あはははは、と、食堂に男の笑い声が響く。
それは特別な事ではなく、いつもの風景だった。
ただいつもと違うのは、マイスター全員が、任務を忠実にこなした事。
そしてその任務が、初の対人だった事。
直接手のひらに、人の肉の感触が残る。
もしくは、引き金を引く瞬間の反動。
鼻に残る硝煙の匂い。
そして、血の匂い。
覚悟していた事とはいえ、衝撃的だったのだろうティエリアは、無表情に食べ物も飲み物も口にしなかった。
そしてアレルヤは、何かを思い出したのか、基地に帰り着いた途端に、トイレに駆け込んで、個室からはうめくような声を轟かせた。
誰も、人殺しを慣れる事なんて無い。
だから、食堂の声は、あからさまに違和感をはらんでいて。
それでもその事に、誰も気がつくことが出来なかった。
そんな精神的な余裕を持てるような、そんな人は。
「ロックオン、確認したい事がる。部屋に来てくれないか」
食堂にいなかった刹那が、ロックオンを呼ぶ。
笑っていた声が途絶えて、ロックオンは振り返った。
「おお、いいぜ。でもお前もちょっと聞いてくれよ。すっげーおかしくてさ」
「そんな時間は無い」
「冷てぇな。いいじゃないか、少しくらい」
「時間が無いと言っているだろう」
少し怒った様な声で、刹那はロックオンを嗜めた。
少女の厳しい顔に、ロックオンは肩をすくめて席を立つ。
「へぇへぇ。お姫様のご命令には逆らえません」
図体の大きな男が、少女の背中についてひょこひょこと歩いた。
刹那はその足取りを確認して、食堂に背を向ける。
振り返る事は無かった。
食堂にいた面々は、静かになった部屋に眉を寄せる。
彼の声に、助けられていた。
誰かが彼の代わりに口を開こうとしても、誰もそんな事は出来ない。
否が応でも、暗い空気を受け入れざるを得なかった。
そして心の中で彼に救いを求める。
お願いだから、助けて。
あの光景を忘れさせる、笑い声を。
その願いを受けるように、ロックオンは廊下を歩きながら食堂に視線を向ける。
「……なぁ、やっぱり俺、心配だわ」
誰よりも人の願いに聡い彼は、少女に向かって呟く。
それでも足は止まらなかった。
そして刹那も足を止めない。
もくもくと二人で歩いて、刹那の部屋に到着した。
部屋の中に入り、明かりをつけた所で、初めて刹那はロックオンを振り返る。
そして両手を広げた。
「人の心配より、自分の心配をしろ」
その腕を視界に入れて、ロックオンは笑顔を消す。
いつもの明るい彼は、そこにはいなかった。
自分よりも遥かに華奢な体に、崩れるように凭れた。
「……うん、ちょっと限界だった」
刹那は当たり前のようにロックオンを抱きしめて、ロックオンもまた当たり前のようにその腕に擦り寄る。
二人の体格差で、刹那の体はすぐにベッドに沈んだ。
「お前は、平気なの?」
伺うようなロックオンに、刹那は変わらずの無表情に近い顔で返す。
「平気だ。血と死体は慣れている」
「強いなぁ。俺は火薬の匂いは平気だけど、血の匂いがダメだな」
「マイスター全員が女なら良かったな。毎月突きつけられるだろうから、慣れるだろう」
女の性別を持つ刹那は、当たり前のように告げた。
それでも彼女の体を知っているロックオンから見れば、強がりにしか取れない。
「よく言う。お前に生理は無いだろ。慣れる訳が無い」
卵巣が機能しない事は、初めて肌を重ねさせてもらった時に、ロックオンは知らされていて、自分が傷ついたように眉を寄せる。
そんな彼に、刹那は笑って。
「だからお前たちの慰めになれる。……いいから早く済ませろ。俺も早くエクシアの所に行きたい」
己の役割を誇らしげに、彼女は言うのだ。
そしてロックオンも、それを阻まない。
「……了解。んじゃ、慰めてもらうわ」
消した笑顔のまま、いつまでも少女から抜けられない体を抱きしめた。
そしてまたいつもの通り、やわらかい肉を感じて、倫理的に許されない性交をする。
女の中に欲望を吐き出して、役割を果たしに刹那の部屋を出たロックオンは、いつもの通りに笑う。
そして刹那は、慰める時だけの笑顔を消して、人に無関心を装って、機械に話しかける。
その役割が、本当に求められているのかは、二人ともわからなかった。
そしてわかろうともしなかった。
それでも、生きていると実感できる瞬間で。
心が慰められる瞬間である事は、間違いが無く。
二人の行動に、仲間が助けられている事も、間違いが無かった。
まわる人間関係に、表立ってロックオンは満足して、辛い彼を慰める時に刹那も満足する。
そうして営まれる、人の輪。
果たしてどちらが、正しく人を支えているのか。
笑い終えたロックオンが刹那の元を訪れて、再び体を求める。
一頻り、愛の言葉も交わさずに貪った後、ポツリとロックオンは呟いた。
「……マリア様って、きっとお前みたいな感じなんだろうな」
誰をも救い、それでも誰かのものにはならない。
男を男として見ず、博愛する。
求めよ、されば与えられん。
求めたロックオンに、何も言わずに刹那は与える。
動物の理から外れた刹那の体を、ロックオンはそう賞した。
「神なんていない。だから俺は、お前に抱かれる」
救いはないと、だからこその人間だと、白いシーツを纏った刹那は清らかに微笑む。
その姿こそ、ロックオンにとっての救いだった。
彼女の前では、明るいリーダーでもなく、兄でもなく、ましてや罪人でもない。
ただの迷える子羊になり、救いを求める。
その救いが肉だとしても、彼女は受け入れるのだ。
それでもロックオンは人間で、人間だと言い切った刹那に求めた。
「なあ、俺だけのモノになってよ」
人の欲を見せれば、やはり刹那は笑って。
「馬鹿だな」
一言だけ返して、年上の男の頭を、幼子のように撫でた。
その手つきはまさに聖母。
そういう刹那だからこそ、ロックオンは救われるのだ。
ロックオンの要求どおり刹那がロックオンを選べば、おそらくロックオンの刹那への興味は無くなる。
それを理解し、現状にとどまる刹那の心は、ロックオンには理解できない。
それで刹那も満足していた。
誰に理解されなくても、彼女だけは理解してくれる。
誰に見つめられなくとも、彼だけはこの手を必要としてくれる。
役割の理由は求めずとも、安らぎを求めて、二人は言葉を口にする。
だから、抱いて、と。
end
病んでる? いや、そういう意図は無く……(汗)。
兄貴を甘やかすのが大好きです。ええ。
なので、このお話のマイスターの相関図は、ちゃんとくるっと一回りしてくれるというね。
誰か兄貴を甘やかしてよ……! という欲望の表れです。
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