Begin The Night 7

2011/08/24up

 

 沙慈を一般の部屋に移す事に成功して暫くで、待ちに待った場所に向かうと、ライルにソランが話しかけてきた。
「入港は4時間後だ。プトレマイオスの整備も入るから、マイスターは二日間自由行動でいいらしい」
 その言葉に、ライルは首を傾げる。
「自由行動って言ったって、二日もどうしろって言うんだよ」
 育児機関でその時間過ごせるのか。
 そう問えば、ソランは小さく首を横に振った。
「育児機関に親の宿泊施設はない。だから近くにホテルを押さえてもらった」
「ホテルって……なに、ドッグだろ?」
 研究所にそんなものがあるとは思えず、更に問えば、ライルは魂が抜けるかと思うほど驚く内容を告げられてしまう。
「CBが建設したコロニーがあるんだ。育児機関もそこにある。子供の成長には、1Gが必要だからな」
「こ……ろにー、けんせ、つ……だと?」
 コロニーの建設など、国家事業だ。
 私設武装組織と名乗っていたとしても、どこからそんな財源がと、言葉もおざなりになってしまう。
 今まで見てきた技術力といい、コレはもう、大国並みの組織だ。
 開発できる独自の技術に、更にコロニー。
 驚き続けるライルに、ソランは当たり前のように振舞っている。
「ああ、一応俺の家も、まだ残っているそうだ。だがずっと俺の名義だから、手が入っていないらしい。この動乱が落ち着いたら手を入れる」
「……いえ?」
「CBの組員には、そのコロニーで自宅を与えられている。お前の所属は今は地上のエージェントだからまだ申請していないが、あと半年もすれば手配されるだろう」
「はあ」

 給料良し。しかも自宅つきの仕事。
 ただ命の保障はありません。

 思わずそんな馬鹿なうたい文句を思ってしまう。
 そして一週間後に迫った、カタロンへの第三次定期報告書の内容を、ライルは「使えない」と判断した。
 もっとソフトに誤魔化さなければ、CBの全貌を渡してしまう事になる。
 それはソランにとって、即ちライルの望む世界、生活に悪影響だった。
 カタロンは、政治的思想組織である。
 故に彼らは政府への参画を希望していた。
 つまりは、新政権樹立後、ソランの敵になってしまう。
 彼女が組織を捨ててくれても、過去は付きまとうのだ。
 ライルは額を押さえて、この組織の規模の大きさに眩暈を覚えた。
 フェルトが言っていた、古い組織と言う情報も合わせて、どれだけの技術力と財源があるのかと、カタロンの規模と比べてしまって涙が出そうだった。
 浅はかだった。
 そうジャッジするのに、時間はかからなかった。
 それでも当然、組織の意向は遂行する。
 上手く隠しながら、何とかこの動乱を乗り切らなければ、ライルにも未来はないのだから。


 コロニーに入港するために、クルーはブリッジに集まった。
 各々の役割を決めて、配置に着く。 
 目の前にコロニーが迫った所で所定の位置に着き、操舵と入港シークエンスを行う。
 それをライルは、自室で聞いていた。
 まだケルディムの操縦を覚える事で手一杯のライルには、役割は無かったからだ。
 操舵はティエリアが行い、ソランが補助に入っているらしい事は聞いている。
 もう一人の補助は、イアンだった。
 一応、対衝撃設備を身につけて、艦内のアナウンスに耳を傾けていた。
 だがそのアナウンスが流れる前に、部屋のインターフォンが鳴る。
「入港は完了した。出よう」
「……オーライ。でも着替えてないぜ」
「必要ない。直接CBの区画に行けるハッチだ」
「流石。なら制服の方が都合が良いんだな?」
「身分証代わりだからな」
 簡潔に説明されて、それでもライルは二日分の着替えを入れた鞄を肩にかけて、ソランと共にプトレマイオスを出た。
 ソランの手にも、小さな荷物が握られていて、彼女の荷物を受け取って、用意されていた車に乗り込む。
 運転席に座ろうとする彼女を制して、ライルはハンドルを握った。


 ナビゲーション通りに進めば、穏やかな町並みが見えてくる。
 通常重力区画まではエレベーターで移動して、その先はもう、地上と同じ生活空間だ。
 エレベーターから車を走らせて、コロニーの端から延びているハイウェイを5分飛ばせば、もう街中だった。
 コロニー自体は平均的な全長30キロ前後のもので、中も以前ライルが訪れた事のあったコロニーと大差なかった。
 故にその技術力に、更に感服する。
 今もまだ、コロニー建設は衰退する事無く、各社が競って技術を磨いていた。
 最新のコロニーにしか行った事のないライルにも、違和感の無いコロニーの風景に、感動する他は無い。
 ハイウェイを降りて一般道に入り、地上と同じように設置されている信号で車を止めた時、思わず故郷の癖で空を見上げてしまう。
 ここは人工的な大地であり、ライルの故郷のように、人の意思に関わらずに天候は変わらない。
 コロニーを管理運営している施設が決めた天候が、反映されるのだ。
 それでも昼間の時間、大気の所為で青く反射している人工の空に、天気が良いなと、ふと思ってしまった。
「……ロックオン、青だ」
「はいよ」
 慣れてきた呼びかけに答えて、ライルは再びアクセルを踏む。
 そしてナビゲーションが示した辺りで、刹那は一つの建物を指差した。
「……あれが、育児機関だ」
 指差された建物を見て、案外小さな規模に少し安心してしまった。
「なんだ。普通のビルだな」
 そう感想を漏らせば、当然それは刹那に否定されてしまう。
「あそこは本部があるだけだ。子供たちはあの裏の区画に住んでいる」
「ふぅん」
 まあ、そういうオチだと、ココまで来ればライルにも予測が出来ていて、普通に頷いた。


 本部で手続きをして、更にライルの身分証明書を提出すれば、DNA照合でライルがニーナの親族である事は伝わって、すんなりと面会が通った。
 更に固定回線の申請も出来て、これから先の彼女とのラインは繋がった。
 全ての事務処理を済ませて、久しぶりの愛し子の元に急ぐ。
 刹那の腕を引き摺って請えば、彼女は少し顔を強張らせた。
「大丈夫だって。ちゃんと説明するから」
「……ああ」
 子供の心を気にしている彼女を諭して、本部から連絡を入れてもらえば、本部のビルの裏手から伸びる道の先に、重厚な門があった。
 その先に、昔ニーナが預けられていた託児所とは規模が違う庭園があり、その奥にまるでお屋敷のような建物がいくつも並んでいた。
 造りの豪華さに、ライルは口笛を吹く。
「すっげ。流石だな」
「……だが、寂しい思いをさせている」
「組織もわかってるからこそ、この施設の規模なんだろ。普通の子供じゃ経験できない面積だぜ」
 母親の心を言葉で解そうと遣り取りをしていれば、ライルの視界に人影が映った。
「……ら、いる?」
 かけられた声は、最後に聞いた彼女の声よりも、少し成長していた。
 その声に視線を向ければ、思ったとおりの女の子が、呆然とライルを見つめている。
 そして声と同様に、彼女は子供らしい成長を遂げていた。
「よ! やっと見つけた!」
 最初の挨拶は、コレと決めていた。
 探していたのだと伝えたかったのだ。
 それでも想像通りの彼女の言葉がライルに向かう。
「どうして! どうしてこんな所に!」
 以前よりも言葉がハッキリしていて、成長したニーナに笑った。
 それでも走り寄ってきてくれる姿は、昔と変わらなかった。
 飛びついてきた子供を受け止めて、前と同じように抱き上げて抱きしめる。
「ずっと探してた。お前とマムを。ずっと会いたかったんだ」
「アタシもッ、アタシもライルに会いたかった……! でもどうして! どうして制服なんか……!」
「ん? だってお前とマムが居る場所だろ? 俺がいたっていいだろ。銃の腕、買ってもらえたんだぜ」
 この組織に入れた理由をそう濁して、ライルにしがみついているニーナを抱き起こせば、彼女は泣いていた。
 感情も成長していると、ライルに感じさせる。
「……ごめんな。あの時もっと俺が世間に聡ければ、お前達をこんな辛い目に合わせなくて済んだ。ちゃんと対等に対処方法を考えられたのに」
 認識の甘かった、過去の自分を責めてしまう。
 キチンとこの子がココまで成長する段階を、この目で見ていたかった。
 そしてこんな涙の種類など、覚えさせたくは無かった。
 ライルの謝罪に、ニーナは首を横に振る。
 それでもやはり、反論があった。
「でも、ココ、危ないよ。ライルは元の会社に戻って欲しいよ」
 愛していると、そう訴えてくれる少女に、ライルは涙を拭うように、頬にキスを贈った。
「危なくてもいいんだ。安全なお前達のいない生活より、俺はここがいい。お前が俺の事を守ってくれようとした心は嬉しいよ。でも、それは俺の幸せじゃないんだ。お前とマムがいて、俺は初めて幸せになれる。俺の幸せを追うことを、許してくれないか?」
 彼女の気持ちを無視して、自分の道を追うことを許して欲しいと請えば、ニーナは俯いた。
「……ライル、ずるい」
 ライルと離れる事を決めた時、母親と同じ気持ちで頷いたニーナは、結局自分の希望がライルと沿わないのだと理解できた。
 頭の成長は、元々早いと理解していたが、それでも年齢にそぐわない理解を見せる少女に、ライルはもう一度頬にキスを贈って謝罪した。
「うん。ずるいな、俺。本当にゴメン」
 愛おしい子供の希望を叶える事が出来ない自分を、何度も謝罪すれば、ニーナはもう一度、改めて制服のライルに縋りついた。


 一頻り再会を堪能した後、ニーナは自分の部屋にライルを案内したいと教育官に申し出て、その希望は叶えられた。
 豪奢な造りの玄関から入り、屋内エレベーターを利用して到着したのは、最上階の5階だった。
 そして最奥の、一つの扉にニーナはライルの手を引っ張った。
「ココ、ここがアタシの部屋なの。マムが子供の頃に使ってた所と同じなんだって」
「……マムが?」
 知らない情報に、ライルがソランを振り向けば、ソランは小さく頷いてくれる。
「俺は、戦災孤児になった後、ココに引き取られたんだ。だからココは、いわば俺の第二の故郷なんだ」
「……ふぅん」
 色々濁されている言葉に、ライルは彼女の複雑な過去を見る。
 子供の前では語れないのだろう内容に、この場では話題を流した。
 そうして案内された部屋は、やはり一般家庭では手の届かないような、そんな豪華な部屋だった。
「窓からね、夜になると、上の街が綺麗に見えるの。まるで星みたいなのよ」
「そっか。でも昼間もいい眺めだな。花壇が綺麗に見える」
「そうなの。でも四季がないから、ちょっとつまらないんだけどね」
 四季折々に咲く花を楽しめないと、そう訴えるニーナに、彼女の頭脳を見せ付けられる。
 6歳になる前に、情緒を理解できるなど、並みの子供ではない。
 ソランも当然天才だが、兄のニールも天才と呼ばれていた。
 どちらに似ても、この頭脳かと、ライルは笑ってしまう。
「あとコレ、ちゃんとマムが持たせてくれてた。まだ大事にしてるよ」
 机の上に置いてあった箱を取り出して、中身をライルに見せる。
「ああ、コレか。気に入ってくれてたんだな」
 それはライルが以前プレゼントした、髪留めだった。
 カメオ造りで、クリスタルが装飾で付けられている、女の子らしい一品だった。
 当時のニーナは、ソランが身の回りを整えていて、女の子らしい可愛いものが持ち物に少なく、それを気にしてライルが購入したものだった。
 少し大人びたデザインだが、ニーナの黒髪に映えると思って、二人で出かけたときにプレゼントしたのだ。
 ニーナがライルとの思い出を大切にしてくれていた事に、尚自分が選んだ道が間違えでは無かったと、ライルは思ってしまう。
 二人がいて、自分は幸せになれるのだと。
「じゃあ今日も、再会記念でお前に似合うものを買いに行こう。もう離れない約束の品としてな」
 まるでプロポーズの言葉のようだとライルは思ったが、ライルの言葉に素直にニーナは喜んだ。
 その上で、ライルはニーナに重要な事を伝える。
 この場所が危険であると理解している彼女には、辛い事実だろうが、隠しておく事も出来ない。
「……それとな、もう一つ、お前に謝らなきゃいけない事がある」
 自分の部屋で、ライルとの思い出を追って楽しんでいるニーナに告げれば、ライルの言葉にニーナは一瞬手を止めて、瞳に力を入れた。
 そしてライルが口を開く前に、ライルの考えを口にする。
「……コードネーム、でしょ?」
「……そうだ」
 今は教育官も部屋を去り、三人になった空間で、秘匿事項を口にする。
「俺のコードネーム、「ロックオン・ストラトス」になった。だから暫く、ライル・ディランディとはお別れなんだ」
 その名前に込められた意味は、おそらくニーナは理解すると思い、ライルが告げれば、ニーナからは罵声は飛ばず、落ち着いた声がライルに返った。
「……それで、ライルは納得したの?」
「ああ、してる。マムやティエリアが、俺のために考えてくれた名前だから」
 ニーナの父親の代役。
 それでもライルの望んだ立ち位置。
 意思を込めて告げれば、ニーナは視線を逸らせて、それでも頷いた。
「なら、いい。ライルがいいなら、それでいい」
 落ち着いた声でそれだけ告げて、ニーナはライルとの思い出の品をしまった。
 そして早速、出かける準備を始める。
 二日分の荷物を詰めながら、手を出したソランに何も言わず、黙々と行動する。
 二人に溝が出来たのではないかと、少しライルは心配してしまった。

 それでも育児機関を出て、CBの組員用に作られた街中に入り、同じ制服の人の群れに紛れれば、ニーナは楽しそうにライルの手に縋った。
「あっちにね、美味しいパフェのお店があるの。この間の外出の時に連れてきてもらったんだ。また食べたい!」
「ん、じゃあ行こうか。この場所ではニーナが先輩だから、後輩の俺は従わせてもらうよ」
 忙しなくライルに話しかけるニーナに、ライルは笑って相槌を打つ。
 それでも母子の視線が絡まないことは気がついていた。
 ニーナに強請られて入った店でも、ニーナははしゃぎ続けてライルに今までの事を話し続ける。
 楽しかった事、驚いた事、最近の勉強。
 当たり前の子供の話を、それでもニーナが必死になって話しているのを気がつきながらも、ライルは聞き続けた。
 そして夜、押さえて貰っていたと言うホテルに入り、久しぶりに夜の時間に三人になった。
 だがホテルの部屋で、ニーナが初めて文句を口にする。
「寝室が分かれてない! マイスターの精神衛生を考えて無いわ!」
 大人のような言葉を紡ぐニーナに、思わずライルは笑ってしまう。
「そりゃお前、まだお前は一人で寝られる年齢と判断されて無いからだろ。普通の子供なら、これが当たり前なんだよ」
「だって、ライルはアタシと親族だけど、マムとは違うじゃない」
「ああ、そういえばそうだっけ」
 追いかけてきて、ずっとソランと生活を共にしていたライルは、うっかり忘れていた。
 その事に、ソランは口を挟んだ。
「いや、俺とも親族だ。組織ではキチンと婚姻請求書を提出していたからな。この組織内では、ニールと俺は夫婦なんだ。だから……ロックオンとは義理の兄弟になる」
 コードネームを口にする際に、少し言いよどんだソランに、ライルは苦く笑った。
 それでも初めて聞く内容に、ニーナと二人で思わず同じタイミングで「へぇ」と頷いてしまった。
 三つ並んだベッドに、ソランの言葉で納得して、ニーナは迷わず真ん中のベッドにダイブする。
「まあイイや。ライルと一緒に居られるなら」
 母親の言葉を流す娘に、ソランはやはり少し寂しそうな顔をした。
 不安なのだろう心を思って、ライルはソランに笑いかける。
 この二日で、絶対に納得させて見せるから、と。


 部屋で制服を脱いで、久しぶりに私服に袖を通して、三人でホテルのレストランで夕食を取った。
 以前、外食でも元気いっぱいで食事をしていたニーナは、もう普通に大人と同じように食べる事が出来るようになっていて、ライルに再び少しの寂しさを覚えさせる。
「本当に、子供の一年って凄いな」
 ソランにそう感想を漏らせば、ソランは苦く微笑む。
 軍から逃げ回る生活の中、嫌でも外で目立つ行動を制限された二人は、故に人に隠れるように食事をする術を得たのだ。
 ニーナの食事が変わったのは、そういった経緯だった。
 それでもニーナは、ライルに胸を張る。
「アタシだって、いつまでも子供じゃないんだから。もうちょっと経ったら、マムも追い越すような美女になるんだからね!」
 自分の母親を、まだ一番美しいと認識している幼さに、それだけはライルに安心を与えてくれた。
 希望の世界を作り上げて、この子を育てたい。
 寂しい思いなど一欠けらもさせずに、普通の家族の生活を与えたい。
 早く実現できるように、胸を張ったニーナの頭を撫でながら、その未来予想図に対して「楽しみだ」と言葉をかけて、自分のすべき事をもう一度心の中で繰り返した。


 結局その日一日、ニーナはまともにソランと話をしなかった。
 それでもニーナの気持ちを考えれば、それも仕方が無いと判断せざるを得ない。
 夕食の後、ニーナが一人でシャワーに赴いた時間に、ライルはソランに話しかける。
「……俺なんかが言わなくても解ってると思うけど、あの子は今、気持ちの整理中だ。俺に逃げてるだけだ。ソランに対して怒ってるとか、そういうことじゃないよ」
「ああ、解っている。だから苦しい」
「……そうだな」
 子供の気持ちを曲げている事を苦しんでいる母親に、ライルはソランの肩を抱き寄せて、彼女の辛さもまた、自分の腕の中に逃がそうと試みた。
 だがソランはやはり、子供のニーナ程単純にはいかない。
 母親だからこそ。子供が好きな、父親像として追っているライルを思う気持ちを、ライルの手に酔う事もできずに苦悶していた。
 額にキスを落として、ライルは長くシャワーを使っているニーナにノックで時間を諭す。
「入るぞー。マムが寝ちまうから、俺がまた洗ってやるから」
 以前と同じような生活をライルが口にすれば、シャワールームから思わぬ反抗にあってしまった。
『まだ裸だよ! もうそんな年じゃないんだから!』
「え……」
 思ってもいなかった言葉に、そして彼女の年齢に、ライルは口をあけて呆けてしまう。
 そんな年だろう。
 6歳になってないんだぞ。
 そう続けそうになったが、それはソランの笑い声に止められた。
「子供でも、あの子も女だと言う事だ」
「……ああ、いやまあ、そうだけど」
 それにしても早いだろうと、シャワールームの前に佇んでいれば、ソランはそのライルの様子に更に笑ってくれた。
 そして、プトレマイオスを出てから、初めてライルに柔らかい笑顔を見せてくれた。
「……甘えさせてくれて、有難う」
 ニーナが心からライルに甘えていると、そう訴えるソランに、そんなものかとライルは肩をすくめた。
「俺もお礼言っとくわ。世間の父親の悲哀を教えてくれて有難う」
 まだ彼女は結婚を承諾してはくれないが、それでもソランを愛して、ニーナを愛して、形は整わなくとも家族を手に入れられたと、心の絆を言葉にして貰えて、ライルは笑った。
 二人で笑いあえば、今までの苦しさが嘘のように無くなって、自称年頃の娘の長いシャワーを、二人でホテルに飲み物を注文して、その時間を楽しんだ。
 そして長いシャワーを終えたニーナは、どうやらその時間で気持ちを切り替えたらしく、その後はソランと普通に楽しい時間を過ごせるようになっていた。

 当然、シャワールームの中で、二人の会話を聞いていたのだが、子供だと思っているニーナがまさかそんな事をするとは思っていなかった二人は、子供に踊らされて、それでも楽しく休暇を過ごしたのだった。


 プトレマイオスに帰投する日、ライルとソランは二人でニーナを育児機関まで送り、その道の途中で、ライルは初日にニーナと約束をした買い物をした。
 街には普通にショップが立ち並び、制服姿の人波を見なければ、普通の町の様子と変わらなかった。
 並んでいるショップの中で、ライルは時計店に二人を伴って足を踏み入れた。
 そして同じデザインの時計を三つ購入した。
「一本はマム。一本はお前。残りは俺だ」
 盤面のデザインだけが同じで、それぞれの体格に合うようなベルトの三つの時計を、育児機関のニーナの部屋で、印象付けるようにニーナに渡す。
「三人で、同じ時間を生きるんだ。俺は出撃のときは、必ずコレを身につけて出る。お前とマムが居る事を忘れないように」
 ソランに伝えたように、あからさまな言葉ではなく、それでもニーナにも生きる事に専念すると、そう伝えれば、ニーナは時計を見つめて、力強く頷いてくれた。
 そして最後になる三人の時間の中、ニーナは初めてライルにこれからを思う言葉を告げた。
「ありがとう。アタシもここで、「刹那・F・セイエイ」の娘として、「ロックオン・ストラトス」との時間を大切に生きる」
 力強い言葉に、それでもニーナの悲哀を感じて、ライルはニーナを抱きしめた。
「寂しくなったら、呼べ。俺にも専用の機体があるから、太陽炉の出力全開で、飛んでくるから」
 出来もしない事をいうライルに、ニーナは涙のたまった瞳で笑った。
「ガンダムの私用はダメでしょ。……でも、呼ぶ。寂しくなったら、絶対に来てね」
「ああ、我慢するな。俺はお前達と居る為に、ココに来たんだから」
 ライルが変わらずに自分の意思を告げれば、ニーナはライルに笑いかけた。
 その後、ソランに甘えるように抱きついた。
「マムも、気をつけてね。ロックオンの事、守ってね」
「ああ、守る。約束は違えない。そして俺は、お前の事も絶対に守ってみせる。歪んだ世界を正してみせる」
 子供をきつく抱きしめて、ソランはニーナに誓いながらも、寂しさの拭えない娘に謝罪した。
「本当に、すまない」
 そんなソランの言葉に、ニーナはソランから手を離して、ソランに零れ落ちそうな涙を堪えながらも、きつく諭した。
「親は子供に謝っちゃダメなんだよ。マムは何も間違えた事はしていない。アタシに謝ったら、マムは自分のしている事を間違えた事だって言ってる事になる。ライルの事も、マムが考えた末の事でしょ? アタシはマムを信じてる」
 娘の言葉に、ソランは大きく目を見開いて、その後、花が綻ぶように笑った。
「お前にそう思ってもらえて、俺は自分が誇らしいと思える。お前の期待を裏切らないように、これからも頑張る。だから……」
 一旦言葉を切って、もう一度、愛娘を抱きしめた。
「俺がお前を愛している事を、忘れないでくれ」
 伝えたい言葉を、不器用に紡ぐ母親に、ニーナは結局堪えきれずに、涙を流しながら抱きついた。
「アタシもマムを愛してるよ。忘れないでね」
「ああ、忘れない」
 離れがたい時間を三人で抱き合って過ごし、そして育児官が部屋をノックする音で、その時間を終わらせた。
 育児機関の、子供の住居区画の端まで、ニーナは二人と手を繋いで歩き、門を出る二人に手を振ってくれた。
 子供との時間が終わり、事務所で手続きをして、二人で再び車に乗り込んで、自分たちの場所へと向かう。
 それでも以前、ティエリアと共にこの場所を後にした時とは違い、今度はソランは涙を耐えられなかった。
 駐車場で車に乗り込んだ途端、ソランの赤褐色の大きな瞳から、涙が零れる。
 ライルはソランを抱き寄せて、悲しみを分かち合った。
「……早く、終わらせよう、こんな世界」
「……ああ、終わらせたい」
 愛しい存在と、当たり前に一緒に居られる環境を求めようと、そう二人で望んだ。





next


とうとうご対面です。
寧ろこのシーンが書きたいがための連載でした! ……いえちゃんと最後まで書きますが!
女の子はおしゃまさんです。最近情報があふれているので、どうやら子供の成長も早いと聞いているので、こんな感じに仕上げました。4歳でブラ欲しがった子供の話を聞いたので、思いっきり吹いてネタ決定ですww
ライルと刹那のお互いの呼び方ですが、密室が確保出来ていなければ「ロックオン」と「刹那」です。支給の車は確認出来ていなかったので、車の中でも「ロックオン」でした。
ちなみにホテルの部屋はせっさんのご希望です。「子供とも恋人とも離れたくないわ!」みたいな実は可愛いおんにゃの人になってますww