4月の預言者たち

※本編「オーダーメイド」の13話あたりの時間のお話です

2011/04/01up

 

「ロックオン、妊娠したんだ」
「……はい?」

 それはCBが世界に対して武力介入をする、たった3週間前の事だった。
 結婚までは別の部屋に別けられた後、夜の時間に今日はロックオンの部屋での逢瀬を約束していた刹那から、告げられた衝撃の事件。

 ロックオンは一気に頭の血が下がった。
 ザァ、などという生易しい表現ではない。
 どっぷぁっと腹の下まで血液が下がった。
 そう感じた。
「に、妊娠て……え、どこで失敗したんだ? え? だって毎回キチンと検査して検温して調理して」
「何を調理したんだ」
 あまりの事に、ロックオンはすっかり取り乱していた。
 自分が口走っている言葉の意味は、理解できていない。
 ラストの「調理」は、本当は「調整」と言いたかったのだが、そのいい間違いにも気がつけなかった。


 刹那が妊娠してしまった。
 まだ組織が婚姻許可を発行しない年齢の子を、妊娠させてしまった。
 男として、これ以上無い程、ロックオンは動揺した。


 もう、来週から旅行どころの話ではない。
 次の週の予定を思い描いて、エンゲージを交わす前の自分達の現状に、冷えた腹の底を補うように手を添える。
 真っ青になってカタカタ震えているロックオンに、刹那は更なる爆弾発言をする。
「だが安心しろ。お前の子じゃない」
「……え……」
 ぜんぜん安心できない。
 いつどこで浮気をと、更にロックオンは血の気を失う。
 そして自分が振られたのかと、あの夕べまでの熱い時間は嘘だったのかと、そう問おうとした。
 だがこの日の刹那は普段からは考えられないほど、酷く饒舌だった。
「お前の弟との子供だ。だからお前の責任は無い」
「なんだとぉ!?」
 先回りで言われた相手に、またしても度肝を抜かれた。

 いつ会ったのだ、何処で会ったのだ、何故存在を知っている。

 更なる疑問に、ロックオンは乱暴に刹那の肩を掴む。
 思わず真剣に見つめてしまった愛しい赤褐色の瞳が、ロックオンの行動に驚いたように見開かれる。
 その段階で、漸くロックオンは刹那の異常に気が付く。


 普段の彼女では考えられない饒舌さ。
 更には自分で告白していながら、ロックオンの言葉に驚く様。
 そしてよく考えれば、刹那がロックオンの弟の存在を知るはずも無い。
 更に更に、刹那は生理が終わったばかりだった。


 頭の中で整理すれば、刹那の言葉に真実味がない事を悟れた。
 だが何故態々嘘を付く必要がと、ロックオンは刹那を見つめた。
 暫く見詰め合えば、刹那はロックオンの反応の驚きも落ち着いたらしく、普段の声色で発言の撤回をした。
「冗談だ」
「……うん、気が付いたけど、ぜんぜん笑えねぇ。そういうのは冗談にならない。次からはやめてくれ」
「了解した」
 淡々と進む会話に、ロックオンは刹那の行動の原理を考える。
 だが、目に付くところにカレンダーの無かったロックオンの部屋では、ロックオンが気がつける材料はロボットAIのハロだけだった。
 刹那を助けるように、部屋の中にハロの電子音声が木霊する。
「エイプリールフール! エイプリールフール! ロックオン、ダマサレタ!」
「……ああ、そういう事」
 地元では馴染んでいた行事だったが、今年はすっかり忘れていた。
 直前になった武力介入に思考を奪われて、嘘を考える時間も無かったのだ。

 去年はロックオンは全員を騙した。
 当然その中には刹那も含まれている。
 ちなみにロックオンが刹那に持ちかけた嘘は、「俺、彼氏が出来たんだ!」だった。
 男だと思い込んでいた刹那に、同室である自分がゲイであると少し脅かそうとした下らないものだった。
 ちなみにアレルヤには「俺、インポになったみたいでさぁ」であり、人のいいアレルヤは、慌ててロックオンを医務室に連れて行こうとしたのである。
 そしてスメラギには「刹那に手を出しちまった」である。
 後に冗談ではなくなってしまったこの嘘は、現在伝説だった。

 そんな経緯で、余すところ無く自分を英語圏の人間だと暴露しまくったロックオンだったが、流石に今回の刹那の冗談はきつすぎた。
 嘘を言ってもいい日にしても、酷すぎる。
 どれだけ夢を持ってロックオンが我慢をしていたか。
 また現在もしているのか。
 更には弟の存在までばれたのかと、冷や汗をかいた。
 それでもおそらく、刹那は「お前の弟」と自分が言った時点でロックオンが気が付くだろうと思ったのだろう。
 いるか居ないか解らない存在に、意味を込めた。
 だが実際にいるロックオンにはジョークにならない。
 それでも去年まで人を騙しまくって「エイプリールフールだって。マジになるなよ」と自ら言いまわったロックオンに、怒る権利は無かった。


 落ち着いてしまった空気に、ロックオンは刹那を抱えてベッドに潜り込んだ。
「……今日はする気にならねぇや。一緒に寝てくれ」
「了解した」
 愛の営みの気力はそがれているが、それでも愛しい刹那に、お泊りを強請る。
 同室を解除しても、結局日ごとに部屋が違うだけで、二人は同衾していた。
 そんな日常も、後僅かしか過ごせないのだと、示された日にちでロックオンは思う。
 更に、今の刹那の言葉を、心の底から喜べる日が早く来るようにと、祈りながら目を瞑った。




 この10年後、刹那もまた、この日の嘘を予言にしてしまうのであった――――。





end


馬鹿ップル降臨。
ちなみに刹那さんも、他の人にもチャレンジしました。
地道に手に悪戯書きをして「人面相」とかかましてました。
本当は兄貴にもそのネタでするはずだったんですが、悪知恵入れられました。
兄貴に妊娠ねたを持ち込めと吹き込んだのはリヒティです。
ばれませんでしたが、もしばれてたらフルボッコだったと思います。