見えていたはずなのに

『必然の出会い 偶然の恋』の、本文とラストの会話の間です。
リバ要素ありです。苦手な方はご注意を。

2010/05/26up

 

  知り合った場所はゲイバー。
  それでも二人は異性で、そうなったのはおそらく本能的な物だった。
  自称『ロックオン』は自他共に認めるアナルマニアで、自称『刹那』は自他共に認めるレズビアン。
  知り合ってから暫くは、普通の友人だった。
  いや、普通よりも少し親密度は高かった。
  理由は簡単で、二人とも腰が落ち着かないタイプだったからだ。
  お互いを浮気の誤摩化しに使い、そして話の裏を合わせる為に会話を重ねる。
  そうしていれば、自然と交遊は深くなる。
  嘘がバレて一人に戻れば、友人との交遊は更に深くなり、二人は自然と近い距離にお互いを置いた。

「……なんで服を着てないんだ」
  朝起きた刹那が一番に思った事が、それだった。
  いつもは寝るときも外さないコルセットも外れていて、ベッドの中で全裸だった。
  隣りには見慣れてしまった茶色い頭。
  うつ伏せで寝るのは彼の癖で、何度も部屋の行き来をしているうちに、自然と知った。
  顔は見えない。
  いつもの事なのだが、いつもの事ではない風景がそこにはあった。
  彼も、全裸。
  あり得ない。
  滅多に無い頭痛が刹那を襲う。
  男とソウイウ関係になるなど、あり得ない。
  何度もそう頭の中で繰り返して、それでも恐る恐る毛布を捲ってみる。
  やはり上半身同様、下半身も、二人とも何も身に付けてなかった。
  無かった事にしたく、そっと毛布を戻す。
  更に眠っている彼を刺激しないように、そっとベッドからも抜け出した。
  顔を上げて別人だったら困るからだ。
  キッチンに行き、冷蔵庫を開けて、中の冷気を浴びながら、取りあえず落ち着こうとミネラルウォーターをペットボトルごと煽る。

  何故こうなった。
  そう考えて、昨夜の自分の行動を振り返る。
  彼が振られて寂しいと言い、自分も彼女に浮気がバレて殴られた直後で、取りあえず飲もうと話し合った。
  その後直ぐに彼は刹那の部屋に現れて、持参した酒を飲み、更に無理矢理刹那に飲ませた。
  慣れない酒を飲まされたが、以外と美味だった事は覚えている。
  が、その後の記憶がスッパリ無い。
  何とか思い出そうと躍起になっても、無理な物は無理だった。
  状況から考えれば、何かがあったのだろうとは思う。
  だが、それ以上の事を考える事を、刹那の頭は拒否した。
  そして行き着いた答えが、『きっと暑くなって脱いだのだ』という逃避思考。
  もう一度ペットボトルを煽り、ふうっとため息をつく。
  落ち着いた。
  そう思った瞬間、視界に入ってしまった。
  胸の谷間に、赤い痕。
  見慣れているそれは、自分の身体にあるには凄まじく違和感をもたらす。
  大抵他人の身体で見る物で、自分の身体で見る場合は、鏡に映った時のみだ。
  しつこい女が刹那に縋り、所有の証を刻む。
  今回殴られたのも、気が付かずに彼女と会ってバレた所為だ。
  慌てて鏡に駆け寄れば、それは気の所為では無く、今も薄らと首筋に残っている。
  同じ物と思いたかったが、あからさまに色の濃度が違い、気が遠くなった。
  倒れる。
  そう思ったのと同時に、更に追い打ちをかけられた。
  足の間に、久しく感じていなかった濡れた感覚がつたったのだ。
  ピルはキチンと飲んでいるので、何となくは想像がついてしまったが、恐いもの見たさでつい俯いてしまう。
  刹那の足をつたうのは、やはり経血ではなく、白濁した液体だった。
  それを目にした瞬間、ぶつっと脳内のどこかの血管が切れる。
  掴んでいたペットボトルを、鏡の脇に置いておいたカラーボックスの上に『ダンっ』と音を立てて置き、大股でベッドに戻った。
  そして、未だ幸せそうに眠りこけている男から、先月肌触りが気に入って刹那が買った毛布を、思いっきり引きはがしてやる。
  急に襲った外気に、ロックオンはフルッと小さく震えたが、それでも寝汚く枕に縋り付いた。
  そんな姿が更に刹那の機嫌を低下させて、尚もうつ伏せで枕に埋もれている頭を、髪の毛を掴んで引っ張り上げた。
「んぁあ!? な、なんだ!?」
  腕力がある刹那には、男の頭一つなど、キャベツと同じ位にしか感じられない。
  それでも首にかかる加重に驚いて、やっとロックオンは目を覚ました。
  目を開けた事で、取りあえず掴んでいた髪の毛を離してやれば、目をパチパチと瞬かせながら、ロックオンは起き上がる。
  ……何も隠さずに。
  元気な下半身に、刹那の米神に血管が浮く。
  何故自分が、男の下半身など見なければならないのか。
  自前のそれに羨みも込めて、枕を投げつけてやった。
「ん……いやん、下半身攻撃は卑怯だろ」
「卑怯はどっちだ」
  全裸でベッド脇に立ちはだかって、状況を見せてやれば、ロックオンは当たり前のように刹那の姿を眺めた。
「……なに。卑怯って、お前さんのプロポーションの事?」
  とぼけているのか寝ぼけているのか判らないが、何故かロックオンの瞳は澄んでいた。
  昔拾った子犬を思い出す。
  再び現実から遠ざかりそうになった思考を引き戻して、足につたった液体を見せてやった。
  どうだ、と刹那が広げた足を、暫くロックオンは眺めて、何事も無かったかのように手元を探ってティッシュを引き抜き、拭う。
  丁寧な動作だったが、その手が股上まで上がった所で、刹那の限界は切れた。
  両手を合わせて、バキバキっと指を鳴らして、思いっきり即頭部に拳を叩き付けた。
「……ってえな! 何すんだよ!」
「それはこちらの台詞だ。お前、夕べ俺に何をした」
「何って……え? セックス……だけど?」
  怒り心頭の刹那を怪訝そうに仰ぎ見るロックオンに、罪悪感と言う感情は見当たらない。
  どういう事だともう一度指を鳴らせば、刹那の動作にロックオンが後ずさった。
「え、ちょ、ちょっと待て。お前、覚えてないの?」
「どこの事だ」
  酒を飲んだ事は覚えている。
  それ以降の事を問えば、刹那が信じられない事を、ロックオンは言った。
「え、マジで!? いやだって、スッゲエ口調だってハッキリしてて……!」
「ハッキリと、何をした?」
  手を治めて話を聞く体勢を刹那が整えれば、取りあえずの危機は脱したロックオンが、ベッドに正座した。

「……だから、ちょっと酒でいい気分で、更に溜まってるからお願いって、お前に言った」
「……それで?」
「それでって……そしたらお前もケツならいいってオッケーしてくれて……」
「……ケツ、な。だが、自分が酔っていたからと言って、普通にOKするのは信じられないな」
  確かに女の場所を使わないのであれば、刹那は『そのうち』と、遊びで話した事はあった。
  だがその時の条件は、当然ある。
  お前のケツも掘らせろと。
  それならば考えると、そう言っていた。
  刹那の想像通り、その時の言葉を繰り返したらしい雰囲気を、ロックオンは示した。
「あー、まあ、俺もオッケーしたんだけどさ」
「その割には、お前は元気そうじゃないか」
  実際に経験は無いが、アナルの初めては、かなり次の日が大変だと聞いた事はある。
  そしてそれは自分の身体にも感じる事で、確実に目の前の男は、刹那の女に突っ込んだ。
  その事実が、足をつたった精液だ。
  色々の意味を込めて冷ややかに見下ろせば、8歳も年上の男の友人は、可愛らしく『てへっ』と舌を出して笑った。
「俺が終ったら、お前イッたまま寝ちゃったから、ラッキーって……」
「…………」
  無言で先を促せば、更に枕を抱えたまま、大男が可愛らしく首を傾げる。
「いや、態とじゃないんだよ。俺も酔ってて、最初は『なんか感覚違う』って思ったんだけど、それ以上考えられなくてさ」
「…………」
「途中で『間違えてる?』とは思ったんだけど、受け専のケツよりもお前の気持ちよくて……」
「…………」
「……ヤっちゃいました」
  行儀正しく頭を下げて、「ごめんなさい」と謝る男に、終ってしまった事をウダウダ言っても仕方が無いと、刹那はため息をつく。
  別に大切に処女を取っておいた訳ではない。
  酔っていたとは言えオッケーしてしまったのは自分の様なので、仕方が無い。
  逆の立場なら、間違いなく刹那も頂く。
  そういう点では理解出来てしまい、初めて自分が普通の女ではない事を悲しいと思ってしまった。
  だが、ヤラレ損は納得出来ない。
  おもむろに踵を返して、クローゼットを漁る。
  異様な刹那の様子に、ロックオンはびくりと身体を震わせた。
「あ……あの、刹那君」
「なんだ」
  ロックオンは必ず刹那を『君』呼びする。
  それが彼女の精神的な苦痛を和らげるとわかっているからだ。
「お、俺、今日ちょっと用事あって、もう帰らないと……」
  だが、だからこそ、何を考えているのか何となくわかってしまい、そろりとベッドを抜け出そうと身体を動かした。
  キシリと小さく鳴ったスプリングに、刹那が振り返る。
  その手には、巷でよく見かける大人のオモチャ。
  更にベルトがついているとなれば、使い方は想像がつく。
  滅多に見ない全開の笑顔の刹那と言うのも、ロックオンの恐怖に拍車をかけた。
「不公平はいけないと思わないか?」
「い、いや……不公平? そうかな?」
「そうだ。お前ばかり満足するなんて、愛情が足りない」
「た、足りない、か? 俺は自前の使っただけで、お前だって自前のを使っただけだろ? 問題ない筈……だよな?」
「足りないだろう。俺は精神的な苦痛を受けたんだ。お前だって受けろ」
「あー、あの、責任なら喜んで取りますから……」
「ほお。なら問題ないな」
「えーと、いや、その責任じゃなくて、俺の一生ってどうでしょう?」
「一生俺の性奴隷なら、考えてやる」
「あーあー、あの、いくらでも刹那君が満足するまで腰振りますんで……」
「振らなくていい。寧ろ俺に振らせろ」
「あ! じゃあお前は外で振って来ていい! 俺はちゃんと今まで通り送り出す! 彼女作り放題! それでどうだ!」
「…………?」
「…………あれ?」
  売り言葉に買い言葉だったが、二人は自分達の会話がおかしい事に気が付く。
  お互いに、セックスをする事自体に違和感を感じなかったのだ。
  そして、こんな状況になったと言うのに、気まずさの欠片も無い。
  つまりは、そう言う事なのだ。

「…………」
「…………」
  ずっと友人だと思っていただけに、気が付いた衝撃は凄まじかった。
  それでも先に立ち直ったのは、年の功かロックオンで。
  今までの刹那の性癖を考えて、問いかけた。
「そう言えばお前さん、きもち悪くないのか? 吐きそうとか無い?」
  散々男に色眼鏡で見られる事に嫌悪を抱いていて、ロックオンは実際に、ナンパにあった直後に、刹那がトイレに駆け込んでいる現場を見た事があった。
  精神的な苦痛とは、直ぐに肉体に反映される。
  だが今、刹那は平気な顔で、ロックオンに向かっている。
  突っ込まれた事自体には怒りは出ず、更には一歩踏み込んだ関係に戸惑いを抱いていない。
  指摘された刹那は、自分の事だと言うのに目を見張った。
「…………ない」
  自分の身体の反応に驚きつつ、考え込む。
  そうとなれば、結論など一つで。
  それでも今更言葉にするのは気恥ずかしく、少し刹那は視線を逸らせた。
「…………お前となら、平気そうだ」
「あ……そっか。ならよかった。俺もどの女よりもお前がしっくり来るし、まあ……そう言う事で」
  暫く赤面して、お互いに顔を伏せる。
  結局、意識せずともお互いに男と女で、自然と道は決まる。
  ちらりと刹那を見上げて、ロックオンは呟いた。
「なら……さ」
「……なんだ」
「このまま付き合っちゃったりなんか……するか?」
「……まあ、自然なんだろうな」
  ぽつりぽつりと確認して、二人同じタイミングでため息をつく。

  アナルマニアとして浮き名を流したロックオンが行き着く先が、レズビアン。
  レズビアンで数多の女を泣かせた刹那の行き着く先が、女の敵。

  割れ鍋に綴じ蓋と言う言葉が、自分達程似合うカップルはいないだろうとは、それぞれの心の中で呟かれた言葉だった。

  決まった道筋に取りあえず落ち着いて、全裸の状態を二人揃って体裁を整えて、刹那はキッチンで暖かいコーヒーを入れる。
  服装はいつもとはかなり隔たりがあるが、もうお互いがいる状態が当たり前すぎて、初めての朝の感動も無かった。
  それでも落ち着ける。
  ベッドで静かに二人でコーヒーを啜った。

  だが、あまりの事に流されそうになっていた事を、刹那は思い出す。
  小さく「あ」と呟いて、ロックオンのコーヒーを取り上げた。
  そしてそのままバスローブ一枚の男を押し倒す。
  朝から……とは、当然思わなかったロックオンは、付き合うと言う事でその気になってくれたのかと刹那の体を受け止めた。

  そう、流されたのはロックオンだけだった。

  ロックオンに馬乗りになった刹那の手には、会話の前に刹那が出して来た、刹那が必要なセックスの道具が握られていた。
「……え、あの、あれ?」
「なんだ、俺の彼氏。問題ないだろう?」
「いや……あるんじゃないかな?」
「愛してるぞ。……お前のケツまでもな」
「ええぇ……いや、そこは愛さなくてもいいや」
「遠慮するな。アナルが好きな女とも付き合った事もある。俺に任せろ」
「え……いや、まかせられな………」



  その後、ロックオンの悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
  それでも結局、二人とも浮気の虫はぱったりと無くなり、墓まで共にすることになる。





end


おなべです。やっちまいました……。
ぴったりの相手との出会いなんて、きっとこんなものなんだよ、的な、夢の無い感じですみません。
しかも兄貴がほられててすみません。
刹那さんの愛の証だからさ……(横目)。