will〜オーダーメイド 19

2010/10/25up

 

 ロックオンと刹那に打撃をあたえて去ったスローネチームに対する対策を練るために、全員が一度宇宙への帰還を通達された。
 それでも二人の辛い状況を見ていたティエリアは、宇宙に上がる軌道エレベータのある大きな都市で、二人に告げる。
「少し、落ち着けてから上がってきた方がいい。あと、刹那を念のために病院へ」
 無体を行われた女性の体を心配して提案すれば、ロックオンは神妙な顔で頷いた。
 刹那は自身の健在をアピールしたが、それでも万が一の時は一人の体ではないとティエリアに諭されて、ロックオンが背中を押す手に従ったのだ。

 王留美の息のかかる病院で検査を受ければ、問題無しとの太鼓判を押されて、とりあえず二人は安心した。
 そして、少し落胆した。
 あんないざこざの中で出来た子供は可哀想だと思えるが、それでも自分たちの望むものが達成されていない事への、複雑な感情だった。
 診察が終わり、病院を出た後母艦に連絡を取れば、移動の手間に一日は地上で待機してくれとの事で、いきなり与えられた待機と言う名の休暇に二人で顔を見合わせてしまう。
 何をしていいのか、と。
 とりあえずホテルを押さえて、必要なものを思いついたロックオンは、刹那を買い物に誘う。
「何を買うんだ?」
 素直に問うた刹那に、ロックオンは気まずそうに、それでもどこか嬉しそうに答えた。
「お前の服、一着ダメにしちまっただろ? それの補填」
 騒動の際に破り捨てた刹那の服は、再起不能だった。
 ボタンが弾けたくらいなら付け直せばすんだが、理性を無くして力加減を制御しない男の、しかも訓練された筋肉を持ち合わせた人の手にかかった服は、布ごと裂けていたのだ。
 時間のあるときであれば、刹那も当て布をすれば問題ないと言い張れたが、現状ではそうは行かない。
 それを自覚して、服は捨ててきた。
 今は予備の着替えを着ているが、思いもかけない時間の延長で、着替えが足りない。
 下着だけ調達すればいいかと思ったが、それでもロックオンが嬉しそうに、年頃の女の子が着ている流行のショップに足を向けるのを、刹那は止めなかった。
 たまには、こんな事があってもいい。
 ずっと仕事に明け暮れていた自分達には、たまには普通の、世間並みの楽しみが必要なのだろうと。
 刹那自身は別に楽しくないが、ロックオンが楽しそうにしているのが楽しいのだ。

 だが、ショップで選ばれた服を、刹那は全力で却下した。
「なんでだよ。可愛いだろ?」
「デザインが美麗なのは同意する。だが俺にはコレは着れない」
「だからなんで」
 ロックオンが選んだ服。
 それは。
「俺が肌を晒せないとわかっていて、嫌がらせか?」
「そんなに際どくないって。結構スカートだって長いし、胸元だってレースで大分隠れるさ」
 流行の最先端ではないが、昔から女性に愛されている形の、スタンダードなタイトスカートと、キャミソールと同布のカーディガンのアンサンブル。少しのレースの装飾が、刹那の年頃には大人っぽく見えるかもしれないが、それでも涼やかな目元に似合うとロックオンは思ったのだ。
 それでもフェミニンなデザインで、刹那が目で測れば、どう見てもスカートの長さは膝までしか来ない。
 仕事の関係上、動きやすいスラックスに慣れている刹那には、スカートというだけで抵抗があるのに、更なる要望に視線をそらせた。
「無理だ」
 一刀両断されれば、ロックオンも逆に意地になってしまう。
「そろそろスカート慣れようぜ? もうちょっとしたら、イヤでも妊婦服でスカートなんだから」
「妊娠した時に考える」
「慣れないスカートですっ転んだら、妊婦は危ないだろ」
「俺はそんなにドジじゃない」
「いや、お前なんだかんだで結構ドジっ子だぞ」
「何を言われようとも着ない」
 店員の前で言い争う二人に、対応の店員は顔を引きつらせた。
 そういう痴話げんかは、店に来る前に終わらせておけ。
 そう思われても仕方がない。
 それでも営業もかかっている店員は、ロックオンの意見を擁護した。
「ミニスカートがおいやでしたら、あちらに可愛らしいロングスカートが入荷したんですよ。そちらもご覧になりませんか?」
 店員の進めに、ロックオンは破顔する。
 本当はミニスカートの女の子らしい刹那が見たいが、妥協してロングでも構わないと、今まで散々苦汁を飲まされてきた男は己の意向に沿った意見なら、幅広く取り入れられるようになっていた。
 当然店員は、『最近入荷』した商品の販売に力を入れているのである。
 更に言えば、そのスカートは単体でも一般庶民から見れば結構値の張る品物なので、販売できればラッキーといったところである。
 そうして紹介された洋服は、刹那の足をきちんと隠す長さのフレアースカートで、更に色が黒とくれば、多少のフリルの装飾も妥協できる品物だった。
 そして更に店員は口を開く。
「おみ足を見られる事がお気になるのでしたら、こちらのロングブーツもいかがですか? このスカートもお似合いですけれど、お若いお客様には少しドレッシーな感じも致しますので、少し丈は短くなりますが、こちらの新商品のスカートも膝下まで十分に隠れますし、ロングブーツに合わせれば、おみ足は全て隠れますし」
 刹那の発言を逆手にとって、刹那の要望とロックオンの要望、更には店の売り上げに貢献できる品物を進めれば、元来個人資産は身なりに合わないほど持ち合わせている二人は、値札も見ずに条件に合うものに頷いてくれる。
 ロックオンと刹那は、ぶらぶらと歩いて適当な店に足を踏み入れただけだったが、実はソコは世界的に有名なブランドショップで、女性の憧れの場所だった。
 その店で、店員の言いなりになる二人は、経済活動が盛んな軌道エレベータの街でも中々めぐり合えない、店員にとっては絶好の鴨である。
 逃がしてなるものかと、店員の営業トークにも力が入る。
「な? コレならお前もいいだろ? だからコッチの上のほうはコレにしようぜ?」
 どうやら余程気に入ったのか、ロックオンはキャミソールのアンサンブルを必死に勧める。
 それでも胸元が開いている洋服に、刹那の眉間の皺は深く刻まれたままだ。
 その様子に、店員はまた「それでしたら」と言葉を続けて、同じアンサンブルでもハイネックのサマーニットアンサンブルを勧める。
 当然ロックオンの手にしていた綿素材のものよりも値が張るものだった。
「中はノースリーブですけれど、カーディガンできちんと肌は隠れますし、通気性も抜群なので、見た目よりも涼しくお過ごしいただけると思います。それにお客様は細くていらっしゃいますので、すっきり着こなせてお似合いだと思いますよ?」
 その言葉に、ロックオンは体のラインを露にするという事に目を輝かせ、刹那は望みどおり全ての肌が隠せるということにピクリと反応した。
 ぴったりした服なら、たとえ刹那のAカップでも女に見えるだろうと、そんな失礼な目論見があった。
 並べられたコーディネイトは流行のものだったが、とりあえず肌が隠せる服が手に入るという事で、刹那は「それでいい」と決めてしまう。
 頷いてくれた刹那に、ロックオンは嬉々として店員に「着て帰る」と告げて、刹那ごと試着室に放り込んだ。
 今の民俗調の白い体のラインを隠すシャツとスラックスよりも、楽しく街が歩けそうだと、自分達についた店員が、店に入った時の三倍になっていることも気にせずに、ホクホクと他の洋服も物色し始めた。
 こんなショッピングなど、次はいつ出来るかわからない。
 そしてタイミングが合えば、何時でもデートがしたい。
 その時に着て貰おうと、刹那の意見が入らない間に、自分の好みの洋服を購入してしまおうと、姑息な手段に出るのだった。
 ロックオンの様子を見て、更なる売り上げを期待した店員が、最新の流行や、男の好みそうな可愛らしいデザインの洋服を次々と勧める。
 まんまとそれに乗り、刹那が着替え終わる前には、山ほど刹那が持ち合わせていない洋服を選んだのだ。
 当然、最初にロックオンが選んだものもコッソリ紛れさせた。

 だが、清算の時に問題が出た。
 ここ暫く戦場を渡り歩いていた所為で、日常に必要な事を整えそびれていた。
 財布の中の買い物用の偽装身分証のカードが、数ヶ月基地を離れている間に更新になっていたのだ。
 そして、買い物の量を見る。
 嫌がられるだろうなと冷や汗をかいたロックオンに、店員は勘違いをして笑顔で進める。
「何回払いに致しましょうか」
 ロックオンは刹那の事をどうこう言うくせに、自分は普段外を歩く時にも基地と変わらずTシャツが基本で、しかもデザインにも拘りは無かった。
 故に、そんなに裕福そうにも見えない。
 男の見栄と捕らえた店員が言う言葉に、少し困ってしまった。
 おそらく凍りつくだろうと予測したのだ。
 それでもそれ以外、手段は無い。
「あのさ……」
「はい」
「悪いんだけど、現金でいいかな? 今見たら、カードの更新期限来てたんだよ。新しいの持ってなくて……」
 そう前置いて、持っていたカードを提示すれば、マイスターの生活のフォローをかけている、世界に名だたる王財閥の保持する銀行の、トップレベルのカードで、それだけで店員は目を剥く。
 更にはこの金額を現金で? と、ロックオンの予想通りの反応が返ってきた。
「数えるの面倒なのはわかるんだけどさ、次は確認して買い物に来るから、頼むよ」
 低姿勢なロックオンに、固まっていた店員は慌てて笑顔を取り繕う。
「い、いえ! 問題ありません! え……では……」
 続けそうな店員に、更にロックオンは頭を下げる。
「悪い。しかもユーロしか手持ちがないんだ」
 一番最近に出入りした街は、アイルランドだった。
 故に、財布の中の大半はユーロ紙幣で、あと少々のドルと、更に少量のウォン。
 軌道エレベータを設置している街なら、大抵どの紙幣でも使えるが、計算が面倒なのには変わりがない。
 心底すまなそうな顔をするロックオンに、店員は大量の現金収入を前に、スマイル全開だった。
「大丈夫ですよ。ユーロも勿論お取り扱いさせていただいております。ではレートで計算させていただきまして……」
 二台並んでいる現金用のレジに店員が打ち込み、その金額をロックオンに示す。
 並ぶゼロを見た瞬間、ロックオン自身が数える事を拒否したくなった。
 故に、適当に札入れに手を突っ込んで、多分足りるだろうと店員に手渡せば、店員は更に目を見開いてしまう。
 慌てて数え始めた店員に、いくらチップを渡せばいいだろうと、ぼんやりと考えていた。
 万が一足りない時を考えて、財布の蓋を開けっ放しにして。
 基本的に身分を隠しながら行動するマイスターは、時勢に合わずに現金を持ち歩いていた。
 カード情報や電子マネーから足がつくことなどあってはならない。
 更には急遽必要になるかもしれない高価で物騒な機器の購入の為に、それなりの金額を財布に入れるのが習慣になっていた。
 今回はそれで助かったと、ロックオンは冷や汗を拭う。
 別に今の刹那でもロックオンから見れば魅力的だが、その魅力を世間が理解してくれないのは、少し残念に思っていた。

 そして、包まれていく洋服の山に、笑ってしまう。
 夕べは銃を向けて、更にはナイフの遣り取りまでして、命の奪取を考えたというのに、結局は日常のこんな遣り取りに幸せを感じる。
 アザディスタンから考え続けて、そして堂々巡りの最後の「結局は愛しているのだ」という自分の心が間違えてなかったのだと、痛感せざるを得ない。
 刹那のいない生活など、考えたくも無い。
 相変わらずテロは憎いが、それでも夕べ刹那が過酷な過去もロックオンに繋がる運命だったと語ったことを思い出して、自分もそうなのかもしれないと、ぼんやりと思った。

 物騒な事を考えていれば、店員が数え終えた紙幣を伝えてくれる。
 適当に掴んだ札束はやはり多かったらしく、あまりを返そうとしている店員に、残りの薄さを見て「チップでいいよ」と手を振った。

 遣り取りをし終えた頃、刹那が着替え終わり、試着室から出てきた。
 その姿はロックオンも満足できる年相応の女の子で、笑みが浮かんでしまう。
「おおぉ、可愛くなったじゃねぇか」
 賞賛の言葉に、刹那は顔を顰める。
「女装に見えないことを祈る」
「見えねぇって。その格好なら胸あるように見えるぜ? ブラの効果抜群じゃねぇか」
 言われた事のない女の賞賛を愛する男から貰って、刹那はぱちりと瞬きをした後、はにかみつつも笑みを浮かべた。
 そんな刹那に、ロックオンは抱き寄せて頬にキスを贈る。
 幸せそうな二人に、それでも店員は仕事を忘れなかった。
「奥様に合わせて、ご主人様もいかがですか? お似合いのデザインがございますよ」
 店員の言葉に、二人は一瞬目を合わせて、そして言葉を発した店員を振り返る。
 今まで『奥様』などという言葉は貰った事が無く、男女に見えることも稀だったからだ。
 驚いた二人に、店員は笑顔を浮かべながら首を傾げる。
「……あら、まだ恋人同士でいらっしゃいましたか?」
 それは失礼を、と続けた店員に、ロックオンは勢いよく首を振った。
「いや、あってるけど、よくわかったな」
 普段はよくて『兄弟』だ。
 スカートの賜物かと思い描けば、店員からは思いもよらない言葉が返ってきた。
「お二人がとても自然でいらっしゃいましたので、ご夫婦だとお見受けしておりましたが」
「そう……かな」
「独身の私どもからすれば、羨ましいです。是非お二人のような夫婦の縁に恵まれたいと望みます」
 にっこりと微笑まれて、幸せな光景になんとなく落ち着かない。
 それでも嬉しい事には変わらなかった。
「ありがとう。そういってもらえると、なんか恥ずかしいけど嬉しいよ。でも俺はいいよ。あんまり服持ちたくないんだ」
「そうですか? ご主人様もスタイル抜群でいらっしゃいますから、とてもお似合いだと思うんですが」
「いや、こう見えても着やせする方でさ。殆どの既製服はあわないんだ。セーターの季節になったら寄らせて貰うよ」
 買い物に来られる約束など出来なくても、社交辞令でそう言えば、店員は笑顔で引き下がってくれる。
「では、またのご来店をお待ちしております」
 丁寧にお辞儀をして、二人を送り出すために店の出入り口まで購入の紙袋を持って見送る店員に、ロックオンは軽く手を振って店を出た。


 当然のように荷物を持ったロックオンの、大量の袋を目にして、刹那が首を傾げる。
「なんだ、その荷物は」
 購入した覚えがあるものは、今刹那が着ている洋服と、数枚の下着だけだったはずだ。
 謎の大量の荷物に問いかければ、ロックオンは上機嫌で答える。
「俺の趣味」
「……お前に女物の服を着る趣味があるとは知らなかった」
「俺じゃねぇよ! お前が着るんだよ!」
「肌は晒さないからな」
 釘を刺されて、ぐっと言葉を詰らせる。
 それでもくだらない日常の遣り取りに、二人の心は解れた。


 ホテルに戻り、食事をして、宇宙に上がる準備をしながらも二人で過ごす。
 幸せだった。
 とてつもない幸せを感じた。
 それでも習慣で何時ものように二人でベッドに入った瞬間、少し震えた刹那にロックオンは気がついてしまう。
 愛情はお互いに十分感じている。
 それでも年若い刹那が、経験したことの無かった暴力じみたセックスに感じた恐怖を理解してしまう。
 心の底からすまないと思ったが、あの話題をするのはもう嫌だった。
 故に、震えた刹那を抱きしめて、昔のように暖を取り合うだけの睡眠をとった。
 安心したような刹那が眠りに落ちる瞬間、言い聞かせるように囁く。
「愛してる」
 もう二度と、お前の事を脅かさない。
 思いを込めて囁けば、刹那は以前のセックスの後のように、幸せそうな笑みを浮かべて眠りに落ちてくれた。
 小さな体を抱きしめて、ロックオンも願う。


 この存在を、守れる男になりたい。
 強くなりたい。


 今まで自分自身に対しても隠してきていた弱さを痛感して、強く、そう願った。





next


あっという間にラブラブ。
そして刹那の服はお好きなようにご想像ください(汗)。24世紀の流行はどうなっているのやら…。第二のちゃねるがいるかもしれませぬな!