一年に一度だけの

※さわり部分だけ夫婦の営みあり。なのでR15です

2010/12/24up

 

「今日この日、神はこの地上に神子をおつかわしになりました……」
 静かな空気の中、クリスマスミサ特有の司祭の声が響く。
 この日だけは、世界で何が起きていようとも、家族揃って教会に出向くのが習慣になりつつある。

 ミサが終わり、司祭の祝福を受け、子供達はクリスマスツリーに飾ってあるクッキーを喜んで手にしていた。
 ライルはそれを幸せな光景だと思うと共に、昔を思い出す。
 兄のニールとライル、そして妹のエイミーと三人で、同じように地域の子供達と一緒に、「自分の方が大きい」「そっちの方が形が可愛い」などと、どうでもいい事ではしゃいでいた。そして司祭の笑顔を貰うのだ。
 プレゼントも当然嬉しかったが、今となってはその時の彼らの笑顔が何にも変えがたいものになって、同じように笑っている自分の子供達が、自分の年になった時に、同じように幸せを感じられる事を祈る。
 宗教行事など、熱心になるほどライルも神を信じてはいない。
 ライルの隣りに立つ妻のソランなど、過去の悲惨な体験から「宗教」という括りの物は嫌悪している。
 それでもカトリックが風習になっている地元の行事に参加しないという選択肢は彼女の中には無い。
 子供達を「普通の家庭」で育てたいからだ。
 表面上は完璧な笑顔で、4人の子供達に司祭と神への感謝を促す。
 とはいっても一番下の子供はまだ2歳で、理解出来ないのであろうが、習慣となるように、ソランは促すのだ。


 日付も変わった深夜の帰り道、眠そうな目で次女のカミラは父親のライルの腕の中から問う。
「ダディは、神様に何をお願いしたの?」
「俺はお願いする事は無かったから、今年も家族でこうして笑っていられる事に神様に御礼をしたよ」
「欲しいもの、ないの?」
「欲しいものはもう全部俺はもらってるよ。こうしてお前達が俺の事「ダディ」って呼んでくれる事が、俺が一番欲しかったものだから」
 家族さえいれば、他にはいらないとライルは笑う。
 そんな父親に、望んだ答えが得られなかった次女は、今度は母親に顔を向ける。
「マムは? 何かお願いした?」
 いつでもライルの少し後ろを歩いているソランに、ライルの肩越しに尋ねられて、ソランも笑った。
「俺も、欲しかったものは全部手にしている。だから感謝を告げた」
 ソランの言葉に、ライルは苦く笑った。
 彼女は決して「神」という言葉は使わない。
 次女に笑いかけて、自分の腕の中で眠ってしまっている次男に視線を落として微笑みかける。
 その様子を、長女は長男の手を引きながら、複雑そうに眺めていた。
 長女のニーナだけは、少しだけ母親の過去を垣間見ていたからだ。
 宗教テロの組織に巻き込まれて、戦う人になった母親の事を。
 最近では随分と柔らかくなったが、ライルと出会ったばかりの頃は、まだソランは「神」という言葉を聞くだけで、顔を歪めていたのだ。
 その体験の悲惨さは、子供心に問うことも出来ない程、彼女から滲み出ていた。
 神の言葉という洗脳を受けて、人を殺させられた。
 ソランが世界情勢に流されるように、ソレスタルビーイングに戻った時、連れられて行った先で、ニーナはちらりと母親の同僚から聞いたのだ。
 何故自分の母親には宗教が無いのか。
 託児所の子供達の間でも、普通に出ていた会話が自分の母親から出ない不思議を、眼鏡で無精ひげのおじさんに問えば、子供に伝えるためにオブラートに包んではくれたが、それでも真実を彼女に教えてくれたのだ。
 辛い事が沢山あったお母さんを、大切にしてあげてくれ。
 悲しそうにそう言って笑ったイアンに、長女は強く頷いた。

 それでもソランはライルと縁を持ち、結婚して、更に地元の風習に合わせてキリスト教の洗礼を受けた。
 合わせて、ライルの実子ではない長女のニーナも洗礼を受けた。
 ライルとの子供たちは生まれた時に、ライルが自分の風習をソランに伝え、それに合わせて洗礼を受けている。
 形だけ。
 そう願ったライルの望みに、ソランは無表情で頷いて受け入れた。
 決して単純ではないだろう心の中は、ライルも理解できている。
 けれど、子供達に少しでも多く、親として愛情を示したかった。
 自分達の子供に生まれてくれた感謝と、自分の家族としての風習を行って、子供との家族の絆を深めたかったのだ。
 それらを経て、居を構えたライルの地元で、家族は土地の者として受け入れられている。
 葛藤を押し込めてくれた妻に、ライルは心から感謝していた。
 だから、ライルは抱いている次女に諭す。
「神様にはな。願い事をするんじゃなくて、感謝をするものなんだよ」
 この世に生きていられる喜びを。
 家族で感じられる幸せを。
 全てに感謝を。
 そう諭せば、まだ理解出来ない子供は、無邪気にライルを見上げた。
「神様が欲しいものくれれば、感謝するよ?」
 司祭の「神のお恵み」という言葉を伝えるカミラに、ライルは笑って答える。
「お前はまだ欲しいものが沢山あるもんなぁ。でも神様に祈るだけじゃダメだ。ちゃんと自分で努力しないとな? 努力してれば、きっと神様が助けてくれて、それでお前は望みが手に入る。だから感謝は忘れるなよ?」
 神という言葉を借りて、教育論を口にすれば、次女はライルに甘えるように抱きついた。
「じゃあ、明日の朝はちゃんと感謝する」
「明日? 今じゃないのか?」
「だって明日にならないと、サンタさんが欲しいものくれるか分からないじゃん」
「物欲かよ」
 子供らしい言葉に、ライルは声を上げて笑う。
 そして更に次女はライルに願い事を続けた。
「でもサンタさんには一つしかお願いできなかったから、ゲームはダディにお願いする」
 サンタクロースへの手紙に、次女が子供の間で人気のアニメのオモチャを願っていたのを見ていたライルは、子供らしい彼女に更に笑った。
「なら努力しないとな? フロ掃除一回に付き、1ユーロ。頑張って貯めて手に入れろ」
「えー! 普通に買ってよー!」
「普通に手に入れられたら、喜びも半減だ。沢山感謝するために頑張れ」
「ダディのケチ! マム買ってー!」
 ライルの言葉を不服として、ライルの肩越しに次女がソランに強請れば、ソランも心から笑った。
「なら俺も手伝ってやる。夕食の手伝いで1ユーロだ。倍になるぞ」
「夕食の手伝いなんて、お風呂掃除より大変じゃん!」
「ダイニングに家族分の食器を並べるだけでも1ユーロだ。働きに合わせて俺は調整してやる」
「二人ともケチ!」
 結局努力しなければ手に入らないゲームに、次女は腹いせ紛れに襟足の長い部分のライルの髪の毛を引っ張った。
「いててッ! 努力すればいい話だろ?」
「すぐに欲しいの!」
「当たり前に与えられる幸福なんて、この世には無い。お前がゲームを手に入れられるまで、ダディも一生懸命働いてくれるんだ。その感謝と努力できる環境にも感謝して頑張れ。それで今の行動をダディに謝れ」
 背後から次女の行動を見ていたソランが、柔らかくたしなめれば、次女は頬を膨らませながらもライルに「ゴメンなさい」と口にして、謝罪のキスを頬に贈る。
 厳かなミサの帰り道の、酷く俗な会話に、家族で笑った。



 家に帰り着き、下の三人の子供は直にベッドに入る。
 朝のクリスマスツリーの下を楽しみにしながら。
 ソランが三人を寝かしつけている間、ライルと、もうサンタクロースを信じられる年齢ではない長女のニーナは、朝の幼い兄妹達の為に、両親を手伝ってクリスマスツリーの下に三人分のプレゼントを、用意して隠しておいたライルの書斎から運び出した。
 煌びやかなツリーの下に、それぞれの希望の品物を置いて、二人で笑う。
 そして送り主がわかっている故に、自分達のそれぞれの相手へのプレゼントも自らの手でツリーの下に置いた。
 用意が整ったところで、おそらく興奮して中々寝てくれない兄弟に手を焼いている所為で寝室から戻ってこない母親の代わりに、ニーナは温かい紅茶をキッチンで用意した。
 リビングで二人でお茶を飲みながら、ライルはニーナに問う。
「お前、今年もクリスマスプレゼントのリクエスト無いのな。欲しいものないのか?」
 長女がプレゼントを強請る事が無いのは、今に始まった事ではなかった。
 子供の頃から彼女はあまり物欲が無い。
 母子家庭の記憶の所為かと、ライルは少し心配していた。
「欲しいものはアタシも手に入れちゃってるから、あんまり物欲に向かないんだよね。昔から自分が欲しがる前に、誰かさんがわんさか用意してくれてたって言うのもあるだろうケド」
 ソランとの結婚前から……いや、初めて顔を合わせ、そして自分の姪だと認識し、血縁以上に彼女に愛情を持ったライルは、ニーナが幼い子供の頃にはまだ血気盛んで、今のように穏やかに躾けられなかった。
 彼女に似合う物や、子供の間で人気のものは、目に付けば直に購入し与え、彼女に愛情を見せていたのだ。
 故に、ニーナが「欲しい」と思う前に、それは既に手の中にあるのが常だった。
 実の子供ではないから出来た愛情表現かもしれない。
 それでも家族になった後も、ニーナは何かを強請る事はなかった。
 そしてもう、必要以上に躾けの必要性の無い子供には、素直に愛情を与えられる。
 ライルは自分の欲求を娘に向けた。
「お前にはもうちょっと強請って欲しいなぁ。カミラに物欲半分くらい分けてもらえよ」
 今回のクリスマスも、彼女の誕生日も、ニーナは特に物を欲しがる事は無いのだ。
 それが少し、男親として寂しい。
 年頃の女の子が欲しがる洋服も、アクセサリーだって、情報は山のようにある筈なのに、と。
 今回も結局ライルが選んだニーナへのプレゼントを思ってそう告げれば、ニーナは笑った。
「だって今、アタシ最高に幸せだもん。ダディがいて、マムがいて、弟も妹も貰って、物欲にまで頭回らないよ。まあ強いて言えば、アタシが欲しいのは、アタシへのプレゼントに悩むダディの困った顔かな」
 最高の愛情だと、それが欲しいのだと言う長女に、ライルは溜息をつく。
「お前、性格悪いな。もっと素直になってくれよ」
「素直だよ。愛情には貪欲だもん」
「なら、いい男捜してくるか。そろそろ彼氏の一人や二人、楽しんでもいいだろ」
「親が捜してくる男だけは勘弁。それは自分で探す」
 愛情が欲しいという娘に、親以外の愛情を示せば、それは素直に辞退されてしまった。
 難しい年頃だと、ライルは笑う。
「お前の物欲が無いのはマムに似たのかなぁ。兄さんは子供の頃、結構普通にあったと思うけど」
「ダディは? 子供の頃欲しいものあった?」
 実の父親の話を逸らすように、問われたライルは、はたと自分の子供の頃を思い返した。
 欲しかったものは、オモチャやゲームなどの記憶は多少はある。
 だが、何より欲しかったのは、兄と違う愛情だった。
 二人まとめて与えられる愛情ではなく、ライル個人に向けられる愛情。
 今思い返せば、両親はキチンと与えてくれていたのだが、子供の頃は気が付かなかった。
 欲しかったものが娘と合致して、思わず笑ってしまう。
「悪い。お前の物欲の無さは俺似だ。俺も愛情が欲しかった」
 誕生日には、プレゼントよりも兄より先にキスが欲しかった。
 クリスマスも然り。
 愛情に飢えていた子供の頃に、今の娘が重なって、更に彼女を満足させられている自分に満足した。
「なんだ。やっぱりアタシ、ダディの子供じゃん」
「まあ、そうだな。遺伝はおいといても、まさしくお前は俺の娘だな」
「アタシだって毎回悩んでるもん。ダディとマム、欲しいもの無いっていつも言うしさ。一生懸命お小遣いためてるのに、甲斐が無いよ」
「俺だって一生懸命働いてるのに、甲斐が無い」
 同じ悩みを持つ親子は、お互いへの不満で笑うのだった。

 時間が過ぎ、いつまで経ってもリビングに姿を現さない妻を思って、ライルは時計を見る。
「あー、ソラン、寝落ちしたな」
 最近、心から安らげるようになったソランは、子供を寝かしつけながら一緒に自分も眠ってしまう事があった。
 以前は小さな物音で起きていた彼女も、やっと自分の安心できる場所を得て、少し変わった。
 最愛の妻の嬉しい変化に、ライルはまた笑う。
「じゃあ、アタシもそろそろ寝るね。明日もお祭り騒ぎで大変だろうし」
 プレゼントに喜び、クリスマスの食事に騒ぐであろう兄弟を思って、ニーナは肩をすくめて、二人分の使ったカップと、使わなかった一人分のカップに手を伸ばした。
「ああ、いいよ。俺がやっとく。お前が淹れてくれたんだから」
「そう? じゃあお願いする。お休みなさい」
「お休み」
 お互いに頬に挨拶のキスを交わして、長女がリビングを去る。
 静かな空間に、ライルは幸せをかみ締めた。

 子供の頃に想像した家庭とは違ってしまった。
 それでも幸せは確実にこの手の中にある。
 両親と妹が他界し、一人でがむしゃらに人生を歩んで行くのだと思っていた頃には、想像ができなかった。
 それがソランと出会い、兄が残した愛すべき子供を手に入れて、人の命を踏み台にしてまで手に入れたこの場所。
 罪深い自分に、何も思わない訳ではない。
 それでも今の幸せに対する感謝は忘れずにいたい。
 神様がくれたとは思えないが、それでも何かに感謝したかった。
 相手は妻であり、子供であり、そして亡くなった家族であり。
 全てに感謝を教会で捧げたが、改めて心の中で祈った。

 カップを片付けてリビングを整えて、子供部屋に向かう。
 扉を開ければ、一番下の子供のベッドで、思ったとおりソランは眠っていた。
 安らかな寝顔に微笑んで、起さないように身体を抱き上げ、自分達の寝室へ運ぶ。
 キングサイズのベッドに寝かせて、ライルもその隣りに滑り込む。
 軋んだベッドのスプリングに、その時点で漸くソランは目を開けた。
「……悪い、起した」
「ん……いや、俺は寝ていたのか」
「ダニエルのベッドでな。他の男のベッドは俺的には許せないから、移動させてもらった」
 片目を瞑って、悪戯っぽくライルが笑えば、ソランも笑う。
「お前の遺伝子は、俺を腑抜けにするんだ。仕方がないだろう」
「遺伝子だけで満足しちゃうんだ? 俺自身はいらないのか?」
 甘く耳元で囁けば、ソランは艶やかに笑ってライルの首に腕を回した。
「お前がいなければ何も始まらなかったし、もう何も出来ない」
 キスを強請る仕草に、ライルは誘われるままに甘く唇を吸った。
 軽く触れ合いながら戯れて、ベッドの中で愛を確かめる。
 戯れのキスは、段々深さを増して、お互いの口の中を舌で思う存分愛撫した。
「……俺からのクリスマスプレゼント第一弾。今日はお前が泣き喚くまでとことんイかせてやる」
 夫婦の営みに欲を乗せてライルが笑えば、ソランも溶けた笑顔でライルに答えた。
「なら俺は、お前を絞りきるくらい、楽しませてやる」
「言ったな? 今日の俺の精力甘く見るなよ? なんて言ったって……」
 一旦言葉を切って、ソランのたわわな胸に手を這わせながら、匂い起つ首筋にライルは顔を埋めた。
「神様にお願いしたからな。「お前が俺無しじゃ生きられないくらい愛せますように」ってな」
 子供に伝えられない願いをしたのだと笑うライルに、ソランは始まった愛撫に息を上げながら笑った。
「欲深いなッ……、これ以上、どうしろと言うんだッ?」
「まだまだ。平然とメシなんて作れないくらい、俺に発情してもらわないと」
「昼間から、お前を欲しがれ、とッ……あんッ」
「昼間どころか、いつでも。俺のが抜けてる状態のお前のココが、不満に思って貰いたいから」
 清楚なネグリジェの裾をシーツの中で捲り上げて、下着の上から毎晩のように交わっている、ソランの蜜壷の場所を中指で刺激した。
 キスと少しの愛撫で潤っているらしいその場所に、ライルは興奮と愛しさを加速させる。
 そんなライルの頭を、自身の胸の谷間にソランは押し付けた。
「俺は神には祈らないが、お前が普通に仕事なんて出来ないくらい、俺から離れられないように努力する」
 小さな笑いを含んだ言葉に、ライルも小さな笑いを返して、頬と指先に当たる布を奪った。


 昼間、家族総出で飾り立てたイルミネーションの光が、寝室の窓から入り込んで、普段よりもはっきりと見える妻の体を抱きしめる。
 一年に一度だけ見られる、独特の光を受けた最愛の妻の姿。
 温かい体に、今年も無事にこの日を迎えられた事への感謝を、熱に浮かされながらも何度も繰り返しライルは捧げた。





end


ファミリーのクリスマス。
そして子供たちが寝た後は大ハッスルです。(←…)
ちなみにクリスマスミサは地域行事的なので必ず参加しますが、日曜礼拝はご都合主義な現代家族的な感じです。