らに転がっている相棒のAIロボット、ハロを抱え上げる。
「ちょっと協力してくれよ。皆のためにも」
ロックオンの声に、ハロはアーム部分を収納している蓋をパカパカと開閉させて反応した。
端末とハロを繋いで、ヴェーダと切り離された故に、優秀な技術者が組み上げていても穴が出てしまうであろう場所を想定して、ロックオンはキーボードを叩き始めた。
日頃体術だけではなく研究してきた事が、この場に役に立つ。
人に見せた事のないスピードで叩き続けたキーボードは、ロックオンの希望を叶えた。
ハッキングを繰り返して到達した、ドアロックの暗証番号変更箇所。
片目を細めて、それに今までとも違う番号を入力して、更にエアロックにその番号を打ち込む。
ドアはあっけなく開いた。
「うっしゃ!」
開いた扉に体を滑り込ませて、もう一度ヘルメットを装着する。
更に格納庫に足を踏み入れれば、そこにはもう一つの新装備がロックオンを待つように置かれていた。
「イアンと同じようにはいかないが、なんとかなるだろ」
独り言を呟いて、新装備に無重力を利用して、勢いよく飛びついた。
いつまで経ってもブリッジに姿を現さないロックオンに、スメラギは気をやりながらも現場の指示に追われる。
そして気にしていた人物の声は、直接耳を震わせずに通信機から流れ出てきた。
『デュナメス、出撃する!』
勝手に開くコンテナに、システムを構築したクリスティナが「なんで!?」と驚きの声を上げる。
スメラギは慌てて外に視線を送れば、そこにはイアンが調整していた新装備のGNアーマーを纏ったデュナメスが浮いていた。
彼の考えは直にわかった。
それでも慣れない視界での出撃は、即座に許可できるものでもない。
「無理よ! 戻って!」
彼の能力は当然理解している。
精密射撃だけが、彼の能力ではない。
ガンダムを操る反応速度や、動きながらの弾道計算など、常人とは思えないほどの能力だ。
それでも機体同士の交戦には、視界が重要になる。
スメラギは即座に出撃を止める様に指示をするが、ティエリアから報告を受けていたロックを解除してまで外に出た男を止める事はできなかった。
『心配はありがたいけどさ、やらせてくれ。生き残る可能性は高いに越した事はない』
帰る場所。
家<ホーム>。
刹那がそう称した場所を守る。
その思考に支配されたロックオンに、スメラギは溜息混じりに許可を出す。
「わかったわ。でも無理はしないで」
了承の言葉に、通信機の向こうの男は常の明るい声で答えてくれた。
『了解。ありがとな!』
喜び勇んで飛び出して行く機体に、重装備をつけたという事で自分を理解しているだろうと、そうスメラギは判断して思考を切り替える。
後に、このことでスメラギは人の心の複雑さに涙を流す羽目になった。
宙域に確認されたデュナメスに、ティエリアとアレルヤは、自身が交戦しつつも驚き、やはり彼を止めた。
忠告を聞かない彼に、ティエリアは最終手段として彼の最愛の人間の名前まで出した。
『僕は刹那に頼まれている! あなたの面倒を! 許可できない!』
『あれぇ? さっきゴメンだって言ってたじゃねぇか』
『部屋の世話とコレは別だ! 戻れロックオン!』
叫ぶように心配という感情を露にするティエリアに、ロックオンは淡く笑った。
随分と『人』になったと。
それでも引けない所はあるのだと、ロックオンは伝えた。
『今は戦う。アイツだってそう言ってくれる』
治療の方向を決めてくれた、最愛の妻。
そう示せば、ティエリアは沈黙した。
次の言葉が出る前に、ロックオンは行動する。
その先に、自分の生きる意味を見つめていた。
そしてスメラギと同じように、このとき言葉を出せなかった自分を、ティエリアは後に責める事になった。
仲間の愛情を受けて、自分のやるべきことをロックオンは頭の中で計算する。
宙域に存在する機体に複数ロックをかけて、ミサイルを射出した。
精密射撃でのミサイルの温存は出来ない故に、勝手に持ち出した兵器で、トレミーの退路を確保する。
次々と爆炎を上げる敵機を確認して、開放されたシステムを起動させた。
『トランザムで艦隊を補足する。一気に本丸を潰す』
ブリッジに報告をして、否を聞く前に本陣に突撃をかけた。
スメラギの計算どおりに限界時間前にトランザムを終了させて、機体の性能を保持させる。
実際の距離は相当あるのであろうが、モニターに写る艦影はすぐ目の前に思えた。
「消えろ、お前ら」
自分の場所を脅かす相手に、昔とは違う殺気を持った視線で狙いをつけて、知識を総動員させて最低のミサイル量で沈黙させられる機関部に照準を当てる。
突然現れた敵機に、艦隊の動きが乱れ、その隙を利用して容赦なくミサイルを撃ち込む。
あっけなく爆炎を上げた戦艦に、自分の行動の正しさを確認した。
撤退の動きを見せる相手に、その考えを深める。
ブリッジからの攻撃では限界があるのだ。
スメラギには及ばずとも、訓練された合同攻撃の理論はロックオンに根付いていた。
生き残るための最善の手段。
仲間を生かす為の、最善。
それが、ロックオンの命の灯火を、細くした。
艦隊が撤退をするために仕掛けてきた攻撃に、目の前が真っ赤に染まる。
出てきた機体は、遭遇する確立が低いと思っていた、スローネツヴァイだった。
我慢が出来なかった。
目の前のヤツだけは、どうしても自ら手を下さなければ、ロックオンは先に進めない。
刹那の過去を歪めたヤツ。
自分の人生を歪めた張本人。
コイツさえいなければ、ロックオンと刹那は別の出会いをして、今頃はもしかしたら幸せの中にいられたかもしれないと思ってしまう。
だからこそ、二人の未来の為に、自分でけりを付けたかった。
その先になにがあったとしても、これだけは譲れなかった。
刹那が帰って来たら、報告出来る。
お前も答えを見つけられたかもしれないが、俺も一つ超えられたと。
お互い未来を見つけられたなと笑い合い、そして地上に降りて式を挙げようと言おう。
きちんと優しい家庭を作ろうと、約束を果たそうと言うのだ。
再び思考を占めた復讐と言う言葉と、更なる未来。
ロックオンは目の前の画面を見つめて、機体を加速させた。
だが、負傷した体では、やはりどうにもならなかった。
普段なら避けられたであろう、効き目側からの敵機の特攻は、スメラギの不安どおりに避けられなかった。
残ったのは、大破したデュナメスのボディと、GNバズーカー。
後付けの単独使用が可能な装備は、はたして幸運の鍵か破滅の罠か。
それでももう後には引けない。
動かなくなったデュナメスを捨てる覚悟を決め、精密照準装置を取り外し、ロックオンはコクピットのエアロックのボタンに指を這わす。
「………あぁ、そうだ」
予感がした。
右目を負傷した時に、これで自分の戦士生命は終わったのだと。
そしてそれにも関わらず、追いかける自分の末路を。
エアロックを外す前に、パイロットスーツの前を少し開けて、首の後ろに手を回した。
「……ハロ、太陽炉を艦に戻せ。それと刹那にこれを渡してくれ」
首元から外したのは、お互いに交わした約束の印。
それを自分の首からシートの頭部の括れへとかけ変える。
一連の作業を終えて、またパイロットスーツのファスナーを首元まで引き上げて、密封させた。
「……戻って来れたら……怒ってもらうか」
思ってもいない事をコクピット内で呟いて、エアロックを解放した。
がたっと金属の擦れる音が狭いコクピット内に響いて、ゆっくり開くハッチの隙間から、何にも邪魔されない直接の太陽光が室内に広がる。
強すぎる光は、ロックオンの周りを白に染め上げて、さながら昔から言われている天国のようだった。
コクピット内の残った空気にハロの電子音声が響く。
「……じゃあな、相棒」
丸いボディをするりと撫でて、その形状によく撫でていた刹那の頭を思い出す。
振り切る様に、最後につんっと指先で突いて、ロックオンは未来と言う名の真空に躍り出た。
結局、敵機の爆発は肉眼で確認出来たが、どのくらいの損傷を与えられたかまでは解らない。
それでももう、その確認はロックオンには出来なかった。
壁面に吸着させていた足裏の装置も、もう使い物にならない。
あからさまに壊れたスーツで、後何分の命なのかも表示させる事さえ出来なかった。
ふと視線を落とせば、生まれ育った青い惑星が見える。
そこから伸びる見慣れた粒子の光の帯に、最後の笑みがこぼれる。
「答えは……見つかったか? 俺は、ダメだったよ……」
強い女の子だった。
人生最後の女として、申し分無い程美しく、強かったと思う。
そんな彼女を愛して、また愛されて幸せだった。
彼女と会う前から、沢山の命を奪って来た自分には、神様はもったいない程の褒美をくれたとロックオンは思う。
機体を加速させる前に、送られて来るであろうスメラギの言葉を遮断する為に閉じていたスーツに付いている通信回線を開けば、愛しい女の声が聞こえた。
『ロックオン……! どこにいるっ!』
スナイパーの距離計測能力が、この時ばかりは嫌になった。
探してくれているのに、確実に刹那は間に合わないと解ってしまうから。
伝わるか伝わらないかは解らないが、それでも最後の力を振り絞って口を開いた。
「………ずっと、あいして、る」
内蔵が明らかにどこか瞑れている感覚が、口から音を出した事で解った。
もし体が回収されても、自分は助からない。
「……やくそ、く……まも…れな、くて……ゴメン」
この戦いが終わったら。
世界が落ち着いたら。
そんな話を夜毎にしていた。
それらが全て、夢に終わってしまう。
「父さん……母さん……エイミー……、おれの、よめさ、ん……守って」
もう守れない、自分の代わりに。
「ライル……幸せに」
誰にも聞こえない遺言を、必至になって呟いている自分に、ロックオンは笑った。
『ロックオンーっ!!』
ああ、せつな。
最後にお前と愛し合えて、本当に俺は幸せだったよ。
そう思考が過った瞬間―――――
世界は、消えた。
最後の決断、絶対ライルなら逃げてくれたと思うんだ……。
カッとなるのが兄さんなんだ……。
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