ルフラン

※本文中盤です

2011/04/23up

 

前略




「刹那、お前さんはこの世から扮装が無くなったら何がしたい?」
 ありえない話だと思う。
 大なり小なり、社会生活を人間が営んでいる限り、意見の食い違いはあり、それが紛争に発展する。
 あくまでも、大規模にならないように俺たちは暗躍しているだけで、本気でこの世から争いがなくなるなんて誰も思っていない。
 それでも望んだ世の中で何がしたいのかは、大切な生きる指針だ。
 俺が問えば、刹那は天井を見つめたまま、淡々と答える。
「そんな世の中はありえない」
 馬鹿正直に答えるものだから、思わず俺は笑ってしまう。
 それでもその「ありえない」モノを望んで活動をしているわけだから、希望がなければいけないのだ。
 俺も馬鹿正直に、刹那の答えに答える。
「ありえないと思って、お前はミッションこなしてるのか? それはミス・スメラギに失礼だろ。彼女の戦術を否定するのかよ」
 スメラギの表の仕事はミッションプランの確立だが、その先にあるものは当然紛争の根絶なのだ。
 俺がそう問えば、刹那は黙る。
 そして数泊置いて、瞳を閉じた。
「……考えた事が無かった」
「だろうな。でもそれ最悪だ」
 瓶の底に一口残っていたビールを飲み干して、寛ぎの時間に久しぶりにタバコを手にする。
 火をつけて吸い込めば、久しぶりのその感覚に少しだけ眩暈がした。
 それでも心地いい。
 ゆったりと吸っていれば、珍しく刹那から話しかけてくる。
「そういうお前はあるのか? 紛争がなくなった世界でしたい事というのが」
 同じ組織に身を置いている俺に、刹那は真顔で問うて来る。
「あるぜ、当然。聞きたいか?」
 紫煙をくゆらせながら視線を送れば、刹那はじっと俺を見つめ返す。それは肯定の意思だった。
「俺は、誰かが帰ってくる事が出来る家が作りたい。安心できて、ソコが絶対の場所になるような、そんな家だ。元々俺には親が作った家がそうだったけど、無くなっちまったからな。活動動悸もソコだしな」
 あの当時は付き合っている彼女も居て、実はその彼女との未来を、あの実家で夢見ていた。
 両親が築いた家庭を、俺もあそこで作るのだと。
 ニールは消える直前に、遺産放棄の書類を俺に送って寄越していて、あそこは俺の持ち物だった。
 それでもまだ十代だった俺が手放さなかった理由は、消えたニールが帰ってこられるようにと思う気持ちが0ではなかったから。
 あそこを離れたら、家族の絆がなくなってしまう。そう思っていた。
 俺の言葉に、刹那は再び天井を見上げて、ふっと表情を緩めた。
「ああ、それは素敵な夢だな」
「だろ? 実現できた時に、可愛い嫁さんが隣にいれば尚いいけど、ソコまでは期待してないけどな」
 こんな生活を送った俺が、結婚なんてできるわけが無い。
 スパイに暗殺。平凡なサラリーマンだった俺の手は、5年の月日をかけて血に染まった。
 サラリーマンだった頃だって、出世の為に同僚を蹴落とした事だってある。あの頃はそれだけで少しの罪悪感を抱いたが、今はもう、人の命を遣り取りしなければならない身で、ミッションに一々罪の意識を感じていたら、病んでしまう。
 まったく何も思わないわけではないけれど。
 こんな俺と人生を共にしてくれる女なんて、それこそ組織の中で探すしかない。
 その上、目の前の刹那くらい肝が据わっていなければ、俺のしてきた事の重さに耐え切れないだろう。
「……あ」
「なんだ?」
 自分の思考に、更なる夢の手がかりを見つけて、思わず声を出してしまう。
 女として興味があり、これだけのいい女だ。俺の夢に入ることに躊躇は無かった。
 そして彼女に得て欲しいと思っていたことも、彼女の同意さえ得られれば、同時に達成できる。
 寛いだ談話の延長で、遠慮なく俺は刹那に問う。
「お前の夢、俺が考えるっていうの、どうよ」
 俺の言葉に、刹那は眉を寄せた。
「意味がわからない」
 夢は自分で考えるものだと言う事は理解しているのだろう刹那は、俺の言葉を問う。
 そんな刹那に、俺は笑顔で答えた。
「俺の夢の一部に、お前さんが入る。俺の作る誰もが帰ってこられる家では、俺の隣でお前が笑ってる。そういうの、どうよ」
 可愛い嫁さんの例として告げれば、刹那は今までに無く顔を顰めた。
「お前は「可愛い女」が好みなのだろう。何故俺が引き合いに出る」
「お前だって可愛いぜ? その天然な所とか」
「天然、とはなんだ」
「そういう所」
 解らないと瞳で問いかける刹那に笑顔で返せば、俺の真意を探るように再び見つめてきた。
 ベッドの上の女と見つめあうなんて、どうしてムードがあるじゃないか。
 しかもそのベッドがダブルだから余計だ。
 それでも俺に恋愛感情を持ち合わせていない女に求めるのは、育てられた土地柄ゆえか憚られて。
 咥えていたタバコの煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した後、とびっきりの笑顔で会話を締めくくった。
 だが意外なことに、その会話を刹那が続ける。
「お前は俺と結婚できるのか?」
「……できるのかって、なんだよ」
 おかしな問いかけに、俺は視線を刹那に戻す。
 俺の方からしたプロポーズを問い直されるとは思わなかった。
 まあ、真剣な求婚ではないが、夢の一環としてでも言葉にした俺に問うなんて、どういうつもりなのか。
 視線の先の刹那は、心底不思議そうな顔をしていた。
「……なんだよ、その世界の七不思議に出会ったみたいな顔は」
「不思議だろう。俺はお前の敵なのだから」
「敵って、なんだそれ」
「子供の頃はKPSAに所属していて、アニュー・リターナも殺した。お前には敵以外の何物でもない」
 何度も繰り返されているこの言葉に、俺は肩をすくめる。
「お前もしつこいなぁ」
「事実だ」
 刹那が関わった色々な事にまったく何も思わないわけではないけれど、過ぎ去った事だ。
 それにアニューの事は、もう気持ちの整理がついていると何度も伝えているはずなのに、何故こうもほじくりかえすのか不思議だ。
 あの事件は、刹那にとっても傷だと思う。
 仲間だと思っていた彼女を殺すという選択肢は、仲間を大切にしている彼女には、辛い事だったとわかる。
 自虐的なのもココまで来ればある種の才能かもしれないと、酷く不謹慎な笑いがこみ上げた。
 一頻り小さく笑って、今まで答えなかったアニューの事件の事を口にした。
「アニューの事は、お前にとっても辛い選択だっただろ? 俺だってそのくらいは理解できる。直後はお前に甘えさせてもらえたから、お陰で自己を保っていられた。そんなお前が、感謝こそしても敵な筈がないだろう」
「だが、KPSAの件もある」
 重なる刹那の言葉に、俺は漸くこのとき違和感に気がつけた。
 それはとても些細な彼女の叫び。
 過去から続く彼女の罪の、罰を欲しているのだ。
 他のクルーは、精神的な面でも活動面でも、刹那に頼りきっているが、俺はどちらかというと、刹那を女として、人として幸せにしたいと思っている。
 まったく頼っていないとは思っていない。けれど、おそらく刹那から見れば、俺は自立した人間なのだろう。
 当たり前だ。もう三十歳も過ぎた男なのだ、俺は。
 そこでふと過ぎった考え。
 兄さんが、性欲処理について刹那を怒ったという話に、もしかしたらと問いかけた。
「お前、兄さんにもしつこく自分で性欲処理しろって繰り返しただろ」
 同じ土地で育ち、更にはお袋の腹の中からの付き合いだ。同じ思考に辿り着いてもおかしくは無い。
 自分達のこの刹那への感情が恋愛かと問われれば、多少の疑問は残るが、それでも彼女に幸せを感じて欲しいと思う気持ちは、嘘ではない。
 ニールの話を珍しく俺から振れば、刹那は大きく瞬きをした後、「よく知っているな」と、思ったとおりの返答を寄越した。
 ニールも困っただろう。幼い少女が、性欲処理に自分を抱けと迫ってきて、垣間見える不幸な境遇から救いたいと望んでいるのにと。
 これは「ロックオン・ストラトス」に与えられた役割なのかと、小さく笑ってしまう。
 罪悪感以外の感情を、彼女に教えなければと、そう思った。
 おそらく兄さんも思ったことだろう。
 役割を果たさずに散った先代「ロックオン・ストラトス」に引き続いて、俺は考えた。
 刹那はもう大人になったというのに、まだ理解していない。
 彼女に、手っ取り早く教えられる幸せはなんだろうと、自虐の精神から抜け出せない、精神的な幼さを感じて思う。
 そんな思考と、今居る場所がすぐに俺の中で繋がった。
 彼女の性欲処理の誘いを、この先シャットアウトして、更に未来に思考を向けられる手段。
 それはとても原始的な、本能に訴えるものだけれども、刹那には有効な気がした。
 与えられた3日間の休暇に、そして偽装の関係に、俺は光を見た気がした。
 女としての幸せを、おそらく刹那は知らない。
 人として、己の性の幸せを知らないということは、不幸な事だと思う。
 一般では考えられない性体験しかないのに、それに気が付かずにココまで来てしまったのだろう女に、俺はその手段を行使する事を決めた。
 性欲処理ではない、喜びのセックスを教える。
 先ずそれが第一歩だ。
 人として扱われる事を、学ぶべきなのだ。
 この先、「刹那・F・セイエイ」が、人としてミッションをこなしていけるように。
 遠距離援護だけではなく、俺は刹那をサポートしたい。
 刹那が望んでいなくとも。
 この先、もし大きな何かが起こってしまったときに、彼女が人として、それに挑んでいけるように。
 自分の人生を捨てたわけではないが、刹那と共に生きる事に、俺は自分の存在意義を見出せた気がした。
 ベッドに横になっている刹那に、椅子から立ち上がって歩み寄る。そのまま刹那のすぐ脇に腰をおろした。
「結婚、しようか」
「…………」
 俺の申し出に、刹那は無言で俺を見つめる。
 改めて、人生のパートナーとしての申し込みをして、俺の今までの人生を口にした。
「俺、お前に言ったことなかったけど、多分俺達は16年前に会ってるんだぜ」
「……何?」
 俺の言葉を理解不能だと、口とは裏腹に雄弁なガーネットの瞳が問いかける。
「俺はあの自爆テロの被害者家族だぜ? 当然あの場所にいた。そこで見かけたんだよ。誰かを必死に探してる雰囲気の、中東系の子供をさ」
「…………」
 当時の事を思い出したのか、刹那のいつもは真っ直ぐな瞳が、小さく揺れる。
「赤い瞳が印象的で、それでも必死なその瞳が、見たことも無い程綺麗だと思えた。今考えると、俺、あの時お前に恋してたのかもな」
 俺の言葉に、刹那の瞳が更に揺らぐ。
「……何故、俺だと言い切れる」
「サラリーマンの頃、俺結構頻繁に中東に脚運んでたんだよ。あの辺のレアメタルの取引でさ。その時に、あの地域でも赤い瞳って言うのは珍しいんだって知った。それとその癖毛。あとはお前の経歴だ。組織内だって、現場に行かなければテロの場所なんて知るはずが無い。どこから情報が漏れて阻止されるかわからないからな。俺もぼんくらなスパイだったわけじゃない。そのくらいの知識はあるさ」
 大筋を語り、更なる経歴を語った。
「俺、必ず恋に落ちる女は、赤い瞳の女だった。多分、子供の頃のお前が忘れられなかったんだと思う。アニューも、兄さんを知らない女っていうことと、赤い瞳に惹かれた。恋愛関係を深められたのは、アニューがいい女だったからだけど、結局切欠はそこなんだ」
 思春期の感情に戻ってしまう。
 何をしても、刹那から逃れられない。
 そう訴えれば、刹那は俺が口にした赤い瞳を隠すように、瞼を閉じた。
 俺は「ロックオン・ストラトス」としても刹那の幸せを考えたが、それ以外でも、結局は子供の頃の衝撃的な出会いに戻ってしまう自分を自覚した。
 どういう経緯を辿っても、あのすれ違いの、出会いとも言えない触れ合いに戻っていく。
 今、ソレスタルビーイングに所属しているのも、刹那の縁なのかも知れないと、そう思えてしまう。
 刹那は俺の言葉を瞳を閉じて噛み砕いて、再び天井に視線を固定させた。
「……お前が俺を必要としてくれるのなら、そうなってもいい」
「お前にとって、俺は必要じゃないのか?」
 二人でバディを組んで、一年。
 ミッションでも諜報活動でも、ずっと一緒にこなしてきた。
 精神的なことから娯楽まで、刹那は事細かに俺のサポートをしてくれる。
 なるべく対等でいたいと思っていても、経験の差で刹那に頼ることは多いが、それでも少しでも、彼女の中に今の「ロックオン・ストラトス」が必要なのであればと、そう望んでいる。
 ニールの死を切欠に変わったという刹那。
 それは、刹那にとってニールが必要な人間だったという現われだと思う。
 その代わりになれないのかと、今までの考えではありえない結論に俺は至った。
 刹那の幸せを考えるのなら、それが一番の道だと思えたから。
「必要だとは、思う。共に活動をするのに、お前は俺には無くてはならない存在だ」
「十分だ」
 刹那にとって、活動が全てだ。
 それに必要だと感じているのなら、この先の関係もおそらく築けるだろう。

 俺の命を救ってくれた女に、俺の全てを。
 俺の全てを受け止めてくれる女に、俺の人生を。

 横になっている刹那に、気持ちをこめて唇を寄せる。
 刹那は黙って俺の行動を受け入れた。
 けれどそれが、俺の「性欲処理」だと思っているのがありありと解るから、軽く唇を合わせてすぐに開放する。
 キスの為に閉じられた瞳を開かせるように、ゆったりと黄金色に艶めく頬を撫でた。
 刹那は俺の促しに素直に従って、ゆっくりと瞳を開く。
 そして不思議そうに、自分の頬を撫でる俺の指に視線を送った。
 セックスといえば性欲処理としか思いつかない悲しい女に、俺は顔中に小さなキスをちりばめる。

 可哀想な刹那。
 大切な刹那。
 最先端の進化を遂げたお前に、原始的な幸せを教えてあげるよ。

 なおも不思議そうな顔をし続ける刹那に、俺は飛びっきりの甘い笑みを向けた。
「大切にするよ、一生」
「…………」
 刹那は可否も言わずに、黙って瞳を閉じる。
 おそらく俺の、いや、男の免罪符の言葉と取っているのだろう。
 普通のことは何も知らない刹那に、言葉での説明は意味を成さない。だから俺は、刹那の言葉を引き出すことをせずに、同じように黙って深いキスを誘った。
 それと同時に、想像通りに動いた刹那の腕を、拘束するように刹那の顔の脇に押し付ける。
 性的な事を臭わせれば、刹那が俺を愛撫し始めるだろうと思っていた。
 慣れて、心の底から愛し合っている状態ならば、刹那の行動は歓迎する。でも今現在、刹那は俺に恋愛感情を抱いていない。
 俺を求めていない愛撫は、受け付けない。
 少し強く枕に腕を押し付けて、行動を封じれば、それにも刹那は従順に従った。
 そういうプレイだと思っているのだろう。
 でもそれは好都合だ。
 刹那がどろどろに解けるほどの愛情を、思う存分施せるから
 キスを施しながら、色気の無い黒のタンクトップを脱がせて、ショート丈の支給品の黒のアンダーとショーツを一編に奪う。
 できるだけ丁寧に、優しく。
 刹那が受けたことの無い愛を、与えられるように。

 全ての衣類を奪った後、刹那が手を動かす前に身体を浮かせて、俺も自分のバスローブを脱ぎ捨てた。



後略






劇場版までの二年間で、劇場版みたいなラブラブ(?)雰囲気になるまでです。
あのライ刹の空気になるまでを書いてます。腐女子目線でですがw