ソランがボタンを押し、皿の射出が始まる。
ライルは彼女の過去を考えて、興味津々で眺めた。
過去は悲しいが、それでもかの組織のメンバーだ。
どれだけ凄い腕前なのか、興味が出ても仕方がないと、ソランの構えを眺め続けた。
だがその期待も、すぐに消えた。
何故ならソランは、一発目から綺麗に外してくれたのだ。
普通に弾道を追っていたライルは、同じく弾道を追っている動きを見せるソランを見て、見当違いのところで弾む背中を見て、設置されていた椅子からずり落ちた。
何故ソコ。
普通に思った。
皿の射出音は遠くから響いていて、射撃をしている人間なら、普通に理解している。
音とタイミングのずれを。
実際視認している皿の動きとのずれを読んで、そして発射する。
なのにソランは、体は皿を追えているのに、見当違いの所で、必要以上に構えを高くして撃った。
傾げた首が、戻らない。
そして戻ってきたソランの手に握られていた紙を、問答無用で取り上げた。
的中率・24%。
あんまりだ、と、ライルの頬は引き攣る。
「お前……どうやって生きてたんだ?」
あのテレビの映像でも、がすがす軍隊に狙いを定められていて、更に軍を撃墜していた映像を思い出す。
ライルは子供の頃の感覚で、軍の射撃を「税金の無駄遣い」と批判していた。
ソランがどのガンダムに乗っていたのかまでは聞いていない。
だがどのガンダムも、射撃はプロフェッショナルに見えていた。
ソランはライルの感想に、顔をそらせながらポツリと反論する。
「……射撃は、専門がいた」
「……ええ、そうでしょうけどね」
ニールがいたのだ。
普通に考えて、射撃の専門はライルの兄だっただろう。
それでもソランの数値はありえない。
だがふと、一機だけ、ライルの記憶に射撃が無い機体が蘇る。
青いガンダム。
あの一機だけは、直接軍の真ん中に突っ込んでいって、周りのMSを切り刻んでいた。
ライルの頭の中で繋がってしまう。
あれか、と。
溜息をついて、ライルは煙草をもみ消した。
そしてソランを連れて、撃ち場に戻る。
「いいか。お前さんはタイミングが早いの。体が皿を追えてるんだから、視認できるタイミングで、お前の背筋から考えれば、角度はコレでいい」
ライフルを構えさせて、高すぎた狙いを諭す。
ソランはライルの説明に、眉を寄せた。
「……なんだよ」
「いや、だがニールは俺の狙いが低すぎると言って……」
「それはお前がまだ子供だった頃の事だろ。子供一人産んで、体だって立派に出来たんだ。多分、兄さんが言ってたのは、ライフルの反動の事だろ。子供の体なら反動を受け切れないってのも考えられるが、お前ももうあの頃とは違うんだから、俺が言った角度とタイミングでやってみろ」
ほれ、と、勝手にスタートのボタンを押す。
目の前でソランは構えて、ライルの言葉通りに狙いを定めて撃ち始めた。
二回サイクルを終えた頃、ソランの数値が跳ね上がった。
……それでもライルの初回よりも低いが。
的中率・63%。
常人よりも少しマシになった。
ライルは乾いた笑いを零す。
本当に生きていてくれて有難う、と。
そしてライルは、自分の感覚どおりに、二回目にはもう89%まで命中率が回復した。
所詮クレー射撃だ。
相手は予測どおりの動きをしてくれる。
ライルはそう思っていた。
実際に動物を撃つ時には、この値は反映されない。
意思を持って動かれれば、結局先読みという話になる。
的に対する知識が問題になるのだ。
だからこの競技は、単にどれだけ銃の感覚を体に叩き込めているか、と言うこと。
おそらくソランも、競技でなければ、ライルよりも上手いのだろう。
……そう思いたかった。
三時間二人で撃ち続け、途中休憩は入れたが、それでも「子供射撃教室」の終わりの時間を見てしまえば、二人で広々とした射撃場を後にするしかない。
本当はハンドもライルは回りたかったが、それは明日、もしくは次回でもいいかと、そう思ってしまう。
……それほどソランの射撃は酷かった。
クイックドローの方が、実はライルは得意なのだ。
ソランの目の前で、面子が保てるかもしれない唯一の場所だ。
しっかりと時間を確保したかった。
そして子供を迎えにいった先で、ライルは懐かしい光景に出会う。
子供の頃、父がクレーに入っている間、兄と二人で参加した覚えのある、絵の具の匂いが充満した部屋。
壁にある的に向かって、子供達はおもちゃのような銃で、ペイント弾を撃つのだ。
色とりどりの紙の中で、どの色が一番真ん中に近いか、そんな可愛い遣り取り。
ライフルを返却した後、ソランに会社から連絡が入ってしまい、ライルは一人でニーナを迎えに行ったのだ。
だが部屋に入った途端、なにやら凄い剣幕で、一人のコーチが走りよってきた。
何事かと、彼に視線を合わせる。
一目でライルがニーナの保護者だと見抜くのは、ニーナが父親似で、故にライルとソックリだからだ。
走り寄って来たコーチに、足元にニーナの姿がないのを見て、何か問題でもと眉を寄せれば、コーチの頭が細かく震えている。
「あの……」
分からない彼の行動に問えば、コーチの名札に「ロアン」と書かれている彼は、ライルに震えながら訴えた。
「お、お宅のお子さん、天才ですッ!」
「はい?」
急に何をと思っていれば、ニーナが丁度ライルの足元に到達した。
そしてライルにライルが想像していた通りの紙を見せる。
だがその紙に、ライルは首を傾げた。
「あれー、最近色数減ったのか? 俺の時はもっと色とりどりだった気が……」
しかも、真ん中に黒っぽいものが小さく描かれているだけだ。
そのほかに、外したのだろう小さい絵の具が、的の周りにはねる様についていた。
つまんねぇの、と、思った瞬間、コーチがえらい剣幕でライルに否定の言葉を投げる。
「違います! ニーナちゃん、全弾真ん中に命中させちゃったんですッ!」
「へ?」
ライルが周りを見回してみれば、他の子供は確かに色とりどりの絵の具がついている紙を持っている。
ニーナの紙の色が汚いのは、全部の色が混色されてしまった所為だった。
ああ、この子は間違いなく兄の子だ……。
ライルはそう思った。
何故ならこの遣り取りは、ライルの親にされていたものだったからだ。
双子揃って楽しくない結果を出してしまい、子供達的にはブーイングだったのだ。
他の子みたいに、可愛い色にしたかったのに。
うっかり真ん中を狙ってという言葉に従ったが為に、汚い色になってしまった。
そんな思い出が蘇る。
訴えられた両親は、即自分達にライフルを習わせた。
そんな英才教育の経緯を思い出したのだ。
ライルはハハハと曖昧に笑って、子供を小脇に抱えてダッシュで教室を後にした。
同じ道は辿らせたくなかった。
ただ純粋に、そう思った。
そんな遣り取りもあり、予想外に酷いソランの射撃のコーチまでさせられて、夜、ライルはぐったりと疲れてしまった。
豪華な夕食も、一通り食べたが、疲れが先に出てしまい、更にニーナに請われて初めて三人で混浴という美味しい思いもしたのだが、子供がいる手前、艶かしい事も匂わす事もできず、うっかり和気藹々と風呂に入ってしまった。
まるで家族だ。
いや、そうなる事は望んでいるが、まだ堪能したい事もある。
それなのに、うっかり家族旅行を楽しんでしまう。
それ以外、疲労に打ちひしがれているライルに残された道も無かった。
そしてニーナがはしゃぎ疲れて早々に寝てくれても、子供と一緒にうっかりただ眠ってしまったのだ。
セックスもなし。
子供が同じ部屋にいる事に、更に寝かしつける川の字の状態に、満足してしまった。
朝起きて、体力が回復したライルが後悔しても、後の祭りだった。
思い返せば、風呂の中のソランは魅惑的だった。
ライルが望んだとおりの、色っぽい彼女。
湯に浸かり、上気した肌は、体力が回復した後に思い出せば、たまらない。
それでももう燦々と太陽の光が降り注いでいる中、何ができると言うのか。
ニーナも元気一杯に、ライルの朝の事情も気にせず、いまだ眠りの淵にいたライルに飛び乗って叩き起こしてくれた。
朝食を運んできてくれた仲居さんに、「良いパパが出来そうで良かったわね」とニーナは言われて、元気よく「うん!」と答えていた。
その答えはまず、母親から聞きたかった。
当人である母親は、曖昧に笑っていただけだ。
なんだかもう、色々と遣る瀬無い。
旅行と言うことで、普段の生活の規則から解き放たれたニーナは、喜んでライルの膝の上で朝食を食べた。
子供用の朝食と、大人のライルの朝食の両方を強請って楽しんで、更に朝風呂を強請る。
それにはソランが気を利かせてくれて、ニーナと二人で入りに行った。
男には、朝の事情があるのだ。
しかも夕べは出来なかった。
今ソランと裸の付き合いをすれば、確実にライルは子供に首を傾げられる状態を見せ付けてしまう。
朝の事情自体は落ち着いたが、付き合いも初めの今時分、ライルには自信が無かった。
悲しく一人でお茶を啜ったライルだった。
そして一泊の旅行は、すぐに終わってしまった。
午後ゆっくりとチェックアウトができたが、それでもおやつの時間には旅館を出て、帰途に着く。
当然ハンドルは死守した。
その事でニーナは不満を爆発させていた。
ライルの運転つまらない! と。
そんなニーナに「運転は面白いつまらないじゃないんだ!」と、珍しく厳しい口調で諭した。
母親の運転が当たり前だと思われたら、彼女は確実に世間からずれてしまう。
兄がいなくなった今、彼女を全うに育てられるのは自分しか居ないと、ライルは心に誓っていた。
同じ環境で育ったのだ。兄の子育ての感覚は、自分と大して変わりがないだろうと、そう予測しての事だったが、大元をスッパリと忘れているライルだった。
兄はソランと同じ組織に居たのだ、と。
更にこの非日常的な車を送りつけてきたのだと。
普通のスピードで高速を走り、夕方にはソランの家に辿り着いた。
母親は無表情に不機嫌で、子供の世話を熱心に行っている。
その不満は、夕べのライルの行動にあったのだと、夜に判明した。
体力も凄まじいソランは、射撃の訓練をこなしても体力が有り余っていて、実はライルが寝てしまった後、必死にライルを起していたらしいのだ。
だがライルは、疲労で深い眠りに落ちてしまっていた。
昼間約束した夜の生活が無かった事に、実はひっそりと怒っていたのだ。
そして娘を寝かしつけた後、ライルが家に帰ることを許さず、初めて独占欲らしき物を見せてくれた。
リビングでライルを誘い、昼間散々娘と見せ付けた肌をライルに擦り付けて、夕べの分の挽回を強請ったのだ。
それはそれで嬉しかったのだが、何しろ次の日からは仕事だ。
一般のサラリーマンの体力しか持ち合わせていないライルには、試練の旅行になったのだった。
それでも来月の約束を、ピロートークで約束した。
次はハンドガンを教えると。
ソランは約束に幸せそうに微笑んで、そして更なるライルとの交渉を強請った。
激しい営みに、ソランの若さを改めてライルは思い知らされる。
流石、二十代入りたて。
更に鍛えられた体。
体の関係を持った後、ソランは積極的にセックスを求めるようになってくれた。
まだ初々しい、遠慮がちなお互いの関係だが、それでもライルは幸せだった。
だが、その旅行の約束も、すぐに終わりを告げる。
次の月に訪れた旅館で、女将は喜んでくれたが、結局彼女とは二回しか会う事が出来なかった。
その後、二人の間に動乱があり、結果、ライルはソランと運命を共にする事を決めた。
それでもライルはソランと活動を共にしながらも、いつかまた、あの場所に行きたいと、そう願った。
end
タイトルどおり、「第一変奏曲」です。これが切欠で、ライルの能力をせっさんは知りました。そして本の2の再会につながるんです。
ちなみにライルの指導は、兄貴よりも的確で丁寧です。なのでせっさんよくわかりました。兄貴は多分「だからこうやってがーっと撃ってばーってなるんだよ!」みたいな説明のイメージ。ライルは口先も有能です。反動の耐久がどうのとか、風に流される場合はどうのとか、ちょう懇切丁寧。二回の指導で、普通の射撃能力得ました。
でも体力は常人だったので、せっさん夜は「あんもうッ!」って感じですうふふ。
だから何が書きたかったのかといえば「なんなの、このライル・ディランディの基礎能力の高さは…」なんですよ…。
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