Begin The Night 18

2011/12/19up

 

 ラグランジュ3の基地を出て、やっと通信可能領域に達した頃合で、ライルはスメラギの戦術をカタロンに流した。
 だが時既に遅く、カタロンは単独で衛星兵器に向かって動いていた。
 無茶だと、ライルはクラウスに中止の命令を要求したが、それでももう、作戦は動いていて、どうにもならなかった。
 地上に向けて発射された衛星兵器に、宇宙艦隊が向かっているとの報告を受けて、スメラギの現地到着予定時刻にせめて合わせろと伝えて、通信をきる。
 構造もわからなければ、回りにどれだけのアロウズの艦隊が護衛に回っているかもわからない。
 それでもスメラギの予測では、二個小隊程度の規模が計算されていた。
 衛星兵器自体にも防衛機器は搭載されているだろうとの事で、外部戦力はその程度だとの説明を受けた。
 だが、その予測もカメラの望遠モードが捉えた衛星兵器の性能に、変更を余儀なくされた。
 発射角度が地上に向けて160度で計算されていたものが、宇宙に向けて発射される所を捉えたからだ。
 予測に役立ってしまったモノを、ライルは唇を噛み締めて悔しさに耐える。
「何を狙った……?」
 ティエリアの言葉に、ライルは答える。
「……カタロンの、宇宙艦隊だッ」
 ライルの言葉に、ブリッジは静まり返る。
 ティエリアと刹那以外は、ライルがいまだにカタロンと通じている事は知らなかったのだ。
 ライルもそう振舞ってきた。
 それでももう、無理だと判断して、ライルはカタロンの情報をCBに流した。
 カタロンには、まともな戦術予報士など居ない。
 両軍を守るために必要だと、判断したのだ。
 短い言葉でスメラギに助けを求めれば、フェルトに衛星兵器の性能の分析をさせる合間に、スメラギはライルを見つめ、画面を見つめた。
「……すぐに連絡を。全宇宙艦隊に、ポイントB58まで後退命令を下してもらって」
 ライルの言葉に答えてくれたスメラギに、ライルは首を横に振る。
「連絡はつかない。移送した第二支部も、通信網を遮断されていて、通達まで8時間は最低でもかかる」
「8時間……」
 時間の長さに、フェルトが呟く。
 CBではありえない技術力の低さだ。
 元々政治的思想家の集まりのカタロンは、トップも勿論戦闘経験の少ない人間ばかりだ。
 だからこそ、時代遅れのMSで立ち向かう事を考える。
 再三ライルもクラウスに諭していたが、やはり彼も政治的理念を優先させるタイプで、基本戦略が甘いのだ。
 拳を握り締めたライルに、一頻り考えを固めたスメラギは、再び前を向いた。
「GN粒子のチャージが完了したら、飛び込むわよ。マイスターは各機で待機して頂戴。刹那は予定通り先行して、カタロン艦隊と連携を」
「了解」
 スメラギの指示に、刹那は早速ブリッジから出て行った。
 その後を、アレルヤとティエリアが続く。
 悔しさと、更なる自分に対する処罰をライルがブリッジで待っていれば、思いもかけないスメラギの言葉をもらった。
「ロックオン、現在のカタロンの宇宙艦隊の規模は?」
 最初にライルに対する処置ではなく、更なる情報を請われて、瞬きをしてしまう。
「あ、ああ。戦闘艦23隻で、MSは43機だ。だが型は当然古い。GNドライブなんて、擬似でも手に入らない」
「でしょうね。第三支部の表面戦力で、その辺りは理解しているわ。それに擬似GNドライブは、維持費がかかりすぎる。カタロンの財源じゃ無理よ」
「……そうなのか?」
 ライルが調べたCBの情報にも、擬似GNドライブの詳細なデータは無かった。
 素直に問えば、スメラギは少し思案して、それでもライルに極秘事項の一つを教えてくれた。
「昔、ヴェーダの記録を見たときに、少ない純正のGNドライブの代わりにならないか、調べたの。擬似GNドライブは、その名前の通り、擬似なのよ。ここにあるGNドライブは、高濃度に圧縮したヘリウム3から無限とまでは行かなくとも、半永久的にGN粒子を作り出せるようになっているらしいの。まあそのあたりは、私も研究者じゃないし、開発にも携わっていないから詳しい事は解らないのだけれど、擬似GN粒子は普通のヘリウムイオンから製造されて、しかも製造工程が違うらしくて、リミットが短いのよ。だから常に補給をして稼動させているの。つまりはダブルで維持費がかかると言うことよ」
「成る程……」
「それに、ヴェーダが管轄しているのよ。ハッキングは先ず無理ね。ヴェーダの情報処理能力は、一秒で世界中のネットワークを計算して保存するわ。どんなに神業をもっているハッカーでも無理ね。昔はCBの技術員で、500人体制でヴェーダのチェックをしていたけれど、ハッキングに成功した人は誰もいないわ」
「だから今、やつらはこれだけ徹底した情報統制ができているのか」
「映像処理なんて、コンマよ」
 語られる内容に、ライルは俯いてしまう。
 ソランとニーナと、大手を振って歩ける世の中にする。
 そう誓って組織に入った。
 それでも現実は、こんなにも厳しい。
 刹那が保護に来てくれなければ、今頃ライルはこの世に居ないだろう。
 俯いて黙ったライルに、スメラギも黙った。
 それでも場を救ってくれたのは、機械に任せるだけになったフェルトだった。
「ロックオン、これ」
 オペレーター席を降りて、一枚の紙片をライルに手渡してくれる。
 暗号のようなものが書かれていて、その意味をライルは視線で問うた。
「通常回線枠、作ったから。カタロンの人たちも、この回線で遣り取りすれば、まだ危険性は低くなると思う」
 CBの独自の技術であろう通信手段を渡してくれたフェルトに、ライルは眉を寄せた。
「いいのかい?」
 問うライルに、今度はスメラギが助け舟を出してくれた。
「その代わり、コッチにはカタロンの情報は筒抜けよ。どの道を通るかは、カタロン次第。その事も含めて考えて頂戴」
 ウィンク付きでライルを助けてくれるスメラギに、ライルは眉を下げて笑った。
 自分でも自覚できるほど、へたくそな笑顔だった。
 そんなライルにスメラギは笑って、ブリッジ前方を向く。
「さぁて、下僕が一人出来たところで、ミッション行くわよ!」
 この話は終わりだと告げてくれたスメラギに、ライルは「了解」と答えて、ヘルメットを肩に担いだ。
「あー、俺は一応聞いてなかったことにしとくぜ」
 下僕というスメラギの言葉に、ラッセが男の友情を見せてくれて、そんなラッセに軽く礼を告げてライルはケルディムに向かった。

 それでも、そんな和やかな、有り難い満ち足りた雰囲気は、6時間後にライルの中から一時消える事になる。




 ライルがロッカールームに入ると、ロッカールームに付属しているシャワーブースからアンダーシャツとズボンだけの刹那が現れた。
 部屋にも付いている施設を、何故態々ココでとライルが首を傾げれば、唇の先を青くした刹那が、淡々と答える。
「沙慈の部屋は俺の隣りだ。あんな事があった後に、アイツは俺に会いたがらないだろう」
 ライルは視線をそらせながら白状した刹那を抱きしめた。
「おまえ……マジこんな女神実在していいのかよ」
 相手の気持ちを最大限思いやった刹那の行動に、ライルは感動した。
 傷に障らないように、叩かれた左がわではなく、右の頬にキスの雨を降らせる。
「ロックオン! 何をする!」
「何って、神様への感謝? こんな外見も中身も出来てる女を作ってくれて有難う、みたいな?」
「馬鹿か! 早くパイロットスーツに着替えろ! 一番遅いくせに!」
「はいはーい。でもその前に新参者にも沙慈みたいな自愛を心を表してください!」
 笑って刹那の顔を覗き込めば、一瞬だけためらって、それでも唇に小さく愛情を示してくれる。
 キスが挨拶ではない地域で育った刹那が、キスをライルに与える。
 これ以上の愛情があるであろうか。
 刹那のキスに、ライルは満面の笑みを浮かべた。


 そんな二人の遣り取りの5分後に、再び警戒アラームが船内に響く。
「まもなく衛星兵器破壊ミッション開始の場所に到達します。マイスターは各機にて待機してください」
 天井から流れるフェルトの声に、ライルは一度天井を仰ぎ、紫色に変色している唇の端に指を伸ばす。
「痛くないか?」
「問題ない」
 たとえまだ出血が止まらなくとも、やらねばならない事がある。
 刹那は静かにライルのハンカチを、自分のロッカーに締まった。
「別にいいぜ、洗って返さなくても」
「そういうわけにはいかない」
 ライルのハンカチをロッカー内の引き出しにしまった後、刹那は視線を鋭くして早速ドッグに向かってしまった。
「……生真面目にも程があるって」
 スメラギの立てたミッションを壊さないように、刹那は導きのままに動く。
 ライルも一度肩をすくめて、刹那の後を追った。


 ミッションは、始めから激戦が予想されていて、ライルがケルディムに体を滑り込ませれば、無数にあるモニターが、一箇所だけ赤く光るモニターがあり、その意味を悟る。
 今までにも何度も書かされていた遺書だ。
 戦闘に参加するものは全て書かされるその書類に、肩をすくめる。
「生真面目なのは刹那じゃなくて組織か」
 確かに死んだ後の遺品の問題もある。
 昔訪れたソランの部屋には、ニールの遺品があった。
 更にライルの口座に振り込まれた、巨額の資産。
 受け取った時は目を見張ったが、それがこの赤いモニターに書かれていたのだろうと思った。
「死ぬつもりは無いんだけどなぁ」
 遺書を前にして、ライルは笑う。
 それでも書かなければ起動しないそれに、ライルは半分笑いながらキーボードに指を走らせた。
『財産の全てをニーナ・イブラヒムに託す』
 本来ならソランなのだろうが、血縁以外に譲渡するとなると、様々な手続きをしなければならない。
 今生き残っているライルの血縁者はニーナだ。
 故に彼女に指定した。
 ソラン……刹那に譲渡したいが、状況は同じ、もしくは彼女の方が生存率が低い。
 ライルは祈りながら、文章を書き記して画面を閉じた。
 その動作を終わらせて、コクピット内の実地作業を行う。
 なれた手順に、ラグランジュ3に向かう時のソランの悲しそうな表情に謝罪する。
 いくら彼女がココにライルを連れてこようとも、パイロットになろうとも、感情と必要性は別物だ。
 生存確率の高い試算に乗るしかないのだ。
 全ての言い訳を心の中で呟いて、実地の状態にコクピット内のレバーを跳ね上げて、馴れた行動に身を任せた。




 艦内のハッチの中からの、一点射撃攻撃と言う名の命令に、更に追加装備された縦に仕込まれたピット作業を半分をハロに任せると言う指令に、ライルはその高度な技に、スメラギに半笑を返してしまった。
 そんな事が出来るのはどこの神だと、胸の中で問いかける。
 それでも現状で一番射撃成功の確率の高い、更に射撃型を自機にしているライルに、文句など言えなかった。
 段々肉眼で見えてくる悪魔の使いを、楯の無いケルディムを守ってくれるティエリアに感謝しつつ、流れてきた情報に沿って、スメラギの作戦は開始される。
 時間差で、各機のトランザムをフル活用する戦略に、カタロンでは考えられない技術と戦術に感嘆するが、それでも一番の成功を背負わされて、緊張に視線が鋭くなる。
 全てはライルにかかっていると言われて、それでもその前の攻撃の先人たちの心配もしながら額から流れる冷や汗が止まらなかった。


『トランザムライザー、目的に向かう』
 ブリッジと各機体に流れる声に、一番危険な任務の彼女に、溜息が出る。
 戦場から離したくとも、彼女はそれを諾としないだろうと、真底信じてもいない地域の習慣で、彼女の無事を十字を切って祈る。
 今回は、沙慈は搭乗しないらしく、彼の心の整理がつくことも祈る。
 赤のカラーリングのハロの自動操縦でも何とかなるが、やはり人の手に増すものは無い。
 女神を守る一人として、沙慈の復帰をライルは望んだ。





 スメラギの戦術どおり、衛星兵器は破壊できたが、その後問題が起こった。
 刹那との合流ポイントに、一個小隊が待ち構えていたのだ。
 プトレマイオスの戦力は、トランザムの乱用で略尽きた粒子と、壊れかけのデュナメスの楯のピットだけだった。
 艦内にスメラギの声が響く。
『目くらましをしながら、地上に逃げます。各員は現状で待機して。ケルディムは必要に応じて、内側からの射撃の可能性があるわ。だから閉じたハッチの側で待機』
「ちょ……! 刹那がまだ合流していないだろ! 一機だけ残していくなんてナシだろ!」
 ライルの言葉に、スメラギが端的に答える。
『もうこの状況じゃ、神に祈るしかないわ。私たち全員を死ぬ道を選択できない。刹那を信じて』
 結局ライルの提案は却下されて、プトレマイオスは地上に向かう航路に入る。
「外壁装甲、限界です!」
 ブリッジでフェルトが叫ぶ。
「まだよ! もっとパージさせて! ミレイナ、フィールドの安定を最優先で計算して頂戴!」
「了解ですぅ!」
 緊迫した遣り取りが、ブリッジで繰り広げられる。
 その間、格納庫でも緊迫した遣り取りが続いていた。
「ダメだよロックオン! これ以上戦力を分断できない!」
「置いて行くのかよ! 女一人を!」
「刹那は生半可なマイスターではない! 信じろ!」
 最後の彼女の……ダブルオーライザーの健在反応を信じろと、アレルヤとティエリアは、今にもケルディムに向かって走り出しそうなライルを抑える。
 衛星兵器破壊ミッション終了後、敵襲を受けたプトレマイオスは、各々の気持ちを乗せて、地上に降下していた。
 先行したダブルオーは、プトレマイオスの受けた攻撃の戦闘に間に合わず、宙域を探しているはずなのだ。
 その宙域には、スメラギが指示したプトレマイオスの残骸が広がっているのは、想像に安い。
 不安だろう彼女がライルの心を占めていて、大気圏突入のアナウンスに、格納庫の壁を、思いっきり拳で叩いた。
 彼女を一人で宇宙に置き去りになど出来ない。
 何のためにマイスターになったのか。
 その思いで再びケルディムに向かおうとしたライルを、アレルヤとティエリアは止める。
 これがもし、残っていたのがライルであれば、三人はケルディムの救出を考えただろう。
 だが相手は刹那だ。
 単独で動く事を訓練されているマイスターを、信じるしか無い状態に、二人は彼らの関係を知っていても止める事はしかなかったのだ。
 ライルとケルディムを拘束しながら、プトレマイオスは何とか地上に不時着する事に成功した。
 だが受けた痛手は大きかった。
 爆煙の代わりのスモークを内側から噴射させるためにパージした外部装甲は、最終的にはプトレマイオスの内部まで見せる事になった。
 通信網も慣性システムも艤装も全てを捨てて、スメラギは生存を選び、勝ち取ったのだ。
 それでもそんな状況では、すぐに宇宙に置き去りにしたダブルオートは連絡も取れず、不時着してすぐに、フェルトとミレイナが通信網の復旧を開始したが、それでも最短で6時間という時間に、ライルはブリッジで唇を噛み締める。
 6時間もあれば、もしあの場での合流を予め察知されていて彼女が追いかけてきていれば、当然攻撃に合うだろう。
 その事すら伝えられない。
 スメラギが修復の順序と予防策を指示するブリッジで、ライルに何が出来るでもなく、補助席でティエリアがフェルトとミレイナの作業を手伝っている様子を見つめいてた。
 そんなライルに、5分後、スメラギから言葉が飛ぶ。
「こら、そこの下僕! ぼんやりしている暇は無いでしょ! 大至急、最善策を取って頂戴!」
「……え?」
 プトレマイオスの何かに関われるとも思っていなかったライルは、素直に間抜けな声を出してしまう。
 頭の中はソランの事でいっぱいで、何も考えられなかったのだ。
 そんな状況でも、かけられた言葉の意味を悟る。
 補給をしなければならないのだ。
 通常のCBの回線が使えない状況なら、取るべき道は一つである。
 それにはライルのラインが必須だった。
 ライルは慌てて席を立ち上がって、プトレマイオスの中を走り始めた。
 必要な物資がどの程度必要か。
 現状でどうにもならないのか。
 ハード部分を、倒れたイアンの代わりに担当してくれる沙慈と話し合い、カレルの準備を手伝った。
 半日かけて計算し、ギリギリ現状でどうにかなるかとの算段を付け、沙慈はそのままプトレマイオスの補修に取り掛かってくれた。
 ライルの去り際に、一言だけ慰めをくれて。
「刹那なら、きっと大丈夫ですよ。昔も彼女、ご主人……お兄さんといる時よりも、一人の方が楽だって、のびのびしていたから」
 話はその域ではないが、それでも沙慈の気遣いに、ライルは苦く笑って礼を告げた。
「サンキュ。あっちは鬼の居ぬ間にって事だって考えるように努力するよ」
 倉庫のすぐ側の通路に開いてしまった穴から外に出て、ライルは個人の端末を確かめる。
 山間部に不時着したが、昨今静止衛星を使わない携帯端末など無い。
 故にそこも、当然のように役割を果たしてくれていた。
 何にしても、宇宙艦隊と、衛星兵器の連絡は入れなければならない。
 ライルはメールではなく、直接クラウスにコールを鳴らした。
『珍しいな、コールなんて』
「理由はわかるだろ? コッチも相当の痛手を負っちまったんだよ。文章なんか回せるか」
『CBでその状況なら、我々の行動は無謀以外の何物でもなかった、と言うことか』
「そういう事だ。仔細は回ってきたか?」
 必要事項を問えば、端末の向こうのクラウスは暫し沈黙し、それでも『イエス』と答える。
 沈黙の理由は、当然宇宙艦隊の痛手に対しての心痛だろう。
 衛星兵器破壊後、宙域のカタロン宇宙戦闘員の保護に動いたプトレマイオスだったが、その前に攻撃に合ってしまった。
 故におそらく、スメラギの計算どおり、3分の2は撃破されたのだろうと、予想がついた。
 ライルはため息を付いて、今後をクラウスに伝える。
「衛星兵器は、破壊は確認している。構造も設計図を入手できた。まあ、アレだけの規模のものを、近々に建造できるとも思えないし、二機目があったとしても、向こうさんも手段を講じるだろうから、一休みだ。だけど最悪、コッチの補給に動いてもらうかもしれない」
『そうか。そこまでの痛手を……』
「今こうやって、俺が連絡できるのは、戦術予報士の頭脳に感謝だ。粒子残量が底を突いたところを狙われたのに、生きていられたんだからな。だけど……」
 今度はライルが淀んでしまう。
 ティエリアとアレルヤの口調から察すれば、ソランは一人でも情報を収集し、こちらが動かなくとも合流できるだろう。
 カタロン内部にも、何人のスパイがもぐりこんでいるかわからない。
 それでも藁にも縋る思いで、ライルは溜息の後、クラウスに頼んだ。
「ガンダムが一機、合流しそこねている。もしかしたら、第二支部を頼るかもしれない。その時は頼む」
『……了解だ。マリナ姫もココにいる。彼女は責任を持って保護しよう』
 当たり前のように内容を理解してくれたクラウスに、ライルは視線を落とした。
 彼はライルの目的を知っていて、そしてこの場に送り込んだ張本人だ。
 追うべきものを追えと、背中を押してくれた。
 純粋に、いい人間なのだ。
 政治的思想が強いが、彼のような人が世の中を動かしてくれれば、平和になるだろうとライルはおもったのだ。
 ライルを気遣うように言葉を発するクラウスに、ライルは短く礼を告げて、今後のスメラギの戦術を伝えた。
 アロウズが取るであろう行動と、対処方法。
 政治的な姦計はカタロンがやるが、それ以外の戦術を伝えれば、端末の向こうから固いものが擦れる音がひびいて、彼がメモを取っている事を悟る。
 メールがまわせないのだから仕方がないが、なんとも古典的な方法で、ライルは思わず、せめてキーボードを使えと笑った。
 凪いだ空気の中、談笑を交えてこの先を相談していれば、ライルの背後に人の気配を感じる。
 何事かと振り返れば、先日クルーになったばかりのアニューだった。
 ライルはクラウスに「仕事が出来た」と伝えて、通話をきった。
「どうした? 何か問題でもあったか?」
 彼女は今、フェルトとミレイナとティエリアと共に、システムの復旧をしているはずで、外のライルが居る場所に来るのは不自然だ。
 探るように問えば、アニューは少し視線を揺るがせた後、ライルに向かう。
「……どなたと、通信なさっていたんですか?」
 誰もがわかりそうな事柄に、思わず目を見開いてしまう。
「誰って……まあ、野暮用?」
 明言はしていない故に、下僕と言われようがなんと言われようが、名前を出さずにそう答えれば、アニューはまた視線を落とした。
「気に、なるんです。なぜアロウズが、あそこまで正確にこちらの位置を突き止められたのか……」
 言葉の使いまわしに、ライルは苦笑を禁じえない。
 カタロンに繋がっているのは、当然彼女は理解しているだろう。
 ライルはスパイだ。
 故にダブルスパイどころか、トリプルだと考えられても不思議ではない。
 言いよどんだアニューに、ライルは笑う。
「成る程ね。リターナさんは、俺を疑ってるって訳か」
「いえ、そこまでは……」
 言葉を濁したが、生活以外の彼女の優秀さを思う。
 その思考で辿り着いた結論に、ライルも賛同する。
 内部の誰かが、繋がっている。
 ライルから見れば、一番可能性があるのは目の前の彼女だ。
 お互いに無言で探りあい、それでも最初に折れたのは、女性らしくアニューだった。
「……あの、それと、私の呼び名、アニューでいいです」
 姓で呼んでいたライルに、不信感を抱かせない為なのか、少しぎこちないが笑顔で伝えるアニューに、ライルは逆に訓練しぬいてきた笑顔で答えた。
「なら……俺も「ライル」でいい」
 聞き及ばない名前に、アニューは弾かれたように顔を上げて、ライルを見つめた。
「ライル・ディランディ。俺の本名だよ」
「え……でも……?」
 首を傾げた彼女に、彼女がデュナメスのデータに接触していた事実を確認する。
 そして現在のパイロットは、データ上では「ニール・ディランディ」なのだ。
 ライルは自分の名前を使って、彼女が何処まで通じているのかを確認しようと思ったのだ。
 故に、首を傾げた彼女に、ライルは肩をすくめておどける。
「双子って言うのは便利でね。兄貴が怪我して前線退かなきゃならなくても、同じ顔がもう一つあるわけ。だから誰も疑問を持たない」
 いかにもありそうな事を口にすれば、アニューはやはり幼い子供のように瞬きをする。
「双子、なんですね」
「それ以外、この顔にどう説明つけろって?」
「整形とか?」
「骨格まで同じように作るのって、大変だろ。それに戦闘数値も骨格が変わったら変わっちまう」
 些細な体の変化が現れる射撃性能を指して、指を銃に見立ててアニューに向かって撃てば、アニューは楽しそうに笑った。
 その笑顔は、まさに子供のものだった。
 不思議な女性に、ライルはそれでも己の職務を遂行する。
「……で、ココには俺を不審に思ったから来ただけか? それとも何かのついで?」
 余程の事が無い限り、今システムを扱える人間は大忙しだ。
 こんな談笑をしている暇は無いだろうと問えば、アニューははじかれた様に身体を震わせて、足をモジモジと摺り合わせ始めた。
「わッ! 忘れてました! トイレ……!」
 いつもの彼女に、ライルは溜息が堪えられない。
「……そうだと思ったよ。はい、サクサク行って来る。っていうかアニュー、よく膀胱炎にならないな」
「私、内臓強いんです! じゃあまた!」
 走っていく彼女の背中に、ライルは肩をすくめる。
「……強いにも程があるって」
 ああしょっちゅうトイレを忘れれば、普通なら膀胱や腎臓をやられてもおかしくないと思える。
 ライルも身体は丈夫だが、ソレはそれなりに自己管理をしているからだ。
喫煙をしていても、肺活量に問題が出ないように、いつでも歩いたり走ったりする事を心がけている。
 根本的な害に対しては対策は立てられないが、それでも体が資本だと、その程度の意識はあった。
 それがアニューには見当たらない。
 そしてふと、同じように見当たらない人間を思い浮かべてしまった。
 ティエリアだ。
 それでもその極論は、この時点ではライルの頭の中には描けなかった。
 アニューが去り、清々しく、気持ちのいい大自然の中で、ライルは懐から結局変えられなかった愛飲の煙草を取り出して、一本口に咥えて火をつけた。
 ソランの無事を、心の底から祈りながら。
(早く戻ってこないと、本数増やしてやるからな)
 キスの回数が減れば、当然喫煙量は増える。
 そんなばかげた事を思いながら、それでも心が彼女に飛ぶ。
 以前の失踪から、初めて離れた時間を持ってしまい、ライルは手持ち無沙汰に端末を見つめる。
 もう一人、連絡が取りたかった人物を思い浮かべて。
 だがトレミーのシステムが経由できないのなら、危険この上ない連絡を、出来るはずもなく。
 二人の写真を端末に表示させて、3本の煙草を消費した。





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原作沿いなので、せっさんは宇宙に居残りです。
ライル一人大騒ぎ。
他の面子は、体術も含めてせっさんを知っているので、心配は心配だけど、生き残っていると信じている。
5年も一人暮らし(子供つきだけど)してこれた人間が、そう簡単にくたばるかとww
マイスターの面子の中で、せっさんが不死身じゃないと思っているのはライルだけですww