愛するあなたの為ならば

※ニルライ描写を含みます。

2010/11/23up

 

「なあ、いいだろ? ライル」
「……何が、かな」
「だからぁ、そろそろ俺の愛信じろって」
「うん……信じてるさ、兄さんのあふれるほどの愛情は」
「ならいいだろ? 勉強の息抜きにさ、ちょっと脱ごうぜ」
「ソレとこれは別だと思うんだ。だからベッドに押し倒すのはやめて欲しいんだな。そんで俺のシャツも脱がさないで欲しいんだな」
「いいじゃねぇか、俺とお前の仲だろ」
 プチプチと順調に外されていくシャツのボタンに、ライルは我慢の限界に達し、自分に覆いかぶさっている兄のニールに向かって、遠慮なく蹴りを叩き込んだ。
 だがそれを、難なくニールは避ける。
 そしてライルは、怒りの矛先を目の前のニールにではなく、己の自室の扉に向かって叫んだのだった。
「こらソコの覗き魔どもー! いい加減兄さん使うのやめんかー!」
 うっすらと開いている扉に向かって叫べば、ソコは素直に従う彼女らは、「あーあ」と溜息をつきながらも姿を現した。

 扉の外に居たのは、ライルとニールの妹エイミーと、ニールの彼女である刹那、そしてライルの彼女であるアニューだった。
 ちなみにエイミーの手には、スケッチブックとシャーペンが握られていて、刹那の手には一眼レフの高そうなカメラが握られている。
「ニール、もっと力ずくじゃないとダメなんじゃないか?」
 冷静に淡々と、ライルに不埒な行為をしようとしていた自分の恋人に、刹那は構えていたカメラを下ろしながら失敗の原因を告げる。
 ソレに対してニールも、浮気現場を見られた彼氏の態度ではなく、あっけらかんと肩をすくめた。
「いや、俺結構力入れてたぜ? これ以上したらシャツ破けちまうし、流石にそれはダメだろ。このシャツはライルのお気に入りだし」
 くいっと親指で乱れたライルの服装を指して、自分の非を否定した。
 二人の会話の後、残った二人が会話を交わす。
「ちょっともう時間やばいのにね」
「どうしてもこのコマのモデルが欲しいのにぃ」
「あ、刹那、途中までは撮れてる?」
「そうだな……見方によっては使えるものは何枚か、という所か」
 刹那の言葉を聴いて、アニューとエイミーがライルを無視して、刹那の持っていたデジカメの画像を確認している。
 そんな風景に、ライルは今までに何度も感じている脱力感と、更に自分の身の安全を守るために、ベッドから跳ね起きて大股でドアに足を進めた。
 そして二人からカメラを取り上げ、なれた動作で画像の消去作業を行った。
 当然その行動には非難の声が上がる。
「酷いライル! このくらい協力してくれたっていいじゃない! ニールみたいにイベント手伝ってくれとは言ってないじゃん!」
「このくらいってなんだ馬鹿ぁ! 何で俺がホモのモデルやらなきゃいけないんだよ!」
 叫んだ妹に拳骨を落として、そしていとしの彼女に涙目で訴える。
 悲しげなライルの視線に、その視線を送られたアニューはにっこりと女神の微笑を向けた。
「押し倒されてるアナタ、素敵よ。もっと見たいわ」
「それはなにか? 俺のセックスが下手だって言ってるのか?」
「いいえ、素晴らしいわ。だけど私が押し倒しても見られない構図を愛でるためには、この方法が一番でしょ? 私はどのアナタも愛してるのよ」
 物は言い様。
 そう思ったのは何も初めてではない。
 何故ならニールがライルを押し倒し、その上ホモの構図を作り上げようとするのは、この三人の「お願い」がなければ無い事なのだ。
 普通にあってたまるかと思う以前の問題で、普通じゃなくてもあってたまるかと、ライルはその都度思っている。
 何故自分がホモに仕立て上げられなければならない。
 いや、理由はわかっている。
 彼女達の趣味だからだ。
 一人は微妙だが、残りの二人は確実に喜んでいる。
 いわゆる「腐女子」という人種だからだ。
 男同士のラブロマンスに夢を見て、二次元の世界に傾倒している、一風変わった人々なのである。
 一般的に見て、三人とも普通に青春を謳歌できるような、いや、普通よりも充実した青春を謳歌できるほどの容姿を誇っている。
 ライルの眼から見れば、自分の妹は置いておいても、少なくとも自分の彼女のアニューは絶世の美女に見えるし、ニールの彼女の刹那もアニューには劣るが、それでもキュートであると認識できる。
 そんな彼女達が何故と、何度も頭を抱えていた。
 それでも消えない恋心に、現在17歳の少年の心は苦悶していた。

「あーもう、冬コミの入稿まで時間無いのに、このコマで躓いてるのは痛いよ」
 妹の台詞に、ライルは根本的な突込みを入れる。
「大体なんで絡みの構図なんて必要なんだよ! この面子で成人指定の漫画作れるのなんて、アニューしか居ないだろ!」
 高校生であっても誕生日の早いアニューは、既に18歳を過ぎていて、一応年齢だけはクリアしている。
 それでも通常は、高校生は成人指定のものは制作購入は出来ないのだが、そのあたりはライルのあずかり知らない部分だった。
 また知りたいとも思わなかった。
「大丈夫よ、最中は書かないわ。エイミーは挿絵と表紙とおまけ漫画を描いてくれるのよ。絵の巧い妹を隠しておくなんて、ライルも小悪魔ね」
「小悪魔って……え、ソレって女に使わね?」
「いいのよ、あなたはどう見ても受けだから。可愛い人には使ってもいいの」
 大体エイミーが絵が巧いなど、ライルは知らなかった。
 アニューがひたすら文字をタイピングしているのは知っていたが、それが何になるかなど、興味のないライルには知る術もなく。
「ちゃんと朝チュンだもん。だけど裸は必要でしょ?」
 にっこりと訴える妹に、ライルは本格的に眩暈を覚える。
 ああ、昔はうざくも可愛かったのに、今は可愛さが消えてウザさしか残っていない。
 お前はそんなんだから彼氏が出来ないんだと言いたかったが、総大将を彼女に持っているライルが言えるはずもなく。
 それでも最近は手に入れた免罪符を振りかざした。
「あーもう! 俺は一般受験なんだから、いい加減に勉強させてくれよ! 来週は映画に行きたいんだよ!」
 目の前に迫った大学受験と恋を両立させる魔法の言葉を叫んだ。
 ホモ夢想には付き合っていられないが、来週にアニューと約束したデートは決行したい。
 そんな気持ちで勉強との両立を図ろうと目論めば、愛を育んでいる筈の彼女から、痛恨の一言を食らってしまう。
「ええ、私も来週の映画は楽しみにしてるわ。でもこの原稿が進まないと、来週は厳しくなるの」
「……はい?」
「だから、入稿が近いのよ。私は来週が楽しみだったから、ニール君にお願いしたの。少しでも早く進められるようにね」
 言葉の上ではアニューはデートをないがしろにしていない。
 だが当然裏は読める。
 つまりは原稿が仕上がらなければデートは無しだと、そう言っているのだ。
 彼女の中の優先順位に、ライルは本格的に瞳に涙を溜めてしまう。
 それでもコレは今に始まったことでもないので、更にはここまでされても冷めない愛情に、ライルは涙を堪えながらニールに向かった。
「……お兄様、優しくして下さい」
「お前もホント、往生際悪いよな。最初から従って置けば、もう開放されてる時間なのに」
 ニールは肩をすくめながらも、彼女達の希望を叶える。
 ライルは鳥肌を立てながらも、脱がされかけているシャツを脱ぎ捨てて兄とともに自分のベッドに入り、ちらりとニールの様子を伺えば、こちらもまた諦めの境地という表情で、シャツを脱ぎ捨てていた。
 自分たちは何をしているのだろうと、遠い目をしてしまう。
 だが、ライルがそんなに我慢をして協力をしているというのに、今度は堂々とカメラを構えた刹那からダメだしを食らった。
「……ふむ。やらせ感が強すぎるな。もっと迫真の演技をしてもらわないと、リアリティがない。やはり公開撮影はライルには無理だな」
 文句を言いつつも、パシャパシャとシャッターを切り続ける兄の彼女に、ライルはげんなりと視線を送った。
「……刹那さぁ、お前は萌とかいうのは解らないんじゃなかったのかよ」
 半年近く前にニールと付き合い始めた頃に彼女が言っていた言葉を思い出させるように告げれば、変わらずにカメラを構えながら刹那は答えた。
「ああ、今でも解らない。だが人の動きや表情はわかる。さっきアニューとエイミーが説明してくれた欲しい構図というものからすると、お前のその表情と、人の体を受け止めている筈の腕の筋肉の動きは甘い」
「あー、さいですか」
 運動少女の刹那がする説明に、納得してしまう。
 だからと言って迫真の演技が出来るはずもなく。
 ダラダラとホモ構図の時間だけが過ぎていく中、最初に痺れを切らせたのはニールだった。
「ちょっとさぁ、俺もそろそろ限界だ。いい加減寒い」
 上半身裸の状態の辛さを訴えれば、何故か三人はニールに対しては同情的な感情の動きを見せる。
「あら大変。風邪引いちゃうわね。まだ終わってないんだけどどうしようかしら」
「そうだよねぇ。ニール体脂肪少ないもんね。刹那の方はどお?」
「まだアニューが望む構図は撮れていない。エイミーのほうはコレでいいと思うが……」
「どれどれ……あ、うん。あたしはコレで大丈夫。じゃああたしはニールにあったかいコーヒーでも淹れて来るわ」
 その優しさが、何故ライルに向かわないのか、ライルは心底不思議でならない。
 ホモ夢想に協力してくれる男なら優しくしてもらえるのかと一瞬考えたが、そんな優しさはいらないと瞬間で自分の考えを否定した。
 それでも本格的にニールの指先が冷たくなってきているのをライルも悟り、もう諦めろと言いかけた時、今までで一番強烈なリクエストが刹那の口から飛び出した。
「もう埒があかない。ニール、いっそのことキスくらいかましてやれ」
「はいぃ!?」
「えー?」
 二人そろって疑問を投げかけたが、何故かニールはたいしたことなさそうな、それでも進んではやりたくないと訴えているだけで、その神経がライルには信じられない。
 しかし刹那の発言に、アニューが光り輝くような笑顔をライルに見せた。
 綺麗だと、何故か思ってしまう。
 たとえ自分が兄に組み敷かれている状態であろうとも、そしてその笑顔の元の言葉がなんであろうとも、美しいものは美しい。
 美人は得なのだ。
 そして輝く笑顔のまま、二階建てのディランディ家の、ライルの部屋のまん前から伸びている階段に向かって妹を呼ぶ。
「エイミー! コーヒーは中断よ! 刹那が良い事言ってくれたわ!」
「はーい! 今行くー!」
 刹那の発言と聞いて、階下からエイミーは凄まじい勢いで階段を駆け上がった。
 何故刹那の発言に飛びつくかといえば、一番腐女子妄想がない人物ゆえに、容赦がないのだ。
 彼女の優先順位は、一にアニメの時間、二には燦然とニールが輝いている。
 その順序から、一番効率的な方法を簡単に言ってのけるのだ。
 恥知らずなと思われそうな言動だが、そんなものは夢を見ているから思うのであって、単なる被写体の二人に妄想を抱かない刹那は、純粋に自分の役割を成し遂げて、彼氏を救いたいのだ。
 ちなみに刹那の優先順位の三位は、無愛想で無表情な割りに、友情だった。
「刹那ぁ、流石に俺もライルとキスは気持ち悪いかも」
 ニールの言葉に、ライルは顔を輝かせた。
 お前も普通の感覚の持ち主だったんだなと、失礼極まりない感想を兄に抱く。
 だが兄の優先順位も、またおかしかった。
 ニールの優先順位は、一に刹那、二に刹那、三四がなくとも五に刹那で、とにかく刹那が中心に回っている。
 そんなニールが訴えたのだから、かなりキツイ要求なのだが、それでも刹那は引かなかった。
「いい加減、お前が風邪を引いてしまう。手っ取り早く終わらせてくれれば、口直しはいくらでもさせてやるし、なんなら今日は泊まってもいい。今はアニューとエイミーの時間も大切なんだ」
 刹那自身は制作はしていないのだが、理解のある彼女達の友人であり、また刹那にとっても彼女達はアニメの話が思う存分できる貴重な友人だった。故に訴えられた制作の大変さを同情して、ずっとアシスタントをしている。
 ロボットアニメが大好きな刹那は立体の構造の把握が得意で、エイミーの漫画の背景、更にはパソコンにも精通していて、アニューが注文をつける原稿のデータ作成まで請け負っていた。
 つまりは彼女達の締め切りは、刹那の締め切りでもあるのだ。
 原稿の最中、アニメの話が好きなだけできるこの時間は、刹那にとっても楽しいものだった。
「マジで!? え、でも俺今日ゴム切れてるかも……買い物も付き合ってくれる?」
「付き合ってもいいが、俺も持ってきている。買い物に行くのなら、夕食もつけてもいい」
「刹那の夕食!? オッケー! 行かせて頂きます! しっかり撮ってくれよ!」
 料理の得意な刹那の夕食と聞いて、ニールは簡単にライルを裏切った。
 いや、元々ライルに協力的なことは、ニールは一度もないのだが。
「ちょっとまてぇ! ニール! お前マジでそれで……!!!!」
 叫んだライルの言葉は、途中で途切れた。
 理由は当然、ニールに塞がれたからだ。
 ライルの全身に、鳥肌が立つ。
 髪の毛の根元が逆立つ程の嫌悪感など、ここ久しく味わっていなかったと、思わず逃避してしまうほどに、この事実は強烈だった。
 もうカメラのシャッター音も聞こえない。
 その上テンションの上がったニールに、人生で初めて舌まで突っ込まれるキスをされて、ライルは本気で暴れた。
 だが鍛え方が違うニール相手に、ライルに勝ち目はなかった。
 ライルは子供の頃に親に決められた習い事は、全て高校に入学する時にやめていて、更には進学校の運動部で、気分転換代わりに適当に体を動かしているだけだった。
 だがニールは、子供の頃からの習い事の全てを、未だに続けている。
 男の子という事で運動が中心になっている習い事を続けているニールの筋力、体力、反射神経は、成長期のこの二年で、ライルに大差をつけていた。
 殴り合いの喧嘩よろしく、ライルがつかまれている腕を本気で振り払おうとしても、また圧し掛かられている体制を変えようと体をひねろうとしようとも、最終手段として懇親の力を込めた蹴りを繰り出しても、ニールは全て力でねじ伏せた。
 あまつさえ、本気でキスをしてきているのだ。
 お前の常識はどこだと、ライルがニールに殺意すら覚えそうな頃合で、声がかかる。
「もういいぞニール。撮れた」
「「ぶはぁおぅえぇ!!!!」」
 刹那の鶴の一声で、ニールとライルはお互いの口を押さえて嫌悪を露にし、ニールはベッドから飛び降りた。
 ニールの行動を予測してなのか、刹那はさり気なく隣にいたアニューにカメラを渡し、飛びついてきたニールを受け止める。
 普通の女の子ならよろけそうな大男の体当たりを、こちらも体を鍛えまくっている刹那は軽く受け止めて、慌てて口直しを迫るニールの唇を受け止める。
 ライルはあまりの吐き気に、その場から暫く動けなかった。
「うわあ、刹那的確」
「ホント、コレなら雰囲気わかるわね。エイミーが気にしてたラインってここの事でしょ? エイミーの言うとおりね、確認させてもらってよかったわ」
「そうそう、無理やり設定なら、絶対背中の線が変わると思ったのよ。思ったとおりだったぁ。よかったよかった!」
 和やかに会話する彼女に、傍で繰り広げられている兄カップルのラブシーンを、自分も同じ目に遭ったのだからと、ライルはアニューに視線で訴える。
 だがライルの懇願の視線は、アニューには届かなかった。
 何故ならアニューの全神経は今、カメラのディスプレイに注がれているからだ。
 それでも吐き気で声も出ないライルは、必死に視線で訴え続けたが、結局アニューはエイミーと何事かを話しながら、最近は作業部屋と呼ばれるようになった妹の部屋へと行ってしまった。

 ライルの部屋に残されたのは、吐き気に苦しむ住人のライルと、既に口直しという名目ではなくなった、キスを繰り返している兄カップル。
 ちなみにライルはまだ上半身裸だが、ニールはキスの最中に刹那にシャツを肩にかけてもらっていて、愛と暖を補充している。
 扱いが違いすぎる。
 ライルがそう思ってひとり涙を流しても、誰も責められまい。
 そして更にライルに見せ付けるように愛し合うニールと刹那に、頼むから自分の部屋に篭ってやってくれと懇願したくとも、まだ治まらない吐き気と鳥肌で、ライルは口を開けなかった。
 もう諦めようと、ライルはベッドに突っ伏す。
 続けたかった勉強も、今日詰め込んだ公式も英単語も、強烈なこの一撃で全て記憶から零れ落ちてしまった。
 ライルが一人で寂しく涙を流していると、思い出したかのように部屋にノックが響く。
 何かとライルがやっと動かせるようになった首を動かせば、妹がコーヒーのマグカップを持ってライルの部屋を覗いていた。
 だが目当ての人物はライルではなかった。
「ニール、コーヒー入ったよ。温かいうちに飲んで」
 妹の気遣いに、ニールはやっと刹那を開放して、ライルの勉強机の椅子に腰を落ち着けた。
 そして役割を果たしたとばかりに、肩から掛けられていただけのシャツを脱いで、改めてアンダーTシャツも身に着けて、家着の様相を元に戻した。
「……ライル、もう服を着てもいいんだぞ?」
 少し気を使っているような刹那の声に、何故その言葉が自分の彼女から出ないのかと、更にライルは虚しくなる。
 そして動こうとした時に、更なる不運に見舞われる。
「いってぇ……」
 懇親の力で暴れた所為で、最近運動不足だったライルは背中に痛みを感じる。
 背中、というよりも、腰。
 情けなさ過ぎる。
 ダブルパンチどころかクワトロパンチに、もうライルは泣く気力すらない。
 腰を摩るライルに刹那が歩み寄り、更にライルの痛みを訴える言葉にニールもベッドに戻る。
「大丈夫か? お前マジだっただろ」
「当たり前だろ……お前なんであんな気持ち悪い事出来るんだよ……」
 げんなりと問うライルに、刹那はニールと同じようにシャツをかけてやる。
 ああ、この優しさが自分の彼女にも欲しいと、心の底からライルは思った。
 たとえこの状況が、刹那の一言で繰り広げられたのだとしても、どう考えても元凶はライルの彼女であるアニューだ。
 アニメキチガイだろうと剣道馬鹿だろうと、今になってライルはニールの気持ちを理解した。
 刹那はいい女だと思ったのだ。
 なるべくライルの体を動かさないように服を着せてくれている刹那に、ライルは思わず零してしまった。
「なあ……アニューと彼氏交換してくれよ」
 ここで何故アニューと切れるという選択が沸かないのかと問われれば、やはりどうしても愛しているあの笑顔。
 兄の嫁ならまだ我慢できる。
 完全に無縁になるのは耐えられないのだ。
 だがこのライルの言葉に、ニールは即座に反応して、ライルのシャツのボタンを留めていた刹那をライルから引き剥がした。
「ダメ! 刹那は俺のだ! 刹那、危ないからもうライルに近寄ったらだめだ! ホモごっこはしてあげるけど、お前はライルの半径5メートル以内は入っちゃダメ!」
 5メートルなど、家具の置かれている部屋の中で、どう距離をとれというのか。
 一般的な住宅であるディランディ家の子供部屋は、ニールとライルが4畳半ずつで、エイミーが6畳なのだ。
 とてもではないが、同じ部屋には居られない。
 だがニールは本気である事を表すように、刹那が止めていたライルのシャツのボタンを手に取るのだ。
「……悪い、ニールこそ暫く俺の半径5メートル以内に近づかないでくれ」
 気色悪いキスの感触を思い出してしまい、ライルは再び吐き気を覚えて口を押さえる。
 そんな二人の遣り取りの間に、再びノックが響く。
「お待たせ。ライルの分も入ったよ。アニューも今浮かんだ構想まとめたら来るから待ってって言ってるから」
 用事だけ済ませて、エイミーは「じゃあアリガトー」と、スキップでライルの部屋を後にした。
 楚々とライルにマグカップを渡してくれる刹那に、女が三人集まると最強になる事を痛感して、ライルは溜息を零した。
 何故あんな趣味に走っているのだろう。
 そう思わずには居られない。
 エイミーはともかく、そんなにアニューを満足させられないのかと、ライルは自己嫌悪でコーヒーを握り締めながら蹲った。
 そんなライルに、ニールは苦笑交じりに助け舟を出す。
「いいじゃねぇか。夢中になれるものがあるっていうのは悪い事じゃないだろ」
「悪いだろ。何で俺がホモ演技しなきゃいけないんだよ」
「そりゃ、お前の惚れた弱みだろ。それにエイミーも楽しそうだしさ。内気だったあいつがあんなに楽しそうなんだから、しばらくは付き合ってやろうぜ?」
 ニールの言葉に、ライルはうな垂れつつも頷いてしまう。
 確かに子供の頃のエイミーを思い出せば、ずっと自分達兄について回っていて、自分の友達の話など出なかった。
 方向性に問題は感じるが、それでも楽しそうな妹の邪魔も出来ずに、最初に顔を顰めた時に何もいえなかったのはライルなのだ。
 そう考えれば、妹に楽しみを与えてくれたアニューに感謝も感じる。
 結局はそこに行き着いてしまい、ライルは再び溜息を零すのだった。
「……お前たちは、いい兄だな」
 小さな笑い声とともに言われた言葉に、ライルはちらりと刹那を視界に入れる。
 刹那はいかにも微笑ましいという雰囲気で、ライルとニールを眺めていた。

 ホモ演技の後とも思えない和やかな空気に、ライルは肩を落としつつもコーヒーを啜った。
「なに? 刹那俺に惚れ直しちゃった?」
 いい兄と褒められて、隙あらば愛の言葉をもぎ取るニールが刹那に請えば、刹那はしれっと恥ずかしい言葉をニールに返す。
「お前に惚れ直す隙等ない。俺にとっては完璧な男だからな」
「ああもう刹那ぁ、早く結婚しちまいたい!」
「結婚は別だ。ガンダムが生活に脅かされてしまうからな」
「大丈夫! 俺絶対高給取りになって見せるから! お前に一生ガンダムは不足させないぜ!」
「その言葉が本当になる時を俺は待っている」
 プロポーズの言葉が間違えているとは思っているが、最近この二人はこんな遣り取りが当たり前で、コレはこれで幸せなのだろうと、ライルは突っ込みを堪えてコーヒーを飲んだ。
 双子の兄とキスをさせられた後の割には、妹の淹れてくれたコーヒーは、ライルには美味しく感じられてしまい、結局はライルもまた流されてしまう。
 そんな自分に毎回気がつけないライルだった。






いい兄さんの日話。
結局二人ともいい兄さん。
ライルが不憫すぎるのは私の愛ゆえです。ごめんなさいまし(汗)。