Begin The Night 17

2011/11/25up

 

 ブリッジにクルーが集結すれば、ブリーフィングルームのものよりも小規模ながらも、足元のモニターに察知された異変が映し出されている。
 ぽっかり地上にあいた穴は、太陽光を綺麗に受けていて、陰陽が濃い。
 その陰の部分に、吸い込まれていく感覚を、ライルは得た。
「スイール……か。中東で一番厄介な部分を、纏めて掃除って所か」
 カタロンでエージェントをしていた時、スイールの軍事力にアロウズが目をつけているのをライルは察知していた。
 故に、中東支部にその情報は流してある。
 ある程度備えはしていただろうが、この攻撃に備えなど意味は成さない。
 大出力の衛星兵器からのレーザー攻撃と言う情報に、アロウズのやり方を見る。
 人権も何もない。
 アロウズに敵対の意思を見せればこうなるのだと、おそらくネットワークでは情報を連邦の都合のいいように書き換えたシナリオで流れているのだろう。
 今までに痛感させられてきた事だが、改めてライルは正さなければならない世間を見せ付けられた。
「補修が終わり次第、衛星兵器破壊ミッションに入ります。各員、持ち場に」
 誰が言わなくとも、スメラギが出してくれた指示に、その場に居た前線要員は無言で頷いた。
 だがそんな中、一人だけ言葉を紡いだ者がいた。
 スメラギのやり方に意義を唱える者などいないと思っていたライルは、ティエリアの「まってくれ」という言葉に、眉を寄せる。
 まさか、このままにするのがいいと提唱するのかと耳を傾けていれば、ティエリアの口からは、想像もつかない、それでも追い求めていた情報が流れ出た。
 ヴェーダが奪われるに至る、情報。
 更に今、真に倒さなければならない相手が、彼の口から告げられる。
 それでも以前から知っていた雰囲気のティエリアを、少ない言葉で問えば、彼の躊躇の理由はすぐに理解できた。
 同じ出身のティエリアには、受け入れ難い現実だったのだろうと、ライルは目を伏せる。
 それでも、仲間になんと思われようと、必要な情報を流した彼を、ライルは尊敬した。
 ヴェーダが生み出した、生態端末。
 つまりは、人工生命体。
 普通の人間ではないと告白する事に、どれだけの勇気が必要だったのかと、ライルは告白した後、気弱に視線を下げたティエリアを見つめた。
 決定的な言葉はつむがれていない。
 それでもこの場の人間は、当然理解していた。
 そんなティエリアに何も言わないクルーに、ティエリアは更に自分を告げようとしたが、それにはスメラギが対処してくれた。
 温かい言葉で彼を宥め、目の前の目標を誤まらないように指示してくれる。
 本当に彼女が復帰してくれて良かったと、ライルは目を細めた。
 そんな会話の裏で、今の言葉を頭の中で整理する。
 先程のリンダとの談笑で、マイスターの基地への合流の順序を教えられた。
 先ず、先陣を切ってニール。
 その後、アレルヤ。
 ティエリアはその後だった。
 そして今のティエリアの口調から察するに、彼は自分と同属が居る事を、つい最近まで知らなかったのだろうと理解できる。
 となれば、ティエリアを送り込んだのも、そのイノベイターだという事だ。
 ココから先は推論になるが、それでもライルは考える。
 奪取されたヴェーダに、最初にアクセス権を持っていたのは、このティエリアだったのではないかと。
 ティエリアの口からは、彼らが創設者の計画を遂行しているとの事だが、最初にアクセス権を与えられたティエリアこそ、計画の遂行者として選ばれた人格だったのだと思える。
 そして更に思うのは、彼を人間の間に入れたという事だ。
 人としての気持ちを理解する上で、社会に入る事は必要不可欠な段階である。
 先程のリンダとの会話で出てきた、「社会を営む種族」なのだから。
 その中にティエリアを入れたと言うことは、創設者は人権を無視する方法は構築していないだろう。
 ティエリアが「自分達が異端の可能性も」と口にしたが、彼の存在がココにある以上、その可能性は低いとライルはみた。
 そしてこの先の安定を考えれば、どうしてもライルは情報でしか知らない「ヴェーダ」の存在の必要性を感じる。
 様々な角度から見て、結局は向こうからの接触待ちという状況でしかない現状に、再び口元に指を当ててしまった。
 考え込んだライルの思考を払ったのは、スメラギの作戦内容の通達だった。
 思考を一旦片付けて、目の前のやれる事をやる。
 クルーの意思が統一された事をスメラギは感じたのだろう、実際の作業の手順に話を移した。





 その後、本格的な出航に備えて、各員は再び持ち場に戻る。
 ライルは機体の搬入の監視を、アニュー・リターナと共に任された。
 支援機だけではなく、新装備が追加されたほかの機体もあり、そのシステムの説明を、搬入作業と共に彼女から軽く受ける。
 仕事の話をしているアニューは、普段の抜けている彼女からは想像がつかない雰囲気で、淡々と各機体の説明をライルに施した。
「すげぇな。こんなに短期間で、開発できるものなんだ」
「いいえ、ガン・アーチャー以外の各機体の新装備は、機体本体の搬入に間に合わなかった部分です。ダブルオーライザー以外は、即実践で稼動可能ですが……」
「……なるほどね。アレが一番厄介って事か」
「言葉は悪いですけれど、確かですね」
「そうか……」
 次々と搬入されていく機体に、終わりの時間を思う。
 アニューは今までライルの側にいたことの無いタイプの女性だった。
 刹那のような情熱は感じないが、素直に愛おしいと思える。
 その感覚は、やはりニーナに対するものと変わらなかった。
「あー、これであんたともお別れか。この先、何処の基地に移動しても、男性用のシャワーブースに乱入しない事を祈ってるよ」
 最初のアニューの失敗をからかえば、アニューはライルの腕をパチンと軽く叩いた。
 だがその後、ライルに微笑む。
「でも、お別れじゃないんです」
「へ?」
「イアンさんの推薦を受けて、プトレマイオスに乗船する事になりました。よろしくお願いします」
 深々と頭を下げるアニューに、ライルは意図せず笑みを浮かべてしまう。
 代わり、かもしれない。
 それでもアニューの行動が、可愛く思えるのも確かだ。
「んじゃ、これからもよろしく、だな」
「はい」
「だけど、頼むから男性用のブースには乱入するなよ」
「もう、ソレは言わないで下さい!」
「ははッ!」
 プトレマイオスの中には、個室にシャワーブースが備えられている。
 外にあるブースは、あくまでもマイスターが戦闘後に使用するためのものだ。
 心配は無いか、と、ライルは笑った。
 だが、その考えの裏で、ティエリアの言葉が頭を廻る。
 5年以上前から活動していた、イノベイター。
 そしてヴェーダの推薦無しに、更に縁故の路線もなく参画した女性。
 疑うな、と言うほうが無理である。
 更に、王留美の存在。
 ヴェーダというシステムに魅力を感じたのであれば、企業のトップとして、プラスマイナスを考えても参画するだろうと思える。
 当然、システムの存在を知った上で。
 そこから導き出される推論は、今、彼女がイノベイターと通じているのではないか、と言うものだ。
 アニュー自身がどういう育ちなのかは解らないが、王留美に通じている事だけは確かである。
 プトレマイオスに乗せて大丈夫なのか、どうしても気になってしまったが、上の決定は絶対だ。
 その辺は、大きな会社に勤めた経験のある、ライルには身に沁みて理解している事だった。
「さて。じゃあ行こうか」
 機体の搬入を見届けて、ライルがアニューに声をかければ、何故か彼女は反応しなかった。
 視線が空を彷徨っていて、意識がココにないような雰囲気を醸し出している。
「……どうした」
「……え?」
 二度目のライルの声かけに、アニューは驚いたようにライルを振り返る。
 その顔に、不振な点は見当たらなかった。
 またいつものボケかと、ライルは肩をすくめる。
「緊張してんのかい?」
 初めて前線に出る彼女を、普段の様子と交えて気遣えば、アニューは頬を染めた。
「ええ……少し」
「大丈夫だって。あんたのボケは、仕事以外の場所でしか発揮されないだろ? 気を楽にいけよ」
「……はい」
 素直に頷く彼女にも、不振な点は見当たらなかった。
 だがその5分後、基地に攻撃が始まる。
 ブリッジに赴こうとしていたライルは、急遽ロッカールームへと進路を変更した。
「俺はこのまま機体に向かう。ブリッジはこのまま真っ直ぐだ」
「はい!」
 元気の良い返事を聞いて、ライルは己の役割を頭の中で計算した。
 その傍ら、やはり不自然さを感じる。
 この宙域にアロウズが展開していた事は、この基地に入る前に解っていた事だ。
 捜索に、5日もかかるものなのか。
 周辺にGN粒子を散布して、熱源反応や音は誤魔化しているらしいが、そもそも散布の機器を発見されてもおかしく無い程、周りには多数浮いているのだ。
 解らない事を思考しながらも、手は勝手にパイロットスーツを着用して、格納庫に走りこんだ。
 ケルディムを起動させれば、即座にスメラギから発進指示が出される。
 セラヴィが射出されて、続いてケルディムに指示が下る。
 緊急事態に、ライルは目の前の状況分析を即座に始めた。
 ヘルメットの通信回線から、アリオスが研究員のシャトルの護衛に回る事を聞いて、自分の撃破しなければならない敵の数に、乾いた笑いが零れる。
「おいおい、これで生きてたら、マジで刹那は勝利の女神だぜ」
 波状攻撃が繰り返される敵機の数に、モニターの中のターゲットが無数に点滅する。
 そんな中、結局オーライザーの調整が間に合わなかったダブルオーが、以前の状態のまま戦闘状態に陥った。
 万全ではないが、それでもパイロットの腕は信じている。
 トランザムさえ使わなければ、持ちこたえられる。
 その機能を使わせないために、目の前の敵機の撃破を最優先させた。
 それでも数の多さに、どうしても身動きが取れない。
 苛立つ状況の中、一陣の光が遠方から飛来してきて、ケルディムの目の前のプトレマイオスに被弾する。
「ちッ!」
 新たに組んだシステムでも、補足仕切れない新型に、ハロはちかちかと目を点滅させながら、必死に計算を繰り返している。
 新装備はまだ実践で試しておらず、更に説明も満足に受けていない。
 危険な状況を避けるべく、今まで通りにライフルで必死に応戦していた。
 だが、少々の時間で、スメラギから通信が届く。
「セラヴィ、ケルディム、オーライザーの援護を!」
「出来たのか!」
 調整がまだだと聞かされていた機体の完成に、一縷の望みが見える。
 弾道計算で攻撃を避けながら進む戦闘機を、ライルは必死になって守った。
 これで刹那の安全は確立が上がる。
 その一心で、戦闘機に群がるMSを次々と撃墜した。
 ダブルオーも気が付いたのか、動きが変わる。
 そして無事に、宇宙空間でのランデブーに成功した。
 その途端、ケルディムのウィンドウからダブルオーの機影が消える。
「どこ行きやがった! 離れたら危ないだろうが!」
 今は母艦に集中攻撃をされている状態で、まとまっていなければ生存確率は落ちる。
 それでもスメラギの刹那に対する「応戦」の指示に、ライルは不安を覚えながらも目の前の自分の敵に集中した。
 だが暫くして、不思議な感覚を体が包む。
 通信機越しではない声が、直接頭の中に響くのだ。
 何事かと見回せば、宇宙空間ではありえない、夢の中のような空間に自分が居る事に気が付く。
(これは……一体)
 周りの声が聞こえて、更にケルディムを狙っている敵の思考が頭に響く。
 それに従って、声の方向にライフルを向ければ、果たして声は聞こえなくなった。
 撃墜したのだと、センサーを見ずとも理解する。
 ライルが4機撃墜したところで、一際大きな声が頭に響く。
(どうしてココにいるんだ!)
 そんな問いかけが、背後から聞こえてくる。
 それでも場所は特定できずに、ライルは身のうちに感じる感覚に導かれるように、敵機を撃破していった。





 敵勢力の30%を撃破したところで、敵機は撤退を始めた。
 ケルディムにも帰投命令が伝えられて、ヘルメットの中で冷や汗を垂らす。
「……助かった」
 あまりの敵の多さに、戦闘開始の時に、瞬時に自分の生存確率を計算してしまっていたライルは、生きている今を心底感謝した。
 そして勝利に導いてくれた女神を探すために、着艦してすぐに、刹那の姿を求める。
 ケルディムもかなりの痛手を受けてしまい、補修に時間がかかると説明を受けて、ライルは制服に着替えて彼女を探した。
 果たしてすぐに、刹那は見つかった。
 最後の着艦だった彼女は、沙慈と共にスタンバイルームにいたのだ。
 中から聞こえてくる声に、扉を開けようとボタンに指をかけかけたところで、会話が耳に届く。
「どうして……こんな事に」
 沙慈の沈んだ声に、何事かと会話に耳を傾けてみれば、刹那はそんな沙慈に気遣わしげな声をかけている。
 それでも元々口が達者ではない彼女は、必死に彼の名前を呼んでいるだけだった。
「ルイスが、アロウズに……どうしたらッ」
 知らない名前に、それでも沙慈がいつでも首から下げているペアリングの存在を思い、相手なのだと理解する。
 複雑になってしまったのだろう関係に、ライルも上げていた手を下ろした。
 沙慈がココ一年で辿った道のりを思い返して、彼の言葉を思う。
 普通に働いていた場所で、カタロンの構成員の疑惑をかけられ、強制収容所に送られたと聞いた。
 その後、刹那が救出して、情報だけで憎んでいたCBに身柄を確保される事になり、繰り返される戦闘の中、普通の、元の生活を求めようと脱出した先は、カタロンにさえ身を置けない状況を作り出した。
 短時間の奔流に、心底哀れだとライルは思う。
「だが、何故アロウズに」
 刹那の考える声が響いて、その直後、沙慈の慟哭が部屋の中から轟いた。
「決まっているだろ! ガンダムが憎いんだよ! ルイスの両親はッ、親族はッ、ガンダムに殺されたんだ! だからルイスはアロウズに……MSに乗る道を選んだんだ! 君達が行動を起さなければ、こんな事にはならなかったんだ!」
 もし、あの時。
 ライルも同じ事を思うことも少なくない。
 人は皆、そうやって時間を重ねてくる。
 それでも「もし」や「こうしていれば」という言葉は、後になってから紡げるもので、結局時の奔流に流されなければならない辛さを思い知っていた。
 まだ二十代前半の沙慈には、解らないことかもしれない。
 更に彼は、今初めて、この気分を味わっている。
 口先だけの慰めなら、いくらでも出来る。
 それでも今の沙慈には、その場しのぎは通用しない。
 考え込んでいたライルの耳に、再び刹那の声が届いた。
「戦うんだ。ルイスを取り戻すために」
 あまりの言葉に、ライルは見つめていた足元から、扉に視線を上げる。
「人殺しをしろって言うのか! この僕に!」
「違う。ルイスを取り戻すための、沙慈の戦いをしろと、俺は言っている」
「詭弁だ! 戦えば人は傷つく! 死ぬ! 今日で君は何人殺した! 戦いって言うのはそういうことだろう!」
「だから、沙慈は人を殺さない、沙慈の方法の戦いをしろと……」
 刹那の言葉が途切れ、部屋の中からは肌を叩く列音が響く。
「君と一緒にするな! 僕に戦えるはずがないだろう! 子供を捨てて、夫を殺しても戦場に居続けられる君と僕は違うんだ!」
 叫び声の後、足音がライルのほうに向かってきて、ライルは身体をずらして彼の道を作った。
 中を見れば、案の定、頬を晴らした刹那がいた。
 不器用だと、心のそこから思う。
 そして底抜けに優しいと。
 ライルはため息を付いて、部屋の中に入った。
「……趣味が悪い」
 立ち聞きしていたライルを責める刹那に、ライルは肩をすくめて流す。
 制服のポケットからハンカチを取り出して、彼女の唇から流れる血を拭ってやった。
「……直接交信したのか?」
「いや……違う」
「あの変な空間の所為か」
 ライルも感じた奇妙な現象に、それでも確実に現実のものだとわかる事象に、溜息が出る。
「ダブルオーライザーでトランザムを起動したら、あの空間が……そこに、ルイスがいたんだ」
「成る程ね。で、あの場に機体を運んでくれたのが、沙慈だったわけか」
「ああ」
 繋がった事象と、ラグランジュ3でのティエリアの説明が頭を過ぎる。
 GNドライブの、本当の活用法。
 脳量子波の増幅器。
 ツインドライブまで予言していたと言う、CBの創設者、イオリア・シュヘンベルグの目的が、なんとなく見えてきたと、ライルは思う。
 CBでも結局兵器として扱っているが、これが普通に人類に提供されていたら、もっと凶悪な兵器に改変されていただろう。
 選ばれた人たちの共通項も、納得できた。
 誰もが皆、戦争を、混乱を経験し、その悲惨さを体験している。
 だからこそ、悪用できないと思えるのだ。
 ある意味、CBの存在自体が悪かもしれない。
 それでも歴史には、必要な「悪」があるのだ。
 その「悪」によって進化してきた社会を否定できない。
 忌み嫌われる「悪」を買って出た愛しい女を、ライルは抱きしめた。
「……とりあえず、沙慈はこれからもオーライザーに乗ってもらうとして、お前は俺に乗ってもらうか」
「意味が解らない」
 ライルの腕を甘受出来ない刹那を、尚更ライルは力を込めて抱きしめた。
「自分を大切にしろって、言いたいだけだ」
 説得したかった気持ちも解る。
 あの空間を作り出せるのなら、戦闘空域に居れば、沙慈は彼女と交信が可能だろう。
 だから刹那が「戦え」と言った意味は、戦闘空域に滞在して、彼女と交信しろと言っているのだと解る。
 それでも、もっと上手い言い回しがあるだろうと、不器用な女神の髪に、ライルは宥めのキスを落とした。





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全裸祭りの素晴らしさがかける文才が欲しいです。゚(゚´ω`゚)゚。
そして刹那♀なので、沙慈も拳じゃなくてビンタです。この後、さり気なくライルに虐められればいいww食堂で足引っ掛けられたり、連れ立って部屋に入ろうとして、目の前でドアしめれたりww
小学生並みの虐めですなww
ケルディム直してくれる人なので、ライルの虐めはこの程度です。
だけど根に持つタイプなので、じわじわこの後も続きますw