貴女といられた幸福な日々3

2010/04/16up

 


 結局ニーナはソランの誕生日の前一週間に帰って来て、そのまま出産まで実家で暮らすことになった。
 久しぶりの娘との時間に、ライルは嬉しい気持ち半分で、やはり複雑な気持ち半分だった。
 初めての妊娠と言う事で身体は気になるし、だがやはり身近に感じられるのは嬉しい。
 何とも複雑な気持ちを抱えつつ、それでも短い時間と楽しむ事にした。
 結局、ソランの妊娠出産期間以外、ニーナとは家族として暮らして来れなかった。
 一時的に共に暮らし、そして別れる。
 いつでも託児施設の前で、ライルの方が別れが辛くていつまでも抱きしめていた。
 大手を振って暮らせる今は幸せなのだが、それももう最後。
 今回の事が終ってしまえば、もうニーナが一人でライルの元に帰って来る事も無くなるのだろうと思うと、遣る瀬ない。
 お腹の子供の事も考えて、大至急で手配した結婚式は、2ヶ月後だった。
 その式を終らせれば、もうニーナは別の姓になる。
 ディランディを名乗ってくれなくなってしまう。
 組織でその名前を知るのは一部だが、その人達にすらもう呼ばれる事も、認識される事も無くなると思うと、寂しくて仕方が無かった。
 憂鬱な気分で、それでも可愛い娘の為に、ニーナが大好きな桃のバトーを近所のケーキ屋さんでお土産に買い、家路に着く。
 帰り着いた家は、ライルの気持ちとは裏腹に、明るい空気に包まれていた。
 それでもリビングに漂う嗅ぎ慣れない匂いにライルが首を傾げると、玄関が開いた音に誘われて、妻が出迎えに出てくれる。
「お帰りなさい」
「ただいま。なんだ? この匂い」
「今日はニーナが夕食を作っているんだ」
「へー、料理なんて出来たっけ、アイツ」
「ラッセに食べさせるんだと、頑張っている」
「……あ、そう」
 コートを脱いで、玄関脇のクローゼットに収めながら、在り来たりな理由にため息が出る。
 暫く一緒に暮らせるライルの為では無い事に、理解しつつも項垂れてしまった。
 所詮は父親。
 恋人……否、夫には敵わない。
 子供の頃はライルと結婚するとか言ってたのにと、子供のお約束を思い出しつつ、また黄昏れてしまう。
 それでもスーツから家着に着替えてダイニングに行けば、エプロンを付けたニーナに出迎えられて、娘の笑顔に気分が浮上する。
「おかえり、ダディ」
「ただいま。なんか珍しいモン作ってるな」
 テーブルに並んでいる食器は、見慣れない物ばかりで首を傾げる。
 フォークとナイフの代わりに置かれていたのは、外食で何度か目にしていた箸だった。
「日本食作ったの。まあ、殆どマムが作った様な物だけどね」
「日本食? なんで?」
 繰り返したライルに、ソランはニーナと纏めて訂正する。
「二人とも、これは和食と言うんだ」
「あー、そう言えばそうか。ソウイウ発音だった気がする」
 ふんふんと納得しながらニーナが並べる料理を、ライルは興味深く見つめた。
 そして、楽しそうな娘を少しからかいたくなり、根源を問いかける。
「で、なんで和食? ……とかいって、分ってるけどさ。ラッセって日系だっけ?」
 ライルの言葉に頬を染めながら、それでもニーナは首を横に振る。
「なんか、思い出があるんだって。だから食べたいって。そんな事言うなら、教えてくれてもいいと思うけど、教えてくれないのよ」
「ふーん。まあいいじゃん。全部を知っちまったら面白みも無くなるぞ」
 眉を少し上げて不満そうな娘にそう言葉をかければ、素直に頬が膨らむ。
 一丁前に嫉妬しやがってと心の中で笑い、食卓に付いた。
 珍しい料理に家族中が沸く中、ソランだけが微妙な笑顔で食事をしていた。
 その事にライルは気が付いたが、あえて気が付かない振りをした。

 夕食後、書斎の扉が叩かれて、ライルは纏めていた報告書を一時中断して、顔を上げる。
 入って来たのはニーナだった。
「どうした?」
 言葉だけは疑問系で、それでも嬉しい訪問にライルが頬を緩ませれば、ニーナもつられて笑顔をこぼす。
 静かに扉を閉じて、訪問の理由の紅茶をライルに差し出してくれた。
 暖かい紅茶のカップに、短く「サンキュ」とこぼして口をつける。
 一口飲んで深く息を吸い、その暖かさを堪能した。
 その時、ニーナが珍しくライルに強請った。
「あのさ、ダディ、明日休みだよね?」
「ああ、そうだな。特に予定もないし……なんだ?」
「良かったら、ドライブに連れて行ってくれない?」
 声を顰めて手を合わされたが、何故声を顰めるのかが分らず、首を傾げる。
「……いいけど、なんで小声?」
「だって、二人で行きたいんだもん。チビども邪魔なの」
 確かに聞かれれば、子供達はこぞって行きたがるだろう。
 行かないと言いそうなのは、トーマスだけだ。
 最近年頃になって来ているのか、親離れの様子を見せる息子に、ライルはその様子が出る度に笑いをかみ殺している。
「ん、分った。じゃあ、買い物とでも嘘つくか」
 笑って了承を告げれば、更にニーナは追加する。
「マムにも内緒ね」
 悪戯っぽく言われて、それでもその意味が解らず首を傾げれば、ニーナは「明日言う」と言い残して、書斎を去った。
 訳が分からないが、それでも久しぶりに二人で出かけるのは嬉しく、ライルは明日と言う日を一日空ける為に、報告書の作成に力を入れた。


 翌日は気持ちよく晴れ渡っていた。
 雨の多い地域には珍しい天気に、上機嫌でライルはハンドルを握る。
 郊外にある家から町中に入り、オープンテラスのカフェの前で車を止めて、ニーナを誘った。
 子供の頃から甘い物が大好きな彼女はケーキを頼み、本当に妊婦かと思う食欲で平らげる。
「……ほら、ほっぺにクリームついてる。子供かよ」
 頬についている生クリームを指で拭き取って、そのまま癖で舐めると、ニーナは笑った。
「ダディが子供扱いするから、ダディの前だと子供に戻っちゃうの。他じゃないよ」
「子供扱いしてるか?」
「してるしてる。普通、指摘するだけだって。しかも自分の子供でもないのに、舐めないって」
 肩を竦めるニーナに、それでも聞き辛い言葉を言われて眉をしかめる。
「もうお前は随分前から俺の子供。何が悪い」
「戸籍上はね。でも血は違うでしょ」
「家族ってのは時間だろ。一緒に過ごして……」
 言いかけて、止める。
 一緒に過ごした時間など、主張出来る程は無いからだ。
 託児施設に預けっぱなしで、親子の時間など、ニーナが満足出来る程確保してやった自信は無い。
 時間が確保出来るようになった頃には、もうニーナは手を離れていた。
 言葉を止めたライルに、ニーナは笑いながら謝った。
「ゴメンゴメン。あんまりにもダディがアタシに甘いから、つい甘えて言い過ぎた。アタシはちゃんと、ダディの娘だとは思ってるよ」
 気まずそうなライルに、店員に声を掛けて灰皿を要求して差し出す。
 珍しく喫煙可能なカフェだったが、それでもライルは煙草を出さなかった。
「妊婦の前で吸えるかよ。お気持ちだけ頂いておきます」
「大丈夫だって。コッチ風上だから。最近は副流煙の研究だって進んでるの知ってるでしょ? 年寄りくさいよ」
「やかましい。まだ俺は若い」
「はいはい。そんな若い方を、おじいちゃんにしてスミマセンね」
「……今度『じいさん』言ってみろ。ラッセにお前の子供の頃の俺の知ってる恥ずかしい話、全部暴露してやるからな」
 軽く睨んだライルに、ニーナは「おおこわ」と肩をすくめて、残りの紅茶を飲み干した。

 改めて車に乗り込み、ライルは今日の希望を出したニーナに行き先を聞く。
「ではお嬢様、どこにまいりましょうか?」
 ふざけて手を差し出せば、ニーナも笑ってライルの手に自分の手を乗せる。
 だが、望んだ行き先に、ライルは軽く目を見張った。
「お墓、行きたいの。新婚旅行の時に、連れて行ってくれたトコ」
 そこは、ライルの両親と妹と、そしてニーナの父親の名前が刻まれている場所で、今までニーナが避けていた場所だった。
 まだ彼女が幼い日にソランと結婚して、新婚旅行で訪れたときも、ニーナは酷く嫌がったのだ。
 そこに行きたいと言うニーナの真意は分らなかったが、それでもライルに異論はない。
 母親よりも細い指先に愛情のキスを落として、小さく「了解」とだけ告げて、サイドブレーキを外してアクセルを踏んだ。


 丁度自宅と街を挟んで反対側に位置する墓地に、二人で花を持って立つ。
 初めての事に、何となくライルは居心地が悪かった。
 ニーナの指が、墓石の一番下に刻まれた名前を撫でるのを、視界の端で捉える。
 ニール・ディランディ。
 実の父親。
 ソランと結婚した頃にはまだ新しかった石の溝は、もう年月が経って他の名前と同じように、石に馴染んでいた。
 自分の元から嫁に行く娘がその名前を撫でるのが、何となく気に入らない。
 それでも事実は変えられず、ライルはじっとニーナの背後で待った。
 それしか、出来なかった。
 暫く墓石を撫でていたニーナは、ふと空を見上げる。
 そして、背後のライルに語りかけた。
「……やっぱり、実感沸かない」
「……なにがだ」
 少し距離を取り、この日初めてライルは煙草を口にくわえる。
 風下の方向に避けたライルに、ニーナは笑って振り返った。
「この人が、アタシのダディだって事」
「……でも、それが事実だろ」
「そりゃそうなんだろうけど、やっぱりアタシの中のダディは、ライル・ディランディなのよね」
 笑ってそう言った後、ニーナは軽く俯いた。
 いつでも明るい娘の珍しい表情を、ライルは見つめる。
 憂いを覚えたその表情は、立派に大人の女性だった。
「子供、出来てさ。アタシは嬉しかった。子供の頃から知ってたけど、大人になって、彼に恋してるって自覚して、可愛がってた同僚の娘じゃなくて、女として見てって、お願いした。凄い困った顔された」
「そりゃそうだ。ラッセはお前がパンツはみ出させてた頃から、お前の事知ってて、可愛がってくれてたんだから」
「パンツって……まあ、そうだけどさ」
 少し頬を膨らませて、それでもニーナは笑う。
「……でも、後悔してないんだろ?」
 含みを持たせてライルが笑えば、ニーナはそれに答えるように瞳に力を入れた。
「それは無い。絶対に」
「なら、いいだろ」
 吸い込んだ煙を吐き出して、灰を落とす。
 先日みたラッセの顔は、普通に愛を得た男の物だった。
 家族の様子に笑みを浮かべて、夢をみているのがライルには分って、笑ってしまった。
「ダディ、知ってる?」
「何を」
 主語が無い問いかけに普通に問い返せば、今まで思ってもいなかった事柄を突きつけられた。
「ラッセって、マムが好きだったんだよ」
「…………は?」
 あまりの事に顔を上げれば、ニーナは悪戯が成功した子供の顔をしていた。
 思いっきり口を開けたライルに、肩を震わせてニーナは笑う。
「やっぱり知らなかったんだ」
「え……いや、え?」
 動揺するライルに、ニーナは笑い続けた。
 そして種明かしのように、事の次第を明らかにする。
「アタシが告白した時、そう言って最初は振ったの。子供の頃の刹那が理想で、それ以外は目に入らないんだって」
「……ロリコン?」
 子供の頃と言えば、写真や映像の中の、少年の様なソランしかライルは知らない。
 言葉の上では『ロリコン』と使ったが、寧ろ『ショタコン』の方が合っている気がすると、引き攣ってしまう。
 だが話はそんな事では当然なく。
「あんまりにも一生懸命で、手を差し伸べたくなったんですって。コイツとなら一緒に死ねるって、そう思ったのがマムだけだったって言ってた」
「……でも、二人ともそんな素振り……」
 穏やかな二人の様子を思い浮かべて、あまりにも色恋沙汰とは遠い雰囲気に、ライルは眉を寄せる。
 そんなライルと同じように、ニーナも眉を寄せた。
「うん。告白はしてなかったって。気が付いた時にはもうマムはロックオンと付き合ってて、再会出来たらまたロックオンと付き合ってたって。タイミングは全部同じ顔に持っていかれたって、笑ってた。聞いたコッチは笑い事じゃなかったけどね」
 恋敵が母親だなどと、何の冗談だとはライルも思う。
 だがそれよりも、気になる事があった。
「……それで、なんでお前となんだよ。身代わりとか言いやがったら、今から俺、マジでぶっ殺しにいくぞ」
 顔の造作は父親似だが、肌の色や髪の色は、ニーナはソランの色が濃く出ている。
 違いと言えば、ずっと子供の頃からロングを保っている髪型くらいだ。
 ライルが瞳に剣呑な色を含ませると、ニーナは更に笑った。
「まさか。そんなの、『ロックオン・ストラトス』の手を煩わせる事も無いよ。本気でそうだったら、普通にアタシが殺すから」
 物騒な言葉を吐き合って、ライルは安堵のため息をつき、ニーナは肩をすくめた。
「だから、ずっと抱いてくれなかったの。見た目ではアタシが『刹那』とは違うって分ってても、それでももしかしたらって、怖がってた。アタシの中のマムの血に恋してる可能性があるのが嫌だって、そんな馬鹿な事言うのよ。そんなの、そう思う時点で違うって、どうして分んないかなってイラッとして、鳩尾に一発ね」
「……いや、イラッとしたのは分るけど、鳩尾はな……」
 安心はしたが、娘の行動に思わず引き攣ってしまう。
 だが『結婚までにするのがおかしい』などとは、流石のライルでも口に出来なかった。
 自分を振り返れば、言える筈が無い。
 しかも女が計画的に実行すれば、それは間違いなく妊娠に繋がる。
 引き攣ったライルに、ニーナは構わずに言葉を続けた。
「それで、出来たって分ったら、泣いたの。その時ラッセが「ロックオン、有難う」って、アタシに縋って言ったわ。当然、わかった。それがダディじゃないって事はね。その時に、初めて自分の父親を思い知らされた」
 続いた言葉は哀愁を帯びていて、ライルは引き攣りを治めてニーナを見る。
 ずっとライルを父親だと呼びたがっていたと、結婚前にソランから聞いていた。
 そして結婚して家族になった後、嬉しそうに『ダディ』と呼んでくれた時、ライルも嬉しかった。
 それでも、ニーナの血は自分の物ではない。
 自分の子供が産まれる度に、ライルはニーナを気遣った。
 何も思わずに、家族として楽しめるように。
 普通に兄弟と過ごせるように、何も憂いのないようにと。
 ライルはそう思って接して来たが、まさかニーナがここまで自分を渇望してくれていたとは思わずに、見つめてしまう。
 本当の父親として、望んでくれていた思いの強さに、正直驚いたのだ。
「勿論、分ってたんだ。どんなにダディがアタシを愛してくれても、アタシがダディだけが自分の父親だって思い込んでたって、事実は事実だって。マシューやカミラやダンやフィオナやダナとは違う。だけど、物心ついた時に、側にいてくれたのはライルだった。ニールじゃない。辛い時に優しくしてくれたのも、寂しい時に駄々をこねて側に来てもらったのも、ライルだった。名前だけの父親なんて関係ないって、そう思ってた」
「……違うよ。ニーナ、違うんだ。兄さんはお前の事を知ってたら、絶対に寂しい思いなんかさせる人じゃ……」
「わかるよ。みんなそう言ってる。お前の父親は優しい人だったって、口を揃えて同じ事言う。でも別に憎んでる訳じゃない。マムを残して苦しめたのは少し恨むけど、別にアタシに関してはいいの。ただ、感謝されるのがダディじゃないのが寂しいなって、そう思った」
 思い違いをしているのかとニールの事を言おうとしたライルの言葉は、やはりニーナには受け付けられなかった。
 いつでもそうだった。
 けれど、いつもとは雰囲気が違うのは、見慣れたライルには分る。
 いつもとは違う空気で、ライルは口を閉じた。
 そして流れたニーナの言葉は、やはりいつもと違う物だった。
 ただ、ライルの娘ではない事を、これほど寂しい気持ちで思うとは予想外だったと、そう言う娘を、ライルは無言で抱きしめる。
 お互い、思い合っているのだ。
 父と娘として。
 そしてライルも心底思った。
「……お前は寂しいかもしれないけど、俺も兄さんに感謝してる。お前を与えてくれた事、お前と親子になれた事を、心の底から。兄さんの遺伝子を継いでるからお前がいるって、俺は思う。どんなに俺が兄さんと同じ顔でも、お前を作る事は出来ないから。だから、ニールを受け入れてくれ。ちゃんとニールを『ダディ』って呼んであげて」
 慣れ親しんだ、煙草の匂いが交じる体臭を吸い込んで、ニーナは泣いた。
 小さい頃からずっと抱きしめてくれた人。
 寂しくないと、お前には俺がいると、そう言ってくれた唯一の人。
 初めての出会いは、はっきり言ってキチンと記憶に残っている訳ではない。
 三歳の時の記憶など、そうそう残る物ではない。
 でも、出会って17年、ずっと愛情を注いでくれた。
 そして今も。
 こんなに愛してくれているのに、それでも自分を見失わせないように、ニーナに父親を諭す。
「お前も、受け入れられるだけの大人になっただろう? お前がラッセを愛したように、マムもニールを愛した。マムが愛していたニールを、ちゃんと認めろ。その結果のお前なんだから」
「ダディは、それでいいの?」
「それでいい、じゃない。それがいい。俺、ソランに付き合ってって申し込んだ時に言った。ニールを愛してくれて、ニールの子供のニーナを産んでくれたお前を愛してるって。その気持ちは嘘じゃないんだよ」
 然るべき道を通って、出会った。
 それはソランもそうだが、ニーナもそうなのだ。
 ニーナの場合、それが父親がニールだったと言う話なだけだ。
「お前、今幸せか?」
 愛する男の子供を宿して、家族に祝福されて。
 そう問えば、ニーナはライルの肩に擦り付けるように頷く。
「今の幸せは、何かが欠けてたら成り立たない。それが真実だ。だからお前が今幸せを感じられるのは、ニールの御陰だ。二人で、ニールにお礼を言おう」
 幸せな家族にしてくれて。
 娘を与えてくれて。
 自分を作ってくれて。
 そう言いながら、墓石の前に並んで立つ。
「兄さん、アンタがくれた俺の娘、嫁に行くよ。式には化けてでも出ろよ」
 そんなライルの言葉に、ニーナは泣きながら笑う。
「……ダディ、ありがとう。御陰で愛する人が出来ました。今までダディって素直に言えなくてゴメンね」
 墓石に、軽く口付ける。
 それはニーナが初めて自分の父親に送った、愛情のキスだった。

 ライルとニーナの周りを、春の爽やかな風が舞う。
 それでもその冷たさに、ライルはニーナを抱き寄せて、車へと誘った。
「妊婦さんは、身体を冷やしちゃダメだろう? もう、帰ろう」
「うん」
 何かが吹っ切れた様な、心からの笑顔を見せるニーナに、ライルは子供の頃と同じように額にキスを落として背中を押す。
 数歩歩いた所で、ふとニーナが立ち止まった。
「……なに?」
「へ?」
 急に問いかけられて、ライルは首を傾げた。
「え、だって今、何か言わなかった?」
「いや? 何も言ってないけど?」
 二人で首を傾げながら、再び車へと歩き出す。
 墓地の敷地を出る直前に、ふとライルは家族の眠る墓石を振り返る。
 なんとなく、そこに誰かがいる様な気がした。
 それでもそこにはいつもの光景が広がっているだけで、気にも止めずにまた前を向き、ニーナの手を取って車内へと誘った。





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ちょっとシリアスなシーンでした。でもまあ、元がアレなので、そこまでシリアスなんて期待されてる方いませんよね(汗)。
そんな感じで、少し落ちがわかって来た方もいるかと(滝汗)。
ありがちネタでスミマセン……。
野生の男、ライル・ディランディです(汗)。
でも気が付かないんだな……。