I'm home

2010/10/31up

 

「んじゃ自治会行って来るわ」
「ああ、頼む」
 10月の最後の日、ライルはそう言って家を出た。






 強襲用母艦のクルーから、その年二人は言われた。
「そろそろ暫く地上待機にして、エージェントの仕事を主にしてちょうだい」
 言われた瞬間、自分たちは不要になったのかと、そう思った。
 後継も育ってきた昨今では、メインの機体はずっと操っていた二人だが、それでも自分たちの下が、自分たちを越したのかとそう思ったのだ。
 だが当然、そんな理由ではなく。
 家族同然で、寧ろ他に親族のいない面々は、特に仲間を大切にしていたのだ。


 ライルとソランが結婚して、もう5年が経とうとしていた。
 その間に生まれた子供は2人。
 更にソランはその前にもう一人産んでいて、二人は3人の子供の両親だった。
 戦力としての二人は、当然無くてはならない存在だ。
 それでも機体を駆使しての武力介入も格段に減り、最近では宙域の哨戒をノンビリとする仕事がメインになっていたのだ。
 故に、クルーは相談した。
 そして再びヴェーダにアクセスをする。
 二人の抜けた穴を埋めるべく、相談を重ねた。
 当然二人には秘密にしながら。

「機体の性能テストと、新規の武力介入に向けての準備の時は、当然上がってきてもらうわ。あなた達無しではどうしたって無理だもの。でもこの時間を有効に使うためには、一旦世間に紛れてもらうのも良いかと思って」
 スメラギの説明に、ソラン……刹那は首を傾げる。
「新型にまだ乗る資格があるのなら、俺たちは……」
 刹那・F・ストラトスの為に調整されている機体。
 ロックオン・ストラトスの為に調整されて開発されている機体。
 各々の特性は、操縦者に合わせて作られる。
 今ではガンダムだけではなく、その時々で姿を現す、現さないを計算に入れる為に、連邦軍の主力MSも擬装開発されている。
 当然刹那には近接戦闘を主とした開発であるし、ロックオンには射撃を主とした開発だ。
 それらを止めないのならば、離れる意味がわからないと刹那は問う。
 そんな刹那に、スメラギは小さく笑った。
「刹那、これから地上に降りてもらうのは、あなた達にしか出来ないミッションをしてもらうためよ」
「……なんだ」
 暗殺か、スパイか。
 刹那は暗殺に関しては、右に出るものがいない腕前だ。
 そしてスパイは、ロックオンの担当である。
 二人ともその道のエキスパートであり、悲しいかな、その手で握りつぶした人の命は数知れない。
 人に紛れ、更にそれを遂行するには、やはり経験が物を言う。
 育ってきた世代に他を任せてそちらに専念するのかと、二人は顔を引き締めた。
 だが当然、話はそんなことではなかった。
「これからあなた達には、『実家』を作ってもらいます」
「「……は?」」
 スメラギの言葉に、二人は目を見張る。
 言葉自体は理解できるが、行動がわからない。
 作るとは、と、刹那は再び首を傾げた。
 スメラギは笑って、言葉を付け足してくれる。
「私たちは全員、親近者がいないでしょ? だから休暇を貰っても、旅行に行くくらいしか考えられない。他の世間の人たちみたいに、心から寛げる場所がないの。それをあなた達に作って欲しい」
「……ドッグの自室があるだろう」
 クルーは当然、メイン基地になっているコロニーに、各自家を与えられていた。
 それを指せば、スメラギは顔の前に指を立てて、「ちっちっち」と首を振り、刹那の言葉を否定する。
「実家って言うのはそういうものじゃないわ。安心できて、心が休まって、近しい人たちとの交流を楽しむ。一人で出来るものじゃない。人の作った家庭に自分の場所があるって言うのは、今まで私たちが経験できないものだったわ。でも世間ではそれがあるのは当たり前。社会の歪みを考えて、それを正しい方向に修正する事を生業としている私たちに、世間がわからないって言うのは問題だと思うの。だからその『あたりまえ』を、私たちに与えて頂戴」
 つまりは、地上でこのクルーの家を作れ、という事だ。
 更にスメラギは付け加える。
「それに、あなたたちの子供に、私たちと同じ思いはさせたくない。育児機関しか知らずに育つ子供は、あなただけで十分だと思うの」
 そういいながら、スメラギは刹那を柔らかく見つめる。
 戦場しか知らずに育った、悲しい経歴の母親を。
 刹那が呆然としている横で、理由を悟ったロックオンは、優しい仲間に笑う。
 預けている一番下の子供ももう2歳になろうとしている。
 長男は最近の報告で、精神問題に不安ありとされて、ロックオンは頻繁に育児機関と連絡を取り合っていた。
 それでも親の体温を直に与えてあげられる情況ではなく、自分が経験、または聞き及んでいた子育てとの違いに頭を抱えていたのだ。
 笑うスメラギに、ロックオンも笑う。
 心遣いに、心から感謝した。
 それでも対面的に言ってくれた言葉にも沿いたいと思い、案を呑むことを前提に口を開く。
「だけどよ、実家ってどこまでの部屋を用意すれば良いんだ? バスティは外すんだろ?」
 整備士と研究者とシステムの親子を指せば、スメラギは首を振る。
「彼らもコロニーにしか家がないから、できれば自然な重力の場所を確保したいの。ミレイナのためにもね」
「わたしですかぁ?」
 スメラギの言葉に、もう成長して、大人の女性になっている彼女は首を傾げる。
 彼女も育児機関の出身だが、もう一人のオペレーターのフェルトとは違い、両親がいる環境で育った。
 故に、家族の交流は当たり前だった。
 それでも首を傾げたミレイナに、スメラギは問う。
「ならミレイナ、あなたは家に誰かがいるのが当たり前って言う感覚を知っているの?」
「あー、そういうことですかぁ。ならミレイナも欲しいですぅ」
 両親共に活動をしていて、当然自宅には誰もいないのが当たり前の彼女は、納得して首を縦に振る。
 だがそうなると、果たしてどれだけの人数を抱え込むのかと、ロックオンは引き攣った。
「おいおい、どんだけ凄い屋敷構えさせるつもりだよ」
 トレミーのクルーだけでも、大人が5人もいるのだ。更に夫婦としてリンダをくわえると、6人。更に自分の子供たちは3人。プラス、自分たち夫婦と計算して、あまりの凄まじさに口元が引き攣る。
「当然、別に家を構えるのよ。でも管理はお願いね。バスティ家族はあなたたちの家の隣に住居を構えるわ。それ以外の私たちは、できれば同じ家で」
「まあ……そうなるよな。家庭がないわけだし」
 欲しいのは『家庭』なのだ。
 当たり前の幸せの場所。
 一人では作れないもの。
 ロックオンは頷いて、それでも確保しなければならない部屋数に頭を悩ませる。
 そんな夫を眺めながら、ふと刹那は気がついた。
「……スメラギ」
「なに? 何か質問ある?」
 真剣な刹那の瞳に、スメラギは変わらずに柔らかく微笑む。
 だがその微笑みは、刹那の言葉に凍りついた。
「何故あんたは家庭を持たない」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 言ってはいけない言葉を、刹那は素直に疑問として問うてしまった。
 固まった空気に、夫であるロックオンもどう対処して良いのかわからない。
 もっとオブラートに包んだ言葉なら救いようもあるが、流石にこれは無理だと、営業畑出身の口も優秀な狙撃手頭を抱えた。
 だが刹那は、もう一歩突っ込んで口を開いてしまう。
「あんたほど才色兼備で優しい女が、何故だ。俺よりもよっぽど皆を包み込む家を作る事に長けているだろう」
「……褒めてもらって嬉しいけど、複雑だわ」
 見た目は立派に成長し、更にはこんな心遣いが出来る様になった刹那は喜ばしいが、それでも突っ込まれたくない部分にスメラギは視線をそらせる。
 スメラギとて、いままで一度も考えなかったわけではない。
 過去に死に別れた恋人の存在は、刹那には話してある。
 彼女の二度目の結婚の時に、ふとそんな会話になり、彼女の前の夫の話と合わせてしたのだ。
 その時に、刹那は彼女も操を捧げているのかと問い、それにスメラギは首を横に振った。
 心の生理はついている。
 だが相手がいない。
 そう言ったスメラギに、刹那は首をかしげながらも、その時は「そうか」と納得した。
 だがそれから5年。
 長年友人としても関係を築いた彼女に、その間に恋人が出来たのは知っていた。
 ならばもう直だろうと、刹那は思っていたのだ。
 なのに、この言葉。
 スメラギの場所を確保するのは当然喜んでやる。
 だが自分の家庭には敵わないだろうと、そう刹那は思ったのだ。
 素直に出した疑問に、ブリッジは凍りついた。
 いつでも爆弾発言をかましてくれると、古参のメンバーは視線を逸らす。
 当然皆、気がついていたのだ。
 スメラギが今フリーであると。
 理解していないのは刹那だけだった。
 とりあえず何とかしなければと、ロックオンは妻の耳に耳打ちする。
 その内容に、刹那は目を見開いた。
「……何故だ。いい人だと思ったのに」
 別れた事を知らされて、刹那は更なる爆弾発言を投下してしまった。
 もう、誰にも止められない。
 というか、関わりたくない。
 後は二人に任せると、ロックオンも妻から一歩体を離してしまった。
 刹那の驚きに、スメラギは顔を引き攣らせる。
 成長したのは見かけだけか。
 そう理解するのに時間はかからなかった。
 故に、ストレートに告白した。
「……私は彼にとって、女に見えなかったらしいわ。だから振られたのよ!」
 お願い慰めて! と更に刹那に縋れば、刹那はその段階で瞼を半分落とした。
 そして更なる発言。
「……今すぐ、トレミーを基地に戻せ」
「え?」
 刹那の言葉に、フェルトが首を傾げる。
 今は一番基地から遠い宙域で、更にはまだ哨戒空域も残っている。
 仕事に熱心な彼女の言葉とも思えず、フェルトは問うたのだ。
 そんなフェルトに、刹那は凍りついた声で答える。
「あの男を八つ裂きにするッ」
 縋りついたスメラギを抱きかかえて、実に男らしいきりっとした声で、友人を傷つけた事に対する怒りを露にした。
 絶対殺す。
 何があっても殺す。
 今すぐ殺す。
 そう息巻く刹那に、周りも慌てる。
 それでもそんな刹那に絶対的な言葉を夫は投げるのだった。
「男女のいざこざに首を突っ込むなって。野暮ってもんだぜ」
「野暮とかいう問題ではないだろう! 彼女の操を弄んだんだ!」
「違うだろ? ちゃんと別れの言葉を伝えて、二人の間には円満な別れがあった。お前が殺さなくても、本当にそんな目に遭ってたのなら、俺たちよりも頭の良いミススメラギが、戦術を考えないわけがない。だからお前は頼まれたとおり、スメラギさんの心のよりどころになればいいんだよ。余計な事すんな」
 最後の命令口調に、刹那は黙り込む。
 夫の言う事は絶対だからだ。
 それでもスメラギの体を抱えた手が震えている。
 人の心に敏感なくせに、どうも人間関係には鈍感な妻に、ロックオンは肩をすくめた。
 男同士、ラッセと視線を合わせて笑ってしまう。
 その上で、抱きしめられて困っているスメラギに、言葉を求めた。
「ミススメラギ、あんたは地上に降りたら何食べたい?」
「……え?」
「刹那に食べたいものリクエストしてやってくれよ。家庭料理で失恋パーティしようぜ?」
 仲間のあり方を示した彼に、スメラギは親指を立てる。
 振られた心の痛手など、彼女はもうソコまで考えてなく、そして考え方も都市部の一般的なものだった。
 恋人の一人や二人、別にという考えだ。
 その考え方が『男』らしいと取られたという事は、彼女は理解していない。
 だが女の処世術は身に着けていた。
「そ、そうね! 刹那のご飯美味しいものね! 私、久しぶりにあなたの肉じゃがが食べたいわ! それに男が居ると出来ないにんにく料理がしこたま食べたい! ガーリックパーティ開いてくれないかしら!」
 スメラギの言葉に、ブリッジの男性陣は納得しつつも彼女が振られた理由を悟る。
 おやじだ。
 思考がおやじだ。
 そう思えて仕方がない。
 それでも妻を止めなければならないロックオンは更に場を煽った。
「なら、ついでに美味いスコッチと、ガーリックって言ったら日本酒だな。あの組み合わせはいいよな」
 刹那に向かってウィンクを投げれば、刹那はきりっと顔を引き締めたまま「了解だ」と頷く。
 真剣にスメラギを思っているらしい。
 何でこんなに世間知らずかねと思いながらも、彼女の経歴を考えて、夫は笑うだけだった。
「『家』で皆で騒ごうぜ?」
 夫の使った言葉に、久しく感覚が無かった刹那は、気がついた。
 家を持つ。
 普通の家庭。
 それは過去、将来を誓った相手と約束したものだった。
 最初は一人でも約束を果たすのだと頑張った。
 それでも世情はそうはさせてくれずに、刹那にさらに世界を求めさせる。
 将来的に持ちたいとは思っていたが、今がまさにその『将来』なのだと、仲間が教えてくれたのだ。
 怒りに燃えて硬くなっていた表情が和らぐ。
 その変化に、夫は笑った。
 そして周りの仲間も笑う。

 彼女に幸せを。
 彼らに幸いあれ。

 その心が一つになった瞬間だった。





 そして準備の為に、色々な相談を公にした。

 二人が基地を離れるに当たって、その後釜を誰にするか。
 また今までマイスターを統括していた、現場の指揮官であった刹那の代わりを誰が果たせるか。
 更には家を構える場所。
 子供たちの進路。

 話し出せば止まらなくなるほどの沢山の問題に、それでも笑顔は耐えなかった。
 幸せな相談。
 こんな時間が訪れるなど、大戦の時には想像も出来なかった。
 それでも世界は変わり続けて、刹那にその時間を与える。
 戦場以外の、自分の人生。
 厳しい顔が常の刹那の表情が、段々と緩やかになっていく相談に、周りも幸せを感じたのだった。
 そして彼女の夫は、更に顔を緩ませる。
 彼が組織に参加したのは、偏に彼女のためだ。
 この時間が訪れる瞬間を待ち望んでいた男に、仲間も笑顔で送り出す。

 彼らが果たせる夢に、心の底から喜んだ。


 そして刹那の後釜として、肉体の再生を終わらせたティエリアが基地に合流し、久しぶりの体温のある彼を皆で囲んだ。
 更には旅にでていたアレルヤとマリーが帰還する。
 面子はそろった。
 だからお前たちは早く行け。
 そういうティエリアに、刹那は自分たちと同じように幸せを求めているアレルヤとマリーを見る。
 不公平だと思ったのだ。
 眉を寄せた刹那に、マリーが優しく口を開く。
「いいのよ、もう。私たちは十分に時間を貰った。今度はあなたが時間を使う番よ」
 そういう彼女に、それでも刹那は心を砕く。
「だが……お前たちはまだ……」
 二人はまだ、子供を作っていなかった。
 刹那とロックオンは、世界が落ち着き始めた頃に宣言をして、仲間に助けてもらいながらも家族を作っていた。
 このままでも大丈夫だから、お前たちもと言いかけた刹那に、アレルヤが変わらない優しい笑顔で事実を告げる。
「僕たちは、子供は作れないんだよ。僕は精子を作る機能を、超人機関で改造を受けた時になくしてるんだ。あとマリーもね」
 想像もしていなかった事実に、刹那の瞳は見開かれる。
 非道で、非人道的な機関であると、過去にアレルヤはその組織を武力介入で壊滅させた。
 その理由が、痛いほど伝わった。
 当時は自分たちの経歴に緘口令を敷かれていた為に、更にはアレルヤはマリーと再会できていない頃で、そんな話も出なかった。
 あまりの事に、刹那は目を伏せる。
 そして自分の言葉を後悔した。
 解らない事だったにしても、なんと辛い事を言わせたのだと。
 唇をかみ締めた刹那に、マリーは微笑む。
「ありがとう、悲しんでくれて。でも、だからこそ、貴女には私の分もお願いしたい。私たちの苦しみが無駄ではなかったと、証明して欲しいの」
 この手で切り開いてきた、未来を証明して。
 そう伝えた彼女に、刹那は無言で首を縦に振った。
 更に背後から、ティエリアの言葉がかかる。
「あと、僕に普通の人の暮らしを教えて欲しい。情報で見ているだけでは解らない事があると、理解しているから」
 その言葉にも、刹那は首を縦に振った。
 人として生を受けたにも関わらず、人の幸せを奪われた二人と、人を助けるために造られた、人工生命体。
 悲しい運命の友人たちに、刹那は心をゆるがせるのをやめた。
 自分が何をすべきかを、この世界に見出した。
「刹那・F・ストラトス、立派にミッションをやり遂げてみせる。お前たちの帰る場所を作り上げてみせる」
 子供の頃から変わらずに一途な彼女に、ティエリアとアレルヤは笑った。



 そして、色々な事を決定し、二人はアイルランドに居を構える事にした。
 元々そこで暮らそうと思っていた二人であったし、娘の父親、更には今は夫になった彼の家族が眠る墓もある。
 更なる理由としては、ロックオンが持っていた個人資産が軍に強制摂取された時に代替として与えられた、広大な土地がある場所だったからだ。
「この広さ使えば、俺たちの家とイアンの家族の家、あと俺たちの家と続きで、みんなの部屋を作ったマンションみたいなものも建てられる」
「なんで手放さなかったの?」
「金もらったって、馴染んだ住民性は売れないさ。将来自分の家族を持ったときに、外者扱いされるのが嫌だったからな」
 不自然さも抑えられるだろうと提示した土地の権利書を囲んで、クルーは彼の兄とは違う男の計画性に手を叩いた。
 同じ細胞を分けたとは思えないと、彼の人を知っている面々はロックオン……ライルを称える。
 なじみの無い状況に、思わず照れてしまった。
「あなたのお兄さんは優秀だったけど、ホントに普通の事柄がばっさり無い人だったものね」
 生活能力や仕事以外の計画性の無さに、当時の仲間は突っ込みを入れまくっていたのだ。
 逆に、兄ほどの能力は無いが、普通の生活を営む上では優秀な弟に、当然女性陣は賞賛を送る。
 手放しで褒められる恥ずかしさに、ライルはちらりと隣にいる妻に視線を送る。
 ライルの兄は、過去の彼女の夫である。
 少し気にして隣りを伺えば、ライルが褒められているのを、まるで自分の事のように誇らしそうな顔をしていた。
 どうやら感覚は普通の女性らしいと、長年付き合っていて今更ながらに思ってしまうライルだった。



 春も早い時期から準備をして、長年肩を寄せ合ってきたクルーで相談して、家を建てた。
 ライルは昔の自分の家を思い出しつつ、その雰囲気の建築を注文し、ソランは周りの人たちの家を整えた。
 そして迎えた子供たち。
 幼い長男と次女は、自分の子供部屋にきょとんと目を丸くして、長女は久しぶりの我が家に、そして自分の部屋に喜んだ。
 もう、どこにも行かない。
 ここが自分たちの家だと、胸を張って言える。
 その喜びに、家族で浸った。


 更地だった土地に家が建ち、並ぶように建てられた二軒の家に、近所の人々は目を向けた。
 それでもソコはライルが元々持っていた家の周辺の人達がそろって移り住んでいた場所だったので、戻ってきた不幸な境遇の家の息子を、住人は両手を広げて歓迎して迎え入れてくれた。
 成長して家庭を持ち、戻ってきた。
 当時は近所のおじさんやおばさんだった人たちは、既におじいさんとおばあさんになっていた。
 ライルと同じ年齢の幼馴染達も、そろって歓迎してくれた。
 お互いに出来た子供に、祝福を表した。


 そうして生活は回りだす。
 ライルはその土地で不審に思われないように、CBの隠れ蓑の一つの会社の社員として席を置いた。
 ソランは家を整えて、近所の主婦との交流に慣れるように努力をした。
 子供の学校、行事、そして現地の諜報。
 表向きの専業主婦の顔を行使して、全てを行う。
 そして仲間の休暇を迎え入れた。
 自宅と続きになっている、身寄りの無い仲間の家を管理して、自然に交流できるような広いリビングに花を飾る。
 子供に毎日おやつを作り、食事を考えて、宇宙から戻ってくる『家族』に温かさを伝えた。


 そして、あっという間に季節は秋を終える。
 土地柄の行事のハロウィンに、子供達を参加させた後、土地の習慣をライルはソランに話した。
「この後、自治会でかがり火を炊くから、家の明かりは消しておいてくれ」
「……明かりを消すのか?」
「そう。暖炉の火も全部な。かがり火もって帰ってくるから、それで明かりをつけるんだ。新年の始まりだよ」
「ニュー・イヤー?」
 カレンダーを見て、ソランの意識の中に無いその区切りに首を傾げる。
 博識だと思っていた妻の幼い仕草に、ライルは笑った。
「この辺はまだケルト文化が生きてるんだ。だからどっちかって言うとハロウィンって呼ぶよりも、サウェン祭って言った方があってるかもな」
 実りの一年を終えて、冬が来る。
 その区切りは、ケルト民族にとってはこの日だった。
 情報が発達した世界ゆえに、クリスマスもカレンダーどおりのニューイヤーも勿論あるのだが、それでも絶えないこの行事は、ライルにとっては誇りだった。
 子供の頃はあまり考えた事が無かったが、家族が全ていなくなってしまった今は、自分の昔ながらの環境に執着を覚えたのだ。
 幸せだった頃の習慣は、思い出と共にその頃の幸せを思い出させてくれる。
 受け継ぐ大切さ。
 それを身にしみて感じていた。
 子供達にも教えたいと、心から思っていた。
「ああ、基地にも連絡しておいたから、明日には皆降りてくるよ。新年のパーティ、よろしくな」
 居を構えた地方では、学校も会社も休みになっている。
 ハロウィン休みを楽しもうと、玄関先で妻にキスを贈り、集会所に赴いた。

 そして、集会所で子供達のハロウィンパーティの後に炊かれた伝統のかがり火をランプに入れて持ち帰る。
 ライルの手先を、子供達は興味深々で覗き込んだ。
「いいか、これがお前達の健康と、家族の幸せを守ってくれるおまじないなんだ。この暖炉の火にあたっていれば、災厄から守られる」
 そう諭しながら、家を出る前に伝えておいた事を実行してくれた妻に、視線で笑いかけた。
 全て火の消された家は暗く、そして季節的にもう寒かったが、持ち帰ったかがり火が暖炉の中の薪に燃え移り、明るさと温かさを家に広めた。
 その明かりの美しさに、家族で見入る。
 幼い顔が炎に照らされる光景を、ライルは懐かしく眺めた。
 そして思い出す両親のこと。
 きっと彼らも、今の自分と同じように、伝統の灯に照らされる子供の顔を眺めて幸せを感じていたんだろうと、そう思った。
「よし、一年また頑張ろう!」
 子供達に声をかければ、幼い長男と次女はきゃっきゃと喜び、長女はおそらく付き合いだろうが、それでも手を上げてくれた。

 暖炉に無事に火が入り、他の家中の明かりをつける。
 そして暖炉の脇に、家族の霊が帰ってきた時の為のケーキとワインを置いた。
 ソランが時間を見て、幼い二人の子供を寝かしつけに子供部屋へと篭る。
 もう大きくなった長女と二人で、ライルは暖炉の火を見つめた。
「……でも、サウェン祭って、司祭が火を持ってきてくれるんじゃないの? しかも朝。今じゃないでしょ」
「なんだ、よく知ってるな」
 紡がれた長女の言葉にライルが相槌を打てば、長女は肩をすくめた。
「だって、親の地元は気になるよ。アタシだってここに住む時に調べたよ。ダディが恥ずかしい思いしたら嫌だもん」
 親思いの優しい子供に、ライルは笑う。
「凄いなお前、俺、子供の頃そんな事考えた事なかった」
「愛情の違いじゃないの? ダディ、ホントは薄情なんだ」
「ああ、俺は薄情だったよ。自分の子供持てて、初めて死んだ親に凄い感謝感じられたくらいにな」
 甘えていた子供の頃に、ライルは自分を笑う。
 そしてそんな愛情を与えられなかった気遣い屋の子供に、これからの努力を約束した。
「この辺、元々田舎なんだよ。便は悪くないけど、田舎だったところに都会が移ってきたって感じだから、司祭なんていないのが当たり前でさ。だから行事も自力でやってるんだ。んで、宗教に縛られてるようで縛られてないから、自分達の都合の良い時間に火を配って、子供達も一緒に持ち帰るって事にしただけ。まあ、言ってしまえば大人の都合行事だな」
「うわぁ、ありがたみが薄れるっ」
「いやいや、何でも有り難いもんだぞ。俺も昔はそう思ってたけど、地域でこういうの残していくのって、結構大変だからな。皆でお互いの健康を祈って、無事を祈るんだ。いい習慣だろ」
 人と人とが結ばれていると説明すれば、長女は少しだけ顔を顰めた。
「良い話だけど、大変だよ」
「そら大変さ。でも親から受け継がれて、みんなこうやってる。これが人の暮らしなんだよ」
 絆とは、こうして創られていく。
 親と子供、そして近所の人々。
 土地での出会いに感謝して、隣人を愛する。
 普通の暮らしが今あるのだと諭せば、長女ははにかんだ笑みを浮かべた。
「……やっぱりアタシ、CB好きだな」
 人を愛する組織に、子供の頃からの感想を述べる。
 親と離れて暮らさなければならなかったのは辛かった。
 それでも育児機関の教育官は、子供達に優しかった。
 人として生きる術を与え、親のいる子供達には親の必死さを伝えて、その愛情を惜しみなく見せる。
 いけない事をしたときには叱られて、嬉しかった時には共に喜んでくれた。
 誰もが皆エキスパートの組織の中で、子供を育てる人たちも子供に対するエキスパートだった。
 児童心理に教育論。
 その時々に使い分けられる、子育ての達人達。
 武装組織として作られている場所に、そんな人たちも集めるなんてと、理解できた瞬間は笑ってしまった。
 両親と住めない寂しさは埋められずとも、それでも自分達に組織がかける愛情を理解した。
 そして、今回の両親への処置。
 頻繁に育児機関と連絡を取り合っていた父と母を、マイスターという職業だけで見ることはせずに、人として扱ったのだ。
 更に両親を助けたのだろう、仲間達。
 他では聞くことのできない様な素晴らしい人間関係に、ため息をついた。
 それでも長女がその言葉を言うと、父としてライルは顔を顰めてしまう。
「……だからって、入りたいとかまた言うなよ」
 危険な目になど、あわせたくない。
 自分でも良く生きていたと思うような戦場を経験して、そんな思いを娘にさせたい親などいない。
 ライルは普通に親として、娘を諌めた。
 それでも娘はその言葉を流す。
「入りたくたって、認められなければ入れないでしょ。ガンダムマイスターが推薦してくれないなら、運に任せるしかないよ」
「ぜってー推薦なんかしないからな。馬鹿いうな」
「はいはい。子の心、親知らずだなぁ」
「逆だろ! 親の心子知らずだ!」
「はいはい」
 二人で言い合っていれば、ソランがリビングに戻ってきた。
 そして二人をみて、幸せそうに笑う。
「お茶を淹れようか」
 以前、ソランの出産時期に一緒に暮らせていた時には、まだ9歳という年齢だったために9時の就寝生活だったニーナは、もう12歳になり、眠る時間を11時に延ばした。
 大人の時間に少し仲間入りした娘を誘えば、ニーナは喜んで母親の背中に従う。
 そしてリビングにはライルが残った。


 暖炉の中の木が爆ぜる音を聞きながら、死んだ家族のためのケーキとワインを見る。
 戻ってくるのだろうか。
 何も見えないが、実は今、リビングは満員御礼かもしれない。
 父がいて、母がいて、妹がいて、兄がいて。
 懐かしい家族の構造に、目を細める。
 彼らは自分の孫、姪、娘と過ごせているだろうか。
 一年に一度だけ開かれる、黄泉の国の扉。
 広いリビングに設えた、大人数で囲むことの出来る大きなリビングセットのソファで寛ぎながら、そんな事を考えた。
 そして思いついたことを妻に強請る。
「ソラン、お茶、あと4人分追加な」
「……四人?」
 妻の変わりに娘が顔を出して、理由を問う。
 ライルは笑って、家族を訴えた。
「もしかしたら居るかもしれないだろ? 父さんと母さん兄さんはいいとしても、エイミーは絶対自分の分が無いと怒る。悪戯されたくないだろ?」
 家族を示せば、ニーナも笑った。
「トリック・オア・トリートね。確かに」
 自分よりも更に幼い叔母を思って、長女は母親と再び台所に篭った。
 そして流れてくる暖かな香り。
 昔から馴染んでいる紅茶の香りに心が癒されて、ライルの瞼は重くなった。





「あれ、ダディ寝ちゃってるよ」
 トレーに大量のお茶を持ってリビングに戻れば、ソファで転寝をする父親がいた。
 長女は呆れながらも、弟や妹が寝てしまった時の為に置かれているブランケットをかけてあげる。
「今日は朝からお前たちも大騒ぎだったし、近所も大騒ぎだったからな。久しぶりの空気で疲れたんだろう」
 戻ってきたライルに、近所の人々はこぞって地元の行事への復帰を誘った。
 詳しく覚えていないと言いながらも、嬉しそうに幼馴染に誘われて出て行った夫を、ソランは笑顔で見送ったのだ。
 それは作った笑いではなく、心から嬉しかったからだった。
 そして会話の端に出てきた彼の人を思う。
 ニールが離脱しちまったんだから、お前がやれ!
 ライルの背中を叩いてそういった一人の男に、ソランは視線を向けた。
 彼を知っている人たち。
 そして彼らは愛されていると。
 幸せな空気に、なんともくすぐったい思いをしながらも、それでも嬉しかったのだ。
 更に思うのは、ライルがスメラギに『実家』を作れといわれた意味。
 おそらくあの仲間の中で、唯一普通の幸せを知る男だから。
 近所のつながりの大切さを教えるなど、誰にも出来ない。
 同じ境遇の子供は作りたくないと思っていたソランの気持ちに、答えてくれる男。
 ライルは時々スメラギを「クルーのおかん」と称していたが、お前が全員の父親だと、そう心の中で笑った。



 長女と二人で夜のお茶を楽しんでいれば、家に引いた通信回線が着信を告げる。
 リビングの壁際に置いた機器の画面を見れば、相手はフェルトだった。
「ああ、もう着く時間だな」
 いつでも真っ先に帰ってきてくれて、彼女はソランを手伝う。
 姉妹のように育ったフェルトに、ソランは笑みを浮かべた。
 ソファを立って、小型端末を用意しなかった家の通信機器に歩み寄り、着信を受ける。
『刹那、もう寝るかな』
 気遣いながらも問うてきた言葉に、刹那は笑う。
「いや、寝ない。お前が帰ってくるまで待っているから、早く来い。……いや、迎えに行くか? 今空港だろう?」
『迎えは大丈夫だよ。ラッセも一緒だから、車乗っていくから』
「早いな。他はどうした?」
『スメラギさんは最終指示が終わらなくて、明日の昼ぐらいになっちゃうって。アレルヤとマリーさんは悪いけど残るって言ってた。代わりにティエリアを降ろすって』
「ああ、そうだな。ティエリアはまだ一度も帰ってきていないからな。夕飯はどうした? まだか?」
『ううん、機内で食べた。眠かったら寝てて。うち鍵だけ開けておいてくれればいいから』
「気にするな。お茶を用意しているから早く帰って来い」
 刹那が『帰宅』を促せば、フェルトは恥ずかしそうにはにかむ。
『……うん、帰るね』
 小さく笑って、通信が切れる。
 お互いに交わした言葉に、刹那も小さく笑った。


 やっと手に入れた家族。
 帰る場所。
 初めて<家族>で祝う、この土地の習慣である『新年』に、暖炉の火を見ながら笑ったのだった。





end


こんな理由付けで家庭生活を手に入れたと言う事で、ケルトの伝統と絡めてハロウィンです。ちょう無理クリ(汗)
ディランディ家元々どんだけでかかったんだって話ですよね……。(^^;