迷える子供は…を追う

10/01/07up

 



 しまった……。


 気が付いた瞬間にライルが思ったのはこの言葉だった。
 それ以外に形容は思いつかなかった。


 この日は半年かけて口説いて自分の彼女となったソランと、その子供であるニーナと三人で、休日の買い物を楽しむことになった。
 何もこれが初めての三人の外出では無かったのだが、故に丁度慣れて来た頃の、ちょっとした油断だったのだ。
 ソランが化粧室に行っている間に子供と二人で彼女を待ち、更にその後ソランに緊急の連絡が会社から入った為に、彼女が時間を気にしなくても良い様にと、ライルはショッピングモールには付き物の子供用のスペースに足を向けたのだ。
 だが運悪く、ライルにも緊急の連絡が会社から入ってしまった。
 ちらりと視線をニーナに送れば、広場で楽しそうに遊んでいる。
 この場所から動かなければ大丈夫だと思い、少し目を離して会話に集中した隙に、視線を戻せば子供の群れの中にニーナはいなくなっていた。
 元々活発な子供で、最近はライルが気にして女の子らしい洋服を選んでいたが、母親のソランが選ぶと機能重視になってしまい、髪の毛の長さを見なければ女の子とは認識出来ないくらいの動きをしていた。
 それはライルにだって解っていたのだ。
 だから本当に油断の一言につきた。
 慌てて周りを見て回ったが、それらしき子供は見つからない。
 広場の周りにいた親達にも聞いて回ったが、彼らは自分の子供を追うのに精一杯だったらしく、ニーナの姿すら認識されていなかった。
 あんなに可愛い子なのに……と、自分の子供でもないのに親ばかっぽい考えに支配されつつ、ライルはニーナの行きそうな場所を探して歩いた。
 玩具屋。
 本屋。
 何故か興味を持っているキッチン用品売り場。
 そして無いとは思ったが、女の子だと言う事で子供服を取り扱うショップ。
 だがどこを見て回っても姿は見えない。
 探し始めて30分が経過して、ライルにも焦りが出てくる。
 どこかで心細い思いをしているかと考えると、自分の浅はかさが申し訳なくなって来て、ライルの方が泣きたい気持ちになって来た。
 いい加減迷子センターに頼もうかと思い始めた頃、携帯電話が再び震えた。
 これで会社からだったらシカトしてやると思い液晶を見ると、そこには彼女の名前が浮かび上がっていた。
 仕事の話が終わったのだろう彼女に謝る為に、慌てて通話ボタンを押す。
 ライルが事情を説明すると、女性にしては低めの声で『落ち着け』と逆にいなされてしまった。
 そして今ライルがいる場所を知らせると、すぐにそこに向かうと返答をされて通話は切れた。

 ソランを待つ事5分で彼女は現れた。
 おろおろとするライルの背中を叩いて促したのは、正面玄関だった。
 案内所が完備されているからそこを目指したのかとライルは思ったが、更にソランは外に出てしまう。
 そして建物の影が切れる場所に向かって歩いていく。
「何処に行くんだよ」
 行動原理が解らず問うと、ソランは「太陽の見える場所に行く」と、更に謎掛けの様な答えを寄越した。
 だが彼女に従って暫く歩くと、ライルが探し求めていた子供の影が見えたのだ。
 思わず走りよって抱きしめると、ほんのりと太陽の香りがした。
「ごめんなぁ、心細かっただろ?」
 顔を撫でて謝ると、ニーナは首を横に振る。
 たった4歳で一人が怖くない訳が無いだろうと、ライルはニーナが自分を気遣ってそんな仕草をしたのかと思ったのだが……。
「太陽が見えれば平気だよ。時間も方向も解るし」
「………え?」
 先程ソランにされた謎掛けの様な答えを再び貰ってしまって、ライルは首を傾げた。
 更にニーナは続ける。
「さっきライルがジュースも買ってくれたし、水分も十分だったもん。全然平気だったよ」
 あっけらかんと返されたが、何が大丈夫なのかがいまいち理解出来ない。
 ニーナの荷物はライルが持っており、携帯電話もその子供用のリュックの中で、子供が思いつく連絡手段は皆無の筈だ。
 それなのに平気だったと言い切るのが不思議で、それでも謝罪も込めて抱き上げれば、追いついて来たソランが口を開いた。
「よくやった。ちゃんと言いつけを守れたな」
「うん。問題ないよ」
「…………?」
 母子の間を視線を彷徨わせると、ソランは当たり前の様にライルに告げた。
「迷った時の対処法だ。太陽が見える位置の日陰に留まって太陽の動きで時間を計り、水分を確保して救出を待つ。自分の身が守れない時は人から隠れる。基本中の基本だ」
「………えっと、」
 なにか、似た様な事は聞いた覚えはある。
 だがそれは、砂漠で方向が解らなくなった時の方法だった様な……。
 都心部で治安の良い場所で、人から隠れると言うのはどういう……?
 確かに全員が良い人間ではないだろうが、そこまで叩き込んで何をさせるつもりなのか……。
 少し引き攣りつつ、それでも残った疑問をニーナに問うた。
「でもよく正面玄関が解ったな」
「? だってマムは必ず正面からしか入らないもん。入る時には方向を確認しておけっていつも言われてるし、この場所の方向は太陽が教えてくれるし、これるでしょ?」
「………あ、そう」
 何とも野性味溢れた回答を得て、これ以上は聞かない方が我が身のためな気がして、ライルは視線を逸らせて乾いた笑いを零した。
 流石は元……の娘。
 別にあればあったで良い知識だろうが、偏りが出ない様にと思わず考えてしまった。


「じゃあ、迷わせたお詫びに、改めてパフェ食べに行こうか」
 時間は丁度3時。
 母子の大好きな甘味を示せば、二人揃って喜んでくれた。
 ライル自身は甘い物は好まないが、食べている二人は幸せそうな顔をする。
 それが見れるだけでよかった。
 ……出来れば繰り広げられる大量の甘い物には目は向けたくなかったが。
 身体のサイズに合わせてなのか、二人はとにかくよく食べるのだ。
 顔は見たいが、食べ物は見ていると胸焼けを起こしそうな量。
 今までは自分に付き合う人間でなければ受け入れなかったのに、それでも良いと思える二人に、改めて愛情を感じるライルだった。






時系列的には、1と2の丁度真ん中くらいです。
コレだけ書き続けてて今更ですが、なんかこう、他所さまのカッコいいライルを見ていると、自分で書いているライルに謝らなければと思う…(汗)。
でもいいパパはカッコいいと思うんだよ…!(←自分的慰め)
リク頂いて調子こきました一作目です。