真実の隣

※ライアニュ要素を多々含みます。

2010/11/22up

 

「刹那ぁ、またふられちまった」
 そう言って泣きつかれたのは、もう数えるのも面倒になる回数だった。
 だからいつもの確認をしてやる。
「またアニュータイプか?」
 昔、彼と恋愛関係にあったイノベイド。
 同じ塩基配列をもつ人工生命体は、世界中にいて、彼が死亡してしまった彼女の代わりを探す事など他愛もないことだった。
 彼ら、人工生命体を作り出しているヴェーダを掌握しているからと言う理由ではなく、新人類に進化した自分達には容易い事だ。
 脳量子波と呼ばれる独特の周波数を勝手に感知する脳の、その情報に従えば良い。
 2ヶ月前からソワソワと落ち着かなくなったライルを見て、俺は「また見つけたのか」と思っただけだった。
 たとえ彼がそのブランクに、俺と肉体関係を持っていたとしても。
「アニュー以外の女なんてこの世にはいない!」
 そう言い切って、失恋酒を片手に俺の膝で泣く。
 ライルの言葉には突っ込みどころが多すぎて、逆に突っ込む事が疲れてしまう。
 アニュー以外というが、彼女はもうこの世にはいない。
 探している彼女の代わりは、姿形だけの問題だ。
 振られるのも当然の事。
 彼女達は、彼女ではないのだから。

 それでも同タイプというのは感情も似ているのか、何人かとはライルも恋仲になれた。
 だが当然、捨てられる。
 彼の気持ちを理解して、重ねられる自分がいやになるのだ。
 人として当たり前の感情。
 誰だって、真に自分を愛してくれない男など願い下げだ。

 それにしても今回は早かったなと、赤毛をささやかな濃さで回避している茶色の頭を撫でながら考える。
 イノベイターに進化した自分達には、ここ数十年老化の気配は見えない。
 ライルもずっと30代半ばの、いわゆる『男盛り』と言われる、少しだけ渋みのある麗しい姿のままだ。
 もう少し位引っ張れたはずなのにと、今までの統計から考えた。
 何か原因があるのだろうか。
 そう思えれば、俺はその原因を追究することを決めた。
「よし、出かけよう」
 二人で暮らしている家から外出しようと持ちかければ、ライルはきょとんと俺を見上げる。
「……なに、慰めデートしてくれんのか?」
「いや、そうではない。今回の原因を探るべく、お前の行動を俺が観察する為だ」
 今度アニュータイプと巡り合ったときの為の布石と言えば、ライルは顔を輝かせて自室に走っていった。



 そして現在、ライルはいつものデートの服装で、俺は適当にライルが選んだ服で、町を歩いている。
 歩行姿勢は問題なし。
 出かける間際に「俺をアニュータイプだと思ってエスコートしろ」と言ったとおり、ライルは俺の腰に手を回してエスコートしている。
 柔らかく抱きとめるように、そして急かさない様に、歩調も完璧だ。
 とはいっても、俺も自分自身が女性ではないし、女性と付き合おうと思った事もないので、想像でしかないのだが。
 少し歩いてカフェに入り、二人で飲み物を注文する。
 アニュータイプの好みの飲み物はコーヒーで、俺はライルの気分を盛り上げるために、いつものホットミルクではなくコーヒーを注文する。
 ライルもまた、アニュータイプと話をあわせるために研究したコーヒーを注文した。
 ココまでも問題なし。
 ……と思う。
 コーヒーを飲む仕草も、家では馬鹿みたいに吸っている煙草も出さず、そして禁煙のイライラも見せず、にっこり笑って会話を振る。
 多岐にわたる軽い会話も、おそらく女は喜ぶだろう。
 俺はライルの話に相槌を打ちながら、つぶさに彼を研究する。
 その後、映画。
 アニュータイプは恋愛映画はあまり好まないらしい。
 ヒューマンドラマも然りで、サスペンスかホラーかアクションの選択で、大抵はクリアしていると聞く。
 実際のアニューもホラー映画が好きで、実はホラーはあまり得意ではないライルは、部屋の中で繰り広げられる余暇のホラー映画鑑賞会は、ずっと彼女を抱きしめて、そして彼女の肩に顔を埋めて見ていた振りをしていたらしい。
 興奮したアニューに「今の凄かったわね」と問われれば、「お前を見てて気がつかなかった」という歯の浮くような台詞で誤魔化して、酷いスプラッタ映像が出てきてしまったときには誤魔化しでベッドに押し倒していたと言うのだから、ライルのアニューへの愛情は本物なのだろう。
 俺なら趣味の合わない女は勘弁だ。
 今回のデートはあくまでも今後の対策の為のものなので、ライルも自分自身が普通に見られるアクション映画に決まった。
 チケットを購入して、座席に座る。
 飲み物もポップコーンも、全て俺が知るアニュータイプの好みのものだ。
 全員に通じるわけではないので、いくつかのテイストをライルが告げる中で、俺は自分も好むものを告げる。
 手元も準備万端で、館内が暗くなる。
 流れているストーリーは派手な動きで観客を魅了していた。
 そんな中、俺はじっと画面ではなくライルを観察する。
 きちんと画面は見ている。
 そしてさり気なく握られる手。
 相手がいることを忘れていないと、それでも映画も見ていると、そうアピールするライルの姿勢に、やはり問題は感じられなかった。
 更にはショッピング。
 色素の薄いアニュータイプが似合いそうな、そして知識を欲する彼女らが好みそうなアクセサリーや洋服を見て周り、それでも今日は俺が相手と言う事で、ライルは俺に合わせた場所にも足を運んだ。
 俺には気を使わなくても良いと思ったが、それでもその姿勢が問題なのだろう。
 いくらアニューの代わりと言っても、感謝を表しているのかもしれない。
 ふむ、と頷いて、何も言わずに観察を続ける。
 だがこのあたりから、何故ライルがアニュータイプに振られたのかが解明されて行った。
 ショッピングの後のドライブは、アニュータイプが話しに乗り易い、ライルの兄、ニールの遺産だ。
 高級車というよりはマニア車。
 その歴史と逸話、現在の価値などの、話題に事欠かないその車に乗った途端、ライルは音楽をかけ始めた。
 絶好の話題の機会を自ら逃しているのだ。
 それでもじっと俺は観察を続ける。
 ライルの話題はかけた音楽の話。
 流行のソレの話は俺にはわからなかったが、それでももう100歳を過ぎた俺達には、ライルが頑張っているのだとわかる内容だった。
 更には古い曲も混じっている。
 自分の年齢を隠さずに、古い話題も知識を求める彼女らには楽しいのだろうと、そう考えて聞いていた。
 その音楽が丁度全て再生される場所で車は止まり、海辺のレストランで夕食。
 女性が喜びそうな場所に、俺はただ頷いた。
 問題は感じられない。
 ただ一言、俺はライルに問いかける。
「この場所は、一人一人変えているんだな?」
 同じ場所に同じタイプを連れて入るなど、情報源がどこから漏れるかわからないと問えば、ライルは当然のように頷いた。
 ならば、更に問題は感じられない。
 ずっと問題を感じずに通ってきたデートプランに、俺も首を傾げてしまった。
 ココはもう、優秀な戦術予報士に相談をしなければならないかと、出されたイタリア料理を口に運びながら考えた。
 だが食べ進めてふと、その料理に問題を感じる。
 味自体は当然極上。
 運転を考えて注文したワインも軽いもので、女性の好みそうなフルーティな味だった。
 だが根本的に、ガーリックが主流の食事を女性は喜ぶのか。
 フェルトが以前俺に「昨日餃子食べたから私に近づかないで」と、何故か恥ずかしそうに言ったのを思い出す。
 女性もガーリックは好きなのだろうが、強い匂いが恥ずかしいという感覚があるのだと知っていた俺は、また一つライルの問題を発見する。
 店の中では言えないが、家に帰ったら教えてやろうと、一つ記憶にとどめた。
 ココまでは、その程度の問題だった。
 だが決定的な問題を、俺はその後に見つけてしまった。
 食事の後は、レストランの近くの、オーシャンビューのホテルの一室。
 ホテルの中にある雰囲気の良いバーで酒を楽しみ(俺はミルクにしたが)、部屋へ入った後、シャワーを浴びて出てきたライルに頭を抱えた。
「……おい、この間もその格好で出てきたのか」
「へ?」
 わからないと首を傾げるライルの姿は、家の中そのものだった。
 バスローブの前は全開で、そのくせパンツは履いていないのだ。
 つまりは、下半身のガードが非常に甘い。
 以前はこんなことはなかったのだが、俺と二人で暮らし始めてから、ライルはその開放感が気に入ってしまったらしく、度々この姿でバスルームから出てきていた。
 まさか外でもこんな事をしているとは。
 コレではいくらライルが好みに設定されている(設定と言う言葉は語弊があるかもしれないが)アニュータイプでも、女は裸足で逃げ出すだろう。
 ホテルに入った途端、おやじに変貌する男。
 イノベイドは情報収集を積極的に行えるように、感覚すら年をとることはない。
 いつまでも少女の彼女らには、この感覚が「私に気を許してくれているのね」とは取られないだろう事は、戦術予報士に問わなくてもわかってしまった。
 俺はライルがシャワーを浴びている最中に、今日の問題点をまとめていたレポートに、この一文をくわえる。
『シャワーの後は、パンツを履いて出てくるべし』
 一文を書き加えて、俺もシャワーを浴びにバスルームに足を向けた。
 そしていつも通りの夜を過ごす。
 一つのベッドで二人で肌を合わせて、お互いの性欲を満たす。
 このあたりは家と変わらないが、それでもアニュータイプを抱くようにしてみろと言えば、俺に被さったまま一瞬だけ固まって、それでも普段とは違う愛撫を俺に施した。
 基本的に男の俺には女の愛撫は通じないが、それでも普段との違いに再び思考を巡らせる。
 多少サドっ気のあるライルは、俺には甘いセックスなど施さない。
 けれど女性にそんな事をしたら引かれるだろうと思っていたことはライルも理解していたようで、酷く甘い愛撫を初めて受けた。
 だがその後、再び問題を見つける。
 普段なら性欲旺盛で少し早漏気味のこの男が、中々達しないのだ。
 何度も体位を変えて、何度突き上げられても終わらない。
 女相手だと我慢しているのかと、男の沽券の問題なのかと様子を伺ったが、本人は必死の様子だった。
 最後には俺の方が根を上げた。
 いい加減に終わってくれと。
 伝えた途端、普段の少し乱暴な動きに変わり、その後はあっという間に射精して終わった。
「お……まえッ、普段はこんなにながいの、かッ!?」
 射精したライルに問えば、長い運動に息を切らせながらもライルは頷く。
 コレでは女ももたないだろう。
 遅漏は振られる原因のトップに上がってしまう。
 早漏の方がまだマシだと、何かの雑誌で読んだ記憶がある。
「なんか、お前とのセックスに慣れちゃったら、女相手だと遅くなったんだよな」
 つまりは自分の性癖を理解して、我慢しているのは良いが、その分刺激を感じられないと言う事で。
 そんな努力をしながらも、アニュータイプに固執するこの根性は、彼の兄を思い出してしまう。
 方向性は違えども、やはり双子なのだと思い知る。
 二人とも、しつこい。
 彼の兄がテロへの憎しみを10年忘れなかったことに対して「凄い根性」と称していた言葉を聴いて、俺は彼の兄の固執が必要以上なのだと悟った。
 憎くなっても当たり前ではと思っていた当時に、他のマイスターと話した所、テロ以外の事柄も上がってきて、結果彼は「しつこい人」という結論に至ったのだ。
 その弟として、ライルに同じ性質を感じた。
 いや、兄のほうは俺はまだ幼かった事もあり、解釈が甘かったが、ライルにはとことん感じた。


 一晩ホテルで過ごして、昼ごろ家に帰り着く。
 そして俺は報告を纏め上げた。
 俺の意見を神妙に聞いて、ライルは再びアニュータイプに挑む心構えを持った様だ。
 俺には応援しか出来ないが、共に暮らし、共に生きているからこそ出来るアドバイスなら、いつでもしてやると約束をして、再び脳量子波が察知したアニュータイプの情報を二人で検討したのだった。



 そんな話が、定期的に哨戒に出るプトレマイオスの中で出て、哨戒機がサバーニャになったライルが艦を留守にしたブリッジで、ふとミレイナが俺に問う。
「セイエイさんは、ストラトスさんと恋人なんですよね?」
 恋人と言う言葉に、俺は首を傾げた。
 一般的に言われる愛の告白もなければ、甘い空気も感じたことはない。
「違うと……思うが」
 何故断言出来ないかと言えば、肉体関係があるからだ。
 更に言えば、お互いに言葉にはしないが、俺たちは思いあっていると思う。
 ライルは自分が留守をするときには俺を心配するし、俺も然り。
 だがそれは恋愛感情という括りではなく、仲間より少し進んだ愛情というものから来る感情だった。
 ELSとの対話を終えて帰還した俺に、地上の潜伏地を共にしようと言い出したのはライルだったが、俺にそれを回避する理由は無かっただけのことだ。
 お互いがいる空間が、何よりも安心できるから。
 自分達の関係に名前をつけるとしたら、なんだろうかと考えた時、スメラギがため息をついて、俺の代わりにミレイナに返答した。
「違うわよ、ミレイナ。この二人の関係はそんなもの飛び越して『夫婦』っていうのよ」
 スメラギの言葉にも、当然首を傾げてしまう。
 なぜなら俺たちは結婚をしていないのだから。
 男同士でも結婚している人はいるが、俺達の間にそんな話が出たことはない。
 首を傾げた俺に、スメラギは肩をすくめて説明を施した。
「私から見れば、ロックオンがアニュータイプに固執するのは、奥さんの気を引きたくて浮気する夫と同じに見えるわ。それに二人で納得して、付き合いだって続いてる。生活も問題なし。あなた達の関係は、熟年夫婦以外のなんだっていうの」
 馬鹿馬鹿しい、と、つぶやいて、スメラギはライルに指示を出す。
「問題ないかしら」
 哨戒空域の異常がいつまで経っても伝えられない事に通信を開けば、慣れた調子で『現空域に問題なし』とライルは答える。
 そして帰還のルートへの促しに従った。
 確認作業の後、俺はいつもの癖でスタンバイルームへと行く為に、ブリッジを後にする。
 故に、その頃ブリッジで交わされている会話は聞くことはなかった。


「あー、本とですぅ。夫を迎えに行く妻ですね、セイエイさん」
「そうよ。何で二人とも気がつかないのか、私のほうが不思議だわ」
「もう怖いものなんか何もないってか?」
「自然なんだよ、二人でいるのが」
「もう今更『結婚』なんて言葉が出ないくらいにね」


 ブリッジでそんな感想を交わされている事など知らずに、戻ってきたライルはヘルメットを脱いだ途端にいつもの様に俺にキスをした。
 当たり前になった行動に俺が疑問を感じることもなく、俺とライルの出撃の際、着艦の後5分間切られるスタンバイルームの監視カメラの存在も当たり前になっていた、2400年の事。






いい夫婦の日のお話です。内容はどうかと思いますが(汗)、熟年夫婦なんてこんなものだと言う事で(土下座)。
浮気に怒れるほどアツアツ(死語)にもなれないけど、愛情は人一倍。
そんな映画後の妄想です。幸せになってるといいな、と(´/// `)