Begin The Night 6

2011/08/07up

 

 その日を境に、刹那は少し落ち着いた。
 相変わらず少しでも時間が空けば、通信機を眺めているが、それでもクルーが気遣わしげな視線を送る程の物でもなくなり、周りの空気が凪いでいるのをライルは感じた。
 安堵の溜息をついて、自分のプログラムに向かう。
 まだ刹那のダブルオーは、テストルームから出せず、格納庫のフックは宇宙空間に出た後は、一つ空いている状態だった。
 ソコを眺めて、ライルは自分の端末に向かう。
 短期で詰め込んだ知識しかない故に、プログラムにもいまいち自信が持てない。
 そのフォローは、自分を勧誘し、追い求めてきた彼女ではなく、ライルをマイスターにすべく導いたティエリアの役になっていた。
 ティエリアの自機の調整の合間に、ライルは彼に質問し、指導を受ける。
 そして変わらずに、強化合宿が終わっても、更に他の面子に追いつけるように、トレーニングルームに通っていた。
 それでも以前ほど、まったく刹那と接触する機会が無いわけではなくなった。
 彼女が自ら来てくれるからだ。
 不自由は無いか。
 問題は無いか。
 そんな細かな配慮をくれる。
 元の彼女に戻った様子に、ライルは笑って「問題ないよ」と返していた。
 実際に、偵察も訓練も、彼女が手配してくれている事で事足りている。
 時間が空けば、彼女がカタロンに流しても良いと判断しているのだろう情報も、ライルに伝えてくれる。
 問題なく回ってきた生活の中、クルーとも打ち解け始めた頃、ライルはちょっとした用事をミレイナに頼まれた。
「営倉にいるクロスロードさんに、お食事を持っていってもらえませんか? ちょっと手が離せないんですぅ」
 知らない名前と情報に、ライルは首を傾げた。
「え、営倉って、そいつなんかやったのか?」
「いえ、違いますぅ。セイエイさんが保護してきた一般の人なんですぅ。ココに来た時にはちょっと興奮状態だったんで、営倉で暮らしてもらっているんですぅ」
「興奮って、なんで」
「ミレイナも詳しくないんですけど、なんだかCBにいい感情を持っていないらしくて」
「ふうん……ま、解った。行って来るよ」
 一般人の保護は、カタロンでもやっていた。
 武装組織を名乗っていても、育児機関などの人を大切にする気配のあるこの組織も、同じような行動理念なのだろうと、軽く考えてライルは食事のプレートを食堂から運び出して、営倉に向かった。





 一度ノックをして、教えてもらった暗証番号を打ち込めば、営巣は開いた。
 初めて見る内装に、ソコが万が一の時には脱出ポットの役割もある事を悟る。
 壁に緩衝材が敷き詰められていて、カメラと生命維持装置の表示モニターが目に付いた。
 その中に居た、黄色人種の青年に、ライルは笑ってプレートを掲げた。
「遅くなってわりぃな。食事だ」
 そう声をかければ、彼はライルを見て、一瞬だけ目を見張り、その後、鋭く睨みつけてきた。
 何事かと伺えば、彼は口を開く。
「やっぱりあなたも、ココの人だったんですね」
「え……えっと?」
 彼の言葉が、ライルには理解できない。
 初対面の相手に対する態度でもないだろう彼の言動と行動に、首を傾げてしまう。
「子供まで戦場に引きずり出して、結局育てる事も放棄したんだ。あの子も戦争の、あんた達が作り出した世界の犠牲者だ!」
 彼の言葉を頭の中で噛み砕いて、行き着いた結論は、彼はニールと面識があったのでは、と言うことだった。
 ミレイナの説明によると、刹那が保護してきたと言う。
 なら彼が、元々彼女の知り合いであった可能性も捨てられない。
 そのルートから考えれば、彼女の夫であったライルの双子の兄と面識があってもおかしくない。
 その考えで、プレートを壁面に固定させた後、軽く青年を指差した。
「もしかして君、兄さんと知り合い?」
「え……?」
 ライルの言葉に、青年はあからさまに動揺した。
 それが答えだった。
 そして彼がココにいい感情を持っていないとの情報も合わせて、ライルは話しかけた。
「俺、多分君が見ていた男の、双子の弟。ちなみに今の刹那の彼氏。兄さん、死んだんだ」
「な……ッ」
 ライルの説明に、青年は驚いて表情を固まらせた。
 信じられないと言う雰囲気の彼に、彼の初対面の言葉の意味を悟る。
 やはりニールと面識があったのだと。
 暫く放心したように、体を弛緩させた彼を、ライルは誘った。
 ココにいるのであれば、この状況は厳しいだろうと。
 しかも、ライルより先にこの場所に来て、彼はずっと営倉にいると言うのだから、精神的に追い詰められて当たり前だ。
 どうもこの場所にいる人たちは、四角四面に考える傾向があると、合流してからずっと思っていたので、ライルは同じ制服を着ている人間として、彼を誘った。
「君、二ヶ月くらい営倉暮らしなんだろ? ちょっと気分転換で、良かったら俺の部屋でメシ食わない? 許可は俺が申請するから」
「え、でも……」
「こんな狭い部屋に押し込められてちゃ、神経もとがるっての。別に気にしてないよ」
 最初にライルに投げつけた言葉を気にしている雰囲気の彼にウィンクを投げれば、彼は唇をかみ締めて頷いてくれた。
「俺、ロックオン・ストラトス。兄さんと同じ名前だけど、その辺はこの組織で理解してくれ」
「……沙慈・クロスロードです」
 お互いに名乗りあい、ブリッジに営倉から通信を繋いで、沙慈の身柄を確保すると約束して、ライルは彼を営倉から出した。





 場所をライルの部屋に移して、彼に食事を取らせる。
「開放感ついでに、ビールでも飲むかい? この間の補給で、かっぱらってきたんだ」
 部屋つきの冷蔵庫からアルコールを出して手渡せば、彼は素直に受け取った。
 みた感じ、東洋系の顔立ちの沙慈に、どういう経緯で兄夫婦と知り合ったのか問うた。
「僕の家の隣に、刹那さんが住んでいたんです。その時は、留学生だって聞いていたんです。彼女、頭いいし、僕よりも一つ年下なのに、生活パターンが違っていても、違和感がなかった。スキップで大学生なんだと思ってたから」
「はー、成る程な。……で、その家に兄さんも住んでいたと」
「いえ、彼はAEUに住んでいると言っていました。たまたま彼女の様子を見に来た彼と、出会ったんです」
 得た情報に、兄が自分と入れ替わりに故郷に戻っていた事を悟る。
 遺産の車の送り元が地元だった理由を知った。
 更に沙慈の言葉で、この組織の規模を測る。
 不自然にならない範囲で会話を探れば、少なくともこの組織には、地球上のあらゆる場所に拠点がある事が解る。
「本当に、普通の夫婦に見えたのに。奔放な奥さんに振り回されていて、それでも彼女を愛している彼が、凄く素敵だと思っていたのに」
 ビールの容器をぎゅっと握って、彼は素直にニールの死を悼んでいた。
 いい人だなと、普通に思った。
「あなたはお兄さんの意思を継ごうと、ココに来たんですか?」
「ん? 俺?」
 沙慈から質問を貰い、彼の心を解せたのだと、ライルは笑った。
「いやいや、そんなご大層な事じゃないよ。ただ単に、刹那を追っかけて来ただけ。俺たち、前から知り合いで、会社員やってた頃からの付き合いなんだ」
「会社、員?」
「そう。俺は……名前知ってるかな。AEUに本社があるキャロウモア商社って所で、営業してたんだ」
 一応世界展開している企業だったので名前を告げれば、沙慈は知っていたらしく、目を見開いた。
「凄い……」
 一言感想を漏らした沙慈に笑って、言葉を続ける。
「そこで刹那が勤めてたテム宇宙開発との取引で、彼女に会って、全力で口説いて落としたわけ。ま、最初は兄嫁だったなんて知らなかったけどな。子供見れば一発で解るだろ。で、折角落としたのに、落とした途端、軍に目付けられちゃってさ。彼女はこの組織の人だろ? 当然拒否して、トンズラこいちまって、必死になって探して追いかけたら、ココまで来ちゃったって訳」
 軽く経緯を話せば、沙慈は眉をしかめた。
「そんな理由で、戦えるんですか」
「まあ、それはな。だけど俺も男だからさ。惚れた女は守りたい。その為なら……人を殺しても後悔はしない」
 最後は少し、声が強張ってしまった。
 それでも嘘ではない。
 作り上げたい世界があって、その為なら、ライルは自分の命もかけられる。
 あの数ヶ月の穏やかな生活を取り戻す為なら、何でも出来る。
 あの生活は、家族が生きていた頃を思い出させた。
 当たり前の幸せ。
 当たり前の生活。
 その当たり前を獲得するのが、どれだけ大変か、ライルは今までの人生で身に沁みていた。
 懐かしい日々を思い返しながら視線を沙慈に戻せば、彼の胸元に、あからさまにペアで作られたデザインの指輪が光っていた。
「……沙慈にもいるんだろ? そういう相手」
 指輪を指してそう問えば、沙慈は俯いた。
「……だから、ガンダムが憎かった。だけど情報を公開してもらって、解らなくなった」
「ガンダムが?」
 理由が解らず重ねて問えば、沙慈は己に与えられた赤いカラーリングのハロをライルに突き出した。
 閲覧履歴を見ていれば、その中に、「ガンダムスローネの無差別攻撃」という項目を見つける。
 場所はイタリアで、更にハレヴィ家が一人を残して全滅させられた事が記されていた。
 関係者なのかと、そう悟る。
 だがそのガンダムスローネという機体の設計が、今連邦に出回っている形と同型の太陽炉だ。
 この場所の人間は、あれを「擬似太陽炉」と呼んでいる。
 別の部隊かと、理解するのには容易かった。
 そして、沙慈の閲覧記録から追って、その部隊が全滅している事を確認する。
 現在の主力モビルスーツ全てに搭載されている擬似太陽炉と、今この場にある太陽炉は、稼動反応を現す発光色が違う。
 構造は調べられなかったが、それでもニールが命を落としたフォーリンエンジェルスの全貌が、なんとなく見えた。
 裏切り者がいたのだと、そう推察した。
 一通り調べて、赤ハロを沙慈に返し、苦悩したまま口を閉ざした彼に、ライルは言葉を続けた。
「まあ、犠牲って、思わぬところで出るものだよな。それに身内が巻き込まれたら、憎くなるのも解る」
「……解るんですか? 戦争をしようとしているこの組織に居るあなたがッ」
 誰もが自分の苦しい心を「わかる」という軽い言葉に込められた時の反応を見て、ライルは言葉を続けた。
「だって俺も昔、無差別テロで、兄貴以外、全員家族なくしてるから」
「え……」
 ライルの経緯に、また沙慈は口を閉ざす。
 そんな彼に、ライルは苦く笑った。
「兄さんはソレが納得できなくて、ココに来たらしい。でも俺は違う。確かにその時は、テロが憎かった。だけど選んだ道は、沙慈と一緒だ。普通に学校に通って、大学出て、社会人して、恋をした。この組織で兄貴が死んだって聞いても、あいつは俺とは違う道を選んだんだって思っただけ。唯一つ、沙慈と俺が違う場所は、彼女を守れる戦闘技術を持っていたかどうかってだけだと思う。俺は子供の頃、英才教育で戦闘って物を学んでた。兄貴も一緒に。俺たち兄弟は、その点は共通してて、この組織は俺の腕を買ってくれた。愛する女を守れる立場をくれた。それだけだ」
 ライルの言葉をじっと聞いて、沙慈は小さく笑った。
「あなた、顔はお兄さんと一緒だけど、中身がまったく逆なんですね」
 沙慈の感想に、大人になってからのニールを知らないライルは、苦く笑って問い返した。
「そう?」
「ええ。彼もあなたもカッコいいけど、お兄さんは結構ドジで、生活も一人で満足に出来ないって、刹那は言っていて、彼が隣りに居る間、僕、彼の世話に行ったんですよ。話し方も、今のあなたみたいに理路整然としたものじゃなくて、「あれ」とか「それ」が多かったし、だけど行動力は凄かった。ココに入ったのも、そういう理由だったのなら、納得出来る」
 雰囲気が柔らかくなった沙慈に、ライルは最後の質問をぶつけた。
「人を殺してたんだぜ? うちの兄貴も、俺も」
「僕にはソコはわからない。人を殺すなんて、考えた事も無い、空想の世界だったから。戦争ってどういうものか、わからないから」
「まあ、それが普通の人だよな。あーあ、俺も刹那に惚れなければ、出世コース歩んでたのになぁ」
 悔やんでもいない過去を話題に乗せれば、沙慈はまた笑ってくれた。
「でも、あなたの愛情は、彼女を包んでいますよ。僕、再会した時、まさか死別していたなんて思えなかった。刹那は子供と離れるのは辛そうだったけど、愛情には満たされていたように見えたから」
 気持ちが緩んだ沙慈が、ライルに笑う。
 もう彼は、この場所に居ても、害になるような行動はしないだろうと判断して、ライルはベッドから立ち上がった。
「それ食ったら、久しぶりにベッドで寝て置けよ。俺のベッドで悪いけどさ。一応俺も、ちゃんと沙慈がベッドで寝られるように交渉してみるけど、とりあえずチャンスは逃さないようにしないとな」
「……いいん、ですか?」
「それが人の生活ってもんだろ。俺も最近入ったばかりだからなんとも言えないけど、どうもココのやつらは生真面目すぎて、四角四面だからな。ちょっと説得してみるけど、ダメだったら諦めてくれ」
 時計で時間を見て、そろそろ自分の仕事に戻らなければとライルが思っていたところに、端末のコール音が鳴り響く。
 相手はティエリアだった。
『何をしている! 調整がまだだろう!』
「おっと悪い。ミレイナにお使い頼まれて。すぐ行く」
 簡潔に用件を交わして、ライルのデスクで食事を採っている沙慈に、部屋を出ながら声をかけた。
「たまってるなら、俺の端末にAVデータ入ってるぜ。好みじゃないかもしれないけど、見て抜いて寝ちまいな」
 重要事項は全てロックしてある故に、彼が勝手に開いても問題は無い。
 カタロンの情報は、そもそもCBの端末に保存するような危険は冒さない。
 自由に寛げと言葉を残して、ライルは部屋を出た。





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はぁい。自分がライルに夢見ていると自覚しています場面です。(´ω`;)
アレルヤ救出まで営倉暮らしはあんまりだと、書いてしまいました。……が、海中に突っ込んだ時に確か営倉にいたよね沙慈……と、気がついた。でもいいんですパラレルだから!(←魔法の言葉)
沙慈と兄さんの馴れ初め(と書くとホモ臭いですが)は、オフの「ずっと ずっと」に書いてあります。
ちなみに沙慈はちょっと言葉が足りなくて、住所をユニオンとしか言ってません。そして宇宙で働いていた所為で、普通に共通語を話すので、ライルも「へぇ」としかおもわなかった。
それでも職務遂行。沙慈もコッソリ利用しますライル君。