その日、刹那は憂鬱だった。
理由は簡単。つい昨日、彼女に振られたのだ。
更にその理由も在り来たりだった。
単に、浮気がバレたのだ。
身長が高く、顔も精悍な刹那はモテる。
だが、そんな刹那の唯一の欠点と言えば、極端な面倒くさがりな所だった。
付き合うのも流れで、別れるのも流れ。
そして浮気も流れだった。
断るのが面倒なのだ。
女の刹那に何故彼女がいたかと言えば、それも理由は簡単だ。
刹那は女にしか興味が持てなく、更に言えば、自分の性別に違和感を覚える、世間一般で言う所の『性同一障害』の持ち主であった。
コルセットを外すのがきもち悪いと感じる。
張り出した自分の大きな胸に、何度絶望と違和感と、おぞましさを感じたか判らない。
何より我慢が出来ないのが、月に一度訪れる、月経。
ずっとピルを飲み続けて、無理矢理止めているのも、経費はかかるが精神的負担を考えればマシだと思えた。
憂鬱な気分のまま、刹那はいつものゲイバーに訪れていた。
ゲイバーとはいっても、どちらかと言うと同性愛嗜好家のよりどころの店で、男装女装に隔たりのない店で、更に食事も美味であり、週末になると必ず刹那はそこを訪れていた。
制服のスカートが穿けずに会社員は出来なかったが、それでも力仕事の男の現場で働く刹那の収入は多く、遊ぶのには事欠かない。
男装のホストクラブへの就職も考えたが、将来性を取って、ガテン系の仕事を選んだ。
ホスト程の収入はないが、逆に遊ぶ時間はある。
刹那の好きな、女の喘ぐ顔を拝める機会が多い、と言う事だ。
そして今日も……いや、今日は、新しい相手を捜して、人待ち顔で店の隅のカウンターに陣取っていた。
「……ねえ、一人?」
深夜に差し掛かった時間にかけられた声は、刹那の待ち望んでいた艶やかな女の声ではなかった。
振り向く価値もないとばかりに無視をして、手元に置いてあるアイスコーヒーを口に含む。
酒はあまり好きではないのだ。
あからさまに無視をしている刹那に構わず、声の主の男は話し続ける。
「あれ、こんな時間にアルコールじゃないんだ?」
やかましい。
そう思いつつ、テーブルに肘をつく。
声の方向とは逆の方に顔を向けて。
それでも声の主は諦めず、いきなり刹那の目の前に顔を晒した。
一瞬、見つめてしまった。
それほど刹那の前に表れた顔は、美麗、という言葉があっていた。
言葉が英語だとは思っていたが、人種が入り乱れた24世紀に、ここまで完璧な白人種と言うのも珍しいと思ったのだ。
抜ける様な白い肌に、翡翠の瞳。
光の当たる部分は金髪にも見えるが、綺麗な栗毛が軽くうねり、鎖骨をくすぐっている様子がうかがえた。
ふぅん、と思い、あからさまに刹那はその男の全身を見回す。
舐める様な品定めの視線に、男は「お」と、小さく声を上げた。
「あれ、お前さん、女か」
そう言われて納得する。
普段から力仕事をしている御陰で、体格には事欠かない刹那は、一見では滅多に女に見られる事はない。
辺りを見回せば、丁度時間なのか、男の方が多かった。
男に向かって、刹那は無愛想に、それでも知っている人物が見れば驚く、きちんとした返事をした。
「ああ、悪いな。俺の方が今日は外しているらしい」
バーの中で、バーテンがちらりと刹那に視線を送る。
おそらく彼は頭の中で、「この人、言葉しゃべれるんだ」位の事を思っているのだろうと、刹那は小さく笑った。
そして去るだろう男に手を振れば、その男は予想外の動きをした。
「へー、もったいない」
「……別に」
昔から何度も言われている言葉だ。
美人なのに、そんな性癖でもったいない。
普通の感覚なら、彼氏も結婚も思いのままだろうに、などと、余計なお世話だと叫びたくなるのを何度堪えたか判らない。
それをしないのは、偏に『面倒くさい』だけだからなのだが。
刹那の機嫌の降下を悟ったらしい男は、慌てて首を横に振った。
「違う違う。美人なのに、じゃなくて、カッコいいのに、って思ってさ。女なんて、もったいないなって、そう言う意味」
男から初めて言われる言葉に、刹那は目を見開いた。
驚く刹那の様子を見て、言った男は首を傾げる。
「あれ、言われた事ないのか?」
「……いや、女からならあるが……」
「あはは! そらそうだ。だけどまあ、多分この店の中で、同じ事思ってるヤツは何人もいると思うぜ?」
明るい男の声に、珍しく刹那は興味を持ってしまった。
男に対してなので、性的な物はないが、面白いヤツだと思ったのだ。
視線で空席の隣りを促せば、男は刹那の促しに従い、隣りに陣取りバーテンにウィスキーを頼む。
「あー、俺も今日は外してるんだよなぁ」
直ぐに出されたグラスに口をつけて、男は嘆く。
「そうなのか? 今日は男が多いじゃないか」
「いや、なんか同類が多くてさ。俺、タチ専なのよね」
「要するに、アナルマニアか」
「イエス。だけど遊ぶんなら、男の方が締まりがいいから、漁りに来た」
遊びと言う言葉を出した男に、疑問を感じた。
「……女でも平気なら、相手に事欠かなさそうに見えるがな」
「そうでも無いのよねー。つか、女面倒。ネコ専も面倒だけど、まだマシ」
「そうか? 女は可愛いじゃないか。少し甘い言葉を吐けば、簡単に喘いでくれる」
「あー、なんか、アンタからその言葉出るの、凄い似合ってる。俺にもその才能頂戴」
男はけたけた笑いながら、再びグラスに口をつける。
刹那も同じように、アイスコーヒを口に運んだ。
「でもさー、女って嫉妬深いじゃん。一回浮気したら修羅場なんて、面倒だろ。その気になったときがヤリ時って、理解してくれない」
言葉と同時に頬を撫でる男は、どうやら昨日の刹那と同じ様な経験をして来たらしい。
男の仕草に、思わず夕べの痛みが思い出されてしまって、刹那も頬を抑えた。
「あれ、お前さんも同じ?」
「ああ、久々にバレた」
「で、振られた?」
「ああ」
「お仲間ー!」
酒が回っているらしい男は、いきなり刹那に抱きついて来た。
女の身体は好きだが、男の身体に抱きつかれるのは好まない刹那は、顔を顰めて男を避ける。
そんな刹那に、男は興味津々で問いかけて来た。
「でもさ、久々って、ずっとバレなかったって事だろ? コツとかあんの?」
「別に、話さなければいいだけだ」
「携帯とか見られたら?」
「見せない。ロックを怠らない」
「『電話掛けたのに出なかったわ!』って問いつめられたら?」
「『寝ていた』か、もしくは『友達の家で騒いでいた』、だな。友達と騒いでいるには変わらないから、嘘ではないしな」
「まあ、あんあん言ってるかぎゃーぎゃーかの違いはあるけど……いい手。今度から使おう。有難う」
テーブルに乗せていた手を取られて、強引に握手をされる。
馴れ馴れしいとは思うが、不思議と不快ではなかった。
今まで男相手に感じた事の無い感覚に、刹那は首を傾げる。
なんとなく、コイツ相手ならいいかもしれないと、頭の片隅をそんな思考が掠める。
じっと男を見た刹那に、男は一瞬目を見開いて、その後、悪戯っぽく目をすがめた。
「……お前さん、ネコ出来る?」
「……いや、出来ないな」
頭を掠めた思考は、やはり刹那はタチで、男を喘がせたい、と思ったまでの事だった。
「一遍試してみない? 後ろ、気持ちいいぜ?」
「お前こそ試してみないか? マグロと言うのも気持ちいいぞ」
「マグロ、いいねー。でもやっぱり突っ込まないと気が済まないんだな」
「突っ込まれるのも経験だと思うぞ。喜んでお相手させてもらう」
「…………」
「…………」
暫し見つめ合い、吐き出したため息のタイミングがぴったりと一致する。
「いい友達になれそうだ」
「ああ、俺もそう思う」
掲げられたウィスキーグラスに、アイスコーヒーのグラスを合わせて、取りあえずの出会いを乾杯した。
「俺、ロックオン・ストラトス。当然偽名だけど。お前さんは?」
「刹那・F・セイエイだ。当然偽名だが」
ニヤリと笑い合い、男、ロックオンが会計を求める。
当然のように、刹那と合算を頼んだ。
その後、店を出た二人が向かった先は当然ホテルではなく別のバーだった。
だが、その後の関係は、お互いに驚きに満ちた物になったのだった。
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後日の会話。
「女って、便利だったんだな」
「いや、俺もマグロがこんなに気持ちいいとは思わなかったよ……」
おかまの日に日記にアップした小ネタ。
なんか、普通にニールだと思って書いてたんですが、読み返すとライルでも当てはまる様な……?
まあどっちにしろ、ネタがムーンサルト過ぎてどうしようもないですね……。
男の刹那を女体化させて、更におなべで男装でタチでって、ワタシは刹那をどうしたいんだ……!(汗)
ともかく、一応これでくっ付いてるんです……(遠い目)。
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