ナルキッソスの恋情

※ライニル・モブニル描写を多々含みます。苦手な方は回れ右

2010/12/03up

 

 思えばニールは早熟だった。
 俺はその手の事に当然興味はあったが、それでも晩生で、自分から情報を入手できない子供だった。
 だからニールの話は俺にとって魅惑的だったのだ。

 勃起という男の現象。
 射精について。
 子供が生まれるメカニズム。

 誰もが必ず興味を持ち、それでも大人が説明できないそれらは、子供にとっては『隠されるべきもの』の代表で、それを知ることは未知との遭遇のように誇らしい気持ちになれる。
 恥ずかしいと思う反面、興味に抗えない。
 そして知った事によって、自分が少し大人になれるような、そんな感覚は誰もが感じただろう。
 ニールは他の子供よりも聡明で、だからこそ早熟だった。
 まだ赤ん坊がコウノトリやキャベツ畑からやってくると信じられる年齢に、彼は既に精通を待ち望んでいたのだ。

 小学生の頃、母親に二人まとめて寝かしつけられた後、深夜ニールに起されて連れられて覘いた両親の寝室は、もの凄い衝撃だった。
 大人になった今思い返せば、両親は普通に愛し合っていただけだったが、知識のない子供には衝撃的な場面だったのは間違いがない。
 父が母の上に乗り、母は父の動きに嬌声を上げていた。
 昼間の貞淑な二人からは想像もつかない光景に、悲鳴を上げそうになったのを覚えている。
 俺の悲鳴は、慌てて俺の口を押さえたニールの手によって、両親に聞かれることはなく、両親も俺達に覘かれている事を気づくことは出来なかった。


 もうすぐ10歳になる頃だった。
 いつでも母親が俺たちをベッドに入れて子供部屋を去った後、眠るまで二人でいつもどおりに話をしていた。
 俺はいつでも世の中への文句で、ニールはそれに相槌を打っている。
 だがその夜は違った。
「なあライル、おまえチンチン弄ると気持ちいいって知ってる?」
 突然そんな事を言われて、俺は慌てて否定のために首を横に振った。
 大人の前では口に出来ない話を振られて、それが「恥ずかしいこと」だと認識していた俺には、ニールの言葉は肯定できる話ではなかった。
 男は精通前でもソコの感覚を本能的に知っていて、当然俺も弄ってはいた。
 だが当然、その本能が何を示しているかなんて知る由もない。
 他の人間がどういう経緯で知識を得たのかは知らないが、俺はニールから教わったのだ。
「チンチン弄ってると、透明な液が出てくるんだよ。でもソレってオシッコじゃないんだって」
「チンチンから出るのに?」
「うん。大人になると、それが白くなるらしいよ」
「へぇ」
 恥ずかしい話故に、俺は視線を暗い天井に向けたまま、それでも全神経をニールの声に傾けていた。
 そのうちベッドが軋む音がして、俺の視界に笑顔のニールが入った。
 両親が決めた就寝時間を過ぎてからのニールの行動に、俺は彼がトイレにでも行きたいのかと思ったが、ニールの行動の理由は違ったのだ。
「お前、出した事ある?」
「……何を?」
 笑顔で問いかける双子の兄に、俺は興味半分、恐怖半分で問いかけた。
 疑問を返したが、話の内容はわかっている。
 それでも疑問を返してしまったという所で、俺は興味に負けていたのだ。
 ニールが俺のベッドに入ってきて、体を密着させる。
「教えてやるよ」
 耳元で囁かれた言葉に、当時の俺は驚いたが、それでもニールの言う事に逆らえなかった。
 知らない世界が目の前にあったのだ。
 子供の探究心が、俺に間違いの第一歩を踏み出させた。

 ニールの手が、俺の股間をまさぐる。
 まだ陰毛も生えていないその場所で、本能だけしか持ち合わせていない幼い性器が勃ちあがった。
「やだ、ニール、変だよッ」
「変? 気持ちよくない? 俺はいつも気持ちいいけど」
 慣れない感覚を訴えれば、ニールは艶やかに笑って、俺の手を自分の股間に導く。
 二人でベッドの中で下半身を露にして、夢中でソコを弄りまくった。
「あ、ライル、気持ちいぃ…んぁ」
「ニール、おれもッ」
 密着した体に、やはり本能だったのだろう。俺たちは自然と唇を合わせていた。
 ニールが差し入れてきた舌に、快感でとろけた思考で答えた。
 口の中で鳴る唾液の合わさる音と、熱い舌。そして下半身の快感に、俺たちは夢中になった。


 興味本位でしてしまった触れ合いは、その日から毎晩続いた。
 そのうちにお互い精通して、行為はエスカレートしていく。
 単なる抜き合いだったそれは、お互いの手から口に移行して、そしてもうすぐ小学校も終わる頃に、ニールは再び俺に俺の知らない世界を突きつけた。
「ライル、知ってるか? 尻に指入れると、気持ちいいんだぜ?」
 毎晩恒例になっていた抜きっこの場面で、ニールは笑いながら自分の後孔を俺に広げて見せたのだ。
 排泄器官のそこに、俺は素直に眉を寄せた。
「きたねぇな。そんなとこに指なんて入れるなよ」
「洗ってから入れてるに決まってるだろ。今日もちゃんと風呂で石鹸で洗った。そん時も気持ちよくてさ、俺出しちゃった」
「へえ、そんなに気持ちいいのか?」
「チンコだけ弄るより、凄いぜ。だけど最近ちょっと物足りなくてさ」
「ふぅん」
 子供にそんな知識なんてあるわけがない。
 だが今思い返せば、この時に知識があれば、ニールに正しい道を示せていただろうと、そう思う。
 そして俺も逃げ出すことは無かったのだろう。
 ニールは一度射精を果たした俺のペニスに、手を伸ばした。
「なんだよ、もういいよ」
 また抜くのかと思った俺は、眠気の来ている体を訴えて、ニールの手を避けようとした。
 だがニールは引かなかった。
「ライルのチンコ、入れてみていいか?」
 その提案が、何かなんて当然わかるわけも無い。
 セックスについては、子作り程度の知識はあったが、後孔に入れるそれがセックスになるなんて、俺は知らなかった。
 それでも排泄器官に俺は不快を覚えて、一度は拒否した。
「やだよ、ケツなんて汚い」
「汚くねぇよ。ちゃんと洗ったし、さっきボールペン入れたけど、何にもつかなかったからさ」
 強請るニールを前に、俺は躊躇しながらも、やはり興味に抗えなかった。
 体内にソコが包まれるという事に、どうしようもないほどの魅力を感じたのだ。
 フェラチオでは、その頃の俺はもう物足りなくて、その上の行為にどうしても抗えなかった。
 しぶしぶ了承した俺にニールは喜んで、洗面所にあったハンドソープを手に戻ってきた。
 いつも風呂でしていたのだろう手順で自分でソコを滑らせて俺に跨って、そして俺たちは繋がってしまった。
「うあ……ッ、ライル、気持ちイイッ」
「にーる、やべ……ッ」
 ニールのソコは酷く狭くて、今までに感じたことの無い快感を俺に与えてくれた。
 その後はもう、本能の赴くまま、ニールは俺のモノを快感に繋がるところに押し付けて腰を動かし、俺も射精感が募った頃には、自然とニールを押し倒してその体を貪った。
 ニールの足を抱えて、ひたすら腰を振る。
 狭い道を出入りするたびに、耐えようも無い快感が俺を襲った。
「ニール、マジッ、気持ちイイッ!」
「あッ! ライル、もっと激しくッ、あ、うぁ!」
 俺が突き上げる度に、ニールの勃起したペニスが揺れるさまを、まるで女の胸のように眺めていた。
 きっとこんな風なんだと、想像した。
「ふあッ! ライル、おれ出るッ!」
「にー……ッ! うあッ!」
 略同時に達して、その快感に二人で呆然とした。
 世の中にこんなに気持ち良い事があったなんてと、ただそれだけがショックだった。
 自分達の姿が、昔見た両親の愛し合う姿と同じだったなんて、思わなかったのだ。

 その行為がセックスだと知ったのは、その後すぐだった。
 知った瞬間、目の前が真っ暗になった。
 実の兄とセックスをした禁忌に、俺は怯えた。
 そして家の中でもニールを避けるようになった。
 それでも部屋が同じ俺たちは、夜には強制的に顔を合わせることになってしまう。
 変わらずに誘ってくるニールに、俺は怒鳴りつけた。
「あれがセックスだって知ってたら、俺はやらなかった! もうさわんなよ! 気持ち悪い!」
 恐怖を嫌悪に置き換えて投げつけた言葉は、子供ならではの残虐性でニールを傷つけたのだと思う。
 その日以降、ニールが俺を誘うことは無くなった。
 だが俺はその後、ニールを跳ね付けた事を酷く後悔する場面に出くわしてしまう。

 卒業間近の小学校の体育倉庫で、人の気配を感じた。
 特に何も思わずに覘いてみれば、ソコにはニールと教師がいた。
 教師は俺達の学年の担当ではなく、二人の接点がわからずに暫く見守っていれば、ニールは教師の前で服を脱ぎだしたのだ。
 そしてその教師は嬉しそうにニールに触れる。
「せんせい、お願いします」
「ああ、ニールはいつ見ても可愛いな」
 遣り取りされる言葉の意味がわからずに、それでも肌を晒したニールから視線も逸らせずに、俺は見続けた。
 体育の時間に使っているマットに、ニールの体が沈む。
 その上に教師が乗り、ニールの体を舐め始める。
「あ、せんせッ、おれちゃんと準備してきたから……んぁッ」
「せっかちはダメだぞ? この可愛いお口で、先生のをニールが気持ちよくなるようにしないとな」
「はい……せんせいのおチンチン、口に下さい」
「いい子だ。教えたとおりにしなさい」
 ニールに乗り上がっていた教師が体の向きを変え、ニールの顔の上に股間を晒す。
 教師の股間にニールは顔を埋めて、少しの間動いて、そして教師のペニスを口だけで外気に晒した。
 その後は、俺にしていたようにニールはフェラチオを始める。
 その間教師は、ニールの股間を弄んでいた。
 どの位の時間だろうか。俺にとっては長く感じたその後、ニールは俺にしていたように教師に強請った。
「せんせぇ! もう入れてぇ!」
 教師の足の間に隠れて、ニールの表情は見えなかった。
 だけど俺は、ニールがどんな顔をしているのかよくわかっていた。
 毎晩、自分のベッドで見ていたのだから。
 快感に蕩けて、俺と同じ青緑の瞳が涙に揺れているのだろう。
 頬を上気させて、体をくねらせる。
 体育倉庫には教師の荒い息が響いていて、教師も我慢の限界だとばかりに、ニールを抱えあげた。
 膝に乗せるように、教師と比べれば華奢な小さい体を持ち上げて、大人のグロテスクなペニスの上に、ニールを軽く乗せる。
 ニールは嬉しそうに、自分の手で尻を広げた。
「はあ、あ!」
「は、……ッ」
 二人が繋がって、そして律動が始まる。
 子供のニールを教師は激しく上下に揺さぶって、自分のペニスを出し入れする。
 出入りする度に、自分たちが使っていたハンドソープとは違う透明な液体が、ニールの体内から毀れ出ていた。
「せんせッ、もう出うぅ!」
「そんなに気持ちいいかい? 言葉が変だよ?」
「うぁ、あ、はッ! 出う……ッ!」
 教師のペニスがニールに勢いよく全て埋められた瞬間、ニールのペニスから白濁した精子が飛び出した。
 絶頂を迎えたニールの顔が、俺とのセックスの時と同じように気持ち良さそうで。
 快感に張り詰めた足が扇情的で。
 俺と同じ白い肌が、赤く上気している様が、俺にセックスの快感を思い出させる。
 知らないうちに俺は、強く拳を握り締めていた。
 そして思った。
 ニールは誰でもいいのだと。
 突っ込んでくれるペニスさえあれば、俺でなくてもいいのだと。
 自覚できた感情は、ニールに対する嫌悪だった。
 だが今になればわかる。俺はその時嫌悪ではなく、嫉妬していたのだ。
 その夜、俺はニールを問い詰めた。
 何故教師と、男とセックスをしていたのか。
 俺の問いに、ニールは素直に答えてくれた。
「実は……ライルに教えてたのは、あの先生が全部俺に教えてくれていたことだったんだ。あんまりにも気持ちよかったから、ライルにも教えてやろうと思って……それで、」
 子供だった俺は、ニールが悪戯をされていたなんて思わずに、普通に教師と関係があったのだと思ってしまった。
 だから詰った。
「夜が寂しかったから、俺を使ったのか!? 最低だな、アンタは!!」
 手近にいたから使われたのだと、そう思った。
 ニールが縋るのも聞かずに、手を跳ね除けた。
「違う! 俺はライルとしたかったんだ! お前とが一番気持ちよかった!」
「センコーと比べんなよ! アイツでイッたくせに!」
 嫉妬を嫌悪と取り違えて詰り、ニールを蔑んだ。
 誰もが認める優等生。
 人気者。
 そんなニールが耽る遊戯は、誰にも言えない恥ずかしいこと。
 ニールの表と裏を俺は知って、そして唯一ニールを嫌う人間になった。


 そのまま俺は寄宿学校に入学を希望して、ニールの側を離れた。
 その後、ニールがどんな道を辿るかなんて、想像も出来ない子供だった。
 もしあの時俺が受け入れていれば、ニールは俺に頼れたかもしれない。
 折れた心を晒す事が出来たかもしれない。
 長期休暇の時、親が寝た後に抜け出すニールを、俺は知らない振りをした。
 明け方帰ってきたニールの体から臭う精液の臭いで、何をしてきたか理解していたくせに。
 そして昼間の顔を蔑んだ。
 いい子ぶっていたって、お前は夜な夜な男を求めて彷徨う淫売なのだと。
 両親と妹が、自爆テロに巻き込まれて他界した後も、俺はニールを蔑んで、ニールの側に戻る事を拒否して、寄宿学校に通い続けた。
 そして平日は想像していた。
 両親も妹もいない家で、ニールは誰とセックスをしているのだろうと。
 そんな想像のニールに反発して、俺は逆に女を求めた。
 長期休暇で無理やり帰省させられる時期は、ニールに見えるように態と女を連れ込んで、自分のベッドでセックスをした。
 女といる俺を見るニールの辛そうな顔が、俺には一番楽しかった。
 そんな事を繰り返して暫くで、ニールは俺の前から姿を消した。
 先に逃げたのは俺だったが、ニールの居ない長期休暇の自宅で、俺を迎えないニールを余計に憎んだ。
 甘え、だったのだ。
 子供だった。


 それから10年以上経った今、もうニールはいない。
 ニールの死を知らされたのは、彼が死んでから4年も経った後だった。
 家族の俺が真っ先に知る事無く、彼は死んでいた。
 そしてニールが最後に居たソレスタルビーイングで、俺の前から姿を消したニールが何をしていたのか知り、こうして後悔の念に駆られている。
 彼が俺に示した愛情は本物だったのだと。
 実の兄弟、しかも双子で不毛な事だ。
 それでも彼は俺を愛してくれていた。
 そして多分俺も。
 ニールは俺のために命をかけて、俺はニールを追いかけて命をかけている。
 ニールは俺を世間から守るために人を殺して金を稼ぎ、その先にソレスタルビーイングにスカウトされて世界を壊して、俺はニールとの思い出のあった家を取り上げられた憤りを世界にぶつけた。
 馬鹿な兄弟だろ?
 そして俺は、ニールの匂いが強く残る刹那と、結局のところ恋愛関係に落ちた。
 ソレスタルビーイングに入って、他のヤツにもニールの面影を重ねられてアプローチを受けていたのに。
 多分、刹那の中に一番、ニールの面影を見たからだと、そう思う。
 結局男と縁の切れなかったニールを最初は笑ったが、今ではもう笑えない。
 俺も最初のニールを追いかけて、結局は男に惚れたのだから。
 そんな俺達を刹那はどう思っているのだろうか。


 昔の事を思い出してしまったのは、ココがベッドの上だからだろう。
 俺のベッドで二人全裸の状態は、もう何度も経験しているけれど。
 酒に酔って泣き言を漏らした俺を、刹那が慰めてくれている。
 相手は8歳も年下だというのに、俺が甘やかされている。
 でも沽券なんか感じられないくらい、刹那は完璧に俺を甘やかしてくれるのだ。
 今も考え事をしてしまった俺に気がついているはずなのに、何も言わず、何も訴えずに俺を高める。
 ちゅぱ、と、粘着質な音を立てて唇が離れて、俺は今に気がつけた。
 赤い瞳がちらりと俺を見て、数瞬考え込む素振りをして、再び俺の股間に顔を埋める。
 俺のソコはいつの間にか、もう十分高まっていて、これ以上の愛撫はいらないと刹那の黒い頭に指を差し込んだ。
「もういい。入れる前にいっちまう」
 俺もバイだが、ニールのように尻は使えないから、必然的にお互いの役割は決まってしまっていて、俺は刹那を高めるためにこれ以上の時間は不必要だと訴えた。
 けれど刹那は俺の股間から離れなかった。
「イケばいい。今日は抱く気分でもないだろう」
 棹に唇を当てながら、啄ばむ様にポイントで吸い上げて、鈴口を爪で刺激し始める。
 強い快感に、それでも俺は首を横に振った。
「抱かせて、くれねぇの?」
 ニールを思いながら抱かれるのがいやなのかと、どうせ気付かれている俺の思考を問えば、刹那は再びずっぽりと俺をくわえ込む。
 じゅぽじゅぽとイヤらしい音を態と響かせて、自分の喉奥に俺を導いた。
 蠢く舌と、先端を締め上げる喉奥に、俺はあっけなく白旗を揚げさせられる。
「んぁッ!」
 ぎゅっと吸い上げられて、思いっきり刹那の口の中で吐精した。
 刹那は少しだけ切なそうに眉を寄せて、口の中に吐き出されたザーメンをのどを鳴らして全て飲み込む。
 その後、尿道に残っている残滓まで吸い上げて、やっと俺から口を離した。
「は……ッ、流石にお上手」
 極上の舌技を教え込んだのは、多分ニールだ。
 癖が似ている。
 その事を揶揄すれば、刹那はニコリともせずに俺の頭を抱き寄せて、ベッドに横になった。
 俺の腹には刹那の勃ち上がったペニスがあたっている。
 イかせてあげようかとも思ったが、俺の髪の毛を梳く手つきがあまりにも優しくて、俺はその心地よさに身を委ねてしまった。
 柔らかくもない男の胸は、俺を欲情させる事も無く安らぎを与えてくれる。
 少し高めの体温に擦り寄ると、思いもしないことをいわれた。
「ニールを思うのは止めないが、ナルシスにはなるな」
 まるで俺が自分が大好きでニールを思っているかのような言葉に、俺は素直に反抗する。
「別に俺はナルシストじゃねぇ。俺とニールは別の人間だ」
 別の人間で生まれかたら、きっとこの感情がある。
 元は同じ細胞だったとしても、俺たちは別々に感情があって、別々の事を考えていた。
 自分を愛するようにお互いを思ったわけじゃない。
 そんな言葉にならない俺の考えも、俺を包む刹那は理解してしまう。
「ナルシストだといっているわけじゃない。俺は神話になぞらえただけだ」
「神話って……ギリシャ神話の事か?」
 水面に移った自分を愛した男の話。
 俺とニールのどこにそれが当てはまるのかがわからずに、腕の中から刹那を見上げた。
「もうニールは居ないんだ。お前がいくら想像したところで、それはお前の中のニールでしかない。水面に移した自分の姿と変わらない。ニールが何を思っていたか、お前をどう愛していたかなんて、知ることは出来ない。そしてお前も、もうニールを愛することは出来ないんだ。それを忘れるな」
 厳しい言葉とは裏腹に、酷く優しく俺を抱きしめる刹那は、きっと自分にも言い聞かせているのだろうと、そう思った。
 どんなに姿が同じでも違う俺達に、刹那も絶望したのかもしれない。
 同じ顔で。
 同じ声で。
 おそらく同じ言葉で、愛を囁いた。
 無表情に見える顔の下で、こいつは何を思ったのだろう。
 秘匿義務が厳しい頃から俺の存在を知っていた刹那は、俺の存在を告げたニールに何を思ったのだろう。
 そう考えて、再び心の中に黒い感情が渦巻く。
 嫉妬だ。
 俺は嫉妬をしている。
 でもどちらに?
 わからないから、とりあえず目の前に居る刹那にぶつけてしまった。
「兄さんは、アンタの下で俺の事を思ってたかもな」
 どうせ抱いていたのだろう関係を問えば、その時になって初めて刹那は俺と視線を合わせて、ひそやかに口の端を上げた。
「……人の情事を聞くなんて、お前は変態か」
「別に詳細を聞いてるわけじゃないだろ。ただ兄さんはお前ので満足してたのかなって思っただけだ」
 まだ16歳だった刹那のセックスなんて、自分の同じ年頃を考えればお遊びみたいなものだっただろうと、そう告げる。
「試してみるか?」
「しねぇよ」
 俺が知らない世界はまだ目の前にあって、でも俺は臆病で晩生だから、それに手を伸ばせない。
 その上大人になって理屈を覚えてしまった今は、手を伸ばしたいとも思わないと、そう考えるのだ。
 即答した俺に刹那はまた小さく笑って、抱きしめていた俺を少しだけ放して、俺の額にキスを落とす。
 幼い頃、ニールが俺にしていたように。
「お前の中のニールは、ずっと子供なんだ。ニールにもお前の知らない時間があって、その分アイツも成長したんだ。お前との関係は聞いていたが、アイツは俺にそれを求めなかった」
 刹那の言葉に、俺は衝撃を受けた。
 俺とニールの関係は、ずっと俺がニールを抱いていた。
 そして見てしまった俺以外の人との情事でも、ニールは抱かれていた。
 だからずっと、彼は抱かれる事を求めていたのだろうと思っていたのだ。
 けれど刹那との間には、決まった関係は無かったのだと、刹那の言葉で初めて気がついた。
 いや、もしかしたら刹那はニールを抱いたことは無いのかもしれない。
 俺の知らない世界がまた目の前に置かれて、今度は俺は自分から手を伸ばした。
「じゃあアンタはニールのケツのよさを知らないんだ」
 いつでも俺が手を伸ばせるのは、ニールが導いてくれるから。
 ニールに関することなら、怖がる事無く手を伸ばせる。
 これがどんな感情かなんて、今となっては馬鹿らしいほどによくわかる。
 俺の問いに刹那はまた笑う。
「それは秘密だ」
「なんだよ、減るもんじゃないだろ? 教えろよ」
「お前が俺に教えないニールの事があるように、俺だってアイツに対して独占欲もある」
 秘め事だと俺の言葉をはねつける刹那に、俺は子供のように頬を膨らませて拗ねた。
 膨らませた頬を、刹那がいつでも撫でてくれるのを知っているから。
 人前では決して見せないこの優しい仕草に、俺は惚れた。
 それでも撫でるだけで結局言葉をくれない刹那に、俺はまた幼児性を露にしてしまう。
「ニールが生きてたら、きっとお前は俺になんて興味も持たなかったんだろうな」
 ニールに対する刹那の気持ちは、今の俺には嫉妬の対象だ。
 自分の事は棚にあげて、心を残している事を詰る。
 そんな俺に、刹那は小さくため息をついた。
 額にかかった息に視線を上げれば、刹那は眉を寄せて俺を見下ろしていた。
「ニールが生きていたら、俺に興味を持たなかったのはお前だろう?」
 呆れたように俺を見る刹那に、俺はまた反発する。
「あいつが生きてたらこんな事考えなかっただろうし、あの時の気持ちに気がつくことも無かったと思うぜ、俺は」
 だから問題はお前だと突っ張る俺に、刹那はまた笑う。

 過ぎ去ってしまった、幼すぎた恋心。
 今の優しい関係に安らぎを覚えているのは確かだけど、それでも想像してしまう。
 この場にニールが居たら、俺はどちらを選ぶのだろうか。
 それは刹那にも思うし、ニールに対しても思う。
 爛れた関係に、俺も小さく笑ってしまった。

 それでもあの時、確かに俺はニールを愛していたのだと、それだけは解る。
 そして今は、こんな馬鹿な言葉ばかり投げかける俺を包んでくれる刹那を愛しているのだとも。


 水面に移った影から視線を前に戻せば、ソコには変わらずに緩やかな川があり、俺はその流れに身を任せようと、艶やかな黄金色の肌に手を伸ばした。
「やっぱり入れさせてくれ。今すげぇ刹那の事抱きたくなった」
 同じ思いを抱えながら、それでも前を見ている今の相手。
 ベッドの中で体勢を入れ替えて、俺は刹那を抱きしめた。
 刹那の是非も聞かずに唇を合わせて、性急に俺を受け入れろと求めれば、唇を離した後、刹那は穏やかに笑った。
 その笑い方がニールと同じだと、俺は懲りもせずにそんな事を思いながら、それでも刹那を求めた。


 刹那がその笑い方をする時には、ニールの事を思っていると知りながら。






モテモテ兄さん。
ディランディ受けもいけます大好き(汗)。でも表現上刹那は右側固定が私の襟もち(←いみふめry)