Begin The Night 14

2011/10/16up

 

 ライルが第二展望室を出てすぐに、艦内に警戒アラームが鳴り響く。
『Eセンサーに反応! 接近する機影を確認!』
 フェルトの声が艦内に響き渡り、ライルは慌てて天井を振り仰ぐ。
「波状攻撃かよ!」
 近くにアロウズ、正規軍共に基地が無い事を確認しての休息のつもりが、やはり読みがまだ甘いとライルは自分に舌打ちをする。
 慌てて端末にハロへロッカールームへの自力での移動を打ち込んで、自らもロッカールームへ駆け込んだ。
 大分馴れてきたとはいえ、まだパイロットスーツへの着替えは時間がかかる。
 冷や汗を流していれば、艦内に慣れた声が再び響いた。
『ダブルオー、先行する!』
 先程機体調整のために格納庫に向かっていた刹那を思い出して、タイミングのよすぎる女神に口笛を吹いてしまった。
 慌てて着替えていれば、コツコツと扉に堅いものがぶつかる音が響く。
 ヘルメットを抱えて外に出れば、指示していたとおりにハロがロッカールームの前まで飛んで着ていた。
「いいフットワークだ」
 丸いフォルムを撫でて褒めれば、ハロは「ロックオンモハヤイ! ハヤイ!」と電子音声でライルの行動を褒め返してくれた。
 機械とも思えない言葉の応酬に、緊迫した場面でも笑みが浮かぶ。
 格納庫にはダブルオー以外の全機が揃っていて、その様子を眺めながら格納庫の扉の端を蹴ってケルディムに飛べば、発進の為に退避するミレイナから、すれ違い様に声をかけられる。
「アリオスとセラヴィは出せないですぅ! ストラトスさん、お願いしますぅ!」
 まだ作業用のカレルが取り付いている二機を見て、ライルは「了解」と短く応答する。
 久しぶりの無重力の動作に、力加減を誤らないように気をつけながら、コクピットに身体を滑り込ませた。
「待たせた!」
 いつものシークエンスをフェルトに要請すれば、ライルの目の前のハッチが開き始める。
『ケルディム、緊急出撃して下さい! リニアカタパルトは間に合わないので、通常のカタパルトでお願いします!』
「了解! ケルディムガンダム、ロックオン・ストラトス、狙い打つ!」
 馴れた操縦に、勝手に手がコクピット内の発進の準備を進めて、実施の状態になったケルディムをカタパルトに乗せ、カタパルト内で太陽炉の出力を上昇させた。
 スムーズに宇宙空間に出れば、既に刹那が交戦状態に陥っている熱源を確認する。
「ハロ! システムG72起動だ!」
 先日、海中から宇宙に上がる際に見かけた最新式のMSの情報を集めて作っておいたシステムを指示すれば、ハロは素直に「リョウカイ! リョウカイ!」と返答してくれて、ターゲットウィンドウの右下にシステム名が表示される。
 そのシステムに従って、ライルはトリガーを引いた。
 同じようなタイミングで、背後のトレミーから援護射撃が繰り出される。
 大出力の母艦の射撃は、威嚇のみで、ライルは敵機に向かって照準を合わせる。
 だが、あまりにもスピードが違いすぎた。
「なんだアレ! 反則だろあの速さ!」
 中々ターゲットオンにならない敵機に、結局ライルも威嚇射撃を続ける破目になる。
 やっとダブルオーの空域に辿り着いた時には、何故か優勢だった敵機は撤退の意思を表明して、逃げるように空域から離れていった。
「……なんだ? 逃げたのか?」
 精密射撃スコープを跳ね上げて、背中を見つめる。
 それでも右手が勝手に、ウィンドウ内の敵機の速度と動きの計算をさせていた。
 トレミーに帰投して、早速データを立ち上げる。
 一機だけの出撃が納得できるほど、新型の性能は今までとは段違いだった。
 そしてダブルオーに残されている、交戦記録からもデータを引用して、新たなターゲットシステムを組み上げる。
 ケルディムでパイロットスーツのまま、その作業をしていれば、ダブルオーを破損させた刹那がライルに近寄ってきた。
「……システムか?」
「うん、そう。アレ、ちょう早かったから、今までのじゃターゲットオン出来ないんだ。あの性能の機体が量産されたら、たまらんだろ」
 横目で機体の動きと速度の計算式が流れているウィンドウを見ながら手を動かしていれば、ふと流れる沈黙に違和感を覚え、一旦手を止めて刹那を仰ぎ見る。
 コクピットハッチに座り込んでシステムを組んでいたライルは、自然と伏目がちな刹那を視線を合わせられた。
「……なに、コレなんか問題あるか?」
 まだ慣れていないのかと、自分の能力に疑問を持って問えば、刹那は首を横に振る。
「いや、随分と早くなれたなと、思って」
「そう? ちょっとは戦力になってるか?」
 問題がないと判断された行動に安心して、再び指を動かしながら問えば、刹那は少し間をおいて「ああ」と答えてくれる。
 それでもその声に哀愁を感じて、もう一度手を止めて振り仰げば、やはり刹那は悲しそうな目をしていた。
 なんとなく理由が解って、ライルは苦く笑ってしまう。
 昔のライルからは、想像がつかないのだろう。
 それでも今は、これが必要なのだ。
 どうにもならない現状に、ライルは刹那から視線を逸らせて、再び入力画面と向き合う。
「組み上がったら、一応チェックしてくれ。ミスがあったらやばいから」
「解った。ティエリアにも伝えておく」
 上がった名前に、ライルがもう一度刹那を振り仰げば、今度は彼女は不貞腐れた顔をしていた。
 何が機嫌をそこねたのかと伺い見れば、そんなライルにちらりと視線を送って、刹那は口を開く。
「……射撃は得意じゃない」
 以前の彼女の生身の射撃の酷さを思い出して、ライルは思わず笑ってしまった。
「そうだった。俺が唯一、お前に勝てるところだった」
 肩を震わせて笑うライルに、刹那は相変わらず視線を逸らせて、それでも必要事項を伝えてくれた。
「後二時間で、ラグランジュ3に到着する。制服に着替えておいてくれ」
「了解。切りのいい所で終わらせるよ」
 簡潔に会話を交わして、刹那の背中を見送った。
(乙女心は難しいねぇ)
 技術は必要だが、昔のライルを愛してくれた彼女には、複雑なのだろう。
 戦闘に慣れていく身体を、自覚している。
 宇宙空間に出る事も、MSを操る事も、敵機を撃破することも。
 中に人が乗っていることは理解している。
 それでも自然と指はトリガーを引く。
 躊躇すれば、自分が死ぬからだ。
 おそらく今、生身の人間を撃てと言われても、以前ほど躊躇は無いのだろうと、思う。
 悲しい事かもしれない。
 それでも愛した女を守れる立場で居るためには、必要な事なのだ。
 もう二度と、彼女と彼女の娘に悲しい、辛い想い等させない。
 流れていくプログラムを見つめながら、ライルは自分の生きている今を誇らしいと思えた。





『トレミー、搭乗ハッチ接続完了しました。下艦可能です。クルーは搭乗ハッチに集合して下さい』
 刹那の言葉通りの時間に、ライルは着替えを終わらせて、その場に急いだ。
 システムは、後はチェック待ちの状態まで組み上げてある。
 まったく新しく一から作っている訳ではないシステムは、もう短時間で組み上げる術を覚えたのだ。
「遅いわよ、ロックオン」
「わりぃ」
 微重力の中、艦内の移動バーを掴んでメンバーに追いつけば、既に略全員、沙慈やマリーまで集合していて、エレベーターで待機していた。
 慌てて一緒に乗り込もうとすれば、思いもかけないブザーに阻まれる。
「……え? 無重力空間で定員オーバー?」
 重力区画でよくある、エレベーターの加重制限のブザーに、ライルは首を傾げる。
「あら? なんでかしら」
「太ったんじゃないのか?」
「勢いを付けすぎたとか……」
「ニコチンの所為だ」
 スメラギ、ティエリア、沙慈、刹那の順で、好き勝手に言われて、ライルは頬を引き攣らせた。
「ニコチンで入港断られるのなら、イアンはココには居ないって事だろ!」
 刹那の言葉に反抗すれば、彼女はしれっと視線を逸らせて、周りは二人の遣り取りに肩をすくめる。
「まあとにかく、時間がないから、ロックオンは第二陣で来て頂戴。今フェルトが入港後のシークエンスを終了させているから、一緒に行動してくれる?」
「はいよ。……刹那、後で覚えてろ」
「……」
 あくまでも禁煙を迫る彼女に、ライルは軽く睨んで、他の面子に手を振った。
 扉が閉まり、慌てて着替えてきた自分が虚しく思える。
 どうせならもう少しゆっくりすればよかった、と。
 そして喫煙者は、禁煙を迫られると、余計に吸いたくなるものだ。
 端末からフェルトに連絡を入れれば、後10分ほどかかると言うことで、腹いせ紛れに第二展望室に足を向けた。


 第二展望室に入れば、そこにはいつもとは違う風景が広がっていた。
「……あれ、外が見えない」
 普段、いつでも外の様子を見ながら煙草を吸っていたので、今も船体が収められている港の様子が見られると思っていたのに、窓だと思っていた部分は一面壁だった。
 思わず歩み寄って、触ってしまう。
「……普通の壁だ。ってことは、今までのは外部カメラの投影って事か」
 他の壁面のように、接続部分は見えないが、それでも思っていたようなガラスではない。
 外の様子が見られると言うことで、当たり前のようにガラスだと思っていたものと違う物質に、ライルは小さく笑ってしまう。
 考えてみれば、当たり前なのだ。
 戦闘を考慮して作られている宇宙航行戦艦に、ガラスが使用されるわけが無い。
 どれだけの強度を備えなければならないかを考えれば、外の様子を常に投影させていた方が、安全である。
 見慣れない箱の休憩室で、ライルは肩をすくめて煙草に火をつけた。
「目に見えるものが絶対じゃないって、理解はしてたんだけどなぁ」
 見慣れない壁に、ココがいつもの寛ぎのスペースではなくなってしまったような感覚をもたらされて、諦めのため息をつく。
 フェルトの入港シークエンスの一つなのだろう。
 全ての必要以外のシステムを落として、整備に備える。
 展望室の外部モニターの表示は、確実に必要以外の設備だ。
 単なる精神衛生上の問題である。
 それが一つなくなっただけで、コレだけ閉塞感を味わうとはと、ライルは煙に紛れてため息を吐き出した。
 更に、今自分がいる場所が、危険である事も再認識させられる。
 考えてもどうにもならないことを頭の中に廻らせながら一本吸い終えれば、フェルトから通信が入った。
『ロックオン、お待たせ』
「いやいや、問題ない。今第二展望室いるから、俺も移動するわ」
『また煙草? 刹那が怖い顔するよ』
 事情を知っているフェルトが笑えば、ライルも引き攣りながらも笑う事が出来る。
「そう言われると吸いたくなるのが、喫煙者なんだよ。じゃ、ハッチでな」
『うん』
 軽く会話を交わして、ライルはこの後数日、ブリッジ以外は出入り禁止になるトレミーから出る荷物を手に搭乗ハッチに向かった。


 初めて立ち入る、資源衛生郡であるラグランジュ3の基地に、物見遊山で視線をめぐらす。
「ココもでかいな」
 案内してくれるフェルトに相槌を求めれば、フェルトは笑って頷いてくれる。
「ココは実機の研究開発部門が置かれているの。だから規模は大きいほうだね。補給基地とは違うから」
「補給基地も、俺から見ればすげぇって思えたけど」
「私は他を知らないから、比べようが無いよ」
「そっか。そうだよな」
 フェルトと共に、一旦荷物を基地の職員に預ければ、後は数日間過ごす部屋に持っていってくれると言うことで、ライルはそのままフェルトの荷物を受け取って、彼女と実験室に向かった。
 目的のダブルオーの支援機がある場所だった。
 そこに入れば、見慣れた面子と、更にもう二人女性が増えていた。
 見知らぬ彼女達に、ライルは普通に研究機関の人間かと思い、更に他の面子は、過去のニールも含めて彼女達と認識があるものと思い、口をつぐむ。
 ライル・ディランディはこの場所には居ないのだから、口からバレては元も子もない。
 ティエリアと刹那の安全策を受け入れて黙っていようと目で追いかけていれば、フェルトが口を開く。
「あの……こちらは?」
 片方の女性をスメラギに問うフェルトに、ライルは瞬きをしてしまう。
 新参者の自分が知らないのは当然だとしても、古参の彼女が知らないのは不思議だったからだ。
 研究は重要機密事項で、イアンからガンダムの開発研究について、そのルートを聞いていた。
 研究開発チームは、余程の事が無い限り、新規のメンバーは受け入れないと。
 機体本体や武器などの開発には若い人もいるらしいが、直接ガンダムに関われるのは、ヴェーダが選出したメンバーだけで、故にこの5年、新しい人は入っていないと聞いている。
 奪取された根幹に、徐々に減っていく人手に、煙草を吸いながらイアンがぼやいていたのだ。
 なのにどういうことかと、一見穏やかそうな美女を見つめていれば、スメラギが事の次第をフェルトに伝えた。
「王留美からのルートらしいの。活動再開の時からですって。アニュー・リターナさんよ」
 耳の端で会話を捕らえて、スメラギの言葉遣いに気が付く。
 彼女もこの美女を怪しんでいると。
 ライルも当然思った事だ。
 活動の再開は、スメラギすら不在の時期で、誰が彼女に任を下せるのか。
 機密事項を扱う人間として、誰が認めたのか。
 いくら王留美の名前を出したと言っても、一般社会では通用しても、この秘密結社では通用しない。
 それでも穏やかに微笑まれれば、ライルも持ち前の愛想のよさを発揮するしかなかった。
 笑って会釈して、本題を進める。
「……で、あれが支援機か?」
 眼前のガラスの向こうにある戦闘機を指して問えば、今度はイアンの隣りの、金髪の女性が頷いてくれる。
「そうです。機体名はオーライザーです。……あら? さっき会えたかしら?」
 説明の後、ライルの顔に首を傾げた女性に、言葉の意味が解らずに刹那に視線を送れば、彼女が紹介してくれた。
「今合流した。4人目のマイスター、ロックオン・ストラトスだ」
 刹那の言葉に、彼女も面識がなかったのだと理解できて、ホッと胸を撫で下ろす。
 たまに居るのだ。双子を見分ける人間が。
 顔の創りは同じはずなのに、片方をよく知っていると、表情や視線ですぐに見抜く。
 ライル自身はそういう人物に子供の頃に遭遇した事はなかったが、会社で見かけたのだ。
 一卵性双生児の女性が同じ営業部に居て、更に秘書課にその片割れが所属していた。
 その二人を当たり前のように見分ける女性がいたのを思い出して、冷やりと背中に嫌な汗がながれた。
 だがソレも問題がないとわかり、笑って握手を求める。
「よろしく。ロックオンです」
「こちらこそ。リンダ・バスティです。いつも娘と主人がお世話になってます」
「……はい? ばす……てぃ?」
 ライルが館内で、今の所一番接触の多いおじさんの姓に、更に彼女が発した「娘」と「主人」という言葉が繋がらず、ぴしりと固まってしまう。
 そんなライルに、イアンが抗議の言葉を漏らした。
「お前までなんだその反応は! 俺の嫁さんに文句あるか!」
 彼の言葉に、誰もが同じ感想だったのだと、第一陣のメンバーを見る。
 ライルの視線を、ミレイナ以外は一様に逸らせた。
 思わず乾いた笑みを零してしまう。
「……やるねぇ、おやっさん」
 どう見ても、彼女はライルと大差ない年齢に見える。
 年齢差を考えて、それでも家庭を営んでいる喫煙仲間に、ライルはニヤリと笑って事実を受け入れた。
「お前には敵わんわ」
 そんなライルに、イアンも反撃する。
 義理の姉に手を出している人には言われたくないと。
 イアンの言い分ももっともなので、ライルは肩をすくめて話を進めた。
「中座させて悪い。……で、あっちは?」
 ガラスの向こうにあるのは、支援機一機ではなかった。
 赤いカラーリングの、大きさ的に可変型のアリオスに似ていると思い問えば、その答えにライルは笑みを引っ込める事になる。
「アリオスの支援機、ガン・アーチャーよ。アリオスの太陽炉を活用する形の機体なの」
 説明に、つまりはパイロットが必要な機体であると理解する。
 そしてそのパイロット候補を、普通にライルは理解した。
 思わずアレルヤに視線を送ってしまう。
 案の定、彼は眉を寄せていた。
 マリーは戦場に出さない約束である。
 いくら彼女が超兵でも、ここ、CBに居る限り、アレルヤの側にいる限りは一般人なのだ。
 個人の意思を無視するような機体に、それでも時間がないと話を流すスメラギに、流れを読み取った。
 今ココで議論する事ではない、と。
「じゃあ、テストを始めます。刹那さん、よろしく」
 リンダの一言で、研究機関とオペレーターと、当の機体を操る刹那以外は、ドッグ内で休息の時間となった。


 通路を歩きながら、さり気なくライルはスメラギに歩み寄る。
 そんなライルの姿を認識して、スメラギも歩調を合わせた。
「……どっちの事かしら」
「出来れば、両方」
 新しい顔ぶれと、新しいアリオスの支援機。
 気になる二つの要因を、当たり前のように悟られて、流石スメラギとライルは話の早さを感謝した。
「彼女については、一応身辺調査はされているそうよ。人手が足りない事は確かだし、今は信じるしかないわね」
「でもアリオスの方は?」
「そっちも同じね。アレルヤが救助された後の、彼のデータに基づいて、支援機が必要だと判断されたらしいわ。パイロットは候補生から選ぶことも出来るけど……」
「確約は出来ない、って事か」
「アレルヤには言わないでね」
「言うわけないだろ。……でもま、一応友人としては、アイツの意向は汲んでやりたいんだけどね」
「それは私も同じよ。だけど人手がね」
「ソレも理解してる。ま、必要になったら言ってくれ」
 自分の口をそうスメラギに告げれば、スメラギはココに来て、初めてライルに笑いかけた。
「さっすが、あの刹那を落としただけはあるわね。期待させてもらうわ」
「落としたのは刹那だけじゃないぜ。俺には将来を約束したもう一人の女がいるからな」
 方目を瞑って悪戯っぽく告げれば、当然スメラギにはライルの言葉の真意は伝わって、更に彼女は笑う。
「ロリコンな所は兄弟の血かしら?」
「冗談。あっちは後20年は保留だ。まあ最も、他の方法なら、後3年以内には落として見せるけどな」
 母親の存在を告げれば、更にスメラギは笑う。
 段階を経ての現状に、男の計算高さをスメラギは笑ったのだ。
「入ったばかりなのに悪いけど、頼りにさせて貰うわ」
「オーライ。俺に惚れるなよ」
 真面目な会話にしないように、ありえない状況を伝えれば、スメラギも態と乗ったという雰囲気で答える。
「悪いけど、私はアナタみたいな計算高い男は苦手なの。もっとおっとりした、私を仕事から解放してくれる人がいいのよ。同属はゴメンだわ」
「そりゃ、気があう。俺もスメラギさんの美貌には惑わされそうになるけど、中身は鋭すぎてゴメンだ。迂闊に悪い事も出来やしない」
「あら、刹那以外にするつもりなの?」
「今の所、予定は無いけどな」
 談笑しながらクルーのための区画に入り、精神安定を最優先させた空間に皆で落ち着く。
 人数分のコーヒーを、アレルヤとマリーが用意してくれていて、それをあり難くライルは頂戴した。
「……あ、このドッグ、個人の補給出来るんだよな?」
 研究期間が主なドッグで、今まで通りの補給が出来るのかと問えば、それには当然のような答えをもらえる。
「出来るわよ。1週間前にまわした、個人調達物の希望物資は、必要物資と共にトレミーに運び込まれるわ。緊急に欲しいものは出来ないけど、何かあった?」
 スメラギが柔らかく問うてくれる内容に、ライルは小さな声で答える。
「……煙草、欲しい」
 思いも寄らない答えに、スメラギはライルを見つめる。
「何、希望にあったじゃない。足りないの?」
「いや、足りてたんだけど、この銘柄が、お気に召さない人が居てね」
 どうしても味に慣れないと訴える刹那を思って、違う銘柄を希望しようと思ったのだ。
 そんなライルに、スメラギは肩をすくめる。
「惚気は私以外にはけ口を見つけて頂戴。……でもまあ、もしかしたらリンダさんのがあるかもしれないわ。女性が好んでいる銘柄なら、もしかしたら刹那も我慢できるかもしれないし、掛け合ってみてあげる」
「サンキュ」
 1Gが働いている区画の中で、久しぶりにコーヒーカップから温かいコーヒーを飲んで、寛いだ空気の中でスメラギに礼を告げれば、スメラギも肩をすくめて終わらせてくれた。
 会話を終わらせて、リビングのような室内を見回せば、案の定、支援機の説明を受けたアレルヤは、マリーを他のクルーと接触させないように守っている。
 気が付いて当然だと思うのと同時に、先程のスメラギの言葉を思い出す。
 人手という括りであるのなら、マリーはまたとない人材だ。
 超兵で、しかもアレルヤとの信頼関係を結んでいる彼女は、この組織に悪影響を及ぼさないであろう保障がある。
 その点は、ライルと同じだ。
 だがそれでも、彼女を巻き込んで、彼らは幸せになれるのか。
 ライルは自ら飛び込んだ世界だ。
 刹那も理解している。
 更に望むものが共通していて、前線に出ることをライルは望んだ。
 だがマリーは違うのだ。
 視界の端でライルが彼らを追っていれば、アレルヤはすぐに気が付いて、マリーを隠すようにライルの視線を体で阻む。
 彼の牽制を感じて、ライルは壁に立ち尽くしていた沙慈に近寄り、アレルヤの気を静める方向に現状を整える事にした。
「よ、席は空いてるぜ?」
 ソファセットは室内に3つあり、今ライルが座っていた、スメラギの場所にも、あと5人は裕に座れる。
 アレルヤもマリーと二人で使っていて、ティエリアとラッセとフェルトがもう一つを使っていた。
 どれにも余裕があると誘えば、沙慈はライルから視線をそらせる。
「……ありがとう、ございます」
「なんだよ、その他人行儀な言葉は。もっと気楽に行こうぜ? ……じゃないと、すぐにばれちまうだろ」
 最後は小声で沙慈に耳打ちすれば、沙慈は弾かれたようにライルに向き合った。
 そんな彼に笑って見せて、ライルも沙慈にならって壁に背中を預ける。
「いいんだよ、そんなに警戒しなくても。俺はおまえさんをどうにかしようなんて思わない。あの時のこと、俺の想像通りの展開なら、仕方がないさ。沙慈が生きていただけめっけもんだ」
 小さな戦闘を繰り返してきた今までの時間で、カタロンの基地の移送から、結局ライルは沙慈との時間が取れなかった。
 今がチャンスだと話しかければ、案の定、沙慈は身体を強張らせる。
 もっと早くに時間が作れなかった事を、心の中で彼に詫びた。
「僕は……」
 言葉を選ぶ素振りで、それでも二の句が告げない沙慈の頭を、ライルは軽く叩いた。
「何も言うな。一般人ならよくある思考パターンだ。どうにも出来ない流れって言うのは、どこにでもある。それにお前は巻き込まれただけだ。な?」
 彼の言葉をライルは代わって伝えてやれば、それでも沙慈は納得出来ないようで、唇を噛み締める。
 カタロンにこの情報を流せば、確実に沙慈はカタロンに消される。
 状況がどうであっても、内通してしまった過去は消せないのだ。
 更に基地の規模を知ってしまった沙慈を、このまま野放しには出来ない。
 組織として動くという事は、時にはそういうこともあるのだと、ライルは知っている。
 故にCBにも直に馴染めた。
 更に時の流れをライルは知っている。
 止められない奔流に流されなければならない、心の苦痛。
 沙慈は特に、自分が引き寄せたと思っているだろう。
 刹那がいまだに、ディランディ家に対して罪悪感を持っている状況と同じだ。
 おそらく沙慈の罪悪感は、一生彼に付きまとう。
 それでも生きていかなければならない。
 そしてこの動乱が終わるまで、彼をCBから出す事は出来ないだろう。
 だからこそ、彼はココに馴染む必要性があるのだ。
 ライルは沙慈の肩を抱いて、自分達が座っていたソファに促した。
「ほら、折角の重力だぜ。立つのもいいけど、座る事も堪能しておこうぜ?」
 補給が終われば、また微重力の空間に戻る。
 地上に近い状況を楽しもうと誘えば、沙慈は苦痛を抱えた表情のまま、ライルに従った。
「あらやだ。落とすのは女だけじゃないのね」
 沙慈をエスコートしてソファに戻れば、スメラギがライルに救いの手を差し伸べてくれる。
 その冗談に乗って、ライルは笑った。
「ばれた? 俺実はバイセクシャル。東洋人が好みなんだ」
「ええぇ!?」
 ライルの言葉に、沙慈が慌ててライルから身体を離す。
 あまりの従順さに、スメラギと二人で笑ってしまった。
「ちょ、本気に取るなよ。なに俺、そんなにフリーダムに見えるのか?」
 沙慈に問えば、この時点でようやく彼は気が付いて、頬を染めた。
 そんな沙慈を、更にスメラギがからかう。
「ちょっとクロスロード君、このタラシに人生変えられないように気をつけてよ?」
「スメラギさん、あんたが言うと冗談にならないみたいだから、これ以上はストップ」
「私は事実を言っているのよ。このタラシ」
「はいはい。必要以上に俺の魅力を発揮しないように気をつけます」
 三人でソファに座り、下らない会話で笑った。
 久しぶりの沙慈の笑顔に、ライルもまた素直に笑えた。





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ライルって、元々どの位の戦闘経験があったのか、結局原作では見つけられなかったので、こんな感じで作ってます^^
だけどそんなライルが段々兄さんみたいになっていくんじゃないかと、せっさんハラハラです。必要だけどでもぉ…みたいな。乙女心は複雑なわけです。
で、双子を見分けられる人は、実は私ですww90%間違えないです。子供の頃から一卵性の双子の人にはびびられるww一度双子だって気が付かなかったことさえあると言うおばかちんです。
そして沙慈を完全ホールドしましたライル君。ホモじゃないけどww
スメラギさんとは仲良くなって欲しいので、序章です。