Begin The Night 22

2012/06/10up

 

 ヴェーダ奪還作戦は、多方面の協力により無事に果たせた。
 沙慈が気がついた刹那の異変は、戦闘の最中に、イオリア・シュヘンベルグが予見していたイノベイターという新人類への進化であった事も確定した。
 予測していた通り激しい戦闘で、全ての機体がボロボロになってしまい、本拠地のコロニーに一度戻ることになった。
 大きな戦闘の後、コロニーまでの到着時間で、マイスターは全員怪我から復帰できた。
 激闘の中、それでも自分たちの命を守ったマイスター達に、スメラギは涙を流す。
 誰一人かける事無く終わらせられたミッションに(ティエリアは除いて)、過去の失敗を乗り越えて、涙を流したのだ。
 怪我が一番軽かったアレルヤは、半日の再生ポットの使用で復活し、艦の操舵を手伝った。
 次に怪我の軽かったライルも一日で終わり、最後まで残っていたのは、刹那だった。
 コクピットの扉に中まで見えるほどの機体の損傷を与えられたにも関わらず、そのまま敵機の爆風を受けたのだ。
 肋骨が3本折れ、更に全身打撲。ヘルメットに異常が無かったお陰で顔には傷はついていないが、それでも女性がその傷を負う事に眉を寄せ、ライルは暇さえあれば刹那の元を訪れて、その回復を待った。
 刹那が晴れて医務室を出られたのは、戦闘が終わった4日後だった。
 医療ポットから起き上がった刹那に、ライルは感極まって抱きついた。
「俺の方が、置いていかれちまうかもって思った」
 涙声のライルに、刹那はそっと背中に手を回して、愛しい男の体温を感じる。
「俺は死なないと、言っただろう」
 震える男の背中を、刹那は力を込めて抱きしめた。





 全員が無事に乗り越えられた激戦の後、ライルは操舵の時間に、今までの緊張の反動か、のんびりとした声でミレイナを呼んだ。
「なんですかぁ? ストラトスさん」
「女の子向けのファッション雑誌、なんか持ってない?」
 腐ぬけた声の質問に、ミレイナは首をかしげる。
「持ってますけど、どうするんですかぁ?」
「買うもの物色するんだよ」
 うひひと気味の悪い笑い方をしながら、ライルは操舵のコントロールパネルを見つめる。
 そんなライルに、ミレイナもとんちんかんな問いを叫んだ。
「ストラトスさん! 女装癖があったんですかぁ!?」
 あまりの展開に、ライルとラッセは思いっきり噴出した。
「俺じゃねぇよ! ニーナへのお土産の物色だっ!」
 残すところ一日の行程で到着するコロニーにいる刹那の娘を指せば、ミレイナはポンッと手を打って、納得した。
「でもぉ、私のじゃ大きすぎませんかぁ?」
 まだ6歳の彼女を思い浮かべて更にミレイナはライルに問う。
「今の年頃が、一番おませさんなんだよ。お姉ちゃんの服を着たがる年令なんだよ。だからそれっぽいのをコロニーの店で探そうってな」
 ウィンクつきで返答すれば、ミレイナは明るく笑った。
「ストラトスさん、もうお父さんみたいですぅ!」
 ライルの望みを述べるミレイナに、ブリッジに刹那がいない事を良い事に、ライルはわざとらしく深くため息をつく。
「そうなんだよねぇ。マムが頷いてくれれば、お父さん、もっと頑張って仕事するのに」
 ライルが大げさにため息をついたところで、ブリッジの扉が開いた。
 入ってきたのは刹那で、今までの会話とのリンクに、三人は笑い転げてしまう。
「……なんだ」
 笑っている根源を問えば、更に笑を誘う。
 答えることの出来ない二人を代表して、ライルが目頭にういた涙をぬぐって口を開く。
「お前には言えない爆笑話。全部終わったら教えてやるよ」
 ライルの言葉に、刹那は首をかしげる。
 その後、ブリッジへ入ってきた理由を思い出して、刹那はライルに話しかけた。
「今ニーナと通信していた。ロックオンにくれぐれも伝えてくれと頼まれたから伝えにきた」
 言付けでも嬉しい名前に、ライルは顔を輝かせて刹那を見つめる。
 だが、その明るい雰囲気は次の刹那の言葉でしおれる事になる。
「お土産はいらないから、到着したら直に育児機関に来て欲しいらしい」
 6歳児に先回りで釘を刺されて、今度は演技ではない大きなため息をつく。
「ったく、ホントにあの子はお前の子だよ。親戚のおじちゃんの楽しみ奪いやがって」
 ライルがブツブツと文句を零せば、それでまたブリッジには笑いに満たされる。
「到着時間は伝えてますから、ストラトスさんはコッソリ抜け出して買い物なんて出来ませんよぉ。今度は見つけたときに買い物をしておく事をお勧めするですぅ。雑誌、後でお部屋に届けますね!」
「ああ、頼むよミレイナ」
 アドバイスを受け取って、ライルは笑う。
 そして更にブリッジに入ってきたアレルヤは、和やかな空気のブリッジに笑う。
「ロックオン、交代の時間だよ」
「お、もうそんな時間か」
 操舵の交代の時間に現れたアレルヤに、素直に椅子を譲り渡して、刹那の肩を抱いてブリッジから第二展望室に向かった。





「あ」
「なんだ?」
 途中で見えた、ヴェーダ奪還作戦で使い切ったガンダム4機を見て、伝えていない事を思い出したライルは、素直に声を出した。
「そういえば、ミッションの途中で、お前の人生捻じ曲げて、兄さん殺したヤツ……アリー……何とかってヤツ、撃破したから」
「……なに?」
 刹那の今までの人生に大きく関与し、更に敵わなかった人物の名前に、刹那はライルを見上げる。
「ミッションのセカンドステージの突入で、俺が飛び込んだ艦船用のドッグに丁度居たんだよ」
「だからと言って、あんなプロフェッショナルに一機でなんて……ッ」
「だーいじょうぶだって。ちゃんとハロに攻撃管制損壊率40%を越したら、俺の指示も無視してスモーク発射して逃げるように設定しておいたから。俺、逃げることを考えるの得意だからさ。それにこうやって生きてるだろ? お前の傷より軽症だったしな。でも……」
 少しの間をおいたライルを刹那が覗き込めば、視線は床をはっていた。
「トライアルフィールドで動かないMSを、あいつが捨てて逃げようとしたのを、生身で追いかけた。それで初めて自分の手と視界で、生身の人を撃った。なんかその感覚が拭えねぇ」
 このミッションが前哨戦だということはわかっている。
 これからもMSでも生身でも、ミッションは続く。
 ただ、初めて撃ったのが、諸々のライルだけでは無く大勢の人生に関わって来ていた男だと思うと、必要悪ではあるが、どうしても私怨に思えて仕方がない。
 正当化させる理由が見つからず、俯いてしまうのだ。
 刹那は告白したライルの手を、そっと握った。
「……組織を抜けるか?」
 今が一番辞めやすい時だと刹那が告げれば、それにはライルは苦笑いで首を横に振る。
「お前が辞めてくれるなら、辞めるけど」
「それは出来ない」
 即答の刹那に、ライルは笑って頬にバードキスを贈った。
「女運が悪かったって、諦めるしかないだろ。俺にはお前のいない人生なんて考えられない」
 歩きながら話していれば、第二展望室の扉を潜っていた。
 誰もいない部屋の中で、軽く唇を合わせる。
 その後、ライルはボレロのうちポケットからタバコを取り出して、一本口にくわえた。
「さーて、後数時間でお姫様に会えるけど、一年ぶりの心積もりは出来てるか? マム?」
 子供を心底愛している彼女に問えば、にわかに表情が緩やかになった。
「お前こそ、出来ているのか?」
 問いに問いで返されて、ライルは煙を吐き出した後笑った。
「出来てるわけねぇだろ。多分俺、門で号泣するぜ」
 ライルの答えがおかしかったのだろう刹那は、クスクスと小さく笑った。


 大きな戦乱を越えて、また以前の空気を取り戻せた事に、ライルは笑う。
 そして思う。
 彼女と彼女とのこれからの日々を。
 改修が終われば、プトレマイオスは地上に降りて行うミッションが既に組まれている。
 スメラギが要求した2週間の有給休暇の後、初めて生身のミッションに赴く。
 ライルは煙と共に重い任務を吐き出して、それでもソランのいるこの場所が自分の場所だと、再確認する。
 愛する人を守れる立場を手に入れたことを、そして愛しい絆を捨てずに済んだ事を、強く手を握って、擦れるグローブの音で実感する。
 これから始まる、夜のような穏やかな時間を思い、ライルは煙と共にその温かさを吸い込んで笑った。





END


二期はこんな感じのこのシリーズです。
本当はどこかにミレイナとニーナの会話を入れたかったんですが、あくまでもライル視点なので、入れられませんでした。ちなみに入れたかったのは「ライルとおんなじ」と兄貴の動画を見ながら呟くニーナに、ミレイナが「ライルって?」と問い、ニーナが得意げに「マムの彼氏」と答えるという、ほっこりな遣り取りです。ああ……入れたかった。orz
とりあえず、痛すぎる妄想の二期でした。こんな経路で時間が進んでいきます。