見えないところに潜んでいるよ

10/02/09up

 


「おしかったなぁ」
「う…うん」
「まあ、また来年がんばればいいさ」
「…うん」
 項垂れた長男に、ライルは引き攣りながらエールを送る事しか出来なかった。


 ライルとソランが結婚して10年が経っていた。
 ソランの連れ子のニーナは既に17歳で、3年前から両親と共にCBで活動をしていた。
 立場は予備の戦闘要員であり、主要な仕事は整備士である。
 それでも最初はライルは反対したのだが、やはり最後には本人の主張に折れる形になっていた。
 そしてニーナの弟であり、二人の第一子の男の子のトーマスは、現在9歳。
 更にその下の妹のカミラは7歳になり。
 そして更に更にその下にまた男の子のダニエル4歳がいて、ライルは40を少し過ぎて4人の子持ちに成り果てていた。
 今は仕事としているCBの活動も小康状態を保っており、紛争の介入も稀で、表立った実行部隊の活動は、実質的には諜報活動がメインになっていて、平穏そのものと言った生活を送っている。
 以前は望む事も出来なかった家族での生活も出来、ライルとソランはライルが生まれ育ったアイルランドの地で、現地諜報の名目で暮らしていた。
 ライルの表向きの仕事はまた会社員に戻り、ソランは専業主婦として、主に家と基地の連絡係をしている。
 出会った頃に嬉しかったソランの手作りの食事を毎日食べ、体調も精神状態も絶好調。
 ライルはまさに幸せの真っただ中にいた。
 そんな幸せな生活の中の一大イベントと言えば、子供の行事である。
 本日は就学中の二人の子供の学校の運動会だった。
 とは言っても、二人の通っている小学校には年二回の運動会がある。
 冬のこの時期は、男の子はソリ競争大会で、女の子はスキー大会であった。
 家族で暮らせる様になった頃には既にニーナはスキップ制度を利用して修学を終えていて、ライルが行事に参加出来る事は殆ど無かったのだが、第二子のトーマスが学校に上がる頃にはもう今の生活であったので、毎年我が子の活躍を楽しみに、動画撮影のカメラを手に嬉々として参加していた。
 だが、結果は冒頭の台詞である。
 そしてこの台詞は、毎年、毎回繰り返されている。
(おかしい…誰に似たんだ?)
 表情は笑顔で息子にソランが持たせてくれた暖かい紅茶を差し出しつつ、思わず脳内検索をしてしまう。
 一年に一度行われるCBの体力査定でも、ソランは勿論の事、ライルも年齢平均の身体能力以上の物を有している。
 ライル自身、子供の頃から兄には劣るが周りとはかけ離れた身体能力を有していた。
 血縁を辿ってみても、明らかに長男の成績は納得がいかない。
 今回もだが、トーマスは何故か競技になると結果が残せないのだ。
 それとは逆に、次女のカミラはいつでも人の中心にいる。
 今回も二学年合同の組で一位を取っていた。
 妹の晴れやかな顔とは真逆に、トーマスはくっと唇を噛み締めて俯いている。
 その表情をどこかで見た事がある気がするとライルは思っていたが、それでも落ち込んでいる息子にかける言葉は見当たらず、ぽんぽんと頭を撫でてやる事しか出来なかった。


 家に帰り、雪の中にいた三人をソランが玄関で出迎えて、またもや大きなお腹を抱えながら末っ子と合流させてリビングへと入る。
 そこには聞いていなかったニーナの姿があり、ライルは驚くと同時に破顔した。
「なんだよ、教えてくれれば空港まで迎えに行ったのに」
「だって今日は運動会だったんでしょ? ダディなら絶対いい出すと思って、皆に内緒にしてもらってたよ。それに今日絶対帰れるって決まってた訳じゃないし、臨月近いマムがダディの代わりに雪の中に行くのも無理でしょ」
 いくら定年退職制度の無い組織に属しているとはいっても限界があると訴えられて、一応家族計画的には最後の妊婦姿の妻は苦笑した。
 家族全員が揃った和やかな雰囲気の中で、ライルは本日の顛末を伝える。
 それに合わせてカミラは、嬉々として一等賞のバッチと賞状を母のソランと姉のニーナに見せた。
 二人は最初は素直に褒め讃えたが、ソランはその後に一言付け加えた。
「カミラは闘争意識が強いな。悪い事ではないが、普段は気をつけなさい」
 そのソランの言葉に、輝かしい成績の残せなかったトーマスはやっと顔を上げる。
 不安を露にした父親とそっくりな顔に、ソランは穏やかに微笑んだ。
「マシュー、お前は頑張ったんだろう? ならそれでいいじゃないか。今日は二人に頑張ったご褒美として、パイを焼いてある。皆で食べて、英気を養え」
 ソランの言葉はトーマスの欲しかった言葉とは違ったらしく、再びトーマスは項垂れる。
 そんな弟に、ニーナは笑う。
「あんたは気が優しすぎるのよ。それで一位になれなかったんだから、それはそれでいい事じゃないの? 個人タイムや成績に問題がある訳じゃないんだから、もっと堂々としてればいいの。何事も高みを目指すのは悪い事じゃないと思うけど、自分の道さえしっかり見てればそれでいいとアタシは思うけどね」
 思春期を近くで育てられなかった所為か、ニーナは自分と言う個を何にも妨げさせる事をさせずに前面に押し出す傾向がある。
 彼女には周りは流れて行く世間であり、直接自己に関わる物ではないのだ。
 気質的にはライルから見れば、実の父親の兄のニールではなく限りなく自分に似ている気がしていた。
 それに比べてニーナの弟であり、ライルの実の子供のトーマスのこの気性はどこから来たのかが皆目見当がつかなかった。



 それから2ヶ月程過ぎた頃、ソランは5度目の出産を迎えた。
 今回はラストに相応しく、双子だった。
 双子からは双子が産まれやすいと言われていたが、今までが一人だった為に、何となく勝手が掴めずにライルは片方だけを抱き上げて、もう一人をソランに託した。
 一卵性の子供達に、ライルは過去を思い出す。
 自分達兄弟と同じ道を辿らない様にと願うばかりだった。


 出産を聞きつけた、一応ライルとソランが所属している強襲用母艦のクルーが病室に集まると、一人部屋で広さはソコソコあると思っていた部屋は一気に狭くなった。
 その中で、二人の子供達は楽しく大人に遊んでもらっていた。
 ただ一人、トーマスを除いて。
 どうしても大勢の人に囲まれると、彼は大人しくなってしまうのだ。
 かといって家の中で大暴れしているかと言うとそうではないので、内弁慶と言う訳でも無いらしい。
 再びライルが首を傾げると、戦術予報士のスメラギが小さく笑った。
「マシューは、刹那に似たのね」
「………は?」
 ライルは成人してからのソランしか知らない。
 ライルの知る彼女は、大勢の人の間でも臆する事無く、毅然とした自己を表現していた。
「今の刹那はね、ニールが中心になって育てたのよ。後は貴方が知らないクルーとラッセも協力してたけどね。子供の頃は自分の殻に閉じこもるタイプだったの。どんなに凄い数値を叩き出しても、絶対にそれで安心出来なくて、いつでもオーバーワーク。特に人の間でどう振る舞っていいのか解らなかったみたいで、ずっと黙ってたわ。自分の優秀さを表に出す事を戸惑って、でも努力しているから卑下も出来ない。不器用なのよ。マシューにもちゃんと自己表現の仕方を教えてあげれば、大人になれば問題ないわ。だからそんな不安そうな顔は必要ないわよ」
 スメラギは困惑しているライルの頬をつついて、楽しげに笑う。
「ちょっとだけ訂正するわ。やっぱり貴方にも似てるわ、マシュー。表情そっくり」
「はぁ……そうですかね?」
 思わず自分の顔を摩りながら長男を視線で追いかけると、身体の大きなラッセに抱き上げられて、はにかみつつも嬉しそうにしている。
 トーマスのその表情と、結果を出せなかった時の表情に、スメラギの言葉からライルは思い出した。
 それはライルがまだCBに入りたての頃、ニールが使っていたと言うAIロボットのハロのデータを検索していて見つけた、ニールが撮っておいたソランの子供の頃の映像の中の表情と同じだった。
 成る程、とライルが頷きかけた時、再びスメラギが口を開く。
「でも、兄弟にまでアソコまで遠慮しなくてもいいのにねぇ。辛いでしょうね、あの子」
 その言葉に、ライルは背中に冷や汗を流した。
 スメラギの言葉は、過去に自分が言われていた言葉で。
 そこで漸く結論に到達する。
 つまりは、トーマスの気質は、ライルとソランの両方を均等に受け継いで出来た物と言う事だ。

 自己表現が苦手な所が母親似。
 兄弟からも一歩引いてしまう程周りを気にするのが、父親であるライル似。

 出来れば受け継いで欲しくなかったと思う所が、ばっちり重なって出来てしまったと言う事で。
 心の中で「ゴメン」と謝ってしまうライルだった。
 そして、腕の中の新たに産まれた子供達も気になるが、それよりも先にトーマスを導かなければ、双子でもないのに自分と兄と同じ道を歩みそうだと危惧してしまう。
 ライル自身としては、まだ社会に進もうとした自分の方がマシだと思えて、兄の二の舞いだけは避けたいと思うのだった。

 この時も当然、ライルとニールが方向性は違えども、同じ位問題のある人物だと仲間に認識されているなどとは、ライル自身気が付いてもいなかった。
 そしてその評価が、過去に亡くなった両親や親族から延々と下され続けている物だとも、知る由もなかった…。








計画通りの子沢山です。
リクエストを示唆して頂いたので、またもや調子こきました……。
時系列的には、読んで下さった方にはお解りの通りで10年後です。
ライル、40オーバー……(汗)。
なのにまだ作るって、ウチのライルは根性あります。(←え)。
※タイトルは『テオ』様よりお借りしました。