武力介入前に、討議して決定された事だった。
刹那は外見上の問題で、生活していて目立たない場所が無く、つまりは人種に紛れる事が難しく、また性別も考慮されて、安全性の高い国に配置された。そして人種の交流が盛んな経済特区の一つの日本にその身を置く事になった。
色々な事情で決まった場所だったが、一番の理由としては、刹那は日本語が話せる事だった。
孤立した島国の日本は、進んだ環境整備のおかげで情報は他よりも手に入れやすいが、島国ゆえに独自の言葉が24世紀に至っても生活の中で生きていた。
他の国が共通語と打ち立てて、独特の癖の無い英語を教育に組み込み、または生活に組み込んでいる中、日本だけは自国語のみを操る人間が国民の40%を占める風変わりな場所だった。
そんな場所には、盛んな経済活動を求めてやって来た外国人が多く住み、若い世代は日本を母国としようと日本語の勉強に勤しむ者も少なくない。刹那が紛れるには丁度良い場所だった。
だが、刹那の潜伏場所がマイスターに告げられた時、ロックオンは頭をかいた。
結果的に良い方向に使える事になったが、元をただせば刹那の日本語会得は己の発言だ。
刹那と最初に恋愛騒動が起こった時に、自分の感情に気が付く事が出来ずに、刹那を退けるために、ロックオンが零したロックオンの好みの女性のタイプ。
伝説になっている『ヤマトナデシコ』と言われる日本女性が好みだと刹那に伝えた事に由来している。
なにか強要してしまった気がしなくもない。
気まずさの上、それ以外の理由で近くは無理でも、出来ればロックオン自身が出入りしても目立たない場所を刹那の潜伏先に望んでいたのだが、結果は望む通りにはいかなかった。
ロックオンは当然、日本語など話せない。
知識として多少はあるが、それでも意思の疎通は図れない。
それでもこの時代、先進国なら共通語を義務教育で習っている筈だからと、軽く考えて異議も唱えず、己の端末に刹那の位置情報を登録した。
何故あの時に異議を唱えなかったのか。
ロックオンは日本の空港に降り立ち10分が経過した今、真剣に頭を抱えるのだった。
刹那と連絡が取れなくなった。
スメラギが慌てた様子でロックオンに通信してきたのは、ロックオンが日本の事情に頭を抱える10時間前の事だった。
「端末忘れてどこかに行ってるだけだろ?」
『アナタじゃないのよ! 刹那はそんな事したこと無いわ! それに丸一日連絡がつかないっておかしいでしょ! 見て来て頂戴!』
さり気なく失礼な事を言いつつ、前日までデュナメスを駆ってミッションをしていたロックオンを、スメラギは追い立てた。
連日の武力介入に、流石のロックオンも疲労が溜まっていたのだが、それでも刹那の事となればやはり心配にもなる。
今はアフリカ大陸をぐるっと回って、天国に一番近い島とその昔謳われていたニューカレドニアにいる。
直行便のエアラインも日本とは繋がっていて、更に刹那との関係を考えれば自分が一番だとも思う。
それでも清清しい気候と青い空に、ロックオンの腰は重かった。
「……そのうち繋がるって」
気だるくスメラギに自身の疲労を訴えてみるが、当然そんなものは通じない。
目を吊り上げたスメラギに、日頃の刹那に対する態度を窘められてしまう。
『貴方本当にダメな男ね! いつまでも刹那が着いて来てくれると思ったら大間違いよ! 私が教育し直してやる!』
「あーハイハイ解りました行きますよ。大事な嫁さんだ」
言葉の上では扱っているが、とてもではないが傍目から見て「大事」にしているように見えない。
のんびりと動く気配のロックオンに、スメラギは一括した。
『キリキリ動け! このロリコンがぁ! 若い娘のエキス吸ってるんだから元気でしょぉ!』
「若い娘のエキス切れてるんだよ。誰かさんがこき使うから」
『ならサッサと吸いに行って来い!』
どの道行くしかないと諦めて、ロックオンは隠れ家の一つを後にしたのだった。
そして日本にたどり着いて、ロックオンは困り果てた。
地元民らしき人々は、誰もがあからさまに『外国人』であるロックオンを避けて通るのである。
空港内は複雑な作りをしていて中々目的地に辿り着けない。
案内板が切れる場所で、この道で合っているのかと問おうとすれば、まるで引き潮のように人がロックオンの周りから引いていったのだ。
(シャイな民族だなおい!)
心の中でそう切れて、それでも黙々と歩いて何とか案内所にたどり着いた頃には、もうロックオンはヘトヘトだった。
体力的にと言うことではなく、精神的に。
案内所の人間は流石に言葉が通じたので、刹那の家までのルートは確保できた。
その会話の中で、思わず受付の女性に零してしまった。
「日本人って、共通語わかんないの?」
そう言うロックオンに、受付嬢は営業スマイルで答えてくれた。
「まだ生活の言語が日本語なんです。ここは島国ですから、特定のルート以外では外国人との接触がないので、どうしても皆慣れ親しんだものを利用してしまうんですよ」
「経済特区なのに?」
「会社の中では基本的に共通英語ですが、日常会話は別なんです」
「へぇ……不便だなぁ」
「初めていらっしゃる方は、皆さん同じことを仰いますよ」
暗におのぼりさん的に表現されて、ロックオンは肩をすくめる。
確かにCBに入るまで、生まれた国を出た事は殆ど無かった。
自分の身分証明を見せびらかすようなリスクを犯してまで、いきたい場所も無かったのだ。
暗殺業は密入国出国を繰り返して行っていた為に、公共の場所を利用する事もなかった。
そもそも、依頼の大半がヨーロッパ地区に集中していて、慣れ親しんだAEUの空気しか、未だに知らない。故に、ロックオンの話せる言語は、AEUに属している国のモノだけなのだ。こんな小さな島国で、更にはユニオン地区の言葉など、学ぶ必要性を感じた事はなかった。
「ありがとう。心して観光するよ」
「よい旅を」
挨拶を交わして、公共の交通機関に乗り込む。
経済特区だけあり、公共の乗り物も驚くほど綺麗で、ロックオンはどこから見ても立派におのぼりさんな観光客丸出しで辺りを見回しながら目的地に向かったのだった。
苦労してやっと辿り着いた刹那のマンションで、またその清潔さに口をあけてしまう。
(……俺に割り当てた部屋とは随分違うじゃないかッ)
今出てきた隠れ家も、ダウンタウンに近いアパートの一室で、それでも気候の素晴らしさに感動していた。
更には地元のAEUにも隠れ家を与えられていたが、そこもやはり安い一般的なアパートで、今目の前にある刹那の高級マンションとは天と地ほどの開きがあるように見える。
女尊男卑だと、その昔に逆の事を盛んに唱えていた国で文句を零す。
玄関ホールで、オートロックの入り口を開けてもらおうと刹那の部屋番号をコールしたが、スメラギの言うとおりに刹那は出なかった。
玄関ホールの扉が開かなければ、刹那の部屋の扉にも辿り着けない。
仕方なく管理人を呼ぼうかと考えていると、背中から声がかかった。
『あれ? その番号お隣さんですか?』
振り向けば、金髪の女の子を連れた若い男の子がロックオンの指先を見つめている。
表示されている部屋番号に気がついてくれたようだった。
だが、ロックオンは彼がなにを言っているのかが解らない。
おそらく日本語なのだろうとは当然思うのだが、空港で手酷い仕打ちを受けた気になっているロックオンは、今度は自分が口を開くのをためらってしまった。
ロックオンの反応に、少年の隣にいた女の子が笑って話しかけてくれた。
「共通語なら大丈夫ですよ。私ならイタリア語でも大丈夫」
「ああ、助かった」
ほっと胸を撫で下ろして、ロックオンは刹那の事を尋ねた。
「二日位連絡が取れなくて来てみたんだけど、知らない?」
気軽に問いかけてみたが、その問いかけの内容に、少年少女は視線を交わす。
そして、あからさまに不審者に対する視線をロックオンに投げた。
マンションの設備から見て、その視線の意味を察する。
玄関ホールにまで鍵がつけられているのだ。住人はそれなりに警戒心が強いとわかる。
ロックオンは持ち前の外面で笑い、少年少女に自身の身の証明を話した。
「俺、刹那の旦那なの」
「「はあ!?」」
二人が素っ頓狂な声をあげた事で、この二人が刹那を見知っているのだと理解できる。
普段の対人態度を見ていれば、刹那に特定の相手がいるなどとは思えないだろう。
紆余曲折があったにせよ、今現在関係を確立させていても、ロックオン自身もびっくりな状況だ。
アレで可愛いんですよ、と、思わず惚気たくなったが、言葉を笑顔で誤魔化して現状を探る。
とにかく連絡を取らなければいけない。
それにココまで来て顔も見ずに帰る事など、当然ロックオンには出来なかった。
「勉強には反対しないんだけど俺、この通り日本語解んないしさぁ。日本は反対したんだけど、アイツどうしても日本の文化が勉強したいって言って、それなら一人でどうぞってふざけていったら、ホントに来ちゃったんだよね、一人で」
仲間内で設定されている刹那の身分証に、夫婦としておかしくないであろう理由をつけて説明すれば、刹那の性格を知っている二人は素直に笑ってくれた。
「あの子ならやりそう!」
「そこまで凄いなんて……」
少年の台詞に、どういう隣人対応をしているのか、顔を見たら問いたださねばと思ってしまった。
とにかく玄関ホールで立ち話も無いのでと、管理人にパスワードを渡して開けて貰うとロックオンが二人に言えば、住人であろう少年の方が「結構待つので、うちにどうぞ」と親切に誘ってくれた。
優しい子だなぁと感心しつつ、更には女連れであることに、少女の風貌から刹那はこの子の照準からは外れそうだと安心もし、ロックオンは甘えて刹那の隣の家にお邪魔することにした。
外観だけではなく、内装も綺麗なエレベーターを使って高層階に到着して、少年の背中を追って部屋まで着くと、ロックオンの耳にも少年が立ち止まった部屋の隣りの部屋の生活音が聞こえた。
いるじゃないか、と、思わず少年と視線を合わせてしまう。
少年少女が見守る中、ロックオンは直接部屋のドアの横についている呼び鈴を鳴らした。
だが、暫く待ってもドアが開かれる気配は無い。
それでも生活音が中から途絶える事無く響いているので、目立つなとは思ったが、ロックオンはドアを直接叩いて声を張り上げた。
「刹那ぁ! 俺だ! 開けろ!」
部屋の作りはわからないが、聞こえてくる水音がドアの近くから響いている事で、おそらく聞こえるだろう音量で叫べば、ドアの内側がガタガタと慌てているような不振な音を立てる。
その後、ガチャリとドアが内側から開かれる。
出てきたのは当然刹那で、何時ものように笑って「よっ」と手を上げれば、ロックオンの顔を見た刹那は、珍しく顔を顰める。
「……何しに来た」
「何しにって、随分なご挨拶だな。お前が連絡つかないから見に来たんだろ? 通信くらい出ろよ」
「……今忙しい」
「おま、それが夫に対する言葉かよ。忙しい事情くらい説明しろって」
「……一週間後に連絡をいれる。それまで待て」
淡々とそう言い放って、再びドアは閉められてしまった。
あまりの事に、ロックオンは勿論、その場を見守ってくれていた隣人の少年少女もあっけに取られてしまった。
閉じられたドアに唖然としつつも、それでも一週間と言われて、それまで自分はどうしたらと、慌てて再びロックオンは扉を叩く。
「ちょ、おま! 入れろって!」
バンバンドアを叩いても、今度は扉は開かれなかった。
なんなんだと、呆然としてしまう。
あからさまに刹那は何かを隠している。
それも、部屋の中に。
まさか中に男がいるとか。
そんな不穏な事も考えてしまう。
そして不穏な考えというのは簡単に打ち払えるものではなく、ロックオンは一旦止めたノックを再開させるのだった。
「いいから開けなさい! 事情を説明しろ! それが礼儀ってもんだろ!」
ドンドン扉を叩くが、一向に扉は開かれる気配を見せない。
騒動に、段々周りの部屋のドアが開かれていく。
何事かと近隣が騒ぎ始めて、流石にこれ以上は無理だと判断したロックオンは、小さく舌打ちをした。
だが、まだ背後で見守ってくれている少年少女に気がついて、ふと思いつく。
「お前さんの家、刹那の家の隣なんだよな?」
突然かけられた声に、少年の方がびくっと反応を示す。
「は、はい。僕の家、ココです」
少年がビクビクと、刹那の部屋の隣りに設置されているドアを指差す。
それを確認して、ニヤッと笑いながら頼みごとを口にした。
「悪い、ベランダまで入らせてくれ」
「……ベランダ?」
ロックオンの言葉に、今度は少女が首を傾げた。
どうやら少年よりも少女の方が度胸があるらしく、堂々とロックオンと渡り合う。
会話がし易い少女に向かって、ロックオンは手を合わせた。
「頼む。コレじゃ埒あかねぇ。ベランダから中の様子見る」
「はあ!? ココ16階ですよ!?」
「そ、それにお隣とはベランダ繋がってませんよ?」
あまりの事に驚く二人に、ロックオンは情に訴える作戦に出た。
「だって! どう考えてもアレ不振だろ! もし中でなんか問題が起きてたら心配なんだよ!」
先ほどの刹那の様子を、ドアを指差して訴えれば、少女はそんなロックオンにニヤリと笑う。
「ラブラブですねぇ」
「愛してなかったら、言葉も通じないこんな所までこねぇって。だから、な?」
上手く乗ってくれた話題に、ロックオンは内心でほくそ笑み、更に手を合わせる。
少年の方は困った顔だが、それでも溜息をついて自宅の鍵を開けてくれた。
そしてロックオンを招き入れてくれる。
「ちょっと待っててください。確かこの間大掃除した時の麻紐が……」
部屋に入るなり、ロックオンの行動を助けるように、命綱代わりのものを探してくれている。
だがなにせロックオンだ。そんなものは必要ない。
「状況見せてくれ」
「どうぞ。リビングが隣り合わせで作られてますから、刹那さんの家のリビングのベランダは見えますよ」
吐き出し窓の側に、持っていた大荷物を置かせてもらい、おもむろに窓を開ける。
外を見れば、確かに繋がってはいない。
だが手すりと手すりの間を目測すれば、その距離たったの30センチといったところだった。
どんな高級マンションでも、所詮は集合住宅だ。そんなに贅沢な面積など取れるはずもない。
予想通りの状況に、ロックオンは少年を待たずに、靴下を脱いでベランダの手すりに飛び乗った。
「やあぁ! 危ないですよ!」
「大丈夫だって。ココに雨どいもあるし」
そういって、ベランダ脇に設置されている管を掴んでいるとアピールして、ロックオンは膝に力を込めた。
手を軸にして、適当にジャンプする。
「きゃああ!」
慌てた少女がベランダに駆け出してきたが、その時はもう、ロックオンは刹那の家のベランダに着地した後だった。
少女の叫びにつられて少年も慌てて飛び出してきたが、二人に向かってロックオンはウィンクを投げて無事を伝える。
「……すごっ」
「さすが……刹那の旦那……」
二人の賞賛は、果てさてどちらに掛かっているのか。
ロックオンが凄いのか。
それとも浮世離れした刹那の旦那としての立場なのか。
微妙な褒め言葉に、にっこり笑い返してやる。
一通りの挨拶を済ませて、さて、と、ロックオンは向き合った。
目の前には、刹那の家の窓。
ガラスを突き破るのは流石に乱暴なので、とりあえず張り付いて中を覗く。
カーテンの隙間に、刹那の黒いズボンが見えて、リビングにいることを確認した。
そして近づくタイミングを見計らう。
近くに来たら、思いっきり窓を叩いてやろうと思っていたのだ。
だが、ロックオンのその目論見は消えてしまう。
ため息をつきながら、刹那が内側から窓を開けたのだ。
「…………」
ロックオンを見つめる視線は、非難に満ちている。
ミッションでもないのに反抗的な視線を送る珍しい刹那に、ロックオンも頬を膨らませた。
「なんだよ、お前が隠すからだろ」
「だからといって、沙慈に迷惑をかけるな」
「沙慈クンっていうのか? 彼」
「名前も聞いていないのか。それでよく頼み事など出来たな」
「人徳だろ」
果たせた目的に笑ってやれば、刹那は溜息をついて諦めた風情を漂わせた。
そしてベランダに出て、隣のベランダに顔を向ける。
『悪かった。今荷物を取りに行かせて貰う』
『あ……うん、いつでも良いよ。忙しいんでしょ?』
『主人の不始末は俺の不始末だ。本当に申し訳ない。わがままで俺も困っている』
『あ、ホントに旦那さんなんだ。随分若いね』
驚いている沙慈に、もし違っていたらどうしたのだろうと刹那は小さく笑ってしまう。
『ヤンチャなんだ、まだ。では後で』
静かにロックオンがわからない言葉で会話を終わらせて、ロックオンを部屋の中に引き入れてカラカラと窓を閉めた。
その時、リビングに繋がっている部屋の一つから声が響く。
響いた声に、ロックオンは固まった。
「……は?」
「説明する。だから少し見ていてくれ」
「え……え? あれ、なんで……俺仕込んでた?」
聞こえてきた声は、どう聞いても赤子の泣き声だった。
この場に居るはずのない存在に、驚きを隠せない。
「だから、説明するから少し見ていてくれ。出来れば抱いてやっていてくれ。体温がないと不安らしいんだ」
「あ……へ……あ、うん……?」
ロックオンの了承の言葉を聞いて、刹那はキッチンに向かってゴソゴソと何かを取り出している。
パタンと扉を閉じた音と共に、刹那は何かを抱えて玄関を出て行ってしまった。
「……なん、で?」
後略
このシリーズの兄貴なので、やっぱりずっとダメ系ですスミマセンヽ(;´Д`)ノ
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