will〜オーダーメイド 17

※微妙に暴力シーンが絡みます。苦手な方はご注意を

2010/10/23up

 

 情報収集の長い休みを終えた後、結論として罠を張っていると解る世界の答えに飛び込む事になった。
 作戦参加の為に仲間の元に戻ったロックオンと刹那は、穏やかな元の二人の雰囲気を取り戻していて、メンバーはほっと胸を撫で下ろした。
 二人の間に何があったのかは解らないが、それでもお騒がせなバカップルが神妙な雰囲気を振りまいている状況に、これからの事も合わせて不安を覚えていたのだ。
 冷静に指示を出さなければいけない現場の長のロックオンの精神状態も気にしたし、誰よりも敵の真ん中に突撃しなければいけない危険な立場の刹那が、些細な揺らぎで命を落とすかもしれない。
 刹那は単独で済む話だが、ロックオンはそうはいかない。
 マイスター全員の運命をも決めかねる。
 実質問題としての事柄も気がかりだったが、それ以外でも、やはり二人は愛すべき仲間だった。
 いつでもロックオンの三歩後ろに控えている刹那に振り返らないロックオンが無理に笑っている事も気がついていたし、振り返らないロックオンに唇をかみ締めている刹那も無理をしている。
 そんな辛そうな二人を見ているのが、仲間も辛かった。
 更にはこれからの作戦では、命の保障は出来ない。
 辛い思いを抱えたまま別れさせることだけは出来ないと、これ以上二人の膠着状態が続くようなら作戦を練らなければと、二人が屋敷を後にした後、クルーで会議までした。
 そんな折、スメラギの端末に入った刹那からの通信に、その場に居合わせた全員で安堵のため息を零したのだ。


 皆の心が一つになったのを確認して、スメラギは決を下した。
 必要な事であると。
 危険は元より承知の組織への参加だ。
 自分たちは遂行しなければならない。


 説明されたミッション内容に、マイスターは異議を唱えることもなく、首を縦に振った。
 当然、ロックオンと刹那の二人も。


 そうして出撃すれば、想像以上の過酷な状況に、マイスターは全員死を覚悟した。
 一番思い通りに行動できた刹那も、予想外の宿敵の出現に、死を感じた。
 世界最新兵器の鹵獲を目的としていた相手を自覚して望んだ戦闘に、マイスターは全員機密保持のための自殺用の薬を携帯していた。
 15時間にも及ぶ戦闘の後、次々と行動不可能に陥らされたガンダムのコクピットで、真っ先にその薬を手の中に握ったのはロックオンだった。
 刹那は直接的な攻撃で死を感じて、その薬に触れることすら出来なかった。
 それでも生きる事が運命なのかと思うような、救いの手が差し伸べられて、全員無事に帰還を果たせた時、スメラギは初めてマイスターの前で涙を流した。
 経緯は調べなければいけないが、それでも生きていた面々に、結果だけは最善のものを得られて、誰もが安堵に身をゆだねたのだった。

 それでもその直後から起こった問題に、もうクルーに笑う余裕は無くなっていた。
 救いの手を差し伸べてきた、正体不明のガンダムの存在。
 そしてマイスターの存在。
 彼らの行動はとてもではないが容認できることではなく、またスメラギの管轄外の彼らの動きを、CBの戦術予報士としてスメラギが止める事もできず、結果、刹那は一般市民に及ぶ被害に我慢ができず、不調和を皆に見せた後、なるべく二人を同じ場所に配置しようという配慮もかねたロックオンと二人の潜伏場所から、夫の制止を振り切って飛び出した。
 更には今まで特に連携を見せなかったティエリアと意見が合い、単独で出撃した刹那の情報を得たティエリアは、直ぐに刹那の援護に向かった。
 同じ機体性能の相手との戦闘に、模擬戦でマイスター同士で手合わせはしていたが、初めての状況に二人は呼吸は合わせ攻撃を繰り出し、そしてティエリアは己の存在を明かした。
 人ではない能力を見せて、追い詰める。
 そしてロックオンは、現場の指揮官としてスメラギに判断を委ねられて、口実を手に入れて二人を追う。
 集まった三機のガンダムに、敵として認識されたガンダム三機は、撤退の意思を表した。
 それでも敵対することに決まった相手に、打撃を忘れない。

 スローネと名乗るガンダムチームの指揮官からもたらされた情報という名の攻撃は、的確だった。
 一度の会合で関係を見抜ける観察眼は、流石にマイスターとして選ばれただけはあるものだった。
 関係の深いであろう二人を引き裂くための言葉が、通信機越しに伝えられる。
 ずっとロックオンが追い求めていたもの。
 そしてアザディスタンから引き摺っていたものが、その情報で解決を見せた。

 刹那の過去。
 そしてロックオンの過去。

 本名と共に奪われていた、本人たちでも伝え合えない情報は、只人のロックオンと刹那の動きを止めるには十分だった。
 動かなくなった機体を確認して、擬似太陽炉型のガンダムは空のかなたへと消える。
 その後姿を見送る事無く、ロックオンは自機の隣に浮かぶ、愛した女を内に抱える機体を見続けた。


 暫く放心して、ロックオンは自分と刹那が潜伏していた島に戻る事を事務的にティエリアと刹那に伝え、島に降り立つ。
 別の場所に潜伏していたティエリアはそこに戻るだろうと予測していたロックオンだったが、ティエリアは行動を共にした。
 珍しい状況だったが、それでもそんな珍しい状況に浸る余裕も無い。

 必死に否定していたのだ。
 刹那は違うと。
 ロックオンに対して掛け値無い愛情を惜しみなく見せる、愛しい人。
 自動操縦の機体の中で、ロックオンはヘルメットを脱いで、手にしたヘルメットを足元に投げつけた。
 運命の皮肉さに、どうしようもないほどの怒りを感じた。

 格納庫に機体を収めた後、ロックオンは視線で刹那を呼びつける。
 その視線は、今までに刹那に向けた事がない、怒りに燃えたものだった。
 それでも刹那は甘んじて受け入れて、ロックオンの背中を追う。
 何時ものように、少しだけ後ろに身を置きながら。
 その様子を見たティエリアは、二人の事を追いかける。
 ティエリアは二人の関係を元々知っていた。
 ヴェーダにアクセス権を持つティエリアが知るには、簡単すぎることだった。
 それでも惹かれあう二人に、人の運命の複雑さを見ていたのだ。



 小川の流れる森の中で、ロックオンは立ち止まった。
 後ろから付いて来ていた刹那も立ち止まる。
 どんな罵声が浴びせられるのかと身構えたが、ロックオンから発せられた音は、支給されている拳銃の劇鉄を起こす音だった。
「ロックオン!」
 男の行動に、ティエリアは思わず叫ぶ。
 それでも銃口を向けられた刹那は、何も言わずに目を閉じた。
「……逃げないのかよ」
「…………」
 無言で返す刹那に、ロックオンは眉を寄せた。
 何時もの静かな様子。
 ロックオンの何もかもを受け入れる姿勢。
 その姿に、何時もなら愛情を感じるのに、無性に腹が立った。
「言い訳もしないのか」
「する必要を感じない。あの男が言ったことは全て本当だから」
「クルジスの、出身か」
「ああ」
「KPSAに、所属していたのか」
「ああ」
 全てを肯定する刹那に、それでもロックオンは言葉を重ねる。
「お前は俺に聞きたい事無いのかよ」
 今銃口を向ける、その訳を。
 命を奪おうとしている、その訳を。
 ロックオンの問いに、刹那は静かに答える。
「……あの男が言った言葉が本当ならば、お前は俺を殺す権利がある」
「お前……」
 潔い、という言葉だけでは足りない刹那の態度に、ロックオンの瞳が揺れた。
「どんな理由を並べ立てたって、俺がKPSAに所属していた過去は消えない。神を信じて、銃を手にしていた。神がいないと知っても、誘拐の果てに洗脳されていたのだと知っても、俺には罪が消えるとは思えない。だから、俺が過去にしてきた事の制裁は受ける。撃て」
 刹那が基地に合流した時の、人に対する接触嫌悪と、ロックオンの体に染み付いた硝煙の匂いに不安定になっていた理由が語られる。
 ずっと罪を感じていたのだ。
 銃を手にしていた時の、人の命を奪ったときの感覚に怯えて、人との触れ合いを恐れていた。
 それでも未来を示されて、理想の世界を自分の夢とした時、刹那は……いや、ソランは、再び罪に身を投じる事を決めた。
 二度と自分のような子供を作り出してはいけない。
 こんな思いは自分ひとりだけで十分だ。
 そう思った。
 それでも入った組織で恋をした。
 年上の、自分を守ってくれる男に。
 己の理想を理解して、共に歩んでくれる男に。
 その男が組織に入った理由が、まさか自分の過去に関係しているなどとは思わずに。
 己の罪の深さを感じずにはいられない。
 それでも向けられた銃口に、愛した男の心が自分を殺すことで守られるのならば、それもまた本望だと瞬時に思った。
「……いい覚悟だ」
 低い声でそう呟いて、引き金が引き絞られる音を聞く。
 ソランは目を閉じて、その音を聞いた。


 ガァアン!


 サイレンサーもつけずに発砲した銃は、小さな島全体に、金属が勢いよく擦れ合う音を轟かせる。
 夕方の島に帰ってきていた鳥が、その音に驚いて巣から飛び立った。
 その声が聞こえる事に、ソランは首を傾げる。
 その上、痛みも無い。
 ゆっくりと目を開ければ、視界の隅に己の黒髪が数本焼けて落ちる様が映る。
 視線を前に向ければ、煙の立つ銃口をソランに向けたまま、殺意の無い視線で見つめる愛した男が居る。
「…………」
 何故、と、言葉に出来なかった。
 ロックオンの視線に感じるものは、憎しみでもなく、怒りでもなく、悲しみだったからだ。
 それでもゆっくりと、ロックオンは再び口を開く。
「……お前はこの先、何がしたい」
 先、と言われて、どう答えていいのか一瞬だけ迷った。
 迷った末に、答える。
「戦争の根絶」
 答えたソランの言葉に、男は一瞬目を見開いて、その後、何かが切れたように笑い始めた。
 腹を抱えて笑うその姿を、ソランはティエリアと共に見つめる。
 一頻り笑った後、男はソランに言った。
「……お前はどうしようもない馬鹿だ」
 笑いながら銃をホルダーに収めて、一度だけ大きくため息をつく。
 その後はもう、普段の口調だった。
「腹減った。飯にしようぜ。……ああ、ティエリアはキッチンに近づくなよ」
 そういい残して、立ち尽くすソランとティエリアに背を向けた。



 男の言葉通りに夕食を用意して、三人だけの静かな島で食事を取る。
 会話は一切無かった。
 殺伐とした雰囲気も無く、ソランは逆にその空気が不思議だった。

 だが、やらなければならない事は当然理解していた。

 当たり前のようにティエリアが別の部屋に篭り、ソランを男の部屋に促す。
 二つしかない部屋のソランの行き先は、自然と決められてしまった。
 先に部屋に篭った男の部屋に入る時、躊躇した。
 それでも拳を握り締めて扉を開ける。
 部屋の中で、男はぼんやりと窓の外を見ていた。

  ソランは男に歩み寄り、視線を送る。
「……今日も月が綺麗だな」
 地上の景色を、事もなしにソランに伝えるのは、ソランが側にいることを解っているというアピールだと理解できる。
 言葉を貰ってから、ソランはおもむろに首の後ろに手を回した。
 そして男の目の前に、それを突き出す。
「……なんだよ」
 目の前に揺らされた装飾品に、男は眉を寄せた。
「もう……している資格は無いから……」
 返す、という言葉までは紡げなかった。
 愛し愛された、将来を約束する装飾品。
 もう女として生きる事を許されなくなったソランには、不要のものだった。
 何があっても、この男以外愛さない。
 だから男の手元に返すのだ。
 しっかりと視線を絡めて、意思を伝える。
 ソランの視線を受けて、男は溜息を零した。
「……もう、俺の事愛してないってか。ま、そうだよな。どんな理由にしても、お前に銃向けたのは俺だ。そんな男の嫁になんて、なれないか」
「違う」
 愛する資格は、自分には無いのだ。
 そうソランは思った。
 どんなにソランがこの男に思慕の念を抱いていても、彼はそれを許しはしない。
 撃たなかったのは、他の理由も考えられる。
 単に今、マイスターを失うわけにはいかないと、長として考えただけなのだと、そう思った。
 人生を狂わせるほどの事件を引き起こした組織に属していた女など、彼はもう愛してはいないと。

 これから先、あなたの幸せを祈っています。

 そう伝えようと動かしたソランの唇は、不意に塞がれた。
 何が起こったのか、理解できなかった。
 それでも口腔に挿入された慣れた熱に、自分が変わらずに口付けを贈られている事を悟る。
 何故、とは思ったが、拒むことなど出来るはずも無い。
 唇をふさがれたまま、ソランの体は男の下に引き込まれた。
 そのまま情熱的なキスが続き、息苦しさを覚えた頃に開放される。
 閉じていた目を開けば、目の前の男の唇も、艶かしく光っていた。
「……悪かった。頭に血が上った。……って、そんな言葉で許してもらえるとも思ってないけど」
 視線を逸らせて、それでも必死に伝えようとしている彼の気持ちはソランに伝わる。
 だが、そんな都合のいい事があるはずがないと、そう思って彼の言葉の続きを待った。
「前に、ジジババになったら聞きたい事があるって、言っただろ? あれ、このことだった」
 動く唇から、段々水分が無くなっていっているのが見て取れて、乾いていく情愛を感じる。
「俺さ、実はアザディスタンの介入の時から、もしかしたらお前がそうだったんじゃないかって、気がついてたんだ。仲間じゃなければ……内情を知らなければ、あんなに的確に潜伏地なんて知るはずも無いだろ? だから、多分って……」
 思わぬ告白に、ソランは目を見開いた。
 そしてその後の彼の不審な行動の理由がわかり、目を伏せる。
 なのに、どうして。
 どうして愛しているなどと言っていたのか。
 沈黙が続けば問えたことだが、元々口が上手くないソランの事を察している男は話し続ける。
「俺の家族を奪った組織の女だって、それならもう付き合えないって、何度も思った。でも別れる事を考えるたびに、凄い苦しくなった。だから必死に何度も自分の中で否定してた。お前は違う。こんなにいい女が、あんな酷い事が出来るはずがない。お前はきっと、直ぐ近くで俺と同じように被害を受けていて、それで戦闘技術を身につけて、ここに……CBに来たんだって、思い込もうと必死になった」
 自己保身の為の思考を伝えながら、男はソランの体に縋りつく。
 だがそんな夢物語はない。
 現実はシビアだったと、息を交えてソランの体に言葉を注ぎ込む。
「本当は、わかってた。でも他の本当の事もわかってた。年齢的に考えて、お前が自分の意思で戦闘に参加できるような時じゃなかったって事も、俺の家族を殺したのは、自爆したヤツだったって事も。お前は生きている。だから、違うんだって、わかってる」
 その言葉に、ソランはもう一歩を踏み出させる覚悟を決める。
 自分が愛されるような、そんな資格がないと、男の言葉で更に感じた。
「……俺は、お前に連れて行ってもらう前に、アイルランドに行った事がある」
 黙っていたソランの言葉に、男はピクリと体を震わせた。
「大人たちが、俺と3歳年上の子供を、あの国に連れて行ってくれた。それで包みを渡して、神の元に行けと、こんな世の中は間違えているから、お前たちは先に神の御許で暮らせと、そう言った。だが俺は、その時は自分たちの命の意味しか理解できなかった。渡された荷物を抱えた彼女が誇らしげに笑っているのを、違うと、大人たちが俺たちを置いて帰った後に言った。そんな事をしたら死んでしまう。行ってはダメだとそう伝えた。だけど俺がその事を伝えたら、今までは姉のように俺の事を可愛がってくれていた彼女は、急に俺の事を蔑んだ目で見て、「あなたは神の国に行く資格は無い」といって、俺の事を置き去りにした。その後、大人たちが戻ってきて、俺にはきっと別の役割を神があたえているのだと、またクルジスに連れ戻した。彼女がどうなったか……そして何をしたのか、後で知った。だから、俺がお前の家族を殺したのも同じなんだ」
 珍しく長く言葉を綴り、男が知りたかった事を伝える。
 共犯者なのだ。
 どうやってもその事実は変わらない。
 しかもソランは現場を知っていた。
 男の本名、ニール・ディランディという名と共に、おぼろげに気がついていた国の出身だと聞き、更には自爆テロに巻き込まれた犠牲者の家族と言われて、気がついた。
 そのときにはもう、残っている子供たちはソランとその少女と、10人程しかいなかったのだ。
 神の土地に異教徒が進行して来たのはもっと前で、既に前線を戦った後だった。
 神の土地を守るために、残された少しの人数で行った活動は、その凄まじく悲惨な状況と共に、全て記憶している。
 自分たちの行動に巻き込まれた、愛した男の手にかかる事は、怖くない。
 神の御許に行く事は恐怖を感じたが、彼の手にかかる事は怖くなかった。


 彼がこの先、心の安寧を得られるのならば。
 過去を振り切って、未来に視線を向けられるのならば。
 自分の命など、惜しくは無い。


 閉じていた瞳を開いて、天井を映した。
 子供の頃、散々人を、神の土地に侵入してきた悪魔だと思い殺した。
 無知の悪に染まった自分が、誰かの為に死ねるのならいいと、本気で思った。
 それが愛した男のためならば、尚の事。
 手の平には、自動小銃の弾を発した時の振動が、今も鮮明に伝わっている。
 さらには近接戦闘の時にナイフで切り裂いた男の頚動脈が切れる、ブツっという小さな抵抗も。
 けれど罪はそれだけではなかったのだと、今更ながらに痛感する。
 彼がもう後戻りが出来ないのだとしても、それでも敵は討たせてやりたかった。

 携帯していたナイフを、男の体の下で取り出して、彼の手に触れさせる。
 このまま、一気に。
 無言で伝えた冷たい感覚は、彼に正しく伝わった。
 男は顔を伏せたまま、ナイフを握る。
 手渡せたそれに安堵して、ソランは再び目を閉じた。
 男が起き上がる気配を見せて、己の役割が果たせるのだとおもった。
「……なんで、笑ってるんだよ」
 声に導かれて再び目を開ければ、ナイフを振りかざして泣いている男が目に入る。
 何故泣くのか。
 逆にソランは問いたく、首を傾げる。
「何でお前は、殺されそうになってて笑ってるんだよッ!」
 それは、正しく慟哭だった。
 おそらく家族を失ってから、ずっと苦しんでいる彼の心のままの声。
 辛かっただろう。
 苦しかっただろう。
 だから、そのナイフを振り下ろして、その心と決別しろ。
 そう思って、ソランは男に手を伸ばす。
 ナイフを握っている方の手に手を伸ばして、振り下ろす手伝いをしようとしたのだ。
 その手を男は振り払う。
「やめろよ! お前は俺の子供を産むって、約束しただろう!? そのお前が死ぬのか!?」
「なにを言って……」
 そんな約束は、もう果たせないだろう。
 自分は愛する男が過去と決別するための道具になるのだ。
 洗脳は解けて、それでも世界を変えて、自分と同じ境遇の子供を作らない世界を作るための道具になったソランには、この形の死など怖くは無い。
 寧ろ誇らしいとさえ思えた。
 首を傾げるソランに、男は再び吼えた。
「うわぁああ!」
 叫びと共にナイフを振り下ろして、ソランの顔の直ぐ横に突き刺す。
 場所が外れた、と、冷静に見るソランに、予想外の事が施された。
 乱暴に唇が塞がれて、それと共に布が避ける音が部屋に響く。
 その振動はソランの体に直に伝わり、ソランの体は外気に晒される。
 夜の冷たい空気は上半身だけではなく、直ぐに下半身にも触れて、あまりの事に混乱して、のしかかっている男をどけようともがいた。
 だが外気が体に慣れた頃、ソランの両手は拘束されて、男の支配下に置かれる。
「……死ぬなんて、許さない。俺からこれ以上奪うなんて、絶対……ッ」
「……ろっく、お」
「『ロックオン』じゃねぇ! 俺の名前がニールだってわかってんだろ! ニールって呼べよ! 『ソラン』!」
 出会ってからずっと呼び合って、愛し合っていたものとは違う名前を叫んで、男は自分の下半身を晒して、いきり立った象徴を見せ付けた。
「約束、果たしてもらおうじゃねぇか。ソラン」
「ろ……」
 熱の篭った視線で、ソランを見下ろす男の瞳は、正常なそれではなかった。





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ティエリアは女体化させないくせに、KPSAの子供たちは総女体化。
美人な男は保護指定な可哀想な私の頭……。